混沌のラプソディ
この回の執筆者は鈴風さんです。
「……………………」
俺は妹の優子と朝食を摂りながら、カーテンの開け放たれた窓の外をぼぉーと眺めていた。
今日で進級してから早一ヶ月。
クラス内では色々な友人関係が出来上がり、気軽に話し合える相手も出来てきた頃だろう。
前同じクラスで友人関係だった人は、それだけで新しいクラスで友達がいると言える。
俺にも友人はいる。
けど……俺の友人はちょっと特別なんだよなぁ〜……。
周りとの面子の差を改めて実感した俺は、思わず溜め息がこぼれる。
「ん? お兄ちゃん、パン食べないの?」
優子がバターの匂いを嗅ぐわせたトーストを咥えながら、そう言ってくる。
物思いに耽っていたというのだろうか、おもわず食事の手が止まってしまっていた。
「あ、あぁ」
曖昧な返事をして、俺は食事に戻る。
「というかパン咥えながら喋るな」
俺は机から軽く乗り上げて対面席の妹の頭をソフトチョップ。
あぅ、と小さく唸った優子を確認して、お前も早く食べろと食事を促した。
優子は早々に食事を済まし身支度をするために二階の自室へ、俺は妹に食事を促しておいて自分の方が遅いとはなんたることか、と食事を早急に終わらそうとトーストを一気に頬張る。
案の定詰まらせた。
「んぐッ!?」
食器の横に置かれた牛乳INのコップを引っ掴み半分以上一度に飲み下す。
喉に突っ掛かっていたパンはすっかり食道を通り抜け胃に消えていった。
盛大な溜め息とともに、妹に見られていなくて良かったと俺は安堵する。
さて、こんなしょうもないことは置いといて、俺も早くしなければ……。
とその矢先、
ピンポーン
チャイムの音が家中に鳴り響いた。
一足先に支度を済ませていた優子が出たのか、玄関先からがやがやと話し声が聞こえてくる。
「お兄ちゃ〜ん、早く行こ〜!」
俺が丁度トーストを食べ終わった時、奥から優子がそう呼びかけてきた。
トーストを載せていた食器と、牛乳を注いでいたコップを俺はシンクに片付け、隣の席に置いておいた鞄を掴んで玄関へと向かう。
廊下を進んで玄関まで来ると、家のインターホンを鳴らした張本人がそこにはいた。
「よ、サイバーテロ予備軍!」
短髪で、髪をライオンのたてがみの様に逆立てた茶髪のそいつが、俺に軽く挨拶して来る。
「ん、何だ混沌のラプソディ」
お互いを二つ名で呼び合い、俺とそいつは共に悠久の苦しみを味わう。
是非、生暖かい目で見守って欲しい。
ちなみにこの二つ名は、まだまだお盛んだった中学二年の時に俺とこいつでお互いに付けあったもので、今となってはやはり黒歴史で自分史の闇だった。
そして、話した通り俺とこいつは中学の時から同じ学校でクラスも三年間ずっと同じ。
二年に上がった今でも、クラスが同じでそこには何か不思議な因果律が存在するんじゃないのか? と中二な俺らは話したりしていた。
まぁ結局は俗に言う、腐れ縁というやつだが。
「…………?」
中二乙な俺と腐れ男(腐れ縁の派生語)を何だか興味深げに見ている我が妹である優子。
こいつは今中学二年生で、それこそ時期的には俺とピッタシでしかもこいつは俺の妹だ。
その可能性は十分にあった。
どんな可能性かはあえて言わないでおく。
日本には言霊というものがあってだな、言っちゃったら時すでに遅しとなってしまうんだよ。
「そ、それじゃあ行こうぜ」
冷や汗を浮かべながら、この空気は早々に壊しておかないと危ない気がしたので、とりあえず俺は腐れ男と優子に早く行くよう催促した。
その際、俺は腐れ男の方を肘で突き、
「…………お前、優子の前ではやめろって言ってあるだろ、優子も丁度中二だし色々と怖いんだ…………」
「…………馬鹿だなお前、優子ちゃんはお前と違って出来が良いだろ。お前と一緒に扱うな…………」
そう小声で一言会話を済ませてラプソディがちゃんと把握しているのを再確認してから、再び歩みを進みた。
混沌のラプソディについて、簡単に説明を。
混沌のラプソディ、本名は追崎充也。
俺と同じ高校に通う同じクラスの級友兼旧友。
こいつは見た目も相成って、意外にモテる。
共に馬鹿やった時代なんて忘れ去ったかのように、きっと俺の知らないところでリア充ライフを満喫しているんだろうな……。
身長は俺より少し高い180cm前後。
逆三角形の体に、くっきりと割れた6パックの腹筋、程よい二の腕の筋肉や足の太さに逞しさ。
中学の頃はサッカー部に所属しており、その肉体を駆使してサッカー部の主将としてチーム全体を引っ張っていた。
指揮能力も高く、尚且つ動けるし喋れる臨機応変な対応がとれる秀才、というか万能型の人間だ。
なんだこの紹介、こいつのいいとこしか説明出来ていない。悪いとこも紹介しよう。
こいつは、中学の頃の腐女子から見たベストカップリングランキングで堂々たる第一位を叩き出した。
やっぱり筋肉質すぎる肉体が、そう見せてしまったことが原因なのかもしれないな。
それこそ、ざまぁだ。
ちなみに充也は攻めで、俺が受けだった。
やめろ、泣いちまうだろ。
まぁ俺の誤爆は置いといて、とりあえず何だかんだで頭はあんまり良くないものの別の分野では優秀な混沌のラプソディくんです。
こういうタイプの人間ってのは、他人を見下したりするケースもあるが、こいつはそんなことをせず逆に真摯に相手に尽くしてくれる優しい性格を持っている。
充也がいたおかげで、俺は今もこうして平凡に暮らせているのかもしれない。
説明も程々に、俺と充也、そして優子の三人は並んで学校へと続く通学路を歩いていた。
ちなみに、優子の学校は俺たちの学校をもう少しいったところにあるために、こうして毎日一緒に登校する形になっている。
「ねぇ、お兄ちゃん」
唐突に優子からの呼びかけを受けた俺は、ん? と首を傾げて意思表示。
「お兄ちゃんって、サイバーテロ予備軍なの?」
「ぐあ……ッ!」
吐血でもしそうな勢いで、俺は喉奥から気泡を吐き出した。
横をちらっと見てみると、充也が笑いを必死に噛み殺している姿を発見。
「おい優子……、あいつにも、用があるんじゃないのか……?」
俺は息絶え絶えにそう告げると、優子は静かに頷いた。
「へ?」
笑いを噛み殺すのも束の間、今度は標的が自分に向いたことに顔を青ざめる充也。
「ねぇ、充也さん」
優子は充也との身長差の関係で、充也を下から見つめる形になっている。
充也はすっかり意気消沈、もう既に動かない。
年下にここまで気圧されるのもそうそうあるものでもないだろう。そもそも充也のあんな表情、あまりお目にかかれるものではない。
仁王立ちのまま時が来るのを待っているその様は、牢屋の中で処刑執行をされるのを待っている囚人たちのようだ。
分かり切っている未来を、ただただ受け入れるために心を整理する。
「ねぇ、充也さんはーーーー……」
優子の口は静かに開かれ、言葉が紡がれる。
たった一言なのに、何故か続きが聞こえるのがとても遅い。
それは充也も同じなようで、たてがみ型の髪が少し前に倒れてきた。
大変だ、あいつから生気が抜けていく。
もうダメそうだ。
せめて、いい夢を見させてやろう。
「…………Good luck、また会おう」
そして、
『ねぇ、充也さんはーーーー……、』
ーーーー混沌のラプソディ、なの?
充也はそう言われた直後、近くにあった家の塀に頭を当ててさめざめと泣いた。
隙間からキラキラと輝く雫が見える……。
まぁ、ざまぁ、と言っておこうか。
だんだんと立ち直り始めた俺はポケットから携帯を取り出すし、現時刻を確認する。
「てヤバ、ちょっと遊びすぎたな。もう8時半近い」
始業が8時40分な俺たちの学校、妹の学校も始業が同じ時間で俺たちはともかく優子が間に合うかどうか心配な時間になってきた。
「え、もうそんな時間なの!? 大変、早く行かなきゃ!」
優子も不安になってきたのかそんなことを言う。
とりあえず俺は、絶望に落ちたばかりのラプソディくんを置いて、優子に一言呼びかけて共に通学路の道を走り始めた。
ちらっ、と俺は横を見やる。
「…………混沌のラプソディ……それは悲しき奏でよ…………」
そこにいた充也のそんな呟きは、あえて聞かなかったことにしようか。
俺と優子は高校の前まで到着、早速時間を確認すると時刻は8時35分。
何とか間に合ったと、俺と優子は同時に安堵の息を吐く。
(いや、お前はまだ学校着いてないからな)
そう心の中でツッコんでおく。
今の時間帯は、生徒指導の嵐山が腕を組み駆け込んで来る生徒を傍目に眺めている最中だ。
こいつがいると、大抵の生徒は急ぎ足で校舎へと駆け込んでいく。
そして時間も時間になってきて、俺は優子を送り出すこととする。
「んじゃ優子、早く学校行ってこい」
そう言った俺の目を、何故かずっと見つめてくる優子。
やがて視線を外し、にこやかな笑顔で、
「うんっ、それじゃあ行ってくるね、お兄ちゃん!」
軽くてを振りながら中学校の方へと走って行った。
そんな後ろ姿を、俺はどんな気持ちで眺めていたのか。
妹への思いやり的な、兄としてのそれなのだろうか。
それとも、
「…………中二病には気を付けろ」
そんなしょうもない心配だったのかもしれない。
そして俺は、校門で立ち尽くしていると邪魔だ、と嵐山に怒鳴られて早急にその場から立ち去った。
昇降口で靴と上履きを履き替えて、廊下を渡って教室へ入る。
俺は今、ある問題を抱えている。
それは、部活についてだ。
俺は一年の頃、外部活が嫌だという理由で文芸部に入部した。
文字を読んだりすることをそこまで嫌っていなかったからだ。
静かな雰囲気の中、俺は他の部メンバーと毎日本を読んではその本の印象や感想を部内で回しているノートに書いてく。
だが、俺はそんなことを一年も続けて、ようやく自分が矮小なことをしていると気付いた。
きっかけは特に無い。
けれども俺は、もっと他にやるべきことがあるんじゃないのかと、そう直感的に思った。
中二乙とかそういうものでは無い。
そして俺は文芸部をやめた。
入ろうと思ってる部活もあるわけじゃないのに、俺は何故そんな勢いだけで部をやめてしまったのだろう。
今はとりあえず新たな部を探している最中だが、この高校には厄介な校則があった。
『転部に関する事項
1.第一学年の生徒の転部は基本的に認めない。
2.第二学年・第三学年の生徒の転部は特例がない場合は基本的に三回までとする。
3.転部する際は、転部届けの用紙に今いる部活名と次に入部したい部活名、そしてその両方の部からの承諾が必要。もしくは、元いた部活をやめて個人のクラスの担任教師に転部の旨を告げ、新しく部活に入部した際にそれを報告すること。』
具体的に何処が厄介かと言うと、二番目だ。
俺はもう既に、二回の転部をしてしまっている。
文芸部から適当にオカルト研究会なるものに入り、オカルトを否定してしまった俺は部からの追放。そのまま退部。
そのオカ研から今度はコンピ研へ。
だが目は疲れるわ指は疲れるわでここも俺には難しいな、と退部。
そして、今に至る。
これじゃあ不良徒と何ら変わりない気がするけど、それには目を瞑ろう。
とりあえず俺は早く新しい部に入らなければ、と内心焦っていた。
「はぁ……、部活ねぇ…………。どうしようかね」
後ろの扉から入ってきた俺は、そそくさと自分の席へ歩いていき机の横に鞄を掛けて椅子に座った。
溜め息を一つ、部活動について。
やはり部活動はキツそうだ。
しかも、この学校はただでさえ部活動が盛んで、部活は色々と優勝を飾るなどするほどの本気っぷり。
そんなとこで曖昧な気持ちで部活に臨んだとしよう。
絶対にドヤされる。
最悪周りから浮いて悲しい思いをする羽目になるかもしれない。
「はぁ……嫌だね、部活なんて」
部活中心のこの学校で、部活に所属しないなんてことは許されない。
校則的にも、転部の関係でどこの部活にも所属していない期間は一週間だけ、と部への強制参加が定められている。
そして俺は、今日何度目かの溜め息を零した。
「部活嫌なんだね、可哀想に」
ふと頭上から声が聞こえ、視線を上へ向けるとそこには、
「ん、委員長か」
「覚えてるんだ、偉いね」
我がクラスの女委員長が立っていた。
とりあえず俺に何の用かを聞きたいところだが、なんせあまり喋ったことが無い。
うーむ、どうしたものか……。
「はい、これ」
俺がどうしようかと悩んでいると、無作為に一枚のプリントが机の上に置かれる。
プリントの文字に目をやると、俺はまたまた溜め息を吐く。
部活動見学スケジュール表。
…………憂鬱だ。
俺の転部は、校則第四条 (転部について)第三項で言う後者に当たる。
担任に報告するというやつだ。
うちの担任は親切なのか嘲笑っているのか、こうして毎回毎回一年たちと部活探しの時期が被っているのもあって、一年たちの部活動見学スケジュール表を届けてくる。
俺がコンピ研をやめたのが昨日のこと、そして毎回こういう退部したタイミングで紙が渡される。
実際、一年の部活動見学は二週間も前に終わっていた。
絶対遊ばれてるわ……。
だがまぁ、それでも協力してくれていることだけは感謝します。
と、プリントを渡して用事が済んだのか、委員長は軽く手を上げてじゃあ、と告げて自分の席へと戻って行った。
「…………委員長って、名前なんだっけ」
すっかり名前を失念してしまう。
まぁ俺は、あんまり関わりない人間の名前は覚えられないし、そもそもに覚える必要もないものを覚えるなんて面倒だ。うむ、しょうがない。
「…………はぁ」
頬杖を突きながら、俺は窓の向こうの青空を一人静かに眺めていた。
無限にも広がる青空、幾つもの雲が重なり合い重厚な雲を作り出す。
白雲は、夏に見ると心地いいものだがこの季節に見ても十分に心落ち着くものだった。
どんな悩みも、ここまで広大な空を見ているとちっぽけに感じられてしまう。
さっきまで抱えていた色々な懸念が、この空の前では無に近かった。
あぁ、何故こんなにも空は青いのか不思議でならない。
ここまで澄んでいると、俺の心まで澄んでいって色々なことを忘れてしまいそうだーーーー、
「俺のことは、覚えてますかぁ〜?」
声のした方を見ると、そこには殺意のオーラ全開で俺を睨んでくる仁王立ちの混沌のラプソ……、追崎充也くんが指をバキバキ鳴らしていた。
というか声に出してたのか俺、恥ずかしいなおい。
「いやぁ何言ってんのさ充也。俺がお前のことを、忘れるわけがないだろ!」
「マジで言わなきゃ頭蓋割るぞ」
「すっかり忘れてましたすいません、優子のことで精一杯でした」
俺は椅子に座りながら膝に手を突き頭を下げてそう告げた。
いや、自分の妹が大変だったんだからしょうがないでしょう。
俺のようなことにはなって欲しくないもの。
「ま、優子ちゃんのことなら仕方ないがなぁ。せめて俺にも声掛けろ、危うく遅刻するところだったじゃねぇか」
「あはは、すまんすまん」
そんな談笑を繰り広げていると、前の扉から例の担任が入ってきてバラバラの位置にいる生徒は自分の席へと戻っていく。
充也も、もう一回俺を睨んでから席に戻っていった。
うん、ホントごめん。
そして、担任のしょうもない話を聞かされてHRは終わり、俺は一限目の授業の用意に取り掛かった。