二人組と見えない壁
今回の執筆者は夜月四季さんです。
結局、一階を進んだところで二階堂先生以上の面白おかしい存在には出会えなかった俺は、端にあった階段を上って二階へと歩を進めた。
歩き続けること(体感時間で)約二十分。だが、どうしてだろうか。終わりが見えてこない。
まさか……迷子?
【迷子】……迷子とは、自分の所在が分からなくなり、目的地に到達することが困難な状況に陥った子供、もしくはその状態を指す。百貨店や行楽地、その他雑踏においては、本人の目的に関わりなく、子供の所在を確認できなくなった時点で迷子とみなされる。(たった今スマホで調べた。さすが〇ィキペディア先生。物知りだぜ。)
俺は現在、その迷子かもしれない――。
「ははっ、まさかな」
教員棟は確かに広いが、そこまで複雑な道はしていない。
だというのに俺は、最後を目にすることすらできない。それどころか、同じ場所をぐるぐるとまわっているような気がする。
これではまるで俺が方向音痴みたいではないか。
「いやいやいやいや……落ち着け、俺。俺はそこまでダメダメじゃないはずだ」
一人でぶつぶつと言いながら歩いていく。すると、ちょうどよくティー字路があった。
ただ、二階を歩いているうちに、何度か道を曲がったりしていろいろ見てきたはずなのにこんな光景を見た記憶がない。これはおかしい……と、思う。
「ええい、こういう時は何も考えずに、そう……まっすぐ進む!」
こういうときは考えても無駄なのだと、開き直る。俺は自身の勘に従って――ちなみに、後で調べて知ったことだが。方向音痴の人が迷子になる理由の一つに、意味もなく自分の勘を信じるからというものがあるらしい。――前へと進もうと決めた。
そして気合を入れていざ進もうとした時だった。
「へぶっ」
力を入れて、短距離走でも始めるのかというくらいに勢いをつけていた俺は見えない壁に、顔面から突撃した。世界の壁にぶち当たり、そして世界を壊してしまいそうな衝撃が走った。ような気がした。
何を言ってるか分からないと思うが、俺も何が起こったかわからなかった。超能力だとかそんな断じてちゃちなものじゃない。もっと恐ろしいものの片鱗を……片鱗、を?
「って、これは……」
ぶつかった拍子に床に落ちたそれを見る。
薄いグレーと、白の粉。一瞬、川見先輩が用意したブツかと思ったが、そんなことはないだろう。というか、そうだとしたらなぜここにあるんだという話になる。
真正面を見ると、まっすぐ続いているように見えた廊下がひび割れていた。
「あー、えっと。これは……」
なんとなく、答えが見えてきたような気がした。
そしてそれを口にしようとしたところで、左側の教室の戸が勢いよく開かれた。
「はーっはっはっは! ばれてしまったか!」
扉のほうを向くと、二人の人が立っていた。
白のシャツとスラックスに、茶色のエプロンをつけた男性。ひょろりとした体格でそんな姿をしていると、町工場の管理人か何かに見えてしまいそうだ。
もう一人は上下ともに緑色のジャージを着用した女性だった。少し長めの黒髪を後ろで一つ結いにした姿と、表情に乏しいミステリアスな印象の顔は、ジャージという格好でさえなければクールな美人といっても問題はなかっただろう。ジャージのおかげでクールさが激減して、見た感じ残念美人だ。
二人の姿にはある一つの共通点がある。それ見た俺はすべてを察した。
「あー、もしかしなくても。この絵を描いたのって、高井良先生と戸村田先生ですか?」
そう、彼らの服……エプロンとジャージには少なくない種類の色が躍っていた。それらはすべて絵を描くときに使用した塗料が跳ねたり、何かの拍子についたものだと思われる。
「うむ、その通りだ! 私と戸村田君とで話し合って、文化祭の時にでも使おうと思って描いておいたのだが……」
「偶然。そう、偶然。一人の男子生徒が教員棟を訪れたというではないですか。これはもう、完成度を確認するのにちょうどいいと思いましてね」
「で、設置しておいたら完璧に引っかかってくれたワ・ケ・サ! いやあ、素晴らしいね!」
すごい息ぴったりだけど高井良先生うぜえええええええっ。
そして戸村田先生。それ絶対偶然じゃないですよね。こうして設置したことを悟らせない時点で間違いなくどこかから情報得てますよね。
あんまりな状況に、先生に対する態度ではないとわかっていながらもついついじとっと睨んでしまう。すると、エプロンの男性――高井良信彦先生とジャージ姿の女性――戸村田千江美先生は肩をすくめた。
「まあ、とりあえずは成功を祝いたいところだね、戸村田君!」
「そうですね、高井良先生。私たちの絵のクオリティは実際に触れられるまでわからないレベル……そう、完璧です。これならばいけるでしょう」
「謝る気ゼロ!?」
互いに互いを見ながら話す二人。こっち側を向いたかと思えば、見ているのは絵の方だった。
美術を担当する先生であるからか、この二人は特に絵へのこだわりが強いと噂では知っていたのだけど……まさか、ここまでとは思いもしなかった。予想外すぎて思わずツッコミが飛び出すほどに驚いた。
「ありがとう、君のおかげで文化祭の時には最高のアートが出せそうだ!」
嬉しそうに笑う高井良先生。そして口の端を吊り上げにやりと笑う戸村田先生の姿に、俺は大きなため息をついて脱力したのだった。
――ちなみに、蛇足ではあるが彼らは後ほどやってきたもう一人の美術科目の教員、伊藤慎二郎先生にこっぴどく怒られていた。なんでも、職員棟二階の様々な場所の壁に絵をはりつけていたのだそうだ。俺が見たのと同じ廊下の絵を。
伊藤先生はさすがというべきか、一目でそれをすべて見抜き、はがしてきたそうなのだが……。
そりゃあ、いくら教員棟とはいえ、そこを勝手に迷路状態にすればそうなるわな……と、廊下に正座させられている二人の先生の姿と見て思った。




