二階堂と銃声
今回の執筆者は星隴 朧矢さんです。
「失礼しまーす」
音を立てないように職員棟のドアを開け、廊下に誰もいないことを確認して内部に潜入する。
ひとまずミッション第一段階はクリアだ……ちなみに第二段階までしかない。
息を潜めて屈みながら、ゆっくりと人気のない廊下を移動する。
職員棟では教師三人に対して一つ部屋が割り当てられていて、同学年の同じ教科を担当している人たちを纏めている、らしい。ここに来たことがないから具体的なことは又聞きでしか知らない。ちなみに教えてくれたのは……誰だっけ?
まあいいや。
にしても、三人に対して一部屋とか……修学旅行の班わけじゃあるまいし。気の合う人が同じならいいけど、そうじゃなかったら気まずいだろうなー。
そんな益体も無いことを考えながら歩き続ける。一階の廊下も半分クリアしたところで、あることに気づく。
「何もないな、ここ」
思わず呟いてしまったけど、本当に何も起きない。部屋の中で話す声が聞こえなければ、誰かが出歩いている足音もない。無い無い尽くしだ。
こんなところを取材したところで何になるんだろう。よくよく考えてみれば、真面目に職員棟の気持ちになる必要もない。
そもそも、職員棟の考えているとこなんて分かるはずもないじゃないか。ここはむしろ、小説をどう面白く書くか吟味するべきな気がしてきた……。
足を止めて、じっくり考える。
「うーん……」
ふと窓を見てみると、職員棟の廊下で一人、腕組みしつつ唸り声を上げる奇妙な男子高校生の姿がそこにはあった。
というか、俺だった。
「………………調査を続けよう」
もうここまで来たんだから最後までやってしまおう。
固めていた足を動かそうとした、その瞬間。
バーン!! という破裂音とともに、「伏せろ!」の叫び声。
慌てて廊下にへばりつく。ああ、コンクリートの床が冷んやりしてる……。って和んでる場合じゃねえ!
亀のような態勢を取りつつ状況を確認する。しかし、周りには誰もおらず、何の変哲もない廊下だけが俺を取り囲んでいた。
「何だ、今の?」
首を傾げながらも再び立ち上がると、突然目の前のドアが勢いよく開かれた。
現れたのは、ミリオタとして校内でも有名な二階堂先生。うちのクラスの世界史を担当してくれている。
バツイチだが若々しく、生徒にも評判が良い。
……ミリオタだというのを知っているのは、彼のネタが通じる極一部の生徒のみ。それ、そんなに有名じゃないな。
彼はビックリして身動きの取れない俺を見ると、ガッカリしたように「なんだ、伏せてないじゃないか……」と呟いた。どういうこと?
「あの、二階堂先生……?」
項垂れる先生に恐る恐る声をかける。今の先生には普段の優しい世界史教師の雰囲気は感じられない。
どっちかというとミリオタな先生の雰囲気がする。
「やあ、すまないね。廊下を歩いていたら突然銃声が! みたいなシチュエーションを出そうと思ったんだけど……音が小さかっのかなあ」
照れ臭そうに笑いながら弁明する二階堂先生。最後に付け足された言葉は聞かなかったことにしておこう。
「あれって銃声だったのか……なら、その後に撃ち合う音声を入れたらそれっぽくなるんじゃない?」
かなりフランクに話してるけど、二階堂先生は馴れ馴れしくしてもそんなに怒らない。むしろ「僕まで若くなったみたいだよ」なんて言っている。
僕のアドバイスを聞いた先生は手をポンと叩き、
「その手があったか。ありがとう、藍住くん」
こんな適当なアドバイスに納得されたことよりも、俺の名前を覚えていたことに驚いた。授業でもそんなに目立ってることはないんだけどな……
「ところで、何であんな仕掛けを?」
「よくぞ訊いてくれた!」
待っていましたとばかりにビシッと指を突き付けてくる二階堂先生。人を指差してはいけません。
「これはね、僕なりに他の先生と仲良くなるために作った仕掛けでね。引っかかった先生の前にバッと現れて、ドッキリをバラす。そうしてほんわかした雰囲気になったところで、仲良くなろうという算段なのさ」
ペラペラと長口上を身振り手振りでまくし立てる先生。
ふむふむ。なるほど……なるほど?
「その方法で仲良くなるのはかなり難しい気がするけどな……」
嘆息しながら思った通りのことを告げる。それだと余計に険悪な関係になるだけだろう。
「え、嘘!?」
俺が予想していた以上にショックを受けた様子の先生。いや、それぐらい分かるでしょ……。
「結構いいと思ってたんだけどなー」
肩を落としてボソボソと呟く先生を、呆れた目で見つめる。
「いや、無理だって。余計に関係悪くするだけだよ」
この人、変なところでズレてるなー。それはそれで面白いんだけど。
「なんで、この仕掛け外しといたほうがいいと思うよ」
「そうだね……そうするよ」
沈んだ様子の二階堂先生はしぶしぶ部屋に戻ったと思ったら、脚立を持って再び現れた。
「少し持ってくれるかな?」
「は、はあ……」
俺が脚立を支えている間に、するすると段差を上りスピーカーのようなものを取り外す先生。というか、普通のスピーカーだった。
あそこから音が流れていたのか、などと感心していると、先生が別のところで脚立を立てていた。
「ほら、早く」
「あ、すみません」
急き立てる口調に思わず敬語になりながら、また脚立を支える。今度はカメラのような……というか小型のカメラを取り外しているようだ。
監視カメラだろうか。あれで誰かが来るのを見張っていたらしい。
用意周到すぎるだろ……。
一通りの備品を外し終えた先生は機材を部屋にしまうと、俺にこんなことを訊いてきた。
「ところで、藍住くんは何をしに来たのかな? まさか、怒られに来たとか?」
少し冗談っぽく笑う先生に、これまでの経緯をかいつまんで説明する。
かくかくしかじか。
「へえ、中々面白いね。それじゃ、僕は取材の邪魔をしちゃったわけだ」
「あんまし気にしないでいいって」
申し訳なさそうにする先生に、小さく手を振って答える。さっきのはアトラクションとしては面白かったし。
そういえばこれ、ネタにできるかもしれないな。覚えておこう。
「そうかい? それじゃ、取材頑張ってね。小説、期待してるよ」
そう言い残して、今度こそ部屋に戻る二階堂先生。閉められたドアの向こうから銃声が聞こえたのは……気にしないでおこう。
さて、他のところも見て回らなくちゃな。
職員棟の調査はまだ始まったばかり。




