職員棟の調査
今回の執筆者は立待月です。
明くる日の放課後。俺は我が校の職員棟の前まで来ていた。
大半の生徒が訪れたくはないであろう職員棟。
俺もできることなら来訪を避けたいところではあったが、そうは問屋が卸さない。
昨日の新聞部(仮)のメンバーで交わされた議論によって、俺は職員棟視点の日記を書くことになったのだが、今まで小説なんて勿論書いたことあるはずもなく、どのように書いていいかも全くもって分からない。
このままでは拉致が明かないということで、まずは職員棟をよく知る必要があると思い至ったわけである。
そういうわけで今現在、職員棟の前までは来てみたが……これからどうする?
教師の居る部屋に入って「職員棟の調査に来ました」なんて言ってもわけがわからないだろう。
だったらこの棟の構造でも調べるか? 材質はコンクリート、階数は4階まであり……ってそんなことを調べても意味ないか。
ああでもないこうでもないと思考を巡らせていると、職員棟の奥から見知った顔が現れた。
短めに揃えられた茶髪。盛大な欠伸をしながらガシガシと頭を掻いている。
「呼び出しでも食らったのか? 混沌のラプソディ」
「ん? なんでサイバーテロ予備軍がここにいるんだよ。帰らないのか?」
そういえばこいつには言ってなかったか。
「部活に入ったんだよ」
「部活!? お前が?」
長身の茶髪男は俺のもとに寄ってくると、にゅるりと顔を近づけ不気味な笑みを湛えて訊いてくる。
「それで今度は何部に入ったんだよ。 将棋部か? それとも科学研究部か?」
「知りたいか? なら教えてやろう」
右手を自身の顔に添え口元に微笑を浮かばせる。それからゆっくりと一歩、二歩と後ろに下がり続きを言い放った。
「それは……新聞部(仮)だ!」
ズビシィ! と勢いよく人差し指を突きだした。
「……しんぶんぶ?」
俺の後ろで何人かの女子が「うわっ中二……」とか言っているのは聞かなかったことにする。
「新聞部って校内のトピックスを上げてる、あの新聞部か?」
「あれは新聞部。俺が入ったのは新聞部(仮)だ」
仮ってなんなんだよ、などとぶつぶつ言っているが全ての疑問に答えてやるほど俺はできた人間ではない。
「まさかお前が新聞部なんかに入るとはねえ」
「(仮)を忘れるなよ」
ラプソディは顎に手を当てなにやら考え込んでいると思うと、俺に尋ねてきた。
「それで……お前がここにいる理由とどう繋がるんだ?」
「それはだな……」
俺は部員が他に三人いること、昨日の議論によって俺が職員棟視点の日記を書かかなければいけなくなったことを話した。(仮)の理由は話していない。
「なんていうか……お前も大変だな」
「そんな気遣いの言葉が欲しいわけじゃなくて、何か案はないのかよ、案は」
「自慢じゃないが頭を使うのは全くダメだからな。期待するだけ無駄だぜ」
ドヤ顔で言われてしまった。
「本当に自慢じゃないな」
話は終わったとばかりに「それじゃ」と言って俺の横を通り過ぎようとする充也の肩を掴む。
「まだお前の話を聞いていない」
「俺の話?」
そうだ、と言葉には発さず目で訴える。
「奇稲田に呼ばれててな」
「誰だよ」
珍しい苗字だが聞いたことないな。
「隣のクラスの女の子、周りからは姫って呼ばれてるんだが……知らないか」
俺の表情が変わらないことから話しても無駄だと判断したのか、混沌のラプソディはその娘の説明を中断した。
「校内でも飛び切り可愛い子なんだが、性格に難があることでも有名でな。今日は職員棟の掃除担当だったらしく、話があるから今すぐ来て! ってな具合で呼び出されたわけさ」
言ってスマホのストラップを持ってぶらぶらさせる。
何故その子と知り合いなのかとか、いつ知り合ったのだとか、何故お前が呼び出されるんだとか、訊きたい事は沢山あったが、今の俺にとってそれは全てどうでもいいことだった。
「俺だって電話番号は教えてたけど、まさかかかってくると思わなくてよー、スマホを取り落とすとこだったぜ。美少女だっていうし、今すぐ来てっていうから行ってみたんだが……その内容が明日先生の誕生会やるから一緒に考えて、ときたもんだ。それもその先生が居るところでな。ああ、これは面倒なことになりそうだな、と流石に馬鹿の俺でも分かった。他の人に頼んでくれと言ったら、さっきまでの緊迫した様子とは裏腹に、いきなり呼び出してごめんね、なんて笑顔で言われるもんだから奇稲田ってのはホント分からない女だなとおもったよ」
一通り語り終えた充也は心底疲れたというように、顔に疲労の色を浮かべていた。
「状況は理解した。よし戻っていいぞ」
俺はそう言うと、引き止めていた充也を解放し再び職員棟へと目を向けた。
「さて、どうすっかな」
今の充也とのやりとりで何か掴めたわけでもないし、先程話に上がっていた奇稲田という女もまだこの職員棟にいるのだろう。
だが一歩を踏み出さなければ何も始まらない。
原稿の期限が一週間あるとはいえ、こういうものは最初が肝心だ。
その想いを胸の内に込め、俺はその一歩を踏み出した。