呪い代行致します。 【1】雨
「おい、あんた」
地面を磨って歩く足音と呼びかけに足をとめた。
「あんたが、呪いを払ってくれるってやつか・・?」
話しかけてきた男以外に複数の人間に囲まれているのに気付いたのは、声のほうを振り返った時だった。逃げるのには手遅れだ、そう思って背中に背負った得物(洋風の柄に和風の刃をもつ独特の剣)へと手を伸ばす。すぐに剣を抜ける距離まで手を伸ばし、声の問いかけに頷いた。
「頼む!村を!この村を助けてくれっ」
自分の返答に複数の人々は歓喜の悲鳴を洩らした。そんな状況にもう得物は必要ないだろうと判断し、手を下ろし、話しかけてきた男へと向き直る。
「対処するかどうかは、内容を聞いてから決める。いいな?」
自分の問いに、男は頷き、付いて来いと言うように、歩き出した。
男に案内されたのは何もない小さな村だった。そう、何もない。本当に何もないのだ。この季節に青々と葉を広げる作物も、日を反射させて煌めく田んぼが、水辺が、この村には存在しなかった。いや、存在しなくなっていた、と言うべきだろうか。水気を失いひびの入った田畑がそれを証明していた。
あるのは、乾ききった大地と、飢えた村人と、餓死したであろう村人の多くの墓標。短期に多くのものが死んだのだろう、掘り返された黒い土の山に石が幾つか積んである簡素なものだった。そこに、供えられる水、花すらなかった。
「雨長、例の者を連れてきました。」
男の声に、村の景色から目を離した。目の前には、長い月日を感じさせられる社が建ち、その中に一つの人影が覗えた。
「あめふらしの・・生け贄・・?」
「っじゃあ!どうしろというんだ!今までの恵みが3年前からぱったり途絶えた!何人飢え
で死んだと思ってる!」
口が滑って出た言葉は、大層男の怒りを買った。珍しい話ではない、長引く日照りのために、竜神への生け贄として村から一人犠牲を出す。一人の命で多くが助かる。それが善なのか悪なのか、問う者はいないだろう。
「エシカ。お止めなさい。大切なお客人ですよ」
細い声なのに、芯の通った強い声が、男を制止させた。男はその声で我に帰り、社に向かって頭を下げた。社の主人、雨長の声だった。
「村の者が無礼を働いたことお許しください。私は、雨長のオトと申します。」
御簾の向こうの人影が会釈した。
「いえ。私もとんだ失礼を・・。私はツキヨ。払い屋などをして旅をしているものです。」
相手の名乗りに応じるために、会釈をし、名を告げる。
「噂はお伺いしています。高いところからの失礼お許しください。なにぶん足が悪いものですから。」
そう言って、オトは足を引きずりながら、御簾を押し上げ顔を覗かせた。
「エシカ、少し二人でお話ししたいの。外していただけますか?」
エシカと呼ばれた男は、こちらを睨みつけ不服そうにぶつぶつと文句を言いながらもその場を立ち去った。
「村は見ての通りです。他の街へ売るほどの収穫はありませんでしたが、税として納める分にも困らず、村人の皆に等しく行き渡る、皆が幸せに生きる村でした・・」
オトは胸に手を当て、村を見渡して告げた。
「原因に心当たりは?」
問いにオトは残念そうに首を横に振った。
「三年前からぱったりと・・・。これは、天災なのでしょうか・・・?」
「いや、呪いだ・・。天災と呪いの被害範囲は異なる。一部地域で起こるものは、呪い。広範囲に渡って被害を及ぼすのが天災。この村に来るまでに、いくつかの村を見たが、普通に作物は育ち、水はあった。」
今まで見てきた周囲の町、村の様子を思い出しながら、告げる。
「では、他の村へ村人の移住を受け入れてもらえば・・」
「いや、原因が分からないままでの移動は、他の村をも巻き込む危険が出る・・。」
「それじゃ・・・私たちは滅ぶしかない・・と・・。」
オトは自分たちの置かれた立場を改めて知り、膝をつき、額に玉のような汗を浮かべた。
「原因が分かれば、別だ。ところで、あなたは何故生け贄に?」
「生け贄・・そうですね。傍から見ればそのように見えても仕方ありませんね・・。私は雨長。竜神と対話し村人との間を取り持つ預言者です。ですから・・皆は私が竜神と対話し雨を降らせることで、事態の収拾を願っているのです・・。」
神との対話そんなことは本当に可能なのだろうか?疑問が頭を埋め尽くす。
「それで・・対話は出来たのか?」
オトには虫の悪い話だったろうか。彼女は眉を寄せた。
「少し、場所を変えましょうか。」
オトはゆっくりとした足取りで社と大地をつなぐ階段を降りてきた。