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銀の魔導師  作者: sena
竜に護られた街編
9/20

死にたくないから

 「……キア!!」

目を開くと、目の前でぱっと少年の顔が華やいだ。

 ルビーの瞳に雪色の髪、間違いなく刹那だ。

 ということは自分は生きているらしい、とキアは考える。

 白い天井、木枠の窓、差し込む温かな日差し。恐らくここは宿屋だ。

 そう認識すると同時に、先程までいた空間を思い出す。

 真っ暗の中話していたあの人は、誰だったのだろうか。

 ……いや。外がこれだけ明るいということは、もしかしたら日付けが変わっているのかも知れない。とすると先程ではないな、などとちらりと考えた。

 「よかった、死んでなかった……」

「刹那、すごく嬉しそうな顔してる」

「え」

面食らったような表情をして、それから決まり悪げに視線を逸らす。キアはそれに小さく笑った。

 「ねぇ、刹那が助けてくれたんでしょう?ありがとう」

暗闇の中で聞いたことを思い出して、笑みを浮かべて言う。すると刹那は一瞬驚いた顔をして、心配そうな表情をした。

「え?あ、その……助けたっていうよりは、寧ろ殺したんじゃないかって、ずっと心配だったんだけど」

「え?」

首を傾げる。殺されるどころか、苦しい思いは一瞬たりともしていない。刹那の心配の意味がわからなかった。

 彼はしまった、という顔をした。暫く迷いを見せ、ついに諦めたのか俯き、少し震えた声で言う。

「……あの魔法は……ちょっとでも加減を間違えると殺してしまうから……」

「そうなの?」

黙った。暫く俯いたままで、それから何か決意したようにキアの方を向いた。

「あれは、時間を狂わす魔法。……ヒトの時間を狂わせると、一瞬で死ぬ」

一瞬で。――刹那で。

「世界で俺だけ、後にも先にも俺だけの、最凶に分類される魔法だ」

それが刹那。そんな恐ろしい魔法の、唯一の使い手。

 想像して、キアは恐ろしくなった。そんな魔法をかけられていたこと、そして、そんな魔法の使い手が隣にいるということ。

 死が想像できないような、幸せな人間ではなかった。祖国から逃げる途中、死が追ってくる気配も、それに捕らわれた沢山の人間も、その身で感じ、その目で見ている。大量の死の記憶は、一時的に封じることは出来ても忘れ去ることは出来ない。

 刹那が笑った。少し悲しげな色をたたえて。

「帰ってもいいんだよ?」

いつになく優しい口調で言われたのは、想像もしていなかった台詞だった。

「え……?」

刹那がにっこりと笑う。

「怖いだろ?こんな奴。そばにいたら、いつ死ぬかわかんないよ?」

今なら引き返せるよ?と、刹那はキアの記憶の中で一番の笑顔を見せた。

「どうしてそんなこと……」

「だって、怖いって顔に書いてある。無理もない、君は死から逃げてこの国にきたんだから。だから、帰るなら今のうちだ」

瞬きした。そんな風に言われるとは、思っていなかった。

「死にたくないだろ?俺は一人でも大丈夫だし」

刹那は確かに笑っている。しかし、日に照らされたその表情はとても、儚げに見えた。

 「ねぇ刹那」

首を傾げる刹那に、思い切り抱きついた。

「わ……!?」

驚きと焦燥を映した紅い瞳を真っ直ぐに見つめ、

「ねぇ、この状態で魔法使ってみてよ」

これで正しいはずだ。自分のことだから、わかる。

 「……?」

刹那は次第に困惑顔へ変わった。

 闇の中で与えられた『使命』、自分の中にある、今までなかった力。読心術の存在に慣れ親しんでいるからこそ、その存在を感じる。

 それは恐らく、触れることで刹那の力を押さえ込む力。特に使い方を教えられた訳ではないが、魔法や仙術というのは感覚の世界だ、使うことができる。

 「使えないでしょう?刹那の魔法で隔離されてる間にね、誰かの声がしたんだ。刹那を良く知ってる人らしいんだけど……その人がくれたんだよ、これ」

キアは真剣な表情で刹那を見た。

「これがなんなのかオレにはわかんないけど、でもね」

ぐい、と顔を近付ける。

「世界で唯一オレだけは、刹那の魔法を止めることが出来る」

そして、目を閉じる。

「ねぇ刹那、オレは、もっと世界が知りたくて、君についてきたんだよ。死ぬのは怖いけど、刹那を嫌いになったりはしない。約束する。だって――」

それから、笑った。

「君も、オレが知るべき世界の一部だもん」

刹那はじっとキアを見つめる。特別扱いされてきた刹那は、キアの言葉に驚かずにはいられなかった。

「だから、オレは引き返したりしないよ。それに、君がオレを殺しそうになったら、オレが全力で止めてあげる。君に殺させやしないから」

本当は優しい君の、その手でオレを殺させるようなことはしないから。

 刹那は泣きそうな表情でキアを見た。

 この人はどこまで分かっているのだろうか。

 自分の周りの人を傷つけることがないようにわざわざ離れていく、そんな行動原理がどうしてわかったのだろうか。

 それはキアの並外れた観察眼故なのだが、そんなことはどうでもいい。

 「キア、君は――」

刹那が何か言おうとした、その時。

 部屋のドアが、開いた。

「あっすいません、部屋間違え――」

一応説明しておくが、現在この日の当たる部屋では、キアが刹那に抱きつく体勢になっている。

「あっ……お取り込み中すいません……」

申し訳なさげにドアを閉める、部屋を間違えたらしい宿泊客。

「「え……あ、違いますからぁぁああぁあ!!!!」」

宿屋に、悲鳴が響いた。



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