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銀の魔導師  作者: sena
竜に護られた街編
7/20

英雄の魔導師

 酒場の男たちは興奮気味に、そして嬉しそうに語った。

 トワは前にここにきたことがある。そう遠い昔ではないと言っていた。数年前の話だという。

 この街は世間の名の通り竜が住み、祀られていた。

 しかし数年前、突然暴れ出したのだ。

 天には雷雲、地には荒野。街はゴーストタウンのように錆び付き、竜に護られていると謳われた影はどこにもない状態だった。

 人も寄り付かず、農作物もできず、飢饉状態だったこの街に、何故かやってきたのがトワだった。

 トワは、まず食べ物をせがんだ。しかし街は飢饉。どこの馬の骨とも知れぬ者にあげる食料は無かった。

 そう話すとトワは、じゃああの竜を治めたら食料と働き場くらいはくれるか、と言ってきた。

 街の住人にとって、断る理由は何もなかった。

 どうやって止める気なのか知らないが、あれを治め平和になるなら万々歳だ。

 半信半疑で送り出したトワは、1日経っても帰ってこなかった。

 ああやはり駄目だったのか、悪いことをしたかもしれない、と罪悪感に苛まれつつあった住人達の耳に。

『――ただいま!!』

聞いたことのある声が響き、眩しいまでのトワの笑顔に人々は呆然と立ち尽くしたという。

 「そのあとは、雷雲も晴れて、時間が戻ったみたいに緑も増えて、全く元通り、ってわけさ。長は彼に褒美とかを渡そうとしたらしいんだけど、断ったんだって。食べ物と、働き場と給料だけくださいっつって」

かっこいい、と感嘆の声を漏らして、隣の刹那をみやる。どこか誇らしげな表情の刹那に、キアは小さく笑った。

「詳しい話はあいつの方が知ってるぞ。店が終わったら俺と隣の宿屋に来い。あそこは俺の妻がやってるんだ」

店主が言う。刹那はキアの方へ視線をやり、頷いたのを確認すると自身も頷きながら「じゃあそうする」と言った。

 「そうだ、お前が知ってるトワの話も聞かせろよ。弟なんだろ」

一人の客の言葉に、キアも食いつく。

「あ、聞きたい」

全ての客とキアの視線が刹那に集まる。刹那は慌てることもなく、少しの思案の後口を開いた。

「兄ちゃん――永久は、天才だった」

「天才……」

「ん。なんでもできた。一回言われたらすぐに出来たし、何か与えられたらすぐに使いこなせた」

そして、少し言いにくそうに

「俺の、憧れの人」

と付け加えた。

 ああ、お兄さんが大好きなんだなと、キアは小さな笑みを零す。

 さっきといい今といい、兄の話をするとき刹那はどこか誇らしげで、嬉しそうで、少し恥ずかしそうな、そんな表情が見え隠れする。

 でも少し、話す時に躊躇しているような気がした。

(……気のせいかな)

刹那の心を覗けばわかるのだが、なんとなくやりたくない。刹那以外の、例えば目の前にいる今日会ったばかりの客ならば、なんの躊躇いもしないのに、何故だろうと小さく首を傾げた。



 永久は、本当に英雄らしい。

 宿屋のおばさんは、永久の弟だと聞くと宿代はいらないと言った。

 そのかわり、お兄さんを見つけたらお礼を言っておいて、と。

 夕飯も用意して貰い、食卓を囲んで永久の話をすることとなかった。

 「あの時は酷かった……世界の終わりってくらい酷い様だったの。立ち直れたのは彼のおかげよ。あの子は確か、自分を偽教会の者だと言ったけれど……」

「……ん。俺も、偽教会の魔導師だ」

「そうなの……大変でしょう?この街では本教会だろうが偽教会だろうが気にしないけど、そうじゃない街だって沢山あるし」

「だから、このことは内緒で」

「わかってるわ」

刹那の言葉を遮るように、おばさんが言う。

「恩を仇で返すような、そんな真似はしない」

キアはそこから決意を感じ取っり、本当に大丈夫そうだと、胸をなで下ろす。最初から追っ手がいる旅なんてできればしたくないし、刹那が殺されるのは嫌だ。

 キア達の一族は、常人よりも鋭く感情を読み取る。心を読まなくても、些細な表情の変化を感じ取れるのだ。一定の表情――真顔と、小さな笑いと、何かを企むような笑い――しかしない刹那とすぐに打ち解けたのも、その能力のおかげだ。キアにとって、刹那は無表情でもなんでもないのだ。

 「それで……そちらさんは?」

おばさんの視線がキアへ向いた。

 話を振られたキアはピンと背を伸ばし、

「あっ、えと、キア=ハーフェンといいます。以後お見知り置きを」

しなやかに頭を下げた。

 途端におばさんはぽかんとし、刹那が小さく吹き出した。

「え!?オレ何か変だった?」

「いや……君があんまり綺麗に自己紹介するから驚いてるだけだ」

瞬きをする。教え込まれた通りやっただけなのだが。

「ハーフェン家ね、流石だわ……あなた、現外交官の息子でしょう。こんなところでどうしたの?」

「えッ?」

また瞬きをする。何故知っているのだろう。どこかで会ったのだろうか。

 すると刹那が「魔法が無い時代ならまだしも、このご時世有名な役職の役人くらい知れ渡ってるものだよ」と小さく笑った。

「俺が倒れてるのを助けてくれたんだ。色々話してるうち、行きたいって言うから。まぁ、まだまだ世間知らずだけど」

「えっ、オレそんな世間知らず……?」

「慣れてない、っていうか。例えば名乗る時は下の名前だけでいいとか。庶民社会じゃファミリーネームなんて意味を持たないからね」

ファミリーネームで血筋を判定し格付けする貴族社会と違って、と付け加える。そんなところにも育ちの良さが出てしまうのかと、キアは少し眉を曇らせた。

 刹那と共に旅をしているのだから、なるべく刹那と同じ身分階級で生きていたい。身分制度がさほど厳しくないこの時代だが、そこに差がない訳ではなかった。

 「……あら?そういえば、あなたのファミリーネームを知らないわ。永久にも聞かなかったし」

「あ、確かに」

二人の視線が一気に刹那へ向く。当人は飲んでいた紅茶のカップから口を離し、「知ったところで役に立たないと思うけど」と前置きしてから

「セレスチャルフェザー」

と告げた。

「セレスチャルフェザー……格好いいわね。英雄らしいわ」

「そうか?セレスチャルなんて偽教会じゃよくある名前だけど」

「よくある……?まだ沢山いるの?偽教会の人って」

キアの質問を聞いた瞬間、刹那がピタリと動きを止めた。

 何か言おうとして、口を閉じて、視線を落とす。

 「……いるよ。ある村に、固まって」

質問してから回答があるまで、約1秒。些細な刹那の行動など、普通の人間は気付かなかったのだろう。おばさんは「へぇ」と興味深そうに相槌を打った。

 刹那はまだ、何か隠している。キアでさえ気付きにくかったのだから、刹那は相当の隠し上手だ。

 しかし、それを無理に聞き出すつもりはなかった。彼が隠しているのは、恐らく辛いもの。彼の心を覗くなんてことも、自分には出来そうにない。

 キアがそう考えながらティーカップを持った、次の瞬間。

 どこからか、身震いするような咆哮が響いた。

 「何……?」

辺りを見回すが怪しげなものはない。

「もしかして……これは……」

がた、といきなりおばさんが立ち上がる。玄関へ走っていき、「まぁ……」と息を呑む声が聞こえた。

「どうかしたんですか?」

キアが玄関へ走っていき、その後に刹那が続く。

「……あの時と、同じだわ……空に雲がこんなに……」

青ざめた顔で呟くおばさんが見つめる空を、見上げる。

 二人が見上げたその先、街の北の山の上に、荒ぶる黒い龍がいた。

 再度響いた龍の声に、おばさんは 耳を塞ぐ。

「また……あの時みたいに……っ!!」

小刻みに震えるおばさんを一瞥し、僅かに顔を歪め、刹那は龍を睨んだ。



 「ほ、本当に大丈夫なの……?」

不安げな顔をするキアに対し、刹那は地面に枝で円を描きながら「うん」と即答した。

 あの龍を治めてくるとそれだけ言って、刹那は宿屋を飛び出した。それをキアが追いかけてきた次第である。

 追いついた先は広い空き地で、刹那は今、そこになにやら描いている。

 巨大な円を描き、その中に幾何学模様が描き込まれる。恐らくこれは魔法陣だ。

 キアが今まで見てきた魔法陣の中で一番複雑だ。一般生活で見る物よりも、刹那が戦闘で見せた物よりも、遥かに複雑だった。

 「……できた」

呟いて、刹那が顔を上げる。眼帯をずらして前髪を掻き上げると、魔法陣を映した紫の瞳をキアに向け、「円から離れて」と言った。

 円の端に、刹那が手を翳す。

 瞬間、手を中心に左右両方向に、青白い陽炎のような光が広がった。

 まるでロープを伝う炎のように、円に沿って光が立ち上る。

 円を一周すると、光は中の幾何学模様からも発された。

 二人の身長よりも高く立ち上った光は上空で一塊になり何かを形どる。

 光の中に何かの影が見え隠れして、次の瞬間、ぱっと霧散した。

 咆哮を一つ。

 その場に、銀の体躯の龍が現れた。

 自分たちよりも遥かに大きな、威厳ある龍。

 圧巻されるキアをよそに、「久し振り」と呟いて刹那は龍を見上げる。

 龍は忠誠を宿した瞳で刹那へ視線を向けた。

「こ……これって」

「俺の友達、バハムート」

「バハムートって、伝説のドラゴンじゃ」

「伝説のものをも従えるのが魔法ってもんじゃないか。……まぁ、そんなのは一部の魔導師だけなんだけど」

俺の場合は父さんの伝手でね、と刹那は空っぽの笑みを浮かべた。

「一緒に育ったんだ……」

呟いて、ふとキアの方を見る。

「キア、こいつの言葉わかる?」

「え?」

「ほら、読心術の応用で」

「んー……」

バハムートを見上げる。静かな瞳がキアを捉えた。

「あ、あの、オレの声、聴こえますか」

きっと耳には届いているだろう。問題は心に届いているかだ。

『……なるほど、読心術か』

「えっ」

脳裏に響く、荘厳な声。恐らくこの、バハムートのものだ。

『少年、あれの友達か』

あれ。恐らく、刹那のことだろう。

「あ、はい……たぶん」

『そうか。あれはあれで、重いものを抱えていたりするからな。少年、君なら、良き理解者になれるだろう。刹那をよろしく頼むぞ』

「え、あ、そうなんですかね……でも、これからずっと一緒のつもりなんで、そういうとこも、わかってあげられたらなって思います」

バハムートに笑いかける。隣で刹那が「何の話してるの?」と胡乱げに尋ねた。

「バハムートが、刹那をよろしくって」

「上からだな、同年代のくせに」

文句を言うその顔は、しかし楽しそうだった。

 「じゃ、行こうか。さっさとアレをやっつけて、兄貴の居場所を突き止めないと」

靴で適当な円を書いた刹那に、ぐいと引き寄せられる。そのままひょいと抱き上げられ、淡く青白い光が足元から発生した。

「……え?ちょ、ちょっと、刹那!?」

「キア軽すぎない?」

「そうじゃなくて、何して」

「下りたら死ぬぞ」

「へっ?」

下を見て、キアは諦めた。すでに刹那は上空1メートル程にいたのだ。

 ゆっくりと上昇を続け、ふわりとバハムートの背中に降り立つ。

「キア、大丈夫だった?」

「精神的に大丈夫じゃなかった」

「あ、高いとこ苦手?」

「いやそうじゃなくて……」

じゃあ何?と言いたげに首を傾げる刹那に、キアは言える訳がなかった。

 軽々と抱き上げられた悔しさと、それに対する諦め、そしてよく分からない気恥ずかしさと少しの嬉しさが入り混じった、なんとも不思議なこの感情を。


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