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銀の魔導師  作者: sena
竜に護られた街編
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竜に護られた街

 「……力が欲しい」

男は一人呟いた。

 世界を壊す力が。

 世界を作り直す力が。

 そして、大切な人を幸せにする力が、必要なのだ。

 「……大切な人?」

それって、誰だっけ。

 「――」

思い浮かんだ、誰だかわからない名を口に出してみる。

 懐かしい気がするその響きは、時を刻む音にかき消された。



 「もう……いたくてっ……!!」

「あとちょっと……あーあ、こんなに濡れてる」

「だって……もぉ、力入んないよぅ……」

「じゃあ俺がやってあげる」

じゃっ、と水がバケツに落ちる。綺麗になった布巾を広げ、近くの柵に干した。

「キア、雑巾洗うのとかあんまりやったことない?」

「うん……一応、こういうのやってくれる人がいたから……」

昨夜無理を言って酒屋に泊めて貰った二人は、かわりに掃除を任された。

 片や、こういうことに慣れた流浪の旅人。今回取引を成立させたのも刹那だ。

 片や、王家に使える貴族の息子。小さい城で質素に暮らしていたとはいえ、こういうことには慣れていない。

 赤くなったキアの手を握って、刹那は「お疲れ様」と小さく笑った。

 「おじさん、終わった」

酒屋の店主に声をかける。店主は出てきて、満足そうに笑った。

「おうおう、ほんとに全部終わってら。最近こういうことちゃんとやる奴少ないからな、偉いよお前達。とくに坊ちゃん、育ち良さそうなのに頑張ったな」

褒められ、照れくさそうにキアが笑う。刹那は使い終わったバケツを片付けて、そろそろ発つか、と呟いた。

「おい、出発前に一杯茶でも飲んでけ。寒かったろ、褒美だ」

「本当!?」

「いいの!?」

息を吹きかけて手を温めていたキア、そして何気に袖の中へ手を引っ込めていた刹那が、パッと顔を輝かせる。

 その子供らしい、年相応の反応に店主は豪快に笑い、「大人ぶってんじゃねーぞ」と刹那の頭を軽く叩いて店へと入っていった。

 刹那は、しっかり者だ。

 少なくとも今、キアはそう思っている。

 昨日の交渉の時も、全く物怖じせず自分の主張と交換条件を告げ、店主を説き伏せた。

 社会に慣れていると思っている。

 それだから、こんな表情もするんだなぁと思わずまじまじと見つめてしまった。

 気付いた刹那が首を傾げ、キアは慌てて首を振った。

 「お茶貰ったら、目的地に向かおう。今日中にはきっと着く」

「そうだね。竜に護られた街かぁ……ドラゴンとかいるのかな」

「さぁ、どうだろう。俺も行ったことないし……でも」

きれいな水で手を洗い、立ち上がる。

「いるかもしれないね」

楽しそうな口調で言い、店の中へ入っていった。

 今日も快晴。旅は、まだまだ始まったばかりだ。



 目的地についたのは、夕方頃だ。

 レンガの城塞をくぐると、そこは白い壁と赤い屋根が美しい街だった。

 家々は花に彩られ、人も多い。

 「あの、すいません」

通りすがりの人に尋ねる。

「この街で一番人が集まる場所ってどこですか」

「ああ、そりゃあ酒場じゃないかい。西の高台にある宿屋にあるんだ」

「ありがとうございます!!」

顔を見合わせ、夕日に照らされる石畳を蹴った。

 こうしてまた酒場に行き着くのだが、一度経験するともう驚かなくなる。

 赤い屋根の街は、更に朱く染まっている。

 階段なんて気にもせず駆け上がる二人の姿は、冒険を楽しむ少年のそれだった。



 戸についたベルが、カランカランと音をたてる。

 陽気な店主が「いらっしゃい!!」とカウンターから声をかけた。

 なるほど人が多い。そんなに大きくない店だが、酒を楽しむ客で賑わっている。

 「相席いい?」

椅子に手をかけ、先客に尋ねた。いいよと返事があったので腰掛け、「ここのお薦めは何?」と刹那が話しかけた。

「酒ならワインだな。ここらはぶどうが旨いんだ。何、旅してんのかい兄ちゃんたちは」

「ん。そのことで話がききたいんだけど――キア、ワインは飲める?」

「え?あ、うん。ワインは」

「じゃあ頼む」

慣れた風に声を上げ、ワインを頼む。それから刹那は向かいの客に向き直り、

「トワって奴が、ここに来たことがあるはずなんだ。知らないか。探しているんだ」

そう切り出した。

 トワ。キアは聞いたことがない名前だ。でも彼が言い出すのだから、恐らく――。

 「トワ?確かどこかで――あぁ、そうだ。隣の宿屋で一時期働いていたよ。俺も普段はそこで働いてるんだけどな、仕事の合間に面白いものを見せてくれた」

「面白いもの?」

「ああ。バケツの水に手ぇ突っ込んで、出すと氷の花ができてんだ。手品ってんだとよ。それにしても、お前とあいつ――もしかして兄弟か?」

刹那の顔をまじまじとみつめ、客はそう言った。対する刹那はにやりと笑う。

「そお。トワは俺の兄貴。ある街からの連絡を境に行方不明になってて、情報を追っている」

ああやはり、とキアは心の中で頷いた。トワは刹那の兄だった。宛もなくという訳ではなく、目撃情報を追っているのだというのは初めて知ったが。

 「じゃあ俺よりも、宿屋に聞いた方がいいな。――おいおっさん!!こいつトワの弟だってよ!!」

急に客が叫んだ。おっさんと呼ばれた男ははっと顔を上げ、周りの客はざわついた。

「あのトワのか!?」

「それ以外どこにトワがいるんだ」

「あいつの……!!どれ、どんな奴だ」

わらわらと人が集まってくる。目を瞬かせ、僅かに戸惑った様子の刹那に代わり、キアが「あの、有名なんですか?」と尋ねた。

「有名も何も!!あいつはこの街じゃ英雄さ!!」

興奮気味に話す青年に気圧されつつ、驚くキアは刹那を振り返った。

 刹那は、思考が停止しているような酷く呆けた顔をしていた。





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