プロローグⅢ
「まずは勉強から始めようか」
裏庭に連れ出されたキアは、刹那の言葉に首を傾げた。
「例えば、君の一族の元である仙術師たち。仙術っていうと、宙に浮いたり一瞬で消えたりってのが印象的だけど――」
そう説明し、一旦言葉を切る。木の棒を拾って地面に丸を書き、その上に乗ると、丸は燐光を放ちだし、次の瞬間刹那はふわりと50センチ程浮き上がった。
「わっ……!!」
「魔導師の俺だって出来る。つまり」
タッと地面に降りて、にんまりと笑みを浮かべる。
「仙術師の血を引く君だって、簡単な魔術が使える筈だ。というわけで」
「……え、オレが?」
言いたい事が分かって慌て始めたキアをよそに、刹那はビシッと結論を告げた。
「キアに、簡単な召喚魔法を使えるようになって貰う」
「え、えぇ~!?」
昼すぎの城に、叫び声が響いた。
刹那によると、魔術も仙術も基本は同じで、生まれた場所の違いだという。
キアに習得させようとしている召喚魔法は、予め印をつけておいた物を手元に召喚するという、簡易的な召喚魔法だ。上級になると遠い土地から人を召喚することもできるが、「正直そんなのできる必要ない」と刹那はいう。
魔術はイメージが大切で、「召喚」のイメージを掴む事が大切らしい。
キアが思い浮かべる召喚は、おとぎ話のようにポンと空中に出てくるものだと刹那に話すと、「じゃあ、出てきて欲しい場所に手をかざせばいいんじゃないか」と言われた。
――が。
「刹那……全然出来ないんだけど」
「うん、やっぱダメか」
「最初から分かってたの!?」
呆れるキアを「まぁまぁ」と宥め、刹那はくっと眼帯をあげる。
「右目……紫色だったの?」
「そう。塔からじゃ見えなかったと思うけど。これは、昔失明した右目に、力を封じ込めてるんだ」
まじまじと紫色の瞳を見つめる。色以外は、なんの変哲もない瞳だ。
「俺のこれは、広範囲とか、多数を標的とする場合とか、高難易度の魔法を使う場合の補助となる」
「……右目、見えるの?」
「……見える」
ついと刹那が目を細めた。
あ、不機嫌そうだ、と思い姿勢を正す。
「だから、君もそういうのが必要かもしれない」
ため息をついてから、刹那はそう言った。
「補助的な何か……あ、そうだ。キア、たしかピアスしてたような」
「うん、してるよ」
「じゃ、これでいいか」
ポケットから何か取り出す。
なんでもああやって虚空から取り出す訳じゃないんだ……と思っていると、「ん」と何かを差し出された。
「これは……?」
「黒十字のピアス。たまたま持ってたから。魔導師が持つ物はその影響を受けてるから、補助になるはずだ」
金属製と思われる小さな黒十字のピアスを、今つけているピアスと交換する。「やってみて」と言われ、すいと空中に手をのべた。
「お」
「あっ」
突如空中に現れた剣の柄を、慌てて握る。
「……できた……!!」
「おめでとう」
愛用のクレイモアを見つめて嬉しそうな顔をするキアに、刹那が軽く微笑みかけた。
「じゃ、それ消してみようか」
「え、えっと……消えるイメージ……は……」
パッとキアが手を開く。すると、すうと上から段々色が薄くなって消えた。
「やったっ」
「ん、じゃあもう一度出して」
「えと……あれ?」
出てこない。
「あれ!?なんでっ……」
「不安定なんだ。要練習。それが出来るようになったら出発な。あ、旅の準備も忘れずに」
「え、あ……うん」
先程地面に書いた丸が発光する。当たり前のような顔で刹那が1m程浮き上がり、浮いたまま城の中まで移動していった。
3日後。
城の二階の窓から外を眺めていた刹那に、キアの母親が声を掛けた。
「いつ出立する予定なの?」
「あれが出来るようになったら、準備して翌日にでも発ちたいと……」
その時、裏庭からキアが手を振った。
窓の右の壁に描かれた小さな魔法陣に触れ、風や雨などを凌ぐ結界を解除する。
「刹那ー、みてみて!!」
嬉しそうに言うキアが、すっと手を前に出す。
瞬間、短剣が光の粉を散らしながら出現した。
ぱっと手を開くと、霧散するように剣が消える。
消えたと思うと、すぐにまた短剣が現れた。
「ね、できてるよね!?」
「うん、できてる」
刹那は「じゃ」と彼女に微笑むと、窓から何の躊躇いも無く飛び降りた。
母親は、その姿を微笑みながら見つめ
「そう……なら私も、準備しないと」
呟いて、部屋へと入っていった。
昔は、両親が与えてくれた。
道具なり、課題なり。
与えられたものをこなせば、褒められて、また違う物を与えられた。
でもあいつは違った。与えて貰えなかった。
与えて貰う為に、色々なことを試みていた。
その後両親を亡くして、全てを無くしたように茫然としていた俺に、与えられたのは。
『お前は天使だ。悠久の天使。その力は限りない』
天、使。
――そうだ、俺は天使。
こなしてやる。与えられた称号を。
新たなる俺を。
こなし、上り詰める事が努力ならば
努力して高みを掴み取ってやる。
俺にこんな運命を課せた神に代わって
不幸な弟を救う、新しい世界を作るんだ。