プロローグ
とある城の、日当たりの悪い壁際。
うっすらと残った意識の中で、確かに誰かの声がした。
「大丈夫ですか?酷い出血ですけど……」
若干目を開けて確認すると、誰かが覗き込んでいた。
闇に溶ける黒髪と、夜空の星のような金眼。
美しい少年だった。
「手当てするんで……。立てますか?」
差し伸べられた手を、縋るように掴んだ。
少年は、この城の息子らしい。
それなりの良家らしく、室内もとても美しい装飾がなされていた。
「大丈夫ですか?一応止血して薬塗ったんですけど……」
座っている自分を心配そうに見つめる少年に、ふと疑問を投げかける。
「どうして俺なんかを……」
「助けたか、ですか?だって、綺麗じゃないですか、その銀髪。でも他の所じゃあ嫌われてるんでしょ?だから」
「……」
不思議なやつだ、と思った。この髪を綺麗だなんて、言われた事がなかった。
「オレもね、本当はもっと東の国の生まれなんです。でもそこでは、オレの一族みたいな金眼は全然いなくて、虐殺から逃れてここへ来たんですよ」
「……異国の者が、よくこの国で地位を築けたな」
「それは……まぁ、色々ありまして」
にこ、と彼は笑った。まるで少女のような笑顔だった。
「あら、元気になったのね」
ドアが開く。大人しい色のドレスを着た女性が、パンと白い器の載ったトレイを持って立っていた。
「お腹がすいたでしょう、お食べなさい。――それにしても、本当に綺麗なアルビノなのね」
「アルビノ……?」
首を傾げる。すると女性は驚いたように目を見開き、「知らないの?」と言った。
「生まれつき、白い髪に赤い目、白い肌を持っている人のことよ。学者さんによれば、色素が無いんですって。太陽光に弱いらしいから、気を付けた方がいいわ」
パンと白い器――中身はホットミルクだった――を小さなテーブルの上に置きながら、彼女は説明してくれた。
ああ、それでなのか、いい天気の日に目眩がするのは。
理解して、部屋を見回す。あった。自分が愛用している黒いフード付きマント。端に白い縁取りと、逆十字があしらってある筈だ。
自分の持ち物を何一つ失っていない事を確認し、一息ついてパンをかじる。
その様子に少年と女性は安心したようで、優しげな笑みを零した。
「ねぇ、あなた、ご両親は?どうしてあんな所にいたの?」
「両親はいない。兄貴がいる筈だけど、生き別れたきりだ。家もないし、賞金首を狩りながら暮らしてた。今日は、昨日狩った奴の賞金を受け取った帰りに、盗賊に襲われたんだ」
女性の質問に、ぶっきらぼうに答える。女性はまぁ、と驚き、少年も目を瞬かせた。
「オレ、キアっていうんです。あの、名前は……?」
遠慮がちに尋ねてきた少年に
「刹那。母親は東の国の人だったから、その土地の言葉だ。あと敬語は使わなくていい。多分、同年代だから」
またぶっきらぼうに、しかし淡い笑みを浮かべて答えた。
「そっか、刹那――」
キアが何か言おうとした、その時。
「敵襲です!!」
下の階で、誰かが叫んだ。
「……っ!!見張りの声ね」
女性の表情が、一気に険しいものに変わる。
「敵……?」
「オレたちは、色々あって人身売買の人や盗賊なんかに狙われてるんだ。君も逃げて――」
慌てた顔で説明するキアと反対に、刹那はにぃと笑った。
「……倒せばいいんだな?」
「え?あ、まぁ……」
「わかった。行ってくる。助けて貰ったお礼に」
マントを羽織ってからドアを開けて、廊下の端の螺旋階段を駆け上り、見張りの塔から敵を確認する。まだ門の付近にいる。それに、大した数ではない。
刹那は塔の窓から飛び降りた。
門付近にいた、敵と思われる男達は、城から飛び降り向かってくる刹那をすぐさま攻撃対象に設定したようだった。
男達の中の一人が、雄叫びを上げて走ってくる。
刹那は冷静に、腕を右下へ払う。
払ったその手には、細身の、刃渡りの長い銀色の剣が握られていた。
レイピアというには長く、日本刀というには細く、下手すれば身長すら越すかも知れない程長い剣だ。
右手で掴んだ剣を両手で握り直し、敵がさほど近づかないうちに一閃する。
閃光さえ放っているかのように見えるその剣は、男を弾き飛ばして城壁に激突させた。
残りの男達が一瞬固まる。たかが子供と、甘く見ていたのだろうか。
刹那は賞金首を狩って生計を立てているのだ。一人前以上の剣の腕を持っていてもおかしくない。
そんなことを男達が知っている訳もないが、彼らは今度は集団で掛かってきた。
同じように一閃して弾き飛ばす。しかし今度は、全員を激突させることはできなかった。
脳震盪を起こして気絶しなかった人々が、起き上がりもう一度かかってくる。それが前からだけでなく後ろからも迫っていることを確認し、顔の右側を覆う前髪を右目の眼帯ごとかき揚げた。
現れた右目は、一般人とは全く違う紫色。
瞬間、マントの裾にぐるりと一周あしらわれた逆十字が、白く発光した。
同時に、彼を囲むように、燐光を発する魔法陣が出現する。
その魔法陣に沿うように円形に、黒い球状の光が発生し、驚いて一歩離れた男達を追撃し始めた。
「うわぁぁああ!?」
黒い球状の光に捉えられたら者は、断末魔のような声を上げて崩れ落ちていく。
それを刹那は、右手で剣を掴んだまま、何食わぬ顔で見つめていた。
叫び声は、合唱のように響き渡っていく。
全員が倒れた後、刹那はふとある男に目を留めた。
「……気絶しているか」
呟いて、剣同様どこからか手錠を取り出してはめる。
「賞金首だったな、こいつも。警察に突き出すか」
顔色一つ変えずにそう言って、散らばって倒れる残りの男達を剣の背の部分でひとまとめにし、丁寧にロープで縛って城外へ蹴り出した。
一連の刹那の行動を見張り塔から見ていたキアと女性――キアの母親は、ただ呆然として言葉を発することすらできなかった。