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銀の魔導師  作者: sena
桃華郷編
18/20

赤い異国の街


 キアが目を覚ますと、そこは不思議な空間だった。

 一面灰色。テントのように、天井が低く狭い空間だ。

 その壁に触れると、柔らかな温かみを感じた。

 『目覚めたか』

「うわっ」

突然脳裏に響いた声に、キアは辺りを見回す。

「バハムート?どこにいるんですか?」

壁をペタペタ触り、バシバシと叩く。『おい』とまた声が響いた。

『どこも何も、お前が今いるのは我の翼の下だ』

「……え?」

改めて辺りを見回すと、骨らしき筋も見える。下は地面だ。なるほど、今自分はバハムートが広げた翼の下にいるらしい、とキアはやっと理解した。

 それにしても、何故自分はここにいるのだろうか。記憶は身体が宙に舞った所で途切れている。

「あなたが助けてくれたんですか?」

『いや、我ではない。我が推測するに、刹那が多分、危機を悟って咄嗟に逆召喚をし、立て続けに我を召喚したのだろう』

「刹那が……?でも、刹那はそんなこと出来る状態じゃ」

キアはそこで口を閉じた。刹那は確か、「魔導師は命の危機に陥った時、息をするくらい自然に自分を救済する魔法を発動する」といった主旨のことを言っていた気がする。きっとあんな状態でだって発動できるのだ、人間は死ぬ直前まで呼吸を止めないのだから。

「でも、そんな大きな魔法を連続で使うって、難しいですよね。オレで言えば……一気に10人くらいの心を操るようなものか」

『ほう。読心術師はそんなことも出来るのか』

「多少は操れますけど、時間がかかるし労力もかかるし非人道的なので、殆どやらないです」

そうか、と答え、バハムートはくくくと笑う。

『我の主人は偉大だろう。人間としては未熟だが、力は一級品だ。だから、キア。あいつを起こせ。どういう状況かは本人が一番知っている』

反対側の翼の下にいる、とバハムートは言った。

 それから、『ちなみに』と付け加える。

『外には出ない方が良いぞ』

「えっ」

『一面雪だからな。その格好では寒いだろう』

「雪!?寒くないんですか」

『我らはそんな気温にも耐えうる仕組みになっている』

そうなんですか、と返事をする。

 しかし外に出ないで、どうやって起こせと言うのか。

 キアはしばしの思案の後、ポケットから懐中時計を取り出した。

 蓋を開けると、時計の文字盤に模様が刻まれている。横のピンを回すと模様は淡く橙に光り、その時計にキアは力を流し込んだ。

 通信魔法陣だ。

 通常、一般人が使う通信魔法陣は大きな据え置き型で、タンクに溜まっている魔法発動に必要な物質を流し込むことで通話可能になる。キアのもののような小型は特注で、自分の力で魔法陣を起動させるタイプだ。

 プツンと耳元で音がする。接続したようだ。

 通信魔法陣は、魔法陣を起動させるだけで効果を発揮する『起動即効型』に分類される。起動の後に「発動」「行使」といった段階のない、単純な魔法だ。そうでなければキアには使えない。

 ちなみに、「行使」段階までやらなければいけない魔法は偽教会魔法に多い。

 「はろはろ。刹那、聞こえる?」

[……]

無音。

 確かに通信魔法陣は起動しているのに、反応がない。起きていないようだ。

 「刹那ー」

そのまま何回か呼びかける。5回目でやっと、[ん……]と反応があった。

[んー……ん?キア?]

『目覚めたか』

[バハムート。良かった、来てくれて]

声だけの会話。不思議な感覚だ。

「あれ?そういえば刹那、バハムートの声聞こえてるの?」

『我が魔法を使っているからな』

[バハムートに話す気がなければ、俺は咆哮しか聞こえない]

「ああ……なるほど」

瑠璃鳥が力を持つように、召喚獣にできる生き物は多少魔法を使える。バハムートなどという、伝説級の生き物となれば、独自の魔法を持っていてもおかしくないくらいの力があるはずだ。彼らには、自分の意志を相手に伝える魔法があるのだろう。

 それはさておき。

「刹那、ここどこ」

[さぁ、よくわからない]

即答されて、キアはがくりと肩を落とした。彼にわからないと言われてはおしまいだ。

『わからないことはないだろう。どうやってこの場所を指定した』

[いや、朦朧としてて。キアを殺さないようにとだけ思って、気付いたらこうなってた]

「……算段があって飛び降りたんじゃ……」

[死なない自信はあった]

沈黙。

 つまり無計画ということだ。

 キアは絶句し、バハムートは呆れている。刹那の「何か不満?」という声が聞こえた。

 『……昔からお前は、怖いもの知らずで行動力がありすぎる節があったな。……まぁいい、我がここがどこか見てくるから、結界か何かで暖をとれ。外は銀世界だぞ、刹那』

俺の色、と刹那が呟いたのが聞こえた。

 数十秒後、キアの前に淡い紫の魔法陣が出現し、そこから刹那が現れる。立て続けにマントの模様が光ったかと思うと、バサ、と音を立ててバハムートが飛び立った。

 ぱっと世界が明るくなる。

 言われた通り、そこは一面雪に覆われていた。

 バハムートがいた場所とその周辺だけ、雪が溶けて地面が剥き出しになっているが、それ以外は果てしなく真っ白だ。

 地平線の彼方まで、ずっと白――つまり、針葉樹以外何もない。目眩がしそうなほど何もない場所だった。

 それでも寒くないのは、先ほど刹那が張ったらしい結界のおかげだろう。

 「すごい、真っ白だよ刹……那……?」

刹那が隣にいない。

キアは辺りを見回した。刹那、と呼びかけて後ろを向くと、「あっ」と声がした。

「……刹那?」

「待って、ちょっと動かないで」

声は背後から聞こえる。

「何してるの?」

「何って、こんな地獄があってたまるか……」

キアの後ろから顔を出した刹那は、前髪を上げて、眼帯を左目にしていた。

「えっ……どうしたの?」

「雪の反射は眩しすぎる」

「ああ……そっか」

刹那は白化型だ。正常である左目では、光から人体を保護する機能が劣化している。その状態でこの景色を見れば、それこそ本当に目眩がして倒れるだろう。

 異常である右目なら、多少は光による負担を軽減できる。

 「綺麗な紫なんだね、右目。ちゃんと見たの初めてだ」

「どうも」

刹那は垂れた左目側の髪を手櫛で梳いた。

 「それより、どこか街を見つけたらコートを買わないといけなくなった」

ふう、と刹那は息をつく。この地方の平野部では、かなり寒さが極まらないと雪なんて降らない。長袖一枚で出歩ける季節だし、とキアはコートなど用意していなかった。

「オレ、家にならあるよ?」

「明確な座標がわからないものの召喚は疲れる。アバウトに指定してもいいけど、そうしたらクローゼットの服全てを持ってくる事になる」

「あ……そうなんだ」

「一つだけ召喚しようと思ったら、それを他の一切のものと差別化しなければならない。キアの部屋のクローゼットの右から3番目、とか、そこまで分かるなら話は別。勿論、千里眼、検索、座標指定、召喚、とやれば出来ない訳ではないけれど」

やる体力はない、と刹那は首を振る。

「ええと……そうしたら、千里眼でオレの部屋を見て、その中から検索でコートを探し出し、その場所を座標指定して、召喚……ってことか」

「そう。千里眼以外全て遠隔魔法。疲れる」

俺が元気なら金使わなくてよかったんだけどなぁと刹那は少し悔しそうだが、よく考えてみれば当然のことだった。刹那は先ほど、暴走寸前の朦朧とした状態で、遠距離複数人の逆召喚とバハムート召喚という巨大な魔法を連続でつかったのだ。さらに、自分をキアの元まで逆召喚し、立て続けに結界を張った。これ以上無理はさせられないと、キアは「仕方ないよ」と返した。

 バハムートが「偉大」という意味がわかる。

 ちなみにさ、とキアが言いさすと、刹那が此方を向いた。

「刹那以外の一般的な魔導師だと、今日の一連の魔法、どこまでやれるの?」

問われた刹那は首を傾げ思案顔だ。

「他の魔導師には、子供の頃しか会ったことがないから」

「そうなの?」

「旅の間に会ったのは、レーゼくらいだったような……偽教会魔導師は少ないし、身分を隠すし」

そういえばそうだった。

 ケルンがあまりにも堂々としていたのでキアはすっかり忘れていたが、刹那が時計塔の街でおもいっきり偽教会魔導師であることを見せつけたのも、全ての責任を「偽教会魔導師」という存在になすりつけさせる為だ。偽教会魔導師は制度上でそれ程までに身分が低い。何かあるまではその魔法に夢を見る一般人も、何かあれば魔法を目の敵にするのだ。

 そっか、とキアが返すと、刹那は少し間を置いて「だから」と小さく言った。

「魔法の話をできる友達がいるのは、ちょっと、楽しい」

俯いて、彼は前髪を梳く。隙間から見える白い頬が、少しだけ紅潮していた。

 壊れやすい心の持ち主なのに、彼はずっと一人だったのだ。

 「……あのっ。オレで、良ければ、一緒にいるから。色々、話して」

きっと彼は色々な感情を、こうして隠している。その身に背負ったものは重いはずだ。自分がそんな彼を、少しでも支えられるなら。

 刹那は小さく笑みを浮かべて、「いつか」と口を開く。

「箱入り坊ちゃんを卒業したら、頼りにしてもいい。それまでは俺が守る」

「ええ……まだ駄目?」

「……知らないことが、多すぎる」

刹那の表情が一瞬暗くなった。キアは首を傾げ、「どうかした?」と問おうとしたが、音にしかけた言葉は巨大な羽音にかき消された。

 刹那が振り向く。「おかえり」という台詞を聞き見上げると、巨大なドラゴンが頭上にいた。

「バハムート、どうだった?」

刹那は着地したバハムートに向き直る。

『ここは、王都から北上した辺りの高原だ。地図的には北極圏だな』

「「北極圏!?」」

王都はこの国の南側だ。海に面している。ここが北極圏というなら、ほぼこの国を縦断していることになる。時計塔の街も南側なので、そこから見たとしても縦断だ。

「どうりで。この時期に雪なんて。万年雪かもしれない」

「なんでそんな場所に……。街なんてあるの?」

『あったぞ。一つだけ。ただ、普通の街とは違ったな』

「……というと」

ふっと、刹那の纏う空気が警戒に染まる。つられてキアも身構えた。

『全員黒髪、東洋人の顔つきだったな。門は赤く、建物の色使いも派手だった』

「え、それは……もしかして……」

キアの記憶にある、母国の景色に似ている。もしかしたら、あの時逃れた他の仙術師達が街をつくったのかも、という仮説が、頭に浮かんだ。

 「……行ってみるしかない。凍死は嫌だ」

刹那のその言葉に、キアは黙って頷いた。



遅くなりました。更新です

ここからは予約掲載で1ヶ月ごとにあげていこうと思います。

……予定狂わせがなければ、なんですが……。


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