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銀の魔導師  作者: sena
時計塔の街編
15/20

読心術師キアの苦悩



 「三日月草の雫、満月草の雫、妖薬、それから深海の清水……あとソルハーブ、イキツギグサ。計2800ラルクじゃ」

刹那がジャラジャラと袋からコインを取り出し、念入りに数えてレーゼに渡す。受け取ったレーゼも確認して、「ちっ、1ラルクたりとも狂ってない」と笑いながら言った。

 刹那は買った品物を一つずつ袋に詰めながら、視線だけレーゼにやって睨む。

「当たり前だ。せっかく稼いだ金、誰が無償でやるか」

「賞金首狩りと、手品師と、あと劇団員もやってたんだっけ?」

レーゼから聞いた話だ。手品師であることは知っているが、『生きたまま捕らえる』という業界では珍しいやり方での賞金首狩りもやっていたし、大きな街にいた頃はその外見を買われ、劇団に所属し女装して舞台に立っていたという。

「……レーゼ、お前のおしゃべりはまだ治ってないらしい」

「治す気なんて毛頭な——ごめん、ごめんってば!!あたいが火苦手なのしってるじゃろ!?」

刹那の手のひらに現れた小さな炎を見て、レーゼは慌てて謝りながらカウンターの端へ逃げた。

「キアきっての要望だったんじゃ!!お前のことが知りたいって」

「だからって教えなくていいだろ。俺の泥沼みたいな過去なんて」

「そうかい?これからずっと一緒にいるなら、いつかは打ち明けないといけない事じゃ。キアだって、いつまでも真っ白じゃお前になんかついていけな——ちょっちょっちょっ火今大きくしたな!?」

火はだんだんと大きくなっていく。火というよりは炎と言った方が荒々しい雰囲気が出るかもしれない。

 しかしそこまで大きくなる前に、すっと消えた。

「……キア?」

刹那の背後から、キアが手を握っている。

「それ以上大きくしたら、マンドラゴラに燃え移っちゃうよ。レーゼさんは何も悪くない、どっちかっていうと刹那が悪い。自分のこと、全然教えてくれないから」

キアは手を握ったままそう訴えた。

「教える必要も義務も無い」

「聞く権利はあるでしょ?」

手を握ったままのキアに、刹那はため息をついて首を横に振る。

「知的好奇心だけで生きていける世界じゃない、お坊ちゃん」

「好奇心じゃなくて、刹那。オレは君のことが知りたいの。知らない人について行けっていうの?」

「偽教会魔導師、白化型、日光が嫌いで甘いものが好き、召喚獣はバハムートと瑠璃鳥、そしてお前の母親よりお前を守る義務を課せられた。それ以外、お前の安全を保証する情報は何が要る?」

キアは黙った。彼の過去、経歴、性格。そんなものは、彼に課せられた義務によって意味のないものとなる。例え彼が世界の破滅を目論んだ凶悪犯であれ、彼にその義務に従う意志がある以上、刹那はキアの味方であり続けるのだ。

 しかし、キアはどうしても納得できなかった。

「刹那はオレのナイトなの?」

刹那は怪訝そうな顔をして此方を見る。

「オレは、友達だと思ってた」

「……だから?」

「友達のことを解ろうとするのは、悪いことなの?」

刹那は黙り込んだ。瞳に困惑を映していた。

 キアにはそれがはっきりと分かったけれど、困惑する理由は分からなかった。

 キアにとって心とは、透明なものだ。しかし刹那の心は不透明だ。何も見えない。

 「そのくらいにしてやってくれ、キア」

沈黙の中口を開いたのはレーゼだった。

「うーん、見事に噛み合わないコンビじゃな、その点については」

いつのまにかカウンターの端っこから復活していたレーゼが、面白そうに目を細める。

 「あたいはこれでも、刹那より4歳以上年上でのう。だから年上として言わせて貰うが」

レーゼはカウンター向こうの椅子に座り、腕を組む。

「まずキア。刹那は自分の心に踏み込まれるのに馴れていないんじゃ。あたいを含め皆、なるべくそっとしておこうと思ったからのう。そして刹那。あんたはそろそろ踏み込まれろ。一人で生きて行くのは難しいんじゃ、特に大人になればなるほど」

「踏み込んじゃいけないんですか?」

「放っておいてくれていいのに」

二人のほぼ同じタイミングの、正反対の台詞に、レーゼはくつくつと笑った。

「本当に面白い二人じゃ。若いのう。いいかいキア、お前たちにとって心ってのは、読もうと思えばいくらでも読めるものかも知れないが、一般人にとって心ってのは、大事に自分の中に隠しておくものなんじゃ」

「……そう、なの?ですか?」

キアは瞬きして言った。

 刹那は「当たり前だろ」とでも言いたげに此方を見ている。完全にアウェーな気がした。

「刹那と一緒にいてごらん。こいつは秘密の塊みたいなものだから、いつか分かるよ。刹那も刹那じゃ。いつまでも過去に囚われてちゃ成長できない」

刹那は黙ったままだ。キアは「なんで?」と問う子供のような瞳でレーゼを見ている。レーゼは苦笑を浮かべた。

 「ほら行け行け。用事は終わったじゃろ?」

今ここで解決できる問題ではない。そう思ったレーゼは二人を急かした。

「終わったけど、レーゼ。追い出す前にキアに自己紹介してくれ」

「おっと、忘れてた」

レーゼがすっとキアに向かって右手を差し出す。キアがそれを右手で握った瞬間、レーゼはにっこり笑って

「偽教会魔導師にして王立エルメス大学魔法医療学部薬学科教授、レーゼ=カルトラルじゃ。薬屋バルトロッジの店主でもある」

「え……エルメス大学教授!?」

若い外見に似合わず、その肩書きはこの国で最も権威ある大学教授の一人であることを指していた。

「言ったろ、魔法医療学界の権威だって」

「は……いや……その……えっと、色々と見苦しい所をお見せしてしまいました、キア=ハーフェンと申します」

深々と頭を下げるキアの後ろで、刹那がぷっと吹き出す。

「……何か変?」

「変も何も。態度変わりすぎ」

「そうそう、気楽に話してくれていいよ。社会的地位はお前の方が上なんじゃ」

右手を離し、ひらひらと振る。刹那は「な?」とキアの方を見て、それから入り口の方へ向かった。

 「そうだ刹那」

店を出かけた刹那が振り返る。


ガンッ!!


その額に固いものが勢い良くぶつかって、刹那は無言で後ろによろけた。

 キアが地面に落ちたその「固いもの」を拾い上げる。それは、ジャム瓶に入った塗り薬のようだった。

「……何これ?」

「あー」

刹那が額を抑えながら瓶を取り上げる。

「皮膚病と日焼けを防止する薬。レーゼが作ってくれた」

「主に作ったのお前じゃがな。お前しかあの魔法を使う力量は無かった。……ああ、魔法医療ってのは、薬品に魔法効果を追加する医療なんじゃ、キア」

ついていけていなかったキアに、レーゼが説明してくれる。いまいちそれでも分かっていないが、普通に薬草を混ぜ合わせるだけではないことは分かった。

 「さぁ、行くぞキア。宿屋に行って、作戦立てないと」

刹那がそう言って瓶を持つ手を開く。自由落下を始めた瓶が、途中で緩やかに消える。

「え?あ、うん。じゃ、レーゼさん、また」

「はいはーい」

ぺこりとお辞儀して、キアは出て行く刹那を追いかける。

 残されたレーゼは口元に淡い笑みを浮かべて

「いいのう、青春……」

そう、呟いた。





 宿屋までの交通手段も、空飛ぶ鞘だった。

 夕日の中、刹那の後ろで風に吹かれながら、さっきの会話を思い出す。

 隠して誤解を生むくらいなら、言ってしまった方がいいと思っていた。いや、思っている。

 相手の全てを知ることが理解だと思っている。

 それ以外どうしろと、とキアは言いたかった。

 でももし、刹那がそれ以外の理解の仕方を望むのなら、努力しようとも思う。

 自分は特殊なのだと、改めて実感した。昔いた母国の集落のように社会が自分と同じ人で構成されているなんて、そんな訳がない。

 心を読めるのも、些細な変化を見逃さないのも、この血特有のものなのだ。

 それ以外の人が大多数なら、その考え方を学ぶのが今回の目的だ。そのために刹那について来た。

 そして何より、刹那に嫌われるのは嫌だった。

 ふと誰かに見られている気がして前を向くと、刹那が此方を振り返っていた。

「……何か、あった?」

さっきの事怒っているかな、と心が影って、聞き方が控え目になった。怒られても正直どうすればいいか分からないが、とりあえずどうすればいいのか分からないという旨を伝えるつもりでいた。

「んー?」

あれっ、と思う。普段よりも軽いその言い方に、どうしても違和感がある。

 刹那がその後紡いだのは、キアが覚悟したのとはほぼ真逆の台詞だった。

「何、時化た顔してんだ、柄でもない、っと!」

ぎゅん!という擬態語がぴったりくる速度まで急加速して、ホウキはいきなり背面飛行を始める。振り落とされそうになったキアは慌てて鞘を強く掴み直して、抗議の声を上げた。

「オレを殺す気!?」

「まさか。俺は約束破りは嫌いだ」

間違って落ちたらどうするんだ——と返すより先に、風音の中に「別にさ」と刹那の声が聞こえた。

「お前がどんな粗相しようと、俺は咎めない。生死に関わったら別だけど……初めてで失敗しない奴なんて兄貴くらいだ」

ホウキの背面飛行は続く。猛スピードには慣れたが、背面飛行と急速落下で感じるふわっとした感覚には未だに慣れなかった。

「お前と世界は生まれ持った物が違う。考え方も違って当然。学べばいい、俺とか、社会とか、色んな人に怒られながら」

「……怒ってる?」

「別に。……でも俺はそう簡単には口は割らない、とだけ」

そう言いながら、ホウキはさっきからとんでもない動きばかりしている。背面飛行だけでなく、360度回転、ツイスト、月面宙返り。本当は怒ってるんじゃないのかと聞きたかったが、聞けなかった。

 刹那が一気に高度を上げた。それから、鞘を真下に向けて落下を始める。

 自由落下ではない。初速も重力加速も人工的な加速もある落下だ。

 内心悲鳴を上げながら、しかしキアには口に出す力さえ無かった。

 ぶつかる、と地面を近くに感じて目を閉じた瞬間、ホウキは水平に戻る。

 ホテルの前に着き降りたはいいものの、流石にグロッキーになってキアは刹那にすがりついていた。




 ホテルは、今回はシングルベッド2つだった。

 一人一部屋取ることも出来たのだが、キアが「一部屋の方が安いでしょ?」と断った。

 そしてそのキアは、今ベッドの上でグロッキーになっている。

 ホテルのフロントでは元気そうだったが、部屋に入って二人きりになった瞬間、崩れた。

 「そんなに気持ち悪い?」

「うーん、なんか……吐きたい訳じゃないんだけど……」

「あー……ごめん」

刹那はバツの悪そうに言う。謝るのは苦手そうだ。

「きっと慣れでしょ?謝ることないよ」

「まぁ、そうだけども」

「頑張って慣れるから……」

「いや無理するな」

即答で止められた。

 「そういえば刹那、どうして今日はずっとホウキだったの?見つかったらまずいんじゃ」

キアが顔をあげて問うと、刹那に「寝てろ」と頭を抑えられまたうつ伏せの状態になる。カチャ、とガラス同士が小さくぶつかる音がした。

「逆。魔導師がいるって言っておくため」

足音が近づく。「水飲める?」と聞かれて起き上がると、刹那がガラスのコップを持っていた。

 黙って頷く。刹那は「ん」と返した。

 「これからもしかしたら戦うかも知れない。街に損害を出すかもしれない。偽教会魔導師に破壊されたって申請すれば、復興補助費が出るから」

刹那は表情を変えずに言う。その手には淡い燐光が螺旋状に纏わりついていて、彼の指先を伝ってコップに入っていき、ある程度たまると一瞬にして水に変わった。

「水を……召喚?」

「いや。水分子を作ってる。……分子って知ってる?」

「知ってるけど、元素とか分子の理論なんて発表されたの最近だよね?しかも予想段階だったし……もう使ってるの?」

「世の中に存在するものならば、目に見えなくても使う。魔法はイメージだって言ったろ?理論なんて必要ないんだ。予想が発表されてすぐ実験を始めたらしい」

「そういうの実験してる人たちがいるの?」

「ん。生き残りがこっそりやってる。完成したら、通信魔法陣で全世界の偽教会魔導師に発表される」

へぇ、と感心して、それからふと思い当たった。

「じゃああの予想は正しいってこと?」

刹那はキアに水の入ったコップを渡しながら、「その通り」と口元に笑みを浮かべた。

「ま、世界じゃまだ予想段階ってことになってるけど。偽教会の研究は正式には認められないから」

「それも……偽教会魔導師が」

「迫害されてるから。ほら、さっさと飲め」

コップに口をつけ、一口飲む。普通の水だった。

 「水買わなくて済むね、これ」

「いや。空気中に水分子の材料がないとできないから、いつでも使える手段じゃない。この街はどうやら昨日雨だったみたいで湿気が多いからできたんだ」

「ああー……とすると砂漠とかじゃ使えないんだね。一番使いたい場所なのに」

刹那はこくんと頷き、それから溜め息をつく。一瞬気だるそうな目をした後キアの方を向いて「寝てろ」と言った。

 その一瞬の変化を、キアは見逃さない。

「刹那も疲れてるんじゃないの?」

「ん?うん……ちょっと、精神的に」

また彼は溜め息をつく。

「俺は偽教会の血に生まれたことを後悔はしてない。けど、ここまで縛り付けられると流石に……な」

そう言って刹那は、キアの隣のベッドに倒れ込んだ。

「復興補助費だって偽教会によるものじゃないと出ない。偽教会はそれだけ信用されてない。だからといって、こちらに落ち度は何もない」

嫌になる、と小さく呟く。それからごろんと寝返りを打って、キアの方に顔を向けたまま目を閉じた。

「まぁでもこの地方は幸せな方だ。辺境の方じゃ白化型ってのも加わって野宿ばっかりだった」

「それは……大変だね」

「本当に……ふぁあ」

眠そうに欠伸をして、刹那はそれきり喋らなくなった。

 寝たかな、と顔を覗き込む。

 すると途端にルビーの瞳が薄く現れて

「んむっ」

「寝てなさいお坊ちゃん」

両の頬を片手で挟まれた。

「はにゃしえ……」

「良い子に寝るって約束したら放す」

「うぇちゅにびょうきじゃありゅまいすぃ」

「んっ」

刹那のもう片方の手がキアの額に触れる。これは、と思った時には既に体がだるく、そして盛大にお腹が鳴った。

「……」

「……っ」

堪えられない、とでも言いたげに刹那が吹き出す。ひとしきり笑い転げて

「初めてだ、疲れの麻痺を取る魔法でお腹が鳴るなんて」

言いながらまた笑い出した。

 ふと見ると、マントの模様が淡く光っている。

 笑い出した節に解放された頬を撫でながら、これは力が感情に反応してるのかな、とぼんやり考えた。

 しかしメインで考えていることは別だ。

 刹那をどう止めるべきか。

 このまま笑われているのは何だか気分が悪い。と思ったが、刹那への対抗手段は思いつかなかった。

 「わかったキア。まずは夕飯食べて、それから昼寝しよう」

「結局寝るのか」

「俺は寝る。散策したかったら出て行っても止めないけど、明日は特攻するつもりでいて」

う、と言葉が詰まる。寝過ぎじゃないか、と言おうとしたが、この疲れで明日特攻となると、明明後日くらいにツケが回ってきそうだ。

 二人はホテルを出て、今度は徒歩で街を歩き出した。




時計塔の街はドイツの中世の街・ネルトリンゲンっていうクレーターの中の街を元にしたんですが、道路配置はアメリカの人工都市サンシティに近いかもしれないですね。あそこまで綺麗に整備されてはいないと思いますが……。

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