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銀の魔導師  作者: sena
竜に護られた街編
11/20

刹那と小さな秘密たち



 ふいに目が覚めた。

 よく寝た気がする。

 部屋は明るいが、このオレンジ色の光は恐らく人工の光だ。

 魔法が実用化された現代において、灯りはガス燈やろうそくより遥かに明るい魔法製のものが使われている。魔法陣に込められた力を使い切ったら買い換えだ。ちなみにこの力というのは魔導師の体内のどこかで生成されるものだが、体力などと違って物質だ。人工での生成に成功し、実用化されている。

 そんな魔法の光が明るく照らす部屋を、キアは見回した。

 刹那がいない。

 窓の外を見る限り、もう夜だ。一応首から下げた懐中時計を確認すると午後10時だった。

 寝過ぎなくらいよく寝ている。それでもまだ軽い眠気が残っていた

 「……?」

耳を澄ますと、微かに寝息が聞こえる。

 上半身を起こし、視線を自分の足の方へ。

 サイドテーブルに湯気の上がる料理が見え、自分の足元に銀色の毛玉が見える。

「……」

銀の毛をかき分けると、刹那の無防備な寝顔が見えた。

 料理の方は、器が淡く燐光を放っている。刹那が寝ているのだから、この料理が作られてから時間が経っている筈だ。それでまだ湯気が出るほど温かいのは、刹那の魔法が掛かっているのだろう。

 けれど、寝ながら魔法をかけ続けるというのは難しいのではなかろうか、とキアは首を傾げる。

 起きている間に魔法をかけて、その状態を維持するように力を注ぎ続けているのだろうが、読心術と魔法が同じ仕組みなのだとしたらそれは相当難しい筈である。頭の上に本を乗せて、落とさないように寝ているようなものだ。少なくともキアには真似できない。

 それにしてもあどけない寝顔だ。熟睡していて、魔法に集中力を割いているとは思えない。

(……まさか、本当は寝ていないとか?)

刹那ならやりかねない、と覗き込む。

「……兄……ちゃ……」

「……寝言?」

間違いない。熟睡している。

 ぐっすり寝かせてやりたいが、この状態だとキアが立ち上がったとき蹴ってしまいそうなのでそういう訳にもいかなかった。

 「刹那ー……」

のぞき込んだまま呼び掛けると、眠そうに刹那が目を開けた。

「——!?俺……っ」

覚醒したようだ。

「おはよう刹那。この料理、作ってくれたの?」

「ん?あぁ、うん。俺どれくらい寝てた?」

「わかんない。オレもさっき起きたから……そしたら熟睡してて、びっくりした」

「……熟睡してた?」

「うん。寝言言ってたよ」

「!?」

ガバッと刹那が口を塞ぐ。見たことのない慌てようだ。相当恥ずかしかったらしく紅潮している。

 それも見物だが、キアには一つ気になることがあった。

「その手、どうしたの?」

「えっ……」

口を塞いだその手が、傷だらけだったのだ。攻撃されたのとは違いそうな、小さな切り傷ばかり。それも左手だけ。昼間は無かった筈だ。

 ささ、と刹那が手を隠す。キアは眉をひそめた。

「刹那、何かあったの?」

「いやっ……別に……」

視線が泳ぐ。全くもって分かりやすい反応だ。わざとそうしているのだろうか。

 キアにじっと見つめられ刹那は観念したようで、ぼそりと「包丁で切った」と呟いた。 ……それにしては切りすぎではないか?

 ……まさか。

「包丁使えないの!?」

「う、うるさい!!昔は使えた!!ただちょっと刀振り回しすぎて、ちっこい刃物に対応出来なくなっただけで……っ。さっさと食べろっ」

さっきより赤くなって、刹那はぷいとそっぽを向いた。今の刹那はなんだかかわいいな、など口に出したらまた怒られそうなことを考えながら、料理の器に手を伸ばした。

 口に含んで、瞬きする。飲み込んでから、「おいしい」と呟く。

 野菜が溶け込んでいるのであろうそのスープは、温かさも味も上等だった。

 「ならいい」

そっぽを向いたまま刹那が言う。

 「……包丁使えないくせにおいしい」

「黙れっ」

ボス、とベッドに倒れ込む。そのまま睨まれた。

「もう作ってやんない」

「ごめんごめん」

くす、と笑うと、刹那はまたベッドに顔をうずめる。

 案外刹那は子供だ。そして寝言をよく言うようだ。特殊で不思議で、まだまだ知らない所も沢山あるのだろうが、もしかしたら結構普通の人なのかも知れない。

 そんなことを考えながらスープを飲み干す。やはり美味しい。

「刹那、ありがとう。美味しかった」

「ん。少しは良くなった?」

器をサイドテーブルに置いた音に反応したのか、刹那が顔を上げる。頷くと、そか、と短く返してベッドに腰掛けた。

「じゃ、明日出発できるな」

「うん」

さぁて次はどう行くかな、と膝の上に地図を広げ、刹那は地図上を指でなぞりだす。

 その横顔が少し楽しそうで、希亜は小さく笑った。

 希亜にとってはどこに行こうが大冒険だ。城の周辺と王都にしか行ったことがなかったのだから、この旅は毎日が冒険と言っても過言ではない。

 地図をなぞる刹那の指は色々なルートを辿って、最後はいつも王都に辿りついている。やっぱり目指すは王都なのかな、都会だし、と前に行った王都を思い出した。

 王都はやはり華やかで、人が多かった記憶がある。

 ただその時は、とてもはしゃげるような精神状態ではなかったが。

 「まーいっか。適当にいくか」

地図を仕舞い、もぞもぞと刹那がベッドに入ってくる。

 この部屋はダブルベッドだ。シングル2つの部屋は空いていなかった。

 「王都に行くの?」

隣に入ってきた刹那の方へ顔を向けると、刹那の紅い瞳が至近距離に見えた。

 近い。とても近い。

 「ん。兄貴からの手紙が王都で途絶えてるから、そこまでは行った筈だ。その先は、わからないけど」

 そうなんだ、と返すと、刹那は瞬きをして肯定を示した。

 その時ふと睫が揺れる。睫も白なんだな、と思いながらじっと見つめていると、ふいに刹那が口を開いた。

「キアは睫長いな」

「えっ?」

突然の言葉にキアは瞬きをする。今までそんなこと言われた事が無かった。両親にも、言われた記憶はない。どうしていきなり。

 「女みたい……」

「……ほめてるの、それ?」

「さあどうだろ?」

にやりと笑みを浮かべた刹那は「君が本当に女なら、今すぐにでも犯し潰すんだけど」と呟き、目を細めた。

 へ?とキアが固まる。

 刹那はまた、面白いと言いたげに口角を上げた。

 「ま、せいぜい気を付けな。この世にはソッチの人だっているから」

「……本当にいるの?」

「いる。会ったことある。金が無いから仕事探してたときに、いい賃金の仕事があるって言われて——」

「いいっ!生々しい話になりそうだからっ。おやすみっ」

断ち切るようにそう言って、くるっと希亜は反対側を向いた。

 ふわ、と部屋の明かりが消える。刹那が消したのだろう。しかしスイッチとなる魔法陣の場所まで動いた気配はしなかったので、自分の魔法で直接明かりに干渉する、なんていう芸等をもしかしたら使ったのかも知れない。

 最近キアも、少し魔法の仕組みを理解してきた。多分、魔法陣さえあれば、偽教会の魔導師が正教会の魔法を使うことも少しは可能なのだろう。

 「身体売るなんて、坊ちゃんの常識じゃ有り得ないよな……」

ぼそり、と刹那の声が背中の向こうで聞こえた。

 しっかりと聞き取れてしまったキアは、刹那に背を向けたまま目を見開いた。

 身体を売る?

 本当にやったの?

 あの話の後、振り切ったんじゃないの?

 ぞくりとする。そんなものは、物語の世界だと思っていた。

 身体が固まって、寝付けそうにない。

 「大丈夫、俺は平気だから。……おやすみキア」

キアの様子に、刹那が気付いたらしい。

 ちゅ、と微かな音がした。

 髪に口付けされたような気がして振り向くと、刹那はすでに目を閉じていた。







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