表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の魔導師  作者: sena
竜に護られた街編
10/20

「魔法を甘く見るな」

 「あっ、目が覚めたのね」

部屋を出ると、廊下で出くわした宿屋のおばさんが嬉しそうに言った。

 先ほどの客を追ってきたのだが、途中で双方一致で弁解を諦めた。

 「それにしても、兄弟そろって良くやってくれたわね。またあんな風になったらどうしようかと思ってたのに」

「兄貴に出来ることは、俺だって出来……出来るように目指してるんで」

言い直したのは、全て出来る訳ではないからだろう。少なくとも、魔法を永久持続させるというのはいくら頑張っても無理だ。

 「今度こそ、もう暴れ出したりしないと思う……多分」

「ありがとう。本当にあんたたちは恩人だわ」

おばさんは、本当に嬉しそうに笑った。

 それを受けて、刹那はいえいえと言いつつも、少し安心したような、どこか優しげな笑みを小さく浮かべる。

(……刹那、笑ってた方がいいのに)

オレがいるから、もっと沢山、笑ったり泣いたりしていいのに。

 きっと刹那は、自分を騙すのがうまいのだ。自分がなろうと思った性格に、表面上だけでなく、理性で根から矯正しようとする。

(ま、オレが言えることじゃないんだけど)

自分が笑わなくなったと言われていたのは知っていた。当時は何をそのくらいと思っていたが、実際そんな人を見るとなんだかもどかしい。

 「じゃ、キア、荷造りしようか」

刹那が振り向く。不意打ちにキアは思わずピンと背を伸ばした。

「あら、もう発つの?もう少し居ればいいのに」

「……色々あって、長居できなくて」

一瞬、刹那の顔が曇った、気がした。

 しかし、キアからしてもその程度なのに一般人が気付く訳もなく。

 「そうなの……残念ね。明日発つ予定?今日は休みなさいよ、流石に」

「ん、そのつもり。……あと、俺は『刹那』じゃない」

「え?」

「えぇ!?」

この発言には、横で黙っていたキアも声を上げざるを得なかった。まさか仮名だとでも言うのかと、キアは妙に緊張して続きを待つ。

「この街以外の人にもし今回のことを話す機会があったら、『刹那』と言わないで欲しい」

「あぁ……そ、そういうことね……」

おばさんとキアが、同時に安堵のため息をついた。それを見た刹那は小さく首を傾げた。

 「じゃあ、何て呼べば……」

おばさんの問いに、刹那は

月緋(つきのひ)。ある町では、銀の魔導師とも呼ばれてた」

ざっと風が窓から吹き込む。銀が日に輝いて、それはまるで――

(なるほど……)

月緋の名は、だれが付けたのか。

 おそらくそれは、明け方の月のような銀髪に、緋のように深い紅の瞳からつけたもの。

 希亜は小さく息を漏らした。

「綺麗……」

その一言に刹那は首を傾げ、しかしすぐに元に戻して「じゃ、おばさん、また明日」と言うと、希亜を呼んで部屋へ歩き出した。

 月緋。銀の魔導師。

 どちらも綺麗な情景だ。

 ただし、その意味がわかるのはキアのような東国の言葉の知識がある者だけだ。

 銀の魔導師というのは、刹那の銀髪からだろう。

 「かっこいいなぁ、二つ名」

刹那に追いつくよう小走りして、ふと呟く。

 小走りに気付いて歩く速度を緩めた刹那は、振り向いて先程と同じように首を傾げた。

「俺がつけるなら、キアは綺羅星って言うけど」

「きらぼし……?」

「そ。知らない?」

部屋の前まで来ると、やけに優雅にドアを開け「どうぞ」と言った。キアはその仕草にぽかんとしつつも言われるがままに部屋に入る。続いて刹那はベッドへ手を向け「お座りください」と口元に小さく笑みを浮かべた。

 座ったキアの隣に座って、刹那はそっとキアの髪をとかす。

「綺羅星って、夜空で最も綺麗に輝いてる星のこと」

はぁ、と相槌を打ちつつも、それがなんでオレなの?と首を傾げる。刹那はそれを見て、そっとキアの頬に手を添えた。

 その手があまりに思わせぶりで、思わず固まってしまう。

「俺の髪は雪だとか宵の月だとか言われるけど、それなら君のは夜の帳が下りたような、とっても落ち着いた色だ。美しい黒髪はとても艶やかだし。それに、その不思議な風合いの金眼。君独特の深みを持ってる」

つつ、と頬を指が伝う。慣れない感覚とよく分からない恐怖感に、キアはびくりと肩を震わせた。

「それはさながら――」

にや、と妖艶な笑みを浮かべる。からかうような色合いはなく、本気のようにしか読み取れない。

「――闇を照らす一番星そのもの」

囁くように賛美する刹那を、呆然と見つめる。頬に添えた手が後ろへまわり支えるような形をとると、ついと顔が近づいた。

「さぁ、昼寝しようか?明るい方が君がよく見える」

「……刹那。君って口説き上手なんだね」

纏わりつく甘くて少し危険な空気に飲み込まれる前に、理性で振り払ってなんとかそう口に出す。

 半眼になるキアに、刹那はニヤリと口角を吊り上げた。

「こんな奴でもついて来る?」

「……でも、オレにそういう趣味はないんで」

「それはお互い様だ」

笑うような声色で言って、刹那は立ち上がった。

 何をするのかと見上げると、彼は「図書館に行ってくる」とマントを羽織った。「調べ物?」と聞くと首を振る。

「ただ単に読書」

「へぇ。本好きなんだ。……なんか意外」

「考えるより動く派だと思ってた?」

正直、実力行使でねじ伏せて乗り切るタイプだと思っていた。

 それを読み取ったのかそうでないのか、にま、と刹那は笑い、それから少し何か思うような顔をしながら

「残念ながら世界はそれで生きていける程甘くないんだな」

くるりと方向転換した。

「あ、待って。オレも行く」

「駄目。気付いてないと思うけど、あの魔法は身体に結構な負担を課すから。休めるとこで休んどかないと倒れたら見捨てるぞ」

へ?とキアは動きを止める。疲れているなど、全く実感していなかった。とりあえず見捨てられたくなかったのでベッドに座り直し、小首を傾げた。

「もう一回言うけど、あれは死に至らしめる魔法だ。ノーダメージな訳ない」

生物は自分達が生きる世界に適応できるように作られている。刹那の魔法は時空間がねじ曲がる魔法な訳で、その中にいたと言うことは人間が絶対生きる筈がない世界、適応できない世界にいたという事だ。しかも、体に流れる時間を狂わすと人が死ぬのだから、キアは狂った時間から奇跡の生還を果たしたと言える。

 「わかんないなら教えてあげる」

刹那の人差し指が、トンとキアの額に触れる。

 瞬間、がくりと背中が曲がった。

 どっと疲れが押し寄せて、堪えきれなくなってベッド横になる。

 「どう?」

そんなキアを、刹那が覗き込んだ。心配するともからかうともなく、ただ不思議そうな顔だ。

「……辛い。体が重い。もう立ちたくない。なんか……眠い……かも……」

「感じたこともない疲れだろ?」

「うん……もう疲れどころじゃないような」

本当に眠そうにうとうとするキアに、刹那は小さな笑みを浮かべた。

 「魔法ってもっと、表面的な変化をもたらすものじゃないんだ……」

ぽそりと呟く。

 ふと、顔に影が落ちた。

「……え?」

視線を上にあげる。覗き込む刹那の顔が、さっきより近い。気付くと手首をがっしり押さえつけられ、身動きが取れない状況だった。

 「人間を対象に行使されたあの魔法は、時間を狂わすと同時に麻酔をする。体内の時間の乱れに酔わず、安らかに死ねるように。だから、キアの麻酔を解いたんだ。今まで誤魔化されていた負荷を一気に体感してるようなもの」

さらにぐいと顔が近づいて、刹那は挑戦的な笑みを浮かべた。

「魔法を甘く見ない方がいい」

忠告よりは挑発に聞こえるそれは、刹那のプライドの一端だろう。自分の持つ力への誇り。

 なるほど、いいじゃないか。

 「ごめん」

キアは素直に謝った。自分の力に誇りを持って使っているその心は、見習うべきだろう。

 刹那は何事も無かったように床に飛び降りると、部屋のドアノブに手をかけた。

「寝てた方がいい。……食欲は?」

「あんまり、ないかな……」

「買ってくるから、何か食べろ。無理矢理にでも。その疲れ、全力で回復させないと後々響く」

刹那は此方を見ずにそう言って、部屋を出て行った。

(なんだかんだ言って、優しいよね……)

それを見てキアは目を閉じかけ、ふと気付いて毛布に潜り込み、睡眠欲に身を委ねた。









刹那はきっと、図書館でレシピ本を物色していたに違いない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ