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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
第五章 魔族戦乱
98/122

第八十一話 幕間 グリムリーパー 後篇


・・・・

・・・・・

・・・・・・





「つ、ま、ん、ねぇええええええ!!!」

ここ数年で第一層の土地を約三割も増やしているクライは、これ以上なく荒れていた。

彼の後ろには魔獣の死体が山と積み上げられている。


「あらら・・・これは酷いわね。」

「頼むよ姐さん、兄貴が暴れて手が付けないんだ・・。」

「俺たちなんか近づくだけで・・ぶるぶる。」

クライは部下たちから暴力の権化みたいな扱いをされているらしく、ルナに平伏して彼の怒りを静めるように頼んでいた。


こういう単純作業に飽きた彼が、時々歯ごたえのある幻獣を楽に探知できるルナが手ごろな相手を見繕うことになっている。



「・・・ルナか、この際お前でいい、斬らせろ。・・・ただし必死に抵抗しろよ。」

「ああダメだわ、禁断症状が出てる。」

一文字変えただけで変態の強姦魔みたいなセリフだが、ルナは全てを悟って憐れむように彼を見た。


「そうだ、この“本部”を輪切りにしよう。

三十段のケーキだ、うへへへへ・・・。」

「何かちょうどいい相手居ないかしら・・・。」

さぁ困った、とルナは周囲を魔術でもサーチしてみると。


ぱぁっ、と彼女の顔が明るくなった。

ルナは彼にこっそりと何事かを耳打ちした。



すると、クライはにんまりと怖気の奔るような笑みで笑った。


「お前たちは先に帰ってろ、こいつの処理をしてな。」

「へ、へい!!」

クライは部下たちに魔獣の処理を押し付けると、弾丸のようなスピードで跳躍する。

ルナも平然とそれに続く。


その先にあるのは、異常に発達した雑木林である。

それを手にした剣で草刈り機の如く高速で斬り進むと、すぐに開けた場所に辿り着いた。


そんなところに、なぜか人影があった。



「げッ」

「死ねやぁ、おらあああぁぁぁ!!!」

その人影は彼を見た時、心底嫌そうな表情になった。


斬、とクライはその人影を一刀両断した。




「・・・・酷いなぁ、自分たちの主を斬る魔族が居るなんて。」

一刀両断されて真っ二つにされた人影は、まるでチャックを締めるかのごとく切り口が元通りになっていく。


そうして取り戻したその姿は、だぼだぼで無数の絵具だらけの作業服姿の作り物めいた美貌の美女。

この場にそぐわぬ人間らしい姿を模るソレは、この第一層の何よりも恐ろしい怪物である。


“二番目”の魔王、“美学”のアヴァンギャルド。

最古の、魔王。



「くっくくくくく、よく俺だってわかったな。」

「君ほどのカルマを背負う者をボクは知らないよ。」

「なんだっていい、斬りごたえがあるのなら何だってなぁ!!」

「はぁ・・・・。」

魔王は溜息を吐いた。

面倒くさい知人に会った、って表情である。



「うーん・・・・えいッ」

彼女は少し考えて、“魔王の威光”を使用した。


そのスキルの前に、魔族は無条件で“魔王”に従わなければならない。



「あッ・・・・んん~・・・?」

「ささ、君たちは回れ右して自分たちの町へお帰り。」

シッシ、と手を振って魔王はクライとルナを遠ざけようとする。



「ルナ、これどうなんだ、海の底を重装備で歩いてるみたいだぞ。」

「別に“魔王の威光”はある程度以上の力を持つ魔族や魔獣なら、逆らうことはできるのよ。

ただし、その間は能力が大幅に低減するでしょうけれど。具体的には九割くらい。」

それをルナから聞いたクライは、にんまりと笑顔を浮かべた。


「くっくくくく、・・・・丁度いいハンデだぜ!!!」

「やっべ、何百年以上も使ってなかったから、そう言う仕様だってすっかり忘れてた。」

火に油を注いだとみたのか、魔王が後退った。



「さぁさぁ、臆しやがったか最古の魔王ッ!!

お前なら思う存分斬り殺せるからな、ほら分身を出せよ、化け物を呼び出せ!! 人知を超える魔術を見せてみろよ!!」

「ヤダよ、それでボクが勝っちゃったら、また延々と君に追い掛け回されるじゃないか。

何度も言うけどボクは武闘派じゃないんだ。ボクが自分から戦うなんて、ゴメンだよ。」

「何言ってんだ、魔王の役目は人殺しだろうが。

おーら、掛かってきやがれよ、それともこっちから行こうかぁ?」

「ボクは君のその野蛮さとしつこさに辟易しているんだよ。」

魔王は深々と溜息を吐いた。

多分、彼女にそんな感情を抱かせるのは彼だけだろう。



「というより、こんなところでなにしているのよ、“二番目”。」

「ああ、“月光”の・・・君の伴侶だろ、早く何とかしてくれよ。」

「ムリ。」

ルナは清々しい笑顔で応じた。

予想通りの答えに、魔王も溜息を更に深くした。


「はぁ・・・なんでこんなところにってのは、こっちのセリフだよ。

人間なのに、魔族なんかに転生してなにやっているのさ。

そう言う意味では、魔族の領域で活動する魔王ってのは何ともあたりまえな行動じゃないか。」

「よく言うぜ、虫みたいに人間が共食いするのを見るのが趣味なくせして。

てめぇが魔族を使役しないタイプだってのはよーく知ってんだぜ。」

「僕の芸術を君に理解してもらおうとは思わないけれど、馬鹿にされるのは心外だよ。

・・・でも、まあいいさ、ここで君らを殺しても、転生先で追い回されちゃ困るしね。何でもいいから帰りなよ。」

よほど彼女は面倒事を起こしたくないのか、クライの態度に多少ムッとしたようだが自制してそう言った。



「おいおい、聞いたかルナ、こいつ今、俺に対して、この俺に対して見逃してやるとか言いやがったぞ!! 

くははははははッ!!! ・・・久しぶりに本気で殺したくなってきたぜ。」

「げッ、また油注いじゃった。」

魔王はそう言うや否や、クライの剣の一閃を飛び避けた。



魔王はぼやく。


「まったく、これじゃ散った“断片”の捜索もできない。

あれが現れる時に、彼らに居てもらっても困るし・・・・。いつでもどこでも迷惑極まりない。」

なんて、彼女は思案して。



「ねぇ、本気でやり合うつもり・・・?」

「この俺が本気じゃないと思われてるなんて、心外だぜ。」

「だよねー。」

仕方ないね、と魔王は溜息を吐いた。


「じゃあご要望にはお応えできないけど、君に遊び相手をあげるよ。」

そう言って、なんと魔王は、自ら己の腹部に両手を差し込み、まるで縦に割くように開いた。

ばきばき、とまるで幾つにも重なった枝葉をへし折るような音と共に。



「ほら、出ておいで、魔族など遥かに超える強壮なる我が眷属よ。」

魔王が自ら割いた体の内側へと呼びかける。


まるで虚無にでも繋がっているかのようなその内側から、まるで枝のような腕と鎌首を捥げた鋭い爪が全部で六つ、それぞれの大きさは人の手足よりずっと大きい。


そして、内側から、魔王の質量を遥かに無視した巨大な何かが這い出てくる。

それは今見えるだけでも、昆虫のような外殻をしている。



「はん、お得意の虫の化け物か。」

クライはわざわざ足を止めて、魔王の内側から這い出てくる化け物の登場を待った。


程なくして、十メートルを超える巨大な人型の昆虫がぬるりと魔王の内側から這い出てきた。

人型とは言っても、上半身だけ装甲のような外殻で肥大化して丸みを帯び、逆に胴や手足は細長く、顔はこの世のモノとは思えないほど醜く、ハエを思わせる複眼を持っている。

背中から薄い透明な何対もの羽が生えており、ジジジジジとそれを振るわせて浮遊している。


それはまさしく、魔蟲と呼ぶべき何かだった。



「死ねッ!!」

化け物が現れるのを待って、クライは即座に目にも止まらぬ斬撃を繰り出した。

硬質の剣は、化け物の頭部に当たる箇所に直撃しても、金属音を響かせるだけだった。



「なにッ!!」

「高々五億の進化していない人類が、百億の進化を重ねた彼らに勝てるわけがないじゃないか。ああ、今の君は魔族だっけ?」

可笑しそうに、魔王が嗤う。


「それじゃあ、ボクは忙しいからこれで。」

「待ちやがれ!!」

しかし、転移魔術で消える魔王を追おうにも、目の前の化け物が許さない。


魔蟲は、ほぼ予備動作なくしてその醜い口から、熱線を吐き出した。

化け物のほぼ百八十度上下左右が、真っ赤に染まる。



「ちッ」

適当な木の裏に隠れたクライはその木が瞬時に炭化するのを見た。

雑木林で満ちていたこの場所は、一瞬で灰に満ちた空間へと変貌した。


クライは役に立たない剣を化け物に投げつけるが、当たらない。

その化け物は巨体に見合わぬほどスピードで残像を残しながら左右へ揺さ振るように飛行しながら高度を上げる。


そして上空から広範囲に高出力の轟雷を吐き出した。



「ひゃっははは、こいつぁいいや。幻獣何十匹分だこりゃあ!!」

久々の強敵の出現に、クライは雷撃から逃げ出し歓喜した。


「まったく、相変わらず面倒な置き土産をするんだから。」

溜め攻撃なのか、口を開いたままエネルギーを収束させ、一気に解き放ってくる。

寸前でルナが指を鳴らすと、その頭上に巨大な隕石が高速で落ちてきた。


魔蟲は叩き落とされ、エネルギーが暴発して大爆発を起こしたが、何事も無かったかのように化け物は起き上がって飛び立った。

まるで怯みもしない。常識はずれの化け物だ。



「これは、物理攻撃は効かない感じね。」

「くははッ、きっと魔術も効かないぜッ、面白れぇなぁ!!!」

化け物は辺り一面を焼け野原にしながら二人を目にも止まらぬ速度で追ってくる。



「あの魔王は勘違いしてやがるんだ。

生物はどれだけ進化するかではなく、どれだけ環境に適応できるかが重要なんだよ。

どんなに繁栄を極めようが、栄華が訪れようとな、滅びるんじゃ意味がねぇ。」

クライは、笑う。



「んじゃ、少し本気を出すか。死ね。」

彼は、斬った。

魔蟲を、問答無用で真っ二つに。


隕石が衝突しても平気だった化け物が綺麗に左右に割れる。

敵を斬るのに、剣や刃物は必要ない。



彼は、対峙しただけで、何もしなかった。


彼の技量はもはや、物質に依存しないまでに至っている。

精神で敵を斬り割き、それを現実とするのだ。


敵を斬るという行動に、動作すらも不要なのだ。

ただ、敵が斬られたと言う事実が残るのみ。


これが、斬撃の極地である。




「さて、これで死ぬんなら楽なんだが・・・。」

ずしん、と二つに斬り割かれた魔蟲の体が地面に落ちる。

だが、お互いの切り口が泡立ち、磁石のようにくっ付くと瞬く間に傷口は消え失せた。


じじじじ、と再び化け物が飛び立つ。



「まあ、斬られた程度じゃ死なないよな。

にしても、ありゃあ菌類かなんかか? 周囲の体が変質して元通りになりやがった。」

「そうねぇ、あれは巨大な微生物の集合体よ。

凄いわね、一つの生物を形作り、共生しているわ。そしてそれぞれが各々役割を持っているなんて。

なにより、欠損してもそれをすぐ補えるなんて、常識では考えられない生物ね。」

「はん、化け物で十分だろ。」

「ふふッ、違いないわね」

クライの物言いに、ルナは笑ってしまった。



「どうする? アレを使う?」

「確かに俺の魔剣なら一発だろうが、それじゃあ詰まんねーだろ。

何十匹も出てくんなら話は別だがよぉ。」

「と言うか、今は使えないわよ?

ここ千年で二度くらいしか使ってないから。面倒だから処置してないし。」

「だったら言うんじゃねーよ!!」

「あいたッ」

真面目な状況なので、ルナはクライに思いっきり殴られた。


「じゃあどうするの?」

「所詮は無数の集合体だろう? だったら全部削り殺すまでだ。」

「その発想は無かったわ。」

ルナがクライを引き留める前に、彼はあの化け物に突撃してしまった。



「かはははははッ!!! 幾億の命の塊だろうと関係ねぇ!!」

高速で飛び回る魔蟲が、熱線で眼前の全てを焼き払う。

クライはそれに構わず正面から打って出る。


輝ける灼熱の熱線で彼の姿が消え失せる。

焼き消されたと思われた彼の姿は、熱線が途切れたところで無傷で現れた。



「てめぇの前に居るのは死神だ。遠慮なく、その命全て置いていけ!!!」

そしてその手には、黒塗りの巨大な鎌が握られていた。


クライは大鎌を一閃する。

しかし、魔蟲は高速で飛翔し、素早くその攻撃を躱した。



だが、彼はそのまま舞うように大鎌を振り回す。

まるでバトントワリングでもしているかのように器用に大鎌を取り回し、しかしそれは斬撃の嵐でもあった。


彼の放った斬撃は、なんと折れ曲がってあらぬ方向に飛んでいく。

斬撃の数が増えていく。

一つ、二つ、四つ、八つ、十六、三十二、六十四、百二十八、二百五十六、五百十二、一千二十四……。




「秘技、万死の極刑。」

曲刃から繰り出される斬撃が屈折し、倍々ゲームの様に増え続け、一瞬のうちに魔蟲を取り囲む総勢数万の斬撃の監獄となった。


蟻一匹も逃れる隙間もない斬撃の網に、魔蟲は文字通り全身を切り刻まれた。



「ひゃっははははは!! 数億にはまだまだ先は長いが、随分と小さくなっちまったなぁ!!!」

それだけの斬撃を受けても魔蟲は再生したが、二回りほど小さくなったように見える。


「さぁ死ね、さぁ死ね、さぁ死ね!!

てめぇは俺の前に立ったんだ、潔く死ね。

無残に、呆気なく、白百合の様に散らせッ!! その命は最早、お前の物じゃねぇんだよッ!!」

クライの体が、漆黒の闇を纏う。

彼から吹き出るような暗黒は、際限ない深淵である。


大鎌は地獄にでも繋がっていそうな暗黒の闇を纏い、その命を刈り取らんと魔蟲に迫る。


魔蟲がどんなに素早く距離を取ろうとも、無意味であった。

奴が距離を取ろうとすればするほど、死神の刃はその柄を伸ばして追ってくるのだから。



横薙ぎの大鎌は魔蟲を上下に両断し、再び地上に撃墜させる。



「死ね、虫けらが。感情が無いと言うのなら、俺が恐怖を刻んでやろう。

そしてそれを唯一の感情として抱いたまま死んでい行け。」

人の形をした死神が嗤う。


その時、ルナは確かに見た。

再生してその体を半分にまで縮めさせた魔蟲の冷徹に獲物を見る複眼が、赤く染まった。


彼女にその意味は分からなかったが、すぐに危険信号だろうと解釈した。

恐れたのだ、あの昆虫の化け物は。

あの彼を、死の具現を。



魔蟲の次の一手は、逃亡だった。




「はん、腰抜けが。」

クライは詰まらなそうに大鎌を下した。


「殺さないの?」

「興醒めだ、所詮あの魔王に進化を促されただけで、生き物本来の強さが無ぇ・・。

あれで人間を滅ぼせるだって? 魔族を超える? 笑わせてくれるぜ。」

「そうかしら、あんなのが大量に飛び回れば、人や魔族に勝ち目なんて無いと思うけれど。」

ルナは確信している。あんなのただの魔王の尖兵に過ぎないのだ。

あの魔王が本気になれば、この地球を滅亡させるのなど本当に容易いことだろう。


いいや、化け物を大量に呼び出すまでもない。

人間には感知できない未知の病原菌や疫病すらもあの命のサイクルを極めた魔王は創り出すだろう。

種族一つ滅ぼすのに戦う必要性など、彼女には無いのだ。



「お前は人の可能性を追求しておいて、そう言うところが分かってないのな。」

「あらそう。ふふふ・・・。」

「まあ、人を実力以外のあらゆる強さを考慮し、そしてそれを踏みにじる圧倒的な武力・・・あらゆる奇跡や横槍が介在してもなお蹴散らせる力こそ、究極だと俺は思うがね。」

「で、その果てを見た感想は?」

「さあな、さぞかし神ってのは退屈なんだろうな、ってなぐらいだぜ、思ったことなんぞ。」

ルナは、くすくすと笑った。


「じゃあ、帰りましょう。」

「そうだな。」

そして二人は町に帰還した。


騒ぎが起こったのは、その翌日である。






・・・・

・・・・・

・・・・・・





「なんであの虫けらがここにいんだよ、しかもあんなに。」

「そりゃ、増えたんでしょう。今日までの間に。」

二人が見下ろす城下町は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


なんと、あの魔蟲が何十匹も空を跋扈し、地上を攻撃しているということだ。

魔族たちは必死に抵抗しているものの、あのふざけた機動性を有する魔蟲に返り討ちに遭っているようだ。



「きっと魔王の性質の一部を受け継いでいるのよ。

連中は魂さえあれば、無理やり生物の体を変質させて自分の器にして、肉体を再構成させるもの。

私はむしろ、捕食を繰り返して分裂しないだけ有情だなぁ、と思ったくらいよ。」

「なるほどな、単体じゃ勝てねぇから数を増やすって手段に出たわけだ。

流石にあの数は俺の魔剣なしには面倒だなぁ・・・。いっそ、ばっくれるか・・・。」

「ダメよ、アレは自然界に存在しない異物よ。

それをこちらに齎した責任は取らなきゃいけないわ。」

「お前が賢者らしいまともなこと言うの、随分と久しぶりに聞いた気がするぜ。

かと言って、俺の魔剣を使えるようにするには、満月の日に儀式しなきゃならねぇ・・・そんなのを待ってたら、第一層の魔族は滅んじまうな。」

二人はそんなことを言い合いながら、“不在宮”の中へと向かった。



「それで、どうするの?」

「魔王の宮殿なら、結構な魔剣の一つや二つぐらいあるだろう。

そいつを使って適当に蹴散らそうって寸法だ。」

「随分といい加減ねぇ・・・。」

ルナは呆れていたが。




「あるぞ。」

と、二人が『マスターロード』に尋ねに行くと、彼はあっさりと答えた。



「あるのね・・・。」

「じゃあ、そいつを貸してくれ。アイツら皆殺しにしてくるぜ。ああ後、あれ一匹幻獣相当でよろしくな。」

「それは分かったが、残念ながらそれは許可できないのだ。」

「なんだって?」

「諸刃の剣だからだよ、あの魔剣は。」

溜息を吐いて、『マスターロード』は悔しそうに歯を噛みしめた。



「しかし、アレに頼らざるを得まいか。

我が政権始まって以来の危機だ。よもやあのような強大な魔獣が群れを成して現れるとは。

竜騎士が手も足も出ないなど、信じられん。」

「そうだよなー。」

クライも適当に相槌を打ちながら、彼に話を合わせた。

魔王に関して魔族は酷くデリケートなので、細かいことを明かさないことにした彼らだった。



「お前を潰さざるをえないのは非常に残念だが、この非常事態だ・・・やってくれるか?」

「よくわかんないんすけど、自分で立候補したことなんで、文句は言いませんよ。」

「そうか、お前の強さと誇りを湛えよう。」

そう言って『マスターロード』は、“不在宮”の奥へと二人を案内した。



無数の結界や障壁、仕掛け扉を超えて、その部屋はあった。


『マスターロード』がその部屋を開けると、通路の空気がその部屋に吸い込まれた。



「これは、真空になっていたのかしら?

・・・・魔剣の力が漏れ出しているというの?」

「ああ、それどころか常時空間を食い荒らすような、化け物だ。」

「まさか・・。」

それを聞いて、ルナには心当たりが有るようだった。


部屋の中に安置されているのは、床の台座に柄が固定され、上向きに飾られている禍々しい漆黒の魔剣であった。




「魔剣“デストロイヤー”・・・。

・・・どうして、この魔剣がここに。」

ルナがその三日月の瞳を見開く。


「それは私にもわからない。

私が“賢者”殿の下で働いていた時代には、既に存在していた。

私はこの魔剣の危険性をよく聞かされていた。恐るべき力を持ち、手にした者の敵と愛する者を永遠にこの世から消し去ると言う。」

「へぇ・・・。」

その恐るべき魔剣に、クライは面白そうというような表情になって興味を示した。



「人間の賢者が人の手が届かぬ魔族の地に封じ、その地をこの“箱庭の園”が吸収した時に入り込んだ、とも言われているが、真偽は定かではない。

ただこの魔剣がここにあると言う事実だけが残るのみだ。」

「なるほど・・。」

『マスターロード』の解説を聞いて、ルナは神妙に頷いた。


「この魔剣を手にするれば、例外なく狂うだろう。

だが、お前は確実に敵を滅し、そして彼女を殺すだろう。そして、いずれ・・。」

「冗談じゃねぇ、俺はこいつを愛したことなんざねーよっと。」

クライはそう言って、魔剣の台座の前へと出た。


「お前の献身を、私は忘れない。」

「案外女々しい男だな、あんたって。」

クライは『マスターロード』に笑ってそう言うと、魔剣の柄を掴んだ。



その瞬間、彼に流れ込んできたのは黒い感情だった。

魔剣は言う。


壊せ、壊せ、壊せ。全てを破壊しろ。

この世の全てを破壊し尽くし、絶望で染め上げろ。

この世界には、何も必要ない。ただ虚無のみが真実である。

破壊と虚無のみが救いである。滅びこそ、救済である。

人を壊せ、家を壊せ、村を壊せ、町を壊せ、城を壊せ、全てを壊せ。

ありとあらゆるモノ全て平等に壊せ。女子供老人問わず、一人残らず全部壊せ。

親を壊せ、兄弟を壊せ、恋人を壊せ、隣人を壊せ、友を壊せ、恩人を壊せ、見知らぬ他人も壊せ。

昨日を壊せ、今日を壊せ、明日を壊せ。生を壊せ、営みを壊せ、死すら壊せ。

草木を壊せ、川を壊せ、大地を壊せ、海を壊せ、空を壊せ、自然を壊せ。

聖書を壊せ、思想を壊せ、十字架を壊せ、教会を壊せ、神を壊せ。

魔物を壊せ魔獣を壊せ魔族を壊せ魔王を壊せ、壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せせ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せせ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せせ壊せ壊せ壊せ壊せ・・・・・・。



・・・・コ、ワ、セ!!!




「う、がああああああ!!!」

クライは振り向きざまに、ルナの首筋に向けて魔剣を薙ぎ払う。

魔剣の呪詛が、彼にそうさせたのだ。



「なッ」

だが、寸前でそれは止まった。

ルナは涼しい表情で彼を見ていた。


「はッ」

そして、クライは笑った。



「この俺にッ」

彼は殴った。魔剣の刀身を。


「この俺にッ!!」

殴る、殴る。右腕が魔剣の刀身に喰われるのも構わずに。



「この俺に指図するだと!!

魔剣の、道具の分際で随分と舐めた真似するじゃねぇか!!! あ゛あ゛!!」

拳が喰われ、腕だけになって、血が大量に零れ落ちても彼は殴るのを止めない。


その狂気的な行動に、あの『マスターロード』も唖然としている。



「俺を従わせるだと、ふざけるなッ、てめぇが道具になるんだよ!!

俺に壊せだぁ? 俺が殺すんだよぉッ!! 間違えんじゃねぇよッ!!!」

不思議なことに、恐ろしいことに、クライが魔剣の刀身を殴り続けることで、その刀身が若干曲がったように見えた。


誰も口を挟めない空気の中、やがて魔剣の放出している禍々しい魔力が鳴りを潜めた。

あの狂気的なおぞましさをまき散らしていた魔剣が、サイズを前にして怯えて震える子犬のように大人しくなったのだ。




「し、信じられん・・・魔剣の意思を、屈服させただと!?」

あの『マスターロード』でさえ、絶句するのも無理もない話だった。



「俺を従わせたいのなら、最低これの万倍持って来いってもんだ。」

「やると思った・・・これに対してまでやるなんて思わなかったけど。

流石あの最狂最悪の魔剣に生身で挑んだだけあるわね。」

「良いから止血しろ。」

「はいはい、右腕は再生させる?」

「いいや、片腕だけで十分だ。アレ相手には丁度いいハンデだ。」

「ええ、分かったわ。」

ルナは頷いて、肘の近くまで失ったクライの腕に触れた。

それだけで流れ出ていた大量の血が止まった。



「じゃ、殺しに行くか。」

クライは散歩にでも出かけるかのような気分で、そう言ったのだった。






・・・・

・・・・・

・・・・・・





「ぎゃああああ!!」

「いやああ!!」

城下町の魔族たちが逃げ惑う。


魔蟲の熱線や雷撃で焼かれ、力の弱い魔族たちが無残に死んでいく。

その魔蟲が時折上空から降りてくると、魔族たちにその細く強靭な腕で捕獲していく。

そして、


「あ、あいつら、俺の仲間を食って・・。」

その場で、喰らうのだ。



「こ、この野郎ッ!! よくも俺のダチを!!」

「おいッ、よせ!!」

一人の魔族が決死の覚悟で仲間を喰らう魔蟲を、護身用の剣で斬りかかるが容易く弾き返される。


「ち、ちきしょー!! この魔獣めぇ!!!」

近くで見る魔蟲は、より巨大に見えた。

決死の覚悟など、この化け物には通用しない。



「あ・・・」

その細い腕に隠された鋭い針が、その魔族の体を貫いた。

そして、成す術なく体が崩れ落ちる。



「くそッ、あいつまで!!」

「もうどうにもならないのか!!」

誰もが魔蟲の強大さに屈し掛けた、そんな時だった。




「おらぁ、手始めにお前が死ね!!!」

捕食に夢中になっていた魔蟲を、いきなり飛びかかってきたクライがいとも容易く魔剣で両断した。


「お、よく斬れるなこれ。」

そのまま雑草を刈るように左右に振るだけで、ざっくざっくと魔蟲の肉体を切り刻める。


「だが面倒だな、おっし、こうするか。」

クライが魔剣の刀身を掲げると、まるで竹が成長するかのように、刀身が伸びて大きく広がった。



「せーの、おりゃー!!」

まるでゴルフの様に魔蟲に魔剣の腹を当てて、思いっきり振り切った。


吹き飛ばされるはずの魔蟲は、魔剣の力によって磨り潰されるように少しずつ消えていき、消滅した。

ついでに、周囲の建物まで一緒にぶっ壊した。



「ははッ、ハエ叩きだ!!!」

楽しくなったのか、クライは家屋に跳び上がって、また間近にいた魔蟲を巨大化させた魔剣の腹で叩き潰した。


上空を席巻していた魔蟲が、瞬く間にその数を減らしていった。



「あ、アレは何なんだ・・。また魔獣か?」

「わかるか、そんなの・・。」

「化け物だろ、ありゃあ・・・。」

そう形容する以外、地上で呆ける魔族たちは彼を表現する方法は誰も持ち合わせていなかった。

魔族の町を恐怖のどん底に陥れて怪物が、赤子の手を捻るように潰されていくのだ。




「あと、二匹っと!!」

三十匹近く居た魔蟲は、一分も掛からずほぼ壊滅していた。

そこでふと、クライはハッと思いついた。

彼がニヤリと笑った。



「おい、お前の体くれよ。」

クライは残った魔蟲の一匹に飛び移って魔剣で斬り開くと、傷口に彼は半ばほどしかない右腕を突っ込んだ。


その直後、魔蟲から音響兵器の如き悲鳴が響き渡った。



「うるせぇよ。」

あまりにもうるさい為、クライは魔剣で魔蟲を黙らせた。


「よっと、換わりはこんな感じでいいか。」

魔蟲の傷口から右腕を引き抜くと、そこには彼がつい先ほど失ったはずの右手が存在していた。


「ほうほう・・・。」

粘液を滴らせるそれを、何度か握ったり開いたりすると、再び傷口にその手を当てた。


次の瞬間、魔蟲の体がその手から放たれた熱線を受けて膨張し、木端微塵に爆散した。



「ぎゃはははははは!!! おもしれーなぁ!!!」

爆竹で蛙を吹き飛ばす子供の様に、クライは笑った。



「おい、逃げんなよ。」

そんな中でも、逃亡を開始した彼は最後の一匹を見逃さなかった。



「てめえの所為で面倒になったんだぞ。責任とれや。」

転移魔術で逃げる魔蟲の前に現れたクライは、通常の大きさの魔剣で魔蟲を斬り割いた。


何度も、何度も、何度も。

執拗にその体を削るように、何度も何度も。



「あ、やっぱ飽きたわ。」

そして最後は、本当に虫を踏みつぶすように、あっさりと魔剣で潰した。




「終わったわね、クライ。」

「おお、ルナ。害虫駆除は終わったぜ。

あと見ろよこれ、千切れても元に戻るんだぜ!!」

あたらしく生えてきた右手を引き千切ったりくっつけたりして遊んでいるクライ。



「へぇ・・同化能力で肉体を奪い取って再構成したのね。後で見せて頂戴。」

「ああ、いいぜ。」

そうして、二人はさっさと“不在宮”帰って行った。


混乱の最中に訪れたのは、静寂だった。

あれほどの阿鼻叫喚が、たった一人の活躍で静まり返ってしまった。



彼が畏怖と恐怖で“静寂”の二つ名で呼ばれるようになったのは、この頃からだった。

そして皮肉にもその実力から、“魔王の右腕”とも呼ばれるようになったのである。






・・・・

・・・・・

・・・・・・





「うーん、まだこの時代には現れないのかなぁ・・。

この世代じゃないとすると、もう次の世代か・・。」

「死ねやゴラァあああ!!!」

「ぎゃッ!?」

魔王はいきなり斬りかかられて、割と久しぶりにギョッとした。



「よぉ、先日の借りを返しに来たぜぇ・・。」

例によってルナを伴ったクライが現れ、魔王に魔剣を振りかざした。


「降参!! 降参!!

なにその物騒な物!! それ死ぬッ、ボク死ぬからッ!!」

「ルナぁ、逃がさないでおけよ・・・。

こいつ別の体に魂を移して復活する気だからな。魂ごとこの魔剣で切り刻んでやるよ・・・。」

「おっけー。」

ルナが空間を操作し、この辺り一帯を完全に封鎖した。

こと空間に関する事柄に関しては、あの『黒の君』ですらこの彼女に及ばない。


割と本気で不味い状況に陥った、と魔王は思った。



「てめぇの所為であの後面倒なことになったんだからな。

そうそう、この便利な腕のお礼・・・たっぷりしてやるよ・・・。」

クライはそう言って右手から熱線を真上に打ち出した。

熱線は一キロ真上にある“天井”を、真っ黒に焦がす。



「勘弁してくれよ・・・。

あの時は君がいきなり斬りかかってきたからじゃないか。」

魔王は割と正論を言ったが、あ゛あ゛、とドスの利いた声でクライは吐き捨てた。


「知るかんなこと。

くはははは、今日で最古の魔王も営業終了だ。カーテンコールの幕開けって奴だ。

おら、魔剣。お前も喜べよ、こいつを斬り殺せたら俺の愛刀の一振りにしてやるよ。」

「・・・・本気なんだね?」

魔王が、クライに最後の確認をする。




「ぎゃはははは!! 魔族が魔王を殺すとなると、俺は魔族でありながら人類の英雄になるんだろうな、・・・笑っちまうぜ。」

「あーあ、本当に面倒だなぁ・・。」

笑うクライに、諦めたように魔王の姿が変じる。


魔王の姿が、茨のような―――。






「はーい、ストップストップー。」

そこで、両者を止める声があった。





「誰かと思ったら、てめぇかよ。ウェルベルハルク。」

横眼だけで、クライがその人物を認めた。


そこに居たのは、魔術師にしても古臭い様式の黒づくめのローブを纏い、とんがり帽子を被った少年に見えるような容姿をした人物。


人類最高の魔術師たる『黒の君』こと、ウェルベルハルク・フォーバードそのひとだった。



「なんで、てめぇが邪魔するんだよ。」

「とりあえずここ開けてよ、ルナティア。もっと近くで話しない?」

「どうする?」

「・・・・開けてやれ。」

クライは顎をしゃくってルナに指示した。


彼女はしぶしぶ、周囲の空間閉鎖を解除した。



「ふぅ、良かった。僕も君の空間操作に干渉するのは骨だからね、素直に空けてくれて感謝するよ。」

「普通に内部に声を掛けておいて、よく言うわ。この“黒塗りピエロ”ブラックジョーカー。」

「ははははは、僕もサイズのことそこまで言えた性質じゃないのは分かってるよね? “パラサイトムーン”。」

ウェルベルハルクとルナは二人ともにこやかに笑みを浮かべているが、互いに言い合っているのは蔑称である。


「で、だ。何しに来た、なんで俺の邪魔する?」

「魔族なんかに転生したお前たちを笑いに来た・・・っていうのは冗談さ。もうひとしきり笑った後だからね。

君ら三人がここで暴れるのは非常に困るのさ。やり合うのなら宇宙空間や異次元でやってよ。」

彼がそう言って一番ホッとしているのは、魔王である。



「てめぇ、魔王なんかに与するのか?」

「違うってば、ここは僕の弟子が居るところの真下じゃないか。

そこで君や、特に君や君が暴れると、大変なことになる。リュミスが止めに来るかもしれない。そしたら君はあいつを斬るじゃないか。」

「斬るな。しかも今日は飛び切りいい剣が手に入っている。」

「それは困るのさ。幾らこの僕でもアレは代えが効かないんだから。

だからここは、久々に師匠面させてもらっているわけなんだよね。」

ウェルベルハルクはクライにそう語ったが。



「知らないね。」

「ま、君が素直に話を聞く奴だって、思ってないけどさ。」

「別に斬っちまっても、お前が前まで研究してた悪趣味な人形ごっこでどうにかすればいいじゃねーか。」

クライが心底可笑しそうにそう言うと、その瞬間、明らかに周囲の空気が数段重くなった。



「・・・おい、忘れるなよ人間のクズ、人類の恥晒し。

お前を生かしてやってるのは、お前がクズなりに人類の英雄だからだ。

この星は僕の庭だ。あんまり僕を怒らせない方がいいよ。」

ウェルベルハルクはどこまでも笑顔だった。

ただ、彼の手にする杖がミシミシと悲鳴を挙げているだけである。


「っぷくく・・・おい、聞いたかルナ、こいつ地球の支配者気取りだぜ。

笑えるな、死ぬのが怖くて不死に逃げたくせに。」

「表面的な死なんて、僕には無意味さ。もう既にその辺りは克服している。」

「最初はその表面的とやらの“死”を恐れて、不死になったくせに。」

「あっはは・・・本当に君って、僕を怒らせるのが得意なんだね。」

もう彼は、取り繕うのを完全に止めた。

どこまでも他者を見下す、彼と同じ圧倒的強者の冷酷な眼だ。



「まあまあ、落ち着きなよ二人とも。君らが本気で戦うと、人類が滅んでしまうじゃないか。」

と、なぜかいつの間に魔王が二人を抑える役回りを演じていた。



「あ゛ん!!」

「君もやめておきなよ。魔族の体で彼に挑むなんて。

ボクは知っているけれど、魔族の体は人間と違って種に色々と限界や制約があるんだ。

極めても、人間の様に使いこなせやしないんだから。君も負けたくないだろう?」

魔王がクライに諭すように言う光景は、なんだか滑稽な構図である。



「るせぇな、んなもん超えてやるよ。

人間の限界なら何度も越えてんだッ、魔族の限界程度、超えられなくて、なにが俺だッ!!!」

頭に血が上ってそう怒鳴り散らすクライの右手には、いつの間にか彼にも見覚えの無い魔剣が手に有った。



「クライ、それは・・・・まさか、今頃になって。」

それを見たルナが目を見張った。




「どいつもこいつも俺をコケにしやがって!!!

ぶっ殺されに来いッ、二人纏めて相手にしてやるよッ!!!」

そうして、人智の超えた戦いが始まった。






・・・・

・・・・・

・・・・・・





「クライ・・・・。」

戦いの結果は、虚しい物だった。

結果はその敵対者二人の逃亡と言う形で、彼の勝利に終わった。


最古の魔王と最強の魔術師を相手取ったクライは、辛くも勝利したものの死人のような表情をしていた。



「クライ・・・。」

ルナは、痛ましそうな表情で彼を見ていた。


天変地異としか形容できない戦闘の果てに、彼は“観得て”しまったのだ。

この世の、真理を。



「ふざけろ・・・ふざけろッ!!」

そう怒鳴り散らす彼は、なにに八つ当たりすればいいのか分からない子供のようであった。



「笑える、笑えるぜ・・・この世には、限界が有ったのか。」

彼は限界を超えた。

人間の、果ては魔族すらも。


しかし、“強さ”を表現するには、それはあまりにも超越しすぎていた。

結果、明確に“限界”が生じたのである。


それが、『世界』の回答である。

もう彼の“強さ”は、誰にも表現できない領域まで来てしまったのだ。

神ですら、答えを出せない問題に至ってしまったのだ。


回答が不明瞭な問題ではなく、システムとしての問題である。



つまり、本当の意味での“限界”である。

限界の“限界”である。




「至れちまった・・・ああ、至れちまったよ・・・。」

彼は、この世の矛盾の一つに回答を齎した。

即ち、“最強”の答えとは、彼そのものである、と。


真理の体現者となったのである。

だが、それを祝福する者は誰一人として居なかった。




『・・・・僕は逃げるよ、君の勝ちでいい。負けた負けた。死ぬ死ぬ・・。』

脳裏に、ウェルベルハルクの言葉が蘇る。


『なぁ、教えてくれよ・・・俺はどうすればいい。

もう俺は、生き甲斐を失くしちまうってことじゃねーか。

俺はどうすればいい、どうすれば・・どうやって、俺より強いやつを求めればいい?』

『知らないよ、だって君が“最強”なんだから。

それにしても、よりによってサイズ・・・君もこちら側か。

なんだか“真理”ってのも案外いい加減なのかもね。今の君なら、その道筋たる“創生魔術”も可能だろう。』

ウェルベルハルクはそう言って苦笑した。自嘲なのかもしれなかった。



『真理、そう真理か・・・なぁ、真理の向こう側、神の領域とやらに行けば、俺は神に挑むことが出来るのか?

世にいう全知全能の神や、武神とまで呼ばれる連中と、殺し合えるのかッ!!』

彼は一縷の希望にかけてそう言った。


『神は俺なんかより強くて、傲慢で、・・この俺に屈辱をくれるのか!?

もう、もう終わりじゃないよな!? 俺の生きがいは、こんなところで終わったりしやしねぇんだ!!』

彼にはもう、分かっていた。

真理の向こう側を見た彼には、もう。



『あそこは君が想像しているような場所じゃないよ。

人間が想像できるような場所でもない。場所とも呼べないかもだけれど。

・・・諦めて、この世の真理として存在し続けるんだね。』

どこか憐れむように、ウェルベルハルクは言った。


『そしてこの世に飽きたなら、“神”にでも成ればいい。

その悲しみも、苦しみも、空虚さすらも、感じなくなるだろうから。

まあその時は、新たな法則を新たな魔術として利用してやるけれど。』

彼はそう言って、立ち去った。いや、逃げ出した。




「クライ・・・・。」

ルナには、彼にどう声を掛ければいいか分からなかった。


「ねぇ、クライ貴方・・・」

私と共にいて後悔しているか、柄にもなく彼女がそう言おうとした時。



「飽きた・・・。」

「え?」

「次だ・・・次へ行くぞ。」

「え、ええ・・・。」

ルナは、とにかく頷くしかなかった。


「でも、寿命でもないのにいきなりは迷惑を掛けるわ。今回は少々特殊だったしね。

私の村の代表になったあの子と、『マスターロード』には挨拶ぐらいしないと。」

「ああ・・・任せる。」

クライはルナの言葉に、まるで抜け殻のように応対するだけだった。





「次の転生先はどうしようかしら、次はどんな趣向を凝らそうかしら。」

「・・・・。」

「クライ・・・。」

「なんだっていい・・・どうせ、何だろうと同じだ。」

「そう、じゃあランダムにするわ。」

ルナはそう言って目を伏せた。


彼女の脳裏には、二人が最初に出会った頃が蘇っていた。

とてもロマンチックとは言えないが、ある種の運命の出会いであったのは確かであった。




「(結末が、近いのかもね。私たちの物語にも・・・。)」

何となくだが、ルナはそう察した。

そう遠くない未来、二人に終わりが来る。そんな予感がするのだ。


魔剣“デストロイヤー”と、彼を真理に至らせた魔剣は、置いていくことにした。

『マスターロード』が捨てるには惜しいと、戦力を望む彼に迷惑を掛けたお詫びにクライの体と共に提供することにした。


彼が一度とは言え自分であった身体を他人に使わせると言うことも、今だから了承したのだろう。





「さあ、生きましょう。次なる私たちへ。」

そうして、二人の輪廻は再び巡る。







こんにちわ、ベイカーベイカーです。

今度は何とか前後篇で終わった終わった。余計なところは端折ったのがよかったのかな。


ところで、こっちでの話数の総数が次でちょうど100話になりますな。

100話記念は何を書こうかな、と考えたところ、ちょうどこの二人の話をしているわけだから、この二人の馴れ初めでも書こうかな、と。所謂クライの最初の生ですね。

そんなことより本編書けや、って人はどうぞ文句言ってください。次回は普通に本編書きますから。

メインはササカ君たちですが、私は登場人物すべてが主人公だと思って書いていますので。

そういうわけで、また次回。では。




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