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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
第五章 魔族戦乱
96/122

第七十九話 幕間 『悪魔』と愉快な従者たち




一方、その頃。

なぜ遊撃を任され別働隊となっていた“権能部”の連中があの騒ぎに参加しなかったかと言うと。



「ちッ・・・・マスター、どうやら彼がやられたようです。」

エルフの敗北を察したエリーシュが傍らの主人にそう告げた。


「へぇ、運や実力だけじゃ勝てない相手だろうから、アレを撃退するなんて驚きだなぁ。」

「しかも再起不能です。魂がすっぽりと消えていました。これでは戦力として使い物になりません。」

「なるほど、どうやってアレを退けたんだろう。機転を利かせたのかな。それとも・・・。」

エリーシュの報告を受けても、『悪魔』はにやにやと笑っていた。



「おっと、まずはこっちに集中しないとね。」

彼は目の前に相対する八人に目を向けた。


言わずもがな、彼らは“権能部”の五人とハーレント子爵の護衛含めた三人だ。

対するこちらは、『悪魔』とエリーシュ、オリビア、そして。



「ひゃっははははは!!! 流石は『悪魔』の旦那だぜぇ。まさか魔族と殺り合う機会が有るなんてなぁ!!」

『ダメだこの戦闘狂・・・相手がどんな化け物か全く考慮していない・・。』

「なに言ってんだストーム!! この昂揚感、人間相手じゃ得られやしないぜ!!」

一人二声で掛け合いをしているように見える、黒塗りの大剣を手にしている男はゲラゲラと眼前の強敵に高笑いしている。


この二人、そう二人なのだ。

生粋の戦闘狂であるグリースと、その意思を持つ魔剣“ストームブリンガー”である。



「どうやら、グリースを呼んだのは正解だったようですね。」

彼は『悪魔』復活を以前の、地上で活動中だったエリーシュが個人的に雇った彼女の部下の一人である。

自分の主人がいつ復活しても良いように、集めておいた手駒の一人だ。

その中でも、最も彼が戦闘力に長けている。


この“本部”出身だと言う彼は元魔術師だが、そこまで魔術師としての技量は高くは無い。

しかし、彼は『黒の君』謹製の魔剣を完璧に使いこなしている。

その為に総合的な戦闘力は、一流の魔術師を超えている。



彼と魔剣の力と、一撃離脱を繰り返すオリビア、エリーシュの石像軍団も加わり、地上部は大混戦となっている。




「ひぃひゃはははははは!!! てめぇつえぇなデカブツ!!」

「お主もやりまするな!! 人間にしておくのはおしいであるなぁ!!」

大地を揺らすアダマンティウスの地割れや局地的な地震を、石像の上を跳び回ってグリースは切り結ぶ。


比べるのもおこがましいほどの体格差の両者だが、恐るべきことにほぼ互角の戦いを演じていた。

グリースが彼を抑えている所為で、周囲の防御が杜撰にならざるを得ない。



「だから言ったであろう、アダマンティウス殿。人間は侮れぬ存在だと!!」

そこはカンヘルが石像たちを後衛のメジュリーヌに近づけないように、次々と精霊魔術を繰り出して吹き飛ばしている。


「状況が分からない? 楽しんでいる場合じゃないでしょう!!」

メジュリーヌのシャンターレが、曲を変える間際に前衛たちをその美しい声で怒鳴った。



「しかし、あの颶風殿が上空で苦戦しているようでは、我々にはどうしようも、」

「よそ見してんじゃねよ、ごらあああぁぁ!!」

「むッ」

烈風の如きグリースの魔剣の一撃を、アダマンティウスはその大楯で防いだ。

震動と剣戟で彩られる両者は、まるで別世界に居るようにさえ思える。



「それもこれも、クライがあの射手をどうにかしてくれることを願うしかあるまいよ。

なに、彼は魔族最強の騎士だ。心配する必要もないだろう。」

カンヘルが上空ではなく、地上で石像軍団の相手をしている理由がこれだ。


彼らの戦術は、アダマンティウスが守り、烏天狗の颶風が敵陣を掻き回し、カンヘルが殲滅し、シャンターレが支援し、クライが遊撃となっている。

しかし、風と相違ないと言ってもいい烏天狗の颶風が、戦闘開始早々にどこからともなく対空射撃を受けて撃墜されてしまったのである。


だがそこは魔族。ダメージは軽傷ではあったが、それから空中に上がる度に対空射撃は苛烈になっていく。


魔族に対空戦闘と言う概念は無く、竜騎士なら竜騎士を以って、空を飛べる魔族は空を飛べる魔族が行うのが常道だ。

なぜなら、物理的に魔族はその翼で飛ぶわけではない。


竜もあの巨体で飛行するのは、精霊の力を借りているからだ。

魔族とてそれも例外ではなく、そう言う魔族は風を操る術に長けている為、地上から弓矢や精霊魔術で攻撃しても牽制以上にはならないのだ。


そんなわけで、魔族には対空戦闘と言う概念が廃れてしまったのである。



だから、自分以上の速度で迎撃されるなんて事態を、初見で彼に想定させるのは酷な話である。

現在、颶風はそれでも対空砲火を掻い潜り、見えない敵をクライと共に炙り出すべく、森の中を飛び回っている。



「無駄な努力だねぇ。」

そんな相手の懸命な努力を、『悪魔』は嘲笑う。


「カノンは一秒間に三十二回も空間転移を可能とする、空間操作のスペシャリストだ。

いくら速かろうが、一秒で地球の裏側まで転移と帰還で十六往復できる彼女を捉えられる存在が居るわけがない。

そもそも地上で空間系の魔術で彼女に右に出る者はいない。彼女も伊達に『盟主』の弟子じゃないさ。」

「その彼女を『盟主』からこちら側に引き入れたい、と仰られた時にはさすがに度肝を抜かれましたが。」

「僕には理解不能だけど、彼女はあのアルケミストを慕ってたからね。

前の世界で彼女を討伐する為に協力した時も、随分悩んでいたし。今も自分の限界に悩んでいた。

だから魔術を極める為に、今までとは違う環境を僕らが提供した。それだけだよ。」

「散々誘惑の言葉を述べておいてそれですか。

まあ、あれだけの能力を持って、思い悩むなんて贅沢な話でけれど。」

そうだね、とエリーシュの言葉に彼は頷いた。


そして、カノンはヤバい魔剣を持つクライから逃げ回るどころか、ハーレント子爵たちを牽制しているオリビアに援護射撃までしている。

幼少時にメリスにして、絶対に敵わないと断じさせた弓の魔術の腕前は、もはや神業の域まで達している。


エリーシュと比べても遜色のない戦力であろう。

きっと、あのメリスと全面戦争しても互角に立ち回れるはずだ。



「さて、とうまく膠着状態に持ってこれたね。」

「ええ、これで撤退してくれると言うのならいいのですが・・・。」

「魔族はそこまで往生際の良い連中じゃないのは、君が一番知ってるじゃないか。」

「・・・・はい。」

「あと一手足りないなぁ・・・」

ここからどう自分の思惑通りに動かそうか、彼が思案していると。



すると、彼の背後に小柄な人影が空間を揺らめさせて現れた。

彼とお揃いの黒いローブを身に纏った少女と見紛う背丈の女性は、カノンだった。

その手には彼女の身長ほどもの弓が握られている。


「おや、カノン。どうしたんだい?」

「少々問題が発生しました。」

彼女はか細い声で、彼に問題の内容を伝えた。



「えッ、マジで!?」

「はい。森林と言う単調な空間を利用して迷宮を作り出し、デコイゴーレムを各所に配置して撹乱しましたが、あまり効果が・・・。

まだまだ持ちますが、このままではそれなりの時間を掛けられて空間が乱されて・・。」

「空間転移が使えなくなるね。」

カノンの説明より先んじて彼はそう判断した。


空間操作系の魔術の難易度は、総じて非常に高い。

ある程度は後天的にも可能だが、極めるには先天的な素養による部分が大きいからだ。

あの自他に認める魔術の天才であるメリスでさえ、その辺りは上位の魔術師と変わりない。


そして空間を操ると言うのは、非常に繊細な魔術の技量とセンスが必要となる。

空間が安定していなければ、空間転移などは危なくて使用できなくなる。


カノンの報告は、クライが魔剣でその辺の空間をぐしゃぐしゃにしまくり、歪んで自然修復まで時間が掛かりそうということだ。

お蔭で空間が不安定な状況では使えない念話でなく、こうして口頭で連絡をしなければならなくなった。


幾らカノンが優秀でも、クライを引き付けられる距離は限度がある。

いずれ、追いつめられるのは時間の問題だ。



「じゃあ、プランBに移行しようか。」

「それは?」

「行き当たりばったりってことさ。僕が彼の前に出よう。」

「・・・・・・。」

主将が自ら最大戦力の前に出るという選択に、カノンは絶句した。


「結局、いつも通りですね。」

「ああ、いつも通りさ。」

しかもそれが平常運転らしい。新参のカノンにはまだまだこのノリに付いていけなかった。



「それに、あの魔剣には興味あるからね。

ちょこっと奴をこっちに誘導して、あとはエリーシュ。

君はオリビアの援護をして、適当にこの場を演出しておいてよ。」

「了解しましたわ。」

「分かりました・・・。」

いまいちその非合理性に納得できていない様子のカノンだが、彼女は己が主人の命令に従った。



「そういうことだから、頑張ってねオリビアー。」

彼は機敏に立ち回るオリビアの背中に声を掛けると、カノンと共に森の中へ消えて行った。






・・・・

・・・・・

・・・・・・





「うっひゃー、すっごーい!!」

カノンは、この状況でそんなこと言える彼の神経が信じられなかった。


森林の中で、クライの魔剣が唸る。

空間ごと周囲を喰らう刀身は、光を反射せずに闇より深い虚無を湛えている。


それの一薙ぎで、根こそぎ捩じ切られるように刀身の切っ先の直線状の全てが破壊される。

空間操作に長けたカノンがそれを防いでいる形だ。

一歩間違えれば、彼も纏めて木端微塵になるような状況の特等席で見ているのに、こんな調子である。



「魔剣ってのは基本的に、それを招来した人間の心象が形となっているのは知っているよね?

それによって形状や効力も違う。じゃあどんな人間が招来すれば、魔剣はあんな破壊の権化みたいになるんだろうね。」

聞いてもいないのにそんなことを話す彼に、カノンは答える余裕は無かった。



「しかもあれはまだまだセーブしていると見た。

陛下に訊けば由来が聞けるかなぁ。」

「あれで、ですか。『盟主』も魔剣“ソウルイーター”を取り扱いましたが、あそこまでではありませんでした。」

「アレとそれは強さの性質が違うよ。

僕はあの完全な魔剣“ソウルイーター”の力を見た事があるけれど、アレは殺戮の呪いで、それのは破壊の衝動だ。」

轟音と共に、魔剣の一撃が空間を引き裂く。

威力は高く派手だが、所詮は魔剣の二次被害による物理現象に過ぎない。


その程度の修羅場、彼には慣れっこである。



「ちゃんと守ってよ、じゃないと僕が弱いってことバレちゃうからね。」

「そうは言われましても。」

カノンは苛烈な空間断裂の連撃に、防戦一方だ。

うまく立ち回って、クライに近づかれないだけで精一杯である。


「ふーん、確かにこのままじゃマズイね。じゃあ、こうしようか。」

彼はローブの内側に手を突っ込むと、一振りの魔剣を取り出した。


見るだけで身も凍るようなそれは、美しい青白さと雪の結晶の柄を持つ魔剣だった。




「さあ、凍てつけ。凍結剣“アブソリュートゼロ”よ!!」

『悪魔』が魔剣を一薙ぎする。


一瞬にして、凍土の如き寒さが駆け抜け、全てを凍り付かせていく。


木々から落下した木の葉が空中で停止している。

零点振動すら停止させ、全ての時間が停止したように氷り付く。


全てが氷の中の出来事のような、幻想的な光景が広がっていた。



「かつて、僕の従者があの“凍結の魔女”から譲り受けた氷属性で最強クラスの魔剣だ。

幾ら魔剣が強力だろうと、それを振ることが出来なければ意味がないだろう?」

空気が震えることをしない空間では、そう語る彼の言葉は誰にも伝わらない。


クライも、まるで氷像のように停止している。

魔剣“デストロイヤー”が、不気味に冷気を吸っている。


体の芯まで凍り付いているはずだ。そう言う力の魔剣なのだ。




「ま、これで止まってくれるほど、可愛らしい魔剣じゃないよね、それって。」

彼がぼやいた。


次の瞬間、氷り付いたはずの空間が丸ごと逆戻りしたように常温へと戻った。



「信じられない・・・因果律まで切り裂きやがったな、あの魔剣。

短時間なら時間逆行すら可能にした魔剣が有ったとは聞いたことがあるけれど。」

さきほど、クライは魔剣を振るわなかった。

つまり、あの魔剣が勝手にやったことだ。持ち主を守るために。


魔剣がクライの体が凍り付くと言う事態の結果と原因を切り離し、うやむやにして凍結現象を消滅させたのだ。



「魔剣の能力と、それを使用できる持ち主が掛け離れている?」

因果律を切断できるほどの魔剣なら、それこそ距離なんて関係ない。

空間を超越した斬撃を飛ばすくらいはわけないはずだ。


「それに、持ち主に狂気と破壊衝動を齎す魔剣が、持ち主を助けるだって?

幾度も持ち主に破滅を齎してきた生粋の魔剣が?」

そこまで考えて彼は、ああと頷いた。



「カノン、もういいよ。」

「えッ」

「もう防がなくていいよ。あとは僕が何とかするから。」

そう言うと、彼は立ち止った。

慌ててカノンも彼の下で立ち止まる。


勿論、二人にクライの魔剣の凶刃が振り下ろされる。


『悪魔』は、すっと手を上げて、ぎりぎりの所でその魔剣の柄を掴んだ。

その瞬間のカノンは、心臓が止まりそうな表情をしていた。



「人形遊びとは、いい年して格好悪いよ、『マスターロード』。」

「えッ・・・。」

「彼らが言ってたじゃないか。彼は魔族最強の騎士だって。

魔族の中で最強の騎士と言ったら、一人しかいないじゃないか。」

今頃気づいたのかい、と彼はカノンの方を振り向いてそう言った。




「く、くく・・・・。」

すると、今までずっと開かなかったクライの口が、歪に歪んだ。



「流石は、魔王陛下に一目置かれる御仁だ。その慧眼には感服せざるを得ない。

なぜその御仁と、我らが『盟主』の右腕が共にしているのかは知らないが・・・・深く追及はすまい。」

クライ・・いや、『マスターロード』は二人を交互に一瞥すると、そう言った。


「なるほどね、魔剣に汚染される精神がそもそも持ち主に無いのならば、っていうことかな。」

「いいや、彼は克服したさ、信じられないことに、な。

この魔剣の破壊衝動と、その狂気を屈服させてな。」

「なんだって・・・そんなことが出来ることが可能なわけが・・・いいや、まさか。

・・・もしかして、あの“月光”とあの眷属が?」

「ご名答だよ、『悪魔』殿。よくわかったな。」

「そんなことが出来る奴は、この世に一人しかいないからね。

あの最狂最悪の魔剣を手にしても正気で狂えるほどの加護を齎せる、月と狂気を司る最も偉大なる人類最古の魔女。

それはかの“月光の魔女”しか存在しない。」

『悪魔』は朗々とした口調でそう答えた。



「つい、二百と十数年ほど前のことだよ。私が彼らに初めて会ったのは。

かの魔女と眷属がそれぞれリリト族、ブラックトロール族に転生してきたのだ。

・・・・皮肉なことだ、魔族の仇敵だった二人が、今度は魔族として誕生したのだからな。」

そう言って、『マスターロード』は魔剣を下してそう語った。


「あのグリムリーパーは、同時に人類の英雄だからね。

あれは夥しい人数の人間を殺しながら、幾度も人類の窮地を救ってきた。」

「そして、魔族の窮地も救った。人であるのが惜しいよ。

尤も、奴は力を是とする我々魔族ですら受け入れられなかったが。

敢えて言うなら、魔獣のような男だった。」

「言い得て妙だね。じゃあ、どうしてあんたがそいつの体を操っているのさ。」

「なに、簡単なことだよ。――――飽きた、のだそうだ。

どうせ捨てるのならば、とこの私がその体を引き取らせてもらったのだ。」

「ドレイクが、ネクロマンサーの真似事かよ。」

「いいや、生きているさ。寿命はまだ尽きていないからな。」

「その辺の感覚を君ら魔族に理解してもらおうとは思っていないよ。」

はぁ、とため息をついて『悪魔』は踵を返した。



「あっちに戻るよ。こっちで知りたいことは全部知れた。」

「は、はい。」

「それにしても、君も人間を助けることがあるんだね。」

彼は一度だけ振り返って、クライの体を見やった。



「不肖の息子が目を掛けるに値すると決めた人間を、こんなところで殺すのは詰まらない。

でなければ、わさわざ我らの最精鋭など送り込まぬよ。」

「あはははは、少なくとも、僕は君の人間に対する美学には感服しているよ。」

「それは違うな、人間の悪魔よ。

そうでもしなければ、届かぬ相手がいるだけだ。」

そう言って、『マスターロード』・・・クライも踵を返した。



そうして両者は立ち去った。

すぐまたそこで、二人の道が交わると知っていながら。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




「ありゃ、エリーシュまで前線に出てるのか。」

彼が戻ってきても膠着状態は、まだ続いていた。

より戦闘の激しさは増していたが、それでもまだ決着はまだまだ遠そうだった。



「ちッ、こいつで斬れねぇってどういう装甲してやがんだてめぇはよ。」

「第一層には人間には及びもつかぬ幻獣が蔓延っておる。

我々はそれを狩り、手にした最高の素材で作り上げた武具を身に纏っているからな。」

「その上、精霊魔術で強化してやがるな。

はん、まあいいさ。面倒くせぇが、楽しい戦いはいつまででも続けたいもんだ。」

「至極当然!!」

グリースの魔剣と、アダマンティウスの巨剣が火花を散らす。

人間と巨人の戦い。ある意味、伝説の再現がそこにはあった。


「くッ、なぜ我々の邪魔をするのか!!」

「おぞましい死霊使いに与するか、外道が!!」

「動く死体がそれを言いますか。我らはただ、主の意に従うのみ。」

吸血鬼たちと切り結ぶオリビアが石像たちの援護を受けて変幻自在に動き回る。


「まったく、切りがないな。このまま防戦一方と言うのは、いささか面白くないが。」

カンヘルが石像を吹き飛ばしてその進撃を邪魔し、シャンターレは味方を鼓舞する呪歌で支援を続ける。


「風よ。」

「あはははッ」

エリーシュが発生させた不自然な砂嵐が上空を席巻し、地上を守るように烏天狗の颶風が風で防がざるを得ないようだった。




「へぇ・・・向こうの実力を出させないようにしているとはいえ、なかなか善戦しているようだね。」

正面から戦えば、幾ら最高の人材が揃って居るこちらと言えども苦戦は免れない。

しかし、妨害スキルの高いエリーシュが先日からこの辺りで罠を張り、この森林を自分の庭のようにしているのだ。


準備を整えさせた魔術師ほど怖い者は無い。

精霊の弱体化は勿論、地脈の独占、魔術的トラップ、魔術の補助をする魔法陣の設置、言うに事欠かない。


更には念には念を入れて、地上で活動していた人員を呼び寄せて戦力の充実化まで図ったのだ。

万事、抜かりはない。


そして、そこまでする必要が有った相手が、今まさにやってきた。



「クライッ、やっときたか!!」

カンヘルがこの場に新たに登場したクライに、歓喜の声を上げた。


そして、早々にクライは破壊の魔剣を振り下ろした。

空間が引き裂かれ、その延長線上が捩じ切られる。


石像が砕け散り、木々が巻き添えになって引き千切られる。



「わぁお、さっきの今でなかなか好戦的だねぇ。」

カノンが更に空間を捻じ曲げて、『悪魔』の下に来るころには微風程度に破壊力は落ちていた。


「やれやれ、僕みたいな弱小悪魔がお望みとは、魔族最強の騎士も高が知れるってものだねぇ。」

彼が新たに魔剣を取り出そうと、懐に手を突っ込んだ。




だが、―――世の中、空気を読めない奴は居るものである。

得てして、そう言う輩は予想外の結果を齎すものなのだ。



「ヒィヤッハァーーー!!! あっちの方が強そうだぜッ、ストーム、フルパワーだ!!」

『ちょ、あの魔剣はヤバいって。』

なんと、クライの眼前にグリースが躍り出たのだ。


彼の持つ漆黒の魔剣の刀身に、無数のルーン文字が浮き出て淡く光る。

一瞬でその刀身が信じられないほどの魔力で満ち溢れ、迎撃に出たクライの魔剣と衝突する。



瞬間、世界が壊れた。




「こ、これは!?」

それは、その場に居合わせた誰もが表現できない現象だった。

それを言い表すには、人間の言語はあまりにも稚拙である。


人間の言語で言い表すには、それはあまりにも隔絶した出来事だった。



だが、それを見た全ての者たちは、共通してその結果を予期した。

即ち、破滅である。



「ああ、これは“矛盾”だね。」

そんな極めて極限的な状況の中、『悪魔』が最も端的に“それ”を言い表した。


「魔剣“ストームブリンガー”の混沌の属性と、魔剣“デストロイヤー”の破壊の属性が衝突した結果、その答えを“世界”が持ち合わせていなかった場合に発生する、一種のオーバーフローだ。」

ぐにゃぐにゃと、世界が揺れる。

それは竜巻であり、津波であり、地震であり、噴火であり、ありとあらゆる天変地異、災害である。

時間の流れが無茶苦茶になり、次元がバラバラに引き裂かれ、空間がぐちゃぐちゃに捻じ曲がる。



「あらゆるものを貫く矛と、あらゆるものでも貫けない盾は“世界”に同時に存在し得ない。

だけど、例外はある。人は“世界”の構成物質でありながら、独自に一つの『世界』を有している。

魔剣はその人間の魂と同質であり、一つの“世界”そのものなのだから、独自の法則で動いている。

それぞれが衝突し、その結果パラドックスが生じてしまったんだね。」

誰も、その結果の答えを持ち合わせていないが故に、その矛盾を観測しえない故に。


全て無かったことに、するしかなくなるのだ。

この世界は、この上なく“矛盾”が大嫌いなのだから。




「オ、リ、ビ、アー。」

既に生物が生きていられる状態ではなくなっていると言うのに、そもそも“個”と言う認識すら出来ない状況なのに、その言葉は彼女に届いた。



「了解、我が主。」

無数の絵の具をぶちまけたカンバスにある人物画の様に、何もかもが歪んでどこまでも矛盾した空間で平然と立っていられるオリビアはどこまでも不自然でありながら、どこかぴったりと型に嵌っていた。


彼女が、透明な刀身に砂時計の内蔵された自身の魔剣を取り出した。



彼女が魔剣を振るう。

竜巻が消えた。


彼女が魔剣を振るう。

津波が消えた。


彼女が魔剣を振るう。

地震が消えた。


噴火が消えた。ありとあらゆる天変地異が、災厄が、次々と一つずつ消えていく。

時間の流れが元通りになる。次元が元の形を取り戻す。空間が元通りになった。



やがて、全ての異常が、初めから何事も無かったかのように消え失せた。

全ての矛盾が、晴れたのだ。




「我々は・・・夢でも見ていたのか。」

ハーレント子爵が、呆然と呟いた。

全ては一瞬で、そして永遠に近かった。


誰もが、戦うことを忘れてしまった。



「いいや、幻だよ。どうやら、“無かった”ことになったみたいだからね。」

『悪魔』が肩を竦めて苦笑した。



「くッ、かかかかかかかかッ!!!

これが、“真理”かッ!! あの上級魔術師どもが追い求めてやまない“真理”を、ずっと無縁だったこの俺が垣間見るとはなッ!!!」

『ダメだこいつ、早く何とかしないと。』

それを引き起こした本人は、馬鹿みたいに腹を抱えて大笑いしている。


「いやー、すごかったねー、魔剣に深く携わっている以上、何度かこういった“矛盾”は見た事あるけど、ほぼ正反対に近い属性の衝突は初めてだ。

なにせ、混沌とは一種の創造であり、破壊から生み出されるのは虚無だ。

こんなスゴイ超絶スペクタクルはなかなか見れないよー。」

「すみませんマスター、今ちょっと頭痛いんで話しかけないでくれます?」

流石のエリーシュも、今の現象を脳内で処理しきれず、頭痛を覚えているようだ。

というか、ここにいる面子でそうではないのは彼とそれを収めたオリビアくらいだった。



「なんだよ、みんな人生で一度有るか無いかの貴重な体験ができたっていうのに。」

裏を返せば、人生に一度くらいの期間でこの世界の破滅的な要因が出現していると言っているようなものだが、それを突っ込める者は今誰も居なかった。



「ねぇ、これ以上続ける?

こっちはさっきと同じことが何度起ころうが、オリビアが居るから平気だし。」

と、彼は言うが、正直勘弁してくれ、と言う視線が彼の味方内から投げかけられているのは、当然知らんぷりである。



「・・・やめましょう、これ以上の戦いは無意味だ。

苦し紛れに聞こえるでしょうが、そもそも私たちの今回の作戦は、彼女の足止めだ。」

「あ、そう。賢明だね。」

ハーレント子爵の対応に、彼は端的に返した。



「じゃ、撤収撤収。今日のバカ騒ぎはこれにて閉幕だよー。」

パンパン、と彼が手を叩くと、彼の愉快な従者たちはさっさと森の奥へと消えて行った。



「あくまで、我々の敵であるというわけですか?」

「悪魔で、なにが悪いの?

まさか、もうこの間の地上での一件を忘れたのかい?」

「良いでしょう・・・ならば、こちらも本気を出すことを躊躇いはしません。」

「ふふッ、リリスに・・“伯爵”殿によろしくね。」

彼はひらひらとハーレント子爵に手を振ると、自身も闇深き森林の奥へと消えて行った。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




「あーっははははは、ねぇ、見た? あいつらのあの呆けた顔ッ!!」

『悪魔』は意地の悪い笑みを浮かべて大笑いしていたが、周囲との温度差は非常に開きが有った。



「このバカッ、マスターに何かあったらどうするつもりよ!!」

エリーシュは激怒して、グリースを怒鳴りつけている。


「と、言われましてもねぇ。給料貰って戦うのが仕事でしてぇ・・。」

そしてこの男は、慣れてない敬語を使って慇懃に話してはいるものの、全く反省した様子が無い。

こんな調子だから、彼はこの魔術師の業界から追放されたのである。


『もっと叱ってくださいよ魔女さん、うちのマスターいつもこんな感じなんですもん。』

鞘にしまっている彼の魔剣までこう言う始末である。

何とも哀愁漂う魔剣である。



「いや良いよ良いよ、実にファインプレーだった。

僕が与えた潤滑剤グリースの名にふさわしい働きだったよ。」

「マスター・・。流石に今回は肝が冷えたのですけれど。」

流石に今回の事態は、彼の危機感の無さに彼女も呆れたようである。


「そうでしょうそうでしょう、流石は『悪魔』の旦那だ、目の付け所が違う。

ま、俺ぁ派手に暴れられればそれでいいんですけどね。」

『この脳筋に扱われる自分って・・・あの時魔女さんに拾われないで、戦場でくたばればよかったのに。』

「うっせぇぞ、この野郎。

ったく、なんだよ、ちょっと戦争で派手に魔術使ったぐらいで・・。」

「それが『盟主』の迷惑になると言っているのです。」

「うひぃ・・。」

後ろからカノンの千里すら見通す瞳で射抜かれ、流石のグリースも萎縮した。

割と冗談ではなく、精神作用のある魔眼込みであった。でなければエリーシュ相手に飄々としていた彼が萎縮するわけがない。



「いやまあ、お蔭でリリスを引きずり出せそうだよ。」

「戦場が混沌となるのはいいことだよなぁ。」

「君のお蔭でついでにバロンや近衛騎士の連中まで出てきそうだよ。

吸血鬼に魔王軍に“権能部”にアンデッド・・・はははッ、第五層は地獄だねー。」

と、男二人はけらけらと能天気に笑っている。


「それで、一応聞いておきますが、あの死霊使いはどうします?

あれは不安要素であるので、万が一の為に、排除しておきますか?」

「ああ、僕ら以外の城の客の方ね。」

エリーシュに問われて、そうだね、と彼は顎に手をやって思案する。



「一応、彼女の数少ない味方だ。つまりは、“今の所”“一応は”僕らの味方でもある。

お互い面通しして、お互いの不利益にならないことはしない、と取り決めたね。」

「そうですね。」

「だから分かっているだろう、僕は悪魔だ。悪魔が契約を違えるわけにはいかないよね。」

「はい、ですが。」

「そう、同時に僕は人間である。人間はね、約束を破るのさ。それに嘘も吐く。

だから、ほっとけよあんな小物、と言いたいところだけれど、存分に誰か邪魔してやりなよ♪」

「その方が楽しそうですね。」

けらけら、とこの主従も笑う。


「いいんですか、それで・・・。」

未だにこのノリに慣れないカノンが、げんなりした様子で楽しそうに話す二人を見る。



「矛盾は、人間の特権だよ。悪魔や、世界ですら、矛盾した行動は出来ないと言うのに。

矛盾が無ければ人間は人間じゃない。矛盾や二律背反に苛まれない人間とは呼べない。

矛盾の無い人間は悩まない。悩まない人間に葛藤は無い。

神が人に与えた罰は、人が神の様に現世での罪を決めなければならないという事だ。その際に生じるコンクリフトでアンビバレントな感情こそ、僕の至福の食料なんだよ。」

「つまり?」

「ああ、話が逸れたね。

要約すると、僕はああいう美学の無いやつが嫌いなのさ。」

それと今の話と何の関係が、とカノンは思ったが、彼の言葉に口に出しても意味がない事は既に学習していた。



「そう言えば、魔王の配下の連中もあっちに向かっているとか。」

「ああ、そうらしいね。それより、僕はそろそろ今回の一件は引き時だと思うんだ。

ちょっかい出すにしても、あと一回にしようって思うんだよね。」

しつこいやつは嫌われるしね、と彼はキザっぽく言いながら、わざわざそんなことを口に出すエリーシュを見やる。

言うまでもなく、彼女はヤル気だ。


「泣きの一回は無しだよ?」

「勿論ですよも。」

エリーシュは、見る者の背筋を凍り付かせる様な蛇のような笑みを浮かべて、頷いた。


「あー、エリーシュの姐さんをコケにした連中なら、俺も行きたいっすねぇ。つか、暴れたりない。」

『あれでまだ暴れたりないとか・・・。』

グリースも進んで挙手し、己が魔剣に呆れられている。



「良いわ、来なさい。

・・・と言っても、流石にそろそろ千日手ね。

襲撃するにも邪魔するにしても、そろそろ趣向変えたいところね。」

「そうだね、お約束でもないのに同じ手法で相手を飽きさせるのはエンターテイナーとしては拙策の極みだ。」

「エンター・・テイナー・・・?」

「どうせあの城からトンズラするんだし、適当にそれらしい思わせぶりなこと言って・・・のは、もうやっちゃったらしいし。」

カノンが自分の主人に若干疑念を抱いていると。



「いっそのこと、本当に道化を演じたらどうですか?」

と、今まで黙っていたオリビアが口を開いた。


「ん? どれどれ・・・。」

彼はオリビアに意味も無く耳打ちをさせて、その提案の詳細を聞き入れた。



「なるほどなるほど・・・・それ、面白そうッ!!」

「彼らの性格と今までの行動を加味して、色々と予測して一番我が主好みの混沌じみた状況を演出できる役割を考えてみましたが。」

「ははッ、流石僕の一番の従者だよ。君はやっぱり僕のこと一番わかっている。」

彼女の提案に、彼は手を叩いて笑った。



「グリース、今回の主役は君だよ。大役を任せたよ。」

「はいぃ・・・?」

『我がマスターに大役とか、不安しかない・・・。』

彼がグリースの肩を叩いて、そう告げた。


ただ暴れたいだけの彼は正直面倒だなぁ、と思いつつも、『悪魔』の話に耳を傾けるうちに、次第に悪魔の従者らしい笑みが浮かんでいたのだった。





―――インフォメーション

グリースを追加しました。



魔剣百科事典コーナー


魔剣:「ストームブリンガー」

所有者:グリース

ランク:S+


特徴・能力。

秩序と混沌の魔剣。小説「エルリック・サーガ」に登場する、混沌の力を持つ架空の剣を『黒の君』が再現したその名を関するだけレプリカである。

その為か、オリジナルに忠実な彼の作品にしてはかなり別物と言って良い。

形状は原典と同じく、漆黒の大剣であり、随所にルーン文字が散りばめられている。

128種類の製作者独自のルーン文字を使用し、それらは制作者にしか理解できない為にそれを管制する人格が魔剣に付与されている。

その為か、彼にしては珍しく魔術の伝達目的で制作してはなく、純粋に武器として作ったと思われる。

その人格は明確に会話ができるほどの意思が有り、自分の判断で自己に施されたルーン魔術を発動できる。

原典の影響もあるのか、魔剣“ソウルイーター”の派生であり、その流れを汲んで霊魂に対して極めて有効な特攻効果を持ち、そうして吸収した霊魂を分解し魔力へと変換する能力を持つ。

他にもその特性から多くの細かな魔術的な機能を持つ、純粋に強力な魔剣である。



※こんにちは、ベイカーベイカーです。

バレンタイン? なにそれおいしいの? 前日に体調崩してましたが何か? な私です。

皆さん体にはお気を付けください。

次回は、今回も話題にされたあの二人がついに本格的に登場します。主に三人称的な回想ですが。

今、想定の分量の四割ほど書き終わっていますが、会話だけで消化しました。二人だけの会話なのに・・・。

設定が多すぎるとこういう時大変ですね。

まあ、そういうわけで、また次回。では。





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