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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
第五章 魔族戦乱
94/122

第七十七話 救出作戦開始



セテア城。


「・・・・すみません、我が主・・ッ」

クライから逃げ帰ってきたエリーシュは深々と頭を下げて、自分の仕える『悪魔』に報告をしていた。


「一人で勝手に暴走した挙句、おめおめと逃げ帰ってまいりました。」

屈辱と怒りを上下の歯が軋むほど噛みしめて、ただただ謝罪の言葉を述べる。

もうオリビアから報告がなされているだろうから、下手な弁明はするだけ無駄である。


しかし、彼女はここで主人である彼の怒りを買ったり、失望されることが恐ろしかったが、すぐにその感情は掻き消えて別の物へとシフトした。



「あははははははははは!!! それでッ!! 逃げ帰ってきたんだね!!」

オリビアが囁くように事の顛末を彼に伝えると、『悪魔』は手を叩いて可笑しそうに狂喜した。


「いいよいいよッ!! 僕は君の、怒りに身を任せると途端にダメになるところがカワイイって思ってるんだからさッ!!

いやぁ、あれから千五百年以上経ってるらしいから懸念していたけど、君は変わらないようで嬉しいよ。」

自分の主ときたら、こんな調子である。


彼は他人のどんな長所も肯定するが、その人間の欠点をより愛する。

その本質が“否定”であるが故に。



であるが故に、本来なら罰の一つくらいは言い渡されてもおかしくないところ、かえって彼を楽しませてしまったようである。


だがむしろ、それが彼女の屈辱と怒りを増長させていたとも言える。



「ならばどうか、この“砂漠の魔女”の異名に掛けて奴らの息の根を止める許可をッ!!」

「んなの、ダメに決まってるじゃない。」

ぴたりと笑うのを止めて、途端に平坦な口調で『悪魔』はエリーシュの雪辱戦を却下した。


「し、失礼しましたッ、出過ぎた真似をッ・・・!!」

今度こそ彼から不興を買ったと悟り、怒りに燃えていた彼女の心が砂漠の夜のように冷え切った。



「言っただろうエリーシュ。アレは君の天敵だって。

多分、君は彼・・いや彼らに勝てると思うよ。相性以前に実力的な部分でね。

だけど、きっと君は無傷では勝てない。僕は君に自分の傷を広げるような命令を、必要もないのに下せるわけがないじゃないか。」

「マスター・・・。」

悪魔とは思えない慈愛すら感じる彼の言葉に、エリーシュはますます頭が垂れ下がる。


「怪物は人々を蹂躙し、英雄は怪物を殺し、人々は英雄を貶める。

この世の三竦みの一つだ。それは君もよく身に染みているはずだけれど、懲りないんだねぇ・・・まあ、そこがまたカワイイんだけれど。」

「・・・ではマスター、貶められた英雄を使うと言うのはどうでしょうか?」

「ん? ああ、かつて君を追いつめたという、あの・・。」

「ええ、“人喰い”を使います。」

そこで『悪魔』は、にやりと笑った。彼女が垂れ下げた顔が歪に笑っているのを見て、愉快そうに笑みを浮かべた。



「それ面白そうッ!! オッケー、許可する。」

「ありがとうございます。」

「それにしても、君は相変わらず嫌がらせが得意で安心するよ。」

「砂漠とはそう言うものです。日光と広大な熱砂でじわじわと体力を奪い、夜には急激な温度変化でさらに体力を奪い、水が尽きて乾き、餓えさせる。

砂嵐や流砂などの自然の猛威は、ただ一つの側面でしかありませんから。」

エリーシュがゆっくりと顔を上げる。


悪意に満ちた邪悪な魔女の相貌は、おぞましく異様でありながらも、どこか美しかった。



「ただし、君が直接手を出すことは禁止だからね。

君は英雄属性持ちを一対多から、一対一にしたから負けたんだよ。

連中が性質的に少数での方が強いことはよく分かってることだろう?

それに今回、君には僕にオリビアと共に付いてきてもらう予定だし。」

「はい、全ては我がマスターの仰せのままに。」

エリーシュはもう一度彼に頭を下げると、一瞬だけオリビアに目配りして退出した。



「我が主、私もそろそろ。」

「ん。なにか相談でもあるのかな? いいよ、行ってきな。」

はい、とオリビアは首肯して彼女に続いて部屋を出る。


エリーシュは、部屋の外で待っていた。

たった今さっきのような恐ろしい表情はどこへやら、なにやら厳めしい表情をしていた。

“砂漠”の異名を持つ通り、激高と冷酷さの温度差が激しいのも彼女の特徴である。



「オリビア、あんたも見てたならわかるでしょう?

あのガキ、一目で私の正体を見破ったわ。」

「ええ。」

オリビアは頷いた。あのガキと言うのは、ミネルヴァのことだ。



「まさか、貴女・・・彼女のことは報告していないわよね?」

「いいえ、状況を正確にお伝えしました。」

「このバカッ、融通が利かないところだけは変わらないんだからッ」

エリーシュはぐりぐりとオリビアの頭を拳で捩じる。

オリビアは無言でされるがままになった。


「私は良いわ。見境を無くしたところで、自分に返ってくるだけで済むんだから。

でもマスターは違うわ。あの人の怒りが、私は怖い。」

想像しただけでも恐ろしいのか、エリーシュはぶるりと身を震わせた。


ミネルヴァが彼女の正体を見破ったように、精霊に最も近いと言われるエルフの一種であるエリーシュも、彼女がどういう存在か一目で理解できた。

だからこそ、分かるのだ。


彼は、絶対に彼女を愛せないのだ、と。



「あんたが生まれる前の時代だから知らないと思うけれど。あの人は一時期、完全無欠な聖女と呼ばれるような人物と行動を共にしたらしいわ。

笑っちゃう組み合わせだけれど、結末は笑えなかった。

聖地を滅ぼしたって一件も、詳しくは知らないけどあの人が・・・。」

そこまで言って、エリーシュはドアの向こうを見やり、口を閉じた。


「マスターは、完璧な人間が醜く見えるのよ。

だって否定の仕様がないんだから、自分自身を否定されているようなものよ。

その時は、きっとあのおぞましいアレを使うに決まってる。」

「おぞましいとは・・・あれが我が主の根底ですが・・。」

「それでこの辺りまで砂漠よりも不毛な更地にされちゃ世話ないわ。」

とにかく、とエリーシュは念を押すようにオリビアに言った。



「貴女もマスターのことを想うのなら、マスターをあれに近づかせちゃ駄目よ。」

「分かりました。ですが、恐らくその心配はないかと。」

「え?」

「私もその懸念を抱きましたが、どうやっても見えないのです。

その少女と我が主が、対面する瞬間が。どうやっても。」

オリビアは右目を抑えてそう答えた。



「そう言えば、以前マスターが魔王フウセンの下に訪れた時も、あのガキは居なかったわね。」

「念のために調べておきましたが、彼女はいつもあの時間は城で貴女に手傷を負わせた少年と遊んでいるそうです。」

「・・・・偶然、じゃないわね。

なるほど、直感的で本能的なリスク回避・・・じゃあ、私に遭遇したことなど、危険の内じゃなかったということなのね。」

彼女の表情が、またまた歪に歪んでいく。


「まあ、だからこそ、そう言う相手には“人喰い”が役に立つ。」

「なるほど、確かに彼は彼女の天敵でしょう。」

「ええ、次は絶対に、コロス。

あの白百合のように無垢な顔を、どんなふうに染めてやろうかしら、あははははははははッ!!」

狂ったように笑うエリーシュ。


オリビアは試しにどのような結果になるか、未来視した。

片目に、未来の情景が瞬時に映る。


彼女は口を開きかけたが、途中で止めた。



彼の主は、かつて言った。

君の見た未来を覆すのが何よりも楽しいのだ、と。

自分は運命すらも“否定”するのだと。


だからオリビアは、彼女が落ち着くまでそのまま口を閉ざすのだった。






・・・・

・・・・・

・・・・・・





「やぁ、生きてたみたいだね。」

「開口一番でそのセリフかよ。」

俺たちはあの魔女エリーシュから逃げ帰ってきて、隊長やエクレシアとクロムなどと共に本営へと報告にやってきた。


「我ら親衛隊第四隊一同、ただいま帰還いたしました!!」

隊長がクラウンに敬礼してそう言った。


「ご苦労。まあ、偵察隊は生き残って情報を伝えるのが仕事だからね。

一応こちらでも追跡を掛けていたんだけど、突如として反応が消えて慌てたよ。」

クラウンは今となっては苦笑してそう言うが、俺は何だか割に合わない仕事をした気分だ。


「じゃあ、騎士殿はあんたの差し金か?」

「いや、彼は誰の指示も受けていない。気づいたら勝手に動いて、君たちを助けていたのだ。

僕らも救援部隊を送ろうとした矢先に、君たちが帰還して驚いているんだ。」

その辺りはクラウンも困惑しているようだった。



「それは、どういうことでしょう・・・?」

「それよりも、まずは報告が先でしょう。雑談なら後にしなさいよ。」

この事実に疑問を覚えたエクレシアに被せるように、クロムが疲れた表情で優先順位を提示した。

全くその通りなので、俺たちはクラウンに森の中で起こったことを詳しく説明した。



「あの“賢者”殿が・・・? 信じられないね。」

「俺はあの魔女が賢者なんて言われていることの方が信じられないよ。」

本当ですよ、とエクレシアもボソッと呟きながら頷いている。


「そりゃあ、今の魔族があるのはあの御方のお蔭と言っても過言ではないからね。

そしてその伝承に違わぬ実力と実績もある。“流血公”に並ぶ偉人だよ。」

「そりゃあ、味方の敵を大勢殺せば英雄だろうさ。」

俺は内心下らないと思いながらも、なぜか楽しそうなクラウンに何だか違和感を覚えた。


「なんでお前、そんなに楽しそうなんだよ。」

「え、だってあの“賢者”殿が相手なんだよ?

これほどの相手は魔族には居ないよ。魔族冥利に尽きると言うものさ。」

「おいおい・・・。」

クラウンよ、お前今、とても親父にそっくりな顔してるぜ?



「とは言え、厄介な事態でもある。

今後の対応を決めるから、君たちは休んでいなよ。」

「ああ、そうさせてもらうよ。」

願わくば、あの魔女と正面衝突するなんて事態にならないようにしてもらいたいものだが。




「ふう、しかし、何とかなるもんだな。」

「隊長の対応が迅速なおかげですよ。」

本営を出て、俺はお世辞でもなく隊長にそう言ったが、隊長は力なく首を振った。


「いいや、お前たちが優秀だったお蔭だ。俺はあそこで“賢者”殿に斬りかかる度胸は無い。」

隊長はふぅと溜息を吐いて。


「お前たちのお蔭で部下たちが全員無事で済んだ。これからも頼りにしているぞ。」

どうやら、隊長も立場が上がって気疲れしているようだ。

まあ、あんな化け物の群れに追い回されたんだから、それも当然か。


死体を切り刻むような戦いをし、化け物の蠢く砂漠からの逃亡の中で一人の錯乱者も出さずに高い士気を保ったまま戦術的な行動が可能だったのは、間違いなく隊長のお蔭だ。

魔族なのだと言うのもあるが、きっと人間なら一生モノのトラウマになりかねないだろう。



それから俺は隊長と警備に、エクレシアは隊内の負傷者の治療、クロムは知らん。

それぞれ別れて、各々のやる事をすることになった。


が、途中でミネルヴァの奴に捉まり、この町を隅々まで探検に付き合わされる羽目になるのは、その十数分後のことであった。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




「今日は死ぬほど疲れた・・・・。」

俺がミネルヴァの奴から解放されたのは、夕日が沈む時間になってからだ。

そしたらあいつがクラウンの下へ行ったから、もう用無しってな具合である。


「おい、うちの隊の人間が妖精から逃げられたらしいぞ!!」

「ぎゃははは!! ウチのばーさんは妖精は逃がさないようにしておけっていっつも言ってたぞ!!」

「今夜はカードやろうぜ、こいつからカモれるぞ!!」

夕食の時間になったら、ウチの隊の三人組が俺を茶化してきた。


言い返すのも億劫なくらい疲れたので、俺は無視して黙々とマズイ配給の食事を胃に押し込んだ。

そのまま、ぎゃあぎゃあと騒ぐ隊の仲間たちと食事を取っていると、向こうからトロール隊長が歩いてくるのが見えた。

彼の隊も今回、晴れて戦闘部隊として三百人のうちに組み込まれていたのだ。

手には配給の食事を持っている。彼も今から食事のようだ。



「あ、あれはトロールの隊長殿じゃないか。」

「おい、あの方も呼べッ、今日は俺たちはクライ殿に世話になったんだからな!!」

「ちげぇねえや!!みんな、かの種族に敬意を払え!!」

三人組だけでなく、他の隊の仲間たちも悪乗りして、トロール隊長を俺たちの近くの席に座らせた。


「な、何だお前たち!?」

「ききやせんでしたか? 今日、俺たちクライ殿に世話になったんですよ!!」

「隊長もトロール族の一員として鼻が高いでしょうな!!」

困惑しているトロール隊長に、仲間たちはテンションが高いのか次々と言葉をまくし立てる。

しかし当のトロール隊長の顔色は優れない。



「そうか、クライ様がお前たちを・・・。」

彼が妙に暗い表情でそう言うもんだから、周りの隊の仲間たちも何だか分からずに顔を見合わせている。


「そういや、クライ殿ってどういう御方なんです?」

空気の読めない隊の仲間の一人がトロール隊長にそう言った。




「あの御方は・・・トロール族始まって以来の異端児だった。」

「え、・・・異端児?」

その言葉に、食事の場は凍り付く。

異端であると言う言葉は、魔族にとってそれだけ重いのだ。


トロール隊長は重々しい口調で続ける。



「あの御方は、誰にも師事せずに一族の誰よりも瞬く間に強くなったと言う。

自分より強い者を求め、刃傷沙汰になることも少なくなかったらしい。」

その言葉に、隊内の仲間たちにざわめきが広がる。


ブラックトロール族は、魔族には珍しく騎士道精神を持ち合わせている種族だ。

正々堂々の戦いを好みながら、自身の仲間を守ることに強い誇りを持ち合わせている。

毎年、多くの“騎士”を輩出している、魔族軍の主力を担う一族だ。

そんな種族出身のクライが、異端児だったと言う。



「俺は一度、試合であの御方と剣を交えたことがある。

俺は剣を捨てるのを考えるほどの、彼との実力の差を感じたよ。

なにより、恐ろしかった。彼は俺のことなんて、目にも映っていなかったのだ。」

トロール隊長の重々しい態度は、そこに原因があるようだった。


「そしてより強い者を求め、騎士になるべく出て行き、昨日そのお姿をお見掛けしたが、彼は変わっておられた。」

「変わっていた?」

「彼はそもそも無口ではなかった。

むしろ饒舌で、弱者を見下す態度を散見するほどだった。

それが今や、その無口さと実力で“沈黙”の異名を取るようになった。俺にも訳が分からない。」

もはやトロール隊長の独白じみていたが、誰もそれを止める者は居なかった。

彼の語るクライに、誰もが引き込まれていたのだ。



「それでも騎士になるまで、その悪名は我が一族の里にも届いていた。

彼は強ければ何でも許される、と言う魔族らしさを体現したような生き方を、第一層の“学園”でしていたようだ。

そしてあろうことか、騎士に成る為の試合で『マスターロード』に剣を向けたと言う話まで聞いた時は、里の有力者たちが集まって話し合いを始めたほどだ。

『マスターロード』は幻獣を100匹斬れば戦いを受けるとその場で答えたそうだが、それ以来、彼の噂はぱったりと消え去った。

不気味なほどに、静寂だった。“騎士”となり、近衛隊の“権能部”に配属されたと風の噂で聞いた時は、恐ろしくて背筋が凍りそうになった。」

どうやら、過去と現在のクライには決定的な人物像の違いがあるようだ。

違わないのはたった一つ、その卓越した実力だけだ。



それから、トロール隊長は黙々と食事を取り始めた。

うちの隊の連中もすっかり白けてしまい、各々黙って配給の食事を食べ始めた。


その日の夕食は初めから食べ続けていた俺が、最初に食べ終わった。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




「最初にハッキリと言っておくけど、あのクソ魔女に石化させられたら、ゲームオーバー。

二度と元に戻るなんて事実上不可能だからよろしくね。」

俺たちが森の中の偵察を終えて、主要な面々が招集されて救出作戦の作戦会議の最中で、かの魔女にどう対抗するかという話になり、まずクロムがそう断言した。



「クロム、お前がそこまでいうのか?」

何だかんだで、人体の構造に関してクロムはおぞましいほど熟知している。

その彼女が二度とも戻らないと断言までしたのだ。


「言い方が悪かったわね。湯水のようにお金を注ぎ込み、遠大な時間を掛ければ可能なのは可能だけれど、そんなの作り直した方が早いわ。

別にできないわけじゃないのよ?」

特に最後を強調してクロムは答えた。



「やはり、そこまで強力なのですね。」

「ええ、あれとやり合うのはもう何度目かしらね。お蔭で結構やり口は見えているわ。

あいつは現代の工夫を凝らすタイプじゃなくて、一定数の魔術の練度を極限まで高めるタイプの魔術師よ。

老練な技術と高い魔力のごり押しの両立で相手の魔力抵抗を無理やり突破するの。

多分、強力過ぎて彼女自身も自分の石化を解呪するのは無理だと思うわよ。」

エクレシアにどうしようもないと両肩を竦めてクロムは言った。


「彼女の石化魔術は我々でも抵抗するのが難しい。

せめてもの救いは、それを使ってくるのが段取りの最後の方だという事でしょうが。」

「それはどういう事なんだ?」

顔を顰めるハーレント子爵に、ドラッヘンは疑問を投げかけた。



「我々も彼女とその主従とは何度かやり合う機会がありましてね。

彼女はまるで劇のように行使する魔術にパターンがあるという事です。」

「ああ、言われてみれば確かにそうね。

私の時も始めにあの悪趣味な石造の群れ、砂漠の化け物の軍勢、ここまできてようやく自分で魔術攻撃を加え、最後に石化魔術を使用しだしてきたわ。

これは、・・・まだまだ奥の手が有りそうね。」

クロムもハーレント子爵に納得したように頷いた。


てか、地上でも現れたのか。

マジで神出鬼没だな。それがどんな戦いになったのかは、ハーレント子爵の護衛の苦虫を噛み潰した様な顔を見れば何となく察せる気がする。



「儂もその一端を垣間見たが、強力な魔力抵抗力を持つ我々魔族ですら完全に石化していた。

無駄に兵を費やしても逆にやられるのが落ちと言うわけか。」

「少数なら数で潰され、大軍ならそれが仇となる、か。」

フリューゲンやドラッヘンも、かの魔女の攻略に頭を悩ませるようだ。



「相手は大軍を撃退した伝承を持つ筋金入りの大軍キラーよ。

まあ、それはそれでやりようはあるし、あの石化魔術に対抗するすべはない事も無いけど。」

「それを早く言えよ・・・・。」

やたらもったいぶるのがクロムの悪い癖である。



「石化魔術、つまるところは物質の転換と固定化でしょう?

つまり、それが出来ない性質を持つ物質で周囲を守ればいいのよ。」

「・・・・それで?」

何か言いたそうなクラウンが、クロムに先を促した。


「水よ。完全に周囲を水で満たせば、あのクソ魔女の石化魔術は機能しないわ。

あの“最果ての砂漠”も、水が存在できない状況を作り出して、圧倒的に有利な状況にする為ね。」

「なるほど、そもそも石化を防護するのではなく、使っても意味のないようにするのですね。

ええ、とエクレシアの言葉にクロムは頷いた。


「それに、この世には石化や邪視に対する護符は数多く存在するわ。

それを併用すれば、その段階はクリアできるわね。

ただし、あの砂漠に取り込まれない事は前提だけれどね。まあ今回は例外っぽいし、維持も大変だろうから、そう頻発はしないでしょう。」

「で、その護符はどれだけ用意できるんだ?」

ドラッヘンがさっさと先を促してきた。



「うーん、石化対策の護符はそう難しい物ではないから、アイツレベルにちゃんとした効力を保証できるレベルでとなると・・・朝までに、20が限界かしら。」

「なるほど・・・。」

それではやはり大人数を動員するは不可能だろう。


「あとこれは個人的願望だけど、連中に関わるのは勘弁してほしいわ。これは忠告だけど、あのろくでもない『悪魔』の主従と関わって良いことは無いわよ。

連中の思考は妖精よりずっと理解しがたいもの。こういうのはあの連中に押し付けるのが一番よ。」

忌々しそうにクロムはそう語った。彼女が蛇蝎の如く嫌っている時点で、あの連中もかなり厄介なようだ。



「・・・・そうだな、こちらに人員を割く余裕はない。

“権能部”の彼らに任せるしかないか。口実はどうしようか?」

意外にも、ドラッヘンはクロムの意見に理解を示した。

フリューゲンもそれに頷いている。


「意外だね、君なら嬉々として戦いに挑むと思ってたけど。」

クラウンも俺と同じことを思ったのか、失礼にも口に出した。



「機会は今回だけとは限らないからな。

それに、俺は一応族長と言う立場だ。俺の一時の名誉欲の為だけには同族の命を殺せんよ。」

その辺はしっかりしているドラッヘンが淀みなく答えた。


「なら、私が彼らに同行しましょう。我々なら、彼女の相手は適任でしょう。

彼らを動かす理由にもなりますからね。」

「なるほど、ではそれでお願いしようか。」

ハーレント子爵の提案に、フリューゲンが頷いた。



後は詳細を打ち合わせて、各々明日に向けての最終調整に踏み出すようだ。


俺やエクレシアの人間組も、明日に向けて休息を取ることとなった。

クロムは護符の制作に掛かるようだが、まあ彼女は不眠不休でも平気だろう。魔術で体調のコントロールぐらい可能だろうし。

かくいう俺も何となくそれが出来るようになってきた気がする。そうでなければこのハードスケジュールをこなせまい。



「おいおい、人間、聞いたか? “沈黙”殿の話。」

そしたら丁度本営の周囲を警備していた、うちの隊の三人組が掴まった。

クラウンたちの目の前だと言うのに、自重しない奴らである。


「何がだ?」

「あの御方が変わっちまったって理由さ。へっへっへ。」

どうやら下世話な内容らしい、三人組の一人であるワータイガーが下品に笑った。

トロール隊長の話から時間もそんなに経っていないのに、懲りない奴らである。



「何でも、恋人を亡くしちまったらしいんだよ。

それ以来、人が変わっちまったかのように無口になったんだと。」

「他人の噂話で盛り上がるとは、立派な趣味ですね。」

「げッ、騎士の姐さん!?」

俺の後からエクレシアが本営より出てきたのをみて、三人組はギョッとなった。

なんだこの、俺との扱いの差は。



「この場を任されている者としてその不真面目な態度は何ですか!!」

と、説教モードに突入したエクレシアに、三人組はしゅんと項垂れて彼女のありがたい話を傾聴する羽目になった。

二メートルに迫らん身長を持つ魔族が、頭一つ分背が低い彼女に怒られているのは何ともシュールな光景である。



「それにしても、恋人をねぇ・・・。」

「ええ、しかも同族じゃないらしいんだ。」

「えッ」

俺もその話には驚いた。


そして、怒られながらもこそこそとそんなことを俺に言う根性だけは認めよう。

三人組の一人であるバフォメットが、エクレシアにキッと睨まれ、縮こまった。



別に魔族の間と言えども、異種族間に恋愛感情を抱くなんてことは珍しい事ではない。

ただ、大抵はそれが成就しないらしい。


魔族は繁殖方法が人間と違って特殊な種族も多い。

人間を介して増える夢魔や、この間見たダークストーカーなんてそもそも気体だ。


そうでなくても、上位の魔族はその数が少ないため、周りが他種族との恋愛を許さないと言う。

だからか、人間のように魔族は恋愛などに幻想を持っていない。

或いは、産まれた時に婚約者が出来ている場合が多い。隊長やクラウンもその例に漏れないようだ。



「しかもその恋人の死因がよ、なんと自殺なんだとよッ!」

「くぅ~、燃えるね~、許されざる愛を止められ、苦難の末にってか。」

「貴方たち、どうやら猛省が必要なようですね・・・。」

どうやら、こいつらの噂話好きは筋金入りらしい。

こういうことに関して、とことん真面目なエクレシアの背後に、怒気がオーラじみて燃え上がっているようにみえるのは、きっと幻覚の筈である。



「「「ひぃいい!!」」」

まあ自業自得だが、俺は説教される三人組を背に、その場を後にした。


そして翌朝、救出作戦が決行された。





・・・・

・・・・・

・・・・・・




救出作戦の責任者、つまり大将はクラウンに決定した。

彼の直属である親衛隊第四隊を初めとした兵員約250名を動員した、一大作戦だ。


残りは町の防衛の為に、ドラッヘンやフリューゲンは残ることとなった。

それ以外の主要なメンバーは、ほぼ全員出動した。



「お羽のお姉ちゃん、みんながいっぱいだといいね!!」

「ええ。」

ミネルヴァの明るい声に、サイリスは強く頷いた。


サイリスは今回、この階層の案内役としてそもそも同行したのだ。その本領を発揮する時が来た。

ミネルヴァに関しては、置いておく方が危険だという事で、クラウンも溜息しながら動向を許可した。

とはいえ、彼女は緊迫した救出作戦と言うより、サイリスのお友達に会いにみんなで行くみたいな認識のようだが。



「お前たち、気を抜くなよ。

僕らの戦いは、“賢者”殿ではない。もし彼女に遭遇しても、決して交戦せず迂回するんだ!!」

「了解しやした!!!」

今回副官に命じられた隊長が、クラウンに最敬礼して応じた。

ちなみに俺はクラウンの直属の部下なので、副官とは違う。

エクレシアやクロムも似たようなものである。

当然二人も同行だ。今回はクロムも戦力としてである。



「今度は先日のような失態は演じないわ。ちゃんと対策も練ってきたし。」

「あれが失態の内に入るのなら、私はそもそも何もできていませんでしたよ。」

クロムとエクレシアが前の方でそんなことを言っている。


隊員たちも各自、警戒を怠っていないようだ。

特に、ウチの隊の連中は目を皿のように凝らして周囲を警戒している。



そして。



「きた・・・。」

ミネルヴァがそう呟いて、足を止めた。



「全体、止まれッ!!」

クラウンが隊長に目配りすると、隊長はすぐさま号令を下す。

今回ついてきているのは旦那の精鋭たちだ。彼の号令にぴたりと綺麗に魔族たちが止まる。


すると、前方には不自然な風が渦巻いて収束した。

風は砂を運び、見る見るうちに等身大の砂の人型を作り出した。


そしてある時、パッと砂の人型があの魔女へと変貌した。

転移魔術だ。



「今回は不意打ちじゃないのかよ。」

俺もてっきり最初は不意打ちを仕掛けてくるものだと思っていた。前回もそうだったし。

お蔭で、こちらはもうすでに万全の戦闘態勢だ。



「ふっふっふ、くくく・・・」

てっきり何か言ってくるのだと思ってきたが、砂漠の魔女は低く笑うだけだった。


「マスターの思考の多くは私も理解はできない。

けれど私もね、不意打ちであっさり結末を決めるのは詰まらないと思うのよ。」

それが返答らしかった。


これ以上会話に付き合ってやる義理は無い。

速攻で決める。それが、魔術師と戦う際の鉄則だ。



「でも、今回は戦わないわ。マスターにそう厳命されたもの。」

「なんですって?」

それでもクロムは少しも警戒を緩めない。

彼女の言動を心の底から信じていない様子だ。



「だからその代り、貴方たちには彼が持て成してくれるわ。」

魔女が指を鳴らす。

すると、地面から砂が湧き出てきて、そこから何か人影が這い上がってきた。



「なッ・・・。」

「げぇッ!?」

その姿に驚く声が多数と、クロムが引き攣った声が響いた。



砂の中から這い出てきたのは、なんとその魔女と同じく、笹の葉のようにとんがった耳を持つ、美丈夫。

ダークエルフ、否、・・・その絹のように白い肌は、絶滅したと言われ久しいエルフ族の物だった。

石像ではなく生身で。



「彼は、かつてこの私を討伐しにやってきた勇士の一人。

あの古錆びたエルフ族に歴代随一の英雄と謳われた、無双の戦士。」

魔女は語る。彼女に囚われた一人の男の末路を。


「しかし彼は魔女に自我を奪われ、誇りや自尊心を奪われ、同胞たちを襲い、人間を殺して食って回るようになってしまったのです。」

「まさか、そいつって、あの・・・“人喰いエルフ”ッ!?」

クロムの顔からだらだらと絶え間なく汗が垂れ落ちている。



「今や彼は、あははッ、魔女の尖兵となったのですッ!!」

「があああああああぁあぁぁぁぁぁl!!!!」

エルフの男が、獣のように絶叫する。

それが今もなお、彼が魔女の支配に抗おうとしている証拠であった。


だが、無情にもそれは敵わない。



「ねぇ、お兄さん、わたしと一緒に遊びましょう?」

その時であった。

無謀にも、ミネルヴァの奴が俺たちの脇を抜けて彼の下へと歩み寄って行ったのである。


「ばかッ!!」

俺は思わず駆け出した。


彼の返答は、腰に差していた魔剣の一閃であった。




「え?」

ミネルヴァは、奴の行為の意味を理解していなかった。

そもそも、こいつは彼を敵だと認識していなかったのだ。


自分と同じ、妖精の仲間である、と。

最も精霊に近いと言う、エルフという種族に。



俺は、寸前でミネルヴァとの間に剣を滑らせ、奴の一撃から彼女を守った。




「あっはははは!! じゃあ、私も忙しいから、あとはよろしく。」

こちらに地雷を残して、魔女は風にさらわれるように消えて行った。



「あがああああああああ!!!」

彼が、両手で頭を抱えて、魔女の支配に抗おうとしている。

だがそれも、あの魔女の掌の上なのだと、果たして彼は気づいているのだろうか。



「どうやら、とんでもない大物が出てきたみたいだね。」

クラウンが前に出てきて、ミネルヴァの首根っこを掴んで真後ろに放り投げた。


「おおっと!!」

地面に落ちる寸前で、隊長がミネルヴァをキャッチした。



「僕らでこの障害を排除するよ。お前たちは周囲の警戒と邪魔が入らないようにしておけよ!!!」

クラウンが隊員たちに指示を出した直後、タイミングを見計らったかのようにアンデッドどもが湧き出てきた。



「無理、むりよー、エルフは無理――!!」

「なに弱気になっているんですか、このままではかえしてくれそうにはありませんよ。」

涙目になって嫌々と左右に首を振るクロムを、エクレシアは背中を押して戦線へ無理やり押し込んできた。


やがて、散々うめき声を挙げていた彼が、幽鬼のように押し黙った。

そして無色透明に等しい、殺気を解き放ってきたのだ。



「来るぞッ!!」

そして俺たちと、エルフ族と言うこの世界では前代未聞の相手との戦いの火蓋が切って落とされた。








こんにちは、ベイカーベイカーです。

エルフは絶滅したといったな、あれは嘘だ。まあ、彼一人だけなのでもう絶滅したも同然ですが。

ここでそこまでネタバレは書きたくないのですが、彼の全盛期はめっさ強いです。

自我を奪われても、エルフのひ弱なイメージが嘘のような戦い方をします。

注目の戦いは、また次回を待て。それでは。


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