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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
第五章 魔族戦乱
92/122

第七十五話 事態の進展





夕方になって、ようやく混乱が収まってきた。


「全く、こちらの出鼻を挫かれるとはね。」

日が落ちると何とか情報が纏まったようで、俺が状況を尋ねにクラウンの元に行くと彼はかなり苛立っていた。



「略奪まがいのことまで起きそうになったって聞いたが、大丈夫か?」

「ああ、ぎりぎりの所でね。

もう少し対応が遅れれば、阿鼻叫喚になっていただろうね。」

「それはよかった。」

魔族の連中は食料が無くても気合で何とかなるらしいが、流石に水まで無くなると士気がガタ落ちってレベルじゃ済まないようだ。


「よくは無いさ。無い物は無いんだから。

特に水が無くなったのはキツイ。」

魔族にはそもそも、水を大量に保存するという発想が無い。

彼らは水のある所に集まり、町を作る。


水源が無ければ彼らには精霊魔術があるし、水脈を地下から引っ張り出してくることも可能らしいし。

この“箱庭の園”の気象は安定しているため、雨が降らずに根本的に水不足になるというのは、滅多に無いようなのだ。


現在その対応に皆が追われている。

隊長たちもあの後、クラウンの指示で町の警備の現場指揮に向かった。


再び略奪のようなことが起これば、この町の連中と関係修復は不可能なレベルにまでなってしまう。

そうなると、この町に駐屯するのも難しくなる。それだけは阻止しなければならないのだ。



「幸い、食料は旦那たち何とかしてくれると伝令が来た。

当面は水に関してどうにかしなとだけれど。」

「エクレシアから、クロムが調査してくれてるって言ってたみたいだが・・・。」

「何か分かってくれないと困るね。

井戸の水まで一瞬で干上がるなんて、有り得ないんだから。」

やはり精霊魔術が普通にある魔族でさえも、水が消えるなんてことは異常事態らしい。



「やれやれ、いったい誰があんなことしたのかしら。」

そうしてしばらくクラウンと現状について話し合っていると、クロムが本営にやってきた。

なぜか彼女はびしょ濡れだ。


「あッ、クロム。どうだった?」

「どうだったも何も、水源からの水路が砂の壁で塞き止められていたわ。

試しに分解したら、この有様よ。どうやら、水源を枯らされたわけじゃないみたい。

他の工兵連中にもそれを壊すように言っておいたわ。程なくして、水のインフラは回復するでしょう。」

「それはよかった。」

俺はクロムの報告にホッと胸を撫で下ろした。



「いったい誰がこんなことしたんだろうね。

その程度で治ると言うなら、悪戯にしてはやり過ぎだし、妨害にしては手緩すぎる。」

「そうね、私だったら毒を入れわ。或いは、簡単復旧できないように壊すかはするもの。」

「まあ、俺たちの敵以外いないだろう。」

クラウンもクロムも、そりゃあそうだって顔になった。


「とにかく、水の問題が解決するならそれはそれでいいや。

速く伝令で兵たちにこのことを伝えないとね。」

「じゃあ、俺が伝えに行くよ。」

「分かった。頼むよ。」

俺はクラウンから了承を貰うと、さっそく兵のみんなに水の問題が解決したことを伝えに走った。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




夕食の頃には、みんな何とか不安げな様子から解放されたようだ。

食料は掻き集められた最低限を配分された。


夜中になるともう完全に落ち着きを取り戻し、町中への警戒が厳重になり、平常に軍が機能し始めたようだ。

そしてそうなると、ようやく後回しにされていた森への斥候がいつの間にか入口に戻されると言う事態に焦点があてられるようになった。


最初は誰が食料や水をダメにしたのか論争になったが、すぐに先を見据えた方が建設的だと誰もが気づいた。

ハーレント子爵もここまで敵の手際の良さに驚いていたらしく、彼の結界やエクレシアの防護を超えてアンデッドが入ってきたことに腑に落ちない様子だった。


森林に成れた魔族の斥候たちが森の中を迷った挙句、入り口に戻るなんてことは無いだろう。

それも幻術の一種だと思われた。


再び斥候の部隊を指揮官付きで遅らせたところ、今度はアンデッドの軍勢に遭遇したと言う。

そして連中は、こちらにゆっくりと進軍してきたと言うのだ。



再び防備を整えるべく、俺たちは奔走している。

あの“権能部”のドレイクロードが破られた城門を補強して、木製だったそれは今鋼鉄をも上回る硬度となったらしい。

クロムも対抗心出して色々と強化を施したようだ。



アンデッドどもが再び攻めてくるという事で、町中も緊張に包まれていた。

特に、前回活躍し損ねたドラッヘンや竜騎兵の連中は息巻いている。


そして、真夜中の丁度二時ごろだろうか。

俺たち遠征軍とアンデッドの最初の激突が起こったのは。


その時本営で隊長たちと警戒をしていたのだが、どうやら二時間もせずに戦闘終了。

上空からの攻撃にアンデッドは成す術もなく、フリューゲンの采配もあり我々の快勝と言う結果で初戦は過ぎて行った。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




俺が仮眠をとって今朝になった頃には、町中に戦勝ムードが漂っていた。

数少ない食料を人間はよわっちいからという理由で皆から優先的に回してもらうことに申し訳なく思いつつ、状況に変化が生じたのは朝食のすぐ後だった。


なんと、周辺の村からの生き残りが救援を求めてきたと言うのだ。

それを聞いた俺はすぐに本営へと向かった。



「生き残りが居たんだって!!」

俺が本営に向かうと、主だった連中は集まっていた。


「ああ、丁度いいところに来たね。今から彼に外の状況を聞こうと思ったところだよ。」

「彼?」

クラウンが指さした所には、何も居なかった。


だが、俺の脳内には魔導書の文字が這いずり回って、一つの文章を形成する。




―――『検索』、144ページ


種族:ダークストーカー カテゴリー:悪魔属、怪異、特殊

性格:敵対的 危険度:B 友好性:低い


特徴:

厄介な魔族の代表的な存在であるストーカー種の筆頭種族である。

斥候や暗殺、諜報といった任務を得意とし、能力もそれに特化している。

人間側の情報が筒抜けになっていたら、十中八九こいつ等のせいと言っても過言ではない。

ストーカー種の類に漏れず特殊な生態をしており、細かな霧状の水蒸気が彼らにとっての肉体であり、人間には非常に霊的感覚に優れていなければ可視すら出来ない。

精霊魔術が使えれば、不自然な水蒸気の塊が知覚できるだろう。

気体だが、物理的な攻撃能力も持ち合わせている。また、霊体になったり、自身を拡散させて逃亡などができる為、安定した対処が難しく、極めて厄介である。

その名の通り夜に活動し、その性質上日光や乾燥に弱い。


その性質や生態はとても興味深いが、長くなるので割愛させていただく。




「ダークストーカー・・・そんなのも居るのか。」

何とも恐ろしい魔族である。


「なるほど、そっちの方はそうなっているのか。」

すると、ドラッヘンが腕を組んでそう言った。



「え?」

「あ、そうか、人間には彼の声は聞こえないのか。」

クラウンの言葉に、俺はエクレシアとクロムの顔を見渡したが、二人とも俺と同じような顔をしている。

やはり彼とやらの声は聞こえないようだった。


俺も魔導書が無ければ、ドッキリでも仕掛けられているのかと勘ぐってしまうだろう隠密性だ。


「え、本当なの!?」

「なあ誰か、何て言っているのか頼むよ。」

サイリスの嬉しそうな横顔に向けて、割と催促するようにそう言った。



「簡単に言うと、どうやらこの辺りの村の人たちは逃げ延びて、一纏めになって防衛しているらしいのよ。」

サイリスはそう言って、地図にある集落を示すマグネットの十か所くらいを指先で囲むように描いた。


「そしてその場所が、ここみたいなのよ。」

そしてサイリスは最後に一つの集落の場所を示した。



「私たち、サキュバス一族の一番大きな集落がある場所よ。」

なるほど、どうして彼女が喜んだのか分かった。

一族が無事だと分かって、喜んだのだろう。


「村の人たちはみんなアンデッドに襲われて、ここに逃げていると言っているわ。

ここで防衛戦を展開しているらしいのよ。以前、私の一族の長は強大な呪術が使えて、頼りにされているって聞いてはいたけど。」

どうやらサキュバスの族長はなかなかに有力者らしい。


それにしても・・・サキュバスの色香ってアンデッドに効くのだろうか?



「旦那からの補給が届き次第、救出作戦を決行しようと思う。

各自、部隊の編成を行うようにしよう。ついでに“権能部”の連中にも手伝わせて、あの汚らわしいアンデッドの掃討作戦を決行するなんてどうだい?」

「うむ、ではその為の準備をするとしよう。」

そんなバカなことを考えているうちに、クラウンが作戦の案を出し、フリューゲンは頷いた。


「幻術に関してはどうするの?

考えようによっては、斥候部隊はアンデッドの群れの前に誘導されたとも取れるけれど。」

そこでクロムが確認するように問うた。


「大勢で行って引き返させられるなら仕方がないさ。

しかし、遭遇戦はこちらも望むところだ。敵が出るなら、排除すればいい。

敵の術中でも被害が出ないのなら、突っ走るのも手だと思うけれど?」

「・・・まあ、貴方たちなら挟撃されようが平気でしょうからね。“権能部”とやらも居るようだし。」

クロムはその方針に反対しなかった。

幻術がある以外は、正攻法の上にこちらが圧倒的に優位だ。

不安も残るが反対する理由は無いのだろう。



程なくして、その場は解散となった。


ちなみに、“権能部”の連中はこの場に居ない。

と言うか、基本的に来ない。彼らは自分たちの仕事をするだけなのだ。

彼らはあくまでハーレント子爵の援護でアンデッドの掃討を目的としているだけで、指揮系統は独立している。

普通ならそんな身勝手は許されないだろうが、彼らはそれが許される実力がある。


それでもある程度こちらに同調せざるを得ないので、頼めば手伝ってもらえるだろう。




「それにしても良かったな、一族が無事で。」

「まあ、殺しても死ななそうな人たちではあったけれど。心配して損したわ。」

サイリスはそうは言ったが、強がりであるは目に見えて分かりやすかった。

第五層がアンデッドに攻撃されていると知って以来の彼女の落ち込みようったらなかったし、いつもの調子に戻ってくれて一安心である。


やはり、同族が危険に晒されているという精神的な圧迫から解放されたのは大きいのだろう。

とは言え、まだ無事と分かっただけだ。

俺たちはこれからそれの救出に向かわなければならない。


そして、その時に向けて今は英気を養うべきだろう。





・・・・

・・・・・

・・・・・・




それは昼間のことであった。


「補給部隊がもう来たって!?」

「ああ、旦那が一晩でやってくれたようだ。」

「旦那すげー。」

俺は哨戒から帰ってきて、そのことを隊長から聞いて驚いていた。


昨日の夜に伝令を送って、翌日の昼間に補給部隊が到着とは。

いったいどんな手を使ったんだろうか。



「聞いた話じゃ、こっちに軍を置いて第三層と第四層に圧力掛ける腹積もりだったんだろう?

ってことは、もう既に手勢を第二層の町に置いておいたんじゃないのか?」

「なるほど、だから一晩で補給物資が送りこめたわけか。」

それにしても、旦那様々である。

とにかく、これで塵になった食糧事情が改善された。



「あ、おにいちゃんだッ!!」

すると、聞き覚えのある声が本営から聞こえてきた。


ばたばたばた、と駆け寄ってきたのは、なんとミネルヴァの奴だった。



「お前、どうしてここに・・。」

「えへへ、みんないなくて、さびしかったから。だまってついてきちゃった。」

「付いてきた? いったい誰に?」

その疑問は、すぐに解決した。


「お前がその子供の親か?」

あからさまに不機嫌そうな態度を隠そうともしない彼は、鉄仮面を被ったドレイク。

アイアンヘッドであった。


「付いて来って、こいつにか?」

「うんッ」

そんなに元気よく返事されても困るんだが・・・。

流石に彼女を戦争しにいくっていうのに連れていくわけにもいかず、その辺はしっかり出発前日にちゃんと言い含めたはずだったのだが・・・。


「私が騎士殿から食料の調達を任された部隊の指揮と運搬の護衛の為に第二層の中央街へ派遣される折に捉まって以来、何かとついて来るのだ。

全く、うっとおしくて溜まったものではない。ただでさえ遣いっ走りに甘んじていると言うのに。」

などとぶつぶつ言いながら、彼は立ち去って行った。

彼の仕事はこれで終わりのようだ。



「ねーねー、遊ぼうよッ、遊べなかった分だけいっぱい!!」

「あー、うん、俺今仕事中なんだけどなぁ・・・。」

正直こいつの面倒を見るのが俺の仕事みたいな感じになっていたのは暗黙の了解だが、今は戦時でここは最前線だ。

俺だけの判断では決めかねる。


「・・やっぱりダメ、なの・・・?」

ミネルヴァのうるうるとした無垢な瞳で見つめられると、罪悪感がひしひしと・・・。


「そうだよね、きちゃだめだって言われてたのに。だめだよね・・。」

しゅんとするミネルヴァ。

何とか声を掛けてみようとしたが。



「ミネルヴァ、何しているんだい?」

その時、本営からクラウンの奴が出てきた。


「あ、ドラゴンさんだッ、またご本読んでーッ!!」

すると、さっきの落ち込みようが嘘のように踵を返してクラウンの方に駆けて行った。


「・・・・・。」

現金な奴である。

きっと、ああすれば構って貰えるだろう、というのを学んだんだろう。

なんとも子供らしい仕草である。



「おいおい、僕らは今忙しいんだ。

まったく、勝手に追ってきて、仕方がないやつだなぁ。今日の夜に読んでやるから、それまでササカとでも遊んでな。」

「うんッ」

そしてこいつのいう事は素直に聞くのである。

子供相手とはいえ、無性に腹が立つのは仕方がないだろう。

俺はエクレシアのように子供が好きなわけではないのだ。



「なーんかせっかく来たのに、何だか死体臭いわぁ。」

「皆して一緒に出掛けたんだから、面白いことしてると思ってたのに。」

「死体なんてイタズラしてもつまらないわー。」

「お前らだな、こいつを唆したのは。」

俺はぎゃーぎゃーと喧しく騒いでる妖精どもを睨んでそう言った。

だが、その時ふと思った。



「お前ら、森のことで分からない事は無いよな?」

「そりゃあねー。うちら妖精だしー。」

「親兄弟親戚一同みたいなもんだよねー。」

「まあ、それは人間には分からない感覚よね。」

などと、妖精どもは当たり前のようにそう返事してきた。


「実はこの町の外にある森に幻術が掛かってるのか、入ると追い出されたりするんだ。

それで、これを何とかしたりできないか?」

「えー、めんどくさい。」

「別にいいけどさー、あんたら結局森の中荒らすじゃん?」

「うちらあれだしねー。仮にも妖精だしねー。そう言うの承諾しかねるっていうか。」

「ぶっちゃけ、なんでアタシらがあんた等の戦争なんかに手を貸さなきゃなんないってのよ。」

「戦争とかで主に被害を受けるのって私たちの森とか自然なんですけどー。」

なんか、殆どの妖精からマジレスされたんだけど。

こいつら普段は不真面目でいい加減なくせして、こういう時だけは正論言いやがるんだよな。

そして、こちらの正論は通用しない。こいつらに俺たちの価値観なんて無価値だからだ。


まあ、そんなことを考える俺はこいつらに頼る資格は無いんだろうけれど。




「では、お互いの利害の一致という方式ではどうかな?

お前たちもこの世に異常をきたした森が一つ増えたままと言うのは面白くないだろう?」

と、いきなり横から声を掛けてきた人物が居た。


「あ、あんたは・・」

「あれ、どっかで見た事が・・。」

「ほら忘れたの? この間までうちに居たじゃない。」

「ああッ!!」

そんな反応を見せる妖精たちに声を掛けた人物と言うのが、あの“権能部”のドレイクロードであった。



「お前たちは老のところの妖精だろう?

何が有ってこんなところをうろついているのかは知らないが、私はお前たちを保護してもらった恩義に答えるべきだとは思うがね。」

「むー・・・しょうがないわねー。」

「でもあいつらに素直に力を貸すのは癪だわ。」

「何か条件を出しましょう、そうしましょう。」

彼の説得に応じる気になったのか、妖精たちは円陣を組んでひそひそと話し合いを始めた。



「ねぇねぇこっちのドラゴンさん、あなたみんなのお知り合いなの?」

「老・・・? いや、違うな。これはどういう事だ・・?

・・・まあいい、私は以前、さる人間の高名な精霊魔術師の下で魔術を学んでいたのさ。

彼女らとはその時に知り合ったのさ、お嬢さん。」

最初は首を捻っていたが、わざわざ膝を折って目線を同じくしてまで彼はミネルヴァの質問に答えた。


「人間の下で!? いったいなぜそんなことを!?」

クラウンもその言葉に驚いたようだった。

俺も驚いた。あのプライドの高いドレイク族が人間の下で教えを乞うなんて、天地が引っくり返るようなことでも起こったのだろうか。



「同族よ。それは我らが族長、『マスターロード』に命じられて仕方がなくだ。

そもそもの始まりは彼がその魔術師の業を盗んで来いと仰られたのが原因でな、人間などに姿を窶してまで潜入することには当時は激しく不愉快であったのを覚えている。

尤も、わざわざそうしてまで潜入した挙句、その魔術師殿は一目で見破られ、あっさりとあの御方の手の物だとバレてしまったがね。」

「なにやってんだよあの親父・・・。」

「ああ、貴殿が族長のご子息殿か。どことなく面影が見えるよ。」

「嬉しくありませんね。」

頭に手をやってやれやれと首を振るクラウンは、どことなく遣る瀬無さそうである。


「それで、どうなったんですか?」

俺は気になって、思わず空気も読まずその話の先を訊いてしまった。



「彼は受け入れてくれたよ。ただし、この私を人間と同じ扱いとし、同門の師弟たちにも魔族であると明かさず、という事を前提にだが。

下等な人間どもと肩を並べて、あまつさえ人間の格好までするのは屈辱の極みであったが、すぐに気にならなくなったよ。

私が師と仰ぐことになった魔術師殿も、同門の師弟たちと魔術を学んでいるうちに彼らを侮れる存在ではないと気付いたのだよ。

私は同門の師弟の中でも抜群に秀でた才能を秘めていたが、彼らはあの手この手で私に迫ろうと努力していったのだ。

それを見て、だんだんと近づいてくる彼らの姿を見て、人類を対等な敵対種族であると認めたのさ。

だから、彼と技を磨き合うことを誇りに思うこともできた。

族長殿は、魔族だけでなく、人間の間にも通用する技術や知恵を持って人間に勝つ事こそが美しく完璧な勝利を得る方法だと仰られたからな。」

「何とも親父らしい・・・。」

クラウンのぼやきに俺も内心同意した。

単純な強者の理論にも彼独自の美意識が、その誇り高さが窺える。


俺は何となく、あの『マスターロード』が自らの強さを理由に魔王の候補として名乗りを挙げない理由が何となく理解できた気がした。



「私は六十年、人間としての大体の寿命と同じくらいの年月を過ごしてから、師の前から立ち去った。

最初にそう取り決めていたからな。だが、尾を引かれる思いとはこのことだろう。

師からは去り際に免許皆伝を賜ったが、まだまだ学ぶべきことは多かったと未だに思うのだよ。」

だから彼からは俺へ、人間に対して見下したような刺々しさが無かったのだろう。

彼がアンデッドの時に見せた魔術や城門の補強は、魔族の魔術とは思えなかったのもその為だろう。


人間の精霊魔術は祈願などで精霊に呼び掛ける為、局地的な災害みたいな超常現象などを起こすことが難しいらしい。

逆に、魔族のそれは彼ら魔族自身が精霊に近い存在の為、自らの半身を動かすように精霊を操れるから、攻撃的な現象も起こしやすいのだ。

前者は自分の能力以上の結果を起こすことが可能であるが、後者は自分の才能以上のことはできないと言う特徴もある。

と、師匠が言っていた。


だから、あの時見た炎の竜みたいな精霊の集合体は、その人間と魔族の精霊魔術の特徴から良いとこ取りするように改良されたものだったのだ。


凄まじい技術と叡智である。

クロムの奴が対抗意識を燃やしたのも分かる。彼は最高位に匹敵するか準ずるだろう、超一流の魔術師だ。

多分、今の俺とクラウンが束になっても勝てないと思う。



「ううむ、・・・君たちを見ていたら、柄にもなく昔語りなどしてしまったよ。

私の名はカンヘル。偉大なる師から授かった名だ。よく覚えておけ人間。もしかしたらお前を殺すかもしれない男の名だ。」

そう言って、ドレイクロードのカンヘルは俺ににやりと笑って見せた。


「俺も貴方を敵に回さないように努力しますよ。」

何と言うか、案外意地の悪い人のようだ。


彼は俺の反応を見て満足したのか、楽しそうに去って行った。



「うーん、つまり、あのひとは前におじさんのところにいたんだ。」

「まあ、そうらしいな。」

ミネルヴァにとっては、その事実だけが理解すれば良いようだった。

それにしても、そうなるとコイツはそのおじさんとやらの血筋という事になる。

以前クロムがすごい才能の持ち主だと言っていたが、やはり高名な魔術師の一族らしい。


こいつは完全にこっちに居ついて馴染んで居るため忘れていたが、帰らなくて大丈夫なのだろうか。

どうせまた周りの妖精どもに唆されて、遊びまわっているつもりなんだろうが。


機会があったら送り届けてやろう。




「よし、決まったわッ!!」

そして、ひそひそと話していた妖精たちの話が纏まったようだ。

皆のまとめ役であるフェアリーの通称ひーちゃんが、こほん、と咳払いをして、ミネルヴァを指差す。


「私たちがどこまで手伝うかは、彼女に一任するわ。」

「丸投げかよッ!!」

本当にこいつらはいい加減な連中である。



「えー、だって、うち等の依り代は彼女だしー。」

「どのみち私たちがオーケー出しても、ミネルヴァがダメならダメなわけだし。」

「ぶっちゃけ、めんどくさいし。」

「いつも通りでよくない? ってことになったわけ。」

「てか、これくらいの森林があれば、私ら普通に独立して動けるけどね。」

「お前らの正直さが清々しいと感じたのは今日が初めてだよッ」

この身長30センチの羽根つき薄着小人どもめ、ちっこい見た目のくせして言う事は大人顔負けの厚顔無恥さである。



「ミネルヴァの奴を戦場に連れて行くのはどうにも賛同できないが・・。」

「大丈夫よ。彼女も私たちと同じで、他人の生き死に程度でトラウマを負ったりしないわ。どうでもいいもの。」

「お前ら結局のところ、“植物”だもんな。」

多分に嫌味を込めてみたが、妖精どもはきゃらきゃらと仲間内で笑っている。

まあ、こいつらに他者の機微なんて理解できないだろうけれど。



「そう言うことで悪いがミネルヴァ、ちょっとばかし人助けの手伝いしてくれないか?」

「うん、いいよッ!!

それっていいことなんだよねッ、そうすればいっぱい遊んでくれるんだよねッ!!」

「ああ、勿論だよ。」

俺はミネルヴァの頭をごしゃごしゃと撫でた。

こいつは面白がってきゃーきゃー喚いているが、呑気なものである。



「ふむ、妖精が協力してくれるのなら心強いね。

まず、本体が進軍する前に事前調査をしないと。じゃあ、早速第四隊の連中を招集させて偵察させようか。」

成り行きを見守っていたクラウンがそこで口を開いた。


「どんどん親衛隊が便利屋扱いされていく・・・。」

「しょうがないじゃないか、僕の直属は今のところそいつらだけなんだから。

会議で作戦を提案し、それが承認されて部隊が編成され、そして実行までにどれだけ時間が掛かると思う?

それに敢えて言わなかったけれど、その間に色々と雑事が挟まっているんだ。」

「それは分かってるけどさ・・・。」

幾ら幹部だからと言って、勝手に指揮権の無い兵士を動かしてはいけないのは当然だ。

もしそうやって部隊を動かして被害が出ようものなら、それはそうした人物が殺害したも同然の扱いとなるのは自明の理である。


魔族に軍法があるかは知らないが、余裕で極刑ものの所業だ。



「僕は適当に兵站を用意しておいてあげるから、君は隊長に連絡して招集しておけよ。」

「分かったさ。あと、アンデッドと遭遇する可能性もあるからエクレシアと、調査も兼ねているから魔術的見地のあるクロムも連れて行っていいか?」

「ああ、構わないよ。情報は多い方が良いからね。

期限はそうだね・・・六時間くらいでいいか。“英雄”殿たちには、僕から言っておくよ。

補給物資の割り当てとか考え直しだから、どのみち部隊を動かすにあと半日はかかる試算だし。」

「了解。できる限りのことをしてみるさ。」

こうして、俺たちの次の任務が決まったのである。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




「正直、俺は水辺での戦闘の方が得意なんだけれどな・・・。」

「隊長まで愚痴らないでくださいよ。」

俺たち親衛隊第四隊+αは、現在森林を探索中である。


25メートル前後の樹高の森林の葉は生い茂り、ただでさえあの霧のせいで薄暗いと言うのに林冠は夜のような暗さと閉塞感を演出している。


「だがな、俺たちは元々平地での戦闘を得意としている機動力優先の部隊だ。

勿論森林戦が出来ないわけじゃない。それなりのやり方があるからな。だがそれで犠牲が出たら、そいつらに申し訳ないってことだ。」

万全な状態で戦わせてやれなかったわけだからな、と隊長は個の任務に不満そうである。



「まあまあ隊長、指揮官が愚痴なんてこぼしちゃ士気に関わりますよって。

ここは道の敵への名誉ある先鋒だって思えば良いじゃないですか。」

「はぁ・・・お前にそんなこと言われるとは、俺も焼きが回ったか。」

俺の励ましが功を奏したのか、隊長は力なく笑って下がっていた肩をしゃんと持ち直した。


「おーし、お前ら。アンデッドが出てきたら全員バラバラにしてやって、クラウン様たちに我らが魔王近衛兵団権能部に劣らぬ栄誉を示すぞ!!!」

隊長の鼓舞に、おおおおおぉぉぉぉーーー、と隊員たちの鬨が挙がる。


50人の大所帯は先まで戦勝ムードだけあって、士気は高いようだ。

アンデッドどもと遭遇を前提として居る為、最低限とは言えそれなりの人数だ。



「それで、どうなんだ? 何か分かったのか?」

「全然。今のところ幻術などに試みられているなんて反応は無いわ。」

クロムは羅針盤のような装置を片手に万華鏡らしき筒に片目を割いて、周囲の様子を観察している。


「もしかしたら、森に入る者を無差別じゃなくて、何らかの魔術でこちらを探知したら幻術を行使しているのかもね。」

「なるほどな。」

「今のところ、アンデッドのような不浄の存在の気配はしません。

それどころか、動物の気配まで・・・これは、不気味です。」

部隊の先頭に立つエクレシアも敵を探ってはいるが、彼女も何にも感じないらしい。

確かに、不気味だ。



「ほんと、何も無いわねー。気持ち悪い。」

「うん、私が知っているような森じゃないみたい。」

「鳥も、小動物も、小さな虫まで何一つ感じない。なんか、怖い。」

俺の隣で不安げに周りを見ながら歩いているミネルヴァの周りの妖精たちも、森の中の異常を訴えている。


「そうだね。ここ、へんだよ。

森のみんなの声、聞こえないもん。木もげんきないみたいだし。」

「既に我々は死の森の中という事か。各自警戒を厳にする様に伝えろ。」

隊長も慎重だ。自覚は無いがミネルヴァのスカウトとしての能力はずば抜けているのは、こいつの遊びに付き合わされている俺が十分承知だ。

俺は断言してもいい。ミネルヴァを富士の樹海の奥深くに放置してひと月経っても、こいつは絶対ピンピンしてるに違いない。


そんなこいつと、自然の意思そのものの妖精たちが不安を訴えている。

何も起こらぬと楽観できるほど馬鹿な奴は、この隊には居ない。



そして、程なくして異変に気付いたのは、ミネルヴァと妖精たちであった。


「なにここ・・・」

「ここって、さっきいた森と同じよね・・・?」

「何これ・・・森の中なのに、森の生気がまるでない。」

「おにいちゃん、わたしこんなの知らない。」

妖精たちがざわめき、ミネルヴァが俺の手に縋りついてくる。



「私、この感覚知っている。地上に居た頃、私の住んでた森がこんな風になって行ったの覚えてる。」

そして、妖精の一人がそう呟いた。


「空気が乾いて、生命の息吹が本当に小さくて、植物が育たなくなって、地面がひび割れて、雨が滅多に降らなくなるの。

そうなった場所を人間たちはここをこう呼んでいたわ。・・・・この森は砂漠化したって。」

俺は、いつの間にか喉がカラカラに乾いていたのを、その時初めて自覚した。



「もしかしてこれは、周囲の空間が書き換えられているの!?」

次に反応を示したのは、クロムだった。


「なんだそれ、幻術の一種か!?」

「幻術なんてちゃちなものじゃないわ。

別の位相に構築した空間をこっちに一時的に上書きしているわッ、ここが森なのは見せ掛けだけよッ!!

少しずつ水が染み渡るように侵食して至ったから、ここまで分からなかった・・・。」

私が空間系は得意じゃないのもあるけど、とクロムは悔しそうにぼやく。



「すでに敵の術中か・・・。

総員、戦闘態勢に移れッ、何が起きてもいいようにいつでも動けるようにしておけッ!!」

隊長の号令と共に、隊員たちが武器を構えていく。


「これは・・・。」

そしてそれに示し合わせたように、四方八方からアンデッドの腐臭が漂ってきた。

エクレシアも抜剣して周囲に感覚を研ぎ澄ましていく。



「囲まれているな。」

「ったく、冗談じゃねーぞ。いきなりこれかよ。」

森林を模ったこの場所の影から、次から次へとアンデッドたちが現れる。

隊長は腹を括った様だ。

そして。




「―――総員戦闘開始ッ!!

―――――死してなお戦いを辞めない無粋な戦闘狂どもに、誇りある俺たちの真の闘争を以て黄泉路へと案内してやれッ!!」

隊長は号令を発し、俺たちの遠征最初の戦いが始まった。






こんにちわ、ベイカーベイカーです。

ようやくストーリーが進みそうですね。ここはテンポよくしてもよかったのですが、そうなると最後の役者であるミネルヴァが投入する理由ができなくなるのですよ。

森の中は彼女の独壇場ですから、そこで活躍できないのは悲しいですからね。

さて、次はいよいよ初戦です。戦闘開始ですよ!!

ではまた次回。それでは。


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