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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
第五章 魔族戦乱
87/122

第七十話 『悪魔』と聖剣



『黒き赤文字の悪魔』は語る。

「僕こそは“絶対悪”。この世の悪の基準なのさ。

僕は悪の根源だから、この世の模範的な悪行は全部僕の許しが無ければならない。

だからこそ、僕が気に入らない“悪行”の存在は僕が赦さない。そのことごとくを滅ぼそう。

しかし僕は平和を齎さない。僕が望むのは混沌だ。僕を飽きさせない世界こそが、僕にとっての正しい『世界』だ。

――――さあ行こう、混沌に満ちた僕の往く道を。



・・・・うん、次に気に入った奴がいたらこう誘おう。」




              勧誘の際の彼の誘い文句より抜粋。









ドラッヘンとオリビアの決闘が終わると、周囲は静まり返った。

ただ、フリューゲンが倒れた彼を必死に気遣う声だけが響く。



「それで、どうだった?」

「お話にならないわね、歴代最弱だった十三番目より遥かに弱い。

五分の一程度の魂しかないのだから当然かもしれないけど。」

「そうだね、僕もあの破壊の権化みたいな魔王“ドレッドノート”と比べるのは可哀想かもだけど、今はこっちも何とも言えないね。」

だから、『悪魔』と“賢者”殿がそんな言葉を交わすのも聞こえていた。



「あれが、あの『黒き赤文字の悪魔』か。」

「ッ!?」

横から突然声が聞こえて思わず振り向くと、悪魔アルルーナがサイリスを伴って立っていた。


「知り合いなのか?」

「知識だけだが。基本的に悪魔とは元の属性や素質や伝承、そしてどれだけ知名度があるかで強さが決まる。

尤も、人としての属性を残した悪魔は珍しく、それ故に知名度の補正を得られなかったようだが、逆に我々のように極端に弱体化もしないのだろう。無名の身としては羨ましい限りだ。

その中でも奴の現世での名声は“魔界”にも届いていた。

だから最近“魔界”に流れ着いても一目置かれていたようだ。」

「貴女の言う最近って、何百年単位じゃない。」

横で聞いていたサイリスが呆れたよう口を挟んだ。



「“魔界”と現世では時間の概念が隔絶している。

それをこの世界の言語で説明するのは不可能だ。」

「ってか、サイリスも見てたのか?」

何だか面倒くさそうな話になりそうなので、こいつの話は無視してサイリスに話を振った。


「ええ、この騒ぎで気づかないはずがないでしょう。

しかし、いったいどうなってるのよ、あの女。本当に人間なの?」

「少なくとも、俺の知っている人間はあんな動きしない。」

最近その辺りの定義が俺の中で若干揺らいできてるような気がしないでもないが、その辺は考えないことにした。


さて、俺たちがこんな話をしている合間にも、向こうでも事態は進展し始めた。




「おのれッ、若を傷つけられ、おめおめ引き下がれるかッ」

なんと、フリューゲンが槍を引き抜き、オリビアに突き付けたのである。


「うわッ、僕からいうと嫌味になりそうだけれど、見苦しいよ。」

「黙れ、目の前で頭領がやられ、黙っていられる同族が居るとお思いかッ!!」

フリューゲンが血走った目で、『悪魔』に怒鳴りつけた。

オリビアは彼を守るように一直線上に立ちふさがった。


またもや一触即発の空気。

だが、それを破ったのは意外な人物だった。




「この唐変来がッ、騒いでる暇が有ったらさっさと治療するんだねぇ。」

ラミアの婆様だった。


彼女は殺気立つフリューゲンを押しのけると、てきぱきとドラッヘンの止血と治療をし始めた。


「す、済まない・・・。」

「なんでアタシに謝ってるのかねぇ。

それにしても、ガキのケンカにあんたみたいなジジイが首突っ込もうとするなんて、意外だよ。」

「だが。」

「いや、いい、爺さん。」

すると、たった今まで意識を失っているように見えたドラッヘンが、負傷していない片腕を上げてフリューゲンにそう言った。



「そいつらは俺を試すために挑発したんだ。

そして俺が力量を見誤っただけの話だ。いい経験になった。

それに、俺たちは元々が最底辺だ。メンツを取り戻すのはこれからだって遅くない。」

「若・・・。」

「へッ、柄にもなくブチ切れやがって・・・普段は巌のように冷静沈着なくせに。

爺さんにもそういうところがあるんだが。」

「うるさいぞ。」

かつん、と流れるような動作でフリューゲンが槍の石突きでドラッヘンの頭を小突いた。



「済まない、頭に血が上っていたようだ。」

「気にしなくていいよ。挑発したのはこっちだからね。

まさかあそこまで簡単に乗ってくるなんて、その辺は彼女を見習ったらどうだい?」

「きつく言い聞かせておこう。」

フリューゲンは苦虫を噛み潰したような表情になりながらも、引いたようだ。



「一つ聞かせてくれ、俺を・・・いや、俺だけじゃない。

俺やフウセンを挑発した理由はなんだ? 下手したら魔王への反逆を疑われかねないことだぞ。」

ドラッヘンは『悪魔』に向けてそう問うた。

この場合の魔王への反逆は、目の前の彼らのことではなく、象徴としての魔王のことだろう。



「僕の悪魔としての在り方は“魔界”より、こっちの現世の魔族に近い。

今回の魔王決定戦が終わり、無事魔王が決まると、魔王は魔族全体を招集するだろう。そして人類と戦うか否かを決めるはずだ。

それがいかなる理由によって人類と敵対するのか。それを知らずに戦わされるのは御免ってだけだよ。

最悪僕の美学に反する場合は、僕は“魔王の威光”の影響も受けにくいから、敵対することも辞さないだろう。」

彼の言葉に、周囲の魔族たちにどよめきが走った。


彼らにしてみれば、魔王に敵対するのは神への反逆に等しいだろう。

しかしそれでも、彼の言葉には魔王に対する一定の敬意があるのは見て取れる。

そんな奴がどうしてそんなことを、と周りの連中は困惑しているのだ。



「無意味な殺戮と破壊は、僕の美学に反する。それは僕が認めない、消え去るべき“悪行”だ。

そんなことを繰り返す魔族に対して、僕が敬愛する二番目の陛下の意見にはおおむね同意だけど、僕は魔族そのものをそれほど捨てたもんじゃないと思うんだよね。

今まで僕に従い、看取った五十六人の僕の従者の中にも何人かは魔族も居たし。そこのエリーシュもその一人だし。

だから君たちには頑張ってもらわないと。だってそうしないと、僕が僕の敬愛する陛下を止めなければならなくなるからね。」

『悪魔』は楽しそうに笑みを浮かべてそう言った。


「信じられない・・・お前のような魔族が居ると言うのか・・・。」

「僕のような魔族が居ないから、君らは陛下に見捨てられたじゃないのかい?」

驚愕の表情を浮かべるドラッヘンに、彼は皮肉るようにそう返した。



「ゴーイングマイウェイってやつさ。

魔族の連中に足らないのは、魔王の為ではなく、自分の為に自分が何をしたいかって欲望だよ。

魔王陛下の為、魔王陛下の為って、殉教者じゃあるまいし。だから君らは人間には敵わないんだ。」

くくく、と『悪魔』は笑う。人間だけでなく、魔族の価値観すらも彼は冒涜する。



「では、俺が魔王となった時、魔族の世界をそのように変えて見せよう。

俺は魔族を魔王に縛られる存在ではなく、魔族を個人として解放しよう。

それと同時に我ら一族は何者にも、ましてや人間などには決して劣らない者であると証明しよう。

そして、その暁にはお前を俺の前に傅かせて見せよう。」

それを聞いた『悪魔』は、驚いたようにドラッヘンを見やった。

そして、彼はにやりと笑った。




「それは止めた方がいいと思うよ。僕が納得する世界は秩序なんて言葉は無い。

だけどそれが実現した時は、僕は喜んで貴方の軍門へ下りましょう。」

『悪魔』は、ただただ楽しそうに笑っていた。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




「じゃ、僕たちはそろそろお暇しようか。」

決闘騒ぎが収束し、負傷したドラッヘンをフリューゲンが送り、周囲の魔族たちもぼちぼちと解散していった頃、彼はそう言った。


「マスター、観光はしないの?」

「まずは魔王候補全員と顔を合わせてからにしようよ。

あの獣は論外だけど、他の二人は話が出来そうだからね。」

「近いところだと第五層だけど、今あそこは死体まみれよ? あんな場所に本当に行くの?」

「仕方ないでしょ。正直、行くまでもない気もするけど。」

何だか嫌そうな顔をして『悪魔』は“賢者”殿とそんな話をし始めた。



「なあ、ちょっといいか?」

「ん? なにさ。」

自分でも怖いもの知らずだと思うが、思わぬ情報に俺は尋ねずには居られなかった。



「第五層にも魔王候補がいるって本当か?」

「ああ、そう言えばあそこは声明を発表したりしてないんだっけ?」

『悪魔』は納得したように頷いた。



「その情報はどこで?」

「うーん、これを言うのは何かフェアじゃない気もするけど、僕は君を気に入ってるから教えよう。

陛下だよ。僕が敬愛する陛下が教えてくれたんだ。だから地上の観光とか部下に買わせに行かせたビデオ鑑賞を後回しにしてまでこっちに出張ってるのさ。」

妙に俗っぽいが、それは無視して聞き捨てならない言葉が出た。


「二番目の魔王が言ったのですか・・?」

「間違いないよ、『肉体』の“断片”保有者だって話さ。」

念を押すようにエクレシアが尋ねると、彼は大きく頷いた。


俺はクラウンやラミアの婆さま達を見まわした。

彼らは俺に頷き返してくる。

あくまで消去法ゆえの未確認情報だったが故に、ここに来て確定と言うのは大きい。




「そしてこれが笑えるんだけど、よりにもよってその『肉体』の“断片”の保有者っていうのがこの世界の“原生”たる吸血鬼だっていうのがね。」

そして、とんでもない情報まで彼は落としていった。


俺たちは全員、例外なくその話の内容に驚愕した。



「何でも、あの“流血公”の娘にやられて転生した時にくっついて来ったみたいだよ。」

「“流血公”・・?」

「かつての魔術師の世界で実在したと言う、こちらで言えばドラキュラに匹敵する知名度を誇る吸血鬼のことですよ。

その娘と言うのが、かの“ノーブルブラッド”の首領をしているというのはこの業界では有名な話です。」

知らない名に首を捻る俺に、エクレシアが補足してくれた。


「“流血公”の話は僕も知っているよ。魔族でもポピュラーな偉人の名前だからね。」

そしてクラウンがそう付け足した。

どうやら魔族でも有名な名前らしい。


公というくらいだから、“公爵”の位階を得ていたのかもしれない。

そうでもなければ、魔族に偉人扱いされる所以が思い当らない。



「え、魔族ではそういう扱いだったんだ?

どうしよう、成り行きで敵対したあの時にぶっ殺してなければ、今も生きてたかな?」

「さあ?」

『悪魔』と“賢者”殿が何だかとんでもないことをさらっとまた言った気がするが、もういちいち気にするのは止めることにした。



「因果なものだね。この世界の吸血鬼の概念が具現化したような存在が、魔王の“断片”を得るなんて。

吸血の強みも弱みも全てひっくるめた存在だってのに、弱みが消えて不死性が増大したところで何になるのやら。

いやでも、もしかしたら最近では日の光を浴びても死なない吸血鬼の創作も多くなってるらしいし、その影響を受けてしまったのかもね。」

「その加護を受けた眷属は、さぞ強大な力を得るのでしょうね。」

「あれ、もしそいつが本気になったら詰むんじゃないかな?

話によると、かの“原生”は魔族すら吸血鬼化させられるらしいじゃないか。」

「となると、戦力はほぼ無限ね。目下最有力候補かしら。」

そしてとてつもなく恐ろしい想像を、この『悪魔』と“賢者”殿は笑って話す。


エクレシアなんて顔面蒼白になっているというのに。



「ねえメイさん。どうして地上が吸血鬼とその眷属で溢れかえらないか疑問だと思いませんか?」

「ああ、そう言えば理論上だと一月くらいで倍々ゲームの要領で吸血鬼が増えると、人類は全滅するってやつか?」

「ええ、吸血鬼と言うのは基本的に人間のような魔力抵抗の低い生物しか吸血鬼化できません。

大元の“真祖”と呼ばれる吸血鬼の性能にも依りますが、基本的にその眷属はその血を劣化して受け継ぐのです。

そうなると、大元が可能な生物より弱い生物か、思考能力の皆無な低俗なアンデッドとして蘇生させ使役するぐらいの能力しかないのですよ。

しかし、魔王が吸血鬼だったら?

その力を劣化して受け継いでも、眷属が魔族すら容易に吸血鬼化できるというのなら・・・。」

「第五層の連中が苦戦しているのも納得できる理由になるね。

幾ら物量があれど、低俗なアンデッド如きに後れを取るほど魔族は弱くは無い。」

今まで不思議だったんだ、とクラウンはエクレシアの想像を肯定した。


もしかしたら、クロムはこの事態をある程度予測していたのかもしれない。

消去法とは言えど、そう彼女が結論付ける根拠は必要だ。



俺も数回ほど、アンデッドの相手をしたことがある。

隊長との偵察部隊時代に、警邏の時にアンデッドが発生したとして、その退治の後にエクレシアに対処してもらった、という事が何度かあった。


その時、お世辞にも、アンデッドが強かったとは言えなかった。

なにせ、脳みそが腐って判断能力が無いに等しく、元の体が魔族と言えども怨念だけで動く死体は近づくものに襲い掛かるだけと言う存在にしか過ぎない。


吸血鬼が魔王の断片を有しているのだとしたら、アンデッドの大量発生と集団行動にも納得がいくと言うものだ。




「まあ、アンデッドと区別がつかないんじゃ、そこまで恐れるような事態にはならないと思うけれどね。」

俺たちの話を聞いていたのか『悪魔』は笑ってそう言った。


すると、彼はそうだ、と言ってポンと手を叩いた。



「ねぇねぇ“ツギハギ”。」

「もしかして、私のことですか?」

「そうそう、ねえ、君は奇跡を信じるかい?」

「ええ、信じていますよ。」

ツギハギ、と呼ばれたエクレシアは不快を露わにしながらも、そう答えた。



「じゃあ、せいぜい絶望しないことだ。

奇跡なんて仕組みは、所詮舞台装置でしかないんだから。

そんな君に、これをプレゼントしよう。」

彼はそう言うと、オリビアに向けて合図をするように顎をしゃくった。


すると、彼女はナイフを一閃した。

ぱっくり、と空間が上下に割れ、言葉では表現できない空間へと繋がった。


彼はそんな得体のしれない場所に手を突っ込んで、ぐるぐると腕を回すと、何かを掴んで引き寄せてきた。

引き裂かれた空間が閉じる。



『悪魔』が掴んでいたのは、剣だった。

白い、十字架のような柄と鍔を持つ、ロングソードだ。

それだけならまだ意匠の凝らした、ただの剣の範疇だろう。


だがそれは、普通ではなかった。

その剣の刀身がこちらの空間に現れた瞬間、一瞬で周囲の空気が変わったのだ。


それはまるで、巨大で歴史ある荘厳な神聖な教会を前にしたかのような圧倒的な存在感を持つ、今すぐにでも跪き神の慈悲を乞いたくなるような、そんな後光すら見える剣だった。


そして、それを持つ彼の手は、まるで熱した鉄でも持っているかのような音と共に煙が出ている。



「それ、は・・・。」

その剣の登場に、エクレシアの眼を見開いた。



「三剣八玉と言う言葉がある。

魔術師たちがこの世界に来る前に居たその世界で、至宝を表す言葉だ。

これはその三振りの聖剣の一つ。

“移動できる聖地”、聖剣ロストサンクチュアリだ。」

『悪魔』はそう言うと、地面にそれを突き刺して、煙の出ていた手から熱を飛ばすように何度も振った。



「なぜ、こんな聖遺物に匹敵する秘宝を『悪魔』と呼ばれる貴方が・・・。」

「僕は刀剣コレクターでね。特に人の魂の宿った魔剣なんかが大好物なのさ。

これもそのうちの一振りだよ。

たまたま手にする機会が有ったってだけでね、別にこれが欲しかったからかつての世界の聖地に入って滅ぼしたわけじゃないよ?

前にそれで勘違いされて襲われたことが有ってね。」

妙なことに対して念を押すが、彼はエクレシアの質問には全く答えていなかった。




「これを使えば、最上級の神聖魔術である“聖域”が発動する。

本来なら何百人がかりの儀式で可能になる大魔術を、なんと念じるだけで半径一キロの不浄な存在や魔性の存在を片っ端から即座に浄化してくれるのです。

これを君が受け取り、使えてしまったらもう後には引けないし、多分破滅的な死が訪れるだろう。

なぜなら、これは聖剣なんて言ってるけど“魔剣”の一種に違いないからだ。

これは予言だよ。悪魔の予言さ。」

「使う使わない、使える使えない、はともかく、これは回収させてもらいます。

これはどこかに厳重に保管されるべきです。これは常に持っていていい物ではありません。」

「いいよ、僕は君にあげたんだ。保管しようが捨てようが、好きにすると良い。」

だけど、と『悪魔』は心底楽しそうに笑いながら、確信を持った風に言う。


エクレシアが、地面に突き刺さった聖剣の柄に手を伸ばす。

俺は、待てッ、と彼の笑みを見てエクレシアに言おうとした。


だけど、その時、その聖剣がなぜか、俺を睨んだような気がして、喉元から出かかった言葉が詰まってしまった。



「君は使うよ。

その剣は、君を見つけてしまったからね。

人が剣を選ぶように、剣も人を選ぶんだよ。自分を使う者の素質を、そして持ち主を使うのさ。」

エクレシアは、聖剣の柄を手に取った。


なぜだろう、この上なく神聖な行為の筈なのに、あの『悪魔』がにやにやと笑って見ているだけで、途轍もなく不安になり、冒涜的な儀式の手伝いをさせられているような気分になるのは。

俺は喉が渇き、口の奥が張り付いたような感触を覚えた。



「ええ、使うでしょう。

ですが、それが誰かの為になるのなら。」

「君はすごいね。自分も知らない誰かの為に尽くせるんだから。」

じゃあ僕は帰るよ、と言って『悪魔』は踵を返した。

二人の従者も、それに追従していく。


彼らが城門から出て、姿が消えた頃。



「私は所属の関係から、何度か本物の聖遺物を目にしてきました。」

聖剣を大切そうに布に包むと、それを見つめたままエクレシアがぽつりと呟く。


エクレシアの所属する聖堂騎士団の前身が、かの有名なテンプル騎士団だと言う。

彼らは幾つもの聖遺物を有していたという伝説があるのだ。



「ですが、この世に無い方がいいと思える物は初めてです。」

彼女に、そうとまで言わしめる、聖なる剣。

不思議と偽物とは思わない。その圧迫感を、自身を本物の聖剣であると主張している。



「聖剣ロストサンクチュアリか・・・安直な名前のくせにすごい力が有りそうだな。」

この世に物語は数あれど、悪魔から聖剣を貰うなんてことはそうそうないだろう。

まさに事実は小説より奇なり、である。


「そして、失われた聖地・・・その名に込められた意味合いは大きい。」

「そんな大仰な物なのかね?」

「ええ、もしこれが千年前に地上にあれば、それだけでその国や場所に聖戦を仕掛ける理由になります。

この剣がある所を聖地と成す、そう刀身に刻まれていました。

聖地が聖地であるには、必ず理由が有ります。この剣は、その理由そのものになるでしょう。

即ち、この剣は“奇跡”という現象そのものであることに他なりません。」

それを聞いて、俺は絶句した。


人間は“聖地”という言葉が大好きだ。

人類はその“聖地”を廻り、どれほどの血を流して来たかは歴史が証明してきたことである。


そして、動ない土地であるはずのそれを、剣の形にしたのがそれである。



それが、この世に無い方がいい、とまで敬虔なエクレシアに言わせた代物の正体である。

この聖なる魔剣は、“奇跡”と同時に人間の愚かな争いまで司っているのだ。


これは確かに対アンデッドで決定打足りえるだろう。

現状、手におえずに竜の炎で焼き尽くすと言う乱暴な解決手段しか見いだせていない現状では、またに降って湧いた神の答えと言えるべき代物だ。



だが、どうしてだろう。

とてもそれを、歓迎する気に成れないのは。






・・・・

・・・・・

・・・・・・





「本当に良かったですか、マスター?

聖剣を彼女に渡してしまうなんて。」

町から離れた頃、背後を追従するオリビアが『悪魔』に問うた。



「良いんだよ。僕は彼女を気に入ったからね。

どうせ僕には使えないし。必要としている奴が使えばいいんだよ。

勿論、アレは僕の大事なコレクションだから、必要無くなったら返してもらうつもりだけれど。」

肩を震わせて笑う彼の考えは、とてもでは後姿だけでは分からない。


「本当は、彼女への当て付けでしょ?」

「あ、分かる?

聞けば彼女はあのデビルサモナーと因縁があるらしいじゃないか。

となれば、あの剣はどうしても必要になるだろう。なにせ、そういう因縁のある剣なんだからね。」

「あはははは、悪趣味極まりないわね。」

そう言う“魔女”の声は、可笑しそうだった。


「あの二人がどういう行く末に至るかは実に興味深いけれど、それは追々にしようか。

一先ず、魔王候補に会いにいこうか。僕が復活して早々にこんなイベントを催してくれるなんて、僕の敬愛する陛下も粋だよね。

これは思う存分かき回して楽しめってことだよね。あははは、どうしてくれようかな。」

「神官騎士の彼女はともかく、もう一人の彼ってあの人間よね?

それなりに才能は有りそうだけれど、マスターの興味を引ける相手なのかしら。」

「君には分からないかな?

アレは英雄の素質を持っているよ。僕は一目見るだけで分かったけど。」

「へぇ、あの人間がねぇ。」

「エリーシュ。アレは君の天敵なんだから、危機感ぐらい持ちなよ。」

「ええ、そうね。魔女は昔から英雄に倒される運命にあるんだもの。」

くすくす、と“魔女”エリーシュは口元に笑みを深めた。



「私にも、彼が英雄の素質を持ち合わせているようには見えませんでしたが。」

「はぁ、これだからオリビアは。

未来視の魔眼をここまで持ち腐れするなんて君くらいだよ。相変わらず人を見る目は無いんだね。

そんなんだから僕を見つけるまでアホみたいな時間が掛かったんだよ。だから君は片づけもへたくそなんだよ。君は絶対部屋の中は散らかしてるタイプでしょ。」

オリビアが相手となると、彼女を見ることなく一転してズタボロに罵倒する『悪魔』。



「あれほど英雄らしい男はいないよ。」

「はぁ・・。」

彼の彼女に対する理不尽な暴言はいつものことなので、オリビアは軽くスルーした。



「推理小説で、事件が起こる前に物事を解決してしまう探偵がいるかい?

奇をてらった物語としてはありかもだけど、そうなると盛り上がりが欠けるだろう?

探偵は常に受動的でなければならない。依頼を受けて、事件を嗅ぎまわり、最終的には犯人を追いつめる。

英雄も同じだ。災厄が起こり、人々に乞われてそこに向かい、その根源を薙ぎ倒す。

そこに能動的な欲が有ってはいけないのさ。名誉だとか、お金だとか、そう言うのではなく、ただ乞われたからそうするんだ。

そこに善悪が介在する必要はない。名探偵の周りが常に事件が起こるように、英雄の周りは常に災厄が起こり、その度に誰かを窮地から救う。

そのサイクルを形成できる者を英雄と呼ぶのさ。偉業を成したから英雄と呼ばれるのは、それは単なる後付けに過ぎないのさ。

僕はもっと、本質的な話をしているんだ。誰にでも祭り上げられる“称号”の話をしているんじゃない。

苦労性だ、と言ってしまえばそれまでだけれど、そう言うのが英雄に必要とされる素質じゃないのかな?

そしてそのサイクルを経てなお折れず、曲がらず、挫けずに居られたものこそ、本当に“英雄”って呼ばれるんじゃないのかな? 僕はそう思うよ。」

「彼にはその素質がある、と?」

彼はお喋りなのでオリビアは興味が無くとも相槌を打った。



「人間と言う生き物は社会的な生き物である以上、その行為は必ず社会的な結末に到達する。

だけど彼は、人間だ。魔族の社会に対して貢献するべきことなんて何一つありはしない。

情けは人の為ならずと言うけれど、究極的に、彼はそういう意味では巡り巡って得をしないんだ。

彼は自分の為と言いつつ、殆ど無償に魔族に与していると言っていいだろう。それで僕がさっき言った事柄に当て嵌まる。」

「まるでボランティアのように、無償労働をすれば英雄なのですか?」

興味が無いと悟られて拗ねられると困るので、オリビアはさも話は聞いていますよ的な質問をした。


「いいや。僕はね、環境が英雄を生み出すと考える。一般人と彼との違いはそれだ。

この環境は、彼を英雄に仕立て上げるだろう。

だけど、彼は魔族の中で得られる物は無い。少なくとも、今の魔族の社会では。」

「じゃあマスターは、これからの魔族には期待しているのかしら?」

そこでエリーシュが口を挟んだ。



「そうだね。君が『マスターロード』に魔族の未来を託したように、僕も期待してみようかな。

この混沌とした魔族の情勢がどう動くのか、どこの誰がどのようにして王位を勝ち取り、どんな世界をこの地球と言う星に齎すのか・・・考えるだけで、面白そうだ。

さしあたっては、まずは“連中”に情報を流そうか。」

「連中?」

「彼女たちに決まってるじゃないか。何のためにここで情報収集したと思っているんだい。」

「ああ、なるほど。そういう方向に持っていくのね。」

「まあね、だって彼女らも決して無関係じゃないだろ?

だったらまず、この情報を流して出方を見ようじゃないか。きっと面白くなる。」

「そうね。」

うふふふ、あはははは、と“魔女”と『悪魔』の笑い声が平原に響いて、そして消えてった。








皆さん、メリークリスマス。いかがお過ごしでしょうか。

私は三年ぶりに家族とクリスマスを過ごせました。

今年の更新はよくてあと一回くらいでしょうか。多分年末に相応しくない先の外伝の後篇になるでしょう。

本来なら先にそっちを書くべきなんでしょうが、私はインスピレーションとモチベーションの赴くまま執筆することしかできません。

というわけで、外伝の後篇は次回になるでしょう。ちなみに、内容の関係上、中編が来る何てオチはありません。きっちり前後篇で終わるでしょう。

それでは、また。次回!!


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