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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
幕間 弟子入り編
81/122

幕間 死神と弟子入り その四




「あ、師匠。それにメ・・ササカ君やないか。そっちは終わったん?」

「ああ、うん、まあ・・・。」

これからの師匠に振り回されることを想像していた俺はフウセンに曖昧に頷いた。



“スラッグショット”部隊の連中との模擬戦の後、俺と師匠は射撃場らしき平原に来ていた。

そこには複数の計測器らしき機械に向かって作業をしている作業員担当の“彼女”たちが数人と、パラソルの下で折りたたみ式の椅子に座っているフウセンがいた。



「データ見せて。」

「ええ、すごいわよ。」

師匠は全く同じ顔の“自分”から資料を受け取ると、それに目を落とす。


「魔力転換効率99.82%・・・体内の魔力伝導率99.98%・・内在総魔力量103万2200MP・・瞬間最大出力17万MP・・・人間じゃないわね。」

「そ、それって凄いんですかね。」

あからさまな師匠の態度に、俺はフウセンに気を遣って被せるようそう言った。


「私の魔力が大体数字にすると5400MP、彼女はその191倍よ。」

「うぇ・・・」

師匠が191人分、それがフウセンの魔力だという。

・・・確かに人間じゃない。



ちなみに俺の最大魔力貯蔵量は1500MPぐらいらしい、平均的な一般人の3倍くらいの数値だという。

地上の一般人からすればかなりの優良個体だと師匠に褒められた。

地上にも魔術師は結構いるみたいだし、祖先に魔術師でも居たのかもしれない。



「まさに人間魔力よ。転換効率も基準は理論上の人間の限界を100%としているけど、これで魔王の肉体を得たのなら一体どうなるのか分からないわね。

・・・もしかしたら200%や300%も行くかもね。」

「魔力の転換効率ってあれやよね、一定量の魔力をどれだけ現象に転換できるかの効率・・でしたよね。

これが高ければ、より少ない魔力で魔術を扱え、より速く魔術を行使できる・・・ですよね。」

フウセンが頭に手にやり顔を顰めながらそう言った。

一応覚えさせられたことは無駄にならなかったようだ。



「ええ。人体の魔力効率は極めて悪いわ。

一般人の平均が5%前後、一代から三代までの年月を重ねた魔術師が精々15%前後よ。

この転換効率がだいたい35%を超えると、無詠唱や魔術の瞬間発動の負担が激減して、魔術師として一流と言えるレベルね。

この私ですら50%を超えられないわ。でも極めたと言えるレベルなの。

それ以上は物質的な制約がある以上は、超えるのはほぼ不可能なの。

それこそ、死んで肉体から離脱するようなことが無ければね。」

「えッ、ウチって死んでるん!?」

「いや、比喩だから。」

フウセンにつっこみを入れながら、俺は師匠の顔色を窺う。


良かった。丁度一区切りしたのか、師匠は不機嫌そうにしていない。



「これじゃあ私の教えることの半分は不必要ね。

こういうのは魔術行使とか修行とかすれば、肉体と魔力の親和性が上昇して微量ずつながら伸びたりするわ。

貴方も最低でも35%の大台を超えてもらわなきゃ話にならないわ。」

「ちなみに俺の変換効率は?」

「さっき調べておいたわ。ええと、・・・だいたい8.45%ね。

この2か月の間に肉体を酷使し続けながら魔術を使い続けたらしいから、割と伸びてるわね。」

「しょっぺぇ・・・。」

まあ、そんなもんだろうとは思ったが。



「これは才能に依りにくい、純粋な魔力の技量の評価でもあるのよ。

でも実は裏技があってね、産まれる前に魔術的な施術で生まれながらに底上げすることができるのよ。

ちなみに私は生まれた時すでに30%を超えていたわ。」

「ず、ずるい・・。」

「魔術っていうのはそういう世界なのよ。

だって、いちいち魔術を弟子に相伝させるのに一生掛かってちゃ、研究なんてできないじゃない。」

確かにその通りである。

魔術の習得に何十年も掛かったら、本分である真理の探究ができない。


それらを短縮する技術もあるのだろう。



「それに私の家は人間の肉体を熟知しているもの。

私の家はそうやって代々、高い才能を誇る魂を有する肉体の器を作成してきた、それぐらい余裕よ。

そしてそれを、貴方に後天的に付与させることもね。」

「えッ、できるんですか!?」

「あくまで親和性を高め易くするぐらいだけど、するとしないでは10倍くらいの開きがあるわ。

そのあと、転換効率の高め方を改めて教えるわ。」

「すげぇ・・。」

流石は師匠である。性格は破綻してるがこと魔術に関しては超凄い。

・・・今、自分のボキャブラリーの無さに悲しくなった。



「え、でも、・・・良いんですか?

こういう基礎はしっかり一から学んだ方が・・。」

「馬鹿ね、一から十まで、学び始めからコツを掴むまでが一番時間が掛かるのよ。

そんなその辺の凡人みたいな苦労、なんで私たちのような選ばれた人間をしないといけないのよ。

一から十までは私が叩き込むわ、十から百までは自分で極めればいいの。」

「は、はぁ・・。」

師匠の辞書に卑怯だとかフェアプレーだとか、そういう文字は無いらしい。

本当に苦労なんて知らない、根っからの貴族なんだなぁ・・。



「あとは魔力の伝導効率も細工しましょう。肉体が魔力をどれだけ抵抗なく運用できるかは重要だし。

でもこれは生まれ持っての肉体がものをいうから、後天的に伸ばせないし。

転換効率のも一緒に手術でなんとかするわ。」

「え、手術・・?」

「痛くしないと覚えませぬってね。魔術で人体の細胞を変質させて改造するんだから、そりゃあ痛いわよ。

でもまあ、何の代償もなく得られる力なんて無いってことで。」

「えええぇぇ!?」

俺が師匠の言葉に硬直していると、両側から“彼女”にがっしりと腕を掴まれた。



「改造手術一丁入りまーす♪」

「手術いっきまーす!!」

二人とも、妙にノリノリだった。


「し、ししょう・・これ、せいしんせかいだから・・・。」

「安心して、現実の肉体にちゃんと反映する魔術的な手術だから。

ま、ちょっと全身が焼かれてのた打ち回るくらいの痛さだから平気平気。」

俺はずるずると引きずられながら恐怖で呂律が回っていないし舌で言葉を出すが、師匠は笑顔で手を振って送り出す。


「が、がんばってな~・・・」

頼みの綱であるフウセンも、引き攣った笑顔でそう言った。



すぐに視界が手術室みたいな場所に代わっていた。

俺はすぐさま手術台に押し付けられ、ボールのギャグを口に押し込まれ、拘束具を取り付けられた。


すぐさま、ゴムの青い手術衣を着た“彼女”たちに取り囲まれた。


「ん~ん~!!」

「どれくらいまでやっちゃっていいんだっけ?」

「どりあえず、体質の変化よ。主に魔力の運用に適した肉体に改造して、魔力伝導率を上昇。

そして魔力転換効率を上げやすくする予定よ。」

「うーん、この肉体はもう成長し切ってるみたいだし、神経系を全部擬似的な神経繊維に変えちゃってもいいわよね?」

「そうね、どうせだから魔力炉の増槽と強化もしちゃう?

流石に魔力の最大内臓量が1500MPとかじゃ、土壇場で不安になるでしょうから。」

「いいわね、そう言えばこの子頭が悪いから、脳の学習機能も弄りましょう。」

「ん!? ん~!!」

白いマスクの下でなんて言葉を吐きやがるんだこいつらは!?


俺の精神が、今まで感じたことのないような恐怖を訴えているッ!!!

マジモノの改造手術をおっぱじめようとしてないか!?



「暴れなくていいわよ、文字通り、頭のデキを練成して良くするだけだから・・。

その為に全部の脳細胞を書き換えするから、意識はこっちの記憶装置に移動させて精神を分離するわね。」

「よかったわね、声で貴方も天才の仲間入りよ。これで貴方の学の浅さもすぐに解消するわ。

あ、でも後天的な天才は秀才って呼ぶんだっけ?」

「とりあえず、先に言われたことをしましょう。霊媒手術で神経を全部張り替えるわよ。

それの癒着が完了次第、心臓に施術して魔力炉の増槽と強化、血流に異常が発生しないのなら、続けて脳細胞の練成。この手順で行くわよ。」

「そうだ、どうせだから、肉体を魔術行使の負荷に耐えられるようにしない?

将来も見据えて障害が出ない程度に遺伝子操作しちゃいましょう。」

「そうまですると手間が格段に増えるけど、いいわね、どうせだからやっちゃいましょう。」

なぜだろう、さっきから“どうせだから”と言う単語が出るたびに、不穏な手術内容が追加されていくのは・・・。



「そう言えば、この手の改造手術って、男性にするのは初めてよね?」

「んッ!?」

「そう言えばそうね。」

「きゃッ♪ そう言えば初体験ね。」

「でもまあ、男の体なら子供から老人まで腐るほどバラしたけどね。」

「それも、半分は生きながらね♪」

「真理の為の人柱になった彼らは立派に私の糧になったわ、魂までじっくりと有効利用させてもらったもの。」

こいつら、絵に書いたようなマッドだ。


「はいはい、無駄話はそれまで。そろそろ意識をシャットダウンしまーす。

意識は無くても痛がると思うけど、有ったら多分発狂するだろうから、それでいいわよね?」

「んん~!! んん~!! んん・・・。」

ああ、意識がだんだん遠のいていく。


俺が目を覚めたら、俺は俺でなくなるかもしれないというのに・・・。



それと、無駄話を諌められておきながら、遠のく意識の外でペチャクチャペチャクチャうるさいんだけど。

あんたらは面白半分でやってるんだろうけれど、こっちは人生掛かってるんだけど!!


このまま意識がブラックアウトする・・・と、思ったら、何だかぼんやりと手術の様子が見える。


半覚醒状態とでもいうのか、きっとわざとこんな感じにしたに違いない。


そう思っていると、俺の体に激痛が走った。



口が開けば絶叫しているだろう。


“彼女”たちは、メスを使わず、体に手を直接差し入れ、傷を付けずに俺の体を弄繰り回している。

俺の神経を直接触れて、別の性質に変化させているのだ。


痛いなんてもんじゃない。拷問だ。

神経は刺激を直接脳に伝える器官だ、それに触れられて痛くないわけがない。



きっと、あの悪魔に拷問されたエクレシアもこのような状態だったのだろう。

気絶したくてもできない、まさにこれは拷問だった。


全身に痛みが、間断なく襲い掛かる。

俺の体は俺の意思を無視して暴れるが、すぐに何かしらの魔術で抑え込まれた。


あまりにも生命の営みから外れた、冒涜的な施術が続く。



気力だけで耐えようとしていた俺の意識は、だんだんと朦朧としてぼんやりとしてきた。

ずっと、エクレシアのことだけを考えて、耐えてきた。




いったいどれだけの時間が過ぎたのか。






「・・・起き・・ださ・・」

誰だろうか、俺を呼ぶ声がする。


「・・起きて・・い・・」

なぜだろう、愛しい声がする。



「起き・・ださい・・」

幻聴だろうか、エクレシアの声がする。



「起きてくださいッ、メイさん!!」

いや、確かに聞こえる。


「メイさんッ、メイさんッ!!」

幻聴じゃ、ない。





「ッ、は!?」

そして俺は覚醒した。


「メイさんッ!!」

気が付けば、俺はエクレシアに抱きしめられていた。

確かに、そこにいた。


ここは仮想空間のはずで、なんで彼女がここにいるんだろうか。



「なんでも、現実で貴方に異変が起こったから、貴方の親友のドレイクにあのカードを借りてこっちに殴りこんできたのよ。」

エクレシアの肩越しに、師匠が見えた。

そう言えば、クラウンの奴に渡してたな、あのカード。



「ごめんなさいね、最低限だけでよかったのにあの娘たち余計なことしちゃったみたいね。

正直、廃人に成りかけてたわ。彼女が入ってきて、私が気づいたから寸前で意識を切り離せたから何とかなったけど、いやぁ、我ながら自分の好奇心を甘く見ていたわ。

私に弟子ができて、それを弄っていいなんて言ったら、普通は好きにしちゃうもの。」

「師匠、そういうのばっかりですね・・・。」

開き直って全く悪びれる様子の無い師匠の態度に、その言葉がどこまで本当かは分からない。

けど俺は、師匠を疑わないことにした。

もうそういうものは前提だと、諦めることにした。


この道を決めたのは俺だ。

飛び切りの最短ルート、飛び切りの強さと真理への道。



「でも、強くなれるんでしょう?」

「バッチリ。今の貴方の体は数代を重ねた魔術師に匹敵するわ。」

そいつはすげぇや。


「ごめんな、心配かけた。」

また、泣かせちゃった。



「良いんです、良いんですよ、無理しなくても、無理して強くなろうとしなくても・・・私が、私が守るからッ・・」

「それは無理だよ、だって俺、男だもん。」

強くなる理由に、君もあるんだから。



「お熱いことで。」

師匠が口笛を吹いて茶化してくる。


「あ、目ぇ覚めたん?」

すると、フウセンも俺が起きたことに気づいたのか、こっちに歩み寄ってきた。



よく周りを見渡すと、さっきの射撃場みたいな場所だった。


「とにかく、気が済んだら魔術を試してみると良いわ。・・・世界が違うわよ。」

「ああ・・。」

俺はエクレシアの背中を擦って宥めながら頷いた。


「彼に何かあったら、赦さない・・・。」

「分かってるわよ、それに私たちは契約まで交わして取った弟子よ。」

涙を目元に湛えたままキッとエクレシアに睨まれて、後退って両手を上げる師匠。


ていうかエクレシアのこんな低い声、初めて聴いた。

なんか、こうキリリとした顔も可愛い。



「この後は肉体の調整を行うわ。

現実で目が覚めるまでにはその体の扱いに慣れてもらわなきゃ。」

「分かりました。」

「そしたら、明日も実戦よ。相手を見繕っておくから、覚悟するように。」

「はい。」

「私も立ち会います。よろしいでしょうか?」

「えッ?」

俺は突然のエクレシアの言葉に、思わず彼女の顔を凝視した。



「むしろ参加してくれても構わないわよ?

二人ともペアで行動することも多いようだし、連携とかの確認なんかは実際に確かめないと案外分からないものだしね。」

そして師匠はエクレシアの参加に好意的だった。


「え、良いんですか・・!?」

「察しなさいよ。彼女も、置いて行かれるのは怖いのよ。」

いや師匠、分かってないわねぇ、みたいな顔で言われても困るんだが。



「ほら、いつまで抱き合っているのよ。そろそろ調整と訓練を始めるわよ。」

「あ、はい。」

とは言いつつも、師匠の顔はニヤついている。


「あと、少しよろしいでしょうか。実は相談があるのです。

現実ではなかなか機会が無いのですが、ここではゆっくり話せそうですし。」

「私でいいのかしら? 貴女が懇意にしている№382でもいいのよ?」

№382とは、恐らくクロムのことだろう。

師匠の言葉に、いいえ、とエクレシアは首を横に振った。



「術式に関する相談ですので。

それにしても、貴女方は全て同一人物なのでしょう?

その辺りはきっちりと分けているのですか?」

「ええ、“私”たちは毎日同じ時間に同じものを食べて、同じような体調になるように肉体を調節して、生理現象も全て同じように発生するようにしているけど、基本的には別の選択肢を選んだ者同士。

私と貴方は仲よくできないように、全く同一でも記憶や行動の結果が異なれば、それは客観的には“別人”なのよ。

“同一”の魔術の根幹は主観的な物で、あくまでも目的は偽装だから。それで問題ないのよ。」

「なるほど。そういうことですか。」

師匠の小難しいセリフに、エクレシアも何やら納得した様子。

俺もこの辺を理解できるようになりたいものである。



「じゃあ、始めましょうか。」

そして師匠の訓練が始まる。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




あれから100時間以上経過した。

寝る間もなく、ぶっ続けで師匠に教えられたことをひたすら反復し続けるように言われた。


やることは簡単だ。

生卵を三本の指で持ち、魔力の放射だけで一定の高さまで浮かすというものだ。


最初の1時間は四苦八苦した。

横で頑張っているフウセンなんかは、生卵を生のままゆで卵みたいにしてやり直しを命じられたりもした。

その過剰な魔力で木端微塵にすることも珍しくは無い。


俺も生卵を落とさないように上手く調節するのに一苦労した。

俺の場合は指からの魔力の放出が均等にならずに、変な方に吹っ飛ぶということが多々あった。


俺たち二人ともそれが安定すると、今度は重さの違う卵を次々と投げ入れられ、それを三本の指の魔力放出でキャッチして浮かすという方法をやらされた。


それが安定すれば、次。それも安定すれば次。

慣れてくれば速度が速くなり、生卵も非現実的な重さや軽さになり、浮かす高さを上げられる。


魔力が尽きれば、師匠はコンソールを弄って即座に魔力を全快させてくる。

この世界では休憩を与えるつもりはないらしい。

立ちっぱなしで足が痛いと言えば、それも無理やり消去される。


10時間、その淡々とした作業を続けたころには、師匠たちの姿は見えず、延々と生卵を射出する機械とランダムで俺たちに指示を出すスピーカーだけが残されていた。


50時間を超えた頃には、もう何も考えずに、機械の言葉に反応して身体だけが動くようになった。

失敗しても感情が動かず、淡々と次へ、次へ。次第にミスもなくなる。


そしてそれが100時間も続いた。

その頃に、師匠はやってきた。



「いい感じにトランス状態に移行したわね。

こういう言葉じゃ説明しにくい技術は、人間は頭で覚えるより体で覚えた方がいい。

そうやって覚えたことは無駄にはならない。

魂と精神は、肉体に依存するのだから。逆もまた然りだけれど。」

俺とフウセンは、もはや師匠の存在など気にせず、淡々と機械の言葉に従いながら、卵を浮かせていく。



「ひとつ、ふたつ、みっつ、はい。」

師匠が機械を止めて、そう言いながら最後に手を叩く。



「えッ」

「あッ・・・。」

すると、どこかに飛んでいた俺たちの意識は自分たちのところに戻ってきた。



「だいぶ魔力の出力を調整できるようになってきたわね。

術式に魔力を過剰に送れば魔術は完成するものではないわ。過剰な魔力は、術式の暴走と暴発を招きやすい。

特に魔法陣なんかは魔力の負荷に弱いから、下手すると体が吹き飛ぶわ。

何事も適切に、適量に。瞬時に無意識に、それができるようにならなければ、咄嗟の判断で致命的な後れを齎すわ。

今は指先だけだけど、勝手は体に染みついたはずよ。次は全身で出来るようにしなさい。

そこから先は私がアドバイスできるところじゃないわ。個人個人で最適なやり方が違うもの。

繊細な魔力の操作はそのまま魔術師の技量に直結するわ。

各々試行錯誤しながら、自分の限界に挑戦しなさい。」

「「はいッ」」

まともに指導してくる師匠に、俺たちも敬意をもって発声する。

技術指南に関しては本当に信頼できるからな、師匠は。



「魔術は危険性も込入れれば、基本割に合わないものだわ。

その多くは、事前準備に比べれば割に合わない。物事は等価交換。何かしら省略した過程とつじつまが合うようにできている。

それでも人間が通常では決して得られない結果を齎すものだわ。私たちの求めるものもそれよ。

神秘性だかなんだかも大事だけれど、所詮は魔術も技術に過ぎない。

それで得た物はハッキリ言って、ズルだわ。だって魔力の性質を発揮すれば、過程の省略を促すものが多い。

体を鍛える過程、火を熾す過程、重い物を遠くへ運ぶ過程、それらを短縮する。」

それが、魔術だ。

師匠はそんな当たり前のことを語る。


俺も、その魔術を使い様々な恩恵を得てきた。

だがそれは大師匠たちのような先人の叡智は、その割に合わない研究を重ねた成果なのだろう。



「だけど所詮、そんなものは余剰物だわ。副次的なものに過ぎず、通過点でしかないの。

自分たちが他人に対して、負い目を感じることは無いわ。

私たちは余人とは違う、特別な道を歩んでいるのだから。

私たちが臨む道の先にあるのは、凡俗に生きて死ぬだけ庸劣な弱者どもとは違う、真理への道よ。

連中の嫉妬や恐怖、畏れを踏み躙り、一蹴し、嘲笑う。

そのくらいの気概と図太さが無ければこの道は歩めないわ。良いかしら、私たちと雑多な“人間”とは“種類”が違うのよ。」

繰り返して、師匠はそう告げる。


先ほどの“スラッグショット”部隊の試合の時に、元魔術師だと言う銃剣持ちは言っていた。

魔術師は人と同じ姿をした、人とは違う考えを持つ化け物だ、と。


まさしく、その通りなのだ。



「真理って、なんなんですかねぇ・・?」

ふと、フウセンがそう呟いた。

そんなものは誰にもわからない。分からないから、彼女は答えを求めてそう言ったのではないのだろう。



「それを、自分で見つけるのよ。

別に見つけるのは飾った答えじゃなくていいの。

最初は自分のしたいことだけして、余生に研究に没頭しても良いわ。

私たち魔術師の時間は、とても長い。それは寿命とかではなく、もっと種としての長さなの。

私たちにとって、10年前は最近のことだし、100年前はついこの間のことなのよ。

私は貴方たちがどう生きようと、それに口出しはしないわ。急ぎ足で研究しても、人生を謳歌できなければ、私は真理を得たとしても満たされないと思うから。」

師匠は、それに対してそう言った。

師匠の人生観は、俺にはちょっと分かりにくい。


「が、頑張りますッ」

フウセンはなぜかガッツポーズをとりながらそう言った。



「じゃあ、残りは自分たちの体のスペックを確認しましょう。

貴方たちは自分の体でどこまでできるかまだ把握し切れていないわよね。

何ができて、何ができず、自分たちの限界を知るのは必要なことだわ。」

師匠はそう言ってコンソールを操作して、別室へ場所を変えた。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




今度はトレーニングルームみたいな場所で、さまざまな運動器具みたいな装置が置かれていた。

そこで体力とか筋力とかその他諸々の測定みたいなのが始まった。

他にも魔術の使用感などを確認したが、確かに違った。


魔力が全身を巡り、その熱さを体感できる。

全身で、魔力の活性化を実感できた。


まるで立てた板に水を流すように、すぅーっと魔力が流れ、浸透していく。

こんな感覚は初めてだった。


魔術という現象が身近にあるように感じる。

今まで、こんなこと感じたことない。



俺はまるで奏者のように、魔力を扱える。体に滾らせられる。

これまで以上に魔術をうまく扱える確信がある。


そして、一通りの測定は終わった。

大体の俺の体の限界を資料で手渡され、一通り読み終えた。



「フウセン、まだやってるのか?」

そして、まだ最後の測定を終えていないフウセンを見やった。


「はッ、ほッ、はッ、まだまだ行けるで!!」

体力測定をするためにランニングマシンで走っているフウセンなのだが、もうずっとこいつはこれをやっている。

これはランナーズハイになっているのではないだろうか。

しかも、時速60キロくらいで。こいつやっぱり人間じゃねぇや。


データ取るために測定している“彼女”も呆れた様子だ。

こんな感じで人外のスペックを見せるフウセンは、測定で度々底なしの能力を見せつけようとするが、途中で止めないとなかなか終わらない。


もう測定を始めて3時間ぐらい掛かっている。

俺の場合は自分のスペックを確認するのが楽しくて長引いたが、フウセンの場合はそんな理由で今の今まで続いている。


もう俺は彼女の好きにすればいいと思った。

少なくとも身体的なスペックで俺がこいつに勝てた物は何一つない。

いや当たり前だが。勝ててたら怖いが。いったい俺はどんな改造をされたって言うんだという話になるし。



これ以上は無駄そうなので、俺は先にトレーニングルームを出ることにした。

すると、測定員“彼女”の一人が、もうすぐ現実に戻る必要があるからここで待っていろ、と案内してくれたのでそれに従った。


もう150時間以上も居たのか。都合1週間近く。

何だか思えば早いもんである。



「あ。」

「そちらは終わったのですか?」

そこには、エクレシアがベンチに行儀良く座っていた。


「ああ、あとはフウセンの奴が気の済むまでやれば終わりだな。」

「そうですか。」

俺は彼女の隣に座りながら、彼女の横顔が頷くのを見届ける。



「どうです、強くなれましたか?」

「まあ・・・これを強さに結び付けるのは俺次第って感じだけれど。」

今回師匠に叩き込まれたのは、徹底的に基礎的な物だ。


うちの系譜は結構放任主義らしく、手取り足取り一から十まで教えてはくれないらしい。

師匠の師匠もそうだったし、師匠の師匠の師匠である大師匠もそうだったようだ。


ここから実力に結び付けるのは、俺が頑張るところだ。



「それで、エクレシアは師匠にどんな相談を?」

「治癒魔術の術式の相談です。これは人間用なので、魔族の方々にも効果的な治癒魔術の術式に相談をしようと思いまして。

これからの戦いでは、皆さん生傷が絶えないでしょうから。」

「なるほど。」

俺たち人間と魔族の連中の肉体構造は全く違う。

ともすれば、全ての毒に効く解毒剤がないように、全ての魔族に効く治癒魔術は無いという事だ。


以前からエクレシアは開拓部隊から出た怪我人の治療とかを請け負って旦那から給金を貰っていたらしいのだが、やはり人間用の魔術なので、効きが悪いとのことだ。

これでは大人数の負傷者に対応し切れないため、術式の改良に乗り出そうしたのだろう。



「・・・・で、どうだった?」

「・・・非常に疲れました。

魔術および医学的見地に優れた彼女の意見はとても参考になったのですが、途中で自分だけの世界に入り込まれまして・・。

色々とまくし立てられたり、よくわからないことを仰られたり・・。」

「ああ・・・。」

辟易した表情と共に出された割と予想通りの答えに、俺もその光景が目に浮かぶようだった。



「ということは、師匠にとっても興味深い内容だったのかもな。」

「ええ、魔族の体内構造は人体との差異が大きいので。

どのようにすれば効果的に治癒効果を齎せるのか、と言うのは面白い題材だったようです。

今ある魔族の内部構造を想定して、何千通りも機械でシミュレートしてくださったのはありがたい限りでした。

他にもどんな魔術を根幹にして調整すればいいだとか、どんな触媒や薬効が効くとか、色々と。

お蔭で形にはなりました。実際に今度使用してみるつもりです。」

「ほんと師匠って魔術に関しては天才なんだな・・・。」

神は師匠に二物も三物も与えておいて、なんで性格だけ良くしなかったんだろうか・・・。


いや、師匠にはお世話になっているんだから、これ以上陰口は止そう。

それにこの精神世界だと普通にログで見られてそうだし。



「・・・・・。」

「・・・・・・・。」

そこでふと、二人の会話が止まった。


あのこともあるし、なんて言えばいいのか分からなかった。




「もう、置いてこうとしないでくださいね。」

「う、うん。」

今回のは若干不可抗力な気もするが、泣かした時点で男が悪いのは確定的に明らかである。

ここは素直に頷いておいた。


言葉だけじゃ誠意は伝わらないので、そっと俺は彼女の手を握った。

すぐに強く握り返された。結構痛い。


でも、幸せな痛みだ。



「あんたらって隙あらば惚気てるのねぇ・・。」

とその時、師匠がやってきた。

若干呆れた顔をしている。



「あれでいいと思うけれど、不備が有ったら遠慮なく言ってね。私が協力してダメだったなんて嫌だから。」

「はい、それは勿論ですが・・。」

「次はもっと強力な奴を試したいのよ。どんな感じだったか教えてね。」

「・・・・。」

師匠はもう少し空気を読んだ方がいいと思う。

感謝しているのにエクレシアが遣る瀬無さそうにしてる・・。



「そうそう、次の実戦の相手が決まったわよ。

先方からアポが取れたのよ。先方は私を嫌ってるけど、私の弟子だって言ったら、喜んでボコ・・・もとい、訓練してくれるって言ってくれたわ。

次回、そう明日のここに来てくれるそうだから、心して掛かりなさい。」

「・・・今なんかすごい不穏な言葉を言いかけなかったか師匠。」

だが師匠は笑顔のままで何も言わなかった。


師匠、あんたその人にひどいことでもしたんじゃないでしょうね?

そのとばっちりを俺に押し付けたとかそういう話じゃないよねぇ!?




「私も立ち会うと言いましたが、危険な相手じゃないですよね?」

「逆に聞くけど、危険じゃない魔術師っているの?」

そう言われては、エクレシアは何も言えなかった。


「でも大丈夫、珍しく良心的な奴だから。

きちんと手加減してくれるだろうし、いい感じに実戦訓練してくれるでしょうよ。」

「やっぱり良心的な奴って珍しいんだな。」

何となくそうは思っていたが、魔術師って基本そういう連中ばかりなんだろう。

その典型例が目の前にいるんだから、今更な話だが。



「貴女がそこまでいうのですから、その先方とやらは強いんですか?」

「対人戦、対魔術師戦に置いて世界広しでも五指には入るだろう実力者なんだけど、今は極東で隠居してて暇そうだから声かけたのよ。

いやぁ、いいところに良い相手が居てよかったわ。」

師匠の言葉を聞いて、俺はまたフォートみたいな化け物が出てくるんじゃないかと想像した。



「千人のうちの、一人ですか?」

俺は師匠が今日の昼に言っていたことを思い出して、そう言ってみた。

脳を潰しても、心臓を貫いても、生きている魔術師の推計・・・。



「ええ、それも確実に百位・・・二十位以内には入ってるわね。

一対一に関してなら、五指や三指に入るかも。

結構前にね、“スラッグショット”部隊と模擬戦させたことがあるんだけど、かすり傷一つ付けられずに、手も足も出なかったわ。」

化け物中の化け物じゃねぇか!?

冗談抜きで、世界最強レベルの相手じゃねぇか!!



「そこまで強大な魔術師なら、私も聞いたことがある名かもしれません。

そこまでの実力者がいるとなれば、二つ名くらいあるでしょう?」

「ええ、特に貴女が知らないなんてことはないでしょうね。」

「特に・・?」

師匠の物言いに、エクレシアは怪訝そうな表情になった。


「でも先方は匿名希望で、名前を明かすことはノーグッドだから。

まあ、お楽しみは明日に取っておきましょう。」

名前を明かせないとか、絶対ロクでもないやつじゃねぇの!?



「ん? 何の話しとるん?」

すると、通路の向こうからタオルを首に掛けたフウセンがやってきた。

随分といい汗を掻いたようだ。


「いや、こっちの話だよ。

次の俺の実戦の相手のことだ、聞いただけで気が滅入りそうな強さらしい。」

「ダメやんササカ君。強くなりたいんやろ?

師匠のいう事聞いて、しっかりせんとあかんよ?」

弱音を吐いたら普通に諭されてしまった。


フウセンみたいな見た目は好みの女の子にそんなこと言われると、何だか自分が悲しくなってきた。



「なんなら、ハンデにフウセンも加えても良いわよ。実際それくらい実力差はありそうだし。」

「いや、それは流石に・・。」

流石にフウセンを加えたら、相手の魔術師が可哀想だろう。

なんてったって、こっちは魔王なんだから。


「いいのよ、それに今回は彼女に参加する権利があるわ。

今はもう、私の弟子になったことだし。」

「え?」

それは、どういうことだろうか。



「ん~? まあ、分かったわ。師匠がそう言うんなら参加してもええよ。

ササカ君はひ弱やからな、ウチが守ってあげるわ。」

「あんたと比べてひ弱じゃない奴なんているかよ!!」

居たとしてもドラッヘンくらいじゃねぇか。


そして、エクレシアが横からなぜかこちらを半眼で見てきている。

俺は何か失言でもしたっけか?



「まあ、そういうわけだから、現実の方でも調整を怠らないこと。

私は私が居ないところでも油断させないためにこうして強敵を用意しているのよ。」

「は~い・・・。」

そう言われてしまえば、師匠に師事している身としては、どうにも反論できない。

きっと、もう何も言う気は無いのだろう。




「じゃあ、そろそろ時間よ。貴方たちも睡眠状態に戻りなさい。」

そして俺たちは、何かを言う前にホワイトアウトした。



次に意識が戻った時は、朝だった。

俺の横にエクレシアが寝ていることに驚いて声を上げたこと以外は、平穏にその日は過ぎた。






―――インフォメーション

辻本名に追記しました。

エクレシアに追記しました。


※本編を進めるといったな、あれは嘘だ。ごめんなさい。

息抜きの説明回ですが、次回はなんとまたまたゲストで、向こうでもお馴染みあの方が登場。

ネタバレ厳禁ですよー。彼らの実力なら三人合わせてちょうどいいって感じでしょうか。今だとちょうど最盛期だし。

ササカ一人だと、串刺しで終わりになるし。

そんなこんなで、次回は戦闘回になります。

それでは、また次回。お楽しみに。


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