幕間 VSスラッグショット部隊 後篇
「いて、て・・・。」
ずきずき、と頭痛がする。
まるでねっとりとまとわりつくような痛みだ。
周囲を見渡すが、今度はいきなり第三拠点ではないらしい。
周囲になにも見当たらない。真っ白な場所だ。
「あたまが、われそう・・・。」
『まあ、当然ね。あんな無茶な魔術の使い方すれば、脳細胞が死滅して精神がボロボロになるわ。』
頭が痛いのに、頭に響く師匠が念話を送ってきた。
「師匠・・。」
『健闘したわね、最後の方は思考回路がダウンしてたけど。
戦い方そのものは悪くは無かったと思うわよ。』
「・・ああ、だんだん思い出してきた。」
とても気分が悪い。自分が自分じゃなかったみたいだ。
『なるほど、憑依系魔術でも使用したのかしら?
それで意識を持ってかれた、と。ちょっと解析させてもらうわ。
彼らがオブジェクトまでたどり着くまで時間がまだ掛かりそうだし。』
「つーか、師匠。魔術師がいるなんて聞いてなかったんですけど。」
『元、魔術師よ。詳しくは当人の希望で伏せさせてもらうけど、私が原住民どもと言えないくらいの血筋よ。』
「まじかよ・・・。」
魔術師たちが地上の人間を蔑んでいるとは、エクレシアが言っていたが、師匠もその類に漏れない選民主義者だ。
その師匠が雑多に繁殖し続けた地上の人間の一人として相手をしないのは、かなりすごいことだ。
なぜなら魔術師が、自身が至上の存在だと思っているからだ。
なんでそんな奴が地上の人間だけで構成された部隊にいるんだ?
『というか、この私が魔術の知識も無しに魔術師の相手させるわけがないじゃない。
自殺しろって言っているようなものだわ。最低一人以上魔術に詳しい者を入れないとね。』
「なるほど・・・。」
至極真っ当な理由だった。
魔術に対する見地が有るかどうかで、魔術師との戦いでの生存率は段違いだ。
それは周りに助けられてきた俺が証明している。
『おっと、解析が終わったわ。すごいわね、これは思考回路を術式化したものかしら。
確か師匠に送られたって言ってたわね。まさか思考パターンを変化させるだけの魔術でああなるなんて、これは面白い現象ね。』
「思考パターンを変化・・?」
『ええ、別に性格や精神構造が変わったわけではないわ。
単純に考え方が変わっただけ。電車の通る路線を切り替えるように、根本は何一つとして変化は無いわ。
だけど、たったそれだけで人間というものは豹変してしまう。
あれは思考回路を変化させて、もう一つの貴方を呼び覚ましたに過ぎないのよ。』
それを聞いた瞬間、俺は寒気を覚えた。
以前、“ブラッティキャリバー”部隊の“彼女”の言葉が蘇える。
―――「“私”は私の枝のように分かれた可能性の一つに過ぎないわ。誰だって、“私”みたいな一面は持っているもの。」
俺は違う、と振り払うように頭を振った。
『だけど、それだけでは弱い。あれほどの、別人格じみた思考回路は、何かしらモデルとなる骨子が主柱となり、貴方という存在で肉付けされている。
もう一人の貴方は、何をモデルにしたのかしらね。』
「・・きっと、死神だ。」
『死神、ねぇ。』
師匠はどこか可笑しそうに笑った。
『そう言えば、あの部隊にも死神の眼を持つ者がいるわね。』
「あのクソガキですか?」
死神の眼というくらいだから、相手の寿命と本名が見えたり、死の線が見えたりするんだろうか。
『ええ、あなたがいいように遊ばれていた彼よ。
神話級とまではいかないけど、それに準ずるほどの魔眼を有しているわ。
具体的な効力までは知らないけれど、なんでも、“死を理解できる”そうよ。』
「死を理解、できる?」
言葉の意味が理解できない。
或いは言葉そのままの意味なのか。
『前世で相当の悪行でも働いたのかしらね。あれはきっと、呪いに近しい何かを感じたわ。
ねぇ、貴方は死について考えたことはあるかしら?』
「いいえ、自分が死んだらどうなるとか、考えたことはありますけど。」
『そうじゃないわ。もっと根源的な物よ。
死という現象は、ありふれていながら人間にとって最も究極的な現象よ。
彼岸と此岸。その境界を超えた先に悟りがあるとは、仏教の考え方ね。
つまり、死とは最も真理に近しい状態だってことよ。ネクロマンサーが忌み嫌われながらも、決して絶えないのはそういう理由ね。』
「死ねば心理が見えるってことですか?」
『さあ? だけど、肉体を完全に逸脱した状態、つまり迷いや煩悩といった世俗から完全に切り離された一種の極致に居るんだから、見えるものも見えるんじゃないかしら?
尤も、その状態では気が狂うほどなのだから、見たくないものまでみえるのかもしれないけど。』
「・・・なるほど。」
なんだかよくわからないが興味深い内容だった。結構面白い解釈だと思う。
『それは貴方も無関係ではないのよ。
ギリシアの伝承では英雄たちだけでなく、動物なども死後に星座として神域に列せられることを許されることもある。
貴方が求めるべき領域はそこなのよ。
武勇を極め、死を超えた先にある栄光と破滅。ロマンよね。』
「・・・・精進します。」
『よろしい。貴方も少しは魔術師として自覚が出てきたみたいだし、それだけでも今回は十分な成果ね。
さて、そろそろ向こうも終わる頃ね。このまま第三ラウンドと言いたいところだけれど。』
師匠はわざとらしく一度言葉を切った。
・・・何だか嫌な予感がする。
『ルールを変更します。』
「えッ」
そういう方向で来るとは思わなかった。
思わぬ変化球である。
『このまま続けてもいいんだけれど、流石にお互い手の内を殆ど以上出し尽くしたし、このままやってもダレルのも目に見えているし、恐らく次は状況的に有利な方が勝つと思うの。
そういうのも詰まらないし、かといってそのままやるのもあれだし。
こちらとしても知りたい情報は得られたし、今度は全く違う状況を提示したいと思います。だから、ルールを変更します。』
「はぁ、それで、どんなルールになるんです?」
『まずは、先に教えられる変更点。
ひとつ、これまで貴方はオブジェクトを守る側だったけど、今度は逆に破壊する側になってもらいます。』
「え、じゃあ連中が守るんですか?」
『・・・・話は最後まで聞きなさい。』
「す、すみません!!」
あからさまな怒気が伝わってきたので、俺はすぐさま謝った。
『かといって、彼らも破壊する側よ。
つまり、今度は貴方と彼らのどちらが先にオブジェクトを破壊するかのレースになるわ。
勿論、お互い妨害可よ。この際、あちらの敗北条件はそのままに、貴方はやられても最初の地点に戻るだけになるわ。』
「・・・なるほど。」
でも、それってあっちが不利になるだけじゃないのか?
俺は別にオブジェクトを破壊しなくても、相手一人を倒すだけで良いわけだし。
更には、残機無限ときたもんだ。
『今回は貴方もオブジェクトを探し回るのよ?
あっちは人数が多いんだから、当たり前のハンデだわ。
それに、これは後から通告するけど、今回はあるギミックを用意したのよ。それがあるから、簡単にはいかないわ。』
なるほど、そのギミックとやらも気になるが、あの連中は間違いなく集団行動をする。
それの相手をするかオブジェクトを破壊するか、どちらが楽かという話になるのだろう。
そう考えると、こっちが不利な気がしてきた。
あっちもそう思っているだろうから、トントンだろう。
『あと、貴方が倒す以外の方法で部隊の彼らがやられた場合、それは死亡にカウントされずに初期位置で再スタートしてもらうから。
なぜなら、今回のフィールドはトラップ満載の洋館だからよ。
簡単に終わってはつまらないわ。以上を忘れずに。』
もうほとんど師匠の趣味と遊びの様相を呈してきたが、ルールは理解した。
当然そのトラップとやらも俺に向けられるだろうから残機無限なんてしたのだろう。
悪趣味、いや良い趣味している。
「そういや、師匠は何でわざわざ実験部隊まで組織して、銃器の開発なんてしてるんです?
師匠は魔術だけで戦った方が強いんでしょう?」
ふと、思ったことを訊いてみた。
『それは単純に趣味と実益よ。魔術師はなるべく手の内を隠すものよ。
優秀な武器を作成し、一方的に弱者を踏みつぶす快感はなかなか味わえないわ。』
「そうっすか・・・。」
『あと、純粋に銃が好きなのよ。
開発もしてるけど、古い銃もコレクションして飾ったりしてるのよ。
この間なんて最初期のワルサーP38を闇市で見つけて、大枚はたいて手に入れたのよッ!!』
「マジで!? 今度見せてくださいよ!!」
そんな骨董品レベルの銃をよく見つけたものだ。
『ふふふ、機会が有ったらね。たっぷり自慢してあげるわ。』
実に師匠は楽しそうである。
正直、女らしい趣味とは言えないが、師匠の銃の選びのセンスは良いので様になっている。
「師匠なら・・・あ、いや。」
『なによ、言いかけたなら最後まで言いなさいよ。』
「あ、その、師匠なら最近流行りのVRMMOとか実現できるんじゃないかなぁ・・と。」
師匠の場合、嬉々としてプレイヤー側をデスゲームに突き落とす方だから、思いつかなければよかった・・・。
『ああ、そういう。残念だけど、それは無いわね。』
「えッ、そうなんですか?」
『少なくとも、流行に便乗して何かをするっていうのはポリシーに反するわ。
私は先行者でなければならないの。流行ってるからと言って、その人気に便乗してあやかろうというのは、とてもじゃないけど恥知らずだと思うのよね。
私はそういうの嫌いなのよ。』
「あ、そうなんだ・・・。」
なんだかちょっとホッとした。
『さて、そろそろ向こうのブリーフィングも終わったようよ。
さっそく始めましょう。ルールの変更点は忘れてないわよね?』
「勿論。」
『では行くわ。』
そして、その直後には周囲の光景が構築されていく。
だが俺は忘れていたのである。
師匠に今やらされているこれこそ、人対人のまさにデスゲームであると。
そして師匠こそ、その悪意に満ちたゲームマスターに他ならないのだ。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
「お、おおぅ・・・。」
思わずそう言ってしまうような、品の良い洋室が構築された。
床は一面レッドカーペット。壁は純白で柱には彫刻なんかも彫ってある。
洋風の木製の丸テーブルに二人用のチェア、暖炉なんかもあるし。
灯りはあるが雰囲気としては薄暗く、某生物災害ゲーの舞台となる洋館を彷彿とさせる。
『そこが貴方の初期位置ね。やられるとそこに戻るからよろしく。
さて、向こうも行動を開始したわ。貴方も行きなさい。』
「・・了解です。」
師匠の念話に後押しされ、俺はドアを開けて洋室から出た。
その先は廊下で、廊下の先は左右共に奥へと続いており、ここから確認できるだけで四部屋も他にあるようだ。
とりあえず、一部屋ずつ確認して行こう、と当たり前のように赤いカーペットの廊下に踏み出した時だった。
ドカンッ、と爆音がどこからか聞こえた。
少なくとも近くではない。
遠くのようだが、この洋館の館内なのは想像がつく。
俺の脳裏に師匠の言葉が過ぎった。
トラップ満載の洋館が、今回の戦場だと。
「・・・・・・。」
俺は警戒しながら歩くことにした。
あらかじめ気功の魔術を発動させて、魔剣を手にいつでも防護魔術を展開できるように警戒しながら探索する。
まず、この通路の四部屋。
細かく描写すると長くなるので、心苦しくもダイジェストでお送りする。
一部屋目。
「うおおおぉぉ!!」
中は最初の部屋と同じ洋室で、入った瞬間無数の矢が飛来した。
風の防護が無かったら全身矢だらけだ。
二部屋目。
「うおッ、このやろ!!」
部屋に入ると、洋館にお似合いな甲冑が動きだし、ハルバートを手に襲い掛かってきたのだ!!
驚きつつも、何とか撃退した。
三部屋目。
「のあああぁぁ!!」
何かドヤ顔した偉そうな師匠の肖像画があり、その目からレーザーを放ってきたのだ!!
師匠の肖像画を破壊するわけにもいかず、術式に魔力を供給している回路を破壊して停止させた。
四部屋目。
「もう嫌だッ!!」
中にはダイナマイトが束になって部屋の各所に設置してあり、入った直後に導火線に火が付いた。
慌ててドアを閉めて退避すると、爆音が響いた。
多分向こうの連中も同じ部屋に当たったのだろう。
「・・・・・・。」
内心辟易しつつも、先に進まねば始まらない。
最初の部屋から廊下の左側の奥を顔だけ出して窺って見ると、地下へ続く階段があった。
怪しい。すごく怪しい。
暗くて奥が見えないなんてところが余計に怪しい。
俺は無意識にそちらを後回しにすることにした。
きっとろくでもないトラップが仕掛けられているに違いにあと直感したからだ。
そして廊下の右側の奥へと進むと、扉が一つ。
それを開けると、そこは広い食堂だった。
白いテーブル掛けと蝋燭なので彩られた長テーブルと無数の椅子が、部屋の中央の大部分を陣取っている。
勿論暖炉や花瓶など、細かいところも徹底している。
ここの出入り口は三つ。
俺が入ってきたところと、またまた左右に一つずつ扉がある。
右に行ってみると、バーコーナーの設置された洒落た部屋があった。
分かりやすいトラップが無いと警戒していると、そこら中に置いてある酒瓶やら食器やらが浮かび上がったのを見て、俺は無言で扉を閉じた。
そのまま反対にある左側の扉を開けた。
そこは、巨大なエントランスホールだった。
玄関口らしいが、それらしい扉は調べるまでもなく固く閉ざされている。
中央に妙に師匠に似た女神像と噴水、奥には二階に続く階段が左右に分かれて存在している。
二階は吹き抜けになっており、階段が終わると二階の扉に繋がる通路となるのだろう。
そして見た限り、この一階エントランスには扉が四つある。
ちょうど反対側と、二階に続く左右の階段の下になるような位置で、部屋の隅に一つずつ。
さて、どう行こうかと考えていたその時である。
俺がいる扉の、反対側の扉が開いたのだ。
「あ。」
「あ・・」
「あッ」
「あははは!!」
機関銃女と、その随伴二人と出くわした。
そう言えば、こいつらがいることをすっかり忘れていた。
それだけ師匠のトラップが陰湿だったのだ。
俺は即座に射線に女神像を置いて盾にするように飛び出した。
連中は機関銃女を先頭にしていた為、三人がエントランスホールに入るまで若干の猶予があった。
ただし、例によって例のごとく機関銃女は両手の得物を乱射してきたが。
「あっはははは!! 今度はいくら撃ってもおかわり自由なんだってなぁ!!
なぁなぁなぁなぁ!! お腹いっぱいになるまで撃たせろよぉ!! 的に成れよぉ!! 隠れないで動いて当たれよ!!!」
「空薬莢でも食ってろッ!!」
俺はたまらずに怒鳴った。
あの機関銃女はいつも通りの様子だ。
とは言え、咄嗟に飛び込んだが、この位置は拙い。
相手は三人で、こっちは一人。回り込まれたら終わりである。
「さっきはよくも生き埋めにしてくれたなぁ!!
冷たかったんだぞぉ!! 重苦しかったんだぞぉ!! 許してやるから一千万発撃ち込ませろよぉ!!」
「それ許す気ねぇじゃねえか!!」
立ち上がって、全然壊れる気配のない女神像を盾に、機関銃を乱射し続ける野郎に怒鳴った。
「姉御の奴、作戦を理解してるのか?」
「まあ、とりあえず役目は果たしているからいいんじゃないのか?」
こちらの出方を見ている銃剣持ちとライフル持ちも呆れている様子だ。
「じゃ、俺たちは先に探索するんで、姉御はお前がお気に入りのようだし、一緒に遊んでてくれや。」
「まあ、頑張れ。」
「てめぇら、こいつを俺に押し付ける気かよ!!」
お互いの勝利条件の兼ね合い上、最も合理的な判断だが、俺だってこんなのを押し付けられるのはごめんである。
随伴の二人がそのまま右奥の階段下の扉に行こうと走り出し、それを邪魔してやろうと術式を俺が構築しようとした瞬間であった。
ばりん、と玄関の真上にある二階のステンドガラスをぶち破って、一人の人影がこの場に乱入してきたのだ。
「えッ」
「げッ」
「なッ」
連中の反応は三者三様だったが、俺と同じである。
機関銃女も銃撃する手を止め、随伴の二人も走るのを忘れてその人影に注目した。
その人影は、某暴君の生物兵器を彷彿とさせる、膝まで覆う黒いトレンチコートを着た“メリス”の一人だった。
ただ、“彼女”を見慣れた俺からすれば、“彼女”らとそいつは決定的に違うものがあった。
まず日焼けでもしたかのように浅黒い肌なのだ。
そして俺の印象に過ぎないが、微妙に顔立ちが師匠とは違う気がした。
そして何より、“彼女”らの誰もが浮かべている不敵な笑みを浮かべず、無表情を極めた鉄面皮をしていた。
なんかまるで格闘ゲームの2Pキャラみたいである。
「ガッデムッ!! マイスターめ、俺たちに休暇を与える気なんてないだろ!!」
そして、そいつを見た銃剣持ちが悲鳴みたいな声でそう言った。
俺はその意味を嫌でも知ることとなった。
「目標を確認、ターゲットを複数補足。
指定されたロジックにより、これを撃滅します。」
そいつは両手に自動拳銃を手にして、そう機械のように呟いた。
「まずッ」
機関銃女がそいつに両手の機関銃を向けた。
だがその瞬間に、彼女の手からその機関銃が弾け飛ぶ。
見れば、そいつが片手を上げて、手にしている銃口から硝煙が上っていた。
一発の銃声しか聞こえなかったが、奴は二発撃ったらしい。
機関銃女はすぐさま真横に跳んでサブマシンガンを取り出そうとしたが、銃器の影が見えた直後に銃声と共に手元から離れていた。
「・・・・・行け。」
「分かった・・。」
機関銃女と銃剣持ちは葬式に行くみたいな声で、そんな声を掛け合った。
機関銃女が拳銃とコンバットナイフを抜きながら、そいつに突っ込む。
そいつは玄関の扉まで跳んで壁を蹴ると、あっさりとその二人の間に降り立った。
「相棒ッ、先に行けッ!!」
「分かった!!」
銃剣持ちがライフル持ちを先に行かせる。
だが、その直後に銃声が轟き、銃剣持ちのヘルメットの額部分に穴が開いた。
ばたり、と銃剣持ちが倒れた先に、先に行ったライフル持ちの閉めた扉だけが残る。
奴の体は粒子になって消えた。
「くッ」
仲間がやられても機関銃女は動揺せずに、戦意を失わずにそいつに向かっていった。
そいつは無言で片手の自動拳銃を発砲する。
それだけで、機関銃女の人体の急所と言う急所に銃弾が着弾する。
頭部、両目、首、胸、肺、肝臓、腎臓、両肩口、膝、腿。
それだけ撃たれて、ようやく機関銃女は倒れた。
ほぼ一瞬の出来事だった。
「《命ず、その身に通いし“万能なる血”よ、その機能を完全に停止せよ。》」
そしてそいつは機関銃女の首筋に手をやると、そう呟いた。
「か、はッ・・・。」
機関銃女は、それで息絶えた。
彼女も粒子になって消え失せた。
この間、そいつが登場して十秒にも満たない時間で起こったことだった。
「なんだ、お前・・。」
今まで見てきたどの“彼女”よりも鮮やかで、冷徹で、圧倒的で、機械的だった。
そこに、殺意も害意も無かった。
淡々と作業のように、撃って殺した。
本能が、全身が脂汗を流して警告する。
そいつから、逃げろと。
奴は、狩人。
そして俺は狩られるだけの獲物だと。
そいつは、俺に一瞥すると、当然のように自動拳銃を持つ手を向けて、微塵の躊躇いもなく発砲した。
パパパン、と無駄のない最小限の銃撃で風の防護を剥がした。
そこでようやく、俺も我に返った。
何とか対抗しようと動いた。
間断なく放たれる銃弾を、魔剣で弾いた。
魔術で気功が循環しているこの状態では、銃弾くらいなら見切れてしまう。
全ての身体能力が上昇しているのだから。
それを意識することで、心神を平静に導くことも可能だ。気功とは、そもそも心身の安定が前提なのだ。
いきなり目の前に現れた強敵に驚くもの良いが、そんな暇はない。
片方だけでは足らないと判断したのか、そいつは両手の自動拳銃を無言で撃ち続ける。
どれもこれもが正確に、急所を狙った銃撃だ。
俺は神経を研ぎ澄まし、銃弾を魔剣で弾き、手刀で叩き伏せる。
段々と、銃撃のペースが速くなる。
いよいよ対応し切れないほどペースになってくると、魔導書の代理詠唱が終わった。
術式“ネメアーの獅子の毛皮”が発動する。
俺は一気に勝負を決めようと、飛び出した。
「着弾を確認、しかし物理ダメージによる効果無し。」
そいつは俺の心臓目掛けて撃った弾丸が弾かれるのを見ると、ようやく別の反応を示した。
「状況1-3。パターンAを実行。」
その直後、俺の視界に銀色が舞った。
「んなッ!?」
それは、銀色の極細のワイヤーだった。
それが地面から無数に舞うように出現し、レッドカーペットの床を引き裂きながら俺の全身を拘束した。
「ワイヤーによる裁断、依然として物理ダメージの効果無し。
パターンAに従い、関節の締め上げと絞首を実行。」
「ぐあッ!! あああッ!!」
すぐさま俺の体はワイヤーによって持ち上げられ、手足を極められ、首にもワイヤーが巻き付く。
「効果あり。対象の沈黙まで攻撃を続行。」
「あ、ぐッ、あ・・・!!」
「反抗の意志を確認。戦意喪失ならず。では。」
そいつは、淡々と告げる。機械のように、淡々と。
「首をへし折り、その効力を検証。
以降、これを状況1-3のパターンA-2と呼称。」
ばきり、と無慈悲にワイヤーは俺の首を真後ろにへし折った。
意識がブラックアウトする。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
「俺ってなんか、首絞められること多い気がする・・・。」
『まあ、予想通りの負け方よね。』
「師匠、あれなんすか・・?」
俺は肩を落として師匠に問う。場所は既に初期位置の洋室に戻っていた。
『あれがギミックよ。名付けて、追跡者!!』
「パクリじゃないですか!!」
『細かいことは気にしないのよ。
あれは一定の行動パターンによって動くように命令してあるから、上手くすれば躱せるわ。
一つ、一定の順路を巡回する。
一つ、銃声などの戦闘音に反応し、やってくる。
一つ、決して深追いはしない。ある程度離れれば振り切れるわ。
一つ、彼らのリーダーには攻撃しない。』
ふむふむ。
「ギミックはわかりましたが、でもなんで連中のリーダーには攻撃しないんすか?」
『あれも“私”が開発した兵器の一つなのよ。
私たちが“全体”を重きに置くなら、あれは“個”に特化した特別な個体なのよね。
認識ナンバーなし、登録個体名“フォート”。
“私”が考える限り理想的な魔術的強化と判断能力と戦闘技能を凝縮させた、ひとつの究極体ね。
で、今はだいぶ安定しているけど、過剰な精神的抑圧で昔は不安定で暴走の危険性も付きまとっていたから、体の良い厄介払いもとい、実験部隊の誰かに送って経過を見てたのよ。
その時に一人をマスターとして登録したから、どうしてもそいつは攻撃できないってわけ。』
「・・・・暴走って、あれヤバいもんだったんすか?」
色々と突っ込みどころ満載だったが、それは脇に置いておいてそれだけを問うた。
『単純な戦闘力は、ブラッティキャリバー部隊の全員と彼らを足しても足りないわ。
単体の火力だけなら多分世界一位の魔術師ね。本気出せば大国と戦争できるわ。』
「・・・・。」
想像が理解の範囲を超えたとき、人は言葉が出ないと知った。
道理で、連中が尻尾を巻いて逃げ出そうとしたわけだ。
『今回はだいぶ制限を設けているし、貴方でも十分対応可能な範囲よ。』
「速攻でやられましたけどね。
ていうか、なんであんなの作ったんですか。」
『ああ、自分の限界に挑戦したいというロマンの暴走ね。
本当なああいうの作りたくなかったんだけど、それを抑えられなかった“私”が独断でね。・・・もう処分したけど。』
「・・・・。」
処分、それが“自分”に対して使う言葉なのだ。師匠は。
『頑張ってもいいけど、貴方じゃあれは倒せない。絶対に。
だって、単純なスペックはオリジナルの私をも遥かに凌駕しているから。ハッキリ言って、私にだって単体では手に負えない代物よ。
貴方は何人もの“私”を倒したけど、あれはレベルが違うなんてものじゃない。次元が違うのよ。
だってアレは、私らしさを全て消して戦闘能力に特化させている。
遊ばないし、油断もしない。機械のようなロジックと冷徹な行動原理で動く。“アレ”はもう私にはどうにもできない。』
あの師匠にそこまで言わせるほどの、兵器。
と言うか、遊ばないっていうだけで師匠は最強な気がする。
その慢心という特性だけは、あの血塗れの部隊にも消せなかった代物だ。
自分らしさと言う、師匠が最も大事にしている物の一つを削って生み出された究極の戦闘個体。
まさしく、人からかけ離れた化け物なのだろう。
その片鱗は思う存分味わった。
『まあ、頑張りなさい。』
激励にも多弁なあの師匠が、それだけ言って俺を送り出した。
それだけで、俺の気分は暗澹とするのだった。
さて、廊下に出て大食堂を抜け、エントランスホールにやってきた。
幸いあの化け物は居なかった。
怪しいのは奥の階段下の二つの扉だが、個人的には目の前の、連中が出てきた扉が気になる。
多分こっちと似たような構造で、連中が捜索済みだろうがそれでも探さないわけにはいかない。
そう思って開けたら、予想が外れていた。
てっきり洋館の構造は対称的になっているもんだと思っていたが、師匠はさすがにそんな手抜きはしなかったようだ。
そこは二階に行ける階段と左右へと続く通路がある。
考えてみればあいつらは何人もいるんだし、全員が同じ通路からしか出れないのでは困るよな。
或いは、その辺りはこっちとルールが違うのかもしれない。
と、思っていたら、そのうち一部屋から話し声が聞こえてきた。
挟み撃ちを警戒して、周囲にあの機関銃女たちが居ないことを確認して、奇襲を掛ける。
そっとその扉の前で、タイミングを窺うために中の様子に耳を傾ける。
『こちら“銃剣”、Bの3をトラップ解除、クリア。』
「了解、引き続きBの4に向かってください。周囲に彼女の反応はありません。」
『了解。愛してるぜ、我らが姫。』
『こちら“機関銃”、現在Aの1の前に到着。
あと、近くに魔法陣を見つけた、画像を送るので細かい解析を頼む。オーバー。』
「それは間違いなく黒魔術系のトラップだね、リナの奴に壊させるから、発動する前に破壊しちゃって。」
『了解。彼女に警戒をしつつ、任務を続行する。』
「こちら本営より“擲弾銃”へ。Aの1地点付近の魔法陣の破壊を要請します。」
『はいはいはーい!! こちら“擲弾銃”!! 今から超特急でぶっ壊しにいきまーす!!』
「・・・周囲の警戒を怠らずに。
念の為に“狙撃銃”を護衛に就けます。合流まで待機していてください。オーバー。」
『りょうかーい!!』
「多分待たないと思うから、近くにいる奴を先行させておいた方がいいよ、これは。」
「ですよね。」
中から二人の男女の声が聞こえる。
どうやらここが本営、後方支援の拠点らしい。
いきなりそんなのを見つけられるなんて、ついている。
女性の方は良い声をしている。あんなのがナビゲートなら耳が幸せだろう。
荒事担当の連中より、後方支援が相手なら楽に倒せるはずである。
これはまたとないチャンスである。
俺は扉を開けて、中に突入する。
すると、中には一人のベレー帽の少女とメガネの少年がいた。
どちらも、扉を開けてきた俺に拳銃の銃口を向けている。
「バレてないとでも、思った?」
メガネの少年が、嘲笑を俺に浴びせながらそう言った。
若い。十歳前半なのは間違いない。
「ですが、窮地なのは変わりませんよ。作戦参謀。」
「そうかな?」
対して十代半ばに見える少女は銃口を向けるだけで、カタカタとノートパソコンに向かって作業を続けている。
敵がここまで来ているのに、すごい胆力だ。
そして、この小柄なメガネで茶髪の少年が、作戦参謀だという。
どう見ても中学生ぐらいにしか見えないのに、連中の全ての行動の決定を担っているのだと。
だがなぜだろう、彼とは会ったことが無いはずなのに、強烈な既視感を覚えているのは。
俺は、彼を知っているのか・・?
「どの道、もうここは使えません。」
「まあ、それもそうだね。早く安全なところを探すように言っておいて。
どうせフォートの奴が来るだろうから、転々と移動する羽目になるだろうとは思っていたけど。」
メガネの少年は、こちらに銃口を向けたまま、顎をしゃくってきた。
「どうしたんだい? 早く来れば?
散々僕らの邪魔をしてきた、僕らの敵さん?」
「ッ!」
俺は既視感を振り払うように、魔剣を振るった。
「迂闊だね、これがメリスの見出した奴だって?」
その瞬間、俺の立っている地面がはじけ飛んだ。
「敵が来ることを前提とした拠点なのに、防衛機構が無いとでも本気で思ってたのかな?」
「作戦参謀、移動の用意ができました。」
吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた俺に、そんな言葉が投げかけられた。
「じゃあ、行こうか。
会えて行幸だったよ僕らの敵さん。お蔭で魔力の波長パターンが解析できた。
これからどこにいるのか丸分かりだから。じゃあね、みんなによろしく。」
少女がノートパソコンと最低限の機器だけを抱え、残りをショートさせるとメガネの少年と共に悠々と扉から出て行った。
「ま、待てッ!!」
俺はこのチャンスを逃がしてならないと、慌てて追いすがる。
しかし。
「やあ。」
「げッ!?」
俺を通路で出迎えたのは、機関銃女だった。
「あとはよろしくねー。」
「任された、作戦参謀殿。」
廊下の曲がり角の奥から聞こえた声に、機関銃女は応じて俺に両手の得物を向ける。
俺は即座に元居た部屋に戻り、鍵を閉めた。
「あたしはねぇ!! 一応、部隊の中じゃ唯一本当に軍属だから、後方の非戦闘要員を狙いたい気持ちは分かるよぉおお!!」
機関銃女は、問答無用で万能なカギを扉に行使してきた。
即ち、銃撃である。
「だぁけどさ!! 分かるよねえぇ!! 戦えない身内をさぁ、狙われて殺されるって気持ちさぁ!!」
どかん、と銃撃で耐久力が落ちた扉を蹴破り、機関銃女が登場した。
「守れなかった時の屈辱さぁ、分かんないかなぁ・・・?」
「いや、結構わかるよ。」
「じゃあ、死のうか?」
「嫌だねッ!!」
俺は部屋の中で時間稼ぎをしている最中にスタンバイさせておいた魔術を起動させる。
ギリシア神話には、恐らく世界で一番有名な不死殺しの武器が登場する。
そう、商業や泥棒、羊飼いなどの司る神々の伝令役の神ヘルメスの持つと言われる湾曲の刃。
形状は柄の短い鎌やショーテルとも言われる、後に英雄ペルセウスに貸し与えられて不死の怪物メデュウサを倒すのにも一役買った代物である。
それを再現した魔術がある。
術式“ダイヤモンドエッジ”の派生形で、自然回復以外の治癒を阻害する反呪。
―――ギリシア系魔術“ヘルメスの蛇狩り鎌”だ。
肉体があるなら、どんな不死身の化け物もこれで殺せる。
俺は突入してきた奴に、術式の起動に合わせて刃が湾曲した魔剣を振るう。
機関銃女は咄嗟に機関銃で受け流そうとするが、この湾曲した刃はそういった防御を通り越して相手を傷つけるものだ。
「うッ、ぐ!!」
奴の片腕に、湾曲した刃の切っ先が突き刺さる。
機関銃が邪魔で切り落とせなかった。
それでも痛みに慣れているのか感じないのか、もう一方の腕で機関銃を至近距離から乱射してくる。
だが、この距離は俺の間合いだ。
銃弾を吐き出す前に、機関銃を蹴り上げる。事前に気功の魔術は常時起動してある。
そのまま魔剣を引き抜き、もう片腕の機関銃の半ばから切り落とす。
術式“ダイヤモンドエッジ”の派生だけあって、その切れ味は絶大である。
「ふッ、なるほど、そういう魔術か。」
一向に治らない魔剣の傷を押さえて、機関銃女が不敵に笑う。
「万事休すってな、今度こそ切り刻んで終わりにしてやる。」
「果たして、そうは行くかな?」
「なに?」
まさかこれ以上の隠し玉があるとは思えない。
「気づかないのか? まあいい、どうせすぐにわかることだから教えてやろう。
私の今作戦における任務は、・・・・囮だよ。」
「ッ、!! まさかッ!?」
気づいた時には、時既に遅しと言うのはよくあることだった。
機関銃女が破壊した扉越しに、そいつは現れた。
よく立てるなと思うほど姿勢を低くし、疾風のように突入してきた。
「ただではやられんさ。」
機関銃女が決死の覚悟でコンバットナイフを抜き、そいつに立ち向かう。
さっきのように一方的にやるには距離が違う。
今度ばかりは、両手に自動拳銃を持つそいつよりかは機関銃女の方に分があった。
・・・分が有るだけだった。
首筋を狙って振り下ろされたコンバットナイフに、そいつは左腕を犠牲にして防ぎ、至近距離から逆に銃弾を浴びせた。
「《命ず、その身に通いし“万能なる血”よ、その機能を完全に停止せよ。》」
瞬殺だった。
機関銃女が粒子になって消えた。
そいつは左腕に刺さったコンバットナイフを埃でも払うかのように抜くと、そのまま地面に捨てた。
そいつの左腕に傷はもう残っていなかった。
化け物だとは思っていたが、やっぱり自動治癒のスキル持ちだったか。
だが、肉体がある。
俺が相対した、肉体を捨ててまで不死に至った化け物を超えたような化け物じみた魔術師に比べれば、殺せない相手じゃない。
勿論、怪物殺しは夢見のような幻想であって、それは現実では起こらないのが通例だ。
俺は湾曲の刃でそいつを斬り倒さんと接近を試みる。
そいつは俺に関心すら見えない視線を送ると、見るより先に発砲してきた。
いつまでもやられっぱなしの俺ではない。
銃弾をジグザグに跳んで躱し、先読みして撃ってくるならそれを弾き、そいつに肉薄する。
「対象の脅威度をレベル3上昇して再認識。」
「驚いた、って素直に言えよ!!」
「いえ、想定の範囲内です。」
そいつは左手首で俺の魔剣の持つ腕を止めると、そのまま懐に潜り込んできて、右腕でみぞおちに肘打ちを繰り出してきた。
「がッ!?」
その衝撃で横隔膜が一瞬止まり、連動して俺の呼吸が止まる。
しかし、俺もやられるばかりではない、魔剣から雷撃を放って反撃する。
その反撃に、そいつは咄嗟に距離を取った。
それでも雷撃である。奴に追いすがるが、その魔力抵抗力に霧散する。
やっぱり効かないと俺は分かっていたが、心理的にも生理的にも、今のは回避すると読んでいた。
だから少し安心した。
そいつが、機械そのものじゃなかったことに。
呼吸の回復は気功の治癒能力に任せ、俺はそのまま追撃して魔剣を振り下ろす。
流石にそいつも連続して回避は行えないようだった。
俺の魔剣の斬撃は、咄嗟に防御に出た奴の左腕を切り落とした。
「訂正します、ここまでやるとは、正直驚きました。」
左腕が半ばから切り落とされたというのに、そいつは眉ひとつ動かさなかった。
平坦な声で、淡々と言う。
「にやけ面も気に入らないが、すまし顔もムカつくなお前ッ!!」
「呪詛による治癒の阻害を確認。解析・・・・完了。
対象の所持する魔剣に当該する作用の術式を確認。
対象の脅威度をレベル5上昇し、再認識します。」
「そりゃあどうも!!」
こっちは問答無用で叩き斬るだけである。
「リミッターの一段階解除を申請。・・・マスターの認可を確認。
対象に以降、能力の使用制限を限定解除します。」
遅いッ!!
俺はそいつを袈裟懸けに切り裂いた。
胴体が斜めに真っ二つになるのは確実だった。
「肉体の再構築を実行、開始します。・・・肉体のフォーマットの完了。」
それはほぼ一瞬だった。
俺に斬られた傷や、切り落とした左腕が瞬く間に現れたのだ。
まるで、時間を巻き戻したかのように。
マズイ、と思って距離を取る。
前回のようにワイヤーで絞め殺されるわけにはいかない。
「怪物を殺した不死殺しの魔術も、現代の怪物に於いては時代遅れと言わざるを得ません。
呪いも対象が居なければ不発に終わる。」
彼女は余裕で自分の“元の左腕”を床から手に取り、魔力に還元した。
そこまで隙を見せているのに、俺は動けなかった。
動いたら、死ぬからだ。
彼女の背には、まるで銀色の天使の翼のような六枚の何かが蠢いていたのだ。
リナが使っていたような機械の翼ではない。
翼の羽の一つ一つが、不気味に蠢いている。
翼に羽が生えているのではなく、まるで羽のような金属片の集合体のようだった。
よく見ると、翼の先に指のような何かが付いていた。
「武装を展開、目標を完全に撃滅します。」
そして、それが何か分かった。
どこからともなく現れた銃器を、その羽のような金属片の集合体は器用に抱いて、構えた。
それは、翼ではなく、マニュピレーター・・機械の腕だった。
六枚の翼に、機関銃を二丁、グレネードランチャーを二丁、金属製の箱が付いたクロスボウみたいな物が二つ。
そして自身も自動拳銃で武装。
ふざけんなッ、戦争でもするつもりか、こいつはッ!!
しかも室内でする装備じゃね!!
「耐えても構いませんが、死ぬまで撃ちます。」
「ま――」
直後、この洋館が揺れた。
そいつの周囲から無数のロケット弾が現れて、俺は逃げ場を失う。
爆音と銃声とあと分からない音で揉みくちゃにされて焼かれて撃たれて、俺の意識は吹っ飛んだ。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
「あん、なのッ、勝てるか!!」
火力に差が有るなんてもんじゃない。あれは火力の塊、火力そのものだ。
危うくトラウマに成りかけたぞッ!!
確かにあの火力偏重具合なら、世界最高レベルなんだろうな!!
『初めから簡単に勝てるようならアレを出しちゃいないわよ。
それにしても、よりにもよって自分から挑んで難易度上げるなんて思いもしなかったわ。
貴方って本能レベルでマゾ体質なのかもしれないわね。』
「・・・天国の道は狭き道に存在するらしいぜ?」
『貴方自分で天国に行けると思っているの?』
然も有りなん、である。
師匠との楽しい師弟の時間を長く取れるほど余裕があるわけでもなく、俺はすぐにエントランスホールに向かった。
慎重にあの人間兵器に遭遇しないように警戒して、扉を開けた。
すると。
「うーん、これ怪しいから爆破しようかな。」
なんて言いながら、師匠似の女神像にダイナマイトを仕掛けてるリナの奴が居た。
なんて畏れ多く、命知らずな行為なんだろうか。
「何してんだよお前・・・。」
思わず声をかけてしまった。アホか俺は。
「んー・・? ああ、メイじゃん。」
そして、こっちのアホは俺がいるというのに、気にせず背中を向けて爆破の準備を着々と続けていやがる。
「・・・うーん、こっちの炸薬増やそうかな、そしたらもっときっと綺麗に吹っ飛ぶだろうし。」
「おーい、戦闘中だぞ。」
「うっさいなぁ・・・私は爆発以外どうなろうと知らないよ。」
ぶん殴ってやろうかこの爆弾魔。
「よし、これでオーケー。ポチッとな。」
「うおッ、危ねッ!?」
リナの奴がリモコンを押すと、女神像の全身に取り付けられたダイナマイトが爆発し、ぽーん、と頭だけが真上に飛んで、落ちた。
「あっはははは!! さいっこう!! ちょーきもちぃー!!
さーて、次はもっと爆薬ふやそ。もっと派手に、もっと綺麗に。」
俺は咄嗟に退避したが、リナの奴は至近距離から爆風を浴びながら笑っていた。
こいつのスーツは他の連中のと比べて特注なのか、若干宇宙服っぽく見えるほど分厚い耐火仕様のようだ。
だからその距離で爆発があっても、平気なのだろうが・・・・。
「あははは、はははははは、ふふふふ・・。」
彼女は笑っている。
・・・・見ていて、寒気がした。
“スラッグショット”部隊の連中は、機関銃女やあのスナイパーのクソガキみたいな奴もいるが、ちゃんとした行動原理や理性がある。
だが、こいつは違う。完璧に、狂ってる。
きっと普通に話もできるし、大学に行っているらしいから頭もいいのだろう。
だが、何人もの狂気染みた連中と会ってきた俺には分かる。
こいつはジャンキーと、あのパラノイアと同じだ。
決定的に、人間としてのネジが外れている。
「なにが、お前をそうさせるんだ・・?」
俺は問わずには居られなかった。
確か、まだ年齢は14だと言っていた。
たったそれだけしか生きていない少女を、ここまで狂わせるものは何なのか。
「それは・・・」
彼女が口を開きかけた、その直後。
「目標を確認。ターゲットを複数確認。完全に撃滅します。」
奥の階段下の扉から、ジャラジャラと言う音を引きずりながら、そいつが現れた。
師匠たちが作り出した究極体。個体名は確か、“フォート”。
翼のような金属片のマニュピレーターは全長で2メートル近くあり、それらが先行して扉から出てきたフォートに続いて出てくるまでは若干の猶予がある。
その間に逃げなければ、・・・やられる。
俺はすぐにさっきも入った、大食堂側の反対にある扉の中に駆け込んだ。
「おいッ、お前も逃げろよ!!」
果たして、なぜ俺がこの場で敵であるリナに対してそう言ったのかは分からなかった。
だが、彼女はその場を動かずに、ただフォートの方を見て笑っていた。
その直後、彼女にロケット弾の豪雨と銃弾とグレネード弾とかが諸々降り注いで、爆風で俺は扉を閉めざるを得なかった。
中から、リナの笑い声が聞こえる。
特別な耐火スーツを着ているあいつなら、あの中でも俺より長く生き延びられるのだろう。
だから、聞こえてしまった。
あいつの爆炎への讃歌を。
聞いているだけで耳が腐りそうになる嬌声に、俺は吐き気がした。
同時に、ああ、あいつはもうダメなんだ、と思ってしまえた。
心が病んで、壊れている。
もう自分の中で、彼女は完結しているのだ。
誰かが優しく手を差し伸べて助ける余地もないし、彼女もそれを求めてはいない。
あいつに救いは無いのだから。
だからこそ、狂人なのだ。
俺は、爆音が止んだので、エントランスの様子を慎重に扉を開けて窺った。
中は酷い惨状だった。リナの奴は当然いない。
焼けていないものは無いくらいで、カーペットの一部はまだ燃えている。
あの金属片の翼が俺の入ってきた扉の方に消えていくのが見えた。
最後に器用に扉まで閉めていきやがった。
「危ない危ない、と・・・。」
一定の順路を巡回しているということは、一度通った道はそうすぐには通らないということだ。
安全を考えるなら、奴が入ってきたところから探索すべきだろう。
そう思って、エントランスホールを抜けようと動くと。
「ん・・?」
木端微塵にぶっ壊れた噴水と女神像跡地の瓦礫の下に、なにやら鉄の蓋らしきものが見えた。
「これはもしかして・・・。」
さっそく開けてみると、そこは地下へと続く階段があった!!
リナ様々である。
それにしても師匠の性格からして、一番大事なものは堂々と隠すなんてことはしそうだ。
これは当たりかもしれない。
そう思って、中に入ろうとした時だ。
がちゃ、とフォートが開けてきた扉の反対から、いつもの随伴二人組が入ってきた。
「あ・・。」
「あッ」
「ああッ」
俺たちの状況は、二秒足らずでお互いに伝わった。
「馬鹿待て、撃つな!! 近くにあいつがッ!!」
俺の叫びも虚しく、銃剣持ちは容赦なく発砲してきた。
俺は仕方なく風の防護が機能している間に、中に入ってしまおうと試みた。
しかし、それはショットガンを装備したライフル持ちが圧縮空気の銃弾を連射し、ごり押しで俺を壁までぶっ飛ばした。
がちゃ、とすぐさまフォートの奴が銃声を耳に入れ、エントランスホールに引き返して来た。
「目標を確認、完全に撃滅します。」
そして、当然のように死刑執行。
とは言え、さっきとは状況が違う。
俺は気功の魔術で底上げされた身体能力を駆使して、逃げることを選んだ。
銃剣持ちの選択も同様だったが、速攻で背中を撃たれて撃墜された。
だが、ライフル持ちは無謀にもさっき俺が見つけた地下への入口へと走った。
これは死んだな、と思ったら。
「マスター、訓練ご苦労様です。」
「ありがとうな、フォート。」
奴の目の前を、あっさりと素通りしやがった!!
ていうか、マスターってことはお前があの連中のリーダーなのかよ!!
機関銃女のパシリに真っ先に走ってたくせによ!!
一番パッとしない奴じゃねぇかこの野郎!!
そしてバカみたいな物量攻撃が俺にも晒される羽目になる。
爆発に吹っ飛ばされながらも、何とか俺は扉に辿り着いて、中に逃げ込むとその場にへたり込んだ。
「はぁ、はぁ・・・たすか」
「ターゲット、発見。」
突然背中の扉が開くと、直後に脳天に銃弾を受けて俺の意識はブラックアウトした。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
今日はよく死ぬ日である。
・・・よくよく考えてみればひどい言葉である。
『あははははッ、もう何度目だっけ?』
師匠の念話が飛んでくるが、もうそれに気にかけている時間は無い。
「魔導書、頼む。」
このままでは埒が明かないため、俺は魔導書にとある魔術の始動と制御を任せた。
すぐに了承の意が返ってくる。
俺が最初の洋室を出る頃には、その魔術は発動していた。
その魔術の名は、“ハデスの隠れ兜”。
言わずと知れたギリシア神話に登場する冥府の神ハデスの有する、被ると姿を隠せるという兜の力を模した魔術だ。
こういった細かい魔術は不得意なので、制御は魔導書に任せる。
俺の姿が掻き消え、これなら下手なことをしなければ見つかることもあるまい。
俺はすぐにエントランスに向かい、中に誰もいないことを確認すると、隠し階段の中へ向かった。
階段を下りた先には、縦長の通路があり、奥まで距離がある。
道中には数々のトラップが踏破された形跡があり、全部が全部停止している。
そしてその先には、全員が探し求めるオブジェクトがあり、あともう少しでそこに王手を掛けるライフル持ちの姿があった!!
「させるか!!」
俺は即座に奥へと駆け出し、魔剣を弓に変形させて“銀の矢”を番える。
奴の移動速度と銀の矢の弾速なら、こちらの方がずっと速い。
そして、俺が“銀の矢”を解き放つ―――寸前だった。
ターン、と言う銃声と共に、ライフル持ちの後頭部に穴が開いた。
彼が粒子になった直後を、俺の放った“銀の矢”が通過し、オブジェクトの置いてある奥の壁に着弾した。
「んなッ!?」
「ふぅ、間一髪、と言ったところですか。」
振り返ると、構えていた狙撃銃を下すあのクソガキが居た。
「味方を、撃ったのか!?」
「貴方にやられてチームが敗北するよりマシでしょう?
それにこれは所詮、ゲームに過ぎないのですから。」
前は遠くからだったが、今度はだいぶ近いからよくわかる。
この恐ろしいほどのリアリストは、あのリナよりもなお幼い子供だった。
年齢としては、きっと十代前半だ。
まだ第二次成長期も来ていない、身長百四十センチ前後のガキだ。
そいつが、あのバカげた狙撃をする、スナイパーの正体だった。
何が一般人だけの部隊だ、どいつもこいつも普通じゃねぇじゃねえか!!
師匠が笑っているのが目に浮かぶようだ。
最初に、始める前の俺はさぞ笑えたことだろう。
「・・・だが、多分俺がお前を倒しても結果は同じだと思うぜ?」
「おや、果たしてそうでしょうか?」
間合い的に絶体絶命のはずなのに、なぜかクソガキは笑みを浮かべていた。
張ったりか、と俺は勘ぐったその瞬間だった。
『オブジェクト破壊を実行されましたー。
プログラムに従い、十秒後にこのオブジェクトは破壊されまーす。』
俺は驚いて、オブジェクトの方を振り返った。
そこには、オブジェクトの横には、知らない人影が在った。
全身真っ黒なスーツは他の連中と変わらないが、それが頭部全体にまで及んでいる。
奴がパネルを操作したのは間違いなかった。
奴はそのまま、空気に溶けるように消えた。
もしかしたらあのスーツは光学迷彩みたいなものなのかもしれない。
「彼は我が部隊唯一の偵察兵ですよ。
その任務は隠密活動全般と地形の情報収集などなど。」
勝利を確信したクソガキは、聞いてもないのに解説までしてくれた。
考えてみれば高度な電子化のされた部隊に、情報管制までいるのにそれがただの無線の中継地点なわけがない。
情報収集担当が居ないのがおかしいのだ。
そう、ここに来て奴らは、最後の札を切ってきたのだ。
「そして、これが僕の最後の仕事ですよ。」
クソガキは腰のホルダーから取り出したリボルバーを、天井に向けて連射した。
バンバンバンバンバンバン、と銃声が迸る。
「まさか・・・。」
「まあ、勝利の為と、味方を撃ったケジメですかね?」
そう言ったクソガキの背後にはもう、そいつが来ていた。
「とは言え、こうなるだろうと予測して偵察兵の彼をお兄さんの後詰めに、念の為に僕をここに配置したのは作戦参謀の采配ですが。」
「くッそおおおおおぉぉぉぉ!!!」
俺は真っ赤な銃火と爆炎に包まれながら、叫んでいた。
『オブジェクトが破壊されましたー。
最後のオブジェクトが破壊されましたので、この試合は“スラッグショット”部隊の勝利でーす。」
・・・・まさかの、全敗だった。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
「はいはーい、ゲームセットね。
あー、面白かったわ。最後の最後がなんか爆発オチみたいになっちゃったのが不満ね。
やっぱりフォートを投入したのは間違いだったかしら。」
「・・・間違いだと思うならあんな殺傷力過多な奴を作らないで下さいよ。」
試合が終わると、元の教室に戻ってきた俺は師匠の前に這いつくばっていた。
もう力尽きたのだ。もう真っ白である。
「だってあれ以上は普通にやったら絶対ぐだると思ったのよ。
別の方向でぐだり掛けたけど、いい感じに終わってよかったわ。」
師匠はいつでも楽しそうでいいよな・・・。
「師匠、いつかリベンジしますから、連中を目一杯鍛えておいてくださいよ。」
「それは勿論。機会が有ったらの話だけれど。」
師匠は俺の言葉に満足そうに頷いた。
今回は完全に手玉に取られてたが、次はそうは行かない。
絶対あの連中をぶちのめしてやる。
「さて、フウセンの方はもう終わってるわね。
欲しいデータも揃ったし。貴方も彼女と合流して、現実の朝まで基礎の授業を訓練よ。」
「はーい。それにしても、俺が訓練なのに奴らは三日の休暇か。
負けたとはいえ、悔しくて悲しくて、涙が出てくる・・。」
「三日の休暇と言っても、現実での休暇じゃないけどね。」
「えッ」
「当然じゃない。現実で三日も休ませたら、体がどれだけ鈍ると思っているの。
ちゃんと三日分休ませるわよ? この空間の時間を三日進めるだけだけど。」
「・・・・。」
師匠、それは詐欺っていうんですよ。
「さて、と。じゃあ、行きましょうか。」
「はい。」
俺は内心ざまぁと思いながらも、師匠に振り回されている彼らにちょっと同情した。
彼らと自分が全く同じ立場なのだと気付いたのは、その十数秒後だった。
なかなかうまい時間に終わらず、朝早くに投稿になりました。
なんとか三話で終わりました。幕間はそろそろいったん休憩かな。
スラッグショットの面々についての詳しくは説明しません。だって彼ら、ゲストですもん。
主人公は再戦を誓ってますが、もうこうして出てくることはないでしょう。裏でリベンジしてたりするでしょうが。
この間気づいたんですけど、百万文字以上この小説につぎ込んでるんですね。
まあ、こうやって幕間に気合入れたりしてるからでしょうけどww
次回はちゃんとフリューゲンの過去話後篇。
あの後彼がどういう日々を過ごすことになったのか、こうご期待。
それでは、また。