幕間 VSスラッグショット部隊 前篇
その日の夜、一通りの仕事をこなした俺は自室にいた。
現在、部屋中にオリーブの香りが立ち込めていた。
聖油などと大仰の名前だが、言ってしまえばただのオリーブオイルである。
俺はそいつを薄く延ばして体中に塗っている。
神様はこうして祈りを捧げて、病人に取り憑いた病魔を退けたという、今も教会に伝わる儀式だ。
「これで貴方に近づく死神も退けられるでしょう。ご武運を。」
エクレシアが膝を折って祈りを捧げるように手を組みながらそう言った。
「男子三日合わずば括目して見よっていうだろ、150時間以上修行するんだから、明日にはもっと男前になっているに違いないぜ。」
何となくちょっと格好つけて言ってみた。
いや、今のエクレシアの態勢じゃ俺のことなんて見えないんだけど。
「じゃあ、おやすみ。」
「私も朝まで一緒にいます。」
「えッ」
一瞬俺の心臓が飛び跳ねた気がした。
「朝まで共にいると言ったのですが。」
「いや、聞こえていたけどさ。その、流石にそこまでは悪いよ。明日もあるし。」
「私が好きでやるのですから構いません。」
「もしかして、ずっとその姿勢で?」
「儀式の際に一昼夜この体勢のままというのも珍しくありません。だから慣れたもので平気ですよ。」
あくまでエクレシアは譲らないらしい。
「そ、そうか・・・じゃあ、毛布くらい使うかい?
たしかもう一枚こっちに・・。」
「ありがとうございます。」
祈りの姿勢から微動だにしないエクレシアに、俺は取り出した予備の毛布を掛けてやった。
「それじゃ、おやすみ・・・。」
そして若干の後ろめたさを感じながらも、俺はベッドに横になって眠りに就いた。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
目を開けると、ずっといれば気が狂ってしまいそうになるほど真っ白な空間にいた。
相変わらず無限に広がっているように思える無機質な純白の空間だった。
「よく来たわね。二人とも。」
数秒もしないうちに師匠が目の前に現れた。
気が付くと、近くにフウセンも居た。
彼女はこの不思議空間にぽかんとしているようだった。
すかさず師匠が指を鳴らすと、世界は一変し、まるで学校の教室のような一室になった。
「これ、どうなっとるんや・・・?」
「フウセン、まず貴女は色々な検査を受けてもらうわ。」
驚くフウセンなど気にせず、師匠は言いたいことをさっさと言った。
「け、検査って、注射とかするん?」
「まさか。ここは人間の精神世界で構築された夢の中のようなものだから、現実では出来ない貴女の能力測定とか実験をまとめて行おうと思ってね。」
「ああ、いつものやつな。」
「それだけじゃないけれど、それらを本気で出来るのよ。」
「ほな、まかせな。」
フウセンは胸を張って師匠に答えた。
「じゃあ貴女は先に別室で違う“私”の指示に従ってちょうだい。」
「分かったわ。」
フウセンが頷くのを認めると、師匠は指を鳴らして教室から彼女を消した。
きっと別室とやらに行ったのだろう。
「次はササカ、貴方よ。」
「はいッ!」
「いい返事ね。貴方はさっそく実戦よ。まず貴方の動きが見たいわ。
いきなりだったから残念ながら相手は用意できなかったので、私の子飼いの部隊“スラッグショット”と戦ってもらうわ。」
「スラッグショットっていうと、確かリナの奴がいる部隊ですよね?
なんでも、師匠たちじきじきにスカウトした実験部隊だとか。」
あの爆発娘の相手をするとなると、なんだかとても気が引けるのだが。
「ええ。主に兵器の性能テストと、それらの兵器の実戦で使用してもらうために、わざわざ地上の人間で魔術に関わってしまった者をピックアップして勧誘しているの。」
「ってことは、基本的にはただの人間ってことですよね、魔術師じゃなく?」
多少身体能力が強化できるくらいの魔術は扱えるとかは言っていたが、それでも所詮は人間だ。
魔族が相手でも一般人はどうにでもなるというのに、師匠は何を考えているのだろうか。
それとも銃火器を持たせた程度で、俺はどうにかなるとでも思っているのか。
流石に不意打ちを食らえば分らないが、魔術で銃火器を無力化する術なんて幾らでもあるのだ。
「ふふふ、貴方が彼らを舐めてるのが手に取るようにわかるわ。
これは忠告だけど、気を抜かない方がいいわよ。
なにせ、将来的には兵器を実戦で実地テストしてもらう予定まで想定して、“私”が対魔術師戦闘の骨身にまで染み込ませてあげたわ。
人数は十人にも満たないけれど、練度はそこらの軍隊に引けを取らないわ。」
師匠は随分と自信満々に言う。まるで彼らも自慢の“兵器”の一つだと言わんばかりに。
「それにあっちには貴方に勝てたら、三日の休暇を与えると言ったの。やる気は満々と言ったところね。」
「なるほど・・・。」
どうやら師匠はその一般人の部隊を甚くお気に入りのようだった。
やっぱりリナみたいに個性が強いやつばかりなのだろうか。
「つまり俺は連中の体のいい練習台ってことですか?」
「まさか。向こうは本物の魔術師を相手の経験は浅いけど、実力を確かめるチャンスなのは認めるわ。
でも、貴方が今のところ彼らを相手にどこまでできるかも気になるのよ。」
どうやら、俺より先方の方が強いというのは何かしら理由があるらしい。
多分、人数の差だと思うが。
向こうは何せ、“部隊”なのだし。
「試合形式は簡単よ。某FPSを参考に、貴方は密林フィールドにある順次開放されるエリアの拠点を合計三つ防衛してもらうわ。
エリアが解放される条件は、貴方が防衛すべきオブジェクトが破壊された時のみよ。
それを破壊するには、彼らがその目の前に直接行って簡単なパネルの操作をしなければならない。
それから十秒後に、拠点のオブジェクトは破壊され、貴女は次のエリアの拠点に強制的に移動してもらうわ。
勿論、貴方はパネルの操作でそれを解除できる。ここまではオーケー?」
俺は頷いた。似たようなルールのFPSのゲームはやったことがある。
「要は、拠点の中にあるオブジェクトまで敵を通さなければいいんだろ?」
「その通りよ。そうそう、防衛の過程で貴方が死亡した場合だけれど、その場合その拠点は諦めてもらうわ。
その代り次の拠点で復活ね。最後の拠点の時にやられたら、ゲームオーバーね。」
「分かりやすくていいや。それで、俺の勝利条件は?」
拠点の防衛はいいが、それは何もずっとというわけではないだろう。
こちらと数の差が有ったとしても、防衛側は有利とは言え、ずっと延々と守っていては、いつかは負ける。
流石にそれはフェアではないだろう。
「向こうが提示した貴方の勝利条件は、隊員一名の死亡よ。」
「・・・なんだって?」
それは、本気で言っているのだろうか。
それだと、圧倒的に俺が有利すぎる条件ではないか。
あれこれルールを決めて、対等な条件でフェアに試合をするというのに、相手はあろうことか場合によっては数の優位性さえ捨てざるを得ない敗北条件を自ら出してきたのだ。
この手のFPSだと、時間制限があるとか、やられてもいい回数が決まっていて、それが防衛側の勝利条件になることが多い。
なぜ彼らはそれをしなかったのか?
「それだけ、自信があるってことか。」
「まあ、それは彼らの特色みたいなものだから。」
そう言った師匠は、どこか苦笑していた。
「じゃあ、準備はいいわね?」
俺は気を引き締めて頷いた。
油断はしない。なにせ、師匠が自信を持って育てた部隊だ。
「それじゃあ、移動させるわ。
今回は貴方の能力を見させてもらうテストのようなものだから、本気でやりなさいよ。」
師匠がそう言うと、俺は目の前が一瞬真っ白になって、世界が変わった。
白状すると、俺は相手が魔術師じゃないと聞いて安心していた。
少なくとも非常識な相手じゃない、と。
そう、油断していたのだ。あろうことか、師匠の傘下にいる部隊を相手に。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
気が付くと、そこは廃屋のようだった。
目の前に“オブジェクトA”と書かれたパネルが付いた黒い大きな箱みたいな物体がある。
これが連中のターゲットであり、俺の防衛対象だろう。
そうしていると、師匠の声が響き渡ってきた。
『そうそう、言い忘れていたけれど、今回のテストは貴方だけを試すものではないわ。
防衛は魔術戦闘の真価を問われる戦いよ。
防衛拠点の構築は貴方にやらせてもよかったけど、貴方は今のところガチガチの戦闘タイプだし、魔術の体系的に向かないから魔術的な工房の構築は私の方でやっておいたわ。
こういうのは制作の得意な魔術師がやらないと意味ないのよ。』
周りを見てみると、確かに魔法陣みたいなものがうっすらと刻まれていたりする。
『まあ、今回は貴方の純粋な戦闘力とか状況対応力とかがみたいわけだし、そっちはオブジェクトを破壊されないように戦いに専念すればいいわ。
ああそうだ、戦いの合図とかゴングとか無いからね。
そろそろ彼らのブリーフィングが終わって配置が完了次第、攻め込んでくると思うから、建物の外で戦うもよし、拠点に籠って防衛に専念するのもよし、よ。
ただ、簡単に終わるとは思わないでね。それじゃ。』
言いたいことは言い終わったのか、それきり声は聞こえなくなった。
俺は一応防衛ということで、廃屋の中を調べまわってみた。
廃屋は二階建てで、オブジェクトは二階にある。
この中にはそれ以外何もなく、いくつかの部屋があるだけだ。
部屋の中にはトラップと思わしき魔法陣や仕掛けが存在しているが、俺には反応しないようだ。
出入り口は一つで、窓は一階にしかない。
「うわッ・・・。」
外にでると、テレビでしか見たことのないアマゾンのような鬱蒼と茂る密林が広がっており、森の奥は夜のように真っ暗な闇で閉ざされている。
「これじゃあ奇襲の受け放題じゃないか・・。」
そもそも攻撃側の最大の利点は攻撃の場所と時間を決められることだ。
これくらいは当然の権利なのかもしれない。
そして拠点の周囲を確認している時だった。
ずだだだだだだだーーッ、と凄まじい轟音が響いてきたのである。
「な、なんだぁッ!?」
咄嗟に魔剣を呼び出して警戒しながらその音の方に向かうと、密林の奥の方の空から真っ白な煙が上がっていたのだ。
この上なく、嫌な予感がした。
その音は、言うまでもなくどんどんとこちらに向かってくる。
やがて、その方の暗闇に包まれていた密林がだんだんと晴れていく。
密林の太い木々が薙ぎ倒されるような音も。
「あぶなッ!?」
向こうから銃弾が飛んできたので、俺は咄嗟に伏せた。
そして、間もなく。
「ひぃぃいいいいやっっっはああぁぁーーーーッ!!!」
「どけどけぇええ!! 我らのマリアがお通りだああぁぁ!!」
「頼むからブリーフィングの通りに動いてくれよ・・・?」
機関銃を両手に乱射しながら木々を薙ぎ倒しこの上なく派手に登場した黒ずくめと、それのサイドに随伴の銃剣持ちとライフル銃持ちの三人が現れた。
どいつもこいつも連中はフルフェイスのヘルメットみたいなものを装備しており、ごつごつした薄くない漆黒のライダースーツみたいなのを着ている。
背丈はバカみたいな声を出して登場した機関銃持ちが身体の起伏から女性だと思われるのに一番の長身で、残りの銃剣持ちとライフル銃持ちと頭半分くらいの差を見せつけ、随伴二人は若干程度の差しかない。
体格は全員、俺と同じくらいで中肉中背であろう。
それ以上の特徴は見えないため、描写は残念ながらできない。
「こちら“機関銃”より本営に通達。作戦目標地点に到着、および敵性勢力の確認。排除するぞ? するからなッ!!」
「おい待て、一応確認を・・。」
「アホか、得物を見ろ、それにこんなところにいる奴が一般人なわけあるか、お前が今日の作戦を忘れたとは言わせないぞ。」
上から機関銃持ち、ライフル銃持ち、銃剣持ちの言葉だ。
現代の兵士がみんな揃って似たような格好なのは、個性を隠す目的があるのだが、こいつらはその上で個性的だった。
その隙に俺は立ち上がって、連中と相対する。
が、その直後に機関銃持ちが両手のそれを無言で乱射してきた。
「うわっぷ!?」
「あっはははははは!! 死ぬな死ぬな、死ぬなよぉおお!!
この程度でくたばるなよッ、もっと私に撃たせろッ、もっと動いて私に撃たせろッ、的は的らしく中らないように動き回れぇぇぇええ!!」
「いや、当たってくれないと困るんだけどな。」
咄嗟に風の防護を展開しながら逃げる俺に、機関銃女だけでなく銃剣持ちもそれを構えて発砲を始めた。
銃弾というのは、案外風の影響を受けるものである。
それはどれくらいだと計算できるほど俺は頭が良くないが、相手が銃を使うということで、事前にコストパフォーマンスの良い防護魔術を組んでおいたのだ。
飛翔体の運動エネルギーを減衰させる風と、それを弾き飛ばす風の二重層を纏う防護魔術だ。
ただの属性魔術の組み合わせだが、それだけでも銃器に対するアドバンテージは絶対的だ。
その甲斐あってか、俺は無事に何発か掠る程度で防衛拠点の中に飛び込めた。
防護魔術は大抵が耐久力か持続時間が存在し、この魔術は前者だ。いつまでも銃撃の中でも平気と言う代物ではない。
魔術は万能ではないのだ。
「こちら“機関銃”より本営へ。作戦の変更求む。敵が籠城した、敵勢勢力の排除を最優先!!
私はこのまま足止めを行うので、微調整は任せた。」
「意訳=もっと銃撃戦したい。」
すると銃撃が止み、がちゃ、という音が二度ほど続く。
弾倉をリロードしているのだろう。
銃剣持ちの声が可笑しそうに彼女を茶化す。
『こちら本営より“機関銃”に告ぐ。その行動は認められない。』
「じゃあ、現場の判断ってことで。」
『・・・こちら本営より各員に告ぐ。“機関銃”が例によって例のごとく独断専行を考えているので、フォローを行うように。』
漏れてくる無線の声から溜息のようなものまで聞こえてくるような気がした。
「はいはい、いつも通りか。」
「いつも通りだな。」
随伴の二人の声も慣れたようなものだった。
俺が状況を確認しようとドアの無い入口から様子を窺おうとすると、すぐに銃弾の雨が飛んできた。
「あっはっはっはははははは!!
これよこれッ、硝煙の香りが無いと落ち着かないッ!!
このマズルフラッシュは私の生命の輝きッ、この銃の反動が私の生きている証ッ、この瞬間がッ、たまらないッ、至福ッ!!」
馬鹿みたいに両手の機関銃を乱射しながら機関銃女がヘルメット越しのくぐもった笑い声が聞こえてくる。
周囲の状況が見えなかったり、指揮官の命令を無視したり、射撃を止められなかったり、銃を撃つことに幸福感を感じている。
典型的な見本みたいなトリガーハッピーだった。
こういうのは訓練で矯正らしいが、どうやら彼女の場合は筋金入りらしい。
いや、両手にあんな反動がヤバそうな機関銃持って平気な時点でかなり凄いのだが。
だがそういう相手なら組し易いもんである。
馬鹿みたいに撃って撃ち尽くすならそれで構わない。
こちらは今までのように向こうの声を風の魔術で聴きながら様子見をするだけである。
「もういいだろう? ゼロで突撃するぞ。十、九、八・・・」
「ひゃあ、我慢できないッ、ゼロだッ!!」
「アホかッ!!」
とか銃剣持ちは言いながらも、機関銃女にしっかり合わせているあたり、慣れた物なのだろう。
機関銃女が乱射しながら突撃を敢行してくる。
打って出てくるのなら、こちらもやりようはいくらでもあるのだ。
俺は魔導書に呼びかけて、魔術を発動させる。
師匠が発動までのプロセスが変更させたことにより、俺に負担が殆ど無くなった。
格段に使いやすくなっている。師匠様々だ。
そして俺は、不意を突くように連中の前に姿を現した。
「なにッ」
「自分から前に出てくるなんて、殊勝な的だなぁッ!!」
「待て、カーシャッ!!」
銃剣持ちが叫ぶが、俺は機関銃二丁の掃射を受けて当然のようにハチの巣になった・・・ように見えただろう。
俺はその時、幻術である術式“トロイの木馬”を纏い、空間跳躍を行う術式である“青銅の蹄”で連中の側面の密林に移動したのである。
そこから奇襲を行うつもりだったのだが。
「幻術だッ」
若干出遅れたライフル銃持ちがそう言った。
「やはりなッ」
銃剣持ちも感づいたのか、すぐに機関銃女の背後をライフル銃持ちと共にカバーするように守る立ち位置に付いた。
予想以上にこいつらの感は良いらしかった。
「どうする? やっぱ作戦通り行く?」
「いや・・・こちら“銃剣”より本営。作戦の変更を要請する。
敵性勢力を見失った。予想通り面倒な相手のようだ。これの排除を提案する。」
『こちら本営より各員に伝達。作戦参謀よりその提案が受理されました。
ただちに敵性勢力の排除を実行してください。』
優しそうな女性の声で無線の主はキッツイことを言う。
どうやら、あの銃剣持ちがこの現場でのブレインらしい。
俺の随伴から奇襲で仕留めようという考えは、当たりだったようだ。
完全にその奇襲のタイミングを逸してしまったが、考えている時間はなさそうだった。
なぜなら、連中全員が一斉にこちらを向いたのだから。
位置が、バレてる。
俺は咄嗟に、あの魔術を発動させた。
「はっははははは!! 隠れても、ムダムダムダぁああ!!」
やかましい機関銃女だけでなく、随伴の二人も発砲してきた。
少々危険性が高いからやりたくなかったが、俺はそのまま連中に突貫した。
銃弾の豪雨を何十発も受けながら、俺の進行は止まらない。
なぜなら、そういう魔術を掛けているからだ。
ギリシア系魔術“ネメアーの獅子の毛皮”である。
かの大英雄ヘラクレスの十二の試練の一つで、矢で射てもこん棒で殴りつけても傷一つ付かない獅子が居て、それの退治が彼の最初の試練となったとされている。
その獅子は後に獅子座になったと言われ、三日三晩英雄ヘラクレスに締め上げられてようやく倒されたとされる。
この魔術は防護を得ようというわけだ。
伝承にはその獅子の毛皮の下には筋肉が変質して甲羅のようになっていたらしいが、生憎とこれはそういう変化を求める魔術ではない。
単純に、強力な物理耐性だ。
それも物理現象と名が付く全てに対しての耐性だから、爆撃されようが落雷が来ようがその全てを弾き返す。
これは耐久力ではなく、持続系なので一定時間は全身が装甲で守られたようになる。
が、この魔術の欠点は、何を隠そう搦め手の魔術に弱いのである。
相手が相手なので、魔術を警戒しなくてはいいのだが、何せ相手はあの師匠の部隊なのだ。
警戒しすぎてし過ぎることは無いだろう。
「ちッ、後退だ。」
「はっはぁ、お前良いな、良いよ、素晴らしいよ、こんなに撃っても死なないなんて、最高だよおおおぉぉ!!」
俺に銃撃が効かないことを見るや、銃剣持ちは即座に判断して下がろうとするが、例によって機関銃女はそれに従う素振りすら見せない。
きっとあのヘルメットの下で恍惚の笑みでも浮かべていることだろう。
だが、
「あ、くそッ、こんな時にジャムかッ」
あれだけ乱射していたんだから当然だが、彼女の両手の機関銃がジャムを起こしたようだ。
何マガジンか分からないほど撃って、整備していないんだから当然だろう。
とはいえ、二丁とも同時にジャムるとは、不運である。
「この不良品がッ」
それらを投げ捨てて、手を背中にやるとそこから今度は二丁のサブマシンガンが現れた。
非常識なほど銃器を携帯してやがる。
しかし、一瞬とは言えその行動は決定的な隙になる。
間合いを詰めて、俺は魔剣の雷撃を伴った斬撃を繰り出す。
ほぼ同時にサブマシンガンを取り出した機関銃女も、バックステップと共に銃撃を繰り出す。
斬撃は巧みに銃撃を使って逸らされ、雷撃は途中で霧散した。
これは魔力抵抗された時の感触だ。
あのライダースーツ、やはり師匠の特注品らしい。
「ねぇ、アレ持ってきて!!」
「あれっていうと、あれか?」
「あれだろうなぁ・・・。」
機関銃女の声に、後退していた随伴の二人が顔を見合わせた。
やがて、ライフル銃持ちがその場から走りだし、戦線から離脱した。
その最中、俺は機関銃女と斬り合いを演じていた。
なんとこの機関銃女、溜息ひとつで早々に撃ち尽くしたサブマシンガンを捨てると、腰の両側面にあるホルスターからコンバットナイフとリボルバー拳銃を取り出して応戦しやがったのだ。
・・・しかも。
「やっぱり駄目だよなぁ、私のパトスを滾らせるのはサブマシンガンみたいな弱弾を使うような火器じゃ。」
またもや早々にリボルバーを打ち尽くすと、さっきのようなアホみたいな乱射魔から一変して落ち着きを払った様子になったのだ。
「くッ、このッ!!」
その状態で斬り合いをすると、間合いの差なんて関係なく詰め寄られ、魔術の防護が無ければ俺は今頃体中に赤い線まみれになっていたことだろう。
この女、普通に強い。ただのトリガーハッピーじゃない。
ジャンキーと同じように、凄まじい突破力があるに違いない。
斬り合いじゃ、分が悪い。
長身のくせに身のこなしが猫のように尋常じゃない。
「俺は無駄弾は撃ちたくない。一時退却だ、殿は任せる。」
「任されよう。」
そして、躊躇いもなく味方を逃がす殿になったことから、彼女の実力は疑いようもない。
殿は一番実力がある者がやるのが基本だ。
俺は銃剣持ちが逃げるのを、この機関銃女のせいで指を加えてみるほかなかった。
魔術を気功に変えてもいいのだが、その切り替えの隙を彼女に狙われるのが怖いのだ。
「君もマイスターに見いだされた口かい?」
コンバットナイフを構えながら、機関銃女は先ほどとは想像もできないほど穏やかに話しかけてきた。
「いいや、こちらから願い出たかんじかな。」
時間稼ぎだというのを承知で、俺はその会話に乗った。
「おや、それは珍しい。あの方々の性格を見て自分を売り込んだのかい?
何を求めてかは知らないが、凄まじい勇気と行動力だと思うよ。
“彼女”たちは少なくとも、味方であれば裏切らないからね。」
「あんたはどうなんだい?」
「私の場合、それを判断する余地は無かったかな。」
彼女は感慨深そうに首を左右に振った。
この距離だから分かったが、俺には目を瞑って溜息までしているさまがくっきりと。
だからその隙に俺は魔術“ダイヤモンドエッジ”を展開して、斬りつける。
防刃加工ぐらい当然しているだろうライダースーツと人体が、抵抗なく切り裂かれる。
バッサリ、と袈裟懸けに斬り捨てた。
「ふむ、時間稼ぎに乗ってはくれないか。」
「なッ・・・。」
「この程度で私を殺せるなんて思わないことだ。」
彼女から、血は流れなかった。
代わりに、銀色の液体が滲み出ていたが、それすらもズルリと彼女の体内に戻っていた。
そして切り裂かれて過激な衣装になっていたライダースーツも、自動修復機能でもあるのか、徐々に音もなく切り口が塞がっていく。
道理で、一兵士であんな大量の銃火器と弾薬を所持できるわけだ。
彼女は無駄撃ちをしても、絶対にシューティングゲームで言う抱え落ちはしないのだ。
所持する総ての弾薬を、彼女は敵へと叩き込めるのだ。
「マイスターから授かったこの体は実に便利だ。
なにせ、どんな反動の強い銃を撃っても、全く身体が軋まないんだ。
爆撃で半身が吹き飛ばされても、首を吹っ飛ばされても、私は銃を撃たせてもらえる。」
「まさか、お前ら全員そんなんだから、あんな条件を。」
「それは違う。これは私が特別、この体に流れる“血”に適合したからだ。
死に体のときに臨床実験を受けてね、それ以来こんなことをしてる。
私以外のみんなは生身だよ。尤も、君が私の仲間の誰一人として倒せるとは思えないが。」
機関銃女は、黒いヘルメットの奥で怪しく笑った。
その時、ひゅー、と音がした。
それが何かを確認するよりも早く、それは落ちてきた。
それは、何かの棺桶みたいな白いジュラルミンケースだった。
俺がそっちに視線を奪われている隙に、機関銃女がそいつに飛びついた。
俺も咄嗟に動こうとしたが、密林から飛び出してきた随伴の二人が銃器を発砲してきた。
それはただの銃弾ではなかった。
銃から弾丸を発砲した直後に、銃口から閃光が迸った。
それは雷撃だった。
俺は咄嗟に魔剣で打ち払ったが、次々と二人は次弾を繰り出して俺の脚を止めてきた。
そして。
「うっひっひ・・。」
機関銃女が、不気味な声を上げてケースの中からふざけた代物を引っ張り出した。
具体的には、銃身から先の銃口が二つ存在するという、大経口の銃器を連装式するという暴挙に加え、ミニガン並みの大きさと重量。
誰がどう見ても、個人携帯用とは思えない凶悪な物質だった。
銃身に、“Barrett Maria”と刻まれている。
どうやら、専用兵装らしかった。
彼女はそいつを抱えるようにして構えた。
「これを撃たせてくれるなんて、ありがとう。・・・お礼に痛くしないで上げる。」
がちゃがちゃと、そいつを動かすと、ががががと、狂ったようなモーター音が聞こえた。
本能が、あれはヤバいと警告している。
だから本能で避けた。
ががーーーーッ、と速い扇風機の端に何かが当たった時のように音が聞こえた。
それだけで、俺の後ろの密林の一部がドミノのように奥へと倒れて行った。
銃弾が見えなかった。
それどころか、あの機関銃女の姿も見えない。
なぜなら、アホみたいな量の硝煙が噴出して、彼女の周囲一帯が真っ白になったからだ。
イカレてる。あんな銃を作った奴もだが、それを使う奴もだ。
「んぎもぢいいいぃぃぃぃ!!!
これ最高すぎるうううぅぅ!! 反動で体が千切れちゃいそう!!」
「こんな産廃使えるの我らがマリアだけだろうな・・。」
「普通の人間が、あんなの使えないもんな。」
硝煙の奥からそんな声が聞こえる。
俺は冷や汗で体中がびしょびしょだった。
どう動けばいいか、必死に考える。
次の瞬間、俺は訳も分からず吹っ飛ばされた。
あのバカみたいな銃で撃たれたのだと、地面に落ちてから思い当った。
物理耐性の魔術が無ければ、俺の体は今ので木端微塵になってたことだろう。
「ふっははは、おい、今すごい吹っ飛びかたしたぞ。」
銃剣持ちの笑い声が聞こえてきた。
「(あいつら、見えているのか・・?)」
あの辺りは硝煙で真っ白なのに、こちらに正確に当ててきた。
当然、あのヘルメットには暗視機能とか付いているのだろう。
「ならッ」
俺は起き上がると、風の魔術で硝煙を吹き飛ばした。
すかさず化け物怪銃を向けてくる機関銃女にたちに向かって、雷撃を繰り出す。
「あッ」
「くそッ」
暗視ゴーグルは光を直視してはいけない。
性質上、昼間の太陽光だけでも十分だと思ったが、そこは師匠の作品だ。
ここまでしないと安心できない。
「ふふッ。」
急いでヘルメットの視界を切り替えている随伴二人を余所に、機関銃女は笑っていた。
笑いながら、当たり前のように撃った。
しかし照準が定まらない。
あさっての方向に見えないほど速い銃撃が迸る。
そして。
「この場は私たちの勝ちよ。」
と、噴出した硝煙の中で言った。
なに、と聞き返す前に、その答えは理解した。
真後ろから、爆音が響いた。
振り返るとそこにあるのは瓦礫の山だった。
それは、俺が守るべき防衛拠点だった。
彼女は最後にあの化け物怪銃で防衛拠点をぶっ壊したのだ。
そして、それを待っていたかのように、上空から小さな人影が舞い降りた。
格好は機関銃女たちと同じでフルフェイスのヘルメットにライダースーツだが、あの分かりやすい小柄な体を見間違えるはずがなかった。
「やっふーッ!! メイッ。」
鋼鉄の翼を模したスラスターを背負ったリナだった。
のんきにこっちに向けて手なんか振ってやがる。
「あッ、しまった。」
俺が急いで止めに走ろうとすると、足元に何かが転がってきた。
それを何かと確認したのが、悪かった。
その直後、俺は閃光と爆音で視覚と聴覚を奪われた。
「―――――」
俺の悲鳴は、俺自身でも確認できなかった。
その直後、俺は背後から突き飛ばされ、抵抗するまもなく両手を縄のようなもので縛り付けられた。
それは両足も同様で、俺が抵抗する気力が起きる前に、全身に電流が走った。
スタンガンのようなものでも使われたのかもしれない。
そして、そのすぐあと。
『オブジェクト破壊を実行されましたー。
プログラムに従い、十秒後にこのオブジェクトは破壊されまーす。』
と、師匠の声で念話が飛んできた。
まずい、と思うも、俺は何一つ抵抗できなかった。
かろうじて顔を上げることはできたが、そこには銃剣持ちが俺を見下ろす姿だけがあった。
彼が何かを言ってきた。
彼はシニカルな笑みを浮かべて、恐らく、お返しだ、と言ったのだろうか。
それを確認する術は無く、十秒が経ち俺の意識がホワイトアウトした。
『オブジェクトが破壊されましたー。
各員は所定の位置に移動させてもらいまーす。』
第一ラウンドは、俺の完敗だった。
すぐに意識が浮上し、視界が輪郭を取り戻す。
目の前には、最初と同じように真っ黒なオブジェクトが存在していた。
歯を食いしばる。両手を限界まで握りしめた。地団駄を踏んだ。無意味に大声で喚いた。
それくらい、素直に悔しかった。
清々しいほどの完敗だった。
「くそッ、あいつら・・・次は、負けないぞ。」
第二ラウンドの、開始だ。
ほんとは一話にまとめたかったのですが、思ったより描写が長くなってしまい、前後篇になりそうです。まあ、いつものことですがww
思ったより早くかけました。書きたいことなら早くかけるんですよね、私ww
全盛期には一日八千文字前後を毎日投稿していた時期があったのですが、今はそんな気力はないですねww
そんな年じゃないんですけれどww
それでは、また。