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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
幕間 弟子入り編
76/122

幕間 死神と弟子入り その二





俺は現代では当たり前になってしまった、典型的な漢字の書けない日本人だ。

それでも、一般常識の範囲内では読むことは可能だし、それで誰かに馬鹿にされない程度には書くこともできる。

俺がもし親に感謝することがあるのならば、俺が常識を得るまで扶養してくれたことだろう。


そんな典型的な日本人の俺だが、流石に漢字だけが四つも五つも並べば、読むのが嫌になるだろう。

だから俺は漢文とか古文とかが国語の授業で出た時は、真面目に受けた覚えがない。

そんなわけで、やたら長ったらしい漢字の名前を持つ日本神話や仏教の神様とかの名前とかは全く詳しくない。

実は社会の授業で日本の偉人の名前を覚えるのも苦手だ。



そんな俺だが、仏教の修羅道と言う言葉くらいは知っている。


絶え間なく続く戦いで苦痛が延々と続くと言う地獄の一つだ。

その本当の救えなさは、その責苦ではなく自ら戦い続けることによるものであるらしい。


それに関して詳しい人が聞けば笑われる程度の認識しか持たない俺だが、俺はまさに今その修羅道に身を堕としていると言えた。



前置きを省いて言えば、俺はまた今日も死神に挑みに来ていた。


血の川を上り、奴に殺された者たちが流れる戦場を超えてやって来た。

屍の積みあがる血の池の丘に。


見上げれば、屍の山の上にひび割れた満月を仰ぐ死神が居る。



俺は武器を構える。

俺の殺気に、死神が振り向く。


今日もまた、殺し合いが始まるのだ。

しかし、その日の記憶はそこで途切れている。





―――――――――――――――――――――――――





「なるほど、これは大変な無茶を言い渡されましたね。」

あの後、日課の消化の為に教会にエクレシアと共に戻ると、案の定フウリンに泣きついているフウセンがいたのだった。



「聞きましたよ。何と言いますか、随分ととんでもないことをしましたね。」

そして彼は俺の顔を見るなりそう言った。


「分かってるさ、自分でも無茶な願いをしたってことは。」

「そうではありません。かの『黒の君』の系譜に属するという事は、貴方は彼らと同列に見られるという事なのです。

最も真理に近しい彼らの秘術を受け継ぐだろう貴方を、大成の見込みがない魔術師が見ればどう思うでしょうか?」

フウリンは冷厳に俺を見つめるとそう言った。



「それは・・・。」

言われるまでも無い、魔術師と言うのはメリスみたいな連中なのだ。

あそこまで徹底しているのは稀だろうが、少なくともそう言う気質を持っている者ばかりに違いない。


「かの『黒の君』の魔導書一冊にしても、闇討ちや裏切りをしてでも手にしようとするものが絶えないと聞きます。

貴方はこれから、どんな魔術師を相手にも己の弱みを曝け出すことが出来なくなる。

貴方はこれからずっと、強者でなければならない。

それが『黒の君』の系譜の義務でしょう。」

「ああ、肝に銘じておくよ。」

思えば、俺はクロムが弱みを見せていることを一度も見たことが無い気がした。


それは彼女の性格だけでなく、そう言った面も少なからずあるのかもしれない。


「私も一度死に物狂いで彼の魔具を求める魔術師と当たったことがありますが、彼らからは鬼気迫るといった印象が頭から離れません。

きっとそのような妄念とも、戦うことになるのでしょう。」

エクレシアもそのように忠告をくれた。



「そないなことより、フウリン!! これどないしよう!!

ウチ、こんなにぎょうさん三日でなんて無理や!!」

「ふうむ、なるほど。」

フウリンは軽くフウセンが受け取った理論書をぱらぱらと目を通した。


「ちょっとそちらも見せていただけませんか?」

「あ、ああ・・・。」

俺は言われるがままに、フウリンに俺が受け取った課題のバインダーを渡した。



「ふむふむ、なるほど・・。ありがとうごさいました。」

それもぱらぱらと軽く目を通すと、すぐに俺に返却した。


「確かに三日で覚えるには難しい内容ですね。

ですが、自分にはまた別の意図を感じられます。」

「別の意図だって?」

「どういうことなん?」

半ば諦めかけていた俺とフウセンは、藁にも縋る気持ちで聞き返した。



「いえ、これは自分が言って良いことなのかどうかわからないのですが・・・。

恐らく期限が訪れても、その場で試験や実技をしろとは言われないと思いますよ。」

「え?」

「だから、それはどうゆうことや?」

俺がどういう事か問う前に、フウセンが必死にフウリンに縋る姿は何だか見ていて虚しくなる光景だった。


「流石にそこまでは・・・ですが、自分でできる限りのことをするべきでしょう。

少なくとも、魔術の基本はすべてここに収まっているようですし、彼女の指導は的外れではないでしょう。」

「でも、魔術の習得って時間がかかるもんなんだろ?」

俺は流石にここに載っている魔術の全てを理解するのは無理に思えた。



「何を寝ぼけたことを仰っているんですか。」

「え?」

フウリンの態度は俺をバカにしているのではなく、俺が単純なことに気づいていないことを見ていて可笑しそうに笑っているように見えた。



「それよりずっと難しい魔術を、貴方はここ二か月で幾つも習得してここにいるのではないですか?」

「・・・それは、魔導書のお蔭で・・。」

それを言われては反論できないが、その魔術の一つ一つの理論を理解しているかといえばそうではない。

全てが魔導書の補助により、俺は魔術の行使を可能としているだけだった。


そう、俺は魔術を出力する装置に過ぎないのだ。

今の俺は魔術師ではなく、“魔術使われ”なのかもしれない。



「かの『黒の君』の魔導書は、それ一冊で並みの魔術師何百人分に匹敵すると聞きます。

ですがそれ単体では決して成立しえません。

それを持ち腐れするのも使いこなすのも、貴方次第ですよ。」

「・・・・・・。」

俺は、やっぱりフウリンに何一つ言い返せなかった。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




「ふぅん、なるほどねぇ。」

その日の夜、俺はクラウンの部屋でメリスに貰ったバインダーを貸し出していた。

今日の仕事の合間に、弟子入りの話をしたのだ。


人間が使う魔術に興味があるということで、俺も魔導書『パンドラの書』を熟読し直している横で見せてやったのだが、彼は小一時間で読み終えてしまったようだ。



「確かに魔術の基本は全て収まってるけど、これって精霊とかの力を借りないから魔力の転換効率悪いし、効力も薄そうだね。

術式の構造は単純で扱いやすそうだけど、脆弱で打ち破るのは簡単そうだ。」

精霊とか普通に認知できる竜種らしい意見だった。


“属性魔術”は、まんまライトノベルやRPGに出てくる魔法などを想像してもらえれば十分だ。

ファイヤーボールとか、サンダー、とか、そんな感じの分かりやすくイメージしやすい効力を持つ魔術体系である。


「だけどエクレシア曰く、常人に毛が生えた程度の才能でも習得できるのが利点らしいぞ。

現代の人間の魔術師は本命の魔術体系の他に、補助で別体系の魔術を習得しておくのが一般的らしいんだが、この“属性魔術”はその利便性と汎用性から選ばれることが多いんだと。」

それに一般レベルの魔術師なら、“属性魔術”で充分相手になるらしいし。

逆に自分の魔術の特性を隠したい時にもこちらで対応することで、弱点の露見を防ぐこともできる。

専門性も無いため、独特の癖がなく応用もしやすい。


神秘性の無さも突き詰めれば利点となるのだ。

別に属性が無い魔術も多く、強化魔術とか、治癒魔術とか、詳しく説明されない固有の名称がない単純な魔術はたいていがこの属性魔術らしい。


確かにこの魔術を理解することが、魔術師に対するアプローチの第一歩になることだろう。



実は誰にも言えないが、ちょっと理論を飛ばして効力の部分を読んでみると、その内容にわくわくした。


神秘性が無いなんて嘘だと思った。

一般人が思い描く魔法のイメージが詰まった、素晴らしいものに思えたのだ。


俺が扱える魔術は確かに強力だが、あまりにも無骨だ。

人知を超えた御業を行使する高揚感と全能感は確かにある。

だが、俺の追い求めている魔術の像からはかけ離れているようにも感じたのも事実だった。



だけど、それも所詮幻想なのだろう。

属性魔術を仮に一通り習得した後に多分、俺は現実を直視せざるを得ないと思う。


それはきっと、俺が俺の限界を知るからだ。

この魔術体系は、きっと魔術師の試金石。


魔術という現実を目の前に突き付ける、才能の指針なのだ。



「まあでも、これはこれで面白いね。

術式も分かったことだし、これらは僕の精霊魔術でも応用が利きそうだ。元々応用が前提で作られているみたいだし。

もし僕がこの魔術を覚えて来いと試験を出して、そのまま覚えてくるだけなら即座に破門するね。」

「え? そうなのか?」

「だってこれはあの『黒の君』の系譜が広めた魔術なんだろ?

僕の聞いた話によると、人間の魔術で彼に影響を受けなかった人間はいないんだって。

それはそうだろうさ、この“属性魔術”とやらは、魔術を構築する基盤に最適な魔術なんだから。

全ての源流とまでは言わないけれど、多くの魔術体系はこれらの基盤によってかなり扱いやすくなるはずだ。

それこそ、本来必須なはずの詠唱や魔法陣の構築、儀式などの手順を可能な限り簡略化したりね。」

天才的だよね、とクラウンは言った。


俺は単純に、クラウンの見識に驚いていた。

応用することを前提とした、基盤となる魔術体系。


「じゃあ・・・。」

「そうだね、この“属性魔術”の真の意味はそれに気づけるかどうかだ。

この魔術体系自体には術式以上に意味がない。これを言われたままバカ正直に扱うようじゃ、正しく真理を追究する魔術師としての資格はないってことなんだろうね。」

だから神秘性も必要ないのだろう。


クロムもこの属性魔術を雑魚魔術師が使うものだって馬鹿にしていたが、自分はきっちりそれを応用し活用していた。

きっとそういうことなのだろう。



「これはこいつを見せてくれた礼と、僕が君を友人として教えられる分だね。

君が彼女の要望にどれだけ応えられるか、僕は楽しみだよ。」

「思えば、クラウンには最初から世話になりっぱなしだよな。」

何だかんだで俺が魔術を扱う土台をくれた魔族だし、結果的に人間にとって途方もない価値のある魔導書をタダ同然で譲ってくれた。


「そうかな、あんまり構ってあげれなかった気もするけれど。

まあ君がそう思うなら、君なりのやり方で恩返ししてくれればいいさ。」

「分かってる、あんたの理想は俺の理想でもあるんだ。」

「そうじゃないさ。今はそんな大きな事じゃなくていい。

僕にもっと“人間”という存在を教えてくれればいい。僕はまだ君という人間を全く理解できていないんだから。」

「そりゃあ、人間と魔族の考え方はかけ離れてるからな。

とりわけ、種族“人間”の中でも俺は変人の部類かもしれないからな。」

何せ人類の天敵として想像された“魔族”に協力したいという人間だ。

変人というより、狂人の類かもしれない。



「そうかな、我が盟友よ。だとしたら僕も魔族の中では飛び切りの変人だ。

なにせお前たち人間が面白くてもっと知りたいなんて思っているんだからさ。」

「なんだ、俺たちって結構似てるのかもな。」

「そうだね、気が合うのかもしれない。或いは運命なのかもね。」

「その可能性は高いな。」

エクレシアには悪いが、俺とクラウンの出会いは運命的だった。

何せ運命を操るという魔具に導かれて、絶対に出会うはずのない二人が会いまみえたのだから。



すると、こんこん、とクラウンの部屋のドアが叩かれた。


「ドラゴンさんドラゴンさんッ!! あれ、今日はお兄ちゃんもいるの?

きょうもいっしょにごほんよんで!! 今日はあたらしいごほんがいいなぁ!!」

ミネルヴァの声だった。

あいつがノックをするなんて常識をよく身につけたもんである。


あの細身から信じられないアクティブな野生児だからな。

旦那と共に開拓の最前線で活躍する魔族のスカウト部隊でもこいつをとっ捕まえるのは難しいだろう。



「ああ、入るといいさ。」

「なんだお前、ミネルヴァの奴に本を読んでやってるのか?」

「うんッ、いつもこのじかんにねむくなるまで、まいにちごほんをよんでくれるんだよ!!」

クラウンに呼ばれると同時にドアを開けて入ってきたミネルヴァが元気に答えた。


「何だか変に懐かれてね。

まあ面倒だけど、人間を理解するための行動の一環として仕方なくね。

それに引き取ると決めたのは僕だし、頼られているのに無下にするのも気が引けてね。」

「・・・・そうなのか。」

こいつは案外子供好きなのかもしれない。

意外な一面である。もしかしたらツンデレとかいうやつなのかもしれない。誰得だよ。


でも、ただ一言だけ言いたい。

こいつを人間という“種族”を理解する尺度にしてほしくはないということだ。


参考にならない人間をピックアップしてランキング化したら多分百位以内に入っているに違いない。

ちなみにクロムとかは十位以内に入るに違いない。

参考にするならエクレシアみたいな常識人が一番だろう、きっと。



「おにいちゃん、おにいちゃん。」

「ん? どうしたんだ?」

「おねえちゃんともっと仲よくなれたんだよね!!」

「あ、ああ・・・。」

色恋のいの字もしらない子供とは言え、そんなことを直接言われては何だか気恥ずかしい。

そしてそこ、笑うなクラウン。



「じゃあ、なんでここにいるの? いっしょにいないと、きっとさみしいとおもうよ。」

「ッ・・!!」

もし言葉で物理攻撃できるなら、俺は今心臓を抉り取られたと思う。

ミネルヴァは不思議そうに小首を可愛らしく傾げながら言った。

きっと悪意なんてそこには微塵もないんだろう。そんなの理解できないんだから。


「いや、今日はクラウンと話があってな・・・。」

「おねえちゃん、おとといよりきのう、きのうよりきょう、だんだんさびしそうになってたよ。

きいてもおしえてくれなかったけど、きっとおにいちゃんのことだとおもう。」

「うぐぐ・・・。」

こんな小さな子供の言葉に、何にも俺は言い返せなかった。



「こいつもしかして、想いは通じあったからその絆はもうずっと大丈夫、とか思ってるんじゃない?」

「ぷはははッ、そんなの幻想だってミネルヴァにもわかってるのにねえ!!」

「どうやって別れさせたら面白いかなぁ・・・。」

「いや、それはいまミネルヴァにキツイから勘弁してやりましょう。」

「それもそうね、この年で人間関係の生々しさなんて知ってもねぇ・・。」

と、好き勝手いうミネルヴァに憑いている妖精ども。

後半のボケどもはともかく、言ってることは間違いじゃないから始末が悪いし言い返せない。

だけどこいつらが世間一般に言われる“妖精”だなんて、俺は絶対信じない。


普通なら俺みたいなやつに妖精は見えないが、ミネルヴァと一緒にいる時間が多くなったせいか、彼女の価値観に感化され、見えるということがあるらしい。


・・・俺は感化されてない、されてないぞ!!



「ふーん、生意気だね。所詮はオスとメスじゃないか。

番いが相手の不義を疑うとか、それって自分に返ってくるって気づかないのかな。」

「・・・? よくわからないけど、ドラゴンさん、ひどいこと言っちゃだめだよ。」

「違うよ、お互いのことを本当に想っているならそういうことは起きないんだ。

こいつらの場合はまだ日が浅いからね、流行病のようなものさ。つまり心配するだけ無駄だってことだよ。」

「うーん・・・そうなの?」

「ああ、僕にも一応生まれた時から決められた婚約者がいるけど、何十年と会ってないけど相手のことで心配したことなんて一度だってないよ。」

衝撃の事実を聞いた気がするが、何だかクラウンに言われるとなんかむかつく。

こいつの余裕はこれが原因か。

そして妖精ども、てめえらもこくこくと同意するな。



「はぁ、わかったよ、そんなに俺が邪魔なら続きはエクレシアのところでやるさ。」

負け惜しみとわかっていても俺はそう言わずにはいられなかった。


「え、でも、おにいちゃんとはごほんよんでくれる約束してないし・・・。」

「ガキが年上を気遣ってんじゃねーよ。

お前のわがままが一つ増えたところでこちとらビクともしねぇよ。」

こいつは最近生意気にも、一般的に悪いことをすると相手に嫌われるということを学習したみたいで、他人の顔色を窺うなんて真似をしやがるようになった。

こいつ自身、それ自体を理解していないにも関わらず、だ。


所詮はガキの背伸びだが、ガキだからこそこういうのを気にしたりする。

なにせ、俺がそういうガキだったからだ。



「だから約束してやるよ、絵本ぐらいだったら俺も時間が空いているときに読んでやるさ。ほら、指切り拳万。」

「う、うそついたら、はりせんぼんのますー。」

「指切った、と。」

ミネルヴァに俺が教えた指切りをすると、俺は問答無用でバインダーと魔導書を書き抱いて部屋の外に出た。



「嘘ついたらー、拳骨一万かーい♪」

「嘘ついたらー、針千本のーますー♪」

妖精たちがキャッキャと楽しそうな声を上げている。

俺からすれば死刑宣告に近い。


妖精との約束は、誓約だ。

破ったら、それは現実となる。


彼女らは情状酌量なんてしないし、ましてや約束を叶える過程の清濁をも気にしない。

結果が全てだ。善でも無く、悪でもない。完全なる中性の存在。


ゼロか100しかない。それが妖精だ。



「ったく、らしくない。」

でも、俺らしいってなんなんだろうな。

川に揺れる“笹船”に過ぎない俺が。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




「こんな時間に婦女子の部屋に訪ねてくるなんて、感心しませんね。」

俺は直行でエクレシアの部屋を訪ねてみたが、案の定彼女は俺を見るなり不機嫌そうになった。

やっぱり相談しなかったことをかなり根に持っているようだ。


エクレシアはこう見えても根に持つタイプだ。

あの後クロムにも言われている。


「ちゃんと機嫌とっておきなさいよ、彼女は一途だけど、思いつめるタイプだから面倒臭いわよ。

不満があっても胸の中に秘めて口にしないわ。ええ、たとえ貴方に非があってもね。」

と、そんな感じで珍しくフォローに回るように。

やはりあんなんでもクロムも女性だということか。伊達に女心はわかっているらしい。



「どうしても君に逢いたくなって・・・。」

「・・・・・・・。」

「ごめん、クラウンとこに居たんだけどミネルヴァの奴がきて追い出された。」

「そうですか。」

無言の威圧に負けた。俺にきざなセリフは合わないらしい。



「いやでも、一緒に居たいってのは本当で・・・。」

「・・・・・。」

「俺だって、エクレシアのことを最優先にしたいけど・・・。」

「とりあえず、中に入りましょう。」

何とか部屋には入れてもらえるようだった。


彼女の部屋は相変わらず質素で生活に必要なもの以外存在しなかった。

かろうじて生活感はあるが、どうにもここを自室にするには躊躇われる居心地の悪さがある。

そう、まるで学校の保健室みたいな。


安心できるんだけど、どこか落ち着かないというか・・。



「どうしましたか?」

「あ、ううん、なんでもないよ。」

いけない、余計なことを考えていてもしょうがない。


ふと見てみると、机の上にランプが置いてあって、何かの本が広げられていたのが見える。



「何を読んでいたんだ?」

「獣人共通言語についてです。

魔族では非常にポピュラーな言語なので現在頑張って覚えている最中なのですよ。まだ片言ですが。

獣人系の魔族は種類もかなり多いですし、人間にも発音が容易なので、重宝しますよ。」

「相変わらず真面目だな・・・。」

エクレシアはガチで魔族の言葉を習得しようと、毎日練習しているのだ。


共通認識とかそのあたりの魔術は教義的にNGだからといって、そこまでできるのはすごいと思う。

流石に緊急時まで固執するほど彼女は頑固ではないが、俺がエクレシアの立場で使えるなら便利さに負けて使っちゃうだろうな。

実際俺は今の今まで使い続けているわけだし。



「私は魔族の皆さんとの間に些細な誤解も招き入れたくないのですよ。

その為にも私が完全に言葉をマスターしなくては。」

と、俺には到底真似できない真剣さで彼女は言った。


確かに最も理解しやすい言葉に置き換えて理解し合う共通認識の魔術では、ニュアンスの違いなどから意思疎通に齟齬が生じる場合がある。

俺も何度か経験したが、これは価値観の違いからくる相違でしかないとも思う。


やはりどれだけ綺麗ごとで言い繕っても人間と魔族は、違うのだ。



「俺に君の真面目さが一割でもあったら、俺の成績表は格段にマシになってたんだろうなぁ・・・。」

「少なくとも、貴方は自分の才能に関しては真摯に向き合っていると思いますよ。」

一見励ましているように聞こえるが、嫌味である。

こんな感じで時々キツイが、彼女に悪気はない。


やっぱりメリスに勝手に弟子入りを決めたことを根に持っていることは明確だったようだ。



「ごめん、今ちょっと個人的なことで立ち向かわなきゃいけないことがあってさ・・・。」

「・・・・・。」

「自分でも突っ走っていたと思う。心配かけたくなかったんだ。」

「・・・まあいいでしょう。

あなたは信用ならないということが早い段階で分かったのですから。」

エクレシアは溜息を吐いてそう言った。

もちろん呆れ顔だった。



「話してください。私たちの間に後ろめたい隠し事なんて無いんですから。」

エクレシアはベッドに腰掛けて、俺の目を見つめてそう言った。


「分かった・・。」

俺は観念して彼女の隣に座った。

きっと、彼女には一生頭が上がらない気がした。


そして俺は彼女に包み隠さず俺の今の状況を伝えた。




「なるほど。」

俺の説明を黙ってきいてくれたエクレシアは静かに頷いた。


すると彼女は戸棚から薄緑色の液体の入った意匠が凝ったビンを取り出し、俺の前に屈んでそれを俺の手に握らせた。


「これは聖油です。

これを身体に塗り、共に祈り合えば病魔を退け、その侵入を防ぐことができるでしょう。

ずっと戦いのことばかり考えていては疲れてしまいます。時にはこれを使い休息を取るべきです。」

聖油のビンを握る俺の手を覆うように彼女は手を重ね、上目遣いのまま強い意志の宿った瞳で俺に言った。


「・・・ああ、ありがとう。」

一応、一定の理解は得られたようだった。



「本当に、無理だけはしないでください。

今のあなたは、見ていて危うい。」

「・・・ごめんな。」

そのまま俺の膝の上に顔を寄せるエクレシアの髪の毛を梳くように撫でた。

彼女の短い金糸は柔らかく、触れたそばから解けていくようだった。


「君に心配かけたくなかったんだ。」

「・・・馬鹿な人。甘えていいといったのは、あなたじゃないですか。」

「面目ない・・・。」

「ふふふ・・。」

エクレシアは小さく笑った。

よほど俺が間抜けに見えたのかもしれない。


そして彼女は立ち上がると、優しく微笑んだ。



「少しずつ、お互いのことを知っていきましょう。」

「・・・うん。」

俺は子供のように頷いた。

・・・やっぱり、俺は一生彼女に勝てないんだろうなぁ。



「思えば、私たちはお互いのことを全く知りませんよね。

だから、さしあたっては今日から毎日、教え合いませんか?

少しずつでいいから、自分たちのことを。」

「え・・、毎日・・?」

一瞬どういうことかと分からなくなった俺だったが、エクレシアが若干顔を赤らめて目を逸らしてこういった。



「今日から毎晩、二人でお話ししましょうと言っているのです。」

彼女の精いっぱいのアプローチがいじらしかった。


「あッ、うんッ、よろこんで!!」

その時俺はきっと動揺して、かなりどもっていたに違いない。


そんな俺を見て、エクレシアは笑った。

俺はつられて苦笑いで応じるしかなかった。




「それで、課題の方は大丈夫なのですか。」

「あ、やべ・・・。」

それから暫らくいちゃいちゃしてたら、俺の持ってきていた魔導書とバインダーに目が入ったのか、エクレシアは真面目な態度になってそう言った。

俺はというと、すっかりエクレシアのことで頭が一杯で忘れていた。


「まったく・・・私も手伝いますから、一緒に頑張りましょう。」

「うん・・・。」

俺は先生に怒られる小学生みたいにしょんぼりしながら頷いた。


期限は今日を含めて三日ある。

時間には限りがある。有限なのだ。



俺がどうしようか悩んでいると、エクレシアが机の上を空けるために教本を棚にしまっているのが見えた。


「そうだッ!!」

それを見て、閃いた。


「どうしましたか?」

突然声を上げた俺にエクレシアが不思議そうな表情を向けた。



「いいことを思いついた。打開策を見つけたぞ。」

俺は不敵に笑って、エクレシアにその打開策を打ち明けた。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




そして時は流れ、期限の三日後の朝である。


今日はいつもの裏庭ではなく、応接間にいる。

俺とフウセンはソファーに座ってメリスの到着を待っている。


隣のフウセンは今も必死に本に血走った視線を落としてぶつぶつと呟いている。

目の下に若干隈ができているのは見間違いではないだろう。


「大丈夫でしょうか・・・。」

「さぁ・・」

付添いのエクレシアも彼女を心配そうに見ているが、まあこいつのことだから大丈夫だろう。

フウリンの奴も来ていないし、心配はしていないはずだ。



「勉強熱心なのはいいことなんじゃないのかい?」

その代り、クラウンの奴が同席している。

好奇心だろうが、親衛隊の任務だとか言ってついてきたのだ。


そういう問題じゃないだろ、と俺が言おうとした時だった。

がちゃ、とクロム・・・いや師匠がドアを開けて応接間に入ってきたのだ。


フウセンも彼女が入室したことで、本を閉じて背筋をピンと伸ばして硬直した。

相当に緊張しているようだった。


師匠は俺たちの向かいのソファーにどかどかと座り込んで艶めかしく足を組むと、どっかりと背もたれに後頭部を置いてあくびをした。



「ふぁぁ・・・どうやら、決意は揺らがなかったようね。」

「当たり前、です・・。」

もしかして見くびられていたのだろうか、と俺は師匠を軽く睨んでそう言った。


「ウチは、ちゃんと、覚えて、来ました。頑張りました。」

フウセンは傍から見ても暗記した内容を必死に忘れないようにしている学生みたいな感じなのが丸わかりで、なんだかかわいそうだった。



「んあ? ああ、あれ?

あれは貴方たちが逃げ出さないかの試金石よ。

途中で考えが変わって辞めたくなるとか、貴方たちが本当に私たちの身内になる覚悟があるか、とね。

本気であんな弟子を使い潰すような教え方をするわけがないじゃない。

さりとて言われたことを全くできないようでは失格よ。この私の弟子になるのだから。」

そういって、師匠は俺を見やった。


「貴方はどれくらい課題をこなしたの?」

「全部です。」

「全部?」

俺の答えに、師匠が若干訝しげな視線を俺に投げかける。

流石にそこまでは期待していなかったのだろう。


「確か、手段は問わないと言ったわね。

いったいどんな手段を用いて会得したのかしら?」

「こいつを使いました。」

俺は魔導書『パンドラの書』を取り出して見せた。


「こいつに聞いたところ、まだ魔導書本体に魔術を記録する容量が余っていたので、そこに貰った術式をインプットさせて、必要な時に自由に引き出せるようにしました。」

「それって会得したって言えるの?」

「はい、以前大師匠に知識が足りない分はこれを使って補えといった感じに言われたので。」

「なるほど。」

師匠はふふっと笑った。


俺は正規の手段ではなく道具に頼り、大師匠の名前まで使ったことに少々後ろめたさを感じながらも、師匠の顔色を窺い続けた。



「でも、それって反則よね? 大師匠の魔導書なんて、想定していなかったし。」

「・・・はい。失格でしょうか?」

「いいえ、むしろ満点よ。魔術師にとって裏道こそ正道。

自らの持てる才能で道具を使い、魔術を扱えるようにしたのならば、過程なんて些細なものよ。

これが試験なら、私は迷わず合格を与えたでしょうね。

・・・断言するわ、あなたは本質的に魔術師の資質があるわ。」

ぱちぱち、と乾いた拍手を俺に送りながら、師匠はそう言った。



「ありがとうございます。」

「まず私が二人に教えるのは自衛の手段よ。

私たち魔術師は何よりも自分の知識を外敵から守ることを最優先しなければならない。

その為にも隠遁したり、派手な行動はそもそも行ったりしないのだけれど・・・。」

「ちょ、ちょい、待ちぃ。」

さっそく講義でもし始めようとする師匠を、フウセンが遮った。



「どうしたのよ。」

「ウチ、ウチになんかないんか!? せっかく必死で覚えたんやけれど・・・。」

「ああ、あれにあんまり意味はないわ。

教養として覚えておくのには限るけれど、必須ではないわね。むしろ邪魔かもね。

だって固定観念は魔術のイメージや発達を阻害するもの。

私はあなたの苦手な分野で、逃げ出さずに立ち向かう姿が見れただけで十分だわ。」

「そ、そんなぁ・・・。

せっかくウチ・・頑張ったのに・・・ムダやて・・。」

あ、フウセンががっくりと肩を落として、燃え尽きた。



「ああ、そうそう忘れていたわ。

これ、弟子入りするならこの契約書に血判でサインしてね。

あとこれでもう、後戻りできないから。」

そういって師匠は俺たちに一枚ずつ書面を差し出した。

それは黒塗りの真っ黒な紙に、文章が書かれている。


「これは、黒魔術契約書ですか?」

「ええ、悪魔が取り交わす契約と同じ原理の、お互いの魂を掛ける最高位の契約証文よ。

破ったら、破った方の魂がバラバラになるわ。」

エクレシアが師匠に確認を取るようにそういうと、師匠はこの怪しげな書面について説明してくれた。


見せてください、とエクレシアが俺の前に置かれた書面を取り上げて、目を通す。



「本気で二人を弟子入りさせるつもりなんですね。」

「ええ、不備はないでしょう?」

「はい。・・・・あの、ここの記述はなんでしょうか?」

エクレシアが書面の一文を指さし、師匠に訊ねた。


「ええと、・・・ただし、この者の相続権は最下位とし、師メリスに関する財産を一切の相続の権利は無いものとする、だって?」

俺もその一文を横から覗いてみた。

どういうことだ?



「だって、あなたは錬金術を学ぶ気が無いでしょう?」

「え、まあ、たぶん・・・。」

「面倒なのよね、複数の弟子を取るって。

でも喪失のリスクもあるから、弟子同士が、同じ血を持つ兄弟が、親の遺産の相続を争って殺し合いなんて日常茶飯事なのよ。

あなたは私の弟子になるのだけれど、私の家の魔術を受け継ぐ者にしか私は何も遺さないと明言しておくのよ。」

一応俺たちのことを考えてくれてはいるらしかった。

とは言え、俺には何も遺す気はないらしいが、この人が普通に死ぬとは思えないので、会ってない約束だろう。


「魔術師の師弟関係は、血の繋がりにも等しいわ。

そして魔術の継承は血よりも濃い。

私は師として貴方たちを愛するし、貴方たちも私を敬愛しなければならないの。」

「だから身内、なんですね。」

「そうよ。」

師匠は頷いた。


彼女は軽く答えたが、その意味は深く重い。



「ええと、血判て・・・なにか刃物とかないん?」

「ああ、それならそこに親指を押し付けるだけでいいわ。名前の横の丸印のところ。」

「ここに、こうやね、ってあじッ!?」

フウセンが師匠に言われた通り署名欄の横にある丸印に親指を押し付けると、ジュッと何かが焼けるような音が聞こえた。


「いっつぅ・・・。」

フウセンはあわてて親指を抑えたが、そこに怪我やましてや火傷など無かった。

そして契約書には、赤い血で判が押されていた。


「契約完了ね、よろしく弟子一号。」

淡々とした作業を見送るように興味なさそう師匠がそう言った。


俺も痛みの覚悟を決めると、それに倣って契約書に親指を押し付けた。

ジュッ、と親指から全身に一瞬で痛みが広がる。


「痛ッ・・・」

これは断じて火傷の痛みではない。

魂を縛り付ける契約を行った、その証だった。



「思ったのだけれど、君は彼女と同じ実力の分身に何度も勝っているのだろう?

だったらなんで今更彼女に弟子入りなんてするんだい?」

ふと、契約を見守っていたクラウンが不思議そうに俺に訪ねてきた。


「あははは、冗談はよしてほしいわ。

私が全力を簡単に出すわけないじゃない。

私が本気で何もかもやったら、この世の物事はあまりにも詰まらな過ぎるもの。

というか、私の本当の全力を知っているのはオリジナルの私だけなの。

他の“私”には出せる能力や知っている情報が制限されているもの。」

果たしてそれが強がりか、はたまた真実か。

怪しく笑う師匠にその真偽を訪ねる勇気は俺にはなかった。



「今だから言えるけど、それでも初期型はこの制限が甘かったから、“ブラッティキャリバー”部隊の連中が暴れた時は少し肝が冷えたわ。

あれの部隊にはまだアポトーシス信号を送ってホムンクルスの全身の細胞を殺すチップが未搭載だったのよ。

だから証拠の隠滅にはお互い多大な出血を強いられる羽目になったのよね。」

「もうあんなことは無しにしてくれへんとこまります・・・。」

「最大限、善処するわ。」

肩を竦める師匠に、悪びれた様子はない。

それを見やるフウセンも半ば諦めたような表情が浮かんでいた。




「それじゃあ、最初の講義といきましょうか。」

こうして俺とフウセンは、正式に師匠の弟子になった。








こんばんは、ベイカーベイカーです。

気が乗らなくて就活そっちのけで更新しましたww

時系列は違いますので混乱を招きそうですが、こんな感じで交互に幕間を更新するかもしれません。

そんなわけで、また次回。


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