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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
第四章 断片編
70/122

連載一周年記念 「平凡な私と偉大な師匠」




―――エピソード1「師匠と私の始まり。」




私は、暗澹たる思いで目の前の闇を見つめていた。


そこにあるのは地獄にでも通じていそうなほど深い階段があり、その為だけにここ王城の隅っこには塔の上だけを切り取ったような円筒形の建物と赤く尖がった屋根が備え付けられている。

窓は無く、ただ白い外壁と赤い屋根だけの小さな建物。


一体何の用があるのかと、警備の兵士さんたちは不審がられたが、私の目的は階段の底にあった。

不安に駆られた私は決意を新たにし、手の中にある一枚の紙切れを握りしめて何度も挫けそうになる心に更にもう一度意を決し、私は深淵の闇に足を踏み入れた。


それが、私の運命の分かれ道だった。




私は明かりの無い闇の底へ続く階段を慎重に降りていく。

ところどころに照明なのか、発光する石が壁に取り付けられているが、それは頼りない灯りだった。


どこまで続くか分からないこの階段から足を踏み外して転げ落ちようものなら、それだけで死んでしまうと思うほど、闇は底知れなく続いていた。


どれほど私は階段を降りただろうか。

ようやく、例の照明に照らされたドアを発見した。



「・・・すみませーん。」

私はこの場の雰囲気で委縮していたのか、思わずか細い声しか出なかった。


「すみませーん。誰かいらっしゃいませんか。」

今度はノックを交えて、精一杯声を張り上げて言ったが、反応は無かった。


中はまるで人の気配すら感じない。



「しつれいしまーす・・。」

そして今更後には引けずに、ドアに手を掛けて中に入ろうと試みた。



鍵はかかっておらず、きぃぃ、とドアからは木のきしむ音が聞こえた。

私は幽霊屋敷に入ってしまった旅人のような気分で、中に入った。



中は薄暗くも全体を見るには十分明るかった。


そこは簡素な部屋だった。

幾つかのドアと、本棚と薬品棚、そして机と椅子があるくらいだった。


もっと怪しげで“いかにも”と言う雰囲気を想像した私は、何だか拍子抜けした気分だった。



「すみませーん、誰かいませんかー・・?」

私は部屋の中に入り、何度もそう言いながら家主を探した。


しかし、探しても本棚の敷き詰められた書斎、作業室と思われる工房、不気味な品々があふれる倉庫など、どこにも人の影すら見当たらなかった。

最後に寝室と思われる部屋を探したが、誰も居なかった。


やはり留守なのか、と思った時、寝室の隅に怪しげなドアが存在していた。

魔法陣と思わしき呪法か何かが刻まれ、淡く瑠璃色に光っていた。



私は魔術師なんだからそこにいるのかも、と思ってそこのドアノブに手を掛けた。


「わあッ!?」

その瞬間、バチッと私に静電気のように軽く電撃が走った。


そして、その直後だった。



「誰が出てきて良いと言ったッ!!」

突然、私の後ろからそんな怒声が放たれた。


振り返ると、そこには一人の青年が居た。

自分は魔術師だと主張しているような黒装束に、黒く先が後ろに折れ曲がったとんがり帽子。

不自然な緑色の髪の、十代半ばほどに見える青年だった。


私は驚いた。

ここに住んでいるのは一人しかいない。

まさか、彼が私の尋ね人なのだろうかと。


そして相手も私を見るや、私に驚いたようにびくりと震えた。

まるで何かに怯えたように、一歩下がった。



だが、彼は私を凝視すると、訝しげな表情になった。



「君、誰さ?」

表情に不機嫌さと不快感を全面に表しながら、彼は言った。


「まさかここが僕の“宮殿”だと知らずに来たってことは無いよね?」

「宮殿って・・。」

流石にその表現には首を傾げつつも、確かに仮にも城内の一角にあるこの場所に知らずに入るなんてことは出来ないだろう。



「その、何度も呼びかけたのですが、お返事が無くて・・・。」

「留守だったんだよ、それくらい分からない? ここなんて簡易拠点に過ぎないからね。」

「え、でも貴方は今ここに・・・。それに、いつもここに居るって、衛兵の人が・・。」

「ふん。」

私の言動を、彼は馬鹿にしたかのように鼻で笑った。


「まあ、とにかく、だ。勝手に入ってきたことには違いないんだ。もしかしたら僕の魔術を盗みに来た可能性もある。」

「ち、違います!! 私は、そんなことしません!!」

「口だけではどうとでも言えるよね。まあ別にどうでもいいけれど、なら早く用を言えよ。

下らない理由で訪ねてきたんだったら、死ぬ覚悟はできているんだろうね?」

彼は見た目の似合わぬ威圧感を放ちながら、私を睨み付けてそう言った。


私は戦いに身を置いたことは無いのだが、今彼の周囲が歪んで見えるほどの殺意を私は肌で感じていた。


「あの、その、ですね、・・・私をッ!!」

私は、恐怖に身を竦ませながらも、精一杯大声で人生最大の決意を口にした。




「―――私を、弟子にしてください!!」

「はあぁ?」

私の一大決心は、彼にとって非常に不愉快な内容だったようだ。



「あッ、ぐうぅぅ!?」

信じられないことに、私は見えない手にでも掴まれたように、喉元を締め上げられ、空中に浮かんでいた。



「おい虫けら、お前のような俗物のゴミクズが何を言ってるんだい?」

彼は一切口調を変えず、まるで詩を読み上げるかのようにそう言った。


「かッ・・・はッ・・・」

私は当然息が出来ず、悶え苦しむことしかできなかった。



さていよいよ私が殺されそうとした時、彼はふと、私が握っていた紙切れが落ちたのを見て、それを拾ってそこに目を落とした。

その直後、私は大地へと解放された。


「ひゅぅ・・・ひゅぅ・・・はっは・・はッ・・。」

何かによって締め付けられていた私は、ただ必死に空気を求めて呼吸を試みた。

恐怖で死にそうだったが、私にもやらねばならないことが有ったため、引けなかった。



「おいお前、名前は?」

彼は私にした仕打ちなどなかったかのように、私を見下ろしてそう言った。



「・・リュミス・・・ジェノウィーグ・・です・・・。」

私は必死に息を整えて、そう自らの名前を吐きだした。



「そう、ジェノウィーグか。懐かしい名前だね。」

彼は目を細めて、もう一度古びた紙切れを見下ろした。



『そこには、何かあったらウェルベルハルクを頼りなさい。』と言う文章と、私の曾々御婆さまの名前が刻まれていた。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




まあ座れよ、と入り口の部屋の一つしかない椅子に腰かけて、彼は言った。


彼の名は、ウェルベルハルク・フォーバード。

この国屈指の魔術師で、皆は彼を『黒の君』と呼んでいる。


彼とその仲間の伝説はこの国ではポピュラーで、私もそれを聞かされながら育った。

私にとって、絵本の中の存在、生きた伝説そのものだった。


伝説と言ってもたった二百年前だが、彼はその年月を生きながらえて存在している。

物語の中では彼は皮肉屋として書かれているも、要所要所で仲間の為に何度も勇敢に戦う人物として描かれていた。


だがここまでひねくれた性格の持ち主で、出会い頭に知らない人間を殺しかける人物だとは思わなかった。

いえ、殆ど私が悪いのですけれど。


私は立ったまま、彼を尋ねてきた事情を話した。



「なるほど、弟が病気ね。それも不治の病ときたもんだ。」

彼は椅子の背もたれに肘をついて頬杖をしながら、薄ら笑いを浮かべてそう言った。


「残念だけど、恋の病を治す薬も、また成就させる薬も無いよ。」

「冗談は止してください・・。」

私は真剣に相談しに来たのだ。



「だからっていきなり僕に弟子入りの志願は無いだろ。

そうだね、こういうのはエルリーバの連中の得意分野だろ。あいつらなら不治の病どころか不老不死の秘薬の作り方さえ知ってるんだから。」

「そんな、まさか。だってエルリーバと言えば今やご貴族様ですよ。

私みたいな一般市民が、どうしてお屋敷に近づけると言うんですか。」

「うーん、一緒に魔王に立ち向かった仲間たちの子孫が、どうしてここまで格差が出るんだろうねぇ・・・。」

彼は口元に笑みを湛えたまま、芝居がかった風に首を左右に振った。



「しかしあの裏切り者・・・いやいや、もう死んでるから許してやるか。

とにかく連中に何かを頼むのは止した方が良い。後で調べて分かったことだけど、エルリーバの血筋は代々裏切りによって栄えているのさ。

君も連中と関わることが有ったら気を付けた方が良い。」

「はぁ・・・。」

とは言え、お貴族様なんて私には一生関わりのないことでしょうが。



「じゃあ教会連中に頼んだら?

ああでも連中は傷を治すのが得意だけど、病気の類は高位の神官じゃないと無理かな。でもここは首都だしそれくらいいるだろ?」

「・・・行きました。そしたら、費用に金貨二十枚必要だって言われました。」

「っぷ、それは酷い詐欺だね。確かに費用は掛かるだろうけど、教会の治癒魔術の準備はどちらかと言うと時間が大部分を占める。

その辺の水を清めて聖別して高位の術者を探して・・・良心的に見積もって銀貨五十枚がいいところかな。」

「・・・・・・。」

銀貨五十枚でも市井の十分大金だが、必死に働けば何とかできない額ではない。

この国では銀貨百枚で金貨一枚だから、彼が提示しただけでも四十倍は違う。


確かにそれは詐欺だろうが、それを口にすれば私に明日は無いだろう。

それくらいには、今の時代、教会の力が強いのだ。




「それで、万策尽きて僕の所かい。」

「・・・はい。」

「正直、死にに来たとしか思えない。昔のよしみが無かったら、多分殺してたし。」

「・・・・。」

それが多分事実だろうから、私は何も言えなかった。


「ハッキリ言って、僕は君に同情している。

僕も魔術の門戸を叩いた理由はそれほど他人に言えたようなものじゃなかったし。

だけど僕は今、結構・・いや、かなりこの道に後悔している。

わかるかな、魔術っていうのは、結局のところズルなんだ。

魔術の道を志す人間は、必ずその報いを受けるように出来ている。

悪いことは言わない、運命だと思って諦めて、無残に足掻いて二束三文の不幸話として終わるか決めるんだね。」

「そんな・・・ッ!!」

私は思わず悲鳴に近い声を上げてしまった。

身内の命の運命がそんなぞんざいに扱われて、納得できるはずもない。


だが、私はこの後知るのです。

これだけでも、彼は十分紳士的に対応してくれている方だと。




「第一に、僕は君があの二人の子孫だとは信じてない。

君からはあの二人から感じる要素が何一つとして見当たらない。

君はあの二人から何かしら受け継いだ人間とは思えない。」

「そう言われましても・・・私自身、ご先祖様が英雄だったなんて信じていないくらいですし・・。

・・・私って、平凡ですし・・・・。」

私から平凡と言う言葉を取ったら何が残るのか、と言うくらい私には何もありません。


ご先祖様は立派な軍人で、二百年前の帝政時代には魔王にも臆せず立ち向かったと言われています。

私にも、その血は流れているはずなのですが・・。



「・・・・うーん、そうだね。

とりあえず銀貨五十枚で君の弟君の治療は受け持ってやろう。

まずはお前の家に案内しろよ、二百年前と流石に変わっているだろうから。話はそれからだ。」

「本当ですか!?」

「言っただろ、まずは案内しろよ。話はそれからだって。」

半ばあきらめかけていたところに思わぬ返答に、私は希望の光を見出した。


しかし、果たしてこの人を弟に会わせていいものだろうか。

急に果てしなく不安になってきた。



「なにしてるのさ、早くしろよ。」

私は彼に急かされるまま、彼を家に案内することにした。






―――エピソード2「僕とバカ弟子の始まり。」




「二百年前と変わってないし・・・。」

「え? どうしたんですか?」

僕の呟きに、リュミスは聞こえてなかったのか小首を傾げた。


場所は大体この帝都の住宅街の大通り、一等地である。

中流階級の市民が暮らす場所だ。


その辺の市民なら銀貨五十枚くらい蓄えているだろうが、確かここは永久免税と共に当時の帝王陛下から賜った土地と家だ。

軍人稼業はあの二人に子供が出来た頃には廃業していたが、まさか高々五十枚程度の銀貨も払えないほど落ちぶれているとは・・・。


半ば確定しているが、僕は本当にこの小娘があの二人の子孫なのか疑っている。

何というか、むしろアイツの子孫だと言われた方が納得いく感じだ。雰囲気的には。


「えっと、弟の部屋はこっち・・・。」

言えの中に入ると、僕はリュミスの案内を無視して、当時の記録が残ってないか探し回った。



すると、使われていない部屋が倉庫代わりにされており、そこにかつての様々な物が保管されていた。


「・・・ふぅん。アーデルハイト家も堕ちたもんだね、あの“深海の魔女ディープブルー”も泣いていることだろうさ。」

ここには当代最強の魔術師として名を馳せた彼女の魔導書や日記が保管されていた。

日記は主にその夫となった僕の親友ことばっかり綴られていたが。


家系図も見つかった。どうやらあの小娘がその二人の直系の子孫だと言うのは間違いないようだった。

・・・正直、信じたくは無かった。


あの小娘の祖先は偉業を成した英雄的な魔術師だ。

その子孫が才能に恵まれているとは限らないが、むしろ、市井に混ざって血が薄まった分、その能力の失墜は当然とも言える。



彼女の遺した魔導書をぱらぱらと捲っていると、中から一枚の紙片が落ちた。

『どうかこれを見つけるのがウェルベルハルクでありますように』と書かれていた。



「・・・名前で呼び合うよう仲じゃなかっただろ、僕たち。」

彼女もこの事態は予期していたらしかった。


まあ、当然の帰路としか僕は言えないが。

だからこうして、彼女は己の秘術の全てをここに記したのだろう。



「あの、約束は・・・・。」

すると、倉庫部屋の外でこっちの様子を先ほどから窺っていたリュミスが遠慮がちに声を掛けてきた。


「ああ、忘れてた。」

「わ、忘れてたって!!」

彼女は僕の物言いに目の色を怒りに変えたが、どうでもいい話だった。


さて、別に弟君の治癒くらい片手間で済むだろうから構わないのだが。


僕の専門分野は不死の探究。人体については知り尽くしている。

どうせ人間の発症する病気なんて、人体を多少弄ればどうにでもなる。それが先天的な体質でもだ。

僕ならば高位悪魔辺りの重度の呪いでも受けてない限り、生きているのなら治せない病気など無いはずだ。



だが、ふと、天から舞い降りて来たかの如く、その発想が浮かんできた。


最近している研究の残りは観察実験だけだし、それもまだまだ上手くいくとは思っていない。

新たなる理論も現状手詰まりに等しい。


新しい刺激に、こいつは使えるのではないだろうか。

丁度いい暇つぶしになるだろうし、僕らがかつて勝ち取った平和とやらの未来が齎したこの出会いを、ただの銀貨五十枚程度の価値にするのは余りにも素っ気なさすぎると言うものだろう。


今の所研究に没頭しているから考えても居なかったが、僕もいずれ後継者を作らねばならないのだ。

魔術の知識の散逸は出来る限り控えるべきだが、リスクの分散と崇高な目的のためには仕方のない事だ。


まあ、こいつにそれが務まるとは思えないが、もしかしたら意外な才能を秘めていたりしているかもしれない。

え、最初の対応? なにそれ、もう忘れた。



「まあまあ、それよりその約束だけれど、変更してもいいかな?

治癒はタダで引き受けてやる、その代り当初の頼み事の通り、君を僕の弟子にしてやってもいい。」

「えッ!? 本当ですか!!」

僕はこの時、彼女の眼を見て悟った。


未知なる力に幻想を抱いている愚者の瞳だった。

僕もかつて、それと同じ目を見たことがある。そう、鏡で。


これは才能のあるなしに関わらず、徹底した方が良いかな、と僕は思った。

最低でも彼女の先祖に顔向けできる程度には仕込むのは大前提として、最低限でもドラゴン辺りを単独で狩れるレベルにはなってほしいね。



「とりあえず、この契約書にサインして。」

僕は黒魔術契約書を取り出して、内容を一瞬で書き込むと、それを彼女に突きつけた。


「分かりました!!」

馬鹿な彼女はアホみたいに単純に愚かにもその契約書にサインをしていく。


魔術師相手に絶対にしてはいけない事その1、無暗に契約だとか口約束とかしない事。

下手すると魂が搾りかすになるまで働かされる契約とか知らずに結ばれていたりする。人間も悪魔と変わらないのだ。



この馬鹿には教育が必要なようだ。

徹底的に、痛い目を見なければ分からないのだ。この世の無情さなど。






・・・・

・・・・・

・・・・・・




「・・・・お前、もう明日から来なくていいよ。」

リュミスの弟子入り初日の事である。

要は昨日の翌日である。え、弟君の治療? そんなの3秒で終わったよ!!


早速だが、僕はこいつを見くびっていた。



「え、どういうことですか?」

そして当人は難しい表情で僕の方を向いてそう言った。


「言われないと分からないかな?」

僕は頭を押さえながらそう言った。

ある意味、ここ数十年で最も僕の頭を悩ませた事柄かも知れない。



「もう一回やってみますね!!」

「だからもういいって、時間の無駄だから。」

僕はそう言って、丁寧に呪文まで書かれた紙を見下ろし四苦八苦しているバカ弟子を見やった。


「そんな!! こういうのはやればできるものじゃ!!」

「特にこういうのである魔術は、術者のセンスが求められる。君にはその才能の一切が欠如している!!

だから時間の無駄だから、今日は帰れって言われないと分からないのかッ!!」

余りにも楽観的な思考に、僕はブチギレた。


今の事柄は当然、本日の午前中に座学としてこいつの頭に叩き込ませた内容だ。

魔術師の魔術の習得は、術者のセンスが求められる。

当然理論が十全に理解できていなければ魔術行使は成らないが、理論だけ理解してもダメなのだ。


こればっかりは才能に依る。

センスが無ければ魔術は極められないし、そもそも習得も出来ないと言う訳だ。

やればできるとか、頑張ればどうにかなる、とかでどうにかなる世界じゃないのだ。



今行っているのは、基本中の基本である、発火の魔術。

それを、只今を持って53回も失敗している。



素人にいきなり魔術を使わせるのはどうかと言う意見もあるだろうが、そんなことはない。

才能のある奴は理論を理解しただけで、いや、そもそもそれすら理解せずに魔術を構築してしまうのだ。


魔術の理論など、魔力と言う不安定な物質を現実に固着させる為のただの“世界観”に過ぎないのだから。

人間の想像力は不安定だから、神話などの分かりやすい物語をベースにそう言ったモノを構築する。


尤もらしい理論で、自分勝手な屁理屈こそ、種も仕掛けも無い魔術の正体なのだ。

だが、それだからこそ、人はそこに真理を見出せるのだ。



そして、つまりこいつは、火打石をぶつけて火を起こすイメージすら起こせない馬鹿以前の能無しなのだ。

サル以下である。



「そ、そんな、なんとなくそんな気はしていましたが・・・そこまで言わなくても・・。」

「だって事実じゃないか。文句があるなら事実を覆す証拠を提示して見せろよこの能無しのサル以下の虫けら頭がッ!!」

僕には、彼女が有りもしない幻想に縋り付く馬鹿な女に見えた。


「う、うぅ・・・。」

程なくして、彼女は悔しそうに泣き始めた。

ほら始まった、と僕は思った。


僕に女性の機微なんてわからない。

研究するだけ無駄な下らない気まぐれに満ちた思考回路をしていると僕は本気で信じていた。


僕は馬鹿な人間が大嫌いだが、その中でも取り分け知性の欠片も感じさせない馬鹿な女が大嫌いだ。

吐き気を催すほどに、嫌いだ。


更にそんな奴らに振り回される男も同じくらい嫌いだ。

異性に振り回される人間など、僕は信じられないし理解も出来ない。


媚びるように機嫌を取って、気を使って損だけして、意味も無く煽てるなんて、考えただけでも寒気がする。

僕は男性至上主義者でも差別主義者でも男色でもないが、そういうのが嫌いなのだ。


そう、肌に合わない。だから僕は一人が好きだった。

気のおく必要の無かったかつての仲間たち以外は分かり合えなかった。



こいつも同じだと思った。


もしかしたら、僕はどこかでこいつの事を期待していたのかもしれない。

どこかアイツと似た雰囲気を持つこいつが、もしかしたら僕の想像を超えるかと思ったのだ。


しかしその結果は、真反対に超えてはいたが。



「それ以上この僕にその不快な不協和音を聞かせるようなら、無理やり追い出すからね。」

とりあえず、それだけは言った。


耳の奥に未だ反響する。

脳内からこびり付いて離れないアイツの、アイツの、アイツの泣き声で思考の全てがかき乱される。


イライラする。

どうしようもなく、イライラする。




「うッ、ぐ・・。」

そしてリュミスは、妙なところで気位が高い小娘だった。

そう、今も僕の頭の中を掻き乱すアイツのように。


彼女は必死に嗚咽を噛み殺して、涙を拭うことなく僕を見つめていた。

そう、僕はその背後にアイツを幻視したのだ。


期待だと? 馬鹿な、僕は恐れていたのだ。

アイツが、あのアイツが、僕に屈辱だけを齎して消え去ったアイツがッ、まさかと時を超えて姿を変え、当時恋破れ片思いしていた男の子孫として現れたのだとッ!!


アイツなら、冗談抜きでそれが可能だからこそ、僕は恐れた。




僕にもかつては野心が有った。

師匠のように偉大なる魔術師になり、歴史に名を残す存在になろうと言う野心が。


だけど、今ではもうその気概は欠片も無い。

そう、全てアイツの所為で!! アイツだけが、僕の人生の全ての汚点だった!!


いいや、それならば確かに期待していたのかもしれない。

だが僕が今抱いているのは、やり場のない激情だった。


もしその根拠のない妄想が本当だとしたら、僕は余りにも滑稽だからだ。

なぜ、今更になって、と。



しかし、そうではなかった。

何だろうか、この安堵とも怒りとも取れる激情は。



「お仕置きだ、頭を冷やせよ馬鹿弟子。」

僕は彼女を大気圏ギリギリまで転移させて、地面へと落下させた。


絶叫しながら自由落下するリュミスの姿を遠視しながら、僕は救出用の術式を組み上げた。

ほんの一瞬、僕は魔が差した。


このまま地面に衝突させて、バラバラにしてやるのもいいかもしれない、と。

だが、そう考えを抱いたころには、もう術式は起動していた。



「はぁ、はぁ、はぁ・・。」

彼女は地面すれすれで、僕の目の前に戻ってきた。

顔面は蒼白で、空から落ちて来たのに今にも天にも昇ってしまいそうな感じだった。


「僕に口答えをするとそうなるんだ、覚えておけよ。」

その表情を見ていると、何だか楽しくなってきた。

自分でもわからない高揚感があった。



「そ、そんな、横暴です・・・。」

止せばいいのに、我が強いから思わずそう言い返してしまったのだろう。


「はい、お仕置き。」

今度は最寄りのワイバーンの巣に直行させた。


何十匹ものワイバーンに囲まれ、彼女はたった今吐き出して補充したばかりの空気を吐き出す羽目になった。

今度はさっきより短く、連中に焼き殺される寸前で目の前に戻した。



「次は海底への旅行なんてどうかな、水圧でぺしゃんこになるくらいの深さ。君の先祖が得意とした魔術もそんなんだったなぁ、懐かしい。」

僕がそう言うと、彼女はぶるんぶるんと首を左右に振った。

もう泣くどころではないようだった。


「これに懲りたらもう口答えするなよ。」

僕は可笑しくて、ついついせっつく様にそう言った。勿論、次はどうしようかと考えていた。


だが、彼女もついに恐怖に負けたのか、こくこくと僕の脅しに屈した。

なんだ、つまんない。



「まあ、その根性を見込んで二度と来るなというのは撤回してやるよ。

とりあえず今日は帰れよ、何かするにも今日はもう遅いし何をするか考えなくちゃダメだし。」

朝から指導しているが、もう半日も経つ。

午前に講義して、午後には失敗しては失敗を繰り返している。



「あのすみません一つよろしいでしょうか?」

「なんだよ?」

「あの、言い難いのですが、師匠の教え方が悪いって言う線は―――」

言葉はそこで途切れた。


どうやら、こいつは余程空中遊泳が気に入ったようだった。






―――エピソード3「私と思い出の本。」




私が師匠に弟子入り(?)して数日が経った。


師匠は私に才能が無いと初日に確信すると、私の扱いを弟子から雑用係へと切り替えた。

私のやることと言えば、お喋りの師匠に相槌を打ちながら師匠の身の回りのお世話をすることだった。


お世話と言っても、部屋の掃除とか本の整理とか買い出しとかそう言う類の仕事だった。

そして、逆らうようなことが有れば即時体罰だ。


その過酷な労働環境にストライキでも起こそうものなら、両手両足の指が手足の甲に向け反り返るという呪いが発動するのだ。

おかげで私は激痛に苛まれながら家から師匠の所まで這って進み、私を嘲笑う師匠に赦しを乞う羽目になった。


そしてその痛みが取れぬまま私に仕事を命じる鬼畜ぶり!!

このままでは私はいったい何のために師匠に師事したのか分からない。



「あれ?」

ふと、私は師匠に古本屋で言いつけられた本を探している最中に、懐かしいものを見つけた。


御遣いには関係ないが、なんとなくそれを購入して用事を済ませると、私は師匠の住処へと帰った。




「言われたものはちゃんと買ってきたようだね。」

師匠は私が買ってきたものを検分すると、ふと私の持っていたものを見咎めた。


「ん? なにそれ? 童謡?」

「あ、はい。子供のころよく読んでいた本なんですけど・・・懐かしくて。でも、師匠には読む必要なんてないかもしれません。」

私がそれを指し示すと、師匠は本のタイトルに目を落とした。


「ああ、なるほど。」

師匠は得心が言ったように頷いた。


タイトルは『帝国の英雄達』。

何を隠そう、師匠と私のご先祖様たちの伝承を綴った物語なのです。


内容が濃いため同様にしては分厚くページ数も多いけれど、私は子供の頃は毎日のようにこれと同じ本を読んでいました。



「ちょっと見せてよ。」

師匠は有無を言わせず私からそれを奪い取ると、ぱらぱらとページを開き始めた。



「ぷふッ!! なにこれ、いきなり脚色で始まったんだけれど!!」

余程自身が体験した内容と異なっていたのか、師匠は可笑しそうに笑い声をあげた。


「うわー、あの事実を知ったら夢が壊れるなーこれ、ってか、あの女はこんな殊勝な性格じゃないし・・・僕と兄貴が魔王復活の啓示を受けて旅に出たとか、一発やらかして追放されただけだっつーのに。

あの兄妹なんて混同されてるし・・・人物像が合ってるのが一人だけとか・・・まあ、アイツは想像しやすい性格してるし。

・・・ちょっとまて、なんであの話がオミットされてるんだよ。しかもあのクソイカレ殺人鬼野郎がダークヒーローみたいに描かれてるのさ。

僕こんな寒いセリフなんて言ったことないんだけれど・・・あはは!! あいつがこんな格好いいセリフ言ったことなんて聞いたことないんだけれど!!」

と、師匠は一人で笑ったり怒ったりしていた。

本当にちゃんと読んでいるのか、と思える速さで師匠は読み進めている。


だが、私も内容を完全に覚えているので、師匠がちゃんと内容を把握しているのが分かった。



「・・・・・・。」

そうして読み進めている師匠を眺めていると、その表情がだんだんと曇っていくのが見て取れた。


ページの開き具合からして、もう終盤だ。

ものの数分でここまで読み進めるなんて、どれだけ速読なのだろうか。


ちょうど、魔王が出てきたころ辺りかも知れない。



「僕の知ってる魔王ギルフェイネスが100倍くらい弱く描かれてるんだけど・・・・すごく納得がいかないのはどうしてだろう。

やっぱりあの絶望感は体験しないと分からないよなぁ・・・。」

なんて、師匠は言っている。


そして、そのまま師匠は無言のまま本を読み終えた。



「めちゃくちゃな構成だね、いいところだけ取り沙汰されて文章としては全く面白味を感じさせられなかった。」

「まあ、児童向けですから・・・。」

私は苦笑するしかなかった。

それでも私にとって思い出の一冊なのだ。

私にとって特別なことには変わらないから、そんな師匠の酷評にも肩を竦めるくらいしかできなかった。



「師匠にもありませんか? 自分の幼いころに影響を与えた本を聖書のように特別視したり。」

「ああ、あったあった。あるある。まあ、僕の場合幼稚な童謡じゃなくて僕の師匠の魔導書だったけれど。」

果たして師匠が嫌味を抜きにして何かを話すことはできないのだろうか。



「まあいいや、それより、これに僕がサインなんかしたら凄くない? 君にはもったいないけど記念に書いてやろう。」

そう言って師匠は本の後ろに羽ペンで自分の名前をでかでかと書き足した。


「は、はあ・・・。」

確かにある意味伝説を記した本に登場した人物がサインするなんてすごいことなんだろうけれど、実際結構嬉しいんだけれど、なぜだろう、とても釈然としないこの気持ちは・・・。



「事実はともかく、どこが一番面白かったですか?」

なんだか予想以上に面白がっていたので、私は何となく訊いてみた。


「ああ、ファスネル・・君のご先祖の事だけど、あいつが中盤で聖剣に選ばれたところだね。

事実無根もここに極まれり。あいつが聖剣を手にしたのは、この本の後ろから五十ページくらいのところだよ。

だからあいつは聖剣を全く使いこなせていなかったんだ。しかも選ばれたなんて真っ赤なウソさ。当時のプロパガンダだよ。

本当は正当な使用者から所有権を譲渡されただけ!!

魔王との戦いの最中で使いづらいからって聖剣を投げ捨てる勇者って、あいつぐらいしかいないだろうね!!」

「それはそれは・・・。」

果たしてそれは私が聞いてしまっていいことなのだろうか・・・。

・・・何だか聞かない方がよかった気がする。


だけど、それを心底可笑しそうに腹を抱えて笑っている師匠を目の前にすると、それを口にすることなんてできなかった。



・・・・・・ご先祖様ぁ・・・。




「ところで師匠、やっぱりここの聖女様に慈愛を説かれて正義に目覚めたって本当で・・・」

私は面白がって本の内容について突っ込んでみると、師匠はこれ以上ないほど何も感じられない無表情で私を見ていた。



「さて、僕の知り合いに聖女なんて呼ばれてる女は知らないね。」

「え、でも師匠が一番懇意にしてたって・・・」

「――――知らないっつってんだろ。」

私は、その時全身を氷漬けにされたような感覚に陥った。



「たとえ居たとしても、そいつは教会のアホどもの担がれていい気になってるアバズレだ。

僕の仲間はね、そんな教会に有利な脚色が施された本の中にいる登場人物じゃない。それを、子孫であるお前が間違えるなよ。決してな。」

「・・・はい。」

私は師匠の無言の気迫にただただ頷いた。


「そうだ、丁度いい機会だから、当時の僕らの雄姿を見せてやろうか?

・・・君にはそれを見る権利がある。」

「えッ、本当ですか!?」

正直あんまり聞かない方が夢は壊れなくて済むかもしれないが、私はその時師匠にそう言われて胸が高鳴った。


実際に自分のご先祖様たちが、二百年前のこの土地で成した偉業を詳しく聞く機会なんて、多分師匠がまた気まぐれを起こさない限り無いだろうから。



「聞きたいです!! ぜひ教えてください!!」

だが、私は師匠と言うものをこの数日でどういう人か分かっていたのに、その言葉に油断していたのだ。


師匠は、何も“聞かせる”とは一言も言っていなかったのだ。



「ほら、存分に楽しめよ。」

そしてその瞬間、私の頭に見たことも無い光景が洪水のように押し寄せてきた。


それは、伝説だった。

ご先祖様や師匠たちが経験したことが、怒涛の如く私の頭で繰り広げられていた。



それは確かに幼いころ見聞きした華やか物語とは違っていたけれど、確かに私が憧れていた世界だった。


その情報量にそれから私は三日間ほど熱を出して寝込んだ。

ぐすん。






―――エピソード4「私と師匠と秘宝」




「うーん、何か残ってないかなぁ・・・。」

私は自宅の倉庫部屋に入って、目的も無く色々と探し回っていた。


うちの家系は几帳面だが片づけは得意ではなく、物が溜まると何でもかんでも箱詰めにしてこの部屋に押し込むことで解決を図ると言う悪い癖がある。

そんな箱詰めにされた品々を山積みにしている倉庫部屋に入りこんで、私はその中身を次々と漁っていた。


ご先祖様の雄姿を知って以来、何だか憧れが強くなり、今度こそはと師匠に頼み込んで魔術の修業をしたものの、鼻で笑われる毎日。


「やっぱり君に魔術は無理だよ。

マジックアイテムの類なら大丈夫かもね。まあ、君にそれを使いこなす才能があるとは思えないけれど。」

と、師匠に言われてカチンときた私は向きになって、何かご先祖様が遺したマジックアイテムがしまってないか探していた。



「うーん、伝説の剣とか・・・はあの後持ち主に返しちゃったって師匠言ってたし、残ってないか。」

山積みにされた箱の林を掻き分けども、何かマジック的なパワーを感じる物は何一つ見当たらない。

・・・・まあ、仮にあったとしてもそれを私に感じてる術は無いのですが。



「・・・・・うーん・・。」

この部屋は当然の如く掃除されることは放棄されており埃だらけ。

そして小物は文字通り山のように箱の中に敷き詰められており、もう探すのがしんどくなってきた。


「あれ、これって・・。」

もう半ば当初の目的を忘れかけていたころ、私は奥の方である物を見つけた。



「わー!! わー!!」

まるで隅っこに隠されるようにしまわれていたのは、曾々御婆さまの魔導装束だった。

これは師匠が着ているような、装備しているだけで自分の魔力などを増幅したり魔術をサポートしたりしてくれる一級品だった。


恐らく二百年近く使われていなかったにも拘らず、虫食いどころか新品同前の輝きがある。

流石に伝説の聖剣には及ばないが、これもまた十分に伝説級の逸品だった。



「ちょっとだけ・・ちょっとだけ・・・。」

何だか嬉しくなって、着てみた。


青を基調としたひらひらとした天女が着ているような服だ。

特注品なのか、ご先祖様の体格がよく分かる。具体的には来て見て私の胸部がぶかぶかだった。ぐすん。


それでも、着れないことは無かった。



「あッ」

私は着ていた服を畳んでいると、更に隅っこに隠されるかのように置かれている棒状の物体を見つけた。


丁寧に布に包まれたそれは、水晶で作られた杖だった。

先端に球状の青い宝石が取り付けられており、とても素晴らしい品物なのは私の眼でも明らかだった。


鏡で自分の姿を見て見ると、何だか結構様になっていた。

色々ポーズを決めたりして満足すると、私は早速、私は師匠に見せに行こうと杖を片手に師匠の住処へ向かう事にした。




「やぁ、そこの君。」

すると、突然声を掛けられた。


何というか、知らない人だった。

身なりはいいが、妙に軽薄っぽい優男だった。


「その服可愛いね、ねえ、何て名前なの?」

そこまで言われてから、ようやく彼の意図を私は悟った。



「ナンパってやつですか!! 生まれて初めてです!!」

最近そう言う人間が増えてきているとか聞いていたが、全く私にはお声が掛からないので眉唾だと思っていました。

まさか服装を変えた途端に寄ってくるとは、こういう人たちは外見しか見ていないんだろうなぁ、と私は思った。


「あの、そう言うのは間に合っているので、私は忙しいのでこれで。」

「あ、ちょっと待てよ!!」

彼はまるで私に振られたことを信じられないと言った面持ちで、私の腕を掴んだ。



「俺のこと知ってるだろ? いいから朝まで遊ぼうぜ。」

昼間から何を言っているのだろうかこの人は。

こんな往来で、全く恥ずかしくないのだろうか。


そうして周囲に目が行くと、通行人たちは私たちの方を見て何やらひそひそと言いあっていた。

どうやら助けてくれると言う展開はなさそうだった。



「知りませんよ!! 私は忙しいんです!!」

私が彼の腕を振り払おうと抵抗しようとして、私は思わず持っていた水晶の杖を叩き付けていた。


「うえぁ!?」

その瞬間、杖から無数の水の飛沫が迸り、その優男を何メートルも吹き飛ばした。



「お、おおお!!」

何だか知らないが、凄い!!


私は駆け足で師匠の下に駆けつけた。



「師匠師匠!! 見てくださいよ!!」

私は長ったらしい階段を駆け下りて、魔術の本を読んでいる師匠に声を荒げてそう言った。


「なんで君が“深海の魔女ディープブルー”の決戦用の魔導衣装なんか来てるのさ。」

「家の倉庫部屋の奥で見つけたんです!!」

興奮を隠しきれない私を、師匠は上から下まで眺めると。



「馬子にも衣装ってやつかな。見栄えが全然違うよ。

君みたいな地味で貧相な人間も、そう言う服を着ていれば一端の物語の主人公でも張れそうだね。」

「そ、そうですよね・・・。」

非常に辛辣に聞こえるが、師匠が罵声を浴びせる時は顔に出る。

師匠は素でそんなことを言ったのだ。悪気はないのだ、むしろ褒めている方だ、と私は自分に言い聞かせた。



「そのせいか、こんなことが有ったんですよ。」

そして、私は先ほどのことを師匠に言った。



「あははは!! そいつは本当に見る目が無いねぇ!!」

それを聞いて、師匠は机をダンダンと叩いて可笑しそうに笑った。


「それで!! それでですね!! 師匠!!

私、私もその時に魔術が使えたんですよ!!」

「はぁ? 君は今まで何を僕から教わったんだい。」

「ですけど!! ほら!! 見てくださいよ!!」

全く信じようとしない師匠に、私は杖を振ってさっきの現象を実演して見せた。



「私にも眠れる才能がって、それが開花したんですよ!!」

「ねーよ。」

師匠は私から水晶の杖を奪い取ると、自身のローブからウォンドを取り出した。


「あッ!!」

「これ貸してやるから、本当に才能が開花したのなら今のもう一度やってみなよ。」

「わ、分かりました!!」

私も向きになって、師匠からウォンドと引っ手繰ると、先ほどのようにそれを振った。




「あれ? あれッ!?」

しかし、何度降っても先ほどのように水飛沫は発生しなかった。



「どうして!? さっきまでは簡単にできてたのに!!」

「そりゃあそうさ。この杖の先についているこの宝玉、これは特別なんだよ。」

師匠は水晶の杖の先端にある宝石を掴むと、それを取り外した。


「これは世界に八つしかない、この世界の至宝とも言える究極のマジックアイテムの一つ。

あのバカ女、これの封印すらしておかないとか何を考えてんだか。」

そんな罵声を吐きながら師匠は掌に収まる程度の大きさのその宝玉を弄びながらそう言った。



「そんなにすごい物なんですか?」

「そりゃあね、これは『水の宝玉』って言うのさ。

他にも火とか氷とか雷とか全部で八種類一つずつの宝玉がこの世に存在する。

こいつはただ持ってるだけで、どんな子供でも魔術の素人でも対応した属性の力を自由に操れるのさ。

同時にその属性に対して絶対的な優位性も得られる。

しかも、このタイプの魔具にありがちなデメリットと言うものが存在しないんだ。

まさしく究極の秘宝だよ。そして数少ない魔王への対抗手段でもある。

これと同系統の代物を全て集めて、ようやく五分の戦いが出来たくらいだけど。

昔、まだ魔術が無く魔法と言う幻想であった時代、これを取り合って幾つもの国同士で争い合い、どれだけの血が流れたか分からない。

・・・・それだけ強力な代物なのさ、これは。」

聞けば聞くほど、それはとんでもない代物だった。



「僕は師匠からこれらは危険だから集めて封印し、魔王が現れたのちにしかるべき者に託せと命じられているんだ。

いやぁ、最近まで研究に没頭してたからすっかり忘れてたよ。

それにしてもよかった、これがどこの誰とも知れない輩に渡ったら目も当てられないことになるからね。」

「・・・・・・。」

「なにさ、しょんぼりしちゃって。」

「だって・・・だって・・・せっかく、師匠みたいに魔術を使えるようになったかと思ったのに・・・。」

とんだぬか喜びだった。



「ただの素人が、理論も無しに魔術を扱えるわけ無い。これはもう教えたことじゃないか。

それを忘れていたと言うのなら、君は救いようのない馬鹿だ。

だって自分の出来る事と出来ない事を把握していない、そんなの虫けら以下じゃん。

・・・・そんなゴミクズが僕の弟子を名乗るなよ。」

師匠の話に意気消沈して、段々と私の頭は項垂れていた。

師匠には全く見込みがないと言われている。何度も何度も。


それは努力とかではどうにもならないとも。

私は、決してご先祖様たちのようには成れない。



「師匠、師匠のような英雄は、生まれた時から英雄になるって決まっているんでしょうか。」

私は何の気なしにそう言った。

ただ、自分の目標がどうしても雲の上どころか、師匠の言う真理の向こう側にあるように思えたのだ。



「まあ、そうなのかもね。業腹だけど、多分そうだと思うよ。

突出した才能がね、開花せずに埋もれる事なんて、決して無いんだよ。

まあ、そう断定できるほど判断材料は持ってないけれど、僕は半ば確信を抱いてるよ。

詩的に表現するなら、神は人を選んでいる、とでも言うのかな。」

そう、師匠は顎に手を当てて言った。


「だけどさ、そんなのは虫かごの虫と同じじゃないか。

・・・僕は神に飼われるのは御免だよ。」

師匠はそう言うと、椅子から立ち上がって工房のある作業室のドアの前まで行ってそれを開けた。



「それにしても君が魔術か、おかげで面白いことを思いついたよ。

今日は工房に籠るから、用事があっても声を掛けるなよ。あと、いつもの仕事を終えたら勝手に帰っていいよ。」

師匠はそれだけ言うと作業室の中に入って行った。


こういう時に師匠の言いつけを破ると、大抵酷い目に遭う。



「・・・・・・・・。」

私は何だか申し訳なくなってきて、ご先祖様の魔導装束を脱ぐことにした。


「あ・・・」

脱いだところで、私は着替えがない事に気が付いた。

今更着直すのも何だかあれだし、どうしようかと私が考えていると。



「ああ、そうそう、言い忘れてたけど水銀を買い足しておいて。」

するとその時、師匠が扉から顔だけを出してそう言ってきた。


「・・・・・・・・ふッ・・。」

師匠は残念な子を見たかのように目を逸らして鼻で笑った。

そのまま師匠は顔を引っ込めた。



「・・・・・・・・・・・・・。」

ここはお約束的に私が悲鳴の一つでも出すべきなのだろうが、残念ながら私に色気と言う物は全く存在していなかった。

そう、たとえ下着姿だろうとも。



「・・・ぐすん。」

私は両手と膝を床に突いて、がっくりとうなだれるしかなかった。






―――エピソード5「私と師匠」




翌日になっても、師匠は作業室から出ることなかった。

私は最低限の言いつけを受けて、師匠の邪魔にならないように部屋の拭き掃除をしていた。


師匠は部屋を全く汚さないので、殆ど形だけの掃除だったが。

私は毎日そういった、地味で意味を感じられない作業をさせられている。


家でもやっていることは大して変わらないので苦にならないが、これじゃあ弟子じゃなくて家政婦じゃないか、と常々と思っていた。



昼にもなると、師匠はひと段落したと言って作業室から出てきた。


「終わったんですか?」

「まあね、でも完成はしたけれど根本的なところでは未完成だから、まだどうとも言えないけれど。」

「・・・・はぁ。」

師匠がよく分からないことを言うのはいつもの事なので、私は適当に聞き流した。



「それより師匠、お給料ください。」

「はぁ?」

私がそう言うと、師匠は何言ってんだこいつ、みたいな表情になった。



「だって師匠、このままじゃ私ただの家政婦じゃないですか!!

お給料でも貰わないと全く割に合わないです!!」

「・・・・・呆れた。君さ、最初の契約書忘れたの?

あそこに給金がどうのこうのなんてかかれてないじゃないか。」

「そッ、それはそうですが!!」

「そもそも、魔術の研究はただでできるものじゃない。

お金を稼ぐ手段を確保できない魔術師なんて、三流だよ。まあ、君は三流以前の問題だけれど。」

「えッ、師匠がいつお金を稼いでるんですか!?」

「国から援助されてるんだよ。一応僕は宮廷魔術師って扱いだからね。

魔王を倒した報酬として、陛下から僕がこの国の存続を守る代わりにずっと魔術の研究の援助をして貰うって。」

やはり私と師匠では立場と言う者が違うようだった。



「うぐぐ・・そんなのズルい。」

「そうでもないさ。つまらない魔導兵器の設計をさせられたり、一昔前には周囲の国にケンカ売って四方から攻められたときなんかは一人で二十七万の軍勢を蹴散らす羽目になった。

暗愚の先代王が古代竜の怒りを買って呪われた日には、そいつをぶちのめしに行ったり・・・今続けてる研究が終わったらこっちから王家に見切りをつけるつもりさ。

今の王家の馬鹿どもは、この僕が居ることを笠に着て好き勝手している。侵略には手を貸してないけれど、僕はそんな連中の一味にされたくないからね。

まったく、陛下がこの帝国の現状を耳に入れたらどれだけ嘆かれることだろうか。」

師匠の言う陛下とは、多分師匠が魔王と戦っていた時代に仕えていた帝王の事だと思う。


多分だけど、師匠は今の王家には仕えていないんだと、私は思った。

かつての帝王との義理を果たしているだけで、それ以外は心底どうでもいいと思っている。



「まあ、いつになるか分からないけどそんなに遠い未来じゃないだろうし、その時はここを引き払うから金目のものは全部くれてやるよ。

一生食うに困らないだけにはなるはずだ。」

「・・・・・・わかりました。」

「まあ、研究の進行状況の推移をみるに、あと最低十年は先だろうけれど。」

「うぇえ!?」

それを聞いて、私はがっくりと肩を落とした。



「そう言えば、師匠はどんな研究をしているんですか?」

たしか、そういうのは一度も聞いたことが無かったはずだ。


「スゴイ研究さ。」

そんな子供みたいな言い方だったが、その時の師匠はとても恐ろしかった。

眼には、まるで炎が灯っているかのように気迫が有った。


私は師匠の眼に宿っていた狂気の片鱗を見えたような気がして、ぞくりと震えた。



「そうだ、君って子供好きかな? 好きだよね、弟相手にあそこまで出来るんだし。」

「え、あの、師匠、いきなりなんですか?」

師匠はお喋りだしすぐに話題を変えてくるので、私は時々それに付いていけなくなることがある。

そうでなくても今のは余りにも急な話題の転換だったので、私は一瞬混乱した。


「えっと、・・・まあ、嫌いではないですが・・・。」

「そう、よかったよ。あんまり役に立たないから捨ててやろうと思ったけれど、邪魔にならないなら何事もキープしておくものだね。

それで君にやってもらいたいことがあるんだけれど、いいよね?」

「今凄い暴言が聞こえたんですけど・・・・拒否権は無いんですよね、当然。」

この人は今日みたいな日でなければいつもの掃除に加えて、普通に意味不明な無理難題を言ってくるので、それを拒否すると私は折檻され、失敗すると折檻される。


・・・何だか泣きたくなってきた。


とにかく、今回もその類の意味の無い指令かと思っていた。



「ちょっとこっち来てみなよ。」

そう言って、師匠は普段は絶対に私を入れさせない作業室へと手招いた。


何が待ち受けているのかと、私は恐る恐る中へと足を踏み入れた。



「えッ」

そこには、私の想像を絶する光景が有った。


少女が居たのだ。とても幼い、少女が。

どこか浮世離れした、人間離れした造形の、美しい少女だった。


一糸纏わぬ姿で彼女はふわふわとした身長ほどもある金髪を興味深げに弄んでいた。



「さ、攫ってきたんですか、師匠ッ!?」

「違うよ!!」

私は師匠に思いっきり蹴られた。


「あううう・・・。」

「作ったんだよ、この僕が。だいたい、一目で“これ”が人間な訳が無いって分かるだろ。

人間味を出したくなかったけれど、ここまで造形に凝ると逆に気味が悪くなってきたよ。」

私は痛みに悶絶しながら、師匠の言葉を聞いていた。



「師匠が、彼女を作ったんですか・・・?」

「正確には性別なんて無いよ。見た目を男にしても見苦しいからこうしたのさ。

ちなみに容姿が幼いのはまだ知性を得ていないから、それを表しているのさ。

とは言え、こいつは成長するのさ。人間とは比べ物にならない速さでね。すぐに君より頭が良くなるだろうさ。」

信じられない話だった。


師匠がすごい魔術師だと言うのは知っていたけれど、こんな私の理解が及ばないことが出来るなんて思わなかった。

これを師匠がそう言わなかったら、笑い飛ばしてしまうだろう。



「それに、魔術も使える。」

「えッ!?」

そして何より、私が驚いたのはそれだった。



「魔術を扱うのに根源的に必要なのは、魂だ。

それの代替物として、『水の宝玉』を中心に最高位の魔導書を二冊使って人の形を形作り、疑似的な魂を形成させた。

コンセプトは魔導書に魔術を使わせるというものだから、こいつはまさに魔導書の化身みたいなものかな。」

「どうしてこんなものを・・・?」

「君のおかげだよ。君があまりにも無能すぎたから、僕が後世に魔術を残せるように、こうして明確な意思のある魔導書と言う物が作り出せた。

今までにも魔導書には意思が宿ると言う話はままあったけれど、それは不明瞭で曖昧でおぼろげだった。

そこで魔術の知識を保有しつつ、それを守り伝える疑似的な生命体を作成したのさ。

まあ、生命体と言っても分類的にこいつは精霊になるのかな。本体と魔力がある限り死にもしない、絶えもしない。」

「・・・・・・・ッ・・」

私は師匠のその言葉を聞いて、堪えきれない悔しさがこみ上げてきた。



「じゃあッ、私なんて必要ないじゃないですか!!」

でも私は、悔しさより悲しさが先行した。


仮にも師匠は、私の事を使用人や家政婦ではなく、弟子扱いしてくれていた。

それで師匠みたいなスゴイ人にも、私は認められているような気がしていたのだ。



・・・そう、気がしていただけだった。


師匠は、何一つとして私に期待していなかったのだ。



「何を言ってるんだ君は、僕はそもそも君を必要とした覚えが無いんだけれど。」

それどころか、師匠は私のことなど意識すらしていなかった。

それこそ、道端の石ころのように。


居ても居なくても、同じとばかりに。



私は、逃げ出した。


「ああッ!?」

だが、数歩走ったところで、両手両足に激痛が発生した。



「痛いッ、痛い痛い痛い痛い!!!!」

両手両足の指が反り返る。

曲がってはいけない方向に、根元からぎりぎりと嬲るようにゆっくりと。



「どこに行くつもりだよ。この馬鹿弟子。

言っただろ、君にやってほしいことがあるんだって。」

だけど師匠は私の心情など知ったことではないのだろう、ただ冷酷にそう言った。


すると、その時、ぺたぺたという足音が聞こえた。


あの少女だった。

彼女は作業室からよたよたと、見よう見まねで歩こうとして一度転んだが、勘を掴んだのかあっさりと両足で歩くと、興味深げに私を見下ろした。


大声を出した私が気になるのか、無機質な瞳が私を観察していた。



「それで、僕は忙しいから仕込むのは君だよ。

君はこいつにいろいろと教えてやるんだ、分かったね?」

「・・・はい。」

私が頷くと、ようやく両手両足の痛みが消えた。



「でも師匠・・私が彼女に教えられることなんて・・・。」

「はぁ、なんでだよ。」

「だって、私は師匠に何も教わっていませんし。」

「はぁ!?」

すると、師匠はため息を吐いて肩をゆっくりと落とした。


「お前さ、僕に師事してるんだろ。

普通、弟子入りしたのなら自分から積極的に学ぼうとするもんだろ。

僕、お前が努力してる姿とか一つも見たことないんだけれど。」

「・・・・う・・。」

言われてみれば、その通りだった。

私は師匠に頼るばかりで、何一つしてこなかった。


「まあ、今回は許してやるよ。そっちの書斎の本を使って良いって言ってなかったしね。

じゃあそういう事で、そいつは任せたよ。名前も好きに決めていいし。」

「じゃあ、やっぱり魔術とかの本を読み聞かせて教えたりしないといけないのでしょうか。」

「別に何を教えたっていいんだよ。

こいつはプロトタイプだし、いろいろと経過を見ないといけないからね。後から色々と機能を追加する予定もあるし。

まあ、この場合は一緒に覚えていくって感じになるんだろうけど。」

師匠はそう言って、もう一度溜息を吐いた。



「本当は自分で気づけば満点なんだけれど、君の頭の出来じゃ何事も言って聞かせないとダメだって分かったからいいや。」

「・・・酷い・・・。」

「だって今の所事実じゃないか。」

私の嘆きは師匠に切って捨てられた。

・・・この人には慈愛と言う物が無いのか。



「じゃあ、とりあえず服でも着させましょう。裸と言うのもかわいそうですし。」

「そう、まあ好きに教育しろよ。僕はその経過と結果が知れれば十分だから。」

「はい、わかりました。」

私は師匠に頷いた。


「こいつの本体は僕が保管してある。この体は飽くまで知覚器官・・まあ、目や耳とかのそう言う役割を持っているだけだから、万が一壊れても大丈夫だから。」

「と言うか師匠、この世界の至宝を材料しちゃっていいんですか?」

私は今更ながらに、気になったので訊いてみた。


「まあ、あくまで触媒にしただけだから問題ないよ。それに最高の隠し場所だからいいんじゃないの?

こいつもあの宝玉の力も使えるし、育て方間違えてグレたら大変なことになるよ。」

「何気に責任重大じゃないですか!!」

師匠は私に意地悪く笑ってそう言い残すと、寝室の方に歩いて行った。



「じゃあ、まずは服でも買おうか。」

私はじっと私を観察して動かない少女の柔らかそうな髪の毛を優しく梳きながら、どんな服を買おうか想像を膨らませた。






―――エピソード6「私と『黒の君』。」




あれから数日は、彼女に色々なことを教える日々になった。

基本的な言葉とか文字とかを、人間として必要な知識を教えている。


しかし、ちゃんと物事を覚えて実践できているのに、彼女はうまく言葉が話せないようだった。

どうしても途切れ途切れになって、一息に長く言葉を言えない。


言語機能の障害が発生しているのか、流暢に話すのは難しいかもしれない、と師匠は言った。

気が向いたらそのうち直すらしい。


そして、私が本を読み聞かせているうちに、彼女は大きく本に興味を示し始めた。

読んだ本の内容は完璧に記憶して、すでに私より頭が良くなっていた。



それでついに先日、彼女の名前はエンサイクロペディアのグリモアちゃんに決まった。

百科事典みたいに物知りになってほしいと願ってそう名付けた。二つ名みたいでとても格好いい。

師匠には捻りが無い、と言われたが、自分で名前は決めていいと言った手前、どうでも良さそうだった。


そして、今日もグリモアちゃんに色々と物を教えるために、師匠の所へ行く準備をしていた。

何だかもうやっていることは弟子とはかけ離れている気もするが、もう気にするのはやめた。


最近はもう何だか妹みたいに可愛くなってきたので、もう半分師匠に師事してることを忘れていた。


今日はついに彼女を外に連れ出す野外学習の許可を師匠から得たのだ。

と言う訳で、私はウキウキしながら外に出た。




「貴様がリュミス・ジェノウィーグか。」

しかし、家を出て少し歩いたところで、私はある集団に呼び止められた。


その集団とは、教会の有する神殿騎士団だった。



「え?」

私が困惑しているうちに、私は彼らに囲まれて剣を突き付けられた。


「貴様には邪悪な魔術を信奉する異端者として嫌疑が掛けられている。

我々に同行して貰おうか。抵抗すると心証が悪くなるぞ。」

騎士は事務的に私にそう告げた。



「そ、そんな!! 私は邪悪な魔術なんか・・・」

そこでふと、私は思った。

師匠の魔術って邪悪なのだろうか。詳しく分からないのでどう答えようも無かった。



「どうやら心当たりがあるようだな、連れていけ。」

「え、え、濡れ衣です!! 私は悪いことなんてしてません!!」

しかし私がそう主張しても、神殿騎士たちは我関せずと私の両手と両足を縛って拘束した。


「待て、お前たち。」

すると、その時、神殿騎士たちの集団から一人の中年の男が現れた。


司教服を着ているので、その地位は明確だった。



「昨今の異端者増加に伴い、その容疑が明確な場合は即座に見せしめに処刑せよとの通達を忘れたか。」

「ちょっとお待ちください司教殿、彼女は異端者と言う告発を受けただけで、まだ明確な証拠が揃っておりません。

調査も裁判も行わずの処刑などと、これでは我ら教会の権威に傷が付きます。」

「黙れ、あの御方の告発にけちをつけると言うのか。」

「・・・・・・・肥え豚が・・。」

司教の言葉に食い下がった騎士は、結局言い負かされて引き下がった。



「え、ど、どういうことですか!? いきなり縛られて、急に処刑だなんて!!」

「黙れ異端者が!!」

状況が把握できずに混乱した私は、司教が手にしていた杖で殴られて無理やり黙らされた。



「民たちよ、聞け!! 今から我らは神の名の下に、邪悪な異端者を処刑する!!」

司教はそう言って、更に私の知らぬ罪状をつらつらと並べて、何事かと集まって来ていた大勢の人たちに語って聞かせた。


すぐに罵声の嵐が巻き起こる。

中には物を投げてくる者までいた。



「はぁ・・。」

こうなってはどうしようもない、と騎士は剣を抜いて振り上げた。


「まて、まだ私の話は終わっていないぞ!!」

「即座に処刑しろと仰ったのは司教殿ではないか、民への説明は後でよろしいでしょう。」

「何を馬鹿な!!」

騎士はどちらが馬鹿だと言いたそうな表情だった。


「残念だが、せめて神に救われるよう祈るのだな。」

この時代、異端者として社会的に殺された者に未来は無いに等しかった。


だから彼は、これ以上私を辱められる前に、さっさとこの茶番劇に幕を下ろそうとしたのだろう。

訳も分からぬまま拘束されて、いきなり処刑されるなんて事態に遭遇した私を哀れに思って。


そうして、騎士は剣を振り下ろした。



私は、困惑したまま死を迎えようとしていた。

何がどうして、どんな理由でこんな急に殺されなければならないのか、訳が分からなかった。





「なにこれ、面白い事態になってるじゃないの。」


だから、ここに師匠が現れた時には、もう私の混乱は極まっていた。




騎士の振り下ろそうとした剣は半ばから刃がキレイに折れて、私の首を切り落とすはずだった部分が無くなった。


そして、折れた剣の切っ先が弾かれるようにして、司教の肩に突き刺さった。



「ぐあああ!!」

司教が痛みに悲鳴を上げた。


その現象に、湧き上がっていた民衆が困惑に満ちた。



「これは僕の弟子なんだけれど、これの処刑をするならまず僕を通せよ。」

師匠はそう言うと、地面に転がっている私に見下ろした。


「いつまで寝転んでるんだ、いい加減立てよ。」

「あ、はい・・。」

気付くと、手足の拘束が刃物で切られているかのように解けていた。

殴られた時の痛みも、傷も無くなっていた。



「ああ、悪魔め!! 姿を現しおったな!!」

「あんた、バカ? 僕は宮廷魔術師のウェルベルハルクって言うんだけれど。なに勝手に悪魔呼ばわりしてるわけ?」

司教の物言いに、師匠は不機嫌どころか、むしろ笑っていた。

私は知っている。あの師匠の目は、どれだけ残虐に相手を捻り潰そうか考えている目だ。



「ウェルベルハルク・・!? まさか、『黒の君』だと!?」

師匠に剣を折られて師匠に距離を置いていた騎士が、驚愕に目を見開いた。


「そうさ、それでこれは僕の弟子だ。それをどういう理由でこんな狼藉を働くのかな。教えてよ。」

「そ、そいつは、異端者として告発を受けたのだ!!」

「ふーん。」

司教の言い分に、師匠は腕を組んで頷いた。



「じゃあ、賄賂を受け取ったりするのは異端じゃないんだ。」

「なに!?」

「例えば昨日、どこかの誰かさんが夜十一時ごろにこっそり訪ねてきた誰かさんから頼まれてお金と女と引き換えに、うちの弟子を異端者として殺してほしいって頼まれたとか。」

「い、言いがかりだ!!」

師匠の言葉を聞いた司教は、怒りに顔を真っ赤にして怒鳴った。



「へぇ、心当たりがあるんだ。僕は例えばの話をしているのに。」

「うるさい、お前たち、こいつは悪魔だッ、殺せ!!」

だが、その直後、師匠と私の周りに雷が落ちた。


その牽制に、動きあぐねていた騎士たちが距離を取った。



「何をしているお前たち!!」

「わぁお、神様が怒ってるよー、お前みたいな不信者がいることに。」

「ふざけるな異端者が!! 神の御名を語るとは、もはや許せん!! 天罰を受けよ!!」

司教はそう言うと持っていた聖書を開くと、聖句を唱えた。


しかし、何も起きない。



「お前の言う、天罰まだー?」

師匠は耳に小指を突っ込んでぐりぐりしながら言った。


「ば、馬鹿な!! 何をした貴様!!」

「さあ? 単にお前の下から神は去ったってだけじゃない?」

その直後、司教の肌の見えるところ全てに、見る見るうちに発疹が現れ始めた。

いや、肌だけではない、司教服にも緑がかった斑点のようなものが出現し、それが徐々に広がっていくのだ。



「わあ!! なんてことだ、司教殿は穢れを持っていたようだ!!

早く隔離しないと、穢れが周りの人間に感染してしまうぞ!!」

妙に芝居がかった口調で、師匠は叫んだ。


その直後、民衆が一斉に悲鳴を上げた。

しかし逃げ出そうとする者は誰も彼もが、足が何者かに掴まれたように動かない。


ざっと二百人を超える民衆が、足が動けなくなってバランスを崩す姿が相次いだ。



「誰が逃げていいって言ったよ、衆愚ども。」

師匠は笑うと、騎士たちに言った。


「その汚物、早くどっかにやってよ。」

その言葉に騎士たちは顔を見合わせると、自分に起こったことに悲鳴を上げて悶え苦しんでいる司教に触れないように持ってきていた拘束用ロープをうまく使って運び始めた。



「うああ、だれか、だれか、たすけ・・」

「お待ちください司教殿、神殿に戻れば治療する術がございます。」

自分たちの上司の無様な姿に溜息を吐くと、騎士たちは司教を運んで行った。



「ま、効果は似てるけどお前たち教会の使ってる呪詛とは根本的に違うから、治癒は無理なんですけれどねー。」

その時、ぼそっと師匠が呟いた言葉に、私は背筋が凍るかと思った。



「はい、じゃあ、今回の騒動の原因の登場でーす。ぱちぱち。」

師匠が指を鳴らすと、師匠の目の前に一人の男が落ちてきた。


「ば、化け物!!」

「うるさいよ、ゴミが。」

師匠は笑いながらそう言うと、その男を私と最初に会った時みたいに、締め上げながら空中へ釣り上げた。



「へぇへぇ、貴族の三男坊なんだ。へぇへぇ、なかなかプレイボーイみたいだねぇ。

ああ、この馬鹿弟子に振られてムカついてこんなことしたんだ。馬鹿な上に見る目無いねぇ。」

師匠の言葉に、ようやく私はその男が誰かわかった。


この間、私にナンパしてきた男だ。

妙に周囲の視線があると思ったら、彼はこの辺で悪名が轟いているらしかった。



「でもお前みたいなやつって、生きる価値無いよね。死んじゃおうか。」

師匠は軽くそう言った。


「ぐえぇ!?」

男は、それだけで地面に叩き付けられ、再び空中へ釣り上げられる。



「どうしたんだよ、衆愚ども。皆の大好きな処刑ショーだよ。

さっき皆が僕の弟子にやってたみたいにしろよ、やらなかった奴はこいつと同じ目に合うからよろしくー。」

師匠の一言が、周囲で動けなくなっている民衆を一気に恐怖のどん底へ突き落した。


「ほら、早くしろよ。」

師匠が笑いながら言った。

もう一度、男が地面に叩き付けられた。


やがて、恐怖に負けた民衆のうちだれかが、男に罵声を浴びせた。

それはぽつぽつと増え始め、やがてすべての民衆の大合唱へと変わり果てた。



私は、ただただ怖くてうずくまっていた。


師匠もそうだが、恐怖に負けて動けていれば暴徒と化しているような民衆もだ。

そして、師匠はそんな民衆を無理やり力でねじ伏せているということも。



「ぶっははははははははは!! 馬鹿馬鹿バーカ!!! おかしい、おかしくて死ぬ!! うっははははははは!!

バカどもが、馬鹿みたいに周囲に流されて意見を変えてやがんの!! 自分が無い連中て嫌だよねぇ!!」

その光景を生み出した師匠は、腹を抱えて大笑いしていた。


だが、



「・・・・じゃあ、お前らも生きてるも生きてないも同じだよね?」

冷たい言葉が、大音声で流れていた罵声の嵐の中でも、その場にいた全員に響き渡った。



そうして、恐怖が最大限に高まった瞬間に。


一人一人と、民衆たちがその場に倒れ始めた。

そしてあっという間に、全員が地面に倒れ伏した。



「し、死んじゃった・・・!!」

「気絶させただけだよ。あー、楽しかった。衆愚扇動ごっこたのしー。」

くっくっく、と師匠は肩を震わせて子供のように笑っていた。



「ゆ・・・ゆるじで・・・」

「あ、忘れてた。」

男は地面に何度も叩き付けられてもまだ意識が有ったのか、そんな男に師匠は、



「でもダメ、弟子をイジメていいのは師匠だけなんだよ。」

その男の四肢を、有ってはならない方向に折り曲げた。


「ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

「あはははは!! エビみたい!!

ここは内陸だから分からないかもだけど、衣をつけて揚げると美味しいんだよ。」

師匠はそう言うと、虚空から熱気を放つ油を出現させ、容赦なく男に浴びせかけた。



「あああ、あづ、あづ!!」

「でも、お前は美味しそうじゃないね。」

「し、ししょう・・も、もう、ゆるしてあげましょ、う・ね? ね?」

もはや元の優男とはだれも判別できないほど酷い状態だったが、私は師匠にそう言わずにはいられなかった。



別にこの男が許したわけではない。

これ以上師匠の暴虐は、恐ろしくて見ていられなかったのだ。


このままでは本当に、この男を殺してしまいそうで。




「何を怯えているんだよ、・・・・全く、まあいいや、もう飽きたし。

早く僕の宮殿に行くよ。こんなところで油売ってる暇なんて無かったよね、うん。」

師匠は怯える私を見て察したのか、暴虐の手を止めて歩き出した。



「はい。」

私は、師匠に言われるがままに付いて行った。






私の師匠は、『黒の君』。

略さず言うと、黒魔術師の暴君。


そう、気に入らなければ誰が相手でも、どんな敵でも力でねじ伏せる。


それが民衆という、普通なら戦ってはいけない相手でも、容赦なんかしない。

気に入らないと思ったら、完膚なきまで徹底的に叩き潰す。



それが、私の師匠。

私の暴君にして、英雄。


何だかんだ言って、私の事を助けてくれる師匠。

怖いけど、酷いことばっかり言うけど、いつも酷いことするけど、私は師匠をとっても尊敬しています。





まずは皆さん、いろいろなご要望を下さってありがとうございます。

そして、一年もの間、ありがとうございます。まあ、いろいろあって一月ほどおくれましたが。


今回採用した題材は、リュミスの弟子入りと、在りし日の修行風景、です。

まあ、ほとんど修業はしてませんが、こんなもんです。


この題材を採用した理由は、皆さんのリュミスに対するコメントがいっぱいだったからそのダメな子ぶりを描きたいと思ったからですww

結構なボリュームになりましたww

ちなみに、リュミスの主観ですがあえて本編と同じような書き方をしてみました。

べ、べつに途中で気づいて手直しするのが面倒になったからじゃないやい!!


さて、実はこれはまだ前編なのです。

もちろん後編もあります。具体的にはリュミスが独り立ちする、本編の冒頭の手記に書いてあるあれです。

今回の内容はあれと食い違いが発生するかもしれませんが、日記に自分の心情を全部書かないといけないってルールはないよね、ってことでご勘弁を。


そういうわけで、もし後編がみたいよー、っていう方が多ければ、次回はそちらを書こうと思います。


ですが、ちょっと大学のゼミレポートが忙しいので、今月の半ばまで投稿はできない旨を伝えておきます。

それでは、また次回。これからもよろしくお願いします。

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