第六十二話 赤い終結
「ミネルヴァッ!?」
無邪気に通路の先で手を振っている彼女に、俺は思わず危ないから逃げろと言う言葉が口から出かけた。
しかし、もう既に事態は動いていた。
前方の三人は示し合わせた訳でもないのに一人はこちらに銃口を向けつつ、二人が振り返り背後に銃口を向けた。
そして、即座に発砲。
フルオートで秒間に何十発もの銃弾が放たれた。
ミネルヴァは突然の発砲に驚いたようだが、すぐにその表情は見られなくなった。
それは彼女が凶弾に倒れたからではなく、何かが彼女の前に立ちはだかって代わりに弾丸を受けたからだ。
それは、泥人形だった。
人の姿を模しているらしいが、その不出来な造形からは判別は難しかった。
それがざっと八体は居た。それらが、ミネルヴァとの間に立ちはだかったのだ。
ミネルヴァの奴の面倒を見させられていた俺は、何度か見たことがある。
これは妖精たちの使う魔術の一つで、配下の妖精を人形に詰めて使役するものだ。
人間にはスプリガンと伝えられる、自分たちの家などの拠点防衛や護衛などに使う。
手のひらサイズから見上げるような巨人までと伸縮自在で、大抵は泥とかの急造品だが、その所為かちょっとしたダメージでは簡単に再生するのだ。
大きくなれば、魔物も軽く握りつぶせるだけの、見た目通りの単純ながら恐ろしい戦闘力を持っている。
以前にあった郊外での一件以来、どうしても俺が付いていけない場合とかはこう言った護衛を作り、遊びまわっている。
すぐに泥人形たちが腕を伸ばして、敵と認めた“彼女”らに襲い掛かる。
彼らにいくら銃撃を加えても、表面が波打つだけで衝撃を完全に受け流され、地面に鉛玉が落ちるだけだった。
こいつらの力の源は、大地そのものだ。
地に足がついている状態では、どんな速射でもただの“点”に過ぎない銃弾は無意味なのだ。
面に対して効果的な魔術や爆発物などで四散させなければ無力化できない。
だが、言うまでもないが“彼女”らはそう言う魔術は大得意なのだ。
床に落ちた無数の鉛玉が爆発した。
その爆風で泥が周囲に飛び散る。
だが、まだまだ通路をふさぐように巨大化した泥人形の層は厚い。
“彼女”らが面倒臭そうに舌打ちするのが聞こえた。
その時だった。
“彼女”ら三人のうち、俺とエクレシアに銃口を向けている奴の肩に、おぞましいイモムシが彼女の背中から這い上がって来たのだ。
そして、そのイモムシは“彼女”の喉に真横から素早く食い破って、内部に侵入した。
その一瞬の出来事に、“彼女”は声も出なかっただろう。
そのまま、彼女の喉が不自然に蠢き上に昇ると、糸が切れるように絶命した。
「ここはフウセンの城です。ここを荒らす者はだれ一人として赦さない。」
そしてフウリンの声がした。彼にして珍しい怒気の混じった声だった。
その声に、ミネルヴァに気が向いていた二人が振り向いた。
それと同時に、俺の真横にフウリンが現れた。
彼はズタボロになった俺にすぐに肩を貸してくれた。
実は立っているのも結構つらかった・・・。
「すまん、助かった・・・。」
「いいえ、貴方には感謝しています。」
フウリンは年頃の乙女ならコロッと惚れちまいそうな笑みを浮かべて俺にそう言った。
ところで、今のも撃たれそうなのになんでこんなのんきに会話が出来るかというと、当然理由がある。
フウリンが姿を現すのと同時に、通路をふさいでいた泥人形が内側から破裂するようにして、いつぞやの燃えるように真っ赤なクラウンが飛び出てきたからだ。
「もう逃がさないよッ」
それは遅れてやってきたことから、少なくともその速度が音速を超えていたことを意味する。
その声が“彼女”たちに到達する前に、背後からクラウンが強襲し、殴り飛ばされた。
むしろ、拳が衝突したと表現するべきだろうか。
連中は特殊兵装で身を守っていたが、それですら対応が出来ないほど早かった。
殴られた二人は、殴られた場所からちょうど体を突き抜けた位置から血が破裂するかのように吹き出し、ほぼ真っ二つに折れ曲がったのだ。
そう、布団をたたむように、人体が真っ二つに。
まさしく人間にはいくら強化魔術を掛けてもできない、ふざけた力技だった。
こいつらもそうだが、本気モードのクラウンもなかなかふざけた能力だ。
俺も遊ばれてなかったらこうなってた可能性がったのか。夢の中とは言え恐ろしい。
「きゃーすごい、はやーい!!」
ミネルヴァの気の抜ける声が聞こえる。
と言うか、この状況で死体を見て動じないとか、やっぱりあいつはどこかズレてるらしかった。
「ふん、手こずらせてくれたね。」
どうやら違うところで遭遇していたらしく、忌々しそうにクラウンは吐き捨てた。
「彼女は?」
「今日はもう無理そうだ。俺もかなり消耗してる。具体的には若干目の前がかすんでる。」
「分かりました。恐らく、過剰な体内の魔力消費が原因でしょう。
とにかく城内の安全は確保しましたので、今日は休んでください。」
フウリンの言葉に、俺は頷いた。エクレシアは安心したのか、気を失ったようだ。
「外の様子は・・?」
「先ほど、フウセンが出ました。」
「なら安心だな・・。」
俺も安堵のため息を吐いた。
「君もちゃんと働いたようだね。今日は休みなよ。まあ、僕らは今夜寝むれそうにないけれど。」
と、クラウンからも有り難いお言葉を受けた。
「だいじょうぶ・・・?」
ミネルヴァが俺たちを心配してか、俺たちに近づいて上目使いでそう言った。
「ああ・・・悪いな、お前から貰ったマフラー、ボロボロになっちまった。」
そう、俺の命を守ってくれたこのマフラーは、もうほぼすべてが焦げ茶色に染まっており、それで脆くなったのか自重に耐えきれず両端が千切れかかっている。
多分もう、使い物にならないだろう。
「べつにいいよ、しっぱいしちゃったやつだし!!」
にぱーっと笑って彼女は言った。
それを確認して俺はもう一度溜息を吐いた。子供に泣かれるのは本当に疲れるからだ。
それにしてもそろそろ限界だ。
「あとは、任せた・・・。」
俺の気合が持ったのは、クラウンがエクレシアを受け持ってくれた直後までだった。
・・・・
・・・・・
・・・・・・・
「全員止まれや。」
二人が“メリス”と戦闘が始まって少し経った頃、いよいよ魔族の第二隊が動き出そうとした時だった。
フウリンにより転送されたフウセンが、魔剣を片手にそう怒鳴ったのだ。
出鼻を挫かれた第二隊はフウセンの突然の出現に戸惑いながらも停止した。
「訳も分からん相手にして、アホっくさいに前にでて、少しは頭つかえや。
頭だけ熱くなって、少しそこで頭冷やしとけや。」
割と自分の事を棚に上げている発言だったりするが、この場にそれを指摘できる人物は居なかった。
むしろ、魔王の登場に魔族たちは沸き立っていた。
「ウチの縄張りに入って好き勝手するとか、ええ度胸やないか。」
そして彼女は、“メリス”達に魔剣の切っ先を向けた。
「玄関口前でラスボスとエンカウントね、わくわくするわ。」
「・・ふふっ、誰か伝説の剣を持ってきなさいよ。」
「最後の相手なんだし、これくらいの相手じゃなけりゃね。」
“メリス”達は口々にそんなことをのたまった。
そして両翼のスリーマンセルが銃器を構えて先制攻撃を加えた。
中央の三人が一泊遅れて銃撃を開始。
そこからそれぞれの隊からレーザーブレードを手にした“メリス”が高速で移動しながらフウセンに接近する。
「くッ、うっとおしい。」
三方向からの十字砲火はフウセンを守る魔力障壁を削り、負荷が猛烈に彼女を襲うが以前に増して厚みと密度を増した障壁を貫くには至らない。
その合間にもレーザーブレードの斬撃が迫る。
一瞬銃撃が止むと、その瞬間を狙って三人が同時に別方向からレーザーブレードを振るう。
六条の斬撃が障壁を削る。
後方の射手が空中に浮かんで別角度から包囲するように展開して射撃が始まる。
「うッ、ちょこまかと!!」
その縦横無尽に動く見事な連携に翻弄され、フウセンは狙いが定まらない。
空中まで移動し三次元的に九人がかりで完璧な連携を行って彼女の行動を制限し尽くしているのだから、この状況を一人で突破するのはほぼ無理な話だった。
何だか面倒になって来たので、力技で薙ぎ倒そうかとフウセンが思い始めた頃だった。
「苦戦してるじゃねーか。その程度か人間の魔王よ!!」
ひゅーーん、ずどんッ、と地面に突き刺さりながらドラッヘンが跳んできたのだ。
城砦内から五百メートルはあるだろう、この場所に。
「なんや? こいつらウチの獲物やで。苦戦つってもまだ始まったばかりやないか。」
どっちゃにしろ、来るにしても普通、ピンチになった時にせいへんの?」
フウセンはまだこちらから動いていないから苦戦していないと言い張った。
一応さっきから魔剣を適当に振っているが、狙いが定まらないから当たらないのだ。
「ああ・・・そいつは悪かった。しかし、どんな強者にも相性の如何によっては容易に負けてしまうことも、戦いの世界ではよくある。
俺はあんたを良く知らないから、まだこの程度の事で判断はしねぇよ。
何せこれだけの連携を見せる軍団だ。俺たちの次に強いかもな。」
「せやから、そうやなくて・・・まあええわ。こいつらうっとおしいから、さっそく手ぇ貸せや。」
フウセンもドラッヘンが目の前の敵しか見えてないのに気付くと、何だか意地を張るのがばからしくなった。
要は、こいつは強いやつと戦いたいから、部下を置いて前に一人で出てきたのだと分かったからだ。
「良いだろう。お互いに理解しあうには同じ戦場で同じ轡を並べるのが一番だ。」
彼がそう言った直後、彼の体が吹っ飛ばされた。
そして直後に発砲音が聞こえた。
「狙撃ッ!?」
だが、フウセンが弾丸の跳んできた方を見ても、どこに狙撃手が居るかは分からない。
「なに、今の奴。とりあえず邪魔だから排除したけど。」
「知らないわよ。報告にないもの。」
「それにしてもバカよね、バカだから一人で前に出るんでしょうけど。」
フウセンを取り囲んでレーザーブレードを構えたままの“メリス”達がそう口にした。
「なんだ今の、ったく、痛ぇじゃねーか。」
しかし、当のドラッヘンは頭を左右に動かして調子を確かめるようにして、まるで何事も無かったかのように立ち上がった。
「うそ、今の二十センチの鉄板をぶち破れる対物ライフルよ・・・。」
“メリス”の誰かがそんな声を漏らした。
そんな高火力でいったい何を撃つつもりなのか問いたいふざけた威力の対物ライフルを喰らっても、ドラッヘンは平気そうだった。
「若ぁッ!! 一人でなに突出しているかぁ!!!」
すると、その時、飛竜リンドブルムに跨ったフリューゲンが上空から大声で怒鳴り散らしてきた。
「ああ、済まない爺さん。なんだか楽しそうだったから、我慢できなくなっちまってな!!」
「何が我慢できなくなっちまってな、だ!! 貴様、上に立つものとしての自覚は無いのか!!」
「まあまあ、とにかく、あそこに俺の戦いを邪魔する無粋な奴がいるから、何とかしといてくれ。」
「全く!! これが終わったら覚悟しておくのだぞ!!」
どうせ止めても無駄だと分かっているのか、あっさりとフリューゲンは引いたようだった。
その時、“メリス”は狙撃手に邪魔な航空戦力の排除を指示した。
それとほぼ同時に、約千二百メートル離れたところからの対物ライフルの弾丸が、フリューゲンの頭を捉えた。
だが。
「む?」
人間ならまず絶対に察知することなど不可能な距離での狙撃を、方角は分かっていたとは言え、彼はあっさりと避けた。
首をさっと曲げただけで。
片目のはずなのに。
銃弾が過ぎ去った際に生じた衝撃波を受けても微動だにしなかった。
「そこか。」
そして彼は片手を突き出した。
彼の掌に岩石のような物質が魔力によって形成される。
それが掌から発せられた雷撃よって撃ち出された。
秒速数十キロメートルという猛スピードを出して、その物質は大気の摩擦によって即座にプラズマ化して光り輝く。
それは流星と同じ原理で、天空から降ってくる以外は流れ星そのものだった。
その流星弾は、コンマ一秒も経たずに“メリス”の狙撃手に炸裂した。
狙撃手は小山に偽装しながら隠れていたのだが、そこから凄まじい砂埃が経ち、数秒遅れて轟音が聞こえた。
その威力に、第二層の大地が震えた。
そのまま、もう一発、流星弾が放たれる。
続けざまにもう一発。
念入りに、執拗かつ残虐に。
万が一生き残ろうとも、確実に仕留める。
そこにあった小山は、跡形も無く土くれとなった。
「若、援護射撃は必要か?」
フリューゲンが問うのと同時に、彼の部下らしいワイバーンに乗った五体のリンドドレイクの編隊が飛んできた。
当然、すでに戦闘態勢である。
全員流星弾の射撃体勢に入っている。
「必要ない。俺の楽しみを奪うなよ、爺さん。」
「・・・分かった。お前たち、撤収だ。」
フリューゲンは頷くと、部下たちと共に飛竜を翻し、城塞の方へと帰って行った。
「さて、相手は九人だが、俺が五人でアンタが四人な。」
「ウチは逆でもええけど?」
「じゃあ、早い者勝ちな。本気でやれよ、俺も本気を出す。」
ドラッヘンはそう言うと、するりと両眼を覆う封印の帯を解いて、地面に落とした。
青くまるで地球そのものの美しい宝石の如き、アズライトの両眼だった。
それこそ、彼が魔王の断片を持つものである証。
神話にしか登場しない、伝説級の魔眼たる、魔王の瞳。
魔術師に『乾いた双眸』と称される、条理を覆す宝石の眼だ。
その覗き込めばそこに地上がありそこに人々が暮らしていると錯覚するくらい澄んだ地球のような美しい両眼に、フウセンは一瞬魅入られた。
或いは、渇望したのかもしれない。
あれこそが、自分の一部だと。
足りない自分の半身のひとつだと。
「本気て、あんさんが手加減なんて知ってそうに思えんのやけれど。」
「良く知ってるじゃないか!!」
それが、戦闘再開の合図だった。
両者は左右反対に動いた。
それから一秒目。
戦力が未知数な敵の出現に出方を窺っていた“メリス”達が、一斉に引き金を引いた。
しかし、なぜか彼女らの持つ銃器の全てが一斉にカチャっとした乾いた音が鳴るだけで、弾が出なくなった。
同時に、レーザーブレードを持っていた“メリス”もその光が一斉に消失したのだ。
それだけではない、彼女らのゴーグルに映っていた画面がプツンと消え失せ、特殊兵装『ブロッサム』が急に停止したのだ。
何が起こったのか理解した人間は、この場に誰ひとりも居なかった。
その合間に、狩りに動いていた二人は手短な位置にいた“メリス”に狙いを定めた。
フウセンは魔剣で頭蓋から真っ二つに。
ドラッヘンは背負った槍を抜いて繰り出した斬撃により、胴体が薙ぎ払われて両断された。
二秒目。
機能停止した『ブロッサム』により、訳も分からず地面に“メリス”達が地面に落下した。
普段なら受け身の一つも取れたが、あまりに突発的な状況に彼女でも対応できなかった。
近接戦闘用の一人が二人の近くにまだ居るが、フウセンは後方の連中に狙いを定めた。
ドラッヘンはフウセンが見逃した一人容赦なく刺殺し、後方へ向かう。
三秒目。
それでも“メリス”達の復帰は早かった。
即座に態勢を立て直すべく立ち上がり、使い物にならないと判断した武装をすべて放棄した。なかなか簡単にできる判断ではない。
しかし、目の前に迫るのはふざけた能力を持つ魔王だった。
後方に一瞬で近づいていたフウセンは魔剣で空間を薙ぎ払った。
彼女から右から左へと放射状に、まるで耕耘機にでも巻き込まれたかのように地面ごと二人がぐちゃぐちゃに引き裂かれた。
ドラッヘンは移動しながら流星弾を形成し、手にした槍で一人を刺し殺した。
四秒目。
この短時間では対応することもできず、動こうにも一瞬で味方のほとんどが倒され、“メリス”は状況を把握することしかできなかった。
「(せや、試しにあれつかってみるか。)」
そう思って、フウセンは魔術『魔王の鉄槌』を行使する。
別に無手でも発動できるが、なんとなく気分の問題で彼女は魔剣を鉄槌に変化させて、魔術を発動させる。
発生する魔術の効果を魔剣に宿し、思いっきり振り下ろした。
次の瞬間、“メリス”だった物は肉片ひとつ残らなかった。
大地にクレーターが残るほどの破壊力を受け、その中心に赤い染みだけが飛び散っていた。
そしてドラッヘンの流星弾が一番遠くにいる“メリス”の一人の直撃し、木っ端微塵となった。
五秒目。
残った一人に、二人がほぼ同時に地面に蹴り倒し、武器を突き付けた。
「・・・・なんだ、譲ってくれるのか?」
「そっちこそ、このままぶっ刺すかと思ったわ。」
「いやな、さっきの動きとは全く違うからどうしたのかと思ってな。
俺の強さに恐れをなして戦意喪失したのなら、それはもうこれ以上戦うのは無意味ってもんだ。」
「見てわからへんの? まあ、ウチも分からんのやけれど。」
“メリス”達のいきなり動きが悪くなったのは、当然彼女らの武装が突然壊れたからだ。
フウセンはすぐにそれが分かったが、機械文明の無い魔族にそれを分かれと言うのは酷だろう。
とは言え、なぜ銃器や機械が突然壊れたのか、彼女には分からなかったのだが。
しかし、フウセンは直感で、いや、本能で理解した。
その結果が彼の魔眼によって齎されたのだと。
その時、両腕を地面にそれぞれの片足で抑え付けられている“メリス”の手に、突然拳銃が出現した。
ドラッヘンがそれを蹴り上げる前に彼女は発砲したが、例によって弾はカチャっと虚しい音しか出なかった。
ほどなくして、その拳銃も消滅した。
「なるほどね、ここまで相性が悪い相手とは・・・十一番目の時代に生まれずによかった―――。」
そして、そのまま彼女は唐突に息絶えた。
「なに?」
「勝手に死んだ・・?」
それと同時に、信じられないことが起こった。
音が、音が鳴り響いた。
それは単なる音ではない、メロディであり、旋律だった。
「これは、オルガン・・・?」
フウセンは記憶の中からこの音に関する情報を引っ張り出そうとする。
見える範囲にはどこにもないのに、オルガン独特の重低音と良く響く高音が織り交ぜられた、危機感や緊迫感を煽るような、彼女の知識にはない代物だった。
だが、どんな楽器によってどこで演奏が行われているかは分からないが、その荘厳な旋律は映画で良く演出に使われたはずだ。
そう、その楽器の名前を彼女は知っている。
「ああ、パイプオルガンや!!」
ただのオルガンではない、特に大型のコンサートホールや教会などに設置されている、大型の代物だ。
それがなぜか、今ここで間近で聞いているかのような大音量で鳴り響いている。
「これは俺の勘だが、ヤバい感じがする。逃げた方が良い。」
「そうやね、ウチも同感や。」
帯を頭に巻き付けながらのドラッヘンの言葉に、フウセンも頷いた。
この荘厳なメロディは、破滅の音色を奏でているように思えたのだ。
そして、二人が城砦の方に駆け出した直後である。
そこら中に打ち捨てられた“メリス”の死体が、真っ赤に染まって爆風が天まで広がる大爆発を起こしたのだ。
一発だけでもその辺を焼け野原にできそうな規模の爆発が、合計九回もどかどかと荘厳なメロディに負けないと鳴り響いた。
「なんやこれえええぇぇ!! 映画の爆破シーンかいなぁ!!」
盛大な爆発を背に、フウセンは絶叫した。
そして爆発が収まるのと同時に、地面が何度か揺れた。
荘厳なメロディは止まらない。
だが、その旋律に混じって声が聞こえる。
「あはははははははははははは!! 燃えたッ、吹っ飛んだぁッ!! 爆発ッ、爆発ぅ、あはははははははははは!!! メラメラぁ、ギラギラぁあああはははははははははは!!!!
はぁはぁ・・・すごい、すごいよぉ、すごすぎて腰砕けになっちゃうぅ、こんな興奮初めて、もう逝っちゃいそう。」
まるで場違いな、英語の幼い声音でそんな言葉が混じっていた。
「なにが、起こったんや・・?」
ぎりぎり爆発を逃れたフウセン達に応えるかのように、それは現れた。
天空に巨大な魔法陣が出現する。
そこから、巨大な翼を持った天使が現れた。
いや、巨大な天使と見紛うばかりの白く塗られたパイプオルガンだった。
それは神を湛えるように、まるで神託の演出でもするかのように、第二層の隅々にまで奇跡の声音を届ける。
その中心に存在する鍵盤の奏者は、まだフウセンよりも小柄で、幼かった。
狂ったように血走った眼で鍵盤を掻き鳴らしながら、奇跡を演出する。
やがて、ゆっくりと地面に降り立った巨大なパイプオルガンとその奏者の周囲に、上空の魔法陣から何かが降り立った。
それは、“メリス”の戦闘員たちだった。当然全員武装している。
彼女らだけでも、ざっと二百人近くいた。
「リナ、いい加減にそれ止めなさい。これは命令よ。なに勝手にこの辺一帯を座標指定しているの。」
「・・・・了解、マイスター。」
若干しぶしぶだが、奏者の少女は“メリス”の中でも唯一武装していない者に言われて、演奏を中止した。
すると、まるで天使の翼が折りたたまれるように、巨大なパイプオルガンが縮小されていく。
そして最後は消失すると、むき出しだった奏者の少女の背中に刻印が成された。
「それにしてもシミュレーションより出力が4%くらい上回っていたわね。まあ、誤差の範囲かしら。」
「今のが例の代物ですか、聞きし勝る威力でしたね。」
そして、魔法陣を展開していたリネンが、少女に命令した冷静に分析している一人に話しかけた。
「そうね、これよりずっと大きい規模の爆発を何十連発できるんだから恐ろしいわ。
それよりも、早く向こうの責任者に会いに行きましょう。これ以上師匠に負担を掛けて、また逃げられでもしたらたまらないもの。」
そして彼女こそ、この“メリス”達のオリジナルだった。
彼女はリネンを伴って、二人で前に出た。
「貴女が代表でしょう? 今回の件について話があるわ。」
そして、メリスは呆気にとられているフウセン達に話しかけた。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
俺が目を覚ましたのは、あれから二時間後の事だった。
俺は医務室に寝かされていた。
看護の魔族によると、どうやら戦闘は完全に終了したらしい。
今日は安静にしていないとダメと言われたが、看護の魔族に言われたが、無理を押して俺は外に出ることにした。
俺が倒れたのも魔力の浪費による一時的な物だったので、少し寝たからだいぶ楽になった。
最後に隣のベッドに寝かされていたエクレシアの様態を確認すると、寝ていれば大丈夫だと聞いて安心して医務室から外に出た。
彼女のベッドにもたれ掛かるようにして寝ているミネルヴァが、何だか微笑ましかった。
外の様子が気になったので取りあえず医務室から城外へ出た、なぜか“彼女”がそこら中に闊歩していた。
一応武器は携帯しておらず、城内の修繕作業を行っていた。
サボっている奴を適当に掴まえて聞いてみると、今回はこちらの落ち度だから全面的な謝罪と落としどころを今オリジナルがフウセン達と決めている所らしかった。
先ほどまで殺し会っていた奴と同じ顔の人間とこうして話すのも、なんだから奇妙な気分だった。
俺は“彼女”に、地下の連中がどうなったのか聞いてみた。
意外なことに、一人だけ生き残ったらしい。
何でも“彼女”たちの有する“最終兵器”とやらで、あのブラッティキャリバー部隊の連中だけをピンポイントに爆破して“処分”したのだと言う。
俺はその内容を暗澹たる思いで聞いていた。
それで、ギリギリ一人だけ死ぬ前に助け出せたのだと言う。
“彼女”は危うくこちらでの研究成果がパァにならずに済んだと笑っていた。
そう、“自分”の扱いがその程度なのだ。
俺は地下へ続くエレベーターの前を警護している“彼女”に頼んで、地下に下ろしてもらった。
“彼女”は俺だったら構わないか、と言って、重力を軽減する魔術を掛けて貰い、俺は地下へと飛び降りた。
地下に降りると、そこは最初の地下研究所の見る影も無かった。
中学の頃に見た歴史の教科書の原爆ドームの内部みたいに、ボロボロに焼き尽くされ、非常に焦げ臭かった。
そこを調査しているらしい“彼女”の部隊が十数名ほど居た。
どうやら、逃げ延びられたのは俺たちが普段接しているクロムだった。
彼女は俺に会う事を拒否した。
大きめの炊飯器程度の大きさの容器に入るくらいしか残っていなかった彼女は、せめて明日まで待ってくれ、と言っていたと伝えられた。
黒いカーテンに隠され容器の中身は見えなかったが、その中身は想像したくなかった。
アレで、“彼女”たちは生きていると言うらしい。
それを皮肉ったら、
「未だ死の定義を大勢で論議して決めようとしている馬鹿な地上の人間が何を言うのかしら。
“死”は主観性が伴う現象よ、他人が他人の“死”を定義するなんて滑稽だわ。」
そう、言い返された。
こいつら相手に言い返しても無駄なので、俺はその場を後にした。
「あら、逃げるのね。でも、いつまで逃げられるかしらね。・・・いつまで、貴方は勝手に逃げ切れるかしらね。」
俺は、逃げた。
理解できないものから、逃げた。怖かったから、逃げた。
・・・・・魔術師、失格だ。
帰りは、彼女に送って貰え、とある少女を指さした。
そこには森林浴でもしているかのようにこの焦げ臭い空気を深呼吸して恍惚の笑みを浮かべている少女だった。
身長は百四十半ばくらいのガキだ。
年頃も十代半ばくらいだろう、中学生くらいの茶髪のショートの色白の肌が特徴だった。
多分イギリスとかその辺りの人間だろう。
何よりの特徴と言うべきものが、自分の身長を超えているグレネードランチャーを背負っていると言うところだ。
そして、一目で分かった。
このガキは普通じゃない。目が逝っていた。
人間なら誰しもあるだろう、目に意思や力強さが全く感じられない。
まるで、燃え尽きて冷めた灰のように、何もない。
「あんた、日本人・・・?」
「そう、だけど・・・。」
すぐ近くで彼女を紹介されたので、彼女は俺を見てそう言った。
「ふーん・・・私はリナ・ブロンソン。
マイスターの私設実験部隊“スラッグショット”の所属。」
「実験部隊・・・?」
以前そんなのが居るとはクロムが漏らしているのを聞いたことがあるが、まさかこんなガキが隊員だとは思わなかった。
「お前、いくつだよ。」
「十四歳。と言うかお前、名乗られたら普通は名乗り返さない?」
「・・・俺は辻本命って言う。」
俺はあんまり自分の名前を名乗るのが得意じゃない。
いや、単に自分の名前が好きじゃないってだけなんだが。
もう浸透してしまったが、そろそろ俺も魔術師名を考えるのもいいかもしれない。
「メイ、ふーん、メイか・・・。」
リナは俺の名前を何度も口の上で転がすようにしてから飲み込んだ。
「てか、十四歳って・・まだ中学生じゃねーか、いいのかよ、学校とかは。」
十四歳とか、まだまだ遊びたい盛りのガキだ。
俺だってそのくらいの年には誰彼に憚れず遊びまわっていた記憶しかない。
「私、これでも大学生。聞いたことない、イギリスのロンドンにある―――」
「ぶッ・・・!?」
彼女が口にした大学の名前を聞いて、俺は思わず体が打ち震えた。
彼女が口にしたのはイギリスの一流大学である。
「それは本当よ? 貴方の二倍はIQありそうよね。」
嘘かと思ったが、“彼女”がそう言ってきたので、何だか頭が重くなった気がした。
「いいのかよ、こんな年頃のガキにこんな危ないモノ持たせて。」
「武器を持つ資格は年齢じゃなくて、意識と練度の問題じゃないかしら?」
俺の正論は、全く“彼女”には通用しそうになかった。
「彼女たちは魔術的な事件や事象に関わってしまった場合に、自衛のために持たせているのよ。
それで、それが解決したらスカウトしてるの。練度は訓練次第でどうにでもなるしね。
私たちとは別の視点で兵器の試験運用をしてくれる部隊が必要だったから、彼女達実験部隊を創設したのよ。」
と、聞いても居ないのに詳細を教えてくれた。
「だから、仲間の皆は世界中にいる。年齢も国籍も人種もバラバラ。
まだ創設されてからあまり時間が経ってないから人数は少ないけれど、少数精鋭。私は工作とか爆破担当。」
「ふーん、もしかしてその中に日本人がいるのか?」
「居る。」
リナの答えに、なるほど、と思った。だから俺に日本人かと聞いてきたのか。
「どんな奴なんだ?」
「少なくとも、あなたとは違うタイプ。」
「そうかい・・・。」
多分違うだろうが、何だか侮辱された気がした。
ああ、勿論、被害妄想だろう。だけどなんとなくそんな気がしたのだ。
イギリス人は皮肉屋だと言うが、彼女もそう言う感じなのだろう。
「この地域だと、だいたい朝五時ごろにシミュレーターで訓練しているから、興味あったら見学しに来れば?」
「・・・別にいいよ。」
あの不思議夢空間には良い思い出が無い。
それに、濃い面子は俺の周りだけで十分だ。
俺の勘がこいつを含めてこいつの仲間はかなり濃い連中だと言っている・・・気がする。
「最近は本格的に魔術師を相手に実戦する訓練を始めてるから、あんたが来てくれればいい練習になるかと思ったのに。」
「ああ、それはいいわね。今度、やってみましょうか。」
「やめてくれよ!!」
横でとんでもない計画がなされているのを阻止して、俺はリナに向き直った。
「て言うかさ、魔術師相手って大丈夫なのかよ。
幾ら銃器で武装したからって、それだけでどうにかなるって連中ばかりじゃないだろ?」
「こっちにも魔術に詳しい人は居るから。それに、魔術は理論さえ知っていれば人間なら誰でも使える。私も簡単な属性魔術なら出来るし。
一番下手な人でも肉体の強化ぐらいは普通にできるよ。」
「言っておくけど、彼女見かけよりずっと強いわよ? 貴方でも勝つのは難しいんじゃない?」
「うへぇ・・・。」
この見た目で魔術師顔負けの実力とか、怖すぎる。
「それより、上まで送ってくれよ。」
これ以上与太話をしていたら、こいつら実験部隊の踏み台として模擬戦をさせられかねない。
今回のようなあまり表にしたくないだろう“メリス”の事件にも関わらせている所を見ると、“彼女”の虎の子部隊なのかもしれない。
だとしたら、他の面子もかなり強いに違いない。
そんな連中と模擬戦なんてしたくない。
「うん、分かった。」
彼女はその辺に置いてあったトランクケースを持ってくると、中身を取り出した。
その中身はいつか見た、分解された鉄の翼のようなスラスターだった。
「いま、練習中なの。実際に現実で飛ぶのは二回目だけど。」
「おい、ちょっと待て・・・。」
「だいじょうぶ、シミュレーターでは毎日訓練してるから。」
俺の不安をよそにリナはテキパキとそれを組み立てると、すぐに体に装着し終えた。
「で、どこに乗るんだ・・・?」
「背中。これ、背負って輸送も出来るから大丈夫。」
「熱くないよな・・・?」
「見た目は真っ赤な炎だけど、魔力で推進してるから大丈夫。」
「・・・・・そこまでいうなら・・。」
そう言ってちっこい背中を向けてくるリナに、俺は訝しげな感情を抱いたまま、スラスターに覆われた肩部を掴んだ。
そして、エレベーターのあった場所に移動すると、真っ赤な光がスラスターに点った。
「そうそう、彼女、火器を使うと人が変わるから。」
「え?」
その時、嫌な言葉を“彼女”に投げかけられた。
「いよっし、出力全開、ファイヤァァァーーー!!!」
リナはおおよそ少女の喉から出てはいけない絶叫を出しながら、凄まじいスピードで上昇し始めた。
「いいいいいやあああああぁぁぁぁ!!!」
俺は安全性皆無のジェットコースターに乗せられた気分で、必死にリナの肩にしがみ付いた。
確かに熱くは無い。熱くは無いが、熱くなっている奴が俺の命綱だった。
「いぃぃやああああぁぁぁぁぁ!!!!」
彼女は何が可笑しいのか、少女としてと言うか人間として浮かべてはいけない表情で笑っていた。
「ぶつかるぶつかるぶつかるぶつかるぅうううう!!!」
猛スピードにすぐに天井が見えてきた。
俺の絶叫をよそに、スピードは更に加速する。
そして、寸前で急に反転して急ブレーキを仕掛けた。
「死ぬうううううう!!!」
凄まじい圧力が俺を襲った。
俺が天国への旅路を開きかけた時。
「はい、終わり。・・・・ふぅ。」
何事も無かったかのように、上に辿り着いた。
「うえ・・・・。」
俺は力尽きて、床の上に崩れ落ちた。
今日、俺はなぜか再び無意味に死に掛け、トラウマが一つ増えた。
もう二度と、こいつの背には乗らない!!!
インフォメーション。
投稿から人物紹介にいろいろ更新しました。
これから更新するたびに目立つようにタイトルで示し、あとはここで報告します。
あと、一周年記念はこっちに出てきたキャラ限定だというのを言い忘れておりました。
色々題材をもらっていますが、まだまだピンと来ないので候補を募集中です。
あとからピンとくることもあるので、もうでた題材で書くこともあるのでご安心ください。
まだまだ、こいつらの話が見たい、こいつとこいつの関係は? なんてあったらいつでもどうぞ。可能な範囲内でやってみせます。
人物紹介がでたので、その辺も出やすいですかね。まあ、いろいろ期待して待っていてください。
それでは、また。出来れば今週末くらいには。
ちなみにリナはゲスト兼伏線要因です。もう出ない可能性も高いです。
たとえば“スラッグショット”部隊との模擬戦がみたい、と言われても大丈夫なように選択肢を広げる目的で登場させました。
というか、今出ないと彼女の魔具の設定が生かせませんからねww