第五十九話 悪魔の実験
『黒の君』は語る。
「悪魔。そう呼ばれる人間を、僕は何人も見てきた。
そして恐らく君もこれから何人も目にすることだろう。
それは単純に殺人鬼の風評としてかもしれないし、実際に悪魔と契約した魔術師かもしれない。
それどころか僕は、人間から悪魔として忌避されて本当に『悪魔』になってしまった人間を知っている。本当に気に入らない奴だよ。僕みたいでね。
悪魔は飽くまで悪魔でなければなく、そこに善意が一欠けらでも介在してはいけない。その方が面白いしね。
だけど実際そうじゃないよね。陰陽図のようにね。完全無欠な悪人も、逆に善人も存在しない。
十人十色っていうけど、一人は十色なのさ。一色の人間なんて存在しない。
そんな人間が居たら吐き気がするほど気持ち悪いし、そいつはもう人間じゃないよ。
まあ、人間よりはマシかもしれないけれど。
あー・・そう言えば僕の知り合いに殺人思考一色の奴も居たっけ。アレは例外ね。確かに人間どころか死神に成っちゃったけど。
それに悪逆非道の人間を悪魔と呼ぶのなら、僕以上の悪魔は居ないだろうね。
これは悪人が必ず裁かれるわけではないと言うお話。
僕はね、むしろ善悪なんて嘲笑ってる立場なんだけどさ。だって、笑えるよ。無知蒙昧な人類の二元論なんて、低レベル過ぎて・・・ふふふふ。
この世の真理を知れば知るほど、そんなものは無意味だって分かってくるんだ。
僕は思うんだよ、人間が出来ることに、悪なんて無い、とね。
地上に蔓延るあらゆる悪徳も、自己の責任が伴うならそれでいいと思うんだよね。まあ、今のようなある程度の秩序があるから言えることなんだろうけれど。
もし、この世に悪があるのなら、それは人が人の領分を違える時。
つまり、身の程を弁えない時さ。
だからかな、僕はそういうやつを見た時、我慢が出来ない。
大言壮語とか、僕が最も嫌いなことの一つさ。
少年漫画とかでよくある、戦力差があるのに向かってく熱血主人公とか見ると唾を吐きたくなるね。
出来る事と出来ない事を分けれない人種なんて、僕は人として認めたくないんだよ。
・・・まあ、僕が言える事じゃないか。僕も昔は無茶したし。無茶させられたし。
え? 話題が変わってる? いつものことじゃないか。」
いつかどこかでのある少女との会話
第二十七層、山奥の秘密基地。
「ちょっと、聞いてないわよ!!」
そこで、メリスは怒鳴り声をあげていた。
今日の分の資料をテーブルに叩き付け、報告に来ていた自身の分身に怒りを示した。
「なんで勝手に“ブラッティキャリバー”を動かしたのよ!!」
「それが、誰かが勝手に冷凍保存を解いたみたいで・・。」
報告に来た“メリス”の一人は、オリジナルの追及にあっちこっちに目が泳いでいた。
「じゃあ何の目的でッ、それくらいわかってるわよね!!」
「多分、抹殺か粛清じゃない? アレの使い道なんてそれくらいしかないもの。」
「それは使用用途よ!! 誰が何の目的で何に使うかを訊いているの!!!」
メリスは頭に血が上っていても冷静だった。
常に冷静じゃない魔術師なんて、魔術師たり得ない。
彼女は目の前の分身が、はぐらかしてやり過ごそうとしているのが手に取るように分かった。何せ自分の事だ。
「・・・・・・・。」
頭に血が上り過ぎたのか、メリスは軽く眩暈を覚えた。
ブラッティキャリバー部隊。
メリスの保有する実戦担当の部隊の中でも、ほぼ唯一のネームド部隊だ。
殆ど実績の無い彼女らの部隊の中で、血塗られた戦績を持って居るのだ。
普通の戦闘用の“メリス”は、判断能力をそれ用に最適化し、油断しない、動揺しない、恐怖を覚えない、等々の処置を施した個体だ。
だが、“それ”は違う。
特別なチューンナップを施した戦闘専用のホムンクルスの肉体に、戦闘に思考能力を最適化、メモリのほぼ全てが戦闘技能で埋め尽くされている。
更に性格を好戦的で、過激で容赦が無く、冷酷さを突き詰めた兵器そのものとして作成された。
先日、下級魔術師が反乱を起こした。
ここに存在する魔術師は、何も超常的な魔術を持つ魔術師ばかりではない。
その九割五分以上が、必死に呪文を唱えて出力を上げようと努力するような、微妙な能力の持ち主ばかりだ。
そんな連中が現状に不満を持ち、『盟主』に反逆した。
その結果は言うまでもない。
本来なら“処刑人”が動員されるところ、復活後間もないメリスは功を得るべく、その“彼女ら”が出動させた。
少なくとも五万人は数えた反乱は、たった五人の“それ”で全滅と言う凄惨な結果で終わった。
戦闘時間一時間未満の、完膚なきまでの皆殺しだった。
『盟主』にも、やり過ぎですよ、と溜息を吐かれたほどだ。
メリスもハリキリ過ぎたと珍しく反省した。
それ以来、合計二十体作成されたそれらは封印される事になった。
強すぎて使い物にならないと言う、彼女にしては珍しい理由によって。
そして今回、それが勝手に動かしたと言う。
反乱が起こった区画を更地にした、血塗られた部隊を全員。
メリスもそりゃあ、怒るというものだった。
「貴女、本当に知らないの?」
「・・・知らないわ。」
彼女の追及に、そっぽを向く“メリス”。
「そう、じゃあそんな使えない“私”は廃棄処分・・・」
「実はね!!」
「実は?」
態度を翻した“自分”に冷たい目を向けつつも、メリスは問う。
「師匠が第二層の“例のアレ”に関することに対して、様子見を決めたじゃない?
それでほら、向こうに付いた捜索部隊があるじゃないの?
それについて賛否両論でてるわよね、“私達”。
その中でも特に、いざとなったら向こうに私たちの技術が渡るのはマズイ、って事で今のうちに消しとこうって話になって。」
「いくら“私達”の手が届かないところだからって、何もそれだけの理由で・・・。
色々と調査結果や実験の成果も出ているんでしょう?」
「それは報告用のただの名目なのよ・・・。」
“メリス”は言い難そうに続きを言った。
「実は連中、こっちが手の届かないのを良いことに、最低限の報告しかしないで、実験結果や“例のアレ”のデータを独占しているみたいなの。
研究部の連中が、それにいたく腹を立てたみたいで・・・。」
その言い訳を聞いて、それなら仕方ない、とメリスは言いかけた。
「それどころか、自分の協力者にそれを少しずつ渡して懐柔して賛成派を伸ばしてるみたいで。
それだけならまだいいんだけど、それを使って新兵器作って現体制にクーデターなんて目論んでる連中も居て・・・。」
「所詮は“一人”なのに、なかなか歯止めの効かない感じになって来たわね。」
無益な身内争いなのに、メリスは面白そうに笑いながらそれを聞いていた。
「止めなくていいの? この調子じゃ、この基地の機能が六割は麻痺することになるわよ。」
どういう返事が返ってくるのか分かっていたが、“メリス”は事務的に問うた。
「外部に対応する二割が残っていれば十分よ。
好きなだけ争えばいいし、泥沼化すれば仲裁もするわ。残った私が“本物”よ。それで良いわ。」
残ったどれも私には違いないんだから、とオリジナルはどうでも良さそうだった。
むしろ、その顛末を楽しんで望んでいるようでもあった。
「知らないわよ、どうなっても。“ブラッティキャリバー”は飛びっきりの狂犬部隊なんだから。」
それを見て不安を覚えた“メリス”は、巻き起こるだろう惨劇を想像して溜息を吐くしかなかった。
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会議から一週間が経った。
ようやく俺も城塞勤務になり、知り合いになった魔族の住民たちから栄転を喜ばれていた。
魔王たるフウセンの命を狙う敵がここに居るわけも無く、それで日々の退屈が流れていた・・・。
と、いう事は無かった。
俺の役目はどうやらミネルヴァのお目付け役みたいになってしまったのだ。
謁見の無い時間は、自由奔放な彼女に必死でついて回り、時には仲間のガキどもにもみくちゃにされ、時には彼女についている妖精にオモチャにされ、何だか泣きたくなるような日々となった。
結局、村中を走り回る羽目になるため、むしろ以前より疲れることが多くなった気がする。
そんでこいつが真夜中に寝ぼけて俺の部屋の入ってきたりした時なんて、本気でロリコンを疑われて首を吊りたくなった。
そんな感じでミネルヴァと接しているせいか、最近俺も妖精とかが見えるようになって来た。
それでよかったことがあるかと言えば、そうでもない。
むしろ、妖精に対するイメージやらなにやらが、木っ端微塵に砕け散ったのは言うまでもない。
妖精どもは俺の想像以上のクソガキどもだったのだ。
あれで紀元前より存在している連中が殆どだと言うのだから、手に負えない。
それで時々為になることを言うのが何よりもムカつくのだ。
とまあ、こんな日々ごとに自身の活力を使い切らないと済まないようなやんちゃなクソガキどもではあるが、最近はその筆頭であるミネルヴァが編み物や粘土遊びを覚えたらしく、負担がだいぶ減った。
それで昨日、緑色の毛糸のマフラーを貰った。
もうすぐ初夏が始まると言うのに、マフラーだ。形がかなり歪で途中曲がっていたりするが。
なんで俺より懐いてるクラウンじゃないのかと言うと、あいつにはキレイなのを作ってあげたいんだとさ!!
要は失敗作を押し付けられたのだ。
それで、付けてないと泣かれるかもよ、と彼女についている妖精たちが言うもんだから、俺はどこぞの昭和の特撮ライダーみたいに昼間っからマフラーをたなびかせる羽目になっている。
それを今朝、エクレシアに愚痴っていた。
「可愛らしいじゃないですか。」
エクレシアは今も俺が律儀に付けているマフラーを見ながら苦笑しながらそう言った。
微笑ましい物を見るような目になったので、俺は向きになってムスッとしたまま手早く教会の掃除を終わらせた。
そんな時であった。
「ああ、やっぱりここに居たわね。」
教会にクロムが現れたのである。
いつも以上に、嫌に不気味な表情を張り付かせて。
「相変わらずみすぼらしいわね、一言声を掛けてくれればちゃんとしたモノにしてあげてもよかったのに。」
「いいえ、見た目だけで神の威光が偏るという事はありません。」
エクレシアはそうきっぱりと返した。
「そうね。でもそれならもっと色々な物が万遍なく平等であっても良かったと思うわ。」
「で、何しに来たんだよ。」
普段は誰が来ようとも何とも思わないのだが、こいつやサイリス辺りが来ると茶化してくるからまるで密会でも見られたような気分になる。
だから俺の声音はいつも以上にぶっきらぼうだった。
「ねぇ、もしかしてだけど、貴女ってまだ魔族に教会の者として手を貸すことに、少しでも抵抗感や不信感とか抱いて、しり込みしてたりしない?」
「いきなり何を言っているんですか?」
クロムが突拍子のない事を言うのはいつも通りだったが、今日はいつもと違った。
いきなり、エクレシアの急所を狙って突き刺しに来たのだ。
「訊いているのは私。それで、どうなのよ?」
「私は・・・。」
エクレシアは答えられなかった。そもそも、答えようのない質問だった。
極端な言い方をすれば、クロムはこう言ったのだ。
化け物に加担して本当に罪悪感は無いのか、と。
彼女にそれを答えられるはずがない。
俺だって、答えられない。
果たして、人が人以外に尽くすことは、善なのか悪なのか。
神のみぞ知る答えだ。
「・・・貴女の意図が分かりません。」
だからか、エクレシアは俯いた顔を上げながらそう言った。
「あのね、もしかしたら、その疑念を解消させてあげられるかもしれないのよね。」
クロムは顎に手を当てて唇の端を釣り上げて彼女に応じた。
「どういう事でしょう・・・?」
「これからね、実験をするの。
聖職者の前で口に出すのも憚られる・・・そんな実験をね。
それに貴女も見学してみないか、って誘いに来たのよ。」
そう言って、クロムは怪しく笑った。
「一体どんな実験を・・。」
「だから、部外者には言えない実験なのよ。
今日だけで良いから、聖職者ではなく、魔術師の貴女が来ると言うのなら、その実験の見学を許そうと思うの。
それを見れば、貴女の疑念は晴れるかもしれないし、確信に至るかもしれない。」
俺は、クロムの言葉にエクレシアが唾を飲み込む音が聞こえるようだった。
「おいクロム、教会の中でなに悪魔の誘惑をしにきてんだよ。」
「ああ、そうね。こんなところでする話じゃなかったわね。
でも、実験の開始を待たせているのよ。今ここで返事を貰えないなら、この話は聞かなかったことにして頂戴。」
「もし、その口に出すのも憚れる実験を、私が許さないと言ったらどうです?」
「その場合、私抜きで実験が行われるわね。
当然、私は貴女が邪魔をすると言うのなら、それを排除することになるだろうけれど。」
どっちでも構わないと言うように、クロムはニタニタと笑みを浮かべていた。
「悪魔召喚の類や、邪教異教の類の魔術ではないですよね?」
「おい、エクレシア!?」
俺としては彼女にクロムの口車に乗ってほしくなかったのだが、残念なことに興味を示してしまったらしい。
「れっきとした錬金術よ。それにただの観測実験だし。
・・・まあ、悪魔の技術は流用しているかもだけれど。」
「そこは目を瞑ったとして、非道な行いをするわけではないのですよね?」
「うーん、ある意味非道かもしれないわね。冒涜と言っても良いかも。
ただ、人助けになるかもしれないわ。・・・・そう言う、実験。」
「では、監視するという名目でなら、参加しても構いません。」
「うわッ、そう言う上から目線なんだ。まあ、私は貴女の反応が楽しみだから我慢してあげる。」
「私も、立場がありますから・・・。」
「ふふふッ、そう言う堅苦しいところは私が居た時代から本当に変わらないのが笑えるわ。」
「私だって引き際は弁えています。ですが、譲れないところは譲りませんよ。」
「そう、じゃあ付いて来なさいよ。」
二人はそんな会話を交わすと、クロムが踵を返した。
「ちょっと待て、本当に行くのかよ? すんげー怪しいぞ。」
何だか、いやーな予感がするので俺は一応エクレシアを引き留めることにした。
「ああもう、面倒だからあんたも一緒に来なさい。」
エクレシアは貴女で、俺はあんたかよ。
俺はクロムに腕を掴まれて引っ張られながら歩く羽目になった。
勿論抵抗はできるだろうが、俺はこの距離でクロムに逆らって良い思い出を貰った記憶が無い。
結局俺は成す術無く連れて行かれることとなった。
後ろのエクレシアが溜息を吐くのを見ながら・・・。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
蓋の無い木製の弁当箱みたいな長方形のエレベーターが下りる事、十数秒。
城塞の下にある、クロムの地下研究所に到着した。
「よくこんなの作るよな、お前ら・・・。」
地下大体二百メートルくらいはあるだろうそこは、意外なほど古めかしい内装だった。
壁も天井も床も城塞と同じ材質だし、灯りも最低限で若干薄暗い。
ただし、パソコンなどの電子機器が壁際のテーブルに並べられており、その前に陣取って作業を行っているクロムと“同一人物”が何人も居た。
他にもよく分からない機材がピコピコと点滅したり、計器のメーターが指し示す情報を表している。
前にも一度来たが、同じ顔の人間が何人も居るのは不気味を通り越して、気持ち悪さすら覚える。
まるで、怪談だ。
「連れてきたわよ、実験を開始して頂戴。」
「そう、こっちはいつでも大丈夫なようにスタンバイしておいたわ。」
クロムの声に全く同じ声が返ってくる。
そんな妙な寒気を覚えるこの場所を進むと、実験室と言うプレートが取り付けられた部屋に入った。
中には様々な機材や計器、クロムそっくりな白衣姿が妙に様になっている研究員が数人居た。
他の部屋と比べて特徴的なのは、大きな一枚のガラスから、奥の部屋が見下ろせるところだ。
ガラスの奥の実験観察室は、壁から天井や床まで一面が真っ白だった。
まるでアニメの悪い科学者が生物兵器の実験にでも使うような場所だ。
良く言えば、お約束を弁えている、だろう。
しかしそう思うと、何だか自分まで悪の手先になったような錯覚を覚えて自己嫌悪する俺だった。
「それじゃ、実験開始よ。」
実験室を見下ろす一枚ガラスの前に取り付けられたマイクに向けて、クロムはそう言った。
「まずはフェイズ1から、被検体を実験室に。」
すると、卵形の培養器みたいな物体が運び込まれてきた。
中には得体のしれない緑色の液体が満たされている。
それに更に、クロムの仲間はよく分からない装置を取り付けていく。
それは近代的な機材とは違う、どこか古くさい趣を感じる、中高生の理科の実験で使う機材を組み合わせたような奇妙なオブジェだった。
これが錬金術の装置なのだろう。
そして、次に運び込まれたのは寝台車だった。
怪我人などを救急車に運び込む時に使うアレだ。
それには何かが乗っていたが、白い布で覆い尽くされていて見えない。
だが、何がそこにあるのかは言うまでもない。
恐らく、死体だ。大きさから、恐らく子供だろう。
そうでなければ顔まで布を覆う必要はない。
「ちゃんと死体の家族に許可を貰って使わせてもらうわ。金貨十枚でね。」
何がおかしいのか、クロムはそう言って笑った。
「なにを、するんだ・・・?」
俺は思わずそう口に出した。
多分、その時の声は震えていたに違いない。
今から、まるで神をも恐れない悪魔の実験を行うような、そんな気がしたのだ。
無論、その予感は的中した。
「魔族の魂を、人間の器に移し替える実験よ。」
クロムは眼下の実験室を見つめながら、あっさりとそう言った。
「・・・は?」
俺は一瞬、それがどういう意味なのか分からなかった。
片やエクレシアは、目を見開いて息を呑んだようだ。
「それって無理なんじゃねーの?
魂の規格が合わないのなら、肉体が崩壊するって・・。」
それを大師匠に身を持って経験させられたクロムが、それを分からないはずがない。
「だから、適合できる肉体を用意するのよ。
まあ、普通に探せば十万人に一人の割合で自分と同じ肉体の規格を持つ者が、人間なら居るんだけれど。なにより面倒だし、魔族もそうとは限らないしね。」
寝台車に寝かされている魔族の死体の頭部に何やら装置が設置されるのを見守りながら、クロムは言った。
「・・・・どうやって?」
あまりにも簡単そうに言うもんだから、訊かなければ良いのに俺は問うてしまった。
「あの培養器はね、人間の子宮を再現しているの。
精子と卵子が受精する瞬間に、魔族の魂を封入させるの。
そうやって成長すれば、魔族の魂に適合した“人間”が産まれるってわけよ。」
それはまさに、悪魔の所業だった。
「・・・あなたは悪魔ですよ。」
エクレシアの声が、震えていた。
だからだろうか、俺は彼女の手に縋り付くようにして、手を繋いだ。
そして、もう片方の手で彼女に貰ったロザリオを握りながら。
「しょうがないじゃない、これは疑問を解決するために必要な実験なんだもの。」
そんな人道なんて無視した所業を、クロムは特に感慨を抱かずに見守っていた。
そして実験が、始まった。
ごぽごぼ、と錬金術の装置の一部のフラスコ部分に得体のしれない液体が注がれる。
かしゃこんかしゃこん、と装置のピストンが動く。
じじじじじじ、と電気でも発しているかのような音も聞こえる。
これが魔族の死体から、魂を抜き取る音だった。
「偉大なるご先祖様曰く、錬金術の神髄は物質と化学現象の不可逆性を超越した次元にある精製技術である。
これもその一環ね。鉛のような魂を磨き上げ、黄金のような輝きとする、究極の精錬の一過程を流用しているの。
まあ、そこまで大げさな物じゃないけれど。一応門外不出だから、ここで見た物を真似しようとしたら殺すからね。」
クロムは実に軽くそう言ったが、多分、いや確実に彼女は実行するだろう。
贔屓目に見ても、これは俺が今まで見てきた魔術とは次元が違う。
殺し殺されたりする為に使う、見せても平気な魔術ではない。
絶対に他者に漏らしてはいけない、秘奥だ。
それも、屍の山を築くほどの価値が有るほどの。
そうして暫く経つと、錬金術の装置の音が止まった。
「魂の封入が完了したみたいね。
フェイズ2に移るわ。受精卵の成長を加速させなさい。」
「そんなことできるのか・・?」
「二番目の魔王が得意だって大師匠が言ってた魔術を思い出しなさい。」
生死のサイクルも、進化も退化も自由自在の魔術。
俺はそれを思い出して、身震いした。
流石にそれには及ばないだろうが、遠目から見ても培養器の中に何かが見え始めてきた。
それは、まごうことなき胎児だった。
「魔力は極端な言い方をすれば生命力の一種よ。
生物の急成長なんて、炎を手から出すよりずっと親和性が高いわ。」
「ですが、このまま急激な成長を続ければ胎児にかなりの悪影響が・・・。」
「とりあえず、十二歳ぐらいまで成長させる予定はけど、寿命は長くて半年ぐらいになるでしょうね。」
クロムの返答に、俺が握っていたエクレシアの手の力が強くなった。
「当然、そのままだと一生あの培養器から出られないでしょうね。
まさに伝承通りのホムンクルスってわけよ。
でもまあ、それじゃ実験にならないし。呼吸の仕方から筋肉の動かし方まで全部頭の中に情報として入れるわ。・・・かつての魔族としての記憶もね。
それで、相応に筋肉も発達させるし、これで培養器から出ても通常の人間のように生活できるようになる。」
「それでも余命半年かよ・・・」
「寿命なんていくらでも調整が効くわよ。老化のメカニズムは地上の人間でも解明していることよ。
理論上なら不老不死にまで到達しているくらいなんだから。
そうした状況を再現させて、老化を停止させるわ。まあ、定期的に処置を受けないと急激に肉体の崩壊が始まるけれど。」
「・・・・・。」
俺は、クロムの本当の恐ろしさを垣間見た気がした。
こいつにとって、本当に人間の命なんて玩具同然なのだ。
「うーん・・・ここまでは成功ね。
ねー、封入の段階で崩壊するって賭けた奴、今日の夕飯のおかず一品貰ったわよー。」
ドアの向こうから、えー、と言うクロムと同じ声が聞こえてきた。
「とりあえず、成長が予定の段階まで済んで、肉体が安定化させるまでざっと半日は掛かるわ。
私はこれから作業をするけど、ここで待ってもおもてなしは出来ないわよ。
夜まで掛かるから、それまで自分の仕事をしていると良いわ。」
正直、これ以上は逃げ出してしまった方が良いような気がした。
そうしているうちにも、胎児は成長し、もはや胎児とは呼べないほど成長していた。
なんとなく、その姿形の造形に見覚えが有った。
「・・なあ、あの培養器の中のモデルって・・・・。」
「ああ、肉体の原型は私と同じよ。」
さらっと物凄いことを言いやがった。
「か、仮にも、自分の体を実験に使うのかよ・・・。」
「大抵は“自分”で実験検証してるわよ、だって私以上に優れた被検体は居ないもの。まあ、当然それですまないことも多いけれど。」
俺は今までそれなりに頭がおかしいやつを相手にしてきたつもりだったが、こいつも相当だった。
狂ってる。
「どうしたの? それとも十二歳の私の肉体に欲情したの?」
「そこまで聞いて欲情できるド変態が居るなら是非とも見てみたいな・・・。
エクレシア、俺は仕事が有るから一旦戻るが、お前はどうするんだ?」
今日は結構忙しい。
何を隠そう、調印式が明日に控えていてその準備をしないといけないのだ。
午後には正式にドラッヘン達が使者として来る予定になっている。
それが終われば次の日にはクラウンと共に『マスターロード』を訪問して、色々と交渉をしなければならない。
「私は経過を見ていたいと思います。」
「あんま強がんなよ、俺はお前が嫌って言ったのを聞いたことが無いからな。」
俺は確証が無いので適当にでまかせでそう言ったが、本当にエクレシアなら有り得るから、釘を刺すようにそう言った方が良いだろう。
「・・・・大丈夫ですよ。」
そして、案の定である。
「ホントかよ。」
それに一抹の不安を覚えながらも、俺は地上に戻ることにした。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
「あら、遅かったわね。今さっき実験は第二段階へ移行したところよ。」
そして夜の九時にも指しかかろうとした時間にもなると、俺はエクレシアが心配になって結局クロムの地下研究所にやってくることにした。
そう研究員の一人に声を掛けられながらも、実験観察室に入る。
すると、クロムが眼下の実験室に向かって何かを話していた。
「何をやっているんだ?」
「知能検査ですよ。」
未だそこにいたエクレシアが小声でそう言った。
実験室を見てみれば、十二歳くらいのクロムが積み木やら模型やらカードやらが置かれた机の前に座らせられ、クロムの指示でそれを弄っている。
流石に肌着は纏っていた。
あの培養器や錬金術の装置はもう影も形も見当たらない。
「大丈夫なのか?」
「今の所、神に挑むような行いは、最初のアレだけです。」
「本当か?」
何だかクロムの事だからエクレシアの話でも信じられなかった。
「て言うか、こんな実験に何の意味があるんだ?」
何となく俺まで小声になりながら、そう問うた。
「これは魔族が如何いう存在なのか調べる実験なのよ。」
すると、暇そうに眼下を眺めていた白衣姿のクロムの一人がそう言った。
「“私達”は疑問に思っていた。
魔族には優れた知能を持っているにも拘らず、独創性のある独自の文化が存在しないのか。
それどころか、彼らには創意工夫と言った概念すらない。そんな進化も出来そうにない知的生命体が、食物連鎖を生き残れる筈が無いと。」
すると彼女の言葉を引き継ぐように、もう一人が言った。
「しかし、魔族にはスペックを超える知力を持つ者も時々現れると言うのも分かった。
かの『マスターロード』はともかく、騎士殿はロード種とは言え知能の低いオーガに過ぎない。
これはどういうことなのか、“私達”は疑問に思った。」
そして、次はマイクに向かっていたクロムがそのスイッチを切ってこう言った。
「もしかしたら、彼らはそう言った能力が発揮し難いと言うだけで、根底には確固として存在しているのではないか?
例えば鳥が海で泳ごうとは考えないように、魚が陸で活動しようと思わないだけで、そう言った才能はあるのではないのかと。
だから、全く別の知的生命体である人間の肉体に入れてみることにしたの。才能の根源たる、魂をね。」
「それでこんな実験をしてるのかよ・・・。」
「こんな? 貴方みたいなバカには分からないでしょうが、これは崇高な実験なのよ。
それこそ人間の根底にも関わるような、ね。」
大げさな、と俺は笑いたかった。
だが、俺はその直後、嫌な想像をしてしまった。
それこそ、魔族の前提を覆しかねない想像だった。
「あら、貴方にもなんとなく察したようね、じゃあ、そこでこの実験の成否を見ていなさいよ。」
それが顔に出ていたのか、クロムはそう言うとマイクのスイッチを入れて、実験室を再び見下ろした。
そして、それから一時間ほどクロムの問答が続いた。
「記憶、知覚、言語、・・・反応は肉体に慣れていないことを除けば、全部標準以上、と。」
「基礎データは十分ね。ここからが本番ね。」
後ろの研究員がレポート用紙に色々と書き込みながらそう言い合った。
「基礎的な数学の知識は与えたわよね。」
そう言って、クロムが口にしたのはXが何やら括弧が何やら二乗が何やらの長ったらしい数字の並んだ方程式の問題だった。
「え・・?」
聞いていて訳分からなくなるような問題だった。
「解いてみる? 中学三年生の学力で十分解ける問題よ。」
そう言って研究員の一人が紙とペンを俺に差し出してきた。
「・・・・・・・・・・・・。」
そうまで言われたらできないとは言えなかった。
無言でさっきクロムが言った問題の書かれた用紙を俺は受け取った。
「・・・・・・。」
『x=7。』
二分近く問題を前にして唸っていた俺より先に、実験室の被検体が答えを口にした。
「・・・・・・・。」
俺は口を押えて笑いを堪えている研究員に無言でペンと用紙を突き返した。
「ぷぷぷ、そう笑ってあげないでよ、事前に解き方教えているからあっちができるのは当然なんだから。」
もう一人がそう言った。出来レースだったらしい。
がっくりと肩を落とすと、エクレシアが俺の肩を優しく叩いた。
・・・・死にたい。
「まあ、今のは練習よ。本番はこれから。」
そう言って、この場にいるクロムの研究員二人は眼下の実験室を見下ろした。
「じゃあ、同じ数学の問題。
貴女は母親から御遣いを頼まれ三千円渡されました。
それで貴女は二千五百四十円を使って、頼まれた通り百三十円のレモンと二百十円のリンゴを買いました。
貴女は母親からそれぞれいくつ買ってくるように頼まれましたか?」
クロムが出題したのは、応用問題だ。
「ああ、そういう事か。」
あらかじめ解き方を教わらなければ、魔族がこの応用問題を答えるには難しいだろう。
当然、眼下の実験室では被検体の彼女が困惑したような表情を浮かべていた。
「勿論、こういう捻った問題の解き方は一切教えていないわ。
魔族の時から数学から縁遠い人だったのはちゃんと調査済みよ。さて、答えられるかしら・・・。
ちなみに答えはレモンが五つでリンゴが九個よ。」
聞いても居ないのに研究員がそう言ってきた。
「三十分、時間を上げるから自力で解きなさい。」
分からないと言ってきた被検体に、クロムはそう答えた。
そうして被検体はしばらく難しそうな表情のまま、置かれていた机とノートに向かった。
それからざっと二十分近くは掛かっただろう。
『・・できました。』
下に設置されたマイクが拾った舌足らずな声を、その場にいた誰もが待ち望んでいた。
「答えは?」
『ええと、レモンが五個で・・リンゴが九個です。』
恐らく両方の値段を書き出して総当たりして、計算したのだろう。
ノートは一面が数字で真っ黒だった。
正しい回答方法ではないが、それは紛れもない“工夫”だった。
それからも、クロムの問題は続いた。
同じく数学の応用問題から、倫理や道徳と言った問題もあった。
クロムたちだけでなく、俺やエクレシアも驚かされる回答も幾つかあった。
そうして、今日の実験が終わった。
それをクロムが告げると。
『じゃあ、約束通りお父さんとお母さんに会わせてくれるんだよね。』
「ええ、想定している実験がすべて終われば、貴女が今の体に入ったように元の体を作って、ちゃんと親元に帰してあげるわ。」
彼女はそう言うと、マイクのスイッチを切った。
「人助け、ねぇ・・・。」
眼下の実験室で作業員に被検体が連れて行かれるのを見届けると、俺は胡散臭そうにそう呟いた。
「協力者に対する報酬、と言い換えてもいいかもね。」
そしてクロムはニヤリと笑った。
「うーん、やっぱり確定かもね。」
「目に見えるモノじゃないけれど、ほぼ確定でしょうね。」
「とりあえず、分かったことを纏めましょう。」
そう言いながらクロムは研究員と共に観測室から出て行った。
向こうにはすでにテーブルが用意されており、十人近くのクロムが討論を交わしていた。
「被検体の証言から見ても、肉体の違いによる価値観の変化は顕著だった。
実験の結果、魔族の魂でも人間の肉体は問題なく動いた。
つまり、魔族と人間の魂に違いは無いと見てファイナルアンサー?」
「同意。」「同意。」「同意。」「同意。」「同意。」
同じ顔の連中が、顔を突き合わせて言葉を交わしている姿は、異様であった。
「・・・・・・。」
「・・・・。」
俺もエクレシアも、その様子に口出しすらできなかった。
その実験の経過をずっと俺たちは見ていたのだ。
そんな恐ろしい事実を、否定することはできなかった。
「なあ、魔族って元々は異世界の魔王に作られた存在なんだろ?
それなのに人間と同じ魂が宿るって本当に考えられることなのか?」
俺は何となく信じられなくて、そう問うてみた。
すると、彼女らが一斉に俺の方を向いた。
若干ホラーだった。
「それについて考えられることはあるわ。」
「元々魔族は人間を模して創られたと言われているわよね。」
「でも初代魔王は人間嫌いで有名よ。」
「ならばなぜ、人間を模した生命体を創ったのか。」
「自分の眷属を作り、人間の弱体化を計った?」
「それだけじゃないわね、恐らく魂の采配の理論を狙ったのよ。」
「そう。役割を与えられた肉体には、それにふさわしい魂が宿ると言う理論。」
「魔術師全般に信じられていることね。」
「魔族には弓が得意な種族はほぼ例外なく弓が得意で、精霊魔術が得意な種族にもほぼ例外なく精霊魔術が得意。」
「個人差はあれど、人間と同じように得意不得意の差が大きくない理由はそこにあるのかもね。」
「ええ、弓が得意な種族には弓の才能を持つ魂が優先的に采配され、以下同文。」
「そうやって結果的に人間に優秀な才能の持ち主が渡らないようにしている訳ね。うはぁ、陰湿すぎる。」
「考えすぎかもしれないけど、初代の魔王の知能は人知を超えているから、考え過ぎで丁度良いかもね。」
「て言うかさ、これって魂の采配理論の証明になったんじゃないの?」
「ああ、そうよねー。て言うか、これが逆に成立しなかったら、最上層付近に住む上流階級の魔術師が殆ど発狂するわよ。」
「面白い実験結果だったわー。」
まるで怒涛のように、好き勝手彼女らは言う。
その情報を整理するだけで俺は精一杯だった。
「魔族は人間の輪廻転生のシステムに食い込んでいるとみるべきね。」
「そうなると、フウセンに魔王の断片が渡ったことにも説明がつくわね。」
「人間と同じ魂でありながら、魔族が人間と同じ才能を発揮できない理由も明確になったわ。」
「結局、魚が空を飛ぶという発想が出ないのと同じ理由だけどね。」
「でも検証することは大事よ。確定しているかどうか、客観的に思えるかどうかは大事だもの。」
などなど、一通り会話が終わるタイミングを見計らって、俺は口を開いた。
「それで、なんで俺やエクレシアをここに呼んだんだよ。」
「あんたは別に呼んでないわよ。それにしても鈍いわねぇ、分かるじゃない。たった今、魔族も人間も、魂に貴賤が無いって分かったのよ?」
クロムにそう言われて、ようやく俺もハッとした。
俺は思わずエクレシアの表情を見た。
「人間に生まれる可能性もあったのですね、彼らは。」
エクレシアの呟きに、そういう事ね、とクロムの一人が頷いた。
「貴女の所属している教会もなかなか魂に関する造詣が深いみたいだけれど、私ほどじゃないわ。・・・これでもう迷う事なんてないでしょ?」
「ええ、もう私に迷いはありません。」
エクレシアは何か自分の考えに確信を持ったようだった。
『おい、お前知ってるだろ、エクレシアが今割と不安定なのをさ。』
『普通にアレの日だったんじゃないの?』
『あのなぁ・・・。』
まともに取り合う気はないのか、クロムに念話でそう訴えてもおどけるだけだった。
『アンデッドのことで思い詰めてるみたいだったからさ、なんでこんな火に油を注ぐような・・・。』
『それは私の知ったことじゃないわ。
私は、彼女が悩んでるようだから純粋に親切心でこの実験に誘ったのよ。後のことはあんたの仕事でしょ。』
『俺にどうしろっていうんだよ。』
『意見の一つも言えないの? 相手を全肯定しても自分が無きゃ意味が無いじゃない。
だからあんたはバカなのよ。何にも変わらないのよ。』
『この・・・。』
クロムの言いたいことは、実は分かっているのだ。
俺の中にはエクレシアに引け目がある。
壁があるのだ、俺と彼女の間には。
俺も彼女も、そこから絶対に内側に踏み込まない。
そう言う防衛ラインを対人関係で築くのは当たり前で、当たり前すぎて俺はその当たり前に甘えているのだ。
俺は彼女の重荷を背負うと決めたのに。
目の前で手を伸ばしながら躊躇っているチキン野郎なのだ。
「・・・・・・・。」
クロムはいつも誰かの急所を抉るような言葉を言う。
それが的確だから、始末が悪い。
そうだよ。
これは俺の問題だから、俺が解決しなきゃならないんだ。
「なあ、」
エクレシア、と俺が言おうとした時だった。
ジリリリリリリリリリリリリリ、と地下研究室の内部にけたたましい音が鳴り響いた。
「なんだ!?」
「何事ですかッ!?」
驚く俺たちをよそに、クロムたちの行動は迅速だった。
すぐに周辺の装置の前に座ると、カタカタとキーボードを打ち鳴らし始めた。
「エマージェンシー!! 何者かが警戒線に侵入!!
距離五百!! すごいスピードよ、まっすぐこの地下研究所に向かってるわ!!」
「なんだって!?」
ここは地下だぞ。それでまっすぐこっちに向かってくるなんて、どういう事だよ。
「情報本部から連絡が来たわ。どうやら、上の連中が痺れを切らしたみたいね!!」
「なんで今のギリギリになって・・・ああ、もう、面倒ね!!」
「ちょっと、“ブラッティキャリバー”を使うなんて正気!?」
パソコンに向かっているクロムたちの声が飛び交う。
「全資料と機材を廃棄!! 迎撃態勢を整えるわ!!」
クロムの一人がそう言うと、全員白衣を脱いで、壁の中から銃器やボディーアーマーなどを取り出して着込んでいる。
その直後、彼女らの操作していた機械がショートしたように火花を散らし、破壊された。
「何がどうなっているんです!?」
「私たちと同じ“メリス”の部隊が私たちを狩りに来たのよ。
全く、ちょっとくらい出し渋ったくらいで即粛清だなんて、野蛮なんだから。・・・まあ、同じ立場なら私でもするけれど。」
と、冗談交じりに笑いながらクロムは言った。
「連中の目的は私たちよ。それでも陽動で上も攻撃を受けると思うわ。
なにせ相手はうちの部隊で一番過激な連中だからね。だからあなた達は上の連中に危険を伝えて。
そして、油断しないで。すぐに迎撃しないと、惨劇が起こるわよ!!」
クロムはそう言って、俺たちをエレベーターの方に押し込んだ。
その直後、地下研究所の壁が爆発したかのように吹き飛んだ。
そこから漆黒の影が何人も突入してきた。
「マズイわ!?」
クロムが振り向いて、アサルトライフルを構えた。
他の面々もすでに銃撃を始めている。
「おい、大丈夫なのか、なんかヤバいぞアイツら・・・。」
突入してきた“メリス”の部隊は、俺の知っているどの軍隊よりも異彩を放っていた。
特徴は機械で出来たヘッドギアに、黒いゴーグル、その下の口元が歪に吊り上っていた。
全身真っ黒なボディースーツの上に、四枚の花弁を思わせる機械をスカートのように装着していた。
両手に銃器を持って居る奴、青い光のレーザーブレードを持って居る奴、確認できるのはその二人だけだ。
だが、その二人だけで、ここにいる十人を圧倒していた。
まるで重力なんて縛られていないかのような軽やかで鋭い動きで室内を縦横無尽に動き回り、もう三人も切り裂き、撃ち殺していた。
俺たちが分かったのはそれだけだった。
エレベーターが動きだし、上に動き出す。
「頼んだわよ!!」
最後にそんなクロムの声が聞こえた。
「くそッ、いったいどうなってるんだ!!」
「落ち着いてください、とにかく、今は襲撃があることをみんなに知らせなければ。」
分かっている、俺は冷静だ。
ただ、このいきなりの事態に、とにかく何かに当たらないと自分が落着けないのだ。
相手はクロムとは言え、目の前でバッサリと人間が真っ二つになったのだ。
そしてレーザーブレードでそれを行った本人は、楽しそうに笑っていやがった。
知り合いが殺されて、イラつかないほど俺は大人じゃない!!
「クロムの奴は、一番過激な部隊って言ってたよな。
正直アイツが今以上に過激になったところなんて想像したくないが、皆が危ない。」
「ええ。確か、皆さんは明日の打ち合わせを会議室で行っているんでしたね。」
「ああ、今日は無理言って抜け出だしてきたんだ。
俺はフウセンに念話で連絡するから、俺は警報を鳴らして、親衛隊に城外の強化するように言う。」
「私は非戦闘員の安全の確保をします。」
「分かった。」
俺たちが頷きあうのと同時に、エレベーターは地上へと辿り着いた。
その直後に、ぐらぐらと木製のそれは揺れ始め、俺たちは急いで降りると、ガタン、と下に落っこちた。
「くそッ、行くぞ!!」
俺は自分を鼓舞しながらも、不安が奥底に根付いていた。
なにせ、俺が一番的に回したくない奴が、敵になってやって来たのだから。
今回は模擬戦か『マスターロード』に会いに行くかのどちらかになるかと思いましたが、空気の読めない連中が突入してきました。
私は今まで数々の作品でメリスを登場させてきましたが、彼女の部隊と主人公たちがガチで殺しあう展開にしたことは一度もなかったのです。
というわけで、書いてみました。
次回、過激な銃撃戦です。
それでは、お楽しみを。