第五十八話 会議は続く
『マスターロード』による自身の立場と交戦規約。
その一、第一層は完全中立地帯とする。いかなる勢力にも平等に接し、一方的な協力も援助もしない。
その二、魔族は基本的に、望むならどの勢力に身を置いても構わない。
その三、二重支配を避けるため、各勢力は騎士位を持つ領主を通してのみ徴税を行ってよい。
その四、中立の領主または集落を配下にする場合、必ず交渉をしなければならない。
その五、これは正当なる魔王を決める戦いである。敵対する勢力に武力で制圧された場合、魔王陛下の名の下に服従を誓うこと。
その六、敵勢力に攻撃を行う場合、戦力を保有する攻撃目標以外の対象を攻撃してならない。
その七、軍事作戦における非戦闘員は保護を優先し、攻撃を禁ずる。そして人民または民用物の被害は最小限に抑えるよう努力すること。
その八、軍事作戦における部隊運用で、敵の信頼に背く卑劣な背信行為を禁ずる。具体例は後述する。
~~~中略~~~
その二十六、以上を遵守すること。以上に背く行いが目に余る場合、我々中立勢力の保有する自治組織による物理的または社会的制裁を加える。
追記、各階層への昇降魔法陣の移動は、その階層から最大で上下一階層のみに設定した。
昇降魔法陣は厳密なダイアに則って運営されている。
つまり、第十層から第二層へ、一気に侵攻することはできない。
これは他方への一方的な攻撃を可能とすることに対する調整であり、各々の勢力図を明確化する為の処置である。
魔族の領域全土に向け発布された中立勢力の宣言
「それでは会議を続行しましょう。
まず、ごたついたので現状の再確認をするわ。」
クロムが水性ペンでホワイトボードに現状を書き込む。
内容は大体こんな感じだ。
勢力図
第九層から第七層
『叡智』→VS←『精神』
亜人&下級魔族 魔物の軍勢
第五層
『肉体』→詳細不明
アンデッドの軍勢
第二層
『才能』=同盟=『両眼』
上空魔族 空戦部隊
第一層
『マスターロード』→中立及び監視
「なぁ、『マスターロード』まで勘定にいれるんか?」
そこまで書いて、クロムにフウセンはそう言った。
「彼の発布した宣言を聞いたでしょう?
陛下の意向によっては敵対する可能性もあるじゃない。」
「なるほどな。だけど、ウチが色々決めるために参考にしたから、破る気はないんやけれど。」
二人が言っている宣言をは、先日『マスターロード』が魔族の領域全部に発布した交戦規約のことである。
各勢力に向けての領民の取り扱いから戦争の作法、捕虜や下した種族の取り扱いなど、昇降魔法陣の機能の追加等々、幅広く大まかに記されていた。
それを見た俺は、『マスターロード』はなかなか文化人だな、と見直したほどだ。
ハッキリ言って、こっちは仮にも魔王が相手なので強制力は無いに等しいのだが。
「それが貴女の意向ならそれもいいわね。
だけど、『マスターロード』と言う中立勢力は正直侮れないのよ。」
「どういうことだ? 『マスターロード』を相手にしたって何の得にもならないだろ。」
「そう、何の得にもならないから、抑止力になるのよ。」
俺の疑問に、クロムは伸縮機能付き指し棒を伸び縮みさせながらそう答えた。
「現状で、どの勢力に落ち着くべきか分からない。
戦争には参加してもいいが、負けるのが怖い。
だったら中立を宣言する強大な『マスターロード』に付いて、最終的に勝利者の勢力として組み込まれる・・・そう言う考えの持ち主も大勢いるのよ。」
「はん、卑怯な連中だ。皆殺しにしてやりたいな。」
クロムの言葉を聞いて、模擬戦については後回しにされたドラッヘンが不機嫌そうにそう言った。
「実際、アイツは五分の一くらいなら魔王に匹敵する実力はあるだろうからね。
それに自分の築き上げた組織を、そのまんま魔王に引き渡したいと思っているに違いない。出来る限り無傷でね。
だからあんな宣言を発布したんだよ。」
「同感だ。奴の魔王への忠誠心は誰よりも高い。
その片鱗を感じるたびに、私も頭が下がる思いだ。」
クラウンと、フリューゲンがそう言うと説得力が有った。
何せ片や父親で、片や数百年戦いを続けている仲だ。
「“魔導師”になるには、能力としてかなりバランスが取れてないといけないらしいのよ。
単純な実力では、断片を所持する程度では話にならないでしょうね。
だからあの宣言に不満を抱いても、現状はその規約に従った方が良いと私は言いたかったのよ。」
「なるほどな。魔王に意見できる実力か。
中立だけど、それが後ろにいるは忘れんな、ちゅーことやね。」
フウセンの言葉に、クロムはええと応じた。
「ひとつ、よろしいでしょうか。
確認できる範囲で第五層のアンデッドの動向や目的が把握できているでしょうか?」
一段落話が付いたところで、エクレシアが手を挙げてそう問うた。
「ああ、それはウチも気になった。
アンデッドの軍勢が居るってだけじゃ、よう分からんかったんや。今連中はどんなことしとるんや?」
「魔物と同じですよ。」
フウセンの問いに対する、フウリンの言葉は簡潔だった。
「周囲の村々を襲い、住人を殺しながらその勢力を拡大しているようです。
現在、中央にも連中は殺到しているらしく、『マスターロード』の自治組織が対応に追われているようです。
しかし魔物の対応にも戦力を割かれ、現在効果的に反撃できているとは言えそうにないですね。」
「なんてことなの・・・。」
旦那の補足に、サイリスの白い顔が真っ青になっていた。
「あ、良いこと考えた。」
すると、そこでクラウンがニヤリと笑った。
「ん? 言ってみ。」
「では、恐れながら。まず、我々はアンデッドの対処を行うべきだと思います。」
「その理由は何だ?」
急にそんなことを言い出したクラウンに、旦那が訝しげな視線を向けた。
確かに、こいつは困ってる人たちを助けようなんて慈善活動を考えるわけがない。
「大きな理由は二つ。まず第五層に軍隊を駐留させて、そこから上層の動向を常に把握できるようにしたいからです。」
「もう一つはなんでしょうか?」
思案顔のフウリンが言った。
「もう一つは、“代表”に協力する姿勢を見せて、他の勢力にアンデッド共と戦っていると教えること。」
「ははぁ、なるほど、そう言う理由かい。」
クラウンが何を言いたいのか分かったのか、ラミアの婆さまはうっすらと笑った。
「爺さん、どういうことだ?」
「恐らくは、他の勢力同士が自分たちの戦いに集中させる為でしょう。そうして両者の消耗を狙うのですよ。
彼らはその戦いの後に我々と戦うことを想定しないといけないのですから、万全の準備をしている我々が待ち構えていますと、向こうの戦い方は必然的に消極的にならざるを得ない。
そうなると面倒ですので、こちらも戦線を張り、こちらも消耗しているように見せかけようとしているのでしょう。」
「ははーん、なるほどな。」
ドラッヘンとフリューゲンの会話を聞いて、俺もようやくどういう事か把握した。
「ついでに、“代表”に協力するって名分なら、第五層に一気に軍隊を置ける可能性がある。
そうすれば情報統制も思いのままだし、第三層と第四層を挟み撃ちにして威圧を与えることが出来る。
更にこちらが“善意”で“代表”と協力している間は向こうも簡単に手出しはできない上に、民を守る意思を示す陛下の評判も上がるって寸法な訳ですよ。」
何だか、クラウンが今までで一番生き生きしているような気がした。
こいつの種族は魔族でも切っての謀略家らしいしな。
もしかして能力を発揮できて嬉しいのかもしれない。
「陛下、戦力を二分する上に現時点では孤立させると言うデメリットを考慮しても有効な戦略かと存じます。
万が一に上層の勢力から急な進行に遭っても向こうを悪者に出来るでしょう。」
「うーん・・・リスク軽減の為に何らかの方法でこっちとの連絡を密にして、第五層での情勢の急変化に対応することも考慮するならええと思うよ。」
思いのほか、フウセンは慎重に事を運ぼうとしているようだ。
旦那から提示されたリスクも、クラウンからの示された戦略も、じっくりと考慮している。
「一つ、聞いてもよろしいでしょうか。」
「どうしたん? エクレシアさん。」
急に手を挙げたエクレシアに、フウセンは先を促した。
「他の勢力に交戦状態にあることを見せつけるという戦略なら、なるべく膠着状態にあった方が今後の戦略として優位に運べるでしょう。
しかし、それで手を抜くようなことはありませんよね?」
「ああつまり、向こうの消耗を狙いすぎて、こちらも手を抜いて戦うようなことは無いか、って聞きたいんか。」
「はい、それにあまりに長引きすぎてしまうと、我々の力を疑われるでしょう。
何よりも、それで犠牲になるのは罪も無い人民です。」
「確かに、その辺の塩梅は難しそうやな。
こっちの損害を最小限にしながら、民の為に全力で戦う・・・これ、矛盾してへんか?」
「不可能ではないですが、なかなかに難しいでしょう。」
エクレシアの言葉を受けて首を捻って考えるフウセンに、フウリンも渋い表情だ。
「細けぇことは良いだろ。戦略的に正しいなら、どうせあと残ってるのは戦って勝つだけだ。
俺たちは魔族だぜ、フウセンよ。お上の有り難さより、戦う背中の勇ましさを見て、膝を折り、頭を下げるんだ。
だいたい、損害ってなんだよ。必死に前線で戦う奴らが死ぬことを考えてるだけじゃねーか。
敗北やら失敗やらを無駄に大きく考えると、何もできねーぜ。」
「じゃあ、あんたはどうなん? この作戦は賛成なん?」
「賛成だね。アンデッドなんて胸糞悪い。」
ドラッヘンは椅子の背もたれにもたれ掛かってふんぞり返ると、鼻を鳴らしてそう言った。
「死んで蘇ってまで戦う、ってんなら天晴れって言ってやってもいいが、死んでまで戦い続けんのは哀れだよ。
一体残らずバラバラにしてやろうぜ、爺さん。」
「若の仰せの通りに。」
フリューゲンの回答に、ドラッヘンは満足そうに笑い返した。
「・・・・まあ、今から失敗すること考えてもしゃあないわな。今後の方針はそれでええわ。」
「じゃあ、今度こそ模擬戦しようぜ。」
「主導権なら、一応こっちが主体でそっちが作戦の参加拒否権を認めるってことで決まったやん。」
「俺はどっちが強いか決めないと嫌なんだよ!!」
「はぁ・・。」
嬉々としてそう言うドラッヘンに、フウセンが深々と溜息を吐いた。
彼の横でフリューゲンも溜息を吐いていた。
「少なくとも今日は無理や、ウチも色々と予定があるから・・・次、空いてる日はいつや?」
「むしろ、我々が同盟を結んだことを公表する為に調印式を行い、その余興として模擬戦を行うのはどうでしょうか?」
そんなことを言い合うフウセンとフウリンを見て、俺は喉元まで出てきた言葉を飲み込んだ。
今日こそ会議だが、フウセンは普段日が落ちると視察とか言って外を出歩いたり、フウリンに買いに行かせた漫画とか文庫本とか読んでたり、割と暇してるじゃねーか。
何で女子のプライベートを知ってるかって?
フウリンが愚痴ってたんだよ、朝の祈りの時に教会の掃除を手伝ってもらいながらな!!
それにこの間、携帯ゲーム機をクロムの奴と突き合わせて某有名モンスター狩猟アクションゲームしてたじゃねーか。
俺も混ぜろよ!!
だがそれでちゃんと平日はしっかり修行に付き合ってくれたり、魔術書を読んでたり、魔術の練習だとかで妙に真面目だからそれを言うのを躊躇えた。
そう言った時間を邪魔させない為のフウリンの気遣いがひしひしと伝わってくる。
お前は母親か、ってなぐらいの献身ぶりだ。
「そいつは良いな!! ちゃんと人民の前で支配者の実力を見せることは実に良いことだ。
・・・だけど調印ならもうしただろ?」
「若、裏で話を通しておいて、表では後日正式に発表すると言う手段は政治ではよくあることのようですぞ。」
「なるほどな。」
そしてこのリンドドレイクの二人は何だかんだでいいコンビである。
「じゃあ、親衛隊隊長殿の献策を採用、と。」
クロムがホワイトボードに今しがた決まった情報を書き加えていく。
「ふと思ったんだが、アンデッドの軍勢ってことは、敵はスケルトンとかゾンビとかになるんだよな?」
「あとはグールだとかレッサーヴァンパイアだとか、かな。それがどうしたんだい?」
「いやさ、やっぱりそいつらって炎とか神聖魔術ぐらいしか効果ないんじゃないのかって思って。
数を揃えたところで、通常戦力でどうにかなるのか?」
俺はクラウンにそう問うた。
俺の知っているアンデッドがどの程度の化け物なのかは知らないので、一応聞いてみた。
創作のゾンビは雑魚キャラから銃が効かない怪物まで幅広い強さと多さで人間を絶望のどん底に突き落としてくるのだ。
そして、間違いなくゾンビは人間ではなく魔族の、なのだ。
どれほどの強さを誇っているのか、分からない。
「実を言うと、我々魔族にはアンデッドの発生は問題になっている事項の一つだ。
確かに焼いたり、物理的に動けなくしてしまうのが常識だが・・。」
旦那が言い難そうに口ごもった。
「それだけでは、無用に死者の怨念が増すだけです。
たとえ火で焼こうとも、正しい対処法を行わなければ、死霊と成って肉体を失ってなお生者に害を齎すでしょう。
火は確かに神聖なものとして古来より崇められていますが、この世で最も有り触れた文化物。
理由を持たせてあげなければその神秘性は意味を成しません。」
「単純だけど深いテーマよ。“魔導師”の一人がそれの専門として専攻の一つとしているくらいには。」
エクレシアの言葉に、クロムが補足を加える。
「魔族は魔力を扱うことを前提にしている存在です。
魔族の地上の常識を超えた能力はそれらに依るものですが、何もかもそれが魔族に味方している訳ではありません。
私が調べたところ、魔族が死体を放置された場合、八割以上の確率でアンデッドと化します。」
「は、八割ぃ!?」
初めて聞いた、そんなにアンデッドになる確率が高いのかよ。
「その多くは生前の未練や苦悩によって蘇り、たとえ満足な死に方をしても肉体を求める死霊がその死体を奪い取って操るのです。
それ故に魔族は基本的に火葬で死者を葬ります。
私がこの魔族の領域に踏み込んで最初に驚いたのは、魔性に満ちた空気の重さです。
最初は魔族の領域故と思っていましたが、放置された怨霊など力の無い霊魂がそこらじゅうに彷徨っているからのようですね。」
「そういや、よく聞くな。霊障が村で出たって。
俺も魔族の領域だからそんなことも普通に起こるのか、って思ってたぜ。」
どうやらそんなことは全然無かったらしい。
地上じゃ今は全く見かけないテレビの特番くらいでしか心霊現象が起きたなんて聞かないが、それは人間が死者の供養や埋葬を丁寧にする生き物だったからだ。
葬式や墓参りなんて生者の慰めだ、って綺麗ごとだって思っていた俺だが、何だか価値観がひっくり返った気がした。
古来より続く風習なんだから、やっぱりちゃんと意味はあったのだろう。
「魔族の多くは生まれながらにレジスト能力を持っている者が多いので、霊障を直接受けることは少ないでしょうから放置すれば勝手に消滅することが多いでしょう。
霊魂は不安定ですから、多くは勝手に消滅します。
しかし、何らかの理由で力を持ってしまうと、それは害意を持って生者を襲うでしょう。
例外はありませんし、死霊魔術の使い手でもなければ話し合いもできません。」
「霊との対話ってよく聞くけど、やっぱりダメなのか?」
「肉体が無いのに、どうやって我々と意思疎通するのですか?」
俺の疑問は至極真っ当な反論で解決された。
そりゃそうか、テレビも携帯電話も無ければ、電波が受け取れないのと同じだ。
「それに肉体がなくなるとね、そこは魂と精神だけの霊体になるわ。
霊体の状態だと、専用の防護魔術でもないと急速に精神が摩耗するらしいわ。それでも時間稼ぎにしかならないそうよ。
肉体が無い不安感で心が削られ、自分の存在感の無さで自分自身が分からなくなって、どんどんと気が狂って、最終的に生者を憎むし、肉体を奪おうとするの。」
クロムの補足を聞いて、何だか想像しただけで寒気がした。
あの“魔導師”『パラノイア』がどうしてああなったか簡単に想像が出来てしまったのだ。
あれが、亡霊の末路。
ただの、害悪。
生者の身勝手な理論かもしれないが、それを論じるのは無意味だろう。
そして仮に肉体を手にしたところで、大師匠の言葉が蘇る。
魂の適合していない器は、崩壊するのみ。
世の中、本当に良くできている。
「そら、問題になるわな・・・。」
対霊の専門家であるエクレシアでもなければ、魔族は死霊に対する有効な手段をあまり持ち得ていないのだろうことは容易に想像がついた。
魔族の大抵は精霊魔術で、黒魔術を得意とする種族が幾つか。
対抗するのは難しいだろう。
だから、軍議にエクレシアが呼ばれているのだ。
「たとえアンデッドを倒しても、行き場がなくなった霊魂がまた飛散するだけですからね。」
エクレシアはその惨状を悼むように両手を組んだ。
「じゃあ、どうやってアンデッドを葬り去れば良いんだ? 結局は悪循環にしかならねーんだろ?
だがいちいち供養なんてしてたら、千年あっても戦争はおわらねぇーぞ。」
ドラッヘンが顔を顰めてそう言った。
「あまり褒められた行為ではないのですが、まず精霊魔術で効果的なのは、環境の浄化に怨霊を巻き込むことですね。
他には、実体を得ている時に竜種の炎で焼き払う。竜の炎はそれだけで最高クラスの概念を保有する、防護魔術殺しですから。そのまま魂ごと消滅させられるでしょう。」
あまり褒められたことではないですが、と大事なことらしくもう一度エクレシアは念を押すようにそう言った。
「じゃあ、俺たちの出番じゃねーか、何の問題もねーな。」
ドラッヘンは頼もしそうに笑った。
確かにワイバーンなどの航空部隊なら、これ以上ないアンデッドキラーだろう。
「じゃあ、浄化の方はどうなんだ?
魔族って精霊魔術が得意な種族いっぱい居るんだろ?」
エクレシアの言う通りなら、人間より精霊魔術に長けている魔族がアンデッドに関して問題が起こるはず無いのに。
「多分それって精霊とかに同調したりとかして面倒な手順でやる奴じゃないの?
僕ら魔族って精霊を直接操るから、そう言うの得意な奴ってあんまり居ないんだよね。」
「人間の精霊魔術と魔族の精霊魔術は、超能力のパイロキネシスと火炎放射器ぐらい違うわ。」
クラウンとクロムの説明に、それって別もんじゃねーか、と俺は呟いた。
この場合、超能力の方が人間で、魔族の方が火炎放射器だ。
普通逆に思えるが、人間は神秘性を重視して、魔族は戦技として力を重視している点をクロムはそう表現したのだろう。
「ちなみに、ミネルヴァちゃんが悪霊やら怨霊やらの横を横切れば、根こそぎ昇天するでしょうね。
彼女の精霊の加護は一種の聖域を形成しているもの。」
「道理で最近、霊障が出たって話が全く無くなったわけだ。」
それに、何だか村の空気も良くなった気がしていた。
エクレシアの話では、悪霊や怨霊が溜まると地脈に悪影響が起こって土地の質が悪くなり、更に良くないモノを呼ぶと言う悪循環に陥るらしい。
そうなるとアンデッドの発生率が上昇するのだとか。
「聞くところによると、魔族だけでなく魔物も条件次第ではアンデッド化するようですね。
肉体が不安定な魔力体の魔物ですが、精神状態によっては死しても具現化したままであるとか。」
普段俺はエクレシアの動向を把握していないが、こういう調査を行っていたようだ。
個人で集めたには優秀な情報量だった。
「そうだとすると、今頃第五層は地獄絵図だろうなぇ。」
すると、わざわざラミアの婆さまが弟子の不安を煽るような言葉を漏らした。
「陛下、聞いての通り、最小限の犠牲で・・などと言う甘い結果には終わらぬでしょう。
いいえ、陛下はまだ戦争を知らぬ小娘に過ぎませぬ。戦場を支配するなど、いかな賢人とて可能なことではありませぬ。
予想外の事態、予想外の結末、それが怒涛の如く押し寄せてくることでしょう。
ご覚悟召されよ、陛下の旗本に集い、刃を掲げた者たちが日に日にその数を減らしていく様を。」
「覚悟は、ウチが死ぬ寸前で十分やわ。
いちいち戦うと決めたくらいで覚悟決めとったら、心臓が腫れて膨れるわ。
そう言うもんなら、そう言うもんだと割り切りゃええんやろ。
それにウチも戦うし、ウチと共に戦って死ぬん言うなら、それは弱い言う事や、先に死のうが後に死のうが同じや。」
そう淡々と答えたフウセンに、ドラッヘンは言うねぇ、とぽつりと呟いた。
「陛下がそう仰るのなら。
では、次は策略を実行に移す人員を選別いたしましょう。クロム殿。」
「ええそうね。じゃあ、まず誰が『マスターロード』に話を付けに行くか、だけれど。
これは言うまでもないかしら?」
ラミアの婆さまから進行を引き継いだクロムは、クラウンを見やった。
「ハン、予想はしてたけどやっぱり僕かい。」
「ご子息殿、何なら儂が出向きましょうかな?」
「・・・・あんたに任せるくらいなら自分で行くさ、旦那にもそう言った手前だし。
私情で動く奴じゃないけど、使者を拝命したらなら何とか言いくるめてみせるさ。」
クラウンはフリューゲンの申し出を断って、そう答えた。
「その代り何人か連れて行くよ。」
「分かったわ。このように決まりましたが、陛下のご意見は?」
クロムの事務的な問いに、フウセンは頷くだけだった。
「じゃあそれで確定ね。
次はどれだけ現地に出兵させるか。誰を指揮官に置くか。それを決めなくてはならないわ。
その前に騎士殿、現在の我が軍の兵力についてお願いできるかしら?」
「ああ。勿論だ。」
そう言って旦那は再び席から立ち上がりながら資料に目を落とし、口を開く。
「現在、我が軍門に加わりたいと言う志願者は千五百。現在編成中であります。
ですが今すぐ使える兵力は、ざっと三百と言ったところでしょうか。」
「なんや、思ったより少ないな。」
「現状ではただの寄せ集めの烏合の衆に過ぎませぬ。
それらが軍隊として使い物になるよう調練が済むのにひと月・・・いえ、最低限のことを仕込むのならば二週間は掛かりましょう。その場合、質は保証しかねますが。」
旦那は難しそうな表情で答えた。
実は、その千五百の志願者が現時点でのネックになっている。
急激な人民の増加による警備の増強が、ここに響いている。
「ならしゃあないか、現状使えるだけの兵力で向かうしかないか。」
「現地では防衛戦が主体になるでしょうから、増援を考慮すれば最低限戦闘を行える分には問題ないかと。」
フウリンはそう言うが、それは戦力的にかなりカツカツだ。
戦えるかどうかと、満足に戦えるかどうかは別問題だ。
「陛下、もう一つ。
現在我々の傘下に下った各種族の部族に兵力を徴兵すれば最低でも三千は集まるかと。」
「で、使えるん?」
「今からならば、陛下のご意向を伝え出兵まで二週間は掛かるかと。」
「じゃあ、ウチらもそれを目安に、それに間に合わせるよう行動しよか。そんで、そいつらと合流して、戦力を整えてから現地に行くって感じか。」
「それでよろしいかと。」
フウセンの言葉に、旦那は頷いた。
数だけ見れば少ないよう見えるが、魔物相手なら十倍が相手でも引けを取らなかった猛者たちだ。
アンデッドとの戦いでも十分その勇猛さを発揮してくれるだろう。
「なあ、俺達を忘れてねぇか? 俺達は今すぐにでも現地に出向いて暴れる準備は出来てるぜ?」
「リンドドレイクの若君よ、貴殿らは本日来たばかりで、勘定に入られるわけがありますまい。
勿論、此度の戦いでは主力として活躍していただきたいと思っておりますが・・・。」
本当に今すぐ行きかねないドラッヘンを、旦那は控えめに宥めた。
「そうね、今すぐとは言わないでも、現地に話を通しておくのもありかもね。
まずは『マスターロード』に話を付けるのが最初だけれど、それが終わったら現地に援軍が向かう旨を伝えれば士気も上がるでしょう。
勿論先方から向こうに伝わるでしょうが、それに先んじれば効果は上がると思うわ。」
「それに分かりやすい演出が加わればもっと士気は上がるな!!」
口を挟んできたクロムに、ドラッヘンはその“演出”を想像してか好戦的な笑みを浮かべた。
「なら、その演出にウチも参加した方がええな。出来るだけ派手にやりたいわな。」
それにフウセンもにやりと笑って見せた。
案外、この二人は似てるのかもしれない。
二人とも考えるより感じるってタイプだからだろうか。
「で、誰を指揮官にするんや?」
「うーん、僕は旦那を推薦したいところなんだけれど、今旦那が抜けられるとこの村は回らないし・・・。」
クラウンの言う通りだから困る。
「うちの爺さんで良いだろ。爺さんみたいな老いぼれはポックリ逝かないように後ろで指示を飛ばしているのがお似合いさ。」
「ははは・・・こやつめ。」
そのドラッヘンの暴言にフリューゲンは笑っていたが、目は据わっていた。
「確かにフリューゲン殿が指揮を執るなら、兵士たちの士気も上がりきることでしょうが・・・。」
旦那が煮え切らない言葉を漏らすのは、俺達からすれば同盟を結んでさえいてもフリューゲンは部外者だからだ。
そんな相手に最前線の指揮権を渡すのは、非常に喜ばしいことではないだろう。
「陛下が出撃することもあるのなら僕も行くべきだよね。
向こうの勝手が分からないから、婆さまからサイリスを借りていきたいね。
あとは部下のメイとアンデッドの専門家であるエクレシアが居れば十分かな。」
「ああ、私も調査の為に同行したわ。
アンデッドが軍勢と呼べるほどの大量発生しているのなら、その原因も突き止めなければならないし。」
クラウンの提言とクロムの立候補を、フウセンはフウリンの耳打ちを受けて頷き、了承の意を示した。
これでバランスは取れたと言ったところか。
「じゃあ、次は―――、」
そうやって、会議は着々と進んでいった。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
あれから調印式の日取りを決めたりすると、あとは現段階で生じた問題を幾つか相談したところで、今回の会議はお開きになった。
「どうしたんだ、エクレシア。」
俺はなんだか難しい表情をしているエクレシアに声を掛けた。
皆さっさと帰ってしまって、もう会議室に残ってるのは何やら話をしているクラウンとサイリス、ホワイトボードや備品を片付けているクロムくらいだ。
ああ、そう言えば言い忘れていたが、サイリスは会議の内容を記録する書記をしていた。
どう見てもラミアの婆さまが弟子の可愛さに経験を積ませるために会議に参加させる口実を作った風体だったが、ちゃんと仕事をしていたので誰も文句はないだろう。
当のサイリスはそんな師匠の親心を理解していないようで、引き受けた当初は不満げだったが。
「いえ、ちょっと考え事をしていまして。」
俺はそこで意識をエクレシアの方に戻した。
「なんか不安要素でもあったのか?」
「いえ、少しばかり些細な心証ですので、口に出すほどのものかと。」
「何がだよ、もったいぶってないで言ってみろよ。」
何だか妙に気になったので、俺は彼女を急かした。
「陰謀論だと言えばそれだけですが。
実は今回のアンデッドの大量発生の件ですが、裏で誰かしらのネクロマンサーが糸を引いているのかと思いまして。」
「ネクロマンサーって、あの『パラノイア』みたいな?」
「まあ、かの魔女ほど強力な死霊魔術の使い手は稀ですが。
ただ、アンデッドはそもそも集団行動なんて取りませんから気になっただけで、アンデッドが大量にいるからただ獲物の居る町に殺到していると言われれば反論できないのですが。」
「つまり、ショッピングモールみたいな所に閉じ込められたパニック映画みたいな状況で。
アンデッドがヤバいくらい大量発生して生存者に物量で襲い掛かってるだけで、たとえ何者かに操られて集団行動しているように見えても錯覚に思えるかもしれないってことだろ?」
はい、とエクレシアは頷いた。
「やっぱり、居るのか? そう言う魔術師って。」
「まあ、聖堂騎士団として真っ先に考えることですね。
アンデッドなどと言う不浄な存在は、地上に存在することを決して許してはいけませんから。一匹残らず神の下へ還してあげたいのです。
そして、死者を冒涜する者は、なお赦せません。私はそんな連中に容赦はしないでしょう。」
そう話していく内に、エクレシアの表情はだんだんと硬くなっていった。
「実は私もその線を考えているのよ。
現状の情報だけじゃ根拠は無いけど、アンデッドが大量発生している時点で限りなく黒に近いわ。」
すると、片づけを終えたクロムがそんなことを言ってきた。
「だから自分から調査なんて申し出たのか?」
「ええ、アンデッドがそう簡単に蔓延るように成るのなら、もう既に人類は吸血鬼の倍々ゲームで滅んでいるわ。
直接的な関与は無くても、大量発生の外的要因くらいは必ずあるはずよ。
今回の作戦の第一目標はそれの排除ね。」
「じゃなきゃ、泥沼の消耗戦ってことになるのか。」
ゾンビなんて不死の化け物と戦う勢力は、いつだって否応の無い消耗戦を強いられる。
一人ずつ味方を失い、物語は進んでいくのだ。
「今だけは自分の未熟が歯痒いです。
私一人では救える魂に限りがある。」
「まあ、本来聖堂騎士団の戦い方は集団戦だもんね。浄化魔術も集団で行使が前提になっているものね。
まず自分の無力を嘆く前に工夫をしたら?」
そのクロムの言葉はかなり辛辣だった。
「おいッ」
俺は思わずそんな風に彼女に口を開きかけた。
「これは私一人が工夫したところでどうにかなる問題ではありませんッ!!」
だが、エクレシアが両手を机に叩き付けるようにして、大声を上げながら立ち上がった。
まさか彼女がここまで感情を露わにするなんて初めてだったので、俺は呆気にとられた。
それは勿論、クロムも同じようだった。
「・・私は、“一人”で出来る貴女と違うのです。」
エクレシアもなかなかにため込んでいるようだった。
アンデッドの軍勢、そんなものに神官一人で立ち向かったところで救える限界は高が知れている。
「馬鹿ね、準備さえ整えば大抵の事は何でもできるのが魔術師でしょ。
私たちは選ばれた人間なのよ。なに諦めた気になってるのよ、それに私だって協力ぐらいはするわよ。」
すると、クロムはなぜかフッと笑ってそう言った。
「貴女が切羽詰っているのは、手が足りなく物資も無いから。
手は無理だけど、必要な物は準備してあげられるわ。」
それは年上の余裕なのか、まるで妹分の我がままを聞いてやろうとしているかのような態度である。
そんな彼女を見て、エクレシアはハッとした表情になった。
「・・・すみません、怒鳴ったりしてしまって。」
「おい、エクレシア・・・お前疲れてるんじゃないのか?」
エクレシアが激高したせいで、何だか俺まで冷静になってしまったようだ。
「ええ、疲れているのかもしれません。」
彼女は力無く、いすに座り込んでしまった。
「いろいろ有ったからな、・・・いろいろ、有ったよな。」
自分から出たとは思えない、重くしわがれた声だった。
このひと月と少しは、俺だけでなく彼女のにも濃密すぎる時間となってのしかかってきたのだ。
そしてこれからもそうなんだろう。
彼女は言った、フウセンと相対した時、彼女の心まで救いたいと。
メシアのように、救世主の如く。
人間の身に余るその所業の追求は、果たしてどこまで通用するのだろうか。
重い、あまりにも重いのだそれは。
たった一人救おうとしただけでもその重荷は果てしなかった。
エクレシアは自分を理想主義ではないと言った。
だが、理想が無ければやっていけないのだ。
これから戦うのは、有象無象のアンデッド。
死してなお、死に続ける哀れな亡者の群れだ。
そいつらの業を、果たして俺たちは背負いきれるのだろうか。
「じゃあさ、またその一つを清算しようか。」
すると、サイリスと何やら話していたクラウンがこっちに歩いてきた。
「今度の“代表”の交渉に君ら二人を同伴していくからね。文句は聞かないよ、以上。」
そしてそれだけ言うと、クラウンは去って行った。
「・・・『マスターロード』・・ですか。」
「相変わらず勝手な奴だな・・・別に俺からクラウンの奴に言ってやっても良いが・・・・。」
「いいえ、大丈夫です。今日は少し休みますので。」
俺はエクレシアに気を遣ったが、彼女は気落ちした表情のまま会議室を出て行った。
「あれはもう、まるで殉教者ね。」
クロムがそう呟くのが聞こえた。
「はぁ、一応私が見ておくわ。今の彼女、危なっかしいもの。」
サイリスが溜息を一つ吐くと、彼女はそのまま会議室を後にした。
「瀬戸際なのね、彼女は。毎回毎回、自分が行動し結果を出さないといけないと思ってるみたい。
それも一人でやろうとしている。・・・どっちがうぬぼれているんだか。」
そしてそう言い残したクロムが立ち去り、会議室は俺だけが残された。
「・・・・・・・。」
俺は、エクレシアを追いかければ良かったのだろうか。
分からなかった。彼女の業を背負うと決めたのに。
俺は、分からなかった。
俺には、彼女が、エクレシアが・・・。
・・・何も無いようにしか、思えなかったからだ。
GWも今日で終わり、最近筆のノリが快調でしたが、執筆する時間もなくなってきますねぇ。
まあ、なんとか時間を見つけてこれからも書こうと思います。
それでは、また次回。次は、『マスターロード』との交渉か、模擬戦になるかと。