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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
第四章 断片編
64/122

第五十七話 魔王への謁見

※お詫びと報告※


第四十五話の各断片の持ち主のセリフが、合わないとご指摘を受けまして、読み直したところ、まさにその通りでした。

当時各断片の持ち主のキャラ設定は全て決まっておりませんで、暫定的に決めていた設定で書いた次第です。


もう全員の設定は決まったのでもうそういうことはないのですが、キャラが確定し『叡智』の持ち主以外のセリフと地の文をいじった人もいるので、ご注意ください。


私はその場の勢いでプロットも書かずに書いているので、設定が無用に大きくなったり忘れたりするのです。

これからはそういうことがないように気を付けますが、ご容赦くださると幸いです。


それでは、つらつらとお目汚しをすみませんでした。

以降、本編となります。






あれから、更に一週間が経った。



とりあえず、皆は足場を固めるためにいろいろしていたと言うべきか。

俺はと言うと、親衛隊隊長サマ補佐と言う名誉をクラウンの独断で預かってしまい、フウセンのゴーサインを受けて確定してしまった。


それを機に、フウセンの魔王(仮)就任祝いの恩赦みたいな感じで奴隷と言う身分から解放されたらこれである。

と言ってもそれは全部クラウンの奴の言い分で、それがアイツなりの厚意の示し方なのかもしれない。


案外、友人に成ろうと言うのは冗談でもなんでもなかったのかもしれない。

ただ借金は残ったままだが。


先日、旦那から初の給料が出たので、それの半分を返済に充てたのだが、次からはフウセンから貰うことになるらしい。

いやそれは建前で、今まで通り旦那から貰うのだが、それは飽くまでフウセンが主人だから顔を立てているに過ぎないのだ。


何だかややこしいが、そういう事らしい。


そんでもって、そのゴルゴガンの旦那だが、正式に騎士位をフウセンから授与されたらしい。

じゃあ今までは騎士じゃなかったのか、と言う話は面倒なので割愛する。



ちなみに、俺の肩書に大層なモノが付いたが、やることは村の警備のまま、と大して変わらなかった。

その理由は単純で、まだ配置が決まっていないと言うだけだ。


現在旦那が編成している軍隊への志願者も多く、それを組み込んでいろいろ決めるのはまだ時間が掛かるようだ。

色々問題や軋轢も生まれたらしく、ご意見番となったラミアの婆さまに意見を求めることも多いらしい。


何というか、旦那が働き者過ぎて過労死しないだろうか不安である。

現状、旦那にしかできない仕事ばかりなのが問題なのだろう。


フウセンに言って信頼できる部下を格上げした方が良い、とラミアの婆さまも言っていた。

何でもそういう爵位だとか騎士位だとかを授与できるのは魔王であるフウセンだけらしいのだ。




ちなみに、俺たちの周囲で一番環境が変化したのはエクレシアだった。


現在、彼女の役職は、魔王城内教会所属の神官様である。

魔王ことフウセンの庇護を受けて、正式に布教の許可をもらったらしい彼女は、その勢いで城内に教会まで作ってしまった。


それって良いのか、と思ったがフウセンは。



「え、お城の中に教会ってあるもんとちゃうの?」

お前ドラ○エのやり過ぎだ。


演説の一件の提案に企画者として、加担したから当人は何もしてないのにフウセンから条件を引き出していたのである。

アイツああ見えてかなり強かな奴なのだ。



まあ、教会と言っても、何から何まで全部木製のみすぼらしい外見の場所が、場内の一角にあるという程度だ。

魔族の皆からは人間の神様を信仰している心霊関係に強い相談役だとしか思われていないようだが。


それでも魔王が人間だという事で、人間の神様がいったいどんなのか興味ある魔族が彼女を尋ねるようになって来たと言うから、結果的に進展は有ったのだろう。




クロムはこれから戦争になると、楽しげに黒色火薬の作り方と爆発力を調整する応用の仕方と保存の仕方を魔族の職人たちに指導し、量産の指示をしたらしい。

勿論、旦那の許可を得て。それくらいの分別は有ったらしい。


それで元々のオリジナルを裏切ったという部隊が合流したらしく、魔族の中から何人か引き抜いて、地下で怪しげな実験を行っているらしい。


『盟主』もどうやら、フウセンをすぐに如何こうする意味はないと悟ったらしく、沈黙を守っている。

それを見て、クロムの側に付いた“メリス”が増えたらしい。

その上、こっちが戦争も間近という事で、更なる作戦行動を取る為に、こっちへの派遣しているクロムの部隊の増員する動きが見えたという。


味方が増えたのはうれしいが、このままでは連中が何かとんでもないことをしでかすような気がしてならないのだが・・・。



いつも通りなミネルヴァと、仕事が増えたと呻くだけのサイリスぐらいだ。目立った変化が無いのは。


俺もとりあえず、住む場所が土を固めただけの壁からレンガ造りに代わって万々歳だが、土の匂いに慣れてしまうと何だか寂しさを覚えた。

飽くまで自主的にだが、早朝はエクレシアの教会の掃除を手伝い、そのまま朝の祈りを共にするという日課が追加された。

時々フウセンの補佐をしているフウリンも一緒になることあり、彼とはよく話すようになった。


俺もなかなか敬虔な人間になったものである。



村の警備が仕事とはいえ、主任務は親衛隊の仕事である。

フウセン自ら、自分の仕事は玉座に座るだけ、と言っていただけあって、謁見されることに関して真面目だった。


そんな訳で午前と午後それぞれの、一般人がフウセンに謁見を許された時間には、俺は玉座の間に駆けつけなければならない。

この往復は結構堪える。早く配置換えしてほしいものだ。




そんな訳で今度、俺の巻き添えで親衛隊所属及び城内警備に配置換え予定になったうちの隊長に一声掛けて、城塞に戻った。



玉座の間にはいつも通りの面子が揃っていた。

フウセンは言うまでもなく、彼女を補佐するストッパーのフウリンとご意見番のラミアの婆さま。

親衛隊長のクラウンと、旦那の寄越した財務官に、俺が加わる。


今日はなぜか、難しい顔のエクレシアが立ち会っていた。

俺がそれを尋ねるより前に、最初の面会人がやってきたので口を噤んだ。



やって来たのは、身なりの良いトロールの男だった。

しかし、良いのは身なりだけで、地上の伝承に伝わっているように醜かった。


恐らく彼は体を鍛えていないのだろう。

知り合いのトロールの隊長は、不細工でも精悍ではあるのだから。


それほど魔族の見分けが付かない俺でも、その二人を間違えることはないだろう、と言えるくらいには違っていた。



「初めまして魔王様。お初に御目に掛かります。

わたくしは、ガランと申します。町で商人をしています。」

彼はそう名乗った。


「なぁ、フウリン。確か、ウチの庇護を受けたいって商人が今までも何人か来てたよな。

必要な物資の調達とかってクロムさんの一人とか、騎士さんが受け持ってくれてるやん。

なんでこいつをウチのところまで通す必要あるん?」

「ええ、しかし・・・彼は少々、用向きが違う商人でして・・・。」

そう言ったフウリンの表情は、かなり言い難そうに険しかった。



「はい、うちは少々褒められた商売をしているわけではないのでして・・・。」

「奴隷商ですよね。」

商人ラガンの言葉に被せるように、エクレシアが刺々しい口調でそう言い放った。


その言葉で、俺はすべてを理解した。

なんでこんなところにエクレシアが来ているのかを。



謁見は、予約制である。

色々な書類を申請したりして、それが通ったら何日の何時に会えるから来い、とこっちから通達が出る。


つまり、相手の素性は初めから書類上で、こちらは把握しているのだ。

そういう訳で、知ろうと思えば、特に危険人物では無いかと親衛隊のクラウンなんかは簡単に閲覧できる。




『お前がエクレシアの奴を呼んだのかよ?』

『まあ、一応、因縁だろうからね。』

クラウンは表情一つ変えずにそう念話を返してきた。


こいつの嫌がらせかと思ったが、すぐにそれは違うと分かった。



「おや、貴女は、あの時の・・・・。」

どうやら彼は、エクレシアを知っているようだった。


エクレシアの顔を奴隷商人と知る機会なんて、“あの時”しかないだろう。

俺は驚いた。



「まさか、あなたはあの時に・・・・ッ!?」

エクレシアも驚いたようだった。


「色々と人間を目にしてきましたが、貴女のような方は初めてでしたよ。」

そしてあの時に居合わせていたらしいこの商人ガランは、若干下卑た笑みでそう言った。


俺はエクレシアが頭に血が上るのが目に見えるかのようだった。



「エクレシア、王前だぞ。」

「わかって、います・・・。」

と言いつつ、俺が注意しなかったら彼女の指先が腰に行っていただろう。


この場では帯剣、つまり武器の所持を許されているのはクラウンと俺だけだ。

どの道エクレシアに彼を斬り捨てることはできないが、一応仕事として忠告しておいた。



「なんや、つまり、ウチに奴隷を売りつけに来たんか?」

「まあ、身も蓋も無い言い方をするならば。」

「まさか人間をウチに売りつけに来たのなら、いい度胸やって褒めてやるわ。」

そう言って笑ったフウセンは、どこか自虐的だった。



「御望みとあらば。しかし、昨今の飢饉などの貧困により、身売りする者も数知れず。

愛玩用の亜人から、労働力なら屈強な魔族を紹介いたします。」

「ふーん・・・なあ、婆さま。やっぱり魔族でも奴隷ってステータスなん?」

ガランの言葉を受けて、フウセンはラミアの婆さまに問うた。



「ええ。財力や支配力などを表すという意味では、大きな屋敷を持つ領主が何人も所有することもあると言いますねぇ。」

「ふーん・・・。」

フウセンは玉座の肘当てに頬杖を突いて、ガランを見定めるように見下ろした。



「ウチは奴隷の売り買いは有りやって思うんよ。昔からあるし、それがないと成り立たんって部分もあるのも分かる。

ウチが気に入らん言うて、奴隷商人を皆殺しにするのも簡単や。

しっかし、金は天下の回りモノ。回すモンがいなけりゃ、そりゃあ詰まるわな。」

「仰る通りで。特に鉱山での採掘などはそれを食い扶持にしているコボルト族だけでは手が回らず、されどその仕事を受けようとする者も少ない故に。

需要と供給を満たすためには、我々のような必要悪は致し方ないと存じます。」

商人ガランはフウセンに便乗するかのようにそう言った。



「んじゃ聞くけど、奴隷ってやっぱ、奴隷なん?」

「はぁ・・・意味は測りかねますが、奴隷は奴隷でしょう。」

「なるほどな。」

それを聞くと納得したようにフウセンは頷いた。


皆、フウセンが何を考えているか分かっていないような顔をしていた。

俺もだけれど。



「じゃあ、決めた。ウチんとこじゃ、奴隷にもそれなりの権利を与えることにしようか。」

「それはタダ同然で働かせたり、乱暴に扱うことを禁ずると言ったように、ですか?」

フウリンはいち早く彼女の意図を理解したようだ。


「そやね。ついでにそれを監視する役職も作ろうか。

どこの誰んところに誰が居てってのをこっち管理して、勝手に売り買いしたらそいつの首切るってことで。

他にも追加で税金払ってもらおうか。奴隷買うくらいの奴ならカネ余っとるやろ。」

「ちょ、ちょっと待ってください、魔王様!!」

そこで声を上げたのはガランだった。

彼も商人だ。今フウセンが言ったことが実現されたら、顧客が大幅に減るのは目に見えている。



「あんたんところ、ウチに会えるってことはそれなりに大きいところなん?」

「え? ええ、まあ・・・・おそらく第二層ではうち以上のところは無いとは思います。」

恐らくガランのいう事は本当だろう。


あの時、人間の奴隷を百人ばかり連れていた時に彼が居合わせていたのなら、その元締めか或いはそれに近い立場だろう。



「じゃあ、あんたをウチの御用商人にしたるわ。

ちょうど人材も足らなかったし、経理とかそういうの出来る頭良いやつ何人か見繕ってや。

これからも人手が足らんこともあるやろうから、また頼むかもしれへん。」

「そ、それはなにより。こちらとしても末永いお付き合いをしたいと思っておりまして・・・。」

ここでガランの頭のそろばんは、損失よりフウセンと言う大口顧客を得ることの方が利益は出ると算出したのが見えた気がした。


まあ、確かに奴隷なんて高価な商品を一人売るのでも大変だろうし、何人も一度に買ってくれるのは嬉しいだろうが。



ええか、とそこでフウセンは財務官に視線を向けた。



「はい、これから人材を雇う予定の人件費をこっちに回すのなら、相場で十人分くらいなら特に問題ないかと。」

いつもフウセンの無茶ぶりを受けてる財務官の人の頭の中でもそろばんが動いているのがもう見えるようになる気がした。


「それって安上がりなん?」

「ええ、まあ比較的には。」

「じゃあそれでいこか。そういう訳で、頼むわ。」

「はい、承りました。」

ガランは恭しくフウセンに頭を下げた。



「その代り、悪いけど、あんたには町にいる奴隷商人のリストを作ってもらうわ。それくらいの顔は効くやろ?

どうせ連中は帳簿つけてるんやろうから、そいつらに誰に誰を売ったかのリストと生死の確認をさせてまとめさせろや。

それが出来んのなら、もう商売させへんし、嘘偽りを書いたらそいつの首を落とすわ。

もし売った奴隷の中に死人が出ててもこれまでのはウチが許したる。

せやけど、これからはウチが法やって分からせてやるわ。」

そう言って、フウセンは不敵に笑った。



「ひとつだけ、よろしいでしょうか?」

ガランは一度だけエクレシアを見てから、フウセンにそう言った。



「ええよ。」

「そうなりますと、罪人から奴隷になった者はどうなりますかね?

特に、我々魔族の領域に侵入した人間の扱いはどのようにしても良いと、『マスターロード』が魔術師の支配者たる『盟主』と取り決めがなされているのですが。」

「・・・・・。」

俺はエクレシアが手をきつく握りしめたのを見た。



「そこは区別せんとあかんやろ。

しかし、『盟主』がそう言ったんか・・・。」

フウセンは難しそうな表情のまま、空いた手で髪の毛を弄り出した。


「罪の程度でどれだけ保証を得られるか、で分けるべきでしょう。

そこは扱いが難しいところですので、他の者たちと納得のいくまで相談をなされてから決めるべきではないでしょうか?」

「確かに、罪人の奴隷の扱いは今簡単に決めるのは軽率だとおもうねぇ。」

「ふーん・・・確かになぁ。」

フウリンとラミアの婆さまの助言を受けて、フウセンは頷いた。



「それについては協議して決めるわ。

ウチが納得するまでオーケーは出さんという事でええな。

そういう訳で、それに関しては追って通達するわ。」

「分かりました。リストに関しては、二週間もあれば陛下の意向を町中に伝えるのは十分でしょう。

それと、私から日頃お世話になっている、捉えた人間を競売に卸している役人殿・・・魔族領域の警備官の主任を成されている騎士殿に紹介状をお書きいたしましょう。」

「なんや、それ?」

「入国警備官みたいな役職ではないでしょうか?」

フウリンの的確なフォローに、ガランはええと頷いた。



「我々の領域に存在する人間の数の管理を為さっておいでです。

違法な人間の侵入者の拘束とそれに付随する犯罪の摘発を為さっておられ、今までの協定により捉えた人間は記録後、正式に奴隷市場の競売に卸してくださるので、わたくしもよくお世話になっているお方ですよ。」

「ふーん、婆さま、その人にも意見貰った方がええかな?」

「そうですねぇ、その筋の専門家なら、確かに相談に参加してもらった方が良いでしょうな。」

ラミアの婆さまがそう言うのを認めると、フウセンは頬杖を解いてガランに向き直った。



「そういう訳で、よろしく頼むわ。」

「いえいえ、先ほども申した通り、これからも末永いお付き合いをさせていただけるなら、わたくしはいかなる労力も惜しみませんとも。」

そんな欲の見え透いた大仰な態度で、ガランは頭を再び下げた。



「そやな、ウチはあんたみたいなのは嫌いやないで。」

逆にフウセンは何の感慨も無いと言った態度で応じた。

ここが普通の商談成立の光景なら、握手の一つでもするのだろうが。



「それでは後日、詳しい商談をいたしますので、それに関してはここの内容の日に。」

財務官の人が、先ほどからペンを走らせて羊皮紙に書いていた物をガランに差し出した。


「それでは、失礼いたします。」

そして、奴隷商ガランは退室していった。




「・・・・・。」

「こんな具合に決まったけど、エクレシアさんはそれでええか?」

「私は理想主義者ではないので、妥協すべきところは弁えているつもりです。

それがこの魔族たちの中で罪に値すると言うのなら、それは彼らの法で罰せられるのは当然だと思っています。

ですが、私が許せなかったのは、人を人とは思わない扱いをする人たちなのです。」

「人権問題か、ウチなんかよりずっと頭のええ人たちがいくら頭を捻っても解決しない問題やモンな。

じゃあ、奴隷の罪人に関する協議に参加してな。貴女の意見も聞きたいわ。」

「分かりました。貴女が魔王でよかったと思いますよ。」

エクレシアはフウセンにそう言うと一礼して、玉座の間から立ち去って行った。



「あれでよかったか?」

「なんで俺に聞くんですか?」

「いろいろあったんやって、そこのクラウン君から聞いたわ。

正直何か言ってきても、さっきの奴とウチとの取り決めには口出しはさせへんつもりけれど。国政に坊さんが入ってきて良いことなんてないからな。

それはこれからも同じや。彼女に相談はしても、それは意見の一つとして判断材料にするつもりや。」

「アイツは自分に厳しいやつです。

これでアイツ自身、自分の重荷が減るとは思うとは思えませんが、そいつを肩代わりするのは俺の仕事なんで。

でも、ありがとうございます。アイツが自分を許せる一つの理由になるかもしれません。」

俺はここが玉座の間という事もあるが、最近フウセンに対して敬語で話すことが多くなった気がした。


それは思いのほか、フウセンがちゃんと王サマをやっているからかもしれない。

俺は彼女を魔王として仰いで良かったのか、その結果が出るのはまだ先だろう。


だけど俺の頭は自分のことで今は手がいっぱいだった。

だから今は、俺の口から出ることがすべてだった。



「次の人、呼んでや。」

「分かりました。」

フウセンは扉の外を守る衛兵を呼びつけると、次の面会者を呼んだ。






・・・・

・・・・・

・・・・・・





それから二日後のことだった。

情報が錯綜し、混乱していた情勢が見えて来たということで、今後の対応を行う会議が行われていた。


円卓を囲うようにして向かい合うこの城の会議場には、君主のフウセンと、最近なんか彼女のフォローで宰相みたいな役割が定着してきたフウリン。

親衛隊隊長のクラウンとついでに俺は勿論。

ラミアの婆さまと、弟子のサイリス。ゴルゴガンの旦那は当然来て居る。

技術顧問なんて役職を貰ったせいで調子に乗ってすっかり重鎮気取りのクロムに、エクレシアまで来ていた。



「まずは各自で調査を行っていた部隊の報告を、整理しましょうか。」

クロムがホワイトボード前に陣取って、そう言った。


てかお前が進行するのかよ、と俺はクロムに突っ込みたかったが、考えてみればこいつより進行役が向いているメンツがここには居なかったことに絶望した。



「では初めに、現在判明している勢力の確認をしたいと思うわ。」

「それについては俺から説明しよう。」

まずは旦那が立ち上がって、報告書に目を落としながら報告を始めた。



「五つの断片の持ち主のうち、およそ四つまでは持ち主は断定された。」

「もうかい? 予想外に早かったね。もう少し潜伏する者もいるかと思っていたんだけれど。」

旦那の報告に、クラウンが訝しげにそう言った。


「結果的にそうなったとみられるな。

まずは目下最大勢力であるだろう、魔物の軍勢を率いる『精神』の断片を持つ獣。

そして次点の勢力を誇ると思われるのは、『叡智』の断片を持つ亜人だという事が判明した。」

「亜人? それは、弱そうだね。」

クラウンは鼻で笑ったが、旦那はそうでもないと首を振った。



「詳しいことは判明していないが、女性だという事は確証を得ている。

現在、第八層を統一し、その版図を第七層と第九層へと広げているようだ。」

「なんだって?」

それを聞いたラミアの婆さまが、顔を顰めた。



「確か、あの辺りは魔物の軍勢が進行を開始したって・・・。」

「その通りだ、『叡智』の断片の持ち主は、その力を持って魔物の軍勢を薙ぎ払い、瞬く間に制圧したとのことだ。」

サイリスが驚くのも無理もない話だった。


それは魔物の掃討作戦を行った時の魔物の軍勢を殲滅したに等しいのだから。



「やっぱり、侮れん相手やったようやな。」

それを聞いたフウセンが、ぽつりとつぶやいた。


「あの際限のない物量をどうやって・・?」

「それについては、『叡智』の持ち主が呼び出したと言う黄金の怪物が、まるで魔物の軍勢など埃を払うかのように一掃したという。」

質問したものの、旦那から得られた答えではエクレシアは全く訳が分からない様子だった。

俺も訳が分からない。


何だよ黄金の怪物って。

魔獣の親戚か?



「それが本当ならマズイかな。亜人って数が多いんだ。

それにあの辺の魔族って、人数だけは一丁前の奴らばかりだ。」

ここに来てようやくクラウンはその危険性を把握したらしい。


「俺が調査したところによると、第四層から第一層までの人口は、魔族全体の十五パーセント程度のようです。」

「魔物の軍勢を蹴散らせるだけでなく、あっちは物量もあるんか。

なんや、そっちの方が最有力候補やないか。」

フウリンの補足を受けて、詰まらなそうにフウセンはそう言い放った。


それが本当なら、たった一階層を支配しただけでもかなりの人員を確保しているに違いない。

確かに、フウセンの言う通り最有力候補にも思えるだろう。



「しかし、その数を運用するのは非常に難しいのです。

『精神』の持ち主の獣のように、そこに行けばそこの魔物を無条件で支配できる、と言った部隊の使い方を出来る以上、今の所そちらに軍配が上がる。」

だが旦那の戦術眼は冷静であった。

素人の俺たちには分からないところを的確に指摘した。


「連中が食糧問題をどう解決するのか見ものだね。」

「だが、それは我々も同じだ。勿論食物の生産は第十層から第六層が殆どだ。

連中が俺たちに食料を売ってくれると楽観しているわけではあるまいな?」

「その時は、“後ろ”を頼ればいいさ。中立なんだし、何のために食料まで徴税していると思っているのさ。」

「その場合、交渉はお前がやってもらうからな。」

旦那の言葉に、クラウンはチッと舌打ちした。



「あと、第八層には仙狐って厄介な女いるから、そいつの動向にも気を付けた方が良いねぇ。」

どうやらラミアの婆さまに知り合いがいるらしく、彼女は付け足すようにそう言った。


「現状、両者は各地で戦闘を繰り広げているようです。

両陣営が交戦状態にあるのはまず間違いないでしょうな。」

そこまで言って、旦那は資料のページを捲った。



「そして、三番目は我々という事になりますな。

現状、この階層にある二十六の部族のうち八つを除いた部族から服従の回答を得ています。

残りは様子見を貫いております。まあ、クロム殿の助言により先手を打って中央の町を抑え、情報規制を掛けた我々に屈服するのは時間の問題かと。」

旦那の報告に、そんなことをやってたのかよ、と俺は黙ってクロムに視線を向けた。



「私も独自に情報を収集したけれど、向こうの評判はかなり良いらしいわ。

情報規制は正解だったわね。こっちの兵員候補を向こうに取られるなんてあってはならないもの。」

そしてクロムは嫌らしく笑った。


「第一層は現在、中立状態にあるため、後ろを気にせずと言うのはかなり大きいでしょう。

戦線の無理な拡大は消耗を招きますので、第三層から一層ずつの武力を前提とした取り込みを想定しております。」

「少なくとも第四層までは取り込まなければ、戦略的に話にならないでしょうね。」

旦那とフウリンの言葉に、なるほどな、とフウセンは頷いた。



「ところで、今んところ、第四層までしか想定してないんか?

それ以降はどうなっとるん?」

「それなのですが、第五層からは少々問題が生じておりまして・・・。」

フウリンが顔を顰めて、フウセンにそう答えた。



「確定はなされていないのですが、恐らくそこに『肉体』の断片の持ち主が存在するかと思われています。」

「なんやって?」

旦那の言葉に、フウセンは眉を顰めた。



「実は、これまでの断片の持ち主とは毛色が違う、第四勢力と思われる存在がそこにいるのです。」

「第四勢力・・?」

「アンデットの軍勢です。」

「なるほど、私がここに呼ばれた理由はそれですか。」

軍事に関わるはずもない神官のエクレシアが呼ばれたのはそういう理由だったようだ。



「そんなッ、アンデットの軍勢って・・・。」

サイリスの悲鳴じみた声が会議室に響いた。

そう言えば、第五層にはサイリスが世話になった夢魔の集落があるんだったけ、と俺は思い出した。



「“原生”の吸血鬼はどうなってるんだい?

あの辺りの支配者じゃないか。それなのにアンデットが闊歩するのを許すなんて、どうなっているんだい?」

「そこまで現状で分かれば苦労しない。」

クラウンに対しては結構適当な態度の旦那が、なんか笑えた。



「なあ旦那、不明の勢力が『肉体』の保有者ってことは、消去法でそうなったんですよね?

じゃあ、『両眼』の断片の持ち主は誰なんです?」

「ああ、確かに。それはどうなっとるん?」

俺の疑問を聞いて、フウセンが質問を引き継いだ。



「それが・・・・。」

すると、旦那は非常に言い難そうな顔になった。


「実を言いますと、これはこの会議の直前に判明したことなのです。」

「・・・どういう事なん?」

「それが―――」

旦那が答えようとした時だった。





「――――ああもうッ、我慢できねー!!」

ドカン、と両開きの会議室のドアが急に開いた。



「無礼者ッ!! 今は魔王陛下が会議中だよ!!」

クラウンが立ち上がって怒鳴ったが、怒鳴った張本人が一番驚愕していた。



「何が無礼だって? だった俺様も魔王様だよ!!」

そう威勢のいい声で怒鳴り返したのは、新緑色のドレイクだった。


俺は即座に魔導書を呼び出した。




―――『検索』 248ページ




種族:リンドドレイク カテゴリー:獣人・竜種

性格:非常に好戦的  危険度:S+  有効性:皆無


特徴:

その名の通り、ドレイクの亜種である。飛竜種であるリンドブルムの地上にも対応できるよう進化をしたとも言われている派生種。

自力で空を飛ぶことはできないが、元々が飛竜種であることは変わりなく、生まれながらに飛竜種と心を通わせることができる。

それ故に、彼らは生まれながらにしてドラゴンライダーの能力を持っている。

遭遇する場合、ほぼ必ずと言って良いほど飛竜と共に行動している。


そして当然ながら強力な精霊魔術も健在で、人型になることにより更なる高度な思考が可能となり、その脅威度は通常のドレイクより上である。

性格はドレイク種よりマイルドだが、人間に敵対的なのは変わりない。

ドレイク種と同様の竜神を崇めており、更なる知能を得るために人間を生け贄にすることもあるという。

それ以外の特徴も、大よそドレイク種と似通っているが、彼らとリンドドレイクは長年どちらが始祖に近いかと争いになっている。


戦略に長けたドレイクに対し、リンドドレイクは戦術を得意とし、部隊長として指揮をすることもある。

そんわけでめったに前に出てこないが、非常に強いのは変わりないので、であったなら逃げるべし。





久々の検索機能に、準備は万端だ。

俺は魔剣を抜いて、立ち上がった。




「ちょ、会議が終わるまで待つと仰って・・・」

「ああもう、知るかそんなもん。俺はあんたの主人に会いに来たんだよ。そんなの待てるか!!」

旦那の制止を言葉だけで振り払うと、彼はフウセンを見据えた。


いや、見据えたという表現はおかしい。

彼には彼女を見据えることはできないのだ。


なぜなら、彼の両眼は魔力を秘めた帯で封じられるように頭に巻かれていて、見えない筈なのだから。



「ああ・・なるほど、あんたか。」

だが、彼にはフウセンが見えているようだった。


そして、彼女も何か通じ合うものが有ったのか、ゆっくりと立ち上がった。



「まあ、とりあえず、なんだ。いっちょ殺しあうか?」

リンドドレイクの青年が背負っていた長槍に手を掛けた時。



「馬鹿者がぁ!!」

後ろから現れたもう一人ほリンドドレイクに、殴り倒された。




「この痴れ者がッ、礼儀知らずがぁ!! なぜ少しも待てぬのだ!!」

「ぎゃ、やめ、爺さん、ごめッ・・・・」

そのままマウントポジションで何度も何度も殴りつけられる青年だったが、彼が何を言ってももう一人の方は拳を振り上げる手を緩めなかった。



「フリューゲン殿・・・もうそれくらいに・・。」

「ああ、済まない。取り乱したようだ。」

旦那に呼ばれて、フリューゲンと呼ばれた片目に傷を負ったリンドレイクは立ち上がった。

その佇まいから一目で只者ではないと理解してしまった。



「改めて謝罪しよう。身内が失礼した。

急に来ておいて無礼を働き、何と詫びればいいか分からぬが、とりあえず話を聞いて頂きたい。」

「・・・ええよ。この程度で追い出すほど、ウチの器はちっちゃぁないわ。」

「感謝いたします、人間の魔王。」

フリューゲンは深々を頭と下げた。


フウセンは俺の一瞥を受けて、武器をしまった。




「騎士さん、どういうことやねん?」

「あ、そのですね。ちょうど会議が始まる寸前に彼らが訪れてきて、謁見を求めてきたのです。

しかし今更会議を中断できるわけもなく・・・。すみません、真っ先に報告すべきことでしたに・・・。」

「ちゅうことは、待たせても平気だと思う相手やと思ったんやろ? 知り合いなんか?」

「学生時代、フリューゲン殿には教官をして頂いたことがあります。

正直申しますと、フリューゲン殿以外でなければ順序通り陛下に報告し、追い返していたと思います。」

「はん、“信頼できる敵”ってことかいな。」

フウセンは自分で言ったその可笑しな表現に笑った。



「彼の武名は魔族の間に轟いているからねぇ。恐らく、知名度は『マスターロード』に次ぐだろう。

確かに、そんな相手を無下に出来ん気持ちは分かるねぇ。」

ラミアの婆さまの反応を見て、漸くクラウンがこんなに驚いている理由を俺は理解した。


このリンドドレイクの爺さん、相当な有名人らしかった。



「そういう事なら気にせんでええわ。恩師は大切にせんとあかんよな。」

「ご恩情痛み入ります。」

「この程度で罰してたら、ウチはこの十日で五人は殺しとるわ。」

フウセンと旦那のやり取りを見て、フリューゲンは話の分かる御方のようだ、と笑っていた。



「気に入らねぇな。」

そこで、そんなことをぽつりと呟いた者がいた。


「どいつもこいつも爺さん爺さんと、こんな老いぼれより俺を見ろ。いでッ!?」

「まずは使者として儂が赴いて話を通す予定でしたが、この馬鹿者が勝手についてきてしまい、このような非礼を働く結果となってしまいました。

ずっと村の中で過ごしてきたので、見ての通りまだ垢抜けていないガキでして。」

立ち上がって喋りだした青年を、フリューゲンはぶん殴って黙らせた。



「まさかリンドレイクが断片の一人とは・・・。」

「おや?」

すると、フリューゲンはクラウンを見て何か驚いたようだった。



「息子が居られるとは聞いていたが、このような場所で出会うことになるとは、世の中分かりませぬな。」

「ふん、同胞の知名度で嫌になるのはお互い様か。」

クラウンがそうぼやくと、フリューゲンはくかかか、と笑った。



「そんで、何の用で来たんよ。まさか教え子と旧交を温めに来たってわけやないやろ?」

「ええ、勿論ですとも。おい。」

彼はフウセンに頷いて見せると、ぶすっとした表情で黙り込んだ青年の背中を押した。


見るからに両者の上下関係はハッキリしていたが、爺さんの方は青年を見守るように一歩引いた。



「まず名乗っておこう。俺の名は・・・ああ、そうだ、人間用の名前を作っとけって言われてたんだ。

そうだな、ケーニッヒドラッヘンとでも名乗って置こうか。」

何の捻りもないが、彼は自らを示すように名乗った。


竜王と。

人間だったら今時痛々しいが、彼は本物の竜の化身だった。



「もう分かってるだろうが、俺は『両眼』の断片の持ち主だ。

そんな訳で先日の祈願祭の一件より、正式に族長からその座を譲り受けることになった。

つまり、俺の意思はリンドドレイク族の総意であると思ってもらって構わねぇ。」

彼はそう前置きし、



「そんで、ここ何日か、これからどうするか色々と考えた訳だ。

一応族長ってのは種族のトップだが、所詮は部族会議のまとめ役や顔役をする損な役回りなんだが、俺は何と言っても魔王の断片を持って居る。

俺の独断と偏見で、強行採決だったが、これからの方針は決まった訳だ。」

「それで、さっきの殺し会おうって話につながるわけ?」

クラウンのあからさまな敵意を乗った刺々しい言葉に、彼はいいやと首を振った。



「俺たちはあんたらと同盟を結ぶことを求めることにした。」

「なんやて・・・?」

困惑した表情を浮かべたのは、フウセンだけではなかった。


「そこに至った経緯を説明願えないかねぇ?」

全員の困惑をラミアの婆さまが代表して訊いた。



「別に俺は魔王なんてものに興味はないんだ。魔王の最強の強さってもんには魅かれるが、そんなのは俺の力じゃねぇからな。

俺はこの俺と、俺の種族が最強であることを証明したいだけだ。

だから最終的に生き残った奴を倒すことにした。」

「そんで漁夫の利か? そんなん理由で同盟結びたい言うなら、そんな虫のいい話があるかいな。」

「それはちげぇよ。言ったろ、俺の種族の最強を証明したいと。

生憎、うちの種族はここの第二層の僻地に隔離されていてな、大勢の部下なんていないから戦争の一つもできねぇ。

だからどこかの誰かに同盟を結んで、俺たちの武名を轟かせようと思ったんだ。」

それを聞いて、フウセンは半眼になって両腕を組んだ。



「なんで、ウチらなんや? 他にも『叡智』とか同盟を持ちかける相手は居るやろ。

聞くと、『精神』の持ち主も話すくらいの頭はあるみたいやし。」

「まず、単純に近いからだ。俺たちのここの集落は第二層にあるからな。飛竜で飛ばせば半刻も掛からない。

もう一つの方は、単純に嫌なんだよ。自分より頭の悪い獣風情と戦うのは御免だからな。」

「ふーん・・・。」

その言葉を聞いて訝しむフウセンに、フウリンが彼女に耳打ちした。



「仮に同盟を結ぶとして、最終的には敵同士や。

あんさんらが裏切らない保証はどこにあるん?」

「は? なんでだよ。」

ドラッヘンは、まるでそう言われることを想定していなかったかのような顔をした。


「仮に同盟を結んだとして、ウチらが状況不利となったら簡単に敵に付かれたら困る言うてんのや。」

「おい爺さん、酷い侮辱を受けたぞ。

俺たちは負け戦になった途端に敵に寝返るような奴らに見えるらしい。」

「まあ若よ、当然の懸念でしょうな。」

ムッとした彼に対して、フリューゲンは苦笑を浮かべるだけだった。


それだけで場数の違いが目に見えていた。



「最強の我が一族が、まさか亜人や弱小魔族、魔物どもに後れを取るとでも? ふざけんなよ。」

そして経験が少ないのか、思考が単純なのか、ドラッヘンは怒りを露わにした。



「ぶっちゃけ、どんだけ強いん?」

「まあ、リンドドレイク族が最強の種族の一角であることは間違いないでしょう。

そこの彼と、フリューゲン殿も居られることから、部隊としても魔族屈指であると思われます。

少なくとも彼らを超える航空部隊の存在を、俺は知りませんな。」

「最強に嘘偽りは無いってことなんやね。」

フウセンにそう説明する旦那の話を聞いていたドラッヘンの機嫌がみるみる良くなっているのは、傍目からでもよく分かった。



「わかってるならそれでいいさ。だがなにぶん、俺たちは戦略行動が出来るだけの兵隊の数が全くいない。

せいぜいすぐ動かせるのは竜騎士が百騎ぐらいか?」

「何が戦略行動ができないだ。」

クラウンがそれを聞いて吐き捨てるようにそう言った。


それはつまり、即座に生きた爆撃機が百組動かせるってことである。

ハッキリ言うと、今の俺たちじゃ軽く全滅できる。


名将のいる最強の航空部隊と言うだけあって、相手は完全に制空権を手にできるだろうし、多分成す術もないだろう。


武力をチラつかせて交渉を迫ってくるあたり、彼は単純なだけではないのだろう。



「俺たちは、別に誰に味方したっていいんだよ。だって俺たちが付いた方が勝つんだからな。

そして最終的に、断片の持つ主が二人になった時、決闘で魔王を決める。

勿論、同盟を組む以上は俺たちも最前線で戦おう。俺たちは何かの目的があって戦うんじゃねぇ、戦う事こそが目的なんだよ。」

そう言って、ドラッヘンは酷く好戦的な笑みを浮かべた。


俺はその強烈な笑顔に、ジャンキーをどことなく連想した。

多分、こいつは生粋の戦闘狂だ。間違いない。



「あんたらの種族は、それでええんか?

戦って、戦って、戦って、戦い抜いて、何の得があるん?」

「人間のあんたには分からんだろうが、魔族なんだよ、俺たちは。

強さを証明することこそが美徳!! 勝利を得ることこそが快楽!!

・・・・最強じゃない俺たちに価値なんざ無いんだよ。

なあ、そこの爺さんに以前『マスターロード』は何て言ったと思う?」

ドラッヘンは両腕を広げた。

まるで、怒りを示すかのように。




「お前が居なくなったら、リンドドレイク族は終わりだ、ってな!!」

「うわぁ、言いそう・・・。」

ドラッヘンの言葉に、クラウンはどこか呆れたように呟いたのを俺は聞いた。



「ふざけんじゃねえ!! 爺さんがいなけりゃ、俺たちは全員十派一絡げの雑魚みたいな扱いをしやがって!!

違う、違うんだよぉ、これからは俺たちの、俺の時代だ!!

どいつもこいつも昔の栄光に目をくらませやがって。いけすかねぇったらありゃしねぇ。」

「若、いい加減落ち着かんか。」

「爺さん、あんたは悔しくねぇのかよ!!

自分の育てた部下たちが、眼中にも無いんだぜ!! そんなの許していいのかよぉ!!」

「ここで怒鳴り散らすことではあるまい。」

そう彼を宥めるフリューゲンだったが、その口元は嬉しそうだった。



「そういう訳で、我々は貴殿らと同盟を組みたい。

地理的にも別の階層の勢力と組むのは難しい。貴殿らも我々とすぐに敵対関係を築くのは得策ではないでしょう?」

「まあ、確かに。ウチは構わへんけど。

むしろ、組みたいと思うけど、特に最強って響きが気に入ったわ。皆はどうなん?」

「では採決を取りましょうか。」

フウセンの意を汲んで、フウリンがそう言った。



「賛成は、挙手してください。」

そして手を挙げたのは、ほぼ全員だった。


唯一手を挙げていなかったクラウンも、仕方ないか、と呟いて賛成の意を示した。

確かに、ここで敵対してもデメリットしかない。


そして、恐らく想定する限りのそれを被っても、魔族最強の空戦部隊と誰もが認めている名将が同じ陣営になるというのは非常に心強い。

空が安全かどうかは、今後の戦略を左右する非常に難しい問題なのだ。


それに、魔族には対空戦闘と言う概念が殆どない。

彼らは空中からほぼ一方的な攻撃が可能なのだ。


こちらの戦力が整っていないのも考慮すれば、俺は同盟を結ぶしかないと思った。

例え、本当に彼らが百騎だけしか戦力が無くても、だ。


今ここで潰す、と言う選択肢も無くはないが、それによって被るだろう多大な犠牲は今の時点で考えたくはないだろう。



「満場一致とでましたが、どうなさいますか?」

聞くまでもない事だが、飽くまで決定権はフウセンにあるため、フウリンは事務的に彼女に問うた。


「じゃあ、同盟を結ぶってことで。」

「・・・・良い選択をしたよ、あんたら。」

ドラッヘンは、ニヤリと笑った。



「実は、先日の魔物の大群の所為でうちの蓄えが全滅しちまったんだな。

同盟相手殿、少しばかり都合してくれると嬉しいんだが・・・。」

「馬鹿ッ、そういうのは同盟の調印をしてから言え!!」

直後、後ろからドラッヘンがフリューゲンに殴られた。



「いってぇな・・・もうこっちは弱み見せてんだ、もう少くらい弱みがあったって構わねぇだろ。俺たちが最強なのは変わらないし。」

「それとこれとは話が別だ・・・。」

お目付け役らしいフリューゲンも、ドラッヘンの豪気さにたじたじである。


本当に細かいことはどうでもいいのだろう。



「ええって、ええって、ウチはあんたみたいなの嫌いやない。

少しくらいなら融通してやればええやん。どっちにしろ、ウチの縄張りやし、放っておくわけにもいかんやろ。」

「流石に体面上、同盟の調印を行うとは言え、ただで食料を融通するのは・・・。」

フウセンがそう言っても、旦那は渋い表情だった。


確かに、同盟相手とはいえ、慈善活動ではないのだから簡単に食料は上げられない。

それにねだれば簡単に貰えるなんて思われては、いけないのだ。


食料で困っている奴は、餓え死んで腐るほどいるのだから。



「俺たちの食い扶持を握ってるのはあんたらってことにしていい。

俺たちは食いモンが危ないからあんたらに同盟を持ちかけ、戦力を提供する。

間違っちゃいねぇし、変に取り繕ってもしかたねぇだろ。

必要なら、人質として俺がここで一人残っも良いぜ。」

そう言って、ドラッヘンは不敵に笑った。


一体彼が、そこまでできる自信とはなんなのだろうか。


若く勢いだけに見えても、彼は案外人の上に立つ素質があるのかもしれない。



「若ッ!! 流石にそれは成りませぬ!!」

「爺さんは黙ってろよ。さあ、どうするんだ。俺は体面なんざ知らねぇぜ。

正直、同盟する相手を決める時、あんたともう一方がどっちも女だって聞いて落胆したもんだ。

だが男が女に対してここまでするって言ってんだ。

今更顔を立てろなんて言わねぇが、聞いちゃくれねか?」

ドラッヘンはそう言って、顔を上げたまま跪いた。



「・・・生憎と、ウチは男女平等ってところで暮らしてたんや。そう言われてもピンとこんわ。

だけどまあ、もうええやろ。ごちゃごちゃとした細かいことは。

ウチとそっちの頭がそう言っんやから、面倒でいやなるわ。

ウチがオーケー言うたらオーケーなんや。それでええやん、体面とかみみっちいわ。」

性格からして大雑把なフウセンは貧乏ゆすりまで始めた。

彼女はそういう細かいことで何もかもが決まらなくなるのが嫌なのだろう。


「そう言いなさるな、陛下。

ゴルゴガンは貴女を安く見られないよう気を使っただけなんですからねぇ。」

そこはラミアの婆さまがフォローした。



「感謝する、人間。」

「ああ、そういや流れ的に名乗れんかったな。

ウチはフウセンって言うんや。本名やないが、ウチも魔術師の端くれなんでな。」

「そうか、フウセン。では、これから共に戦おう。」

二人がそう言うと、すぐに調印の準備が始められた。


「では、調印が済み次第、今後の対応についての会議を続けましょう。」

妙に静かだと思ったら、クロムが空気を読んで黙っていたからのようだ。



「ゴルゴガン殿。急な申し出と非礼の上でこのような形になってしまったが、うちの若君の話を聞こうとしてくれてありがとう。」

「いえ、こちらとしてもフリューゲン殿と轡を並べて戦えるとは光栄の至りです。」

その最中、旦那とフリューゲンが握手をしていた。



「それにしても、ドラゴンライダーの部隊ねぇ。

維持コストとか調練が面倒な騎兵隊と比べて、かなりの実現が難しい兵種を百騎も!!

ワイバーン同士のドッグファイトとかロマンだわぁ・・・。」

クロムが妙に静かだったのはそんなことを考えていたからのようだった。


ただ、それがロマンなのは大いに賛成するところだ。



「僕は信用できないんだけどねぇ・・・。」

「私は信用してもいいと思いますけれど。

クラウンさん、貴方は一人の戦士として彼から何も感じなかったのですか?」

疑り深いクラウンに、エクレシアも冗談っぽく笑みを浮かべながらそう言った。


字だけ見ればかなり辛辣なことを言っているが、エクレシアって案外キツイ事平気で言うからなぁ。



「俺は感じたぞ、ありゃあ生粋の戦闘狂だ。

正直、いろんな意味で敵に回したくはないな。」

俺は横目で調印の準備を進めているフウセンやドラッヘン達を眺めながらそう言った。


「いやね、連中を僻地に追いやったの僕の種族なんだよ。

もしアイツが魔王になったとするじゃない? そうなったら僕らの一族皆殺しにされるかもだし。」

「クラウン・・・。」

何だか、それを聞いて俺は脱力した。


傍若無人なクラウンでも、そう言う弱気なところもあるのが何だか可笑しかった。



「そんなことはせんよ、ご子息殿。」

「うげッ・・。」

そしてそれはフリューゲンに丸聞こえだった。そりゃこの会議室あんまり広くないし。



「こうして挨拶をするのは初めてになるな。相変わらずそちらの父上殿はご健勝か?」

「英雄殿、あんたより長生きしてるんだよ。あの男は。どうして健康じゃないって思えるのさ。

それに、あんた毎年会ってるじゃないか。僕は勘当されてこんな僻地に隠れ住んでるっていうのに。」

「おやおや・・・そうなのであるか。

彼はそんなこと一言も言っていなかったのだが。」

なぜかフリューゲンに十年来の知己のように気安く話しかけられているクラウンは、ものすごく居心地が悪そうだった。



「クラウンの親父さんって、そんなに有名なのか?」

「有名も何も、『マスターロード』の事ですよ。」

「えッ!?」

初耳だった。と言うかエクレシア、お前知ってたのかよ。


「私も最近初めて知ったのですが・・・。」

と、エクレシアも複雑そうな表情を隠しきれていなかった。


何だか俺たちってよくよくこう言った妙な因縁で繫がってたりするよな。



「フリューゲンさんって、『マスターロード』の友人なのか?」

「いいや、今でも殺し殺そうという仲だな。今のところ儂が勝ち越しているが。」

クラウンじゃなくてフリューゲンが答えた。


「化け物かよ・・・。」

つくづくこの人を敵に回さずに済んでよかった気がする。




「なあなあ、ところで俺たちは戦うことに異存はない。むしろそれを売りに来たわけだが。」

ふと、その時、ドラッヘンがこんなことを言い出してきた。


もう既に調印は始まっており、フウセンはサインをして、ドラッヘンが書状にサインを書いている最中だった。



「しかし、俺たちはあんた達に従う訳じゃない。飽くまで対等な軍事同盟だからな。

だが、こういうのって指揮系統はなるべくまとめておくべきだろ?

俺たちも進んで使い潰されるのを望んでるわけじゃない。」

「確かにその通りですが・・・。」

なんだか嫌な予感を感じたのだろう、フウリンがしかめっ面で頷いた。



「別にそっちが主導でも構わねぇんだけどさ、俺たちは魔族だ。弱いやつには従えない。

あんた等が弱いと思っちゃいないが、それでもこればっかりはしっかりと決めなきゃならねぇ。」

彼はサインを書き終えると、それをフウリンに渡しながら言葉を続受ける。



―――俺たちが今日、ドラッヘンについて知ったことは一つ。



「とりあえず、今はどっちが上か模擬戦でキメねぇか?」

ドラッヘンは本当に、本当に楽しそうにそう言った。




―――こいつは俺達の想像以上の戦闘狂だという事だった。





私情により、ブログが閉鎖することと相成りました。

それに伴い、ユーザー情報からそちらへのリンクを切りましたの。


これからは活動報告で質問を受け付けますので、些細な質問でも気軽にどうぞ。


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