第五十六話 幕間 価値のあるモノ 後編
意外にも思われるかもしれないが、魔族にも教育機関と言うものが存在する。
最下層である第一層、そこに都市一つ分の区画を丸ごと使った大型の学園がそれだ。
第一層には、他にも代表的なものに魔王の宮殿。
そして主要な施設が全て揃っている、最も大きな魔族の集落である城下町がある。
この第一層の特徴は、普通なら各階層の中心に設置されている昇降魔方陣のポータルが最北の“壁”の付近に設置されていることだ。
魔族たちはこの壁を背にして都市を建造している。
都市と言うが、その周囲は魔族にも手に負えない幻獣、魔獣や魔物だらけで、連中から都市を守るために要塞のようになっている。
主にドレイクの聖地である巨大な火山、広い樹海、この場所の外が海面に接している為か海まである。
人間の領域までみても、ここまで多彩な地形を持っている場所は、他には無いほどだ。
この第一層は、そんな訳でこういった人口の施設と魔獣の住む人外魔境がくっきりと分かれている。
その性質から特定の種族が固まって集落を構えているということが無いのだ。
だがその代り、多くの強力な魔族が集い、そこで暮らしている。
ある者は学問を学び自身や種族全体の暮らしを良くする為に、ある者は力を磨くためにそこに集った者たちや町の外にいる魔獣などと戦う為に。
そしてある者は、そこにある教育機関の創設者である『マスターロード』から、騎士位を頂く為に。
さまざまな理由で、さまざまな目的で、そこに集う。
ミーシャも、その一人だった。
ラビの事件から五年が経ち、親元から離れて第一層の城下町の空き家を買い取って住むことになった。
なんでも曰く付きだったらしく、強制的に亡霊が住んでいたので退去して貰って格安で譲り受けたのだ。
そうでなかったら、毎日のように増え続け路上に寝るような者の居る城下町の住人たちから、新参の彼女が住まいを獲得出来るはずもない。
「いやー、ミーシャ殿さまさまであるな。」
「うん、あたし達も道で寝てる人たちみたいになりたくないもんね。」
そして例によって、いつもつるんでいる二人も一緒に付いてきていて、同じ屋根の下で住むことになった。
その理由は女の友情とか寒い話ではなく、単純にモモやクーも学問を学びに来たからだ。
モモは母が学んだというこの地で、一族の為に。
クーもあの一件以来、隠居することになった仙狐さまの後を継ぐために。
それぞれの理由で、己を高めに来た。
そして彼女、ミーシャも魔族唯一の教育機関・通称“学園”(長ったらしい正式名称がある)に通うことでしか得られない、“騎士位”を手にする為に。
彼女たちも、この第一層に集っていた。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
“学園”と言うからには、聞くからに堅苦しいところに思えるが、案外そうではない。
入学料と授業料さえ払えば、面倒な手続きだけでゴブリンにでも年齢不問で“学園”の門戸は開かれる。
そして、授業の形式は単位制の大学を想像してもらえれば十分だ。
講義ごとに講師が毎週同じ曜日の同じ時間に授業を行う時間割があって、最終的に試験に合格すれば履修した証に単位が貰える。
だが魔族らしさが出るのはここからで、ここの学園は基本的に卒業に必要な単位数が存在しない。
必修科目も存在しない。と言うか、そもそも卒業と言う概念が無い。
望むならいつまででも在学して良いし、学びたい授業だけを受けて履修した証である単位を取ったらその日の内に帰郷してもいい。
ただし、学ぶ気が無いものは問答無用で叩き出される。
履修できる科目も多彩で、数学、言語学、歴史学、政治哲学、地理学、商学、弓術、剣術、戦術、薬学、黒魔術、精霊魔術、戦闘演習、等など。
むしろ肥大化していると言っていいほど科目がある。
だから、学び舎の敷地が都市一つ分の広さになったのだ。そして科目によっては普通に城下町の外で魔物と殺し合いもする。
より深く学びたいのなら講師に弟子入りしてもいいし、城下町にある専門の研究機関などに就きたいのなら必要そうな科目を履修してそこの採用試験に臨んでもいい。
そんな風に馬鹿みたいに自由度が高いのである。
“騎士位”も、『マスターロード』が示す多くの科目を履修した上で試験があり、それに合格した後、候補者たちで模擬戦を行い勝ち上がった者たちだけがその栄誉を受け取れる。
馬鹿にも勤まらないし、弱者にも務まらない。
頭がよくなければ失敗するし、弱ければ部下は従わない。
数ある採用試験の中で、最難関であるのは言うまでもない。
「それでは、各々方。各自の目的を改めて意思表明してみては如何かな。」
「あ、いいね、それ。」
「うん、いいと思う。」
クーの提案に、モモもミーシャも頷いた。
「では、言い出しっぺから。
自分は村を纏める者の一人になって、御婆さまのように立派になりたい。」
クーはシンプルにそう言った。
当たり障りのないように聞こえて、仙狐さまの姿を近くで見てきた彼女は言葉にできない重みがあるのだ。
「次はあたしだね。
あたしは一族のみんなをもう一度一つにして、いつかあたしに娘ができたときに、誇れるような戦士になりたい。」
モモはいまでも、母親の背中を見ているのだろう。
彼女が居なくなってから、纏まりがなくなった一族を救うために。
「最後は私ね。
私は騎士になる。騎士になって、あの村一帯の領主になって、みんなが平穏無事に過ごせる場所にしてみせる。」
最後にミーシャは決意を示す。
彼女は来年、姉になる。新しく家族ができるのだ。
キャットピープルも多産な方だから、妹は二人かもしれないし、三人かもしれない。
彼女らが豊かに暮らせる場所を、彼女は作りたかった。
三人は新たなる新天地でそれぞれの道を進む。
いずれ、同じ場所へ交わると信じて。共に歩むのだ。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
いざ始まった学生生活だったが、ミーシャは特に座学に関してはまず無敵だった。
前世では彼女は人間の文明を吸い尽くし、得た知識を今でもすべて一字一句正確に記憶している。
本来なら、今の彼女の肉体では記憶するには不可能な量の情報だ。
それを、知識として知っているだけでなく、完璧に理解しているのだ。
勉学など彼女にとって、ただ聞くだけの作業だった。
だが、得る物も多かった。
時代も場所も変われば、得られる知識も変わるもので、見向きもされなかった分野が脚光を浴びていたりもする。
ただ、実技系の分野に関しては、非常に困難を極めた。
外にいる魔物は、彼女が普段見たことのある物と、比べ物にならないほど強かったのだ。
年に一度見れば多い方である魔獣も、毎日のように見かけることもある。それで一度、モモと一緒に死に掛けた。
学生同士の戦闘訓練を行う科目では、対戦相手に鼻で笑われてカモにされるほどであった。
結局彼女は、一年目は実戦を伴う科目は捨てることにした。
騎士位を得る為の試験を受けるには、幾つか実戦系の科目を取らねばならないが、実はそれよりずっと座学の方が多いのだ。
やはり指揮官や公務員としての役割が大きいらしく、実力はそれに説得力を持たせるために必要なのだろう。
だから最初はそれに専念することにした。
と言っても、先述の通りそれはつつがなく進んだ。
彼女は大学によくいる目立たない生徒として勉学に励んでいたが、どの座学でもトップクラスの成績を残した。
騎士位の試験に必要な科目を、普通なら五年は掛けるべき座学の殆どを、一年で彼女は終わらせた。
その反面、訓練を積み上げながらも、自分の実力に彼女は限界を感じ始めていた。
自身の肉体の能力の低さは、どうあっても埋めるのが難しかった。
だから、二年目は魔術関連の座学を受けることにしてみた。
自分の取り柄と言えば、前世由来のろくに扱えもしない魔術ぐらいなので、それを伸ばしてみた方がやはり効率もいいし、そちらを受けることにした。
魔術基礎理論の科目は一年目に受けていたので、呪術の原理、精霊魔術、黒魔術の基本、等々の人気のあるものを受けてみることにしたのだ。
その中でも、印象に残ったのが精霊魔術の授業だった。
「ええと、この場所であっているわよね・・。」
一年居ても慣れない広さを持つ“学園”をさまよって、目的の教室へ彼女はたどり着いた。
校舎は何十もあって、校舎ごとに時間割が違うからどんな授業があるか把握するだけでもひと苦労する。
そこは教室と言うより講堂だが、そこに収まりきらないほどの魔族がそこに集結していた。やはり妖精種の魔族が多い。
机の空きが無く、立って聞こうとしている者もいる。
人気の精霊魔術の授業だからそれも当然だ。
魔族が魔術を使う場合、殆どがこの精霊魔術。それ以外は黒魔術関係ばかりだ。
人気のある科目だから複数の講師が時間割で場所を取っているが、それでもこの数だった。
前世ならともかく、今生の彼女には精霊を観測することはできない。
それでもこの科目を受けたのは、まず基礎的な精霊魔術の知識を教える科目だからだ。
そして実践を行う精霊魔術演習の科目を取るには、この座学を履修しなければならない。
基礎がダメなら実技はやらせないのがここの基本だ。
それに、知識として知っていることは悪いことではない。それだけ対策がしやすくなると言うのもある。
彼女の知識にも、精霊魔術に関する事柄はそこまで多くないというのもある。
彼女の前世の時代は、どちらかと言うと現代の地上のように実利優先で、不安定な精霊魔術は好まれていなかった。
「変な因縁つけられるのも嫌だし、立ったまま聞くか・・・。」
机を独占して座っているのは、ドレイクを初めとした強力な精霊魔術を扱う種族ばかりだ。
その周囲に取り巻きを侍らせて、今から支配者気取りである。
取り巻きの方も、この“学園”にコネを作りに来たような連中なのだろう、と彼女は思った。
それは悪いことではないのだろうが、これ見よがしに見せつける物ではないだろう。
しばらく待っていると、この“学園”で講師だと証明するローブを纏った者が入ってきて教壇へとやってきた。
「皆さん、御機嫌よう。私はこの精霊魔術に関する基礎的な事柄を教えているアーグニヤです。」
と、教壇の前に立って行ったのは、妖精種のキキーモラだった。
鳥のようにとんがった口先を持つ狼の顔に、長く鋭い指先を持つ、下位魔族。
基本的に温厚で働き者であるらしいのだが、果たして講師に向いているかどうかは怪しい。
上級魔族が当たり前のように通うこの“学園”は、まず講師は教え子たちに舐められてはいけない。
特に、精霊魔術なんて親から習ってるわ、単位が欲しいから仕方なく聞きに来てやってんだぞ、みたいは顔をした連中ばかりのこの授業では、真面目な講師でも弱い魔族は不味かった。
実際に、彼女の姿を見て鼻で笑った生徒が何十人いたことやら。
早くもこの先の不安を感じ取った者も居始めて、ミーシャもその一人だった。
しかし、
「なのですが、実は今季は優秀な生徒さんが多いということで、学長である『マスターロード』の意向により、初回である今回は特別講師を学長自身の要請で招いて居られるのです。」
と、講師アーグニヤはにっこりと笑ってそう言った。
その彼女の言葉に、教室は少なくない人数がざわめき始めた。
恐らく、魔族で最も精霊魔術に長けているだろう『マスターロード』が直々に招致したという人物がどのような者なのか、気になるのだろう。
「皆さん、御静かに。・・・それではどうぞ、お入りください。」
講師アーグニヤがそう言うと、教壇の脇にある入口から、一人の人影が現れた。
「えッ。」
驚いたのはミーシャだけではない。
それはなんと、人間であった。
仮面を付け、怪しさ全開なローブを纏った男だ。
フードを目深に被り、仮面のせいで年齢は分からない。
「ふざけるなッ!! 族長は何を考えている!!」
その時、突如机に座っていたドレイクが立ち上がって怒鳴り声をあげた。
彼を制止しようとした講師アーグニヤだったが、特別講師らしいその人間の男が手で制した。
「確かに彼奴は何を考えているのか分かりにくい輩だな。
それで、私に教わるのは何が不満なのかね、竜人君?」
男は貫録を感じる口調で、ゆったりと問うた。
「人間ごときに教わることなど何一つない!!」
「これは驚いた。何年生きているかは知らないが、人間を相手にして得る物が何一つないとは。それは成長ができないと言うことと同義だが、どうかね?」
「ぬかせ!!」
ここが教室でなければ、今にもドレイクは彼を殺しに行きそうなほど殺気立っていた。
「よしでは私が許可しよう。私に貴様の渾身の一撃をくれてみろ。もちろん精霊魔術でな。まさか、出来ぬというわけはあるまいよな? 精霊そのものである竜の血を引く存在が。」
そして、特別講師の男はそうまで言って、ドレイクを挑発した。
「構わぬな?」
「え、ええ・・・貴方様がそう仰るのなら。」
彼に話しかけられて、講師アーグニヤは恐縮した様子で一歩下がった。
「喰らえ人間ッ!!!」
その次の瞬間、瞬間的に凄まじい熱量がドレイクの前に凝縮され、真っ赤に輝いた。
直径二メートルはある特大の火炎弾だった。
そのバカげた熱量は、着弾すればこの広い教室ぐらい焼き尽くすだろうことは容易に見て取れた。
火元など無いこの教室で、これほどの精霊魔術の行使は非常に難しいというのに、このドレイクはそれを一瞬で成したのだ。
悲鳴を上げる者も何人かいたし、即座に逃げ出そうとした者も居た。
だが、それが高速で飛来し、特別講師の男に直撃するかと思われた瞬間に。
「ふん。」
音もなく、彼我の距離が半分にも至る前に火炎弾は消失した。
まるで何事もなかったかのように。
その結果を、特別講師は鼻で笑った。
「なんだ今のは。子供の泥団子の方が出来はいいぞ。」
特別講師の男は嘲るように笑った。
「くッ・・・・。」
「力量の差を分かったなら座れ、小僧。貴様の族長はしっかりと敗北を認められる男だったぞ。」
ドレイクは屈辱にまみれた表情をしていたが、やがてゆっくりと着席した。
「精霊魔術とは、最古の魔術体系であるが故に奥が深い。
人間ならば、生まれながらの才能が無ければまず扱うことすら難しい、非常に極めるのが困難な魔術と言えるだろう。
まあ、これは魔族の諸君には関係のない話だったな。」
特別講師は、前置きにそう口にした。
「精霊とは即ち、この世界に存在する自然意思の総称だ。
一概にどれこれが精霊だと断定するのは難しい。それ故に、精霊魔術は地上の世界中に様々な系統として派生し、分布している。
だから、才能だけで力任せに彼らに従わせているだけでは、その本来の力を発揮できない。
今もドレイクの彼の制御によって縛られていた精霊を、私は解き放っただけだ。そしたら勝手に術が自壊した。それだけのことだ。
今のを精霊たちの意思に同調させ、彼らの協力を仰げれば、それだけで威力は何倍にもなっただろう。
まず忘れてはいけないのは、彼らは隣人だということ。そして、常に隣に存在する彼らを敬うことだ。道具扱いなどは、もっての外だ。」
それから、時間いっぱいまで彼の講義は続いた。
その場の誰もが彼に呑まれていて、終わりまで一言も言葉を発する者はいなかった。
講義が終わると、学生たちは教室から次々と出ていく。
ミーシャも久々に充実したひと時を過ごせた気がした。
「それにしても何者なんだろうかあの人間・・・。」
「学長の友人みたいだったけど、どうなんだろ・・・。」
「でもあれだろ、ドレイクって人間を目の敵にしてるのに、いったいどうやって友人になれるんだよ。」
「そんなの知るかよ。」
と、周囲では魔族たちそんなことを口々に言いながら立ち去っていく。
彼女も帰ろうと、出口に殺到する学生たちの流れのタイミングを見計らっていた。
すると、その時、彼女は視線を感じた。
その方を見てみると、あの特別講師の男が彼女を見ていたのだ。
なんだと思ったが、彼はすぐに質問の為に詰め寄ってきた学生たちの相手をするために彼らに目を向けた。
「まさか、気のせいか・・・?」
ミーシャは、彼はそう呟いたのを読み取ったが、何の事だか分からなかった。
ちなみに、特別講師の正体は言うまでもないだろう。
地上には現存しない希少植物の苗木と交換に『マスターロード』が彼に講義を依頼したという背景があったのだが、彼女がそれを知る機会はついぞやって来なかった。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
「これでよし・・・完成した。」
二年目も終わり、つつがなく単位を積み重ねていったミーシャは年始の大型連休の間、自室に籠っていた。
モモもクーも先に帰郷してすでに半月も経ち、早く帰ってくるように手紙まで送ってくるほどだ。
しかし、それを押してでも彼女はやらねばならないことをしていた。
彼女は今年、さまざまな魔術の原理を学んできた。
座学程度だったが、彼女の頭脳はそれでも十分だった。
彼女の部屋には物々しい上に怪しげな物品が無数に転がっており、それらを使って自分の理論の成果を実現させていた。
学生の部屋と言うより魔術師の工房と言った器具や書物も棚に並べられており、それらは休みの間に取り揃えたものだった。
彼女が作ったのは、柄が異様に長い短剣だった。
勿論、ただの短剣ではない。
彼女は常々、自分の能力や肉体のスペックの低さに悩まされていた。
しかし、これはそれを超越するための触媒だ。
刀身より長い柄は、首つまりグリップエンドが宝玉に置換されている。
柄の中身は空洞であり、その中にはびっしりと何十と言う数々の種類の宝石が詰め込まれている。
この宝石は、彼女の魔術行使の際の負担を肩代わりする為のものだ。
彼女の貧弱な肉体では、前世が扱ってきたような強大な魔術は扱えないので、その負荷を柄から内部の宝石へ流入させるのだ。
魔術一回ごとに内部の宝石が一つ破壊されるだろうが、そもそも彼女は宝石なんて腐るほど“所有”している。
だが、もう一つ問題点がある。
それは彼女の魔術の才能だ。
幾らある程度魔術を扱えるとは言え、それも弱い魔族では限界がある。
どんなに効率的で良い術式を作れても、彼女はそれを動かせないのだ。
だったら、動かせる奴にやらせればいい。
彼女は悪魔が封じられているという宝玉を使い、こちらの命令で機械のように魔術を使わせることを思いついたのだ。
その為の構造は、彼女以上に知っている存在はいないだろう。
そしてこの休みの殆どは、その悪魔の調伏と浄化に費やしたと言っていい。
何日にも及んだ儀式により、何とか悪魔の自意識を消失させ、使い魔に仕立て上げることに成功した。
悪魔の封じられている宝玉なのだからさぞ凄い者が封じられているのかと思いきや、ただの下級悪魔だったが。
それでも本物の悪魔の魂なので、現世の敵が相手なら十分すぎるだろう。
そして、肝心の燃料、魔力だ。
彼女の魔力の保有量はそれなりだが、それだけである。
これは簡単に解決した。と言うか、この分野は十八番だった。
刀身に得意の略奪魔術“星喰い”の限定版である術式を刻み込み、空気中の魔力を吸収して宝石に充填させ続ける機構を作ったのだ。
持てる技術と理論、知識と道具を使い完成させた、マジックアイテムだった。
「これで、前世の千分の一くらいにはなれるかな。」
ちなみにこれが完成しなかったら十万分の一くらいのままだった。
これは大きな進歩である。
「試しに、使ってみないとダメよね。」
刀身が淡く瑠璃色に輝いて魔力を吸収しているのを眺めがら、彼女は呟いた。
「充填完了までだいたい十二時間、予備の宝石も一応用意しておくとして、実験は明後日になるかな。」
彼女は疲れも溜まっていたので、その日は眠ることにした。
そして後日、彼女は魔獣を二十体ほど皆殺しにした。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
学生生活も三年目に突入した。
それからの彼女は、まさに無双・・・と言うわけでもなかった。
と言うか、彼女は極力敵を作らないように賢く立ち回った。
彼女の作った魔剣杖(仮名)は万能ではない。
特に出力重視で、連射ができないという最大の欠点がある。
幸い、実戦系の科目の多くは集団戦などの経験を積むものだった。
実戦系で“騎士位”の試験に必要な単位は、意外にも剣術や槍術などの専門的な物は一つもない。
やはり、騎士は集団の中でリーダーとしての能力が求められるのだろう。
とりあえず、演習では前衛を務めてくれる勇猛果敢な魔族が多く、非常にやり易かった。
集団戦なのでチームとして負けることもあったし、多くの魔物や強力な魔獣とも戦う事もあったが、彼女は与えられた役割を着実にこなし、決して出しゃばったりせずに無理せずに立ち回った。
それは実戦担当の教官に評価され、彼女は着々と単位を積み重ねていった。
時に戦技や実戦中心のモモと同じ科目でかちあったりして、共に戦ったり敵同士になったりしてお互いの友情と実力を磨きあったりもした。
勿論、去年までは文系中心のクーとはよく同じ科目を履修していたりしていたのだが、両方とも頭は良かったので時に閑談するくらいで教えあったりは殆どしなかった。
そして、三年目の終盤。
殆どの試験も終わり、合格判定を貰ってきた彼女たちは、後は講義のない連休を満喫するはずだった。
しかし、クーはともかくミーシャとモモは違った。
この休みの初め頃から十日間、朝から夕方までぶっ通しで授業を行う集中講義を一つ取っていたのだ。
それは空戦技能の科目だ。
ワイバーンなどの飛竜種や幻獣を使用して、空中戦闘のイロハを教わり、訓練を行う科目である。
ある程度“学園”側で確保しているとはいえ、貴重な飛竜種や幻獣の用意は毎週のように出来ないという理由から、集中講義で一気に教えてしまおうという算段だ。
それ故に、教官も厳しく、実技系の科目では最も過酷で難しいと言われている。
しかし、ミーシャはこれを取らざるを得なかった。
“騎士位”を得るにはこれを取っておくと有利になれるらしい、とモモが聞きつけてきたのだ。
騎士位の採用試験はまず、筆記試験の結果でふるいに掛けられ、模擬戦の結果で合否が決まる。
だが、模擬戦で重要なのは勝敗ではなく、いかに戦ったかであり、強さを証明すればいいという話だ。
それで、どんな技能を持っているかで採用のされやすさが違ってくるらしい。
あくまで採用試験を受けるのに必要な単位は、最低ラインだということなのだろう。
そして、それを教える教官にも彼女は興味を抱いた。
実をいうと、モモもこの空戦技能の戦技教官に興味があり、受けることを決めたのだという。
ミーシャとしても、飛竜や幻獣などに騎乗する機会は滅多にないので、受けておいて損はないかな、と思いこの科目を履修した。
それで、当日である。
まず彼女ら二人は、集まった人数に驚いた。
精霊魔術の科目でもそうだったが、これはその倍近くあった。
ざっと見渡して千人以上はいる気がした。
それだけが、今は休日の“学園”専用の練習場にひしめいていた。
「たしか、用意される飛竜や幻獣は二百ぐらいだって話だよね・・・?」
「明らかに定員オーバーね・・・。」
そう、二人が呟いたとき。
「今年もこんなに集まったのか・・・。」
「去年は五十人までしか残らなかったって聞いたぞ。」
「今年こそはあの英雄殿を納得させたいもんだ。」
「俺たち、去年は最後まで残れたんだ、今年は大丈夫さ。」
と言い合う魔族の話が聞こえた。
「予想以上に厳しいみたいね・・。」
強烈な不安に襲われてきたミーシャは、自分を励ます意味でもモモにそう言った。
「・・・うん、覚悟しとかないとね。」
同じ不安は彼女も感じていたようで、ゆっくりと頷いた。
すると、空の向こう側から一匹の飛竜種が飛んできた。
ざわざわと雑談していた魔族たちが、その影を見つけて徐々に静まってくる。
「ほうほう、今年も、うじゃうじゃとよぉくるものだなぁ。」
飛竜種リンドブルムに騎乗し、練習場の上空に停滞しながら、そこに騎乗する魔族の片目の男はそう言った。
「まあ、どうせ二度三度地面に墜ちれば、今年も半分は初日で根を上げるか。」
と、恐ろしいことを言うこの教官は、リンドドレイクと言う種族だ。
その名の通り、ドレイクの亜種であり、飛竜種のリンドブルムから派生した獣人系の魔族だ。
当然、種族としては最強クラスの一角である。
蒼い鱗を持つドレイクに対し、彼らは濁ったような深緑色の鱗が全身を覆っている。
ちなみに、両者の仲は最悪である。どちらがより始祖に近いかで、何度も殺し合いをしている。
「儂の名は知っておるよな。我はフリューゲンと名乗っている。種族としての名は聞き取れぬものも多いので、そう呼ぶがよい。」
と、リンドブルムに跨る教官はそう名乗った。
やはり間違いない、とミーシャは思った。
彼はこう呼ばれている。ただ一言、“英雄”と。
およそ四百年もの昔、彼ら一族はドレイク達と魔族の主導権を奪い合う全面戦争をしていたが、リンドドレイクはどちらかと言うと戦略より戦術の方が得意で、結果的に敗北しようとしていた。
そこで、彼は単騎で当時『マスターロード』率いるドレイクのワイバーン部隊を全て叩き落としたと言う。
敗退した『マスターロード』は、その部隊の数を倍にして挑んだが、それでもフリューゲン一人を撃墜することはできなかったらしい。
その結果、一族皆殺しに遭ってもおかしくないのに、『マスターロード』は僻地へリンドドレイク族を飛ばすだけで許したという。
この時、彼はフリューゲンに対しこういったという。
「貴様の面を地面に叩き付けるまで、決してこの屈辱は忘れないからな。」
と。
それ以来、『マスターロード』に土を付けた数少ない魔族として恐れられている。
ちなみにフリューゲンは現在で約五百歳、ドレイクやリンドドレイクの平均寿命は四百歳。
人間に換算するなら、百歳を超えている。それでも『マスターロード』は彼から一本を取れたことは一度もないらしい。
そして『マスターロード』は、自身の設立したこの“学園”に彼を年に一度教官として招くことで、リンドドレイク族とは和解したらしい。
二人の間には敵同士でありながら、奇妙な友情もあったのだろう。
「とりあえず、この十日間の間にこの私に二百回以上地面に落とされる覚悟をある者だけが残れ。
空での戦いはお前たちの想像しているものより、遥かに難しい。無用に背伸びして死ぬくらいならば、まだ学生のうちに逃げ出した方がマシだろうからな。」
彼は、自身の言葉をそのまま訓練で証明した。
初日に、四割は減った。
五日も過ぎれば、最初の二割しか残らなかった。
だいぶ骨のある者だけが残ってきた。
「今日までの訓練で、お前たちは理解しただろう。」
彼は生半可な教え方をしなかった。
この十日で、少なくともまともに飛竜に乗れるくらいにはさせる心算なのだろう。
「しかし、これから一番重要なことをお前たちに教える。
この訓練の先に、たとえ単位を得たとしても、自身が飛竜に乗り戦えると思うな。
これは専門職だ。武器を持って走りながら相手に叩き付けるだけの白兵戦とは違うのだ。
ただの新人が十日ぐらい訓練を積んだところで、付け焼刃でしかない。私がこの十日で教えるのは、それお前たちの肉体に叩き込むだけだ。」
そう言って、彼はこれ以降、容赦なく自分の教えた生徒たちを切り捨てるようになった。
それは当然、呑み込みの早いもの以外が合格してもらってはお互いにとってもマズイからだ。
決して彼が鬼だからだと言う訳ではないのが分かる。
だが、思うのだ。
目の前に恐ろしい表情で立ち、地面に這いつくばって息を荒げる生徒に向かって、もういい帰れ、と冷酷に言うその姿は純粋に恐ろしかった。
その宣告を受けた者は、涙を流しながら立ち去っていく。
彼らも本気でこの訓練を受けるようになり、本気で彼に認められたいと思うようになったのだろう。
だから、悔しいのだ。帰れ、と宣告されるのが。
お前はこれ以上、ここから先で戦う事は出来ないと宣言されるのは、悲しいだろう。
彼には、そう言った武人として、指揮官としての魅力があった。
共に戦いたいと思わせる、カリスマがあった。
だから、ミーシャもモモも、必死になって訓練に挑んだ。
もうどちらが上か下か、平衡感覚なんて空の向こうに行ってしまうほど飛竜に乗って空を飛んだ。
彼の行う訓練に身を投じている時は、もう自分の目的が何だったというのも忘れていた。
中には血を吐いた者も居たが、彼はその者の意思を確認すると訓練を続行させた。
その時、彼はこう言った。
「まさか、訓練で誰も死なないとでも思ったのか?」
考えてみれば、戦闘訓練をしているのだから、不慮の事故を想定するのは当然のことである。
殺し合いの技術を学んでいるのに、絶対に誰も死なないというのは可笑しいことだった。
しかしながら、今更そう言われたくらいで引く者は居なかった。
そうやって、最終日程まで訓練は多くの脱落者を出しながらも消化された。
そして最終日の合格発表。
「今年は骨のある連中ばかりだったな。もう少し減らすつもりでやったんだがなぁ。」
英雄フリューゲンは、訓練を耐えきった百名弱の面々を見ながらそう言った。
実技系の訓練は、教官が一人一人合否を伝えるのが習わしとなっている。
ここまで過酷な訓練を耐えきっても、そこで不合格と言われればそれまでだ。
「番号28番ッ、合格!!」
「・・・良かった・・。」
十人十列で等間隔で並ばされて、最初の一人が合格を告げられる。
「番号44番ッ、不合格!!」
「あ・・・ああ・・。」
そして次の魔族は不合格を告げられ、力なく足元に崩れ落ちた。
「この程度のことで、男が涙を見せるな。」
だが、フリューゲンはその魔族の肩を掴んで、立ち上がらせた。
「惜しかったぞ、また来年来い。」
「はい・・はい・・・。」
フリューゲンにそう言われた、彼は涙を拭いながら頷いた。
そうやって、合否発表は続く。
「番号167番、並びに168番ッ、合格!!!」
「いよっしゃー!!」
「いやったぁ!!」
今、合格を告げられたのは、最初に去年を最後で落ちたと言っていた二人組だった。
「二人とも今年はよくやった。文句なしで合格だ。」
「覚えていてくださったんですね・・・。」
「教え子の顔を忘れるほど薄情ではない。」
彼がそう言うと、二人組は黙って一礼をした。
それから人数の半分ほどまで合否発表は続き、多くの歓喜の声と悲しみの声が空に響いた。
そして、漸くミーシャとモモの前に彼がやってきた。
「番号593番ッ、並びに番号594番ッ、合格!!」
「ひッ・・・」
緊張のあまりか、顔面蒼白になったモモが倒れそうになっていた。
「だ、大丈夫!?」
「う、うん・・・。」
とても大丈夫そうには見えなかったが、モモは何とか持ち直したようだ。
「本当なら、お前たちは最初の方で振り落すつもりだったのだが、女だてらに気概が並みではなかったな。
そちらのポーヴァルバニーの娘も、ハンデを背負いながらよく頑張った。
お前たち二人を見ていると、幼い頃の若君を思い出す。」
「若君・・・?」
「我らリンドドレイクの頂点に立つにふさわしい御方だ。
生まれながら目が見えなく、嘲られて生きていたが、お前たちのように努力で皆を納得させる実力を得たのだ。・・・お前たちの今後を期待する。」
フリューゲンは話しすぎたというような表情で、次の魔族の前に立ち、合否を告げる。
ミーシャは何だか、その若君とやらが妙に気になった。
この英雄フリューゲンにして、自分の種族の頂点に立つと認めたという人物に。
・・・なぜだろうか。
ミーシャは近い未来に、その人物に出会えるような、そんな気がしたのだ。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
学生生活は四年目に突入した。
人間の暦で言うと四月に次年度が始まるのが、人間の文化を流用している感が丸出しである。
今年は実技演習で去年に時間が合わなかったり、ある講義を履修しないと取れない科目があったり、いろいろな都合で取れなかった科目を狙って、来年には“騎士位”の採用試験に挑むつもりだ。
と、言いたいところだが、今年は祈願祭の年だった。
この年は祈願祭の準備を行うので、最初のひと月は休学になる。
その割を食うのは学生や事務員なので、今年はカツカツな時間割になるだろう。
その分、学期末の大型休みの日数も削られる。
休日の前借りをするようなものだから、当然と言えば当然だが。
今年は全員揃って帰郷を計画していたのだが。
ある話が魔族たちの間で流れ始めた。
――――今年の祈願祭は元魔王陛下がいらっしゃる、と。
霊感の高いクーは聞いたらしい、その声を。
次の祈願祭では、全ての魔族が集まれ、と。
ミーシャはそんな声なんか聞こえなかった。
だが、その代りに見たのだ。
にたにたと、表情が無い顔で嗤う黒い茨の魔王が。
「二番目・・・何を考えている。」
ミーシャは、家族からの手紙から顔を上げて呟いた。
そこには、そのまま第一層で祈願祭を楽しみなさい、と言う内容だった。
・・・そして、その日は来たのである。
魔族は全員集合せよ、魔王は言っていたようが流石にそれは不可能だった。
第一層の城下町にも許容範囲があるのだ。
たとえ城下町の隅々まで魔族を満たしていても、その何倍もの数の魔族がいるのだ。
それに、仮にそれを何とかしても、昇降魔方陣の機能では運べる魔族の量には限界がある。
結局、第四層ぐらいまでの魔族までしか収容できなかったらしい。
第六層から魔族の平均人口は何倍にも跳ね上がるから、苦肉の策として『マスターロード』は上空に巨大な立体映像みたいな物を映し出すことになったようだ。
それは第一層も同じだ。
誰も彼も魔王の宮殿に入れるわけではない。
空には、無人の玉座の映像が今も映し出されている。
ミーシャは、それを不安げな表情で見ていた。
居を構えている家の屋根の上に、二人の仲間と共に。
「魔王陛下って、どんな方なのかなぁ・・・。」
「さぁ・・・。声を聴いたと言っても、漠然としていたであるからなぁ・・。」
モモとクーも、本当に魔王が来るのか何だか不安げだった。
しかし、ミーシャは確信していた。
“彼女”は必ずやってくると。
「「「・・・・・・・・。」」」
それから、三人は黙って空を見上げていた。
地面で、空を飛んで、彼女たちと同じように建物の上で、その時を待っている魔族たちの喧騒だけが、三人の間に流れていた。
そして、その時は来たのである。
――――――――――――――――――――――――
“二番目”の言葉が続く中で、ミーシャは彼女に語りかけた。
『二番目よ、これは一体どういうことだ!!』
久々に使う昔の言葉づかいで、ミーシャは玉座で語る二番目に言う。
『やぁ、随分と可愛らしい姿になってしまったねぇ。』
彼女は何食わぬ顔で演説を続けながら、ミーシャに念話を返した。
『答えろッ、この茶番は一体何のつもりだッ!!』
『何のつもりかと言われても・・・。ボクが今、語っている通りだよ。ボクはそういう奴だって、君もよく知っているじゃないか。』
『ああッ、そうだろうなッ。貴様がそういう奴で、今語っている言葉に何一つとして偽りの無いことを!!
だからこそ、問わねばならないのだ。
なぜ、このような、混乱を招く為だけの行いをするのだッ!!』
ミーシャは分からなかった。
なぜ、こんなみんなを戦いに巻き込むようなことをするのか。
その中心人物になるのが、なぜ自分でなければならなのか。
全てを理解していながら、彼女の頭はぐるぐるとぐちゃぐちゃに回り、考えが纏まっていなかった。
今ならどんな無茶苦茶なことを言ってしまうか分からない。
『ああ、分かっていても納得はできないって奴だよね。
そうだよね、理不尽に思えるよね。ボクはとても嫌な奴に見えることだろう。まあ、否定はしないけれど。』
魔王は嗤う。
ただどこまでも純粋なだけの“彼女”は、箱庭の虫同士が殺し合いを演じているのを見て楽しむ子供のように無邪気なだけだった。
『なぜ・・・なぜ私だったのだ・・・。』
『偶然、かな? 別に特別な理由はないよ。聞いたところで肩透かしを食らうようなランダムな抽選方法で、三人の中から君の魂が選ばれた。ただそれだけ。
でもね、不運な最期を迎えた君が選ばれて良かったと思っているんだよ、ボクは。
だってやり直すチャンスじゃないか。生き直す、チャンスじゃないか。
後悔の中で死んでいったんだろう? 独り、ただ飢えに苦しみながら、虚飾だけの城でただ朽ち果てたんだろう?
だからね、ボクは久しぶりに良いことをしたと思っていたんだ。だって、君は幸せそうに生きているし。
・・・・・でもさ、こう思わないかな?』
魔王は、まるで映画の批評をするかのようにこう言った。
『様々な犠牲の上で自ら苦難に立ち向かい打ち勝って、勝ち取った本当の幸せこそ価値があるって。
これはね、人間なら当然のようにある逆境に過ぎないんだよ。
つまらない人生で終わるのは、誰だって嫌だろう?
価値のある人生を生きてこそ、本当に生きた意味があるってものじゃないのかな?
惰性で生きて、目的も理由もなくただただ、見えない君主に仕える彼ら魔族に、本来の役割を与えてあげようとする行為の何が悪いのかな?
君だって言ってたじゃないか、正しい目的で使われない道具は無意味だって。』
『貴様の目には、彼らが惰性で生きているように見えたのか!!
今を必死に生きて、崇めるように貴様らの復活を待ち望んでいた彼らをッ!!
生きることを目的でないと言うのか、ただ生きることは理由ではないと言うのかッ、偶像崇拝なら、貴様の大好きな人間どもも馬鹿みたいに行っていることだッ!!!』
魔王の物言いに、彼女は激怒した。
それはまるで、自分が仲間たちと共に生きてきた時間を全て否定されたかのようなだった。
それを、彼女は許せなかった。
そのあまりの激情は、前世に置き去りにしていた嘗ての力の一端を、思い出させていた。
彼女の怒りが、魂を震わせて、前世の力を呼び覚まそうとしていた。
・・・・覚醒の瞬間だった。
他の断片の持ち主のように激しくはなく、ただ彼女の頭の中にだけで全てが顕現した。
『素晴らしいぃ!!! そうだ、それだ、それこそがボクの追い求めていた美しさだッ!!!
実に感動的な瞬間に立ち会わせて貰って、実にボクは嬉しいよぉ!!』
『黙れえぇ!!』
これ以上、彼女の言葉を聞くのは不快だった。
『滅ぼしてやる、人間の誰もがお前を倒すのを諦めたが、それでも私はお前を消し去るまで赦さない。
人間にできないのならば、私がやってやる。
今更後悔するなよ、私を目覚めさせてしまったことをッ!!!』
『くふふふ・・・そうかい。
それじゃ、楽しみに待っているよ。』
そうして魔王との念話は途切れた。
そして、“彼女”が玉座から消え去るのも同時だった。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
「ねぇ・・・私たち、どうなっちゃうのかなぁ・・・。」
あれから数時間、現在各部族や種族などの長が集まり、玉座の間で会議が行われていた。
その状況は、上空にそのまま映されていた。
「大丈夫よ、きっと、必ず・・・。」
ミーシャはモモの手を握り締めてそう言った。
現在、ここにいるほぼ全ての魔族は沈鬱な表情でそれを見ながら。
「御婆さま・・・。」
あの会議の中にいる仙狐さまを見つけたのか、クーはそう呟いた。
隠居したはずの仙狐さまだが、今回は魔王が来るということで入って来られない村の人たちの代表で来ていたのだろう。
『やはり、魔王陛下の断片を持つ者たちを尊重すべきであろう。
我々に与えられた道はそれしかないのだから。』
議席から立ち上がった『マスターロード』がそう語る。
「では私が奴を倒したいと言ったら、お前たちは喜んで付き従うのか・・・。」
ミーシャは思わずそう呟いた。
すると、その時である。
『失礼、『マスターロード』!! 緊急事態です!!』
『何事だ!?』
あの『マスターロード』の秘書官をしているバフォメットが、玉座の間に現れたのだ。
『引き上げたはずの魔王の断片を持つ獣の率いる魔物の軍勢が、第九層から六層で活動を開始。
その数は報告によると、目測でおよそ合計三百万!! 魔族の村々へ攻撃を仕掛け、占拠し始めたとのことで!!』
『・・・・時間はどうやら、許してはくれないようだな。』
かの『マスターロード』もため息をつきたくなるような状況だった。
『防衛組織を即座に立ち上げ、戦力を編成しろ。相手は神出鬼没の獣だ、警戒を怠るなよ!!』
そのような声が響き渡る中で、ここにいる魔族たちは恐怖からか大騒ぎになっていた。
普段なら魔物程度で怯みもしない屈強な魔族たちが、あのような魔王の宣告から弱気になっているのだろう。
「ミーシャちゃん!! クーちゃんッ!! どうしよう、たぶん、私たちの村も!!!」
「落ち着くのであるッ!! 我々の村も、戦力はある。守りに徹すれば、しばらくは持ちこたえられよう!!」
半狂乱になっているモモを、クーは必死に落ち着かせようと語りかけていた。
そんな光景はここだけではなく、そこら中で巻き起こっていた。
皆が、不安で、不安で、仕方がないのだ。
「とにかく、今は村のみんなが心配よ。まずはみんなの元へ戻りましょう。」
「どうやって!?」
モモが悲壮な表情でそう言った。
そう、ここには魔族が道を埋め尽くし、恐らく今は昇降魔方陣に魔族が殺到し、機能はマヒしていることだろう。
モモはこんな心理状況でも、それくらいの判断は付くくらいには冷静なのだろう。
或いは、もうすべて悪い方向にしか考えられないのかもしれないが。
「こうするのよ。」
ミーシャは魔剣杖(改良版)を使って、組み上げた術式を発動させた。
「空間転移!?」
クーが驚愕したように声を上げた。
そんなのミーシャは気にしていられずに、周囲の状況を確認する。
無事、第八層にまで転移することができたようだった。
場所は昇降魔方陣が設置している、この階層の中央に位置する町の路上だ。
この場所は彼女たちも見覚えがあった。
そこの人々は誰もが慌ただしく動いており、武装した集団が町の外へ向かって駆けて行ったりしていた。
その状況は、情報収集しなくとも周りから聞こえてきた。
現在、この町も魔物たちの攻撃対象になっていて、町が防衛部隊を独自に編成して対応し始めているという状況だった。
「とりあえず、情報を集めた方がよいであろう。
まずは防衛部隊の本部に向かって、村の安全を確かめた方が良い。」
「でもでも、今すぐさっきみたいに村に向かった方が・・・。」
「いかな魔物の軍勢であろうと、すぐには落ちないと言ったであろう!!
今は落ち着くのだッ、闇雲に行動するより、情報を集めて向こうに行けた方が何も分からぬままよりずっと有利に立ち回れる!!」
「・・・・う、うん・・・。」
モモも気が気でないのだろう、クーに諭され、漸く息を整え始めた。
「そのあとに、もう一度頼めるかな、ミーシャ殿。」
「・・・ええ。」
ミーシャはクーに頷いて見せた。
何だか、今の自分はかつてに戻ったかのように、何でもできるような気がしていた。
「ミーシャ殿、貴女は・・・。」
そして、クーも気づいたのだろう。彼女は聡い。
ミーシャは、もう一度だけ黙って頷いた。
「くッ・・・。」
クーは、モモと一緒に彼女を抱きしめた。
それはこれから訪れるだろう彼女の苦難を予想してか、或いは彼女の今置かれた状況を悔やんでいるのか。
「初めてだね、クーに抱きしめられたの。」
「ミーシャ殿ッ・・・。」
「ありがとう、私はもう、迷わず戦える。」
「あたしも、戦うよッ!!」
モモは分かっていないようだったが、ミーシャはもうどちらでも良かった。
三人は、お互いを抱きしめあうように腕を回した
クーは彼女を受け入れてくれた。
恐らく、モモもそうだろう。
ならば、彼女は戦える。
何も恐れずに、戦える。
仲間がいるから、戦えるのだ。
「・・・行きましょう。」
三人は、それぞれの腕の中で頷きあった。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
「とにかく防壁を活用して魔物たちを寄せ付けさせるな!!
町の出入り口はすべて封鎖しろッ!! 魔物一匹入れさせる隙間を作るな!!」
防衛隊の仮設本部で指揮を執っていたのは、まさかの人物だった。
「騎士ガリアル殿!?」
それは、三人にとって忘れられるはずもない人物だった。
「お前たちは・・・・」
仮設本部として天幕が設営されており、その薄暗い中から彼は三人を認めて、指示を飛ばし終えるとゆっくりと出てきた。
「お前たち、無事だったのか・・・。」
「それより、人間と魔族の出入りを管理している貴方がなぜここで・・?」
クーが驚きもそこそこにしてそう問うた。
「私も第一層に行って祈願祭に参加したかったのだが、ここで部下たちと立ち往生していたのだ。
仕方なく、ここで魔王陛下のお言葉を聞き終えると、自暴自棄になるものが居ないか自警団に行って見回りさせていたら、この通りだ。
それからすぐに魔物の軍勢が押し寄せ、各地に行動を開始している。・・・恐らく、噂の魔王の力を持つ獣なのだろう。」
「その獣は、いったい何が目的なんでしょうか・・・。」
「分からないが、あの魔物の軍勢を見ればわかる。」
騎士ガリアルは目を細めて、魔物の軍勢が来ているだろう城壁の向こう側を睨みつける。
「思うに、連中は住み場所を探しているのだろう。
あれだけの数だ、我々魔族から奪いでもしなければ、自分たちの安住の地は無いのだからな。」
「じゃあ、やっぱり私たちの村にも・・・。」
「なに? お前たちはあの村から脱出してきたのではないのか?」
モモの言葉に、騎士ガリアルは顔を顰めた。
「我々は、第一層からここの危機を知り、村の様子が知りたくて駆けつけたのです。」
「第一層から・・? 昇降魔方陣は機能を一時停止しているのにどうやって・・。」
「騎士ガリアル。」
その時、彼とクーとの会話にミーシャは割り込むようにそう言った。
「済みませんが、村の状況を教えてほしいのです。」
「あ、ああ・・・。しかし、まだこの状況に至ってからそれほど経っていない故に、まだ周辺の村々の情報はまだ集まっていないに等しい。
戦力が整い次第、魔物の軍勢を退けて救援に向かいたいが、包囲されている現状ではそれも難しい。」
有り体に言うならば、状況は分からないが少なくとも絶望的である、だった。
「かの『マスターロード』は救援を行うと言っていましたが・・・。」
「この状況だ、昇降魔方陣の様子から鑑みて、それらが来るのは最低でも四日は掛かるだろうな。」
騎士ガリアルが提示した時間的猶予は、どう見ても余裕のある数字ではなかった。
「四日!? 魔物はどこにだっているのに、四日も!? もう囲まれているかもしれないのにッ!?」
「現在各村々が攻撃を受けていると想定するなら、どの村にも強固な防壁があるわけでもない、魔物どもは物量任せで昼夜問わずの攻撃ができる、その他諸々を考えるに、それだけでも持たせるのは難しいだろうな。」
なにせ、相手はふざけた物量を誇っている。
モモの言う通り、もう包囲されているに違いないだろう。
「もう、状況確認はいいわ。無駄だって分かったもの。」
「済まないお前たち、自分が力不足なばかりに魔物どもを押し返すことすらできない。」
「良いんですよ、騎士ガリアル。貴方はここの人たちの為にできる限りのことをしているですから。」
だから、とミーシャは言った。
「私たちは、私たちのできる限りのことを行います。」
「お前たち・・?」
「行こうッ!!」
そして、彼女たちは訝しげな表情の騎士ガリアルに背を向けて、城壁の方へと走り出した。
「こらッ、危ないだろうがッ!! 降りて来い!!」
だが、三人が城壁に登り始めたのを見て、彼は怒鳴り声をあげてきた。
「どうするの!? 村に助けに行くのミーシャ!?」
「見れば分かるわッ!!」
壁の向こうから、絶えず魔物の鳴き声が聞こえてくるなか、彼女とモモは大声でそう言った。
そして、三人は城壁の上に登り切った。
城壁の向こう側には、敵と大地が7:3の割合でこれでもかと言うくらい押し寄せていた。
「・・・・いったいどこにこれだけ隠れているのであろうか、もはや壮観であるな・・・。」
「まったくね・・・。」
ミーシャも思わずクーに頷いて同意した。
これをどうするか考えれば、頭が重くなって誰だって頷いてしまうだろう。
「二人とも、とりあえず、少しの間だけでもいいから私を守ってくれない? 私に考えがあるのよ。」
「ん? よく分からないけど、分かった。」
「うむ、任されよう。」
モモが弓矢を手に、クーが詠唱を初めて、こちらを見つけてきた空を飛ぶ魔物の迎撃を始めた。
「――――聞くがいい、知性無き塵芥ども。」
ミーシャは魔剣杖(改良版)を手にして、町や魔物全てに聞こえる声で宣言した。
「我こそは、『叡智』の断片を受け継ぎし、嘗ての魔王!!
人間どもからあらゆる資源と文明を略奪の限りを尽くしたこの私から、何かを奪うなどと愚かしいこと甚だしいにも程がある。
そして聞こえているのだろう、我が魂の一部を持つ愚かな獣よ。
私から草木の一本でも奪うというのなら、貴様のすべてを奪いつくしてやると心得ろ。」
どこかで、ミーシャの声に応じるように獣の咆哮がした。
「その宣戦布告、しかと受け取ったぞ。
――――いでよ、我が城よ。」
その直後、大地が揺れた。
魔物たちの進行で揺れたのではない。
大地が鳴動し、盛り上がり、この町の城壁に殺到していた魔物たちが、突如として大地から出現した“それ”に巻き込まれて舞い上がり、他の魔物を巻き込んで落ちて行った。
「なに、あれ・・・?」
モモが思わず弓を引く手を止めてしまっていた。
そこから現れたのは、巨大な異形のオブジェだった。
螺旋状に尖った外見の巨大な塔に見えるそれは、まるで巻貝だった。
それらは黄金で出来ており、無数の宝石や宝物がめちゃくちゃに埋まっていた。
まるで、黄金や宝物の価値を知りながら、それを冒涜するかのような悪趣味でおぞましいオブジェ。
そしてその巻貝にも見える塔の下から、巨大な一対のハサミが突き出てくる。
次に、虫のような三対六本の足が地面から這い出て、その全貌が明らかになる。
それは遠くから見れば、巨大な黄金のヤドカリに見える。
しかし、よく見ればいろいろな部分が変質し、別の何かにも見えた。
「覚悟しろ、我こそは魔王。
人間からは“貪戻”のアヴァリティアと呼ばれた、十一番目の魔王である。」
そしてミーシャはその黄金の巻貝に飛び乗ると、その周囲が液状化して呑み込まれていった。
その直後、城壁より巨大な“城”が動いた。
『二番目よ、これで満足かッ!!』
“城”から、ミーシャの声が轟く。
その異形の“城”は、前方に付いている一対のハサミで魔物の軍勢を薙ぎ払う。
常識を逸脱した怪力を誇るハサミの一閃に、密集しているはずの魔物たちが押し出される。
『人間のように苦悩し、何も知らぬ赤子のように怯え、愚者のようにただがむしゃらに走る私は、さぞ滑稽であろう!!』
巻貝のようなオブジェから、無数の刺みたいな物体が浮かび上がり、上空に射出される。
それはミサイルのように地上へ降り注ぎ、そこを洗い流すかのような爆撃となる。
『二番目よ、これで満足かッ!! もっと無様に、もっと愚かしく踊れば、それで貴様は満足なのかッ!!!』
ヤドカリの頭部に見える、無数の宝石の瞳が怪しく輝き、無数の光の筋となって敵勢を薙ぎ払い、爆発して蹂躙する。
『だが、それでも私は感謝しているよッ!!
私は漸く、手に入れられなかったモノを見つけた!!
この身を賭してでも守りたいモノを見つけることができたぞッ!!!』
六本の足から、地面に巨大な魔方陣が展開される。
それは徐々に大きさを増していき、敗走し始めた魔物どもを呑みこんでいく。
そして次の瞬間、地下に存在するあらゆる鉱物が高速で地上に飛び出してきた。
石や岩だらけの大地である第八層では、その地下からの弾幕から逃げる術は無い。
『このような気分で戦うのは初めてだ!!
偉大なる先人である“四番目”よ、貴方はこのような気持ちで人間と戦ったのか!?
愛を知り、その為だけに己を殉じさせたのか!!』
そうやって殺した魔物を、その異形な“城”は喰らう。
魔物の死体を、機械で出来た無数の触手が六本の足の根元から出現し、周囲の魔物を燃料にするべく食い散らかし始めた。
圧倒的だった。
少なく見積もっても三十万は居た魔物の軍勢が、瞬く間に挽き肉にされ、焼かれ、潰された。
これが、魔王の力。
人間から十一番目が奪いつくした全てが費やされた、異形の“城”である。
効率良く人間の資源を奪い尽くす為だけに作られた、略奪の魔城だった。
「すごい・・・すごいよ、ミーシャちゃん!! なんかよく分からないけど、すごいよ!!」
「・・・むしろこの状況で何も分かっていないモモ殿がスゴイ・・・・。」
両手を振ってジャンプしているモモに、それを見てため息を吐いているクー。
『とにかく、今は村の無事を確認しよう。乗って!!』
そう言って、ミーシャは魔城から機械の触手を伸ばして道を作った。
「乗って大丈夫なのか、これ・・?」
「大丈夫じゃない? 乗るだけなら、フリューゲン教官にたくさんしごかれたし!!」
「いや、それとこれとは別では・・・?」
まあいいか、と深く考えることを辞めたクーは、モモと一緒に巻貝のオブジェに散りばめられている宝物の数々を足場にしたり掴んだりして、何とか乗ることに成功した。
「魔王さまぁあああ!!!」
いざ、村の方へミーシャは魔城を動かそうとすると、城壁に登った騎士ガリアルが大声で叫んでいた。
「我々の危機を御救いくださり、ありがとうございます!!!」
『騎士ガリアル、貴方はこの私から正式に騎士の称号を授与します。何の証文もなく申し訳ありませんが、これからも皆の為に尽力してください!!』
「有難き幸せでございますッ!!!」
そう叫んで、彼は跪いた。
そんな彼を背にし、魔城は這うように、しかし恐るべきスピードで大地を駆けて行った。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
途中で見つけた魔物は殲滅しながら、魔城は進む。
「見つけたよ、ミーシャちゃん!! やっぱり魔物に囲まれている!!」
そして、巻貝のオブジェの天辺に近い位置で周囲を警戒していたモモが叫んだ。
予想通り、故郷の村は魔物に攻め込まれ、かなりの物量に苦戦しつつも応戦しているのが見えたようだ。
『吹き飛ばすのは簡単だけれど・・・。』
「あの凄まじい攻撃では村まで巻き込んでしまうであろうな・・・。」
クーの言う通りだった。
魔城の攻撃力は一時間もなく都市一つを無残な廃墟にできるが、それでは意味が無いのだ。
『どうしよう・・・』
「あの、ミーシャ殿。まさかとは思うが、一人ですべて解決するおつもりかな?」
『え?』
「そうだよ、私たちも戦えるんだから、一人で何とかしなくてもいいんだよ。」
「そうであるよ。とにかく、最小限でいいので背後から攻撃すれば、混乱を巻き起こせるであろう。その隙に、我らは村の皆と合流し、魔物どもを追い出すという算段でどうかな?」
『二人とも・・・。』
その時初めて、彼女は心の底から救われたのかもしれなった。
『うん、じゃあ、ちゃんと掴まっててよ。』
その直後、魔城はその巨体からは想像もできない跳躍を繰り出し、魔物の軍勢のど真ん中にドガンと降り立った。
その衝撃で、魔物たちが吹き飛ばされる。
『それじゃあ皆、頑張ってね!!』
「ミーシャちゃんも、無事でね!!」
「ご武運を!!!」
機械の触手で作った道で、二人を村へ送り出す。
『さて、お前たち・・・私たちの村に何しようとしてたの?』
ざっと見て一万程度の魔物の軍勢が、ミーシャの声に震え上がったように見えた。
『死ね、塵芥どもが。』
恐るべき強力を持つ一対のハサミが、魔物たちに振り下ろされた。
更に、機械触手の代わりに、六本の足の根元から無数の機銃が出現して、足元にいる魔物どもをバラバラにしていく。
即座にモモとクーの二人がミーシャのことを伝えたのか、村の警備隊が反撃に転じてきた。
所詮は烏合の衆に過ぎない魔物どもは、三分も待たずに瓦解し、魔城によって一匹残らず皆殺しにされた。
戦いが終わり、魔城の中からミーシャが降りてきた。
村人は一様にして跪き、王者の凱旋を待っていた。
「魔王様、我ら一同、貴方様の軍門へ下ります。」
そして第一層から村の危機を知って駆けつけていたらしい仙狐さまが前に出て、そう言った。
「・・・結局、貴女の言う通りになってしまったわね。」
「されど、最悪の始まりにならなかっただけ幸いかと存じます。」
「ええ、そうね・・・。」
ミーシャは、ふぅ、と一息ついて。
「ただいま。」
そう言った。
「おねーちゃーん!!」
「ねーちゃーん!!」
すると、彼女の二人の妹たちが、駆け寄ってきて抱きついてきた。
そして村の皆も、立ち上がるとこう言った。
おかえり、と。
そこには母も父も居たし、知っている顔も居た、人間のヨハンや親友のモモやクーや、その姉妹たちもいた。
生まれた時から共に生きてきた、仲間がいた。
彼女は、漸く手に入れることができた。
どんなに手を尽くしても一人では手に入らないモノを、
この世で最も、価値のあるモノを。
彼女は、手に入れたのだ。
何とか三話に収まりました。幕間。これでもかなり詰め込みました。
結局フウセン覚醒回みたいに長くなりましたが、割と満足した出来です。
これでようやく次の話になるでしょう。
あるいは、また幕間になるかもしれません。
それでは、次回。お楽しみに。
それにしてもやっぱり誤字多くていやになるな・・・。