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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
第四章 断片編
62/122

第五十五話 幕間 価値のあるモノ 中編



役人が来たと言っても、彼女らやることが変わったりすることなんてない。



「あの後、どうなったの?」

今日も今日とてつるんでいる幼馴染三人のうち、モモがクーに切り出した。


役人が仙狐さまのところに行って、口論の末に追い返したというのは、この小さな村では瞬く間に広がる噂だ。



「と言うより、役人とやらはいったいなに用でこの村に来たんだ?」

だが、そんな噂話になんて全く興味のないミーシャの反応はそんなものだった。



「税の話であるよ。」

クーは難しい表情で、彼女にそう言った。


「最近、野菜が多くとれるようになったから、それを納めよという話であったそうだ。

我々はそもそも狩猟民族であるからして、村人一人当たりの人頭税やら土地代やら獲物を売って得た代金の一部を納めるくらいだったのだが、魔物退治の報奨金でどっこいと言った感じで何とかなっていたそうで。

一応、田畑の土地の税も払っては居たのだが、そこで取れる野菜は今までは全体から見て微々たる物で、免除されていたらしいのだ。」

手間が増えるだけだから、とクーはどこまで理解しているか分からない顔でそう言った。



「それで、その野菜をどれだけ納めるか、で揉めに揉めたらしい。

村としては野菜が増えれば、野菜を買わずに済むので狩りで取る獲物を減らせるわけで、結果的に楽になるのだが、そうなると税金が減ってしまう役人は面白くない。

一応、義務であるから野菜が多く取れ始めた年から既定の分の野菜を納めていたのだが、役人はそれを今まで狩猟で得ていた金額分まで増やせと言ってきたのだ。」

「・・・・横暴だな。」

「まあ、いきなり一つの村の税の総量が減れば、役人としてもその村を脅して余計に税を払わせ着服しているのではないかと疑われ、無用に腹を探らされるのが嫌と言うのもあるだろう。」

だからと言って、結果的に負担が多くなるのはこちらであり、そんな無茶な要求は呑めないという話だった。


その結果、怒鳴りあいの口論であり、役人が手を挙げようとしたところで、騒ぎを聞きつけてきた警備のラビ達が止めに入ってきたという話だった。

それでも彼女の伯父であるヨハンによれば、話し合いになっただけ人間よりはずっとマシだったらしい。


ミーシャはどちらかと言うとその話より、あの温厚な仙狐さまが怒鳴り声をあげての喧嘩をするなんて想像もできなかった、という事に衝撃を受けていた。




「役人がこの村に来るのはおよそ三十年ぶりであったらしいのだ。

どうせ役人連中にとって、我々の村など税金を供給する場所くらいにしか思っていないのであろう。」

クーの口ぶりからも、彼女も案外憤慨しているようだった。

普段から分かっていなさそうに見えて聡明な彼女なのだった。


「うーん、三行で。」

そして、全く分かっていなかったモモ。



「やったー、野菜がいっぱい取れたぞー。その分休めるわ。

おいこら、おかげで税金が減ったぞ、野菜でその分を払えや。

そんなことできるか、ふざけんなこのやろー。」

「なるほど、把握。」

分かっていないモモもあれだが、彼女に応じるクーもクーだった。



「分かりやすいだけで、大事なところが全部抜けてるじゃないの。」

ミーシャは溜息を吐いた。

とは言え要点は押さえていたので、特に反論はしなかったが。



「まあ、とりあえず、向こうの面子も立つようにして手打ちになったと御婆さまも言っていたので、もう大丈夫であろう。」

クーはそう言ったが、なんだか彼女は言い様のない不安があった。



「そうだと良いんだけれど・・・。」

そして、世の中とは決して何事もなく平穏に終わるように出来てはいなかった。







・・・・

・・・・・

・・・・・・





―――ガン、ガン、ガンガンガンガンガンガンガンガン!!!!



そんな耳障りな轟音が、平穏を打ち破るかのように鳴り響いた。

時刻はまだ早朝。


何事かとその不吉な音源へ顔を出すものも多かった。


すると、村の入り口付近に陣取り、持っている武器を打ち鳴らしている魔族の集団が居た。

やがて人が集まると、彼らは武器を打ち鳴らすのを止めて代表らしい男が前に出た。



「この村の代表を呼んで来い。」

リザードマンの亜種であるクロコダイル種の男だった。


その名の通り、ワニが二足歩行をしたような外見で、通常のリザードマンより近接戦闘に特化した能力を持っている。

彼の部下は彼の同族か、通常のリザードマンが三十人ばかりだ。


そんな連中が、今から戦争にでも行くとでもいうような武装でやってきていた。


そして、代表格のクロコダイル種。

あれは別格だ。ミーシャは己に眠る野生の本能が、そう警鐘を鳴らす。



「ミーシャちゃん・・・なに、この人たち・・・。」

すると、見物にやってきた彼女の元にモモが人ごみを掻き分けてやって来ていた。


「盗賊の類じゃないとは思うけど・・・。」

盗賊にしては装備が上等すぎる。

魔族の取って貴重な鉄を惜しみなく使用した武器防具、なにより盗賊には見られない理性が彼らにはあった。


ただ欲望のままに暴力を振るう連中など、この集団に比べれば木っ端に過ぎないだろう。



「ラビさんたちは?」

彼女以外にも警備の者はいるが、それをモモに尋ねるのも仕方がないのでそれだけ聞いてみた。


「お母さんは今皆を集めてこっちにくるみたいだけど・・・ひッ」

すると、突然モモが小さく息を呑んだ。


彼女の視線を追おうと、あの代表格のリザードマン・クロコダイルの男がこちらを見ていたのだ。



「・・・ここは子供の見世物ではないぞ、早々に立ち去れ。」

重く低い声で彼は言った。


しかし、モモは彼女の後ろに隠れたあっちを睨み返した。

ミーシャとしてはお前年上だろ、と言いたい気分だったが、面倒なので止めた。



「お二人ともッ。」

すると、後ろからクーが人ごみから顔を出して二人に声を掛けた。


「ここは危ないであるぞ、下がった方がよろしい。」

「仙狐さまは?」

構わず、ミーシャは問うた。


「今こちらに向かっておられる、・・・ああ、もう来られたようだ・・・。」

その時、群集が割れて道が出来た。


そこから、数名の護衛をつけて仙狐さまが歩み出てきた。




「こんな朝早くに何事か。貴様らまずは、どこの誰だか名を名乗れ。」

仙狐さまは厳かな態度でそう言った。



「我が名はガリアル。

恐れ多くも騎士位を魔王陛下の名代たる偉大なる『マスターロード』から賜り、主任警備官を拝命している者だ。」

そう名乗ったリザードマン・クロコダイルは、自身の身分を表す羊皮紙を突き出した。


そこには自ら魔族代表を名乗る『マスターロード』の紋章が、確かに専用の魔術で刻印が成されていた。

その刻印は常に淡く輝き、正しい持ち主以外が持つとその輝きを失うようになっている。


紛れもない騎士の証明書だった。



「それはそれは。そんな役職が存在していたなんて初めて聞いたよ。せめて挨拶の一つくらいほしかったね。

私がここの代表だよ、サー・ガリアル。こんな辺境に、貴方のようなエリートが何の御用かな。」

それを認めた仙狐さまは、刺の混じった口調でそう言った。

名乗らせておいて自分から名乗らないとは、ぶん殴られても文句が言えない非礼だった。




魔族の階級は、基本的に種族ごとの実力だが、当然例外がある。

いや正確には、個人レベルでの序列として悪魔の階級と同じように“爵位”で表されることになっているのだ。


しかし、その爵位の授与は基本的に魔王しか認められていない。



例えそれが魔族の代表で魔王の名代と名乗る『マスターロード』であっても、そんな恐れ多いことはしてはならない。

だから、現在では魔王は不在。誰も魔族に爵位を与えられる存在はいない。


故に、『マスターロード』は爵位より遥かに地位が劣る名誉称号である騎士位の授与をするで、個人の実力と高官であることを示すことにしたのだ。

簡単に言ったが、そこまで妥協しても魔族にとってそれは非常に恐れ多いことなのだ。



正直、『マスターロード』の実力と魔族としての正しさが無ければ、騎士を名乗るだけでも反逆罪でぶち殺されるほどである。

当然彼も騎士以上の階級を名乗ることはできない。


ちなみに、『マスターロード』の意味は実力を示す“あらゆる種族の頂点”、そして権威を示す“騎士の総括者”から来ていると言われている。



あと、騎士と名乗っていても、彼らは軍人ではない。

これは“魔導師”全般に言えるのだが、彼らは私的な戦力を持ってはいけないと決まっている。


『カーディナル』など一部の例外を除いて、表向きには私兵は誰も持っていないことになっている。

まあ、所詮は建前なのだが。


そんな事情もあって、『マスターロード』から騎士位を受けたガリアルは警備隊隊長ではなく主任警備官なのだろう。

あくまで官僚・役人として扱われているのだ。



と、長々と説明を書いたが、そんなことミーシャが知る由もなかったのは言うまでもないので悪しからず。




「私がここに赴いた理由は一つ。重大な犯罪集団の引き渡しの要求だよ、代表殿。」

と、仙狐さまの態度など慣れた物なのか、顔色一つ変えずに騎士ガリアルはそう言った。



「重大な犯罪集団・・・?」

「とぼけてもらっては困るな。“霧のアマゾネス隊”のことだよ。

領主殿から通報があって、事実確認の後に赴いた次第だ。言い逃れは魔王陛下への反逆罪だと覚悟しろ。」

騎士ガリアルの上から目線の高圧的な態度に、しかし仙狐さまは舌打ちした。


「ホント、こういうことに関しては仕事が早いね。

三十年も見に来ないから今頃そんなことが分かるんだ。それにしても随分と陰湿な嫌がらせだよ。」

「我々も最初はただの憂さ晴らしの嫌がらせだと思ったよ。

しかし悲しきかな宮仕え。この身はやりたくもない調査を行う羽目になり、だが何とそれがまさかの的中だった。

こうなっては我々も動かざるを得ない。運が悪かったな。」

騎士ガリアルはなぜか仙狐さまに対して同情気味だった。



そこで、話を聞くことに夢中だったミーシャは気付いた。


「・・・・・・・・。」

モモが、震えていたのだ。

真っ青な表情で、まるで心ここに在らずと言わんばかりの表情だった。



「どうした、モモ・・・?」

「モモ殿?」

ミーシャの言葉に、彼女と同様に話に夢中だったクーも気付いたらしい。


モモは、震える唇をゆっくりと開いて、こう言った。



「“霧のアマゾネス隊”・・それって、お母さんの・・。」

その直後、二人は全てを理解した。




「分かったのなら、早々に引き渡してもらうか。

“霧のアマゾネス隊”筆頭戦士ラビ以下構成員そのすべてを。」

そう言った騎士ガリアルの言葉に、村人たちは動揺してざわめき始めた。



「ちょっと、待ってくれ騎士殿。それはいったいどういうことなんだね!! いったい彼女が何をしたというんだ!!!」

すると、仙狐さまの護衛の後ろにいたヨハンが前に出て、声を荒げそう言った。



「人間? なぜ人間が・・・ああ、ここはそういう村か。」

そして、騎士ガリアルは皮肉げに笑った。



「隊長、事情の説明は義務の一環です。ここは市民の理解を得て、協力を得るのが妥当かと。」

「隊長ではない、主任と呼べと言っているだろう。」

彼は部下とそんな言葉を交わすと、改めて前を向いた。



「彼女のことを知らないのか? 少し前まで有名だった傭兵部隊だよ。

斥候偵察、夜襲奇襲から破壊工作、果てには潜入工作や暗殺までこなした、ポーヴァルバニーだけで構成された戦士団だ。

反撃しようとしても、霧のように鮮やかな撤退を行い敵に損害だけを与えることからそう呼ばれていた。」

まるで、騎士ガリアルはラビを知識だけではなく実際に知っているかのような口ぶりだった。


「そんなことはどうでもいい。

なぜ彼女を引き渡さなければならない!!」

「もういい、やめなよヨハン。」

そこでようやく、話の中心となる人物が現れた。


ラビは一人、騎士ガリアルの目に躍り出た。



「ふむ、人間。罪と言ったな。

まずは二十年ほど前の反乱に加担した罪。あれにより魔王陛下の御為にある多くの将兵の命が失われた。

本来なら連中を匿った貴様らも同罪だが、その裁量の判断は領主殿に委ねるとしよう。」

だが、彼はそれを無視して言葉を紡いだ。



「私を連れて行くというのなら、連れていけ。この通り、逃げも隠れもしない。」

「聞こえていなかったのか? 構成員も一緒だと言っている。」

「部下たちは関係ない。部隊のすべての意思決定はすべて、私によるものだ。主犯は、私だ。それとも騎士殿は、その程度の手勢で二百を超える我が部下たちを連行することができるのかな?」

「なるほど。面白い。女だてらに勇ましいな。

あろうことか、この期に及んで交渉ができる立場だと思っているようだな。」

普通なら機嫌を損ねるだろうラビの言葉にも、騎士ガリアルは楽しそうに笑うだけだった。



「ところで、私の仕事について教えてやろう。

そこの代表殿は私を治安維持や警務が仕事と勘違いしているのか、なぜ挨拶に来なかったのか、と言ったな。

確かに警務の任務を与えられた者なら、周辺の村々との連携を強化するべく、最低でも協力を要請した時に任務を円滑に進めるために話を通すべきだ。

だがそれの答えは簡単だ、彼女に挨拶などする必要のない立場の人間なんだよ、私は。

そもそも、治安維持などの仕事は私の管轄外だからな。」

「何が言いたい・・・?」

やたら説明口調の騎士ガリアルに、ラビは訝しげな顔を向けてそう言った。




「私の業務は、魔族と人間の領域の出入りの管理だ。

・・・・言っている意味が、分かってくれるだろうよな?」

その直後、ラビの表情が恐怖に固まった。



「自らの罪を、思い出したようだな。」

途端に、不機嫌そうに鼻を鳴らして、騎士ガリアルはそう吐き捨てるように言った。



「――――聞け、皆の者!!」

「黙れッ、止めろぉッ!!」

つんざくような金切り声の悲鳴を上げるラビを、騎士ガリアルは自らの拳を振り下ろして黙らせた。




「この卑しい女はな、第十一層から第十五層で狩りをしていた。」

「それの、何が悪いんだ・・?」

言ってから、ヨハンの頭にはおそらく彼が想像する限りで、最悪の想像が過ぎった。



「――――狩っていたのは、人間だよ。」

過ぎってから、それが真実だと肯定された。



「そして、それを魔族の好事家に売りつけていた。

お蔭で最下層付近ではそれが最近まで問題になっていた。

我々の領域での人間の数は、極めて厳格に管理されなければならない。

ましてや、我々の領域に侵入もしていない人間たちを襲って攫い、奴隷にして売り払うなどと、これは人間の魔術師共との関係を悪化させる要因になりうる。

我々は今、人間たちとことを構え、いたずらに戦いで数をすり減らしてはならない。これが偉大なる『マスターロード』の御考えだ。

故にこの女の行いは、ひいては魔王陛下への反逆に等しい。」

つらつらと、断罪の言葉を述べる騎士ガリアル。



「そんな、ばかな・・・・。」

「うそだ・・・。」

ヨハンだけでなく、周囲の村民たちも彼の言葉を聞いて、愕然としていた。


それはミーシャも同じだった。

訳が分からなかった。


何をしてでも生きることは、そんなに悪いことなのか。




「違うッ、お母さんはそんなことしたりしない!!!」

モモが、悲痛な叫び声でそう言った。


騎士ガリアルは彼女を一瞥すると含むようにして、だから帰れと言ったのに、と呟いたのをミーシャは察した。



「では、この女から聞いてみればいい。

まあ、尤も、今まで実の娘にまで嘘をついてきた女だ、また嘘で塗り固めた言葉を吐くかもしれないがな。」

「っく・・・・。」

ラビは殴られた痛みを堪えて、騎士ガリアルの辛辣な言葉を受け続ける。



「違うよね、違うよね!! お母さんは、お母さんは・・・。」

「ごめんねモモ、仕方が無かったのさ・・・。」

そして、ラビは娘の声に観念したかのようにそう言った。



「仙狐さまも、今まで知らないふりをしてくれてありがとうございます。」

「馬鹿者がッ・・・・。」

仙狐さまは、悔しそうに歯噛みした。



「子供がね、産まれたんだよ。初めて愛した人の子だった。だから、くそったれな連中の甘言に乗ってしまった。

村の皆には迷惑を掛けられなかったが、部下たちには申し訳のないことをした。」

「誇りを売った時点で、貴様はもう家畜以下だよ。

ああ、あと安心してほしい。そのくそったれな連中は何年も前に私が摘発して処刑した。」

「誇りで飯が食えるかい。」

「覚えておけ、種族の誇りも捨て、理性すらも捨て、そんな獣も同じな輩が我々と食卓を同じにするなどと、思い上がりも甚だしい。

秩序を守らぬお前の言葉など、もはや家畜の鳴き声に等しい。ピーピー泣きわめくな。それ以上は陛下の御名まで汚すことと同じだ」

そして、もう騎士ガリアルがラビを見下ろす目は、家畜や獣を見る目だった。



ミーシャは分からなかった。

そこまで魔王が尊いのか、そこまで魔王は優先しなければならないのか。


ラビのしてきたことより、ずっと卑劣で下らないことをしてばかりで、一度も魔族のことを考えたことも無かった魔王なんかに。

一体、何が大事なのか。



「やめてぇ!! お母さんを連れて行かないでぇ!!」

その時、モモが突然駆け出した。


騎士ガリアルは部下を一瞥した。

すると、部下のリザードマンたちは彼女の両腕を左右から押さえつけた。



「こら、暴れるな!!」

「躾けのなってないガキだな!!」

そのまま、騎士ガリアルの部下たちの一人がモモに向かって手を挙げた。



その時、ミーシャは考えるより先に動いた。


「ミーシャ殿!!」

クーの声に聞こえた。

そんなことを気にせずに、その部下の体にタックルを仕掛けたのである。


だが、非力な彼女は重武装した大人のリザードマンに、そもそも質量で負けていた。

ガンッ、と弾き返されるだけだった。



「このガキッ!!」

それが気に障ったのか、そのリザードマンは武器に手を掛けた。



「何をしている、バカが!!」

しかし、その前に騎士ガリアルが横合いからその部下を殴り飛ばした。


「た、隊長~・・・」

「非武装の女子供に武器を向けようとするとは何事だ!! 貴様はこの私の誇りと顔に泥を塗る気か!! 仲間にそんな恥と不名誉を押し付ける気かぁ!?」

あと主任と呼べ、と言ってもう一発余計に部下を殴りつける騎士ガリアル。



「さて、正直なところ、私はお前に同情している。

人間なぞ、いくら喰われようが玩具にされようが我々の知ったことではないが、当然秩序を乱したことは許せない。

そんなことで強い戦士が消え去るのは、非常に惜しい。」

「ならば頼む、せめて娘たちは・・・・。」

「まさかとは言うまいが、自分の娘まで自らの行いに加担させたというのなら、もはや見るに堪えない。

この場で切り捨ててやるところだ。・・・まあ、聞け。」

後ろで彼の部下たちが、また隊・・主任の悪い癖が始まったよ、などと言い出し始めた。



「だから、情けを掛けてやろう。

そこでお前の言った通り、お前たちを全員連れて帰るのは少々面倒だ。処刑が決まるまで拘置するにも金が掛かる。

我々は抵抗にあった場合、最低限でも敵の首魁だけでも連行して来いと言われてきた。

貴様にまだ戦士としての誇りがあるのなら、その力の研鑽に嘘偽りが無いのなら、自らの武を持って示せ。」

「・・・・誰か、私の武器を。」

すると、ラビの部下の一人が狩猟鉈と弓矢と矢筒を持ってきた。


それを装備すると、彼女は戦闘態勢に入った。



「それでいい。・・・本当なら女と戦うのは大嫌いだ。

勝てば相手は女だからだと言われ、負ければ色香に惑わされたと言われる。・・・これ以上失望させるなよ、お前ほどの戦士が。」

「・・・・貴殿は戦場で敵を前にしてもそんなに饒舌なのか?」

「違うな、嬉しいのだ。私はより強いやつを倒したいだけなのだ!!!」

そして次の瞬間、騎士ガリアルは無手のままラビに殴り掛かった。


音速を超える左腕。

先ほどまで振るっていた拳とは違う、完全に相手の息の根を止めるための速度と威力を持っていた。



ラビはそれに対して、反対の腕で第二撃が来ないように自分から見て左側へと避けた。

しかし、それを読んでいたかのように騎士ガリアルは体を半分捻り、尻尾で彼女の体を薙ぎ払わんと振るった。


鞭の如き尻尾の一撃がラビに迫ったが、彼女は最小限の動きで跳躍してかわし、彼の死角へと着地した。


そして彼女の反撃の狩猟鉈が、騎士ガリアルの背後から鎧の合間を狙って振るわれる。

だが、絶妙のタイミングでそれを彼は振り返りざまの右腕の裏拳で叩き落とした。



「殺す気で掛かってこい!! 変な遠慮をするぁ!!」

そんな声を浴びせながら、騎士ガリアルは再び拳を振るった。

ラビも負けじと狩猟鉈で応じる。



「くッ」

だがライカンスロープも顔負けの近接格闘の連撃に、体格や力で劣るラビは一瞬でその応酬の無意味さを悟った。


ポーヴァルバニーの自慢である跳躍力を生かして、十数メートルもの高さまで跳んで後ろに下がる。

そして、その最中に彼女は武器を弓に持ち替えて、不安定な態勢のまま射撃を行った。


いつ狙いをつけたのかも分からない精密射撃が、彼の右目に吸い込まれるように飛来する。



「見事だッ!!」

その絶技を賛美しながら、騎士ガリアルは左手の手甲で矢を受け止める。

しかし、そのせいで視界が狭まり、まだ空中にいるラビの素早い第二射が彼の右腕の革鎧を貫通し突き刺さった。


彼が他のリザードマンと違い動きやすいように最低限の装甲しか纏っていないからできたことだった。



「―――ぐががッ!!」

その不気味な声は笑い声だった。

強敵であることに対する喜びと戦意に、騎士ガリアルの瞳が満ちていた。



「―――《大いなる始祖竜の加護よ、我にぃ!!!》」

その直後、彼の体が凄まじい熱で真っ赤に光った。


「竜神のシャーマンッ!?」

地面に着地したラビが驚愕するのも束の間、真っ赤な火炎の激流が騎士ガリアルの口から吐き出された。



「ちょ、退避退避!!!」

「やべぇ、隊長・・じゃなくて、主任がマジになっちまった!!」

「あのひと戦いになると周りが見えなくなるからなぁ・・。」

このままでは戦闘に巻き込まれると、彼の部下たちは村人たちを下がるように誘導しながら移動を始めた。


ミーシャもモモもこのままでは危ないから、先ほど殴られなかった方の彼の部下の両脇に抱えられて、後方へ退避させられた。




「距離を保てば有利に事を運べると思っていたかッ!!」

燃焼物が何もないのに地面に滞留する精霊魔術の炎は、徐々にラビの足場を奪っていく。



「く・・・・上位魔族の中でも尚強い者にしか成れない騎士位に、リザードマンの身でなっただけはある。」

ラビの言葉の通り、騎士位の授与は毎年定員があり、その候補はドレイクやジャイアント、トロールの最上位種などと、魔族の中でも選りすぐりの最強種族ばかりだ。


種族の壁が厚い魔族の中で、そこにリザードマンが食い込むのがどれほど大変かは、語るまでもないだろう。

地力以前に、実力が違うとラビは悟った。



ちなみに、能力差でゴリ押しするなんて男としてどうよ、と思う者もいるかもしれないが、リザードマンの価値観からすればそれは卑怯や恥に当たらない。


何せ彼らの信仰は、自らを鍛え上げて最終的に竜に成ることである。

それは即ち、強い肉体を手に入れることなのだ。


だから火力で力づくに正面から叩き潰すことは誉れなのだ。

そこで同じ神を信仰しているのに、ドレイクは信仰によってより深い知能を得られるとされているところを見ると、支配者と被支配者の両者の違いが見えてくる。




そして、そこからラビの攻めは消極的だった。

回避に専念し、矢弾の消費を抑えるべく小さく動き回って、精霊魔術から逃れている。



「ええい、小賢しいッ!!!」

そう言いながらも、騎士ガリアルは笑っていた。


「そろそろ勝負を決めようか。

なぶり殺しなど趣味ではないのでなぁ!!!」

すると、騎士ガリアルは獣のように地面に両手足を付いて、獲物を狙う肉食獣のように姿勢を低く構えた。



「うわッ、くるぞ・・・主任のエグイ技が。」

ミーシャは、彼の部下がそう呟いたのを聞いた。


そして次の瞬間、騎士ガリアルは四肢で大地を蹴って瞬間的に超加速した。



「なにッ!?」

ラビは警戒して大きく後方に跳んだが、跳躍が自慢のポーヴァルバニーに追随するどころか、もう一度蹴って飛び上がり、彼女を空中で組みついた。


いや、組みついたというより、噛み付いた、だった。

騎士ガリアルの巨大な口は、彼女の左肩を捉えていた。


そのまま、彼はラビを地面へと自らも一緒に叩きつけた。



「がはッ!!!」

受け身を取れた騎士ガリアルと違い、ラビはもろにその衝撃を受けた。


そのまま、彼は回転するかのように何度も地面に叩きつけ始めた。

反撃も許さない。


圧倒的な蹂躙攻撃だった。



「なんか掛け方が甘いけど、俺、あれで体格差三倍くらいあったジャイアントを投げ飛ばしたって聞いたぞ。」

「ああ、その話マジらしい。騎士位授与の選定試合の模擬戦で、対戦相手を再起不能にしたらしいぜ。」

「うへぇ・・・。俺、隊長の敵にだけはなりたくないないわぁ・・。」

「バカ、主任だって。」

そんな部下たちのやり取りが聞こえた。


その残虐な攻撃に、目を瞑り背ける者が多くなった頃、騎士ガリアルはラビを開放して立ち上がった。



「お疲れ様です主任。相変わらず凄いですね。今、腕の矢を抜きます。」

と、彼の元に部下が駆け寄り、そう言った。


「・・・・・・・。」

だが、勝利した当の本人は不満そうな顔を隠さずにいた。



「どうかなさいましたか?」

「・・・引き分けだった。」

「え?」

「私が技を掛ける寸前で、彼女は鉈に手を掛けていた。

彼女はいつでも私の首にそれを振り下ろせたが、私が投げるのが先かその鉈が私の首に至るのが先かは微妙なところだった。」

だから向きになって何度も叩き付けてしまった、と自ら恥じ入るように彼は言った。




「約束通り、と言うには何も交わしてはいないが、我々は激しい抵抗にあって、首魁の女一人を生け捕りにするのが精一杯だったという事にしてやろう。

どうせ、『マスターロード』は大将首だけで満足されるさ。

残りは全員殺したことにしておけ。お前たち、あとで適当に鎧を魔物の血で汚しておけよ。」

「「「「了解しやしたー。」」」」

騎士ガリアルはそんな部下の返事を聞き届けると、ボロボロになったラビの元に歩み寄った。



「かんしゃ・・・する・・」

「ふん。・・・・おい、この女を丁重に縛り上げておけ。」

そして彼は部下が彼女を拘束するのを見届けると、その足でモモの前まで歩いてきた。



「お前の母親は強かったぞ。お前もそれを誇りにしろ。

そうやって、お前も強い女に成れよ。」

こくこく、とモモは涙を目に溜めたまま頷いた。



「ご恩情痛み入る・・・。」

「この件に関してはどうせ領主殿からペナルティが来るだろうが、あまりに目につくようなら知り合いを紹介してやろう。その時は第十層にある私の事務所に来るといい。」

彼は仙狐さまにそれだけ言い残すと、部下たちを引き連れて去って行った。




「・・・御義母さま。」

「ああ、分かっているよ。」

難しい表情のヨハンに声を掛けられ、仙狐さまも溜息を吐いた。


「見逃されたとは言え、私の監督責任が問われるだろう。

何もなし、と言うわけにもいくまい。人身売買に係った者たちを内々に罰しておく必要もあるだろうな。」

「領主殿への対応も考えなければなりませんね。」

「ああ、今から頭が痛いよ。とりあえず、まずは各種族の代表を集めねばな。」

そう言いあいながら、仙狐さま達は歩いて行った。




「きっと、他の騎士殿はあのような方ばかりではないのであろうな・・・。」

「そうだね・・・。」

クーの言葉にミーシャは頷いた。


ガリアルのような高潔な武人ばかりでは世は回らないのだ。



「ねぇ、二人とも。」

「ん?」

「どうしたのであるか、モモ殿?」

ミーシャはともかく、クーは色々なことがあってショックを受けているだろうモモに気を使うようにそう言った。



「私、お母さんみたいに強くなる。強くなって、皆を元通りにするよ。・・・たぶん、バラバラになると思うから。」

恐らく今回の一件で、彼女の種族の信用は失墜するだろう。

モモは、そんな自分の一族を立て直すと言ったのだ。



「私も可能な限り助力は惜しまないのであるよ。」

クーは、そんな彼女を慈しむように抱きしめた。



「私は、騎士を目指してみようかな。」

「「え?」」

ミーシャがそういうと、二人は驚いたような顔になった。



「・・・並大抵では不可能であるよ?」

「うん、だけど、それが皆の為になる一番の方法かなって・・。」

クーに言われなくても、彼女はそんなことわかっていた。


恐らく最弱クラスの種族である自分が、騎士になるのはほぼ不可能に近いことだろう。

だが、それでも彼女は成りたかった。



村の皆を為に、今回のようなことが二度と起こらないように、何より彼女自身がそうしたかったのだ。

前世なら、騎士位は貰う側ではく上げる側なのが笑えるが、そうも言っていられない。



これから、彼女は長く過酷な戦いに赴かなければ成らないのだから。













今週はこちらの都合で執筆が難しいので、急いで書き上げました。

前回誤字をなくしたいといっていながら、数えて五つ以上も誤字があってまたまたへこんでます。


本当ならこの話はもう少し短めに終わらせたかったのですが、戦闘も入れたかったので、前後編が中編まで増えてしまった次第です。

それにしても、次の後篇で終わる予定にしたいのですが、前に中々編とかなったこともあるので、できる限りうまくまとめたいと思います。

それでは、また次回。



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