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第五話 魔族の信念




「おや、もう大丈夫なのかい?」

俺がクラウンの部屋に入ると、こいつはテーブル一杯の食べ物を次々と口に運びながらそう言った。



「なんとかな・・・」

まさかこいつがこんなに大食いだとは知らなかった。

と、思ったら、これは種族性らしい。ドレイクは変温動物なので、人間のように大量にエネルギーを必要とするようだ。具体的には、俺たちの三倍くらいは。


食糧不足がどうのこうの言っていたのに、こいつは俺よりずっと消費しているのかよ。



「二日間は寝たきりだっただろう? 体の動きに支障は無いかい?」

「おかげさまでな。お前のアドバイスも役に立ったよ。」

「だろう?」

ニヤニヤしながらクラウンはドヤ顔を決めやがった。むかつく。



盗賊の襲撃の後、俺はクラウンの家の床に寝かされ、そのまま休養を取った。

クラウンはあの後ラミアの婆さんのところに行って知恵を借りてきたらしい。


この魔導書の防衛機能の設定はデフォルトであり、後から何通りか自由に設定できるとのこと。

それで治癒の魔術を魔導書の側から使用するように命令をしたのである。


それで俺が魔術を使ったら意味が無いと思われるが、実はこの魔導書、魔導書自体が独立しており、それ本体が非常に優秀な魔術師に匹敵する。

だったら魔導書だけでも良いじゃないかという話になるが、魔導書は所詮本であると言う。


本は本に過ぎないが、俺はそれに使われるただの出力装置に過ぎないのだ。




「魔術の才能や行使には、魂が必要だと考えられている。

それの制御に精神が必要であり、最終的に魔術師は己の肉体を捨てることも厭わないとい言う。連中は“完璧”な不老不死を目指しているからね、肉体なんて便利なだけの重石過ぎないんだろう。

その究極の形がその魔導書なんだろうね。彼らは知識の喪失を極端に恐れる。そのためならそんな姿になっても厭わない。」

「どうしてだ・・・?」

「君は、自分が信じて行っていたことが否定されたらどうする?

そうだと信じてずっと愚直に行ってきたことを間違いだと否定されたら、それはとても惨めなことじゃないかな?

それを守るためなら、きっと命を捨てるに値することなんだよ。」

俺には理解できない話だった。



「そりゃあ、君には何も無いからね。」

俺の考えを理解しているとでも言うように、クラウンは嘲るように言った。



「ばあ様にお礼くらい言ってきなよ。

僕も用事があるから、これを食ったらそっちに行くからね。」

「ああ・・・」

俺は、反論する言葉すら持ち合わせていなかった。






・・・・

・・・・・・

・・・・・・・・





俺は近所のラミアの婆さんの館にやって来た。


館と言っても、テントに近い。

紫色の布で作られており、それが連なって何部屋かに分かれている。



「婆さん、婆さん、居るかーい?」

俺は入り口から声を張り上げて言ったが、返事は返ってこなかった。


「あれ、留守か・・・?」

困ったなぁ、と俺は頭を掻いた。

近所だし礼くらいはいつでも言えるが、それが逆に消化不良にも似た不快感があるのだ。



仕方ないから帰ろうかと思い、踵を返したところで、後ろから、はーい、と言う声が聞こえた。


「ん?」

婆さんの声にしては気だるく甘ったるい若い感じの声だった。



俺が振り返ると、丁度館の入り口の幕が丁度開くところだった。


「あれ? あんた誰?」

顔だけを覗かせてこちらを窺うそいつは、人間・・・に似た何かだった。頭に角があるし。



「ん? んん~?」

そいつは俺の顔を凝視すると、ずんずんと近づいてきた。

背中には蝙蝠の翼のようなものが見える。やはり、人間ではなかった。


肌は色白というより病的に白く、それがむしろ儚ささえ演出してみせるほど美しく、女性らしい豊満な肉体を持つ化け物だった。




―――『検索』、124ページ。



種族:夢魔  カテゴリー:人型・悪魔属

性格:普通  危険度:D  友好性:友好


特徴:

通称、淫魔と呼ばれる非常に有名な上級魔族。

男性名はインキュバス、女性名はサキュバス。共に異性の人間を魅了することに特化した能力を持っている。

容姿は人間に近く、外見を誤魔化して異性の人間に近づいて、繁殖の為に性交をすると言われている。

事実彼らの種族の男女同士では繁殖するのは出来ないようで、最も都合の良い人間種を苗床に利用している。

当然知性も知能も人間並みであり、感性も人のそれに近い。

見つけたらまず殺しに掛かる魔族では非常に珍しい種族である。悪魔属の魔族ならこの種族に限った話ではないが。


淫乱なイメージが先行するが、それは事実ではない。

彼らには繁殖期が定期的にあり、その場合にのみ強烈な性衝動に襲われ、人間を夜這いしたりするようだ。

普段は人間社会に潜み、敵対者の目を掻い潜り、全く人間と同じように暮らしている。悪魔とは、日常のどこにでも潜んでいるという良い例である。特に娼婦はいい隠れ蓑になったと言う。


魔族にも珍しい飛行能力を有しており、魔力も高く独自の秘術を有しており、夢の中に潜んだり完全に人間に化けたりと、能力は多彩。

ちなみに、生殖に成功した場合、生まれる子供はほぼ確実に夢魔の子である。

魔族相手とはいえ、もう少し人間も頑張ってほしいところである。




すぐさま魔導書の知識が検索され、その正体を看破した。



「うそ、人間だぁ・・・こんなところに居るなんて珍しいねぇ。」

それは確かにイメージ通りの獲物を見つけた目というより、物珍しさと言った様子で俺を見ている夢魔。

本当にそれだけなのに、男心をくすぐる甘ったるい声である。


「あんたは、ラミアの婆さんの知り合いか?」

自分でも体温が上がっていくのが分かるくらい心臓が鼓動している。

こんな気持ちは幼い頃の初恋以来である。



―――『警告』 軽度の『魅了』に精神を侵食されています。レジストしますか? イエス/ノー?



危険性は薄いからか、魔導書が警告程度に呼びかけをしている。

俺はすぐにイエスと返した。


人間に化けている時ならいざしらず、本性を現している間は常に彼女らは異性を虜にしようとしているのだ。油断はならないからこその悪魔なのだろう。

徐々に心臓の鼓動が収まって行くのを感じる。


記憶の奥底で錆付いていた恋心はやはりまやかしだったようで、何だかやるせない気分になってきた。



「ああ、私はここで師匠の下働きをしてる弟子よ。」

「師匠・・・? 婆さんの?」

「なに? 悪いの?」

その声は寝起きなのか、この夢魔は非常に眠たそうである。



「いや、婆さんに弟子が居たなんて初耳なんでな。」

「私だってこんなところに人間が居るなんて初耳よ・・。

私は昨日町から帰ってきたばかりだからねぇ、はわぁ・・・眠い。」

あくびを一つに目をごしごしと腕で擦る夢魔。



「あのババア、人が帰ってきたばかりだっていうのに儀式なんか真夜中に手伝わせて・・・。

いくら私達の本番が夜だからって、“本番”がなければ寝るのは私達も同じなんだってね・・・。」

こんな下品な言葉を聞いたら、まやかしでも恋心を刺激された自分が情けなくなった俺であった・・・。



「誰がババアだって?」

「ひゃいぃ!!」

噂をすればなんとやら、ラミアの婆さんが森の方からにょろにょろと地面を這いながらやって来た。

眠そうにしていた夢魔も今までのだらけた態度が嘘のように背筋がピンとなっている。



「お前さんは秘薬の調合をしてな、釜を焦がしたりしたら承知しないよ。」

「わ、分かりました!!」

慌てて館に戻る夢魔はどこか滑稽で、思わず俺は笑ってしまった。



「それで、何のようだい? まさか朝の挨拶なんてする間柄じゃないんだから。」

「ええ、まあ。クラウンの奴が婆さんに色々教わったから礼を言いに行けって。」

こうして立っていると小柄なラミアの婆さんも蛇の胴体は結構大きく見える。


「ふむふむ、気にするこたぁないよ。しかし、年上を敬うのはいい心がけだねぇ。」

「あ、それと、これも返さないと。」

俺は最初に受け取った銀の指輪を婆さんに返した。



「ふーん、すぐに応用するなんて、一丁前に魔術師の真似事かい?」

婆さんは指輪を受け取ると、そんな風に皮肉げに笑って見せた。


この指輪には、共通認識の魔術という奴が掛かっている。

それは言葉からお互いの知識から共通する部分を補い補完し、通じ合うようにする魔術であるそうだ。


つまり、お互いの知識の限り何を言っているか分かるようになる魔術なのだ。

だからオークのギィンギとの会話は片言に聞こえるのだ。


しかし、その指輪は魔族用であり、人間用の魔導書が勝手にやってくれるのでもう必要ないのだ。

お互い通じ合っているように見えても、お互いの知識から割りと食い違いが起こりやすいのが欠点であり、これまでも何度かクラウンとの意思疎通の際に感嘆符を頭上に浮かべたものである。



「どうにか使いこなせてみないといけませんからね。」

だからそんな皮肉にも真面目に返すしかない。


「一つ、忠告しておいてやるよ。

魔術の世界は完全に才能が物を言う、全くの無駄とは言わないが、努力なんて才能の前には塵芥に等しい。

その点、お前さんには才能は十分だろう。魔導書に選ばれるくらいだからねぇ。

だけど、命の遣り合いじゃあ、才能だけなんていうのは何の役にも立たない。重要なのは経験だからねぇ。

おととい、お前さんは失敗をしたそうだが、それは前提が足りなかったんだよ。普通、魔術師は何年も掛けて魔術を扱えるようにするもんさ。

その魔導書も、当然その前提を踏まえる工程を示してくれるだろうさ。そうでなければお前さんのような一般人の手に渡る意味が無いからねぇ。

今すぐにとは言わないが、そのうちそれなりには扱えるようにはなるだろうさ。」

「・・・・ご指導、ありがとうございます。」

「ひっひっひ・・・・あたしも隠居が長いせいか、説教臭くなっちまったのかねぇ。」

にょろにょろと館に帰っていく婆さんの背中を見て、俺は何となくクラウンの言っていたことが分かった気がした。


敵になるかもしれない相手に助言するのは、自分の道を信じているからなのだ。

己の積んだ研鑽が正しいと、信じているからだ。


それは、アイデンティティと呼ばれる物なのだろう。



・・・・俺には、無い物だ。





・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・・・・





クラウンの奴と合流して、俺はオーガロードの騎士の下へ向かう。


先日の盗賊被害で戦果を上げたから、それの報告に向かうのだ。

聞いた話によると、盗賊は同時多発的に複数の箇所から村を襲撃したらしい。


俺が居た場所もそのひとつだったようだ。



「正直驚いたよ、その変人が見込んだだけ程度はあると言ったところか。」

「だろ? こいつにこの村の戦力の一員として加わってもらえばいい。戦果に応じて借金を減算するって感じで。」

「いいだろう。だが我らも年中戦っているわけでもない。警邏にも加わってもらうぞ。それではいつ返しきるか分からぬし、次はあっさり死ぬかもしれないからな。」

「そうだね、それでいいと思うよ。でもそっちの警備兵が納得するならだけど。」

「人間が加わった程度で文句を言うような輩などは所詮その程度よ、それを見定めるいい機会と言えるかも知れぬだろう?」

「ふーん、そうかい。」

「おい、クラウン・・・・。」

なんか勝手に話が進むので、俺はクラウンの袖を引っ張った。



「忘れたのか、俺が戦えるのは・・・」

「大丈夫、契約は来月からさ。それまでに何とかすればいい。」

クラウンは有無も言わせない様子だ。


魔族の暦は知らないが、課題は山積みである。



「おい人間。名前は何だ。」

すると、こちらなんて目もくれなかったオーガロードの騎士が突然話しかけてきた。



「俺の名前は・・・メイです。」

「メイ、か。これからお前を雇うのだから当然俺も名乗っておく必要があるな。俺の名は、ゴルゴガン。

我が領民の財産と命を守ってくれたことを感謝する。これからも魔王陛下の為に良く働くように。」

全く感謝していないように聞こえる声色だが、多分感謝しているのは本当だろう。

じゃなかったら彼ら強大な魔族が簡単に人間に礼を言ったりしないだろう。



「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。」

とりあえず、上司になる人なので頭を下げておいた。





「覚えておけ、メイ。魔族はどれだけ力を示せるかが全てだ。

貴様が敵の前に屈しても、誰もその屍を拾う者は居ない。そうやって我らは存在してきた。貴様もここで生きるなら、そのように成るしかないのだよ。」

俺の頭上に投げ掛けられたその言葉は、とてもとても重かった。



それが彼の信念なのか、俺には理解できないのだろうか。











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