第四十八話 そして物語は・・・
まだ人間だった頃の『黒の君』の手記。
『今日、衝撃的なことが起こった。
僕の弟子に成りたいと言う酔狂なバカがやってきたのだ。
なんでも、僕から魔術を学んで不治の病を患っている弟を治したいのだとか。
いや、そんなことは別にどうでもいい。
何となく喋り方とか顔立ちがアイツに似ていたことに、僕は驚いた。別に瓜二つと言うわけではなく、雰囲気が近いと言うだけだが。
いや、アイツの生まれの国の人間は殆ど似たような顔つきをしているから、組合せの問題でそっくりな奴が居てもおかしくはないのだけれど。
しかし僕は気になったので、そのバカの弟を診てやると言う名目で家に押し入り、家系図とかを読み漁った。
僕はさらにびっくりした。嘗て僕と一緒に戦った仲間の間に産まれた子の子孫だったのだ。
いいや、まあ、僕は王家の援助を受けて魔術の研究をしている訳だし、あいつらも同じ国に住んで死んで行った訳だから、子孫が居て会っても別におかしくはないのだけれど。
アイツに雰囲気が似てるから、てっきりアイツの子孫かと思ったけど、よくよく考えればアイツに子供は居なかったはずだ。
だが、これは面白ことになった。
ちょうど、蘇生魔術の理論も手詰まりしてるところだし、暇つぶしに弟子にしてやっても良いかもしれない。
僕は逆にこのバカに弟子に成る代わりに、弟の治療を申し出た。彼女は快諾した。
名前はリュミスと言うらしい。明日から、実に楽しみだ。』
『驚いた。驚くほど、このバカ弟子には才能が無い。
何だか裏切られた気分だ。だってこいつの先祖は強大な魔術師だったと言うのに。
半日以上基礎的な魔術の構築をやらせて、僕が懇切丁寧に指導してやっているのに、全く成功の予兆すら見えない。
あまりにも成功しないからムカついて怒鳴ったら、泣かれた。うるさいったらありゃしないが、何だろう、とても胸がスカッとする。
修行だとか嘘吐いて、ワイバーンの巣に放り込んだり、宇宙すれすれの高さから落としたりしてみると、なんか凄く楽しかった。
リュミスの悲鳴とか泣き声とか聞いていると、なんか良い気分になる。
きっとアイツに似てるからだろう。これはなかなかストレスの解消に成る。
どうせこいつに見込みなんて無いし、せいぜい遊びつくしてから捨ててやるとしようか。』
「・・・ぅぁ・・・」
フウセンが目を覚ますのに、実に三日もの時を要した。
「意識レベル上昇・・・起きたわ。」
その間、クロムは無数の機器で彼女を囲んで、さまざまなデータを取っていたらしい。
恐るべきことに、今の今までパソコンで言う所のスリープモードみたいに、フウセンは限りなくエネルギーを消費しない状態だったらしい。
その所為か、それまで一切の栄養を必要としなかったようだ。
血を抜いて各種検査や調査を行った結果、俺にはよくわからなかったが一般的な数値を軽く凌駕して居たらしい。
それはもはや、遺伝子工学と言う言葉すら超越した、進化だと言う。
それは生物としての、変質だった。
それで、魔王本来の肉体からすれば最低限の間に合わせでしかないのだと言うのだから、恐れ入る。
俺とエクレシアは、彼女が目覚めそうだと言う事で、急遽彼女の為に仮設された天幕にやってきた。
簡素なベッドな上に寝かされたフウセンの周囲には医療機器や無数の近代的な計器が併設されている。
彼女の引き千切られた左腕の復元と縫合もここでやったらしく、骨折も合わせて半月もすれば完治すると見込まれている。
アホみたいな治癒速度だと、クロムは言っていた。
「フウセン、俺が分かりますか?」
三日間ずっと彼女の側に付き添っていたフウリンが、彼女の顔を覗きこんでそう言った。
「あれ・・・ウチは・・・え、夢か? あれ・・?」
どうやら、あの騒動の前後の記憶が曖昧らしい。
気持ちは分からなくもないが、正直勘弁してほしい。
「え、いや、違う、ウチの腕が・・あるぅ。」
そして、俺たちの顔と自分の腕を何度か視線を往復させてから、大分あの時の事を思い出してきたようだった。
「あ、あぁ・・・。」
そうして、彼女は現実を全て理解した。
「そっか、ウチはもう化け物になってもうたんや。」
本来なら神経が繋がったばかりでそれなりのリハビリが必要なはずの左腕を軽く動かし、五指を開閉させて彼女は言った。
「もう一回暴れるか?」
意地悪ではなく、確認の為に俺はそう言った。
「煮るなり焼くなり好きにせいや、もう、なんもかんもが嫌や。」
それが強がりだと分かるくらいには、俺も他人の機微は理解できるようだった。
きっと、今にも泣きだしたいに違いない。
だが他人を前に、そんな弱みも見せられない。
「そんなこと、仰らないでください。」
だが、エクレシアが彼女に近づいてそう言った。
「私は貴女の力に成りたいのです。」
フウセンの手を取り、真摯に彼女の瞳を見詰めてエクレシアはそう言った。
そして、俺たちに目配りして退出を促してきた。
ここは彼女に任せよう。
フウリンの奴もここは彼女に任せた方が良いと判断したらしく、一礼して天幕から外に出た。
「え、ちょ、なに!?」
「どうせ記録してんだろ、ちょっと出るぞ。」
俺は計器を睨んで背を向けていたクロムの奴の腕を手に取り、外へ引っ張って行った。
そうして外に出ると、旦那を始めとしたこの村の魔族の全てが膝を折っていた。
まだ見ぬ、フウセンに忠誠を誓うように。
帰って来てから、みんなこんな調子だ。
「メイ、御方は御目覚めに成られたのか?」
「はい。ですが、まだ自分を受け入れられてはいないようです。今、エクレシアが・・・・。」
俺は旦那にそう言って、天幕の方を振り返った。
一週間の予定をしていた祈願祭は、開始当日に終了した。
魔王の言葉だけで本来の目的は達成されているのだからそれで良いのかもしれないが、記念すべき祭りとは言い難いだろう。
『マスターロード』を始めとする各村々や種族の代表が集って協議した結果、かの二番目の魔王の言葉を推奨すると言う結果になったようだ。
即ち、魔王の断片を見つけたら、その持ち主を新たな主として仰いでも良いし、野心が有る者が居るならそれを奪っても良い。
しかし、あの魔王の言葉を受けてショックを受けた魔族達は、圧倒的に前者へと落ち付いたらしい。
そもそも、魔王の魂に触れる事など恐れ多い、と『マスターロード』が後者の選択を自ら斬って捨て、ほぼ全面的な同意と支持の上に可決された。
そして、まずは魔族全体で魔王の断片の捜索を行う事が決まった。
更に、見つかった断片の持ち主が、新たな魔王に相応しいと判断したのなら、その人物に従って行動しても良い事が決まった。
それは『マスターロード』が、自身が頂いた権限よりフウセンの一言の方が重いと自ら認めたようなものらしかった。
その潔さを故郷の政治家たちに見習わせたいものである。
つまりフウセンが望めば、彼女を中心とした政権が保障され、一つの自治体が誕生するようなものらしい。
『マスターロード』が魔族の代表としてそれを認めれば、別の断片を求める為のあらゆる戦闘行為を許可する、というものも決まった。
それが他の階層の場合、昇降魔法陣に新たな機能を追加されることに決まった。
それは五か所の転移場所を設定され、任意でそのどれかに転移できるようになる、というものらしい。
それで、構造的に侵略が難しい他の階層への攻撃を可能とする。
だがそれは事実上、この階層を統一することが前提に成りそうだ。
そう、これは戦争なのだ。
まるで、日本の戦国時代のように。
「その、旦那。彼女は、人間なんですよ。
俺が言うのもなんですが、みんなは人間が魔王として仰いで良いんですか?」
俺は敢えて訊けなかった事を、訊くことにした。
もうフウセンが起きた以上、先延ばしには出来ない。
「・・・この際、魔王なら人間でも良いと言うのが我々の見解だ。」
それは、フウセンのような諦めの混じった一言だった。
「我々は、この世に現存する最も権威ある魔王から、存在を否定されたのだ。
それは、創造主にお前たちは失敗作の要らない存在だと言われたようなものなのだ。我々に必要なのは、新たな柱なのだ。巨木のような、拠り所なのだよ。」
旦那の語る言葉は、悲壮だった。
それはエクレシアにすれば、自分の聖書の神が嘗ての契約を破って再び地上を洗い流す大洪水を起こすような事態に等しいだろう。
そうなれば人々は嘆きに包まれるだろう。
それと同じく、魔族は今、嘆きに包まれているのだ。
「俺としては、皆の生活と命を預かる身故に、誰でも良いとは言えないが、悪法でも法に違いないのと同じで、魔王なら我ら全てを否定しても我らの王なのだ。
そして王たる素質を持った者がこの村に現れた。
ならば、これは運命なのだろう。俺はそれに従いたいと思う。これは、皆も同意を得た事だ。」
「そんなの、自棄になってるだけじゃないですか。」
それ以前にフウセンはまだ魔族の王になると決めた訳でもないのだ。
「そうだとも、我々は自棄なのだ。」
そして、清々しいほどそう言い切られては、俺も二の句を継げなかった。
「考え直して下さい。俺の故郷にも、かつて神に等しい指導者が居ました。けど、他国との戦争で負け、ただの人間だと自ら宣言させられた。俺の国なら子供でも知ってる話です。
これだって、程度は同じ話でしょう!? あいつは、フウセンは、千明はただの人間なんですよッ!?」
「メイ君・・・。」
この空気に何も言えなかったフウリンが、俺を見た。
「ならばこそ、ただの人間のお前に我々の何が分かる。
『マスターロード』の仰ると通り、我々は人間の下で飼い慣らされ、恥を忍んで生きて来た。尊厳などまるでない、家畜のようにな。
お前だって、ここに来るまでは我々家畜同然に思っていたはずだ。魔物と大差ないと思っていたはすだ。」
「んな!? そこまで言いますかッ!!」
その物言いに、流石の俺も頭にきた。
この国に来るまで魔族の存在なんて信じていなかったし、知りもしなかった。
だが魔術師のように知っていたのなら、きっと旦那の言うとおりだったのだろう。
だけど、俺はここでの生活をして、少なくとも仲間と言い合える奴らが出来るくらいには分かり合えたつもりだった。
それを頭ごなしにそう言われれば、誰だって頭に来るはずだ。
俺は仲間たちを、あんな知性も欠片も無い魔物どもと一緒にした事なんて、一度も無い。
「止めないか、うっとおしい。
見苦しいんだよ、そんな水掛け論にしかならない話で、誰が得するって言うんだい。」
そこで、俺と旦那の話が激化する前に、ラミアの婆さまが仲裁に入った。
「あたしらの事を決めるのは、ゴルゴガン、あんたでも、メイ、お前でも無い。それに、正式では無くとも、王の御前だ。
黙って膝を突きな。それとも、あたしみたいに膝が無いのかい?」
「「・・・・・・。」」
婆さまに叱られて、俺と旦那はすっかり意気消沈してしまった。
思えば、今のは旦那らしくない。
きっとかなり精神的に参っているのだろう。
「生意気言って済みませんでした。」
俺は素直に謝る事にした。
俺もエクレシアに、貴方なんて破門です二度と顔を見せないでください、何て言われたらへこむし、死にたくなる。
きっとそんな状態に近いのだ、旦那も、皆も。
「いや、俺も、その、だな、気が立っていた。すまん。」
旦那もそう言って来たので、この件は手打ちになった。
結局、婆さまの言うとおり、俺たちは待つ事しか出来なかった。
天幕の中から、フウセンのすすり泣く声が聞こえてきた。
同じ女同士の方が、何かと話が出来るのかもしれない。
そして暫くしてから、エクレシアに肩を抱かれて俯きながらフウセンが天幕から出て来た。
当然、フウセンはこの状況に目を見開いて驚いていた。
「なんや、あんたら、誰や・・・。」
「フウセン、ここは魔族の領域なんですよ。」
フウリンが重そうに口を開いて説明をした。
「なんやそれ。そんなん知らんわ、ウチに何の関係が有るんや。」
「失礼ながら、この村の代表のゴルゴガンと申します。」
一歩前に踏み出て傅く旦那は、その巨漢と強面が相まって、フウセンが小さく悲鳴を上げて後退る。
「御方の魂には、我らが王の断片が混じっておられる。
なれば、無関係と言う事にはなりますまい。我らは今、大いなる王が不在であり、使えるべき主人が居ぬのが現状。」
「知らん、そんなん知らんわ。」
フウセンは首を嫌々と横に振って、弱弱しくそう漏らす。
「そんなん、あんたらが勝手に決めて、勝手にすればええやんか。」
「そうはいかないのです。我らが王たる存在は、あらかじめ決められているのです。我々総員は、それに従うのみ。決定権は、貴女に有られる。」
深々と、旦那は地に頭が付きそうになるほど下げて言う。
「我らの忠誠が不要なら、ただ一言、死ねと命じて下されば結構。
しかし、思い知っていただく。我ら全ての命と引き換えに、もう逃れられないのだと、恐れながら思い知っていただきたく存じます。」
その言葉に、一体いかほど覚悟や決意が込められているのだろうか。
「知らん、知らん!! なんでウチがあんたらの責任を負わなきゃあかんのや!! 何で見ず知らずの化け物どもに、覚悟を決めさせられなぁあかんのや!!!」
「フウセンッ」
俺は彼女の物言いに、思わず口を出した。
「お前は黙っていろ、これは我ら魔族の問題だ。」
「・・・・・はい。」
しかし、旦那に言い含められて、俺は矛を収めるしかなかった。
「もう、既に分かっておられるはずだ。自分は、その化け物どもの親玉だと。肌で、感じておられるはずだ。
それに敢えて言わせてもらうのなら、なぜ人間如きが我々の王なのだと思わなくもありません。」
「そんなん、ウチが一番聞きたいわ・・・。」
「そこで提案なのだけれどー。」
なぜそこで、空気を読まないクロム!!
「貴女は人間のままでいたい。こっちは、魔王と言う存在が居て欲しい。ならば簡単よ。私が何とかするわ。」
堂々と胸を張ってドヤ顔でそう言い切りやがった。
「・・・・その、具体的な案を聞かせてください。」
変な空気になったので、エクレシアがフォローするようにそう言った。
「賢者の石よ、あれがあれば魂のろ過ぐらい出来るわ。
混ざり切ってどうしようもないレベルの魂も、分離できるかもしれないわ。人の魂と、魔王の断片にね。」
「そんな恐れ多いことが、許せるかッ!!!」
その言葉に、旦那がキレた。
「ちょっと、黙れや。」
魔王フウセン、魔族への最初の命令がそれだった。
旦那は、呆気にとられたように口をぱくぱくと開閉させることしかできなくなった。
「貴女は、魔族の皆に材料集めを手伝わせる。魔族は、一時的に彼女を王位に据えて、来たるべき時に分離が成功したあと、改めて何らかの方法で新しい王者を決める。
これで万々歳じゃないの?」
何だか一番得して居るように思えるのはクロムの気がするが、一応この状況が丸く納まる提案だった。
「可能なのですか?」
「正直それでも無理っぽいけど、可能性に賭けると言う意味では無駄ではないはずよ。」
流石に前代未聞の試みに、クロムも自信がないようだった。
「俺は賛成できません。
あらかじめ俺は二番目の陛下に話を伺っていたのですが、かの御方でもこの偶然はどうしようもないものだと仰っていた。」
難色を示したのは、フウリンだった。
「ええわ、試してみよう、それ。」
「いいのですか、フウセン。自分の可能性を閉ざす事になるんですよ?」
「だったら、ウチの可能性ってなんや? 魔王みたいになって、気に入らんもの全部ぶっ壊すようになることか?」
「望めばどのようなことも可能に成りうる才能なのですよ?」
「確かにもったいないかもしれへん。だけど、ウチにそんな大層な望みはあらへんのや。だってウチ、まだただ適当に学校通ってるだけのガキなんや。」
それに、と彼女はフウリンを見詰めてこう言った。
「あんたは、ウチを魔王として崇めたいのか?」
「ええ、俺は貴女の内なる強さに引かれ、貴女が魔王に成りうると知った時に確信しました。この人に付いて行こうと。
ですがそれを『盟主』に否定され、あんなに苦しむ貴女を見て、俺は悩みました。」
事実、ずっとフウセンに付き添っていた彼は、ずっと辛い表情を浮かべていた。
「そんなん、あんたの勘違いや。」
「肉体を軽々と浸食する魔王の魂に、人間の精神のまま正気で居られること自体が異常なのです。
俺の目に狂いは無かった。だから分かったんです、俺は魔王の貴女ではなく、やはり貴女の意思の強さに魅かれたのだと。初めて会ったあの時から。」
「何でこんな大勢の前で告白されんといかんねん。」
「いいえ、ただ崇敬しているだけです。そんな俗にまみれた感情ではありません。彼らと同じように、ただ貴女に従いたいだけなんです。」
「訳分からんわ・・・。」
フウセンにしてみれば、自分から下僕に成りたいと言ってきている変態が一人、と言った具合なんだろう。いや、流石に変態は言い過ぎか。
「まあ、それはええわ。『盟主』は一体、ウチをどないするつもりなんや?」
「うーん、それなんだけれどね。
一応無力化して、今はもう暴れるつもりもないようだし、人間に戻りたいと言ってるし、“無害”になったと報告しても良いんだけれど。」
チラッチラッとクロムは何度もフウセンの顔色を伺いながらそう言った。
「わかったわ。あんたの案を採用する。」
「オッケーッ!!! 『盟主』を説得して何とか不干渉にまで持ち込んで見せるわ!!」
実に分かりやすい奴である。
どこまで自分の欲望に忠実なんだろうか。
「では・・・。」
「その代わりウチはあんたらの事に最低限しか関わらんよ。
勝手に祀り上げて、勝手に自分らの王にすればええ。あんたがここ代表なら、全部あんたに任す。好きにしたらええわ。」
「は、ははぁ!! その信任に応えられるよう、喜んで尽くさせて頂きたく思います!!」
フウセンの言葉に、旦那はひれ伏した。
そして、まるで波のように魔族達が続々とひれ伏していく。
「フウリン、ウチはもう帰るで。」
「え?」
「家に帰る言うてんのや。親父はウチの事なんてどないだってええねんやろうけど、学校があるやろ。もう三日も休んでるねんし。」
「ええ、ですが・・・。」
「なんや。もうそんな事する必要なんか無い言うたら、殴るで。ウチはこれ以上、普通から離れとぅないんや。・・・もぅ、これ以上は頭イカれてそうや。」
「・・・・わかりました。」
フウセンの精神状態がまだ不安定なのを悟ってか、フウリンは頷いた。
「毎日一度はここに顔を出す。仮にも、あんたらの御題目なんやからな。こっちでの状況を把握するために、それぐらいはするわ。」
もうすることもあらんし、とボソッとフウセンは付け足すように呟いた。
「それでは、一先ず今日は失礼いたします。」
フウリンが一礼して、彼はフウリンと共に消え去った。
「諸君、聞いての通りだ。」
旦那が皆に振り返ってそう言った。
そしてその日、この村に歓声が轟いた。
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「仮初めでも良いから、自分の仕える主人を求める。それで良いのかなぁ・・・。」
俺とエクレシアは村の外の森を歩きながら、そんな事を話していた。
あれから村の皆は、次にフウセン達が来た時の為に宴を行うのだと言って準備をし始めた。
切り替えの早い連中である。
「それは私達には分からない事なのでしょう。
我らの神も、目に見えず声も聞こえない存在です。それを疑う人間は数知れませんが、確固とした存在として作り挙げたいと思う者はあまり居ませんし。」
全くいないと言えないのが悲しい所だろう。
「それより、この状況は大きな波紋を齎すでしょう。
一時的にとは言え、彼女は魔王に成る事を選んだ。この情報は明日にでも『マスターロード』に届くでしょう。
そうなれば、彼女を巡り、他の断片の持ち主との戦いは避けられない。これからは、これまで以上に激しい戦いが続くでしょう。
それこそ、個人規模ではなく多くの魔族の意思が絡んだ、戦争に。」
「魔王が現れれば万事解決ってわけじゃないんだな。」
「マタイによる福音書の十章三十四節・・・。」
「え?」
「主は仰った。私が来たのは平和を齎す為だと思ってはならない。私は平和を齎す訳ではなく、剣を齎す為に来たのである。」
「それを神様が言ったのか?」
何だか意外だ。エクレシアの信じてる神様って、なんだか平和やそう言うのを象徴しているのだとばかり思っていたが。
「この後に続く言葉は、主を受け入れるか否かで、家族の間にも起こりうる軋轢や不和を示しています。
魔族の中にも、彼女の存在を良く思わない者も、必ず居るでしょう。」
「なるほどなぁ・・・。」
確かにその通りなのだろう。
むしろ、旦那の下に意思統一が成されていたのは凄い事なのだろう。
「私もその言葉を、身を持って理解させられました。そしてこれからも、私はこの苦悩と共に生きて行くことになるのでしょう。」
「・・・・。」
それは俺の事を言っているのだと分かって、何も言えなかった。
だが、十秒以上草を踏む音を聞いて、俺は何とか言葉を紡いだ。
「まさか俺に遠慮してるなら、甚だ見当違いだぜ。」
「ですが・・・。」
「そのチグハグさ、正直俺にはうっとおしいんだ。
神様の説く平和と、俺達の思う平和は違うんだ。一緒にしちゃダメだろ。それくらい分かってるんだろ。だから悩んでるんだろ。いい加減にしろよ。
お前はただ自分の所為で誰かが争うのが嫌なんだろ。なら、お前も神様みたいに開き直っちまえばいいだろ。
俺はもう覚悟を決めたぞ。お前も、もう腹をくくれよ。」
もしかしたら俺、かなりきつい事を言ったかもしれない。
もっと言葉を選べば良かった、と考えていた所為か、俺はエクレシアが歩みを止めた事に気付かず数歩ほど進んでいた。
「・・・・そうですね。」
エクレシアは、儚く笑ってそう言った。
どこまでも透明で、何も無い。
まるで、神の声を伝える機械になるべく、そうなったように。
正直幽霊みたいで、薄気味悪かった。
もしかしたら、本物の天使って言うのはこんな感じなのかもしれない。
「私は、甘かったのかもしれません。」
「だけど、フウセンを説得できたのも、その甘さのお陰だから俺が強く言える事じゃないんだけれどな。」
「ところで。」
俺はフォローしようと思ったが、軽く流された。
「そう言えばあの時、私に言いたいことが有ると言いましたが、一体何なのですか?」
どうやら空気読めないのはクロムの奴だけではないようだった。
「え、いや、あれはその場のノリって奴で・・・。」
「冗談ですよ、私もあれくらい分かります。」
「・・・・・・。」
なんだかエクレシアが分からなくなってきた。
「・・・・・・すこし、残念ですが。」
彼女は何かぼそりと言って歩き始めた。すたすたと俺の前を歩くので、何を言ったのか気にする余裕も無かった。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
「お、やっぱりここに居た。」
そんなこんなで森の中を進むと、外周の“壁”に到達した。
すると、探し人のクラウンが壊れた“壁”から海を眺めていたのを見つけた。
どういう原理か、勝手に修復され今は窓くらいの大きさに成っているが、やろうと思えば潜り抜けられる程度の広さは有った。
そして、なぜかミネルヴァも一緒に居る。
いや、普通想像できないだろうが、アイツが一番懐いているのはクラウンなのだ。
「あ、お兄ちゃんとお姉ちゃんだぁ!!」
そしていち早くこっちを発見してきた彼女が手を振ってきている。
あの後約束として行った“遊び”を思い出して足が重いが、こいつも探していたので丁度良かった。
「ああ、君たちか。」
フウセンが目覚めた時にも居合わせなかったクラウンは、祈願祭から村に帰って来た時からずっとここで暇さえあれば海を眺めている。
「また海なんか見てんのかよ。」
「見納めかもしれないからね。」
軽く言った言葉に帰ってきたのは、重い言葉だった。
「なぁ、魔族はこの“壁”を壊して出て行くって発想は無かったのかよ。」
クラウンの火力なら、この“壁”を破壊するのも可能かもしれないというのに。
「この“箱庭”は偉大なる四番目の陛下がその御力で建造した物。壊すという発想は有っても、誰が実行できるものか。」
そう言われてしまえば、納得するしかなかった。
と言うか、四番目の陛下と言うと、大師匠が戦った魔王じゃないか。
ちなみにここは宇宙からでも確認できるだろうほどの巨大な白亜の円柱で、内部は空間圧縮されているから全階層で高さ三十キロという高さや横幅百キロと言う大きさは十分の一にまで成っている。
それでも近くじゃ、視界に入り切れないほど大きい。
それが海に浮いているのだ。
フウセンを倒した時に外から全体見たけれど、こんな凄まじい超巨大建造物を一人で作れると言うのだから魔王の力は正直果てしない。
つーか、改めて思い返せば、良く勝てたよな俺ら。
結果論だが、『盟主』の判断は正しかった。
後で知ったが、魔王の学習能力は見た魔術をほぼ自分の物にしてしまえるほど優れているらしいのだ。
ほぼ感覚で、才能だけで。
そりゃあ魔術師との交戦回数を増やしたくない訳である。
下手したら、俺達よりずっと優れた魔術師が派遣されてきて、本当に手のつけられない状態になっていたかもしれないのだ。
同時に、経験の多い魔王が強いと言うのも理解できた。
『盟主』が、二番目の魔王に手を出せないのもそれが大きいのだろう。
「結局、彼女は引き受けたのかい?」
それはフウセンの事だと説明されずとも分かった。
「ええ、少なくとも現状を受け入れたように思います。」
「だろうねぇ。一目見て分かったよ、彼女はもう魔王になるか、他の誰かに殺されるしかないんだって。」
クラウンは笑いを含めながらそう言った。
こいつの不遜さは、皆が遠慮してフウセンの眠っている天幕に入らなかったのに、こいつは堂々と入って顔を見に来たくらいだ。
「クロムの奴は、人間に戻れせるかもって言ってたぞ?」
「馬鹿だねぇ、そもそも人間じゃないのに、どうやって人間に戻すって言うんだ。可能不可能だとかそう言う次元じゃなく、それは無理だと僕は思うよ。」
恐らくそれはクロムの奴も感じていた事だろう。
あの自信家の意気を削ぐほどの、言葉にできない不安だ。
「俺はてっきり、お前が魔王になるとか言いだすかと思ってたぜ。」
「それは勘違いだよ。僕らの種族は誰よりも傲慢だからこそ、身の程を弁えている。“代表”だって、一番近い位置に居るのに自分が魔王に成るなんて言い出さなかっただろ?
それに、陛下のように強い御方に従うのも、僕らの喜びなんだよ。」
前々から思っていたが、俺たちとクラウンの価値観はまるで違うのだ。
いや、人間と魔族の価値観と言い換えても良い。
それは受け入れる事は出来ても、理解し合える日は来るのだろうか。
「それに彼女が僕らの王なら、この僕をこの果てしなく広い海へ連れだしてくれると思ったんだ。
それが人類に敵対する、或いは別の道を進むのだとしてもね。」
クラウンは、じっと海から目を逸らさない。
産まれてから一度も嗅ぐ事がなかった潮の香りを、その広大な景色を、頭に焼き付けるように。
「彼女が平時の魔王となるか、或いは心変わりして戦乱と破壊を撒き散らす魔王になるのか、或いは朽ち果てるのか。
彼女が一体、どんな風に成るのか、実に面白そうだと思った。だから僕は、彼女に仕えることにするよ。」
「アバウトだなぁ。」
まあこいつの感性が繊細だった事なんて一度も無いんだけれど。
「なに言ってんだい、君も連鎖的に彼女に仕えるんだ。なんてたって、君は僕の奴隷なんだからね。」
「うえぇ・・・。」
最近、すっかりその事忘れてた。
そういやこいつに借金を返済しないといけないのにまだ金貨一枚も返してないや。
内心あちゃー、と思っていると。
「あれ、ドラゴンさんとお兄ちゃんはおともだちじゃないの?」
空気を読んだのか読んでないのか、花で冠を編んでいたミネルヴァが顔を挙げてそう言った。
こいつ奴隷の意味分かってるのか?
よく直感で物を言うから侮れないのだ、このロリ娘は。
「あー、うん、まあ、友達とは違うわな。」
「えーと、ですねぇ・・。」
エクレシアもどう言えば良いのか迷っている。
流石の奴隷の意味をこんな幼児に教える訳にはいかないだろう。
「え、ドラゴンさん、ちがうの?」
ミネルヴァが無垢な瞳をクラウンに向ける。
「まあ、そうだね。友達に成ってやっても良いよ。」
「うぇッ!?」
俺はクラウンの言葉に驚いた。エクレシアも驚愕の表情を浮かべている。
決してミネルヴァの奴に絆された訳じゃなさそうだし、こいつがそう言う奴じゃない事も俺は知っている。
「他の連中には決して言わないけどね。
君は一応錯乱した彼女を止めて、その存在をこの村に齎した。それを認めてやっても良いと思ったんだ。
人間が相手でも、強い奴なら僕は認めるさ。そこまで僕は狭量じゃないってことだよ。」
「・・・・もしかして、お前今まで友達居なかっただろ。」
「よく分かったね。必要じゃ無かったし、僕が対等に思える相手も居なかった訳だし。それで不便に思ったことも無い。」
典型的なボッチの思考だった。
こいつの場合、強がりではなく本気でそう思ってるんだろうが。
いや、だからと言って俺も人の事言えた義理じゃないんだが。
「そうなの? じゃあ、わたしがドラゴンさんのさいしょのおともだちになってあげるッ!!」
にっこりと笑ってミネルヴァがそう言った。
「いや、君みたい小さいのは願い下げ――」
「はい、おともだちになったあかしに、これあげるね。」
そう言って、ミネルヴァの作っていた花の冠を被せられたクラウン。
ハッキリ言って、笑えるほど似合っていない。
「ぷッ、くく・・」
「―――ッ。」
エクレシアは何とか堪えたようだが、俺は噴き出してしまった。
「君たち・・・。」
羞恥にクラウンが震えて怒気を上昇させている。
「かっこいいよー。」
マジでミネルヴァはそう言っていたが、この時彼女に憑いている妖精の殆どが大爆笑していたらしいのが、妖精の見えるクラウンに聞こえているのが拍車を掛けていた。
「人間なんかが僕を馬鹿にして、ぶっ殺してやる!!」
クラウンは文字通り火を噴きそうな勢いで怒って、俺たちに飛びかかってきた。
「やべ、逃げろ!!」
「あッ・・・。」
俺はエクレシアの手を引いて、村へと逃げ出す。
結局、旦那に言われてクラウンに伝えるように言われた用事が言えなかったじゃねーかよ!!
この調子じゃ、クラウンの怒りが収まるまで待つはめになりそうだ。
それよりまず、逃げないと。
後ろからどっかんばっこんと、爆音が次々と響いている。
「うおー!! あぁッ、サイリス、助けてくれ!!」
村へ差し掛かった時、サイリスを見つけたので思わず助けを求めてしまった。
フウセンの魔力の波動でクラウンの家もクロムの仮住まいも半壊していたのだが、当然のようにテントみたいなラミアの婆さんの家は大惨事だった。
彼女はその片付けをしているのだ。
サイリスはクラウンから逃げる俺たちを見ると、にやり、と笑った。
「そう言えばエロい事してあげるって約束だったわね、とりあえず胸でも揉んでみる?」
と、なぜか胸を強調させるポーズをしながら。
その直後、俺は腕が千切れそうになるような痛みが走った。
なぜならエクレシアが急に止って、石像のように微動だにしなかったからだ。
同時に、凄まじい力で俺の手の骨が折れそうになるほどの力で握りしめられたのだ。
「え、エクレシア・・?」
俯き加減が絶妙で、彼女の表情が窺えないが、これはあれだ、凄まじく怒っていると言う事だけは分かった。
彼女は色事に対してかなりストイックで厳しいのだ。
「誤解だ、あれはただの冗談で―――」
まるで浮気現場を目撃された男みたいな感じになってしまったが、彼女は言い訳を聞いてくれなかった。
宙に舞ったのは覚えている。
彼女は俺に見せたことも無い投げ技で、俺を後ろの方に投げ飛ばしたのだ。
「つ、か、ま、え、た。」
そして、怒りのボルテージが上がってマジギレしているクラウンに、肩を掴まれた。
「ひぃ―――!?」
その後の事は思い出したくない。
まあ、そんなこんなで、今日、俺は人間じゃない友達が一人増えた。
それから丸一日エクレシアは口を聞いてくれなかったけど、それを不憫に思ってサイリスが後でちゃんと約束をこっそり守ってくれたので良いとしよう。
―――――――――――――――――――――――――
「マスター、バーボンもうひとつ。」
所変わって第二十八層にある、“処刑人”ロイドの行きつけのバーに彼はやってきていた。
そして、酒ももう三本目である。
日々の疲れを酒で押し流しているような風体だった。
彼の頭を悩ます原因は、どうせ相方しかいないわけだが。
『ロイドくぅん・・・。』
「ん?」
そして突如として頭に響き渡る声に、彼は顔を顰めた。
今日は呑み過ぎたか、と思ったがどうやらそうではないらしい。
『何の用だ、フウセン。つーか、なんで俺の位置を知ってやがる。お前今休暇中だろ。』
バーボンの入ったグラスを揺らしながら、ロイドは胡乱な瞳のままそう言った。
『そんなん直感で分かったわ。』
『なにを馬鹿な。念話は携帯電話じゃねーんだよ。』
若干の不信感を抱きつつも、どうせフウリンが探したんだろ、と思いつつ彼は話を促した。
『一体何の用だよ。いきなりこんな時間に念話なんかしやがって。』
『うん・・・ちょっとな・・・。』
『どうした、お前。』
彼女の歯切れの悪い態度に、ロイドは眉を顰めた。
底抜けまでとは言わないが、非常に明るい彼女の意思がまったく感じられなかったのだ。
『そのな、話聞いてくれへん?』
『なんだよ、早く言ってみろ。』
『あのな、ウチ、『盟主』に死ねって言われたんや。』
「ぶほッ!!」
丁度グラスを口に付けてバーボンを呑んでいたロイドは、思わず吐きだしてしまった。
『お前、なにやったんだ・・?
あれでも『盟主』は慈悲くらいはあるんだぜ。お前なにかヤバい物に関わって、知っちゃいけない事でも知っちまったのか?』
『うん、まあ、・・そないな感じかもしれん。』
『じゃあ話はここまでだ。俺までその話を聞いて、巻き込まれたくは無いからな。』
ロイドはそう応じて念話を切ろうとした。
『あぁー、待って、待ってや。』
しかし、切った直後に再び繋げられた。
しかも無理やりがっちりと念話回線が接続され、こっちからでは切断できなくされた。
『わかった、聞いてやるから当たり障りのないところだけにしろよ。』
『うん、分かったわ・・。』
ロイドは盗み聞きされないように術式を組んで、他にも様々な対策を頭の中だけで構築した。
『それでウチ、どうすればええか分からんのよ、もう後戻り出来んし、フウリンの奴はウチに付いてくる言うてるけど、迷惑かけんのは嫌やし。』
『なに贅沢なことを言ってやがるんだお前。
あの『盟主』を敵に回すって事は、カノン筆頭に追い回されるってことだ。
つーか、最悪俺もお前の始末に狩りだされるかもしれね~んだぞ。まあ、相性の関係でそれは無いだろうが。』
ロイドは早速嫌になり始めて、タバコに火を付けた。
ただし、彼はタバコが吸えないので格好だけの電子タバコだったが。
『じゃあ、ウチはどうすればええんや。』
『極力、目立つ事はするな。魔術関係の秘匿が徹底されているのは知ってるだろうが、地上にも魔術はあるが、こっちの業界のマジ物が地上に流出すると『盟主』はキレる。
昔はそうでもなかったんだが、今ではこの業界の真実を知った関係者全員行方不明になるか、大抵は無残に死ぬな。
息を潜めて、『盟主』の敵に回るような行動さえしなければ、見逃してもらえるかもな。
地上にも“魔導師”に匹敵するような魔術師も何人か居るからな、そいつらが生きてるのも、殺すより生かしておくのが得だからだ。
この『本部』の理念は飽くまで魔術の存続と伝達、敵に回った連中を滅ぼす事じゃないしな。』
ロイドの説明に、フウセンは分かった、とだけ頷いた。
『あと、各地に教会連中の目が有るから気をつけろよ。
そして万が一敵対しても、絶対に殺すな。誰か一人でも殺したら、連中はマジになる。徹底的に滅ぼしに来るからな。』
昔の記憶を思い返してか、ロイドは苦い顔に成りながらそう言った。
『それは大丈夫なんちゃうの? フウリンも居るし、最近知り合った人はウチを匿ってくれたし。』
『もう逃亡生活に入ってんのか? こっちは一言もそんな話は聞いてないがな。まあいい、俺は『盟主』の犬だと自覚してるからな。主人に疑問なんて抱く必要も無いか。
お前は分かって無いだろうが、僻地には居るんだよ。今時中世時代から全く進歩してない、聖書じゃ無く『魔女への鉄槌』を片手に魔女狩りを生き甲斐にして鼻息吹かす変態野郎がな。
教会系の魔術師の中にはそう言った意思や思想を連綿と受け継いでいる奴らも居るってことさ。
トップはあれだが、聖堂騎士団は飽くまで実力主義な所もある。
そう言う奴は左遷された所で部隊長辺りを任されたりするんだよ。』
『わかったわ、気を付けるわ。』
『まあ、俺から軽く言えるのはそんぐらいだ。
言っておくが、こっちの情報は一切渡さないからな。例え今、お前の抹殺命令が俺に下ったとしてもな。
相談にはこれからも乗ってやる。ただし、俺に迷惑を掛けるな。』
『うん、分かった。』
いつになく素直な態度のフウセンに、彼女がどれほど切羽詰まっているのか理解して、ロイド溜息を吐いた。
『ロイド君の使った念話の隠蔽術式覚えたから、次からこれ使うわ。』
『真似できるもんならな。』
ロイドは薄く笑ってそう答えた。
念話でこっちの思考を読み取るなんて生意気な奴だ、と思いながら。
『なぁ、ロイド君。もしウチが自暴自棄になったら、ロイド君がウチを殺してくれへん?』
『はん、ふざけんな。なんで俺がそんな面倒なことをしないといけないんだ。
そん時は俺に迷惑を掛けないように死ね。誰に迷惑を掛けたって、お前は何も得しないんだよ。』
『うん、わかってた。じゃあね、ロイド君。サイネリアちゃんを大事にせぇや。』
『何度も言うが、俺とあいつはただの――――切りやがった。』
もう既に、念話は切られていた。
こっちが向こうの位置を知らない以上、文句を言う事も出来ない。
あのクソガキ、と呟いて、ロイドはバーボンを飲み干す。
雰囲気が台無しになったので、ロイドは酒代を支払い、店を出た。
今彼女の下で何が起こっているのか、調べる為に。
だが、彼の努力は徒労に終わった。
フウセンとフウリンの情報は、そのあと綺麗さっぱり、始めから居なかったかのように跡形も無く消え失せていた。
まるで、二人の存在を否定するかの如く。
そして、フウセンが彼に連絡をする事は今後一切、もう二度と無かったのだ。
とりあえず、ここで第三章は区切りたいと思います。
物語は、これでようやく中盤といったところでしょうか。
主人公たちにとっては、ようやく物語のプロローグが明けたといったところでしょうが。
今後の展開が気になるでしょうが、今月は更新できないかもしれません。
理由はブログで。
次回から、魔王の断片の行方と、フウセンを元に戻すという目的のために動きます。
物語はさらに激動するでしょう!!
それでは、また次回。