第四十五話 魔王の片鱗
最初の一人にして原型たるメリスは語る。
「“進化”と言う言葉が大好き。
私は人間の中に無限の可能性が存在して居ると思うわ。魔術師はみんな才能と限界は始めから決まっていると思っているようだけれど、私はそう思いたくは無いわ。
もしそれが揺るぎ無い真実なのだとしても、私はゼロの筈が無い僅かな可能性を育てて見たいと思うの。
もしかしたら、その過程で別の自分へとシフトするかもしれないじゃない?
そう、進化よ。本来の規格では有り得ない能力を獲得する為に、私は前に歩き続けたいと思うの。
もし神の領域に行くには神の領域に踏み入れなければならないというのならば、私はその領域を人の身で蹂躙しましょう。
人が神に絶対に届かないというのなら、人そのものの格を上げて神を引き摺り落とせばいいだけの話よ。
私は、誰よりも人の可能性を愛している。私自身の可能性を何よりも崇拝している。
もし私に眠る可能性を開花する方法が間違えていたとしても、私は与えられた全ての選択肢を踏破して見せるわ。
そうすれば、いずれ“私”は最果てへと至れる。
リネン、貴女はこんな私を愚かだと笑うかしら? 私も愚かだとは思うわ。
だけどね、大して生きても居ないのに不可能だと悟り切って、口だけで何もしない愚昧な人間の残り滓になりたくないのよ。
私は、自らこの手で究極の人類へと到達して見せるわ。」
親友に自らの熱意を語った際の会話より抜粋。
場所は変わって、現代日本国の関西のどこかの町にあるどこかの通学路を一人歩く少女がいた。
紺のブレザーにスカートと言う一般的な女子高生の格好の少女は、周りで数人のグループを作って楽しそうに話しながら下校する女子達から明らかに浮いていた。
しかし、それは感覚的な話であって、直接表現する事は出来ないだろう。
少女は髪の毛を染めるでもなく、変な風に切ったりせずに伸ばして、前髪もきっちり切りそろえられている。
香水や派手なマニキュアの類も付けていないし、至ってどこにでもいそうな地味な女子高生だった。
ただ、他の学生とは違うのだ。
纏う雰囲気や、気配が。
「迎えに上がりましたよ、フウセン。」
すると、少女の目の前にいつの間にか一人の青年がいた。
紺色の学ランを着た、至って普通の目立たないような男子高校生が。
「なんや、千明ちゃん。彼氏いたんかいな。」
その光景を見ていた周りの女子が興味津津と言った風にそう言った。
「違うわ、勘違いせんといて。こいつは下僕や、手下や手下。」
「あはははは、なんやそれ。舎弟持ちとか、千明ちゃんホンマおもろいわー。」
そう言いながら、彼女にそう言い返して少女は青年の手を掴んで引っ張って行った。
「フウリン、下校の時間はいつもの場所で待ち合わせって言うたやないか。」
「すみません、少々早くこちらも終わったので待ちきれなくて。」
「あと、こっちではフウセン呼ぶな。あだ名で呼び合っとるくっさいで恥ずかしいわ。」
「ああ、忘れていましたよ。すみません。」
青年・・・フウリンは苦笑しながら謝罪した。
風間千明、それがフウセンの本名だ。
大阪などの大都会から少し離れた関西の少し寂れた町に住む、ただの少女として生まれたはずだった人間だ。
風間千明、だからフウセン。
魔力ばかり多い飛び抜けた才能をただの少女に封して栓をすると言う皮肉が込められている。
風船のように魔力で膨れた人間の少女の器と言う意味でもその言葉が掛かっている。
「怪我の方は大丈夫ですか?」
「あんやの二日で治ったわ。」
「古代竜にぼこぼこにされて、二日で治るのもどうかして居ると思いますが。」
フウリンはどう言うリアクションをすればいいのか分からなかったのか、日本人特有の曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。
「それよか、何の用や。」
「前回の戦いでの戦果から折角『盟主』に暫く休暇を貰ったのですから、堪能しているかと気になりまして。」
「阿呆。『盟主』に休暇貰ってもこっちは普通に学校や。
あんな詰まらん所に通うのが一体どうして休暇になると思う?」
フウセンは、呆れたようにそう言ってその辺の道に有る車避けのポールに座り込んだ。
「だいたい、ウチらは裏の仕事をするだけの関係やないか。
正直、こっちまで来られても迷惑や。」
「まあ確かにそうですが、俺も地元に友人が居る訳でもないので、随分と退屈な日々を過ごしているわけでして、貴女を誘って遊びにでも行こうかと考えた次第です。」
どことなく不機嫌そうなフウセンに、フウリンは恥ずかしげも無くそう答えた。
「なんや、ナンパかいな。ほんなら、もうちっと面ぁ整えてから出直してきぃ。」
「はははは、手厳しいですね。」
そんな辛辣な返答を受けてもフウリンはちっとも堪えた様子は無かった。
彼女が言うほど、二人の仲は浅いものではないのだ。
彼は、彼女が自分の事に関してはこのように誰に対しても素直な言葉を口にしないのはよく知っている。
不機嫌なのは、単に前回の敗北を引き摺ってのことだろう。
「そう言えば、今日は誕生日でしたよね。」
「はん、始めからその為に来たんやろ。」
「今日で十六歳の誕生日。いよいよこの日がやってきたと言うべきでしょうかね。」
フウリンは、しみじみとそう言った。
「おう、もう未熟なんて言わせへん。」
フウセンも、両手を握りしめてそう呟いた。
一般的に、魔術の行使に伴う反動やその他諸々に耐えられるようになるには、十六歳からだと言われている。
だから魔術師が覚えた本格的に魔術を行使して修練するようになるのは、十六歳からが普通だ。
勿論それは一般的な話で、一部の天才や代々血を重ねた魔術師の家系の人間は、五歳に満たずに魔術の修練を行う所もあると言う。
肉体のスペックはただの人間でしかないフウセンが未熟なのは当然である。
彼女はまだ、魔術師に成り切れてすら居ないのだから。
だが、その日々は今日で終わるのだ。
「俺が言いたいのはそう言う事では無くてですね・・・いえ、ではそちらから話しましょう。
誰の師とするかは決めたのですか? 貴女ほどの才能なら、引く手数多でしょう。」
「ああ、本当ならイルイットさんに頼みたかったんやけれどな。
色々と誘いは貰ってるやけれど、未だ決まらへん。」
「じっくり考えると良いでしょう。適性を見極めてからでも遅くはありません。
貴女の才能なら、それこそ誰よりも凄い魔術師になれる。いえ、魔術師なんて枠組みを超えるでしょう。」
「なんや、えらい褒めちぎるなぁ、気持ち悪いわぁ。」
「俺は本当の事を言っているだけですよ、フウセン。」
フウリンは、まるで娘の成長を見守る父親のように慈愛に満ちた笑みを彼女に向けていた。
「あんたのそう言うとこが嫌いや。
いつも一歩外からウチを見てる。ウチは少なくともあんたの事を仲間だと思うてる。そやけど、フウリン、あんたは違うんやろ。」
「さっき言ってたじゃないですか、フウセン。
私は貴女の下僕で、手下で良いんです。初めて貴女に出会ったその時からそう決めていました。」
「・・・・告白のつもりなんやら、もうちっとマシなプロポーズの言葉を用意してくるんやな。」
「まさか、俺ごときが貴女に釣り合うはずがありませんよ。」
どことなく冷めたフウセンの視線も、フウリンはやはり気にした様子は無い。
「やっぱり、あんたのそう言うとこ嫌いや。
あんたは、ウチのこと見てへんやん。ウチに誰を重ねて見てるんや。」
「それは勘違いですよフウリン、俺はただ貴女の為に尽くしたいと思っているだけなんです。
どうせ、今日の誕生日、貴女を祝ってくれる人は誰も居ないのでしょう?」
「・・・・・。」
フウセンは、急に黙り込んだ。
魔剣を抱いて生まれた彼女に、母親はいない。
彼女が殺した。
相当の難産の末に、フウセンは息絶えようとしたその時、自らの魔剣を引き寄せて、自分の母親の腹を引き裂いて生まれて来た。
まるで、怪物のように。
その事実を知る父親は、彼女を嫌煙しているのだ。
誰も、彼女の誕生を祝う人間など居ない。
「それは、俺も同じですから。」
悪魔と共にこの世に生を受けたフウリンも、彼の母親は翌日病室で首を吊った。
彼の父親はすぐに生後間もない彼を教会に連れて行き、洗礼を受けてその話が『本部』に伝わり、『カーディナル』の保護を受けることになった。
愛される事を知らない、忌み子の二人にとって、誰も祝福をする者などいない。
だからせめて、とフウリンは言った。
お互いの存在を認め合おう、と。
「それに、俺達にとって貴女の十六歳の誕生日は、特に特別な物ですから。
・・・・フウセン、今日は貴女が生まれ変わる日です。」
「はん、じゃあ何でも言う事聞いてくれるん?」
フウセンは挑戦的な瞳で彼を見据えた。
「ええ、何なりと。」
フウリンは恭しく臣下の礼を取った。
「この間、ロイド君から聞いた話覚えてるやろ?
あの二人のケジメを付けにいくで。」
「本当に、それでいいのですか?」
フウリンは特に驚いた様子は無く、ただ念を押すように訊き返した。
「別に殴り込みに行くわけやない。
あの二人がどういう最後だったか訊きに行くだけや。・・・・特に王李には、良くしてもらったからな。」
「ああ・・・。」
何となく心当たりがあったのか、フウリンは彼女の言葉に頷いた。
入れ替わりの激しい“処刑人”の間には、生き残る為のコミュニティが存在する。
新人同士なら新人同士でそれなりに助け合い交流を持ったりするのだ。
それは魔術を後世に伝えることを目的に使わない彼ら独特の物と言える。
だから女同士で、フウセンが王李と交流があったとしてもおかしくは無い。
ただ、ベテランの魔術師である彼女とルーキーのフウセンとの組み合わせが意外と言えば意外だが。
「知りませんでした。ですが、殴り込みにいかないとしても、あの場所は・・・おや?」
一応座標を確認して居たフウリンの表情に、困惑が浮かんだ。
「今なら、大丈夫かもしれません。」
「おッ、ほんまか?」
「ええ、今なら貴女を阻む障害は無いでしょう。ある意味運命と言いますか、当然と言いますか。」
「なんや、今日のフウリンはなんやか変な事ばかり言うなぁ。
ごちゃごちゃご託は要らんから、今すぐ直行や。」
「分かりました。」
フウリンは、素直に頷いた。
「ところで、フウセン。貴女は何時頃に産まれたのですか?」
「は?」
フウセンは、なぜそんな事を聞いてくるのか分からないと言った表情で彼を見た。
「そやな、だいたいあと二時間くらいや。」
しかし、疑問を抱きつつも他に言うべき言葉も無かったので、彼女は普通にそう答えた。
「そうですか、それは楽しみです。」
フウリンは、それを嬉しそうに、ただただ嬉しそうに、泣きそうなほど嬉しそうにそう言った。
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「まるで、ゴーストタウンだな。」
俺は現在、誰も居なくなった魔族の村を回りながらそう呟いた。
皆は祈願祭に向けて、第一層の魔王の宮殿へと向かったのが二日前。
あの辛酸を舐めさせられた魔物の掃討作戦の翌日には村の連中が総動員で準備して、夜には出立の準備をしていた。
実にハードなスケジュールである。
俺は魔物に家畜や作物が荒らされていないか、旦那により直々に仰せつかった任務により見回っている。
とは言え、魔族の大工達やクロムが主導になって柵をこしらえて行ったから、村は半ば要塞じみている。
この魔族の村に居るのは、現在俺とエクレシアと、クロムとミネルヴァの四人だけだ。
魔族の村なのに人間しかいないのは何かの冗談みたいな話だったが、それが今この村の現状だった。
魔族の村人全てが出立してからと言うもの、やる事と言えば見回りぐらいしかなくて退屈だった。
ちなみにエクレシアはミネルヴァの子守りをしながら見回りをしている。
クロムの奴は知らないが、どうせ碌でもないこと工房で企てているのだろう。
先日も、ようやく火薬の使用許可が出たのに、と先の掃討作戦で使用できなかった原始的な爆弾を並べて悔しがっていた。
過度な文化レベルの促進は厳禁だと言う事で銃器の使用も制限して居ると言っていたから、それでいいのかと訊いてみたら、何でも第九層にいるらしいゴブリン族が火薬を使用しているとの話を聞いたらしく、それで簡単な爆弾などの制作と販売、そしてフランチャイズの許可が出たとか。
なぜそっちの方向にばかり考えるのだろうかあいつは。
その開発力を文化向上の為に役立てようとは思わないのだろうか。
あいつの努力の方向性は間違っている。
一度あいつの脳みそを切り開いて見て見たいものだ。
「そういや、あと一時間ぐらいか。」
退役した元魔王の演説が有ると言っていたのは。
あの悪魔がサイリスの愚痴みたいなものを書き綴った手紙を届けに来たので、俺はその時間を聞いていた。
全ての魔族が集結しているだけあって、第一層はかなり混雑しているらしく、食べ物の確保をするだけでも一苦労だとかで、悪魔を遣いにしてこちらから運ばせる為によこしたのだ。
たったそれだけの為に本物の悪魔を使いっぱしるとは贅沢な話だ。
あいつはきっと大物になれるだろう。
本当なら俺達も行きたかったのだが、全ての魔族に囲まれ、元とは言え魔王が姿を現す。
そんな事態での同行は、危険を通り越して死にに行くようなものだ。
そこで頑として同行を許可できないと言った旦那は、俺が女だったら惚れている。
旦那は少なくとも俺をこの村の仲間として認めてくれたと言う事なのだから。
俺は当然張り切って誰も居ない村の警護をした。
しかし、流石にそれも二日目になるとモチベーションが続かず、割と大雑把に見回るだけになってしまっていたが。
一通り村の見回りを終えてクラウンの家に戻ると、クロムが何やら自分の家の前に設置しているのが見えた。
エクレシアもその姿を見守っているし、何事かと思って俺は二人に話しかけた。
「おいクロム、お前なんやってるんだ?」
「見て分からないかしら、元魔王の尊顔を拝謁しようと思ってね、サイリスの遣いに撮影装置をさっき渡したのよ。」
クロムはこちらを見ずにそう答えた。
彼女は祈願祭に同行出来ない事を酷く悔しがっていたから、彼女も意地なのかもしれない。
いや、ただこいつがミーハーなだけかもしれないが。
「でもだからって、何でテレビなんだよ。」
そう、彼女が設置している装置とは、テレビなのだ。
それも古臭い箱型のテレビである。
この電波も届いて無さそうな場所で。
「これ、テレビに見えるけど中身は殆ど魔術的装置ばかりよ。
テレビは今や世界中に普及した遠くを見る装置。別の場所見ると言う概念を得たこの道具は、もはや立派なマジックアイテムよ。」
と、講釈を垂れながら彼女はテレビの頭を叩いた。
「とこで、ミネルヴァの奴は?」
「疲れて寝てしまいました。そんなに大きくない村とは言え、警備でそれなりの距離を歩いたので。」
面倒なので俺はエクレシアに話しかけた。
帰ってきた答えに、あいつは自由で良いよな、と何だか脱力した気分だ。
あいつを見てると俺も子供のころに戻りたいと思ってしまう。
「えー、おほん。
チューニングもそろそろ終わるから、向こうの様子を見て見る?」
「あ、悪い。頼むよ。」
ここでさり気なく謝って相手を持ち上げるのが、クロムを上手く動かす方法だと最近悟った。
豚も煽てれりゃ木に登ると言うが、こいつの場合煽てれば宇宙にだって行きそうだ。
「ええ、ちょっと待ってね。」
そう言ってリモコンを操るクロムだが、映るのは黒い砂嵐のみ。
「あれー? もうちょっと待って。あれ、計算間違えたかな・・。」
テレビの裏に回って何やらごちゃごちゃと再びいじくり回し始めたクロム。
「先ほどからこんな感じです。
なにやら多くの魔族が集結している為、いろいろな作用が複雑に絡み合って調整が難しいそうです。」
「なるほど。」
良く分からないが、クロムが手古摺るのだから相当なのだろう。
こいつ、時々変なドジするからそう言う所は信用ならないが。
「よし、これでいいはずよ、どんな感じ?」
「どんな感じって言われてもなぁ。」
俺はテレビを覗きこんだが、どう見ても代わり映えのしない黒一色だ。
と、思っていると、テレビの画面に何やら映った。
「お、すげぇ、ちゃんと映ってるぞ!!」
しかし、そこで俺は疑問を抱いた。
サイリスから魔族がひしめいている場所だと聞いているのに、映っているのは、コンクリートに舗装された道路だった。
そして、そこには高校生くらいの若い男女が一組居る。
特に女子の方は俺の好みにストライクだった。
あの黒髪ぱっつんとか堪らないな、うん。あの強気って感じが全面に出てる目とか最高だ。
一体どこの女優だろうか。
そんな感じでテレビの電波でも間違って受信してテレビドラマでも映してしまったのかと思ったが、そんな想像は一瞬で打ち砕かれた。
なんと、その女子の方がテレビの縁を跨いでこちら側に足を踏み入れて来たのである。
「お、おい、クロム!! やべぇぞこのテレビ!! なんか言葉に表せないほどすげぇ!!」
俺は思わず後ずさってそう叫んだ。
ぶっちゃけ、ホラー映画の放送でもやっててそれがクロムの謎機能を備えたテレビの所為で実体化でもしたのか、と訳の分からない妄想で頭がいっぱいになっていた。
「当たり前じゃない、私が作ったんだから。」
「いえ、これは・・・。」
得意げなクロムの声と対称的に、エクレシアの表情は険しかった。
「なんや、やかましくて敵わんわ。」
そして、テレビの中から出て来た女子はそう言った。
「え?」
まさに、えッ、と言う顔をしてテレビの裏に回っていたクロムが立ち上がってこちらを見て来た。
その間にも、残りの男子の方がテレビの中からこちら側に踏み込んできた。
そしてどちらも日本人だ。日本語を喋っていたから間違いない。
「なぁ、もしかしなくてもあんたらか? 驚いたなぁ、まさか同郷かいな?」
関西訛りの女子が言った。
妙に鋭く実に堪らない視線をこちらに向けて、彼女は言った。
「ええと、自分達は“処刑人”です。」
そして少々戸惑っているような様子の男子の方が、そう名乗った。
「は?」
この急な、少なくとも俺から見れば突拍子もない展開について行けていなかったことを許してほしい。
今俺は色々な思考がごちゃ混ぜになり、混乱しているのだ。
「“処刑人”が何の用でしょうか?」
エクレシアが腰の剣に手を掛けながらそう言った。
「もしかして、教会の方ですか?」
「ええ。」
「自分も教会所属の者です。神に誓って争いに来たわけではありません。」
その男子の丁寧な口調での対応に、エクレシアも何か思い当たったようだ。
「教会所属の、“処刑人”? もしや、貴方は悪魔憑きの・・・。」
「はい、フウリンと名乗っています。これが証明です。」
そう言って、彼は何やら札みたいな物を取り出して見せた。
「大丈夫です、彼らは敵ではありません。
それは『盟主』の代行である“処刑人”の証明書です。」
二人の間に一体何が有ったのか俺には殆ど理解できなかったが、エクレシアが敵でないと言うのならそうなのだろう。
俺は若干警戒心を解いた。
「ちょっと上に照会したわ“蟲食い”に“瑠璃色の寵児”で間違いないわね?」
「はい。」
「そう呼ばれてはおるなぁ。」
クロムの言葉に、二人は頷いた。
二つ名が有るって事は、それなりに有名な魔術師なのかもしれない。
片方は面識のないだろうエクレシアも知っていた風だし。
なにしろ、“処刑人”だ。ここの魔術師の一番偉い人の直属の少数の最精鋭だと言うのだから、その強さは周囲に轟いているのだろう。
魔族の中にもそう言う連中が居るのだ。
まだ会った事は無いが、二つ名を得るほどの実力者が。
「ウチらが来たんは他でもあらへん。
あんたらが殺した、同僚について尋ねたかったんや。」
「まずは名乗れよ。そっちは名乗っただろ。」
俺は気丈にもそう言った。
正直、あのジャンキー達の事を訊かれると言うだけで驚きだが、こうも見事に俺の好みのタイプが話しかけてくると何だ、気分の高揚を隠すので精いっぱいだったりする。
「ウチはフウセン。封して栓するからフウセン。
こっちも名乗ったんや、あんたらも名乗るのが筋やで。」
ブレザー姿のまんま女子高生なそいつは、そう名乗った。
「私はエクレシア。訳有って、魔族の領域で活動して居ますが、正規の任務の最中です。」
「私はクロム、以上よ。」
丁寧に返すエクレシアと、適当に返すクロムはどっちもどこまでも対照的な二人だった。
「俺は、辻本命だ。」
若干出遅れたが、俺はちゃんと二人に名乗った。
「あ? もしかしてそれ本名なんか?」
「何だよ、悪いかよ。」
確かに気に入ってる訳ではないが、仮にも自分の名前なので顔を顰められては不機嫌にもなる。
「いいや、まさか思うけど、あんたがあの二人を殺したのか?」
「それはその・・・あっちが襲ってきたからな、俺とエクレシアと、あと二人くらいで。」
同僚だと言うこの二人に、こちらがほぼ被害者で、あいつらは狂っていたとは言え仲間を失ったと言うのは気が重かった。
俺達が手に掛けたのは事実なのだから。
「いや、そうやない。せやかて、それ本名やろ?
ウチら魔術師なんやで。なんで簡単に己の本名名乗るん?」
「え?」
確かに二人が名乗った名はとても本名には聞こえなかったが、なぜそんな事を咎めるように言われなければならないのだろうか。
「偽名と言いますか、魔術師は本名とは別の名を名乗るは魔術師としての通過儀礼のような物でして。」
「あんた、ジャンキーや王李を倒したんやろ? 少し自覚足りへんとちゃうのか?」
フウリンがどこか困った風に言い、フウセンが訛りの所為かより刺のある言葉を投げかけて来た。
「え、初めて聞いたぞ。」
「うっそ。知ってて本名を名乗ってるのかと思ってたわ。」
クロムは微妙に棒読みでそう言った。
こいつ、気付いてて放置しやがったな。
「ああ。すみません、それは私の落ち度です。
何と言いますか、そのくらいは当たり前すぎて、その、魔術を習い始める前に決める物なので、メイと言う名も本名だと実は今初めて知りました。」
「おいおい・・・。」
エクレシアの申し訳なさそうな態度に、俺は何かを言う気力を無くしてしまった。
まあ、彼女も別に日本人の名前に詳しい訳でもないだろうから仕方がないだろうけれど。
「アホか、こんなアホに二人はやられたんか?」
「フウセン、落ち付いてください。今回は非公式で、騒ぎを起こしてはいけないのです。それにやり合う為に来たわけではないでしょう?」
「わかっとるわ!! 納得いかんだけやッ!!」
確かに俺みたいなヘタレにやられちゃ、あの二人も全盛期の頃なら浮かばれないだろう。
だが、あいつらは最後の相手に俺を選んだのだ。
俺にも多少カチンと来た。
「聞きたい事はそれだけか?」
「ええ度胸やないか。」
まるで些事の事のようにそう言ったら、やはり彼女は喰いついてきた。
いささか直情的だが、仲間思いのその性格は素直に好ましいと思える。
「仮にも同郷の人間や、ウチも本名名乗るわ。
ウチは風間千明。風の間に千の明かりと書いて、風間千明。」
彼女は堂々とそう言い放つと、ほれ、と脇に居るフウリンを肘で突いた。
「自分は、鈴音です。鈴の音と書いて、レインと読みます。
これは名字で、洗礼名も有りますが本名に当たるのでそれは勘弁して下さい。名前は親に頂けなかったのでありません。」
「珍しい例ですね、本来は洗礼名が私達の偽名に当たるのですが。」
「それは貴女に言われたくありませんよ。」
ばつが悪そう名乗ったフウリンも、エクレシアにそう言われて苦笑した。
彼は軽く言ったが、何となく重い話になりそうなので彼女が気を使ったのだろう。
「ウチらの商売は舐められたら終わりなんよ。
『盟主』に魔術師業界の秩序を任されたウチらには、敗北は許されへん。」
フウセンは凄味のある睨みで俺を見た。ぞくぞくする。
ヤクザかお前らは、と俺は喉元まで出かかった言葉を呑みこんだ。
「フウセン!!」
「構わないぜ、別に。今日は俺達しかいない。多少は暴れても、あんたらがここに来た事は問題にならないだろ。」
彼女を諌めようとするフウリンに、俺はそう言った。
「ですが・・・。」
「安心しぃや。殺しはせんわ。ちっとばかしボコって寝んねしてもらうだけや。加減して何も壊さんようにするし。」
「・・・・・良いでしょう。今日は貴女の為の日だ。」
そして、彼もフウセンの言葉によって割とあっさり引き下がった。
「わぁ、面白い展開。ちょっと計器とか取ってくるわ。」
クロムは目の前にあるテレビのチューニングなんてもう忘れたかのように踵を返して自分の家の中に入って行った。
「一人でええんか? 別に二人掛かりでも構わへんよ。」
「舐めんなよ、お前年下だからって手加減はしないぜ。」
見た所、彼女のブレザーは彼女の成長を見越してか少し大きめだ。フウセンが少なくとも年下なのは間違いないだろう。
「メイさん、彼女は多分手加減を想定できる相手では。」
「そりゃ、あの二人の同僚だからな、それくらい分かってるさ。」
エクレシアの警告も分かるが、こちらも後輩相手に教育をしてやらなければならない。
特に、年上に対する言葉遣いとかな!!
「はん、ウチに指一本でも触れられたら奇跡やと思うよ。」
「抜かせ。」
そして言った直後、後悔した。
想像してほしい、例えるならリアルにスーパーサイヤ人が目の前に現れたのだ。
魔力の波動が、物理的な風となって周囲の木の葉を揺らす。
世界が鳴動する。
この辺り一帯の魔力が心音のようにドクンドクンと脈動する。
「なにこれ、本当に彼女って人間?
今の波動の余波だけで軽く一万MP(マジックパワー)は出てたわよ。人間の出せる魔力量じゃない。もはやドラゴンか何か腹に飼ってるのかしら!!」
「全身に魔力を滾らせただけで並みの魔術師二十人分の魔力を垂れ流したのですか?」
馬鹿げてます、なんてエクレシアの声も聞こえた。
そう、ただ漏れただけなのだ。
今のバカげた魔力の波動は、彼女が魔力で全身を強化した余剰に過ぎない。
「流石人類最強の魔力量保有者。だけど、これはそれだけじゃないわね。
彼女は恐らく魔力そのものに限りなく近い存在なのよ。妖精そのものみたいなミネルヴァちゃんみたいにね。
彼女の意思に周囲の魔力が反応してる。魔力は疑似的に有機物に変えられるほどの万能性を持っているけれど、所詮は無機物なの。
それに感情によって変質するものだけれど、ここまで安定性を持った、生きる魔力そのもの、なんて奇跡の産物よ。
“瑠璃色の寵児”、その二つ名は伊達じゃないわね。まるで―――」
そんなクロムの講釈も聞いている余裕は無かった。
魔力に最も愛された少女、故に“瑠璃色の寵児”。
竜のように、生まれながら強者の少女。
その彼女が、俺に一撃見舞ってきたのだから。
軽いジャブか何かのつもりだったのだろう。
空間が歪むほどの密度の魔力が、迸ったのだ。
チープな言葉で表現するなら、それはドッカーンだった。
人の手によって歪まされて変質した魔力と言う物は、最も単純なエネルギーに変換されて辻褄が合うように成されると言う。
つまり、燃焼。爆発するのだ。
「うおぁ!?」
俺は反射的に簡易結界を張ってその場を凌いだ。
「腕を挙げましたね。」
と、エクレシアから褒められた。
ちょっと、いやかなり嬉しかった。
「危ねーなぁ!!」
それはごく一般的な爆発だったので、見た目は派手でも簡単な障壁を挟むだけで威力は物理的に激減する。
俺には焼けついたような熱気が流れてくるだけだった。
それでもかなりの高温の熱風なので、その場から飛び退った。
「あの二人を倒したあんたが、この程度で斃れるはずあらへんやろうが!!」
爆発によって生じた煙を、フウセンは手にした瑠璃色の剣にて振り払ってそう言った。
今のは防げて当然の牽制に過ぎなかったらしい。
これで牽制なら、その火力は当然クラウンをも上回っているはずだろう。
あれは、魔剣だ。
形状が特殊でないから一瞬迷ったが、彼女と魔剣が同調しているように見えたので、恐らく間違いないだろう。
むしろ、これほどの才能で魔剣を得ていない方がおかしいのかもしれない。
「来なはれ。殺しはせんが、ウチを失望させんなら半殺しとは言わんとも、九割殺しにはするで。」
「それって瀕死の重傷じゃねーか!!」
「ウチら“処刑人”の先輩らは言いなはった。死ななきゃ安い!!」
ぶうん、とフウリンが魔剣を振るいながらそう言った。
距離は五メートル以上離れているのに、彼女の魔剣は俺に届いた。
いや、それをもう魔剣と称して良いのか。
その時、俺が咄嗟に魔剣ケラウノスを呼び出して防いだフウリンの魔剣は、長大な薙刀へと変化していたのだから。
だが、その一撃は正直女子の物とは思えなかった。
巨大な岩か何かが飛んできて、それにぶつかったようなバカげた衝撃が俺にはあった。
「形状変化するタイプの魔剣ね、また扱い難い物を・・。」
クロムがそんな呟きを洩らしたのを俺は聞いていた。
聞くしかなかった。全身が今の一撃で痺れて、魔剣を手にしている右腕に至っては左手で何とか支えないと持つことすら出来ない有様だ。
正直、今の一撃は見えなかった。
今の攻撃に耐えられたのは、彼女を正面に捉えて挙動を見ていたからだ。
しかも今のはただ力任せに叩きつけたのではなく、的確に俺にダメージを浸透させる攻撃をしてきやがった。
一度エクレシアにやられたことが有るから分かるのだが、こう武器を持っている相手を無力化させる為に角度とか打点とかが絶妙なのだ。
だから俺が敵を目の前にして隙を晒すと言う無様を見せているのだ。
俺は咄嗟に魔力を体内に巡らせて、気功を再現する。
魔剣からジャンキーの経験を読み取り、呼吸方法を再現し、彼の血流を再現し、全身を巡る一つの流れを形成する。
これが内功。本来は凄まじい鍛錬の末に身に付ける物で、真面目にやっている方々に少々申し訳ないが、魔術とはそもそも、そう言った過程をすっとばして結果を得る事なのだ。
代わりに別の苦労をする訳だから、世の中良くできていると思う。
そうすることにより、体内の痺れを急速に回復させる。
中国四千年の歴史は伊達では無いようだ。聞けば中国武術は大別すれば魔術の一種になるらしいから、時々テレビでやってる中国のビックリ人間も、もしかしたら魔術師の類なのかもしれない。
そして、この気功の魔術を使っている間は他に一種類しか魔術を使えないから、それをどうにかするのが俺の苦労となる。
これを自然に行えるようになって初めて真面目にやってる方々に顔向けができると言う物だ。
エクレシアは同時に五つの魔術を扱うと言う人間の限界に達しているのだから凄い。
クロムはそれ以上を扱えるみたいだが、どうせチートな裏技を使用しているからに違いない。
とは言え、攻守の能力を底上げし、治癒力を促進させるこの魔術は、ジャンキーとの戦いで得た最も大きな成果と言えるだろう。
接近戦主体の俺には使い勝手が良すぎて怖いくらいだ。
「おまえ、人間じゃねーよ。」
自分の事を棚に上げて、俺はフウリンにそう憎まれ口を叩いた。
だって事実だし。
こいつの場合、魔力をつぎ込んで身体能力を底上げし、水増しをしてるのだ。
俺もエクレシアに弟子入り初期の頃には同じ発想に至ったが、色々な面で体に良くないから止めろと言われたのに、こいつは平気な顔をしてやってやがるのだ。
「そないな言葉、聞き慣れたわ。」
先ほど攻撃を受けた瞬間は薙刀だったのに、今は普通に剣に戻ってるそれを肩に乗せて、フウセンは言った。
その軽い受け答えに、どれだけの重みが有るのか俺は分からなかった。
「ほな、こんなもんかい?」
しゅっ、てな風切り音しか聞こえなかった。
右斜め袈裟掛けに振るわれただろう一撃は、俺はフウセンの挙動を見て見切った。
空振りしたのを悟ると、フウセンはそのままこちらに接近してきた。
返す刃で、魔剣が振るわれる。
「う、ぐぅ!?」
一瞬体が浮いた。防御したまま後ろに吹き飛ばされた。
「さっきの威勢はどうしたんや、ああん?」
俺が吹っ飛ばされた態勢のまま、フウセンは追撃を仕掛けて来た。
彼女は大上段で瑠璃色の鉄槌を振りかぶっていた。
こいつ、マジで殺す気だろ。たまたま一割生き残るってだけな感じの一撃を繰り出そうとしていた。
しかしながら、俺も堂々と腹を見せられてそこに打ち込まない理由は無い。
蓄積されたジャンキーの魔剣の経験が、俺の思考を超越して反射的に体が動いた。
俺はその時、何も無い虚空を蹴って後方に吹っ飛ぶ体のベクトルを無理やりに反転させた。
俺はフウセンの振り上げた右腕の脇をすり抜けるように移動して、バレエのターンでもするかのようにクルリと回って彼女の背後から魔剣を振り下ろした。
条件反射だったから、多分俺も殺す気だったのだろう。
一瞬の出来事過ぎて、俺は考えずに攻撃を行ってしまった。
だが、結果的に言えばフウリンに傷を負わせる事は出来なかった。
瑠璃色の障壁が、魔剣の一撃を阻んだからだ。
「硬えぇ!!」
あまりの強度の障壁にあっさりと防がれてしまった。
いや、硬いのとは違う。無理やり威力を削がれたと言うか、刃が彼女に近づくに連れて動かなくなった、と言うのが正しいか。
そして、俺は馬のように後ろ蹴りに遭った。
腹に諸に食らった。
「がぁ!!」
不安定な態勢だったからか、そこまでの威力は無かったが、上半身と下半身がコンパクトミラーみたいに折り畳まれるかと思った。
俺が態勢を立て直そうと前を向こうとすると、瑠璃色の球体が目の前に有った。
それは普通に可視化できるほどの超高密度の魔力だった。
それが、元の状態に戻ろうと燃焼をし始めた。
「(魔導書!!!)
俺は自分では対応できないと、魔導書に呼びかけた。
俺の体内の魔力を食い荒らし、術式の構築という仮定すら魔術はすっ飛ばして、結果を齎す。
今の俺には到底扱えない、仮定の結果と原因を入れ替える超高等な大魔術だ。
全方位の防護結界『アイギス』が発動する。
その直後、瑠璃色の閃光が炸裂する。
自然界に存在しない高密度の魔力は、正しい状態に戻る為に燃焼を伴う。
不自然が自然に還元する為には、尤もらしい理由が必要なんだとか。
つーか、あいつ無茶苦茶過ぎるわ。
あいつの魔力に俺の魔術が干渉を受けて崩壊しかかってやがる。
このままだと術の崩壊が俺にフィードバックするから、さっさと解除する。
地面抉れてるぞ、しかもあり得ない抉れ方だ。
爆心地に居たみたいになってやがるし。防護を敷いた所だけ無事なのがむしろシュールだ。
もしかしてあいつ、アレが人間に直撃して死なないとでも思ってやがるのか?
「うえ、気持ち悪くなって来たわ。魔力に酔いそう。ちょっと、こっち来ないで、装置が壊れるから。」
「うるせーよ!!」
今取り込み中なんだ。クロムに構ってる暇なんかねーんだ。
「それにしてもチグハグな戦いね。片方は基礎以外が出来ていて、片方が基礎以外全く駄目なんて。変な組み合わせだわ。あははははは」
「ん?」
それは、どういうことだ?
いや、・・・・まさか。
爆炎で生じた煙を突っ切って、フウリンが突撃を敢行してきた。
俺は心の中に残った疑念を確かめる意味で、魔剣を突きだした。
魔剣ケラウノスの切っ先から、雷撃が迸る。
「おわッ!!」
至近距離からのいきなりの雷撃に、フウセンが怯んだ。
おいおい、本当にまさかなのか?
お前は言ったよな、フウリン。
死ななきゃ安い、って。
堅牢な障壁で守られてるはずのあんたが、なんでただの電撃にびびってるんだよ。
少なくとも、その障壁が破られるとしてもかなりの威力を減衰できるはずだから、そのまま突撃するべきじゃないのか?
俺が今まで出会ってきた魔術師は、どんな予想外な事が起こっても、絶対に動揺なんてしなかったぞ。
こいつまさか、今まで手加減したことなんて殆ど無かったのか?
手加減をして、或いは何の制限も無い状況でしか戦った事が無いのか?
圧倒的な魔力のごり押しで、相手を封殺して倒したことしかないのか?
もしそうなら、色々と納得できる。
クロムが扱い難いと言ったタイプの魔剣を、どう見てもそこらへんの女子高生が軽々と扱える理由が。
俺みたいに経験を再現したりしていないと言う事は、それは恐らく魔剣の力だ。
そもそも、魔剣が戦うって話は良くあるだろう?
意思を持つ魔剣に持ち主が振り回されるとか、そう言う話が。
そこまででなくとも、相手の急所に勝手に向かう剣なんて、伝説や伝承に幾らでもあるじゃないか。
きっとその瑠璃色の魔剣もその類なのだろう。
じゃなければ、あんな素人がただ力任せに振り回すような剣戟を演じやしないだろう。
俺だって相手が剣の素人かそうじゃないかぐらいかは分かる。
俺もここ最近、ずっと剣を抱いて眠るような生活をしていたんだから、多少の太刀筋ぐらいは読めるようになっている。
こいつは、めちゃくちゃなんだ。
体の動きから何から何まで。
勿論、本当にただ遊んでるだけという可能性もありうる。
だがそれなら、遊んでるなりに洗練されているのだ。
確かに、フウセンは強い。
だが、それだけだ。それだけなら、やりようはある。
俺は、フウセンが怯んだ隙に距離を取ろうと後ろに飛び退る。
「逃げんなやぁ!!」
案の定、彼女は乗ってきた。俺を追うように踏み込んできたのだ。
だが分かって無いな、その態勢じゃ、人間の体の構造的に剣を振る方向は限られちまうんだよ。
そして、俺は敢えて隙を晒す。
魔剣を持つ位置を僅かに上げて、胴回りががら空きになるように。
当然のように、的確に、フウセンはその隙を突いてきた。
剣術をやってないと分からないだろう隙を、彼女は突いてきた。
そして、剣術を嗜んでいるなら誘いだと確実に分かるだろう隙を、バカ正直に突いてきた。
最も効果的で最適な一撃故に、読みやすい。
幾らフウセンの剣を振るうが早くても、相手を正面に捉えて剣を振るうタイミングが分かっているのだから、合わせるのは簡単だ。
がきん、と俺はフウセンの魔剣を弾いた。
丁度、彼女の魔剣の柄を狙って。
「んなぁ!?」
フウセンの驚愕は、良く分かる。
俺もエクレシアに同じ事をやられた時には、似たようなリアクションをしていた。
くるくる、と彼女の瑠璃色の魔剣が空中を舞い上がって、地面に突き刺さった。
「フウセン、貴女の負けですよ。」
「そんな・・・・。」
フウリンにそう言われて、彼女は信じられないと言った表情を浮かべていた。
「お見事です。まさか勝てるとは思いませんでした。一体いつ止めれば良いかと悩んでいたところです。」
「いやいや、全力でやられたら勝ち目ねぇから。こいつヤバいんだけど。有り得ねーよ。ホント。」
エクレシアから拍手を貰って、ちょっとテンションが高くなったからか、そんな軽い感じの口調で俺は応じていた。
とは言え、こっちも剣術オンリーの試合だったら、まだうちの隊長の方が手強い。
とりあえず今回は、俺が勝ちを譲ってもらったと言う形になるだろうか。
流石に二度は同じ手は通用しないだろうし。
「いいや、ウチは負けてへん。だって、ウチはまだ傷一つ付けられてへんもん。」
「おいおい勘弁してくれよ。これ以上はマジで殺し合いになるだろうが。」
まるで子供のような事言うフウセンに呆れつつも、俺は内心冷や汗を掻いていた。
だって、経験上魔術師なんて人種は、人の話を聞かないからなぁ。
「フウセン!!」
「だって!! だって、ウチらが負けたら、それは『盟主』の顔に泥を塗る事ちゃうんか!? フウリン!! あんたはそれで良いんか!!」
「しかし、」
「ウチは知ってるんや、イルイットさんはホンマは死んだからのうて、負けたから追放されたんやって。ウチらの間で噂になっとるやないか!!」
「それは」
「わかっとるのか!! ウチらは『盟主』から見捨てられたら、どこにも居場所なんてあらへんのやぞ!!」
フウセンは、敗北の悔しさからと言うには異常なほど動揺して居た。
いや、それはまるで錯乱して当たり散らすように叫ぶ彼女の剣幕に、流石のフウリンもたじろいだ。
「まさか・・・そんなことが。」
「ああ、あの話ね。」
そしてこの現役魔術師二人は二人で分かったように頷いている。
「有名な人なんですよ、“虚飾”のイルイット。うちの騎士団に直接所属して居ないにも関わらず、名誉聖堂騎士団の称号を貰い受けるほどの神聖魔術の扱いに長けた人です。
四百年近く生きているはずなので、ほぼ不死身でしょう。境遇としては貴方と同じですよ。」
「え?」
訊くまでもなく説明してくれるエクレシアの配慮に惚れそうになるが、その内容に首を傾げた。
「魔導書に魅入られたのです。それまではごく普通に生きていたらしいのですが、詳しい事は知りません。
私も一度お姿を拝見した事が有るのですが、何と言いますか、そう、魔術師らしい雰囲気が無かったですね。ああ言う人は珍しいです。
魔術の世界に全身どころか魂まで浸かっていながら、人間らしさを失っていないと言うか。
正直、彼女が死んだなんて想像できませんね。」
それを聞くに、境遇は似ていてもその人の人格は俺とは似ても似つかないのだろう。
しかし、イルイットか。確かどこかで聞いた名の筈なのに、どうにも思い出せないのはどうしてだろうか。
「実はその話の真相を知ってたりするんだけれど、面白そうだから教えない。」
そしてこっちの性格ブスは口元を押さえて笑ってやがる。
これで見た目が中々良いからなおムカつくのだ。
そんな思わせぶりな態度をするクロムが気になったのだろう、エクレシアが彼女にその事を問いただそうと向き直った。
だが、あっちの二人は、新たな局面を迎えようとしていたのだ。
「うッ、ああ!!」
俺達が話している間にも何やら捲し立てていたフウセンが、急に膝を突いて頭を抱えて苦しそうに呻いたのだ。
「お、おい、大丈夫か?」
急に別種の叫びを出したフウセンに、俺達は振り返って彼女を見た。
もしかしたら俺の攻撃がどこかに当たったりしてたんじゃないかと不安になったが、どうやらそう言うことじゃないらしい。
「あ、ああああ!! なんや、これ!? おか、しい・・おかしゅう、なる・・・・いや、もう、おかしい、んや。いやや、なんや、これ、こんなの、ウチやない。だれや、ウチの頭に、いるのは!? 出てけ、出てけでてけでてけでてけ・・・・なにこの、肌。なにこの、身体。違う、違う、違うぅううう!!! いやぁぁぁぁぁあああああ!!! ウチがウチで無くなるぅうううう!!!!」
まるで発狂したかのように、叫び始めるフウセン。
一瞬、彼女の姿に、黒い何かが重なって見えた。
俺はその姿が、あの悪魔に似ている気がしたのに気付いた。
その絶叫を期に、フウセンは気を失って倒れた。
そして、それを一番近くで見て、彼女を抱きとめたフウリンは。
「ああ、始まりましたか。」
どこか慈愛の笑みを浮かべてすらいた。
「おい、どうなってるんだ?」
状況を把握しきれていない俺が言った。
俺が言わなくても他の二人が言っただろうが、混乱具合からして一番なのは俺だからだろう。
「あと、一時間と少しですかね。彼女が、十六歳の誕生日を迎えるのです。その時、彼女は生まれ変わるのですよ。」
「どう言う事ですか?」
声を押し殺したように、エクレシアが問うた。
「それに関しては、あの御方から直々にご説明が有るそうです。そろそろ始まりますよ、見なくてよろしいのですか?」
そう言って、フウリンは顎をしゃくって示したのは、クロムの用意したテレビだった。
「え?」
そう困惑したようにその中を凝視したのは、何も彼女だけではない。
まだ調整が終わっていないと言うそのテレビには、凄まじい数の魔族が参列し、画面には魔族しか映らないほど埋め尽くされていた。
テレビの画面の視点が変わる。
そんな機能は付いていないのに。
そこは玉座だった。
少々引いた位置からの視点らしく、近くに『マスターロード』の姿も見える。
そして、彼は言う。
『諸君、元魔王陛下の御成りだ。』
だが、そこに居た魔族の誰もが、言われるまでも無く跪いた。
そして、不在の筈の玉座には、黒い影が存在していた。
まるで影と見紛うばかりの、漆黒だった。
黒い茨に包まれた肢体は、凡そ三メートル程度。
魔族から見ても圧倒的な小柄なそれに、誰もが跪いていた。
その刺々しいとしか表現できない肉体の頭部には、美しい薔薇が王冠のように咲き誇っていた。
形は、人に近い五体を持っている。
だが人間の顔に相当する部分は、認識できなかった。
まるでのっぺらぼうのように、貌が無い。
あれが、魔王。
全人類の、恐怖の対象。
その威圧感は、画面を通しても伝わってくる。
エクレシアもクロムも、その存在感に呑まれて、画面から目を離せないでいた。
次元を超えたその存在は、退屈そうに玉座の縁に肘を付いて顎に手をやり、頭部を支えていた。
『千年、長かったね。』
その刺々しい姿に反して、魔王の口から零れたのは美しい女性のような声だった。
その遥か昔を懐古するような言葉に、魔族の中からすすり泣く声すら聞こえた。
『なのに、君達はちっとも変って無い。』
それは聞き様によっては、千年の忠義を全うした魔族達を労う言葉に聞こえただろう。
だが、元魔王の声色はその姿にふさわしい、刺々しい物だった。
『千年だよ、千年。なんで君達は一度たりとも反旗を翻したり、ボクらに対して疑念を抱いたりしなかったわけ?』
その辛辣な言葉に、恐れ多いはずの魔王に対して顔を上げる者も少なくなかった。
『ボクらに逆らえないから、なんて言い訳は聞きたくない。
そんなのはボクらを前にした時だけなんだよ。君達は、ボクらが不在の間、一体何をしていたんだい?
まるで時間が止ったようにただ停滞して、ありもしない忠義に縋りついて。ボクらと君達の関係はね、物と製作者ってだけなんだよ。
ボクらは、君達に別に忠義だとか、信頼だとか、強さでさえ求めていないんだ。
今でこそボクらは“魔王”何て人類に言われているけれどね、そんなのは後からそう呼ばれただけで、本質は全く違うんだ。』
魔族の存在意義を丸ごと否定するような言葉を投げかけて、彼とも彼女とも言えない存在は、言葉を続ける。
『君らは、進化できなかった。
たった千年と言う短い時間でそれを期待するのも酷と言う物かもしれないけれど、多少は変わるものだろう?
ふふふふふ。君らはボクらにとって初代から権利を受け継いだ遺物に過ぎない。人類を駆逐する走狗に過ぎない。実に滑稽だ。
だから正直なところボク自身、君たちなんてちっとも関心を抱けなかった。
美しくないんだよ。人間達の題材として今も生きる初代と違って、その初代に創造された君達はまるで美しくない。
まるで、地上で氾濫する美しくない戦争のように戦い明け暮れて、死体を量産するばかり。』
この間見た魔物の軍勢よりずっと多くの数の魔族が集まっていると言うのに、そこは葬式のように静まり返り、魔王の声だけが響く。
『だからボクはここで後腐れなく、死ね、と命令してもいい。
君らのような哀れな存在に終止符を打ってもいいんだ。だけれど、それはあまりにも酷い仕打ちだよね。
たとえ走狗に過ぎない君達でも、千年続いた忠義は本物だ。それは素直に尊い物だと認めよう。それだけは認めてやろう。
だからボクは、前々から仕込んでいた事を遣って、君らに最後のチャンスを与えることにするよ。』
たったそれだけを言う為に現れた魔王は、長々とした前置きを語って、魔族全体を見据えた。
『ボクはこの世界に来着した約千年の昔に、この世界の法則を読み取った。
そして、この世界ではボクと同じような“魔王”の誕生は有り得ない事を悟ったんだ。それはあまりにも寂しいと感じてね。
どうせ崩壊するなら記念に、と嘗ての世界から持ち帰った三つの同胞の魂の内一つを、五つに割いて輪廻に流した。』
俺は、魔王が何を言っているのか分からなかった。
分からなかったが、凄まじい悪寒がしているのを本能が警鐘として鳴らして教えてくれている。
彼とも彼女とも言えない存在は、爆弾のような言葉を落とすと。
『魂を三つに、精神、才能、叡智。肉体を二つに、両眼と、身体。
それら五つは同じ時代に現れて、いずれ引き合うように一つに集まり、新たな魔王として復活するようにしたんだ。
そして今この世界に、いや、この箱庭の中に五つの断片を持つ者たちが集っている。
その全てを手にした者を、次の時代の魔王としてボクが転生させてあげよう。
君達はその断片を持つ誰かを次の王者として持ち上げて他の全てを奪い取っても良いし、自身が新たな魔王となる為に他の五つの断片を手に入れようと画策しても良いし、他の方法を考え付くならそれを行っても良い。
とにかく、その五つの魂の断片を持つ者を探して集めるんだ。
ちなみにその断片を奪うには、殺すしかない。』
「五つの、魔王の魂の断片・・・。」
エクレシアが、息を呑んだ。
『目安としてはそれぞれこんな特徴を備えている。
絶対的に強固で不屈、圧倒的な求心力を備えた『精神』。
世界の法則を席巻するほどの超絶的な『才能』。
分かつ前の魔王としての前世の記憶と知識・知力を引き継いだ『叡智』。
条理を捻じ曲げるほどの強大な宝石の如き魔眼の『両眼』。
真祖の吸血鬼を超える不死身と強大な特殊能力を備える『身体』。」
そう、魔王は語った。
「ねえ、もしかしてあの時の・・・。」
クロムは何かを確信したように呟いた。
俺も、言葉にできないがそれは直感で同じことを感じていた。
『その内の一つは、もうみんな目にしているはずだ。
あの強大な獣を。魔王の『精神』の断片を持つ獣を。
あの存在を認めて、各断片がこの世に出揃う事を悟ったボクは、その全てを探す事にした。そしてつい先日、五人目の姿を確認した。まさか・・・』
すぅ、と魔王が画面越しに俺達を見た。
心臓が、止るかと思った。
『人間に断片の一つが渡る事になるなんてね。人間の魂と肉体の規格からして違うから、そんなことが起こるなんて思いもしなかった。見つけるのに結構苦労したよ。』
俺は、その言葉にフウリンを見た。
あの計り知れないほど強大な『才能』を誇る少女を。
自分をただ他より少しばかり違うだけだと信じている、この少女を。
魔王の魂の一部を受け継いだ者だと言うのか。
『どうせだから期限を決めようか。次の祈願祭までだ。あと五年かな。
もし、それを過ぎて次の魔王が決まらなかった場合は、もうボクらと君らは無関係って事で。
つまり、君らは見捨てられるってことだよ。魔術師達の箱庭で、永遠に飼い殺しにされるんだ。』
そこで初めて、くくくく、と魔王は喜悦の声を漏らした。
『もし君達が、その魂を輝かせる事が出来るのなら、或いはその場合でも考えなくはないけれど。それはそう簡単にできる事じゃないからね。
さあ、皆。殺し合え、奪いあえ。勝った者が次の魔王だ!!
君達に野心が有るのならば、心赴くままに動くんだッ!!! 燃えるように爆ぜるように美しく、心を磨き、魂を輝かせろ!!! あはははは!!!』
魔王の哄笑が、魔族の全てに響き渡る。
その笑い声は、魔王が姿を消してなおも響き渡っていた。
――――――――――――――――――――――――――――
「・・・・・・・・くくく。」
――――魔王の『身体』を持つ魔族はほくそ笑む。
そのおぞましい無貌の笑みは誰にも読み取れない。
「最強の魔王の座か・・・。」
――――魔王の『両眼』を持つ魔族は笑みを浮かべる。
まだ見果てぬ力の追及に、思いを馳せて。
「おのれ二番目め、許さない。許すものか・・。」
――――魔王の『叡智』を受け継いだ魔族は怒りに燃える。
かつての魔王の記憶の持ち主は、何を思うのか。
「GURUUUUUU・・・・・・」
――――魔王の『精神』を受け継いだ獣は、低く唸り声を挙げた。
自らが築いた魔物の楽園を破壊する者どもを予感し、彼は再び立ち上がる。
「そっか、ウチは化け物やったんか。」
――――そして魔王の『才能』を受け継いだ少女は自らの運命を悟った。
・・・・・
・・・・・・
・・・・・・・
「ずっとおかしいと思ってたんや。
どうして自分なんかにこんなすごい力が眠ってるんやって。
何かの間違いだと、ずっと思って、夢の中のように生きてたんや。」
フウセンは、自らを受け止めていたフウリンの手からゆっくりと起き上がる。
その気持ちは痛いほど分かる。
俺だって、魔術の才能が有るなんて言われた時、そんな事信じられなかった。
だけど実際殺し合うような状況に置かれて、人間にとって異常な環境に置かれて、俺はそれを受け入れざるを得なかった。
「こんなことなら、こんな力、気付かなければ良かった。」
「それは有り得ませんよフウリン。
いずれにせよ、貴女の体は十六歳を期に急激に自身の才能に適格化されていくことになる筈だと、かの元陛下は仰っていました。
先日それを聞いて、同じ時代、同じ国に悪魔の力を得て生まれた僕の使命だと思ったんです。
私がこの世界の裏側に貴女を迎え入れたのは、恐らく何の知識も無く自らの力に振り回されない為だったに違いありません。」
「そんなん、知らんわ!!」
フウリンの怒声が、衝撃波となってフウリンを弾き飛ばした。
「っく、フウセン・・・貴女は、どうしたいのですか?」
彼は、悪魔のように慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべて問うた。
「前に言ったやないか。こんな、こんな退屈な世界、ぶっ壊したいって。
でも今は違うわ、こんな、こんなこんなッ、ウチにこんなおぞましい運命を強いる、こんな世界を、ぶっ壊してやりたいんやぁあああ!!!
その直後、この第二層の魔力濃度が二パーセント上昇したらしい。
瑠璃色の波動が迸る。
視界が青一色で埋め尽くされる。
「これ、ヤバくねぇか?」
俺は何だか泣きたくなってきた。
「ヤバいですね、途轍もなくヤバいです。」
こんな時もエクレシアは動じていなかった。
いや、覚悟を決めていただけなのかもしれない。
「あはははははははは!! なにこれ凄い!! アレ見て分かる!? 人間が、別の生き物に、魂の規格に合わせて、肉体が耐えられるように進化してるわ!!
まさかこんな光景をこの目で見られるなんて!!! あはあはは、凄い凄い凄い!! こんなことが起こりうるなんて!! 人間の可能性って何て素晴らしいの!!」
「今まで言わなかったけど言うぞ、お前頭おかしいんじゃないのか!?」
こんな状況でも馬鹿みたいに目を輝かせて、子供のように笑うクロムに辟易しながらも、何だか彼女のお陰で落ち付けたような気もした。
って言うか、こんなの人間なら普通おこらねぇだろ!!
進化もくそったれもあるもんか!!
「あと一時間って言ったわね!! あはははは!!
逆に言えば、後一時間は彼女は人間なのよ!! 今しか、この場に居る私達しか、彼女を止める事は出来ないでしょうね!!
あははははははは!! ご先祖様!! 確かにこのメリスにも、英雄の血は流れていたようです!! あははははは!! 見ていてください!! 私は今こそ、世界を救います!!」
とうとうおかしな事までクロムの奴は言い始めやがった。
しかし、確かに今ここであいつを止めないと、最悪第二層が消えてなくなるかもしれない。
「でもあんなのを止められたら、本当に英雄だろうな。」
フウリンの鮮やかな黒髪まで瑠璃色に染まって、いよいよスーパーサイヤ人っぽくなってしまった彼女を見やって俺は呟いた。
綺麗な黒髪だったのに、もったいないったらありゃしない。
「我らが『カーディナル』、そして天上に御座す神よ。見ていてください。
今こそ、私は使命を果たします。魔王の復活、今ここで喰い留めますよ!!」
「ああッ、クソッ、もうどうにでも成りやがれ!!!」
魔力の波動だけで地響きまで聞こえてきた。
彼女の周囲の魔力が安定したはずの物質にまで影響を及ぼしているのだ。
多分、俺は今日死ぬかもしれない。
こう言う時は、死亡フラグを立てて生存フラグにするべきだ。
「エクレシア、この戦いが終わったらお前に伝えたいことがあるんだ。」
「え!?」
何いきなり変な事言ってるんですか、みたいな表情で見られた。
当たり前である。自分でもこのアホみたいな極限の状況下でおかしくなったのかと思っている。
「あと、パインサラダが食いたいから、これが終わったら頼むな!!」
「ええッ!! 任せてください!!!」
エクレシアは何やら張り切っている。
あれ、これもしかしてこっちに死亡フラグ立ってないか?
と言うか俺、パイナップル食えないんだけれど。昔繊維だらけの安くて酸っぱくてマズイやつ食って以来、食べられないんだけれど!!!
「あはははは!! 私はパインケーキが良いわ!!」
そしてお前が締めるのかクロム。
そしてよくそのネタわかるなお前。そう言う所は大好きだよ俺は。
「うあああああああああああああああああああああああん!!!」
そんな馬鹿なやり取りを余所に、フウセンが感情のままに泣き始めた。
まるで後光のように、フウセンが瑠璃色の光に包まれる。
「ごんな、ぐすッ、ぜがい、ひっぐ、もう、いらん!!」
世界が鳴動する。
彼女こそが神であると、いや、魔王であると言うように。
彼女が覚醒するまで、真に後一時間。
第三章も最終局面。一話にまとめたかったので、こんなに長く書いたのは始めです。
そして、色々と最後にフラグを立てましたが、次回で打ち切りになってことにはならないので安心してください。
しかし、やりたいゲームがあるので次回は少し遅れるかもです。
まあ、休みの間に書くので、すぐでしょうけれど。
それでは、次回。魔王フウリン戦をお送りします。お楽しみください。




