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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
三章 祈願祭へ
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第四十三話 バラバラなハート




『黒の君』は懐古し、回顧する。


「魔王。ただ一言、常軌を逸しているとしか表現できない。

あれは一人で、一柱で人類の九割と同等の戦力になる。いや、単純な戦力比じゃ人類がどれだけ居ても対抗するのは無理だ。

魔王は人類の脆さや隙を突くのが得意だからね。幾ら数がいても、幾ら数が少なくても関係ないのさ。

やつらを、魔王を倒すには、数ではなく質だ。少数精鋭での頂上決戦。ゲームみたいに魔王の城に突入して、直接戦って勝つしかない。

矛盾しているかもしれないけれど、魔王を倒すのには人類でしかあり得ない。そう言う仕組みなのさ。

この世界では関係無いけど、僕の故郷の世界では人類が権勢を広めすぎる頃合いに魔王が誕生し、人類の文明を壊滅させ、その数を減らしていく。そして僕らみたいな英雄が、魔王を倒す。

それは、歯車のような、仕組みさ。決められてた事なんだ。

僕の故郷では嘗て、人間は天敵を『世界』そのものに作らせなければならないほど繁栄していたらしくてね、このままではこの世界みたいに資源や環境を喰い潰さん勢いだったみたいだよ。

だから魔王とは、劇薬の投与なんだよ。増えすぎた人類を殺傷する、最強の抗生物質だ。過ぎれば世界そのものにも毒になる。

だいたい五百年から六百年に一度くらいの周期で、新たに誕生していたらしいよ。そして誕生した魔王は十三柱。

そう思うと、人類の繁栄ってのは、何だか短いよね。一万年にも満たない時間でほぼ絶滅しかけるんだから。

でも、関係無い話だよ。物理に支配されたこの世界では。

――――だからこそ、滑稽なんだよ。この世界では誕生するはずもない魔王を待ち焦がれる、ただの創造物に過ぎない魔族や魔物どもが、必死になって蠢いているのが。

あの馬鹿弟子も良い趣味してるよ。あんなところに連中を押し込めるなんてね。

でもだけど、確実に言える事はある。いつか遠くない未来、この世界にも僕らの居た世界と同じように、この世界にふさわしいやり方で魔王に匹敵する何かが出てくるだろう、とね。

繁栄しすぎて、いつか滅びを迎えるだろう文明の果てに、訪れるだろう災厄に人類は魔王を幻視するに違いないと、僕は思うね。」




          いつかどこかでのある少女との会話より抜粋。










「今の私は、抜け殻だ・・・。」

私は自分の顔が映っている手鏡を見てそう呟いた。


見るも無残とはこのことだろう。

数日間何も食べず呑まずだったからか、酷く痩せた気がする。


いや、その程度で人間は激変したりはしない。ただ自分の視点が変わっただけだ。



そう、変わった。私は歪んだ、切り刻まれた。バラバラだ。


悪魔に精神的な活力を根こそぎ奪われたと言うのもあるのだが、そんなのは言い訳でしかないのだろう。

だが言い訳であることを前提として、私は廃人になっても仕方が無かったのである。


そのくらいの仕打ちは受けた。

嘗ての聖人達も、このような残虐な行為の果てに非業の死を遂げたのかと思うと、彼らがいかに偉大な方々だったのかよく分かる。



私自身、なぜ生きているのかが分からなかった。

志半ばで死んでも死にきれないと思っていたからだろうか?


いいや、そんな、私程度の志などとっくの昔に、悪魔にへし折られている。


ならなぜ、私は今ものうのうと生き恥を晒しているのだろうか。

偉大な先人たちのように、悪魔と戦って死んだと言う事にしてほしかった。



・・・・私は今、指一本動かせないのだから。




「それって現実逃避ってやつよね。」

私はその旨をクロムさんに言ったら、そのように返されました。

本来彼女のような人間にそのような事を言われるのは屈辱の極みであるが、私はその時そんな気概すら無かったのですが。



「貴女は人間として構造上完璧に元通りなのよ。

指一本動かせないって・・・貴女が勝手にそう思っているだけよ。」

「私は悪魔に手の肉を筋肉から脈まで丁寧に摘出され、指の関節をひとつずつ引き抜かれてバラバラにされたんですよ。」

「それを繋げ直す羽目になった私の苦労はどうなるのよ。

いや、良いデータになったから良いんだけれど。人型に投影された人間の精神なんて滅多に見れる物じゃないし。

その上バラバラにされたそれを繋げ直す作業なんて、誰に頼んでも出来ない事よ。」

医者としてなら礼金を上げても良いわね、と冗談なのか分からないことを、彼女は言った。


彼女は冗談を言うのが好きらしいが、ハッキリ言って空気が読めていない為、笑えないのです。

果たしてその事に彼女が気付いているかどうかは疑問ですが。



「それは嘘でしょう。私が指を動かそうとすると、激痛がします。」

「・・・・・。」

その時、初めて私は彼女が心底驚愕しているのを見ました。

唖然としていました。何か私とは別の物を見るような目で私を見ていました。



「・・・・あなた、そこまで消耗してるのね。」

そして、どこか失望したように私を眺めていました。

私を見えているのではなく、私がいる風景か何かを見ているような、そんな漠然とした視線でした。



「激痛なんて嘘よね。

だって貴女、あんなにバラバラにされたのに、痛みなんて一度も感じていないんだから。痛むも何もないじゃない。」

物理的に繋げ直したならまだしもだけれど、と唾でも吐きそうな勢いで彼女はそう口にしました。



ええ、そうです。

悪魔は私に一度たりとも苦痛を強いる事は無かったのです。



ただ、痛みなど消し去り、私は正気のまま自分の体がバラバラにされる光景を、延々と見せつけられていただけなのですから。

気が狂えるなら、どんなに良かったか分かりません。



「私はカウンセラーじゃないから門外漢だけれど、貴女自身が動かそうとしていないだけなのは十分に分かるわ。

ええ、分かってる。貴女はそれほどまでに精神的ダメージを受けているんだから、動かせなくたって当たり前なのかもしれない。無気力なのも当然なのかもしれない。同情もするわ。タダだしね。」

「だったら、私の事を放っておいてください。」

「ふざけないでよ。私の投資分を返してもらわないと割に合わないわ。貴女に手伝ってもらわないといけない事が山ほどあるのよ。」

彼女は私の現状にちっとも怒りを覚えてすらいなかった。


いっそ清々しいほどの、損得勘定で自身の出費のことを考えているのです。

それで良いと思いました。今ほど彼女の事が好ましいと思った事は無い。


だって今、本当に私に心から同情してくれる人間がいることが、唯一痛まないこの私の心の苦痛なのですから。

心をバラバラにされているのに、心だけが痛んでいないなんて変な話ですが。




「ん? もしかして私って凄く酷い事言ってない?

例えば性的暴行被害者に、なに落ち込んでんだよお前元気出せよって言ってるみたいな? 不謹慎不謹慎。あはははは、可笑しいわね。」

おかしいのは貴女の頭なのではないのでしょうか。


私は普段口に出さないだけで、これくらいは普通に思っています。



「そう言う意味では、悪魔って紳士的だったのかもしれないわね。

純粋に精神だけを苛み、そこから生じた負のエネルギー・・そう言うとなんか胡散臭いけれど、それを奪い取っただけなんだから。

精神が衰弱するほどなんだから、相当なようね。いや、私もそれは分かってた事だけれど。」

彼女は、私は悪魔の被害者の症例のひとつ位にしか思っていないのかもしれない。

圧倒的に他人事なんですから。



「うーん、やっぱりこのケースから立ちなるのはほぼ無理かしらね。

一生精神的外傷を抱えて生きて行く羽目になるのかしら。いや、もう、生きていると言っていいのかしらね、これは。」

「なぜ私は生きてるんですか?」

「こうして会話できるだけでも奇跡なのかしら。」

彼女はもう既に、自分と同等に私を見て居なかった。

少なくとも、同じ目線で私を見ては無いのでしょう。



「これじゃ、リネンの伝言を伝えるまでも無いかしら。

ま、貴女の状態を報告するだけで彼女の協力をもっと取り付けられるだろうから、私としてはそれでも十分プラスになるんだけれどね。

それでも結構貴女の事は残念に思っているのよ。はぁ、貴方ともっと仕事をしたかったわ。ホント、残念。」

勝手な事を言うだけ言って、結局彼女は去っていった。


何となくだが、もう私は彼女と二度と話す事は無いのかもしれないと思った。

私がこのような状態では、話す価値などありはしないのでしょう。


彼女は、どこまでも建設的な話しか興味無い人間ですから。



ただ、彼女は最後にこう言ってきた。


「言うまでも無い事だろうけれど、貴女は衰えるわよ。

たった半月でも体を動かさない生活を送ると、心や頭とは関係なく体が使い方を忘れてしまうんだから。

そうなったら以前の感を取り戻すのにどれだけ掛かるか分かった物じゃない。一日の遅れを取り戻すのに三日掛かると言うのは本当なのよね。

もしそれ以上の時間が掛かるようならば、私と貴女はもう何の関わりも無いって事で。

これは忠告よ。貴女は健康体そのものだと言う事を忘れない事ね。」

そんな風に純然な忠告を述べてくる位には、私は認められていたと言う事なのでしょうか。

だとしたら随分な買いかぶりと言う物でしょう。


もしかしたら、彼女はかなりねじ曲がったツンデレと言う奴なのかもしれません。

群衆がそこに一体どういう萌えを見出すのか分かりませんが。



それから、一週間が経ちました。




「私があんたの世話をさせられている件について、あんたはどう思ってるか聞かせてもらいたいわね。」

「・・・・私は、自分が何なのか分からないのです。」

染みも無い布の天井を見ながら、私は呟きました。



「清廉潔白な騎士殿なんじゃないの? あいつ、今日も寂しそうにしてたわよ。クラウンの奴はあんたの飯が食べたいってぼやいてただけだったけれど。」

「・・・私はそんな人間ではありません。」

「皮肉よ、そんなの。」

嘲るように、サイリスさんは言いました。



「あんたの神は、こんな状況に置かれてるあんたについてどう思っているのかしらね。」

「・・・・もう既に、神は私の事など見捨てたでしょう。」

「なにこれ、張り合いが無くてつまんない。」

はぁ、とサイリスさんは溜息を吐いた。



「私の事が煩わしいのなら、その辺に放っておけばよろしいでしょう。」

「なにを言ってるのよ。わざわざあんたを生かしてるのは、健康体の人間そのものに使い道が有るからよ。それ以外に何が有るって言うの。」

彼女は当然のことのように肩を竦めてそう言った。


それを聞いても、私の心は動かない。

バラバラにされて、接合されただけの私の心は、動かない。


私は、壊れてしまった。



「例えば、生き血を抜いて悪魔の生け贄にしたりとかして・・・」

冗談を言うような表情で彼女が言ったのは、多分私がされた事を概要でしか聞いていないからだったのでしょう。


そう、私がバラバラにされたと言う事ぐらいしか。



私の、継ぎ接ぎされた心が軋んだ。


――――思い出す。切断された腕から垂れ流しにされた血が、悪魔の用意したバケツに溜まっていく光景が。



「あ・・・あ・・」

急に、全身が肌冷たくなってきた。



――――思い出す。段々と血が抜けて体が冷たくなっていき、機械的に血を搾り取られる恐怖を。



「や・・・いや、や・・ッ!!」

動かせなくても繋がって腕の感覚が、消えた。



――――悪魔は言いました。私の立場を分からせる為に、最初に血を全部抜きとると。



「あああ、ああ、あああ、あああああ!!!」

音が聞こえる。じょぼじょぼと、私の腕から血が零れ落ちてバケツに溜まる音が。



――――あくまはいう。ぜんぶちをぬいたら、もういちど、うでをくっつけて、ひとつずつ、かいたいたいする。


できるだけ長く血が流れるように、片腕だけしか悪魔は切らなかった。




私は叫んだ。

でもどうしても、いくら叫んでも、じょぼじょぼと、じょぼじょぼと、私の耳から血が溜まる音が絶えず聞こえる。



吐き気がする。

気持ち悪い。


なぜ普段は動かないのに、こんなに私の心は苦しいのでしょうか。


壊れるなら、徹底的に壊れれば良いのに。



すると、しまった、と言うような表情のサイリスさんに、無理やり口をふさがれました。

ええ、彼女の口で。



「んむ!? んむむ!!」

無理やり首の裏に腕を回されてがっちり拘束されながら、舌を口の中に入れられました。

そして空いている方の手で私の体をまさぐっています。


私はと言うと、口に舌を入れられた辺りから抵抗する意識が途切れてしまいました。

女性同士とか汚らわしいので止めてほしいと心のどこかで私は思っていましたが、でも、悪魔に弄ばれた私には相応しいのかもしれません。



それからしばらくのことは、思い出したくもありません。





「ふぅん、多少は人間らしい所は残ってたみたいね。」

彼女は私から顔を話すと、口に付いていた私とも彼女とも分からない唾液を拭いました。

そそくさと衣服の乱れを直しています。



汚された、うう・・また汚された。

私が何もできないからって。あんな・・・。



「感覚が無いわけじゃないのね、今色々調べたけれど。」

どうやら彼女は私に卑猥な事をしただけではなく、魔術的な精査を行っていたようです。


「本当に健康そのものなのね。

魔力の生命維持だけで呑まず食わず動かずで、ここ一週間ずっとベッドの上なのに。」

贅沢な身分だわ、とサイリスさんは鼻を鳴らした。


魔力とは定義次第で如何様にもなる物質です。

だから、私の体内の魔力を“健康体である時の状態”にし続けていれば、私はそれこそひと月呑まず食わずでも生きていけるでしょう。


これを応用して疑似的な不老や、更に発展して疑似的な不死を実現できると言います。

尤も、それを出来るのは才能を要しますが、準備が有ればある程度は何とかできる物なのです。


こう言った所以が有るので、死なないだけならどうにでもできる、と言うのが我々魔術師の業界なのです。

私にこの術を施したラミアの老師は、それだけでその実力がしれると言う物です。


そして、不死を求めるあまりに狂った魔術師を狩るのも、私の仕事でした。

そう、それが仕事だったのです。




「神に召されるとは思ってはいませんが、なぜ私が生きているのかは疑問ですね。」

「じゃあ、貴女食べて良い? 私もそろそろ色々と適齢期だから、発情期が重くて辛いの。貴女も人間だし、貴女で処理するから。あっちは好みじゃないし。」

そう言えば、ここにも悪魔は居たのでした。

主に存在が十八禁な部類の。



「悪魔め・・・また私をおもちゃにするのですか・・。」

「玩具と言えば玩具ね。でも良いじゃない。死んだも同然なら玩具にされようが、フレッシュゴーレム同然の今の貴女がどうなろうと。ね?」

悪魔は蠱惑的な視線でそう言った。


精神干渉が行われている。

私は今、無理やり頷かされようとしている。


精神がボロボロの私には成す術はない。


そうして結ばれた契約のままに、私はおもちゃにされるのだ。

本格的に死にたくなってきました。





『おい、エクレシア聞こえるか?』

しかし、こんな私にも救いの声が有ったのです。



『め、メイさん・・・?』

「ち・・・。」

彼からの念話に、彼女は舌打ちした。



『あの、その・・・わたし・・。』

『今大丈夫か? 不安定な時期なのは分かってるが、どうしてもお前の力が必要なんだ。頼むから話を聞いてくれないか。』

『は、はい・・大丈夫、です・・・。』

『悪いな、今ちょっとクラウンに協力してもらって慣れない長距離の念話を実行してるところなんだ。不慣れだから、分かりずらいかもしれないが。』

全然そんな事は無かった。

こんなに壊れてしまった私を助けてくれた彼の言葉。

ひと言たりとも聞き逃さなかった。


こんな姿を見せたくなくて、ここ最近は会う事だけは拒否しましたけれど、彼は一日に一度は念話で遠慮がちに話しかけてくれる。



彼との約束が無ければ、私はとっくに狂っていた。

人格さえ、残っていなかったかもしれない。



『昨日言ったけれど、今俺は魔物の掃討作戦に出てる。それで魔物の様子がおかしいんだよ。

上から偵察してくれてる同僚が、まるで全体が一つの生き物みたいに統率が取れてるって。だから皆不安がってるんだ。魔王が魔物を指揮してるって。』

『ま、魔王が・・・?』

私の心のどこかに、縫い合わされた私の心のどこかに接合された使命感が、微かに疼いた。



『魔物が? そんなはず、有るわけが・・・。』

『でも現実的にそうなってるんだ。今度の祭りに元魔王は出てくるって皆言ってるみたいだが、そうすると何だか行動が矛盾するだろ?

訳が分からないんだ。位置が分からないからクロムに繋げられないし、お前しか人間の視点で魔王の事を知ってる奴は今居ないんだ。』

『魔王は全てあるスキルが備わっていると聞きます。』

『あるスキル?』

『通称『魔王の威光』と言うらしいのですが、それは魔王に連なる眷属を無条件で支配下に置く事の出来るというものです。』

そのスキルが有るから、新たに誕生した魔王でも、嘗ての魔王が創造した魔族や魔物を支配する事が出来るそうなのです。

具体的にどういう仕組みなのかは明らかになっていませんが。



『それじゃあ、クラウンや旦那や、その部下たちが平気なのは変だな。

魔族を壊滅させたいなら、味方同士で殺し合いをさせれば良いんだから。』

『ちなみに、そうした使い魔を使役する洗脳系の呪術は知能が術者より低いと言うのが前提になったりしますが、魔王の知能は凄まじいと聞きます。

そうして気にいった人類を眷属にした魔王の例もあるそうですが。』

飽くまで私は補足事項としてそう答えた。



『うーん、やっぱりエクレシアでも分からないか。』

『すみません、力になれなくて。それより、そちらは大丈夫なのですか?』

『俺達は何とか凌いでるが、他の所じゃ半壊したところもあるらしい。

こっちも部隊の布陣を再編成するまで時間が掛かるから、それまで何とかすれば大丈夫だとは思う。

幾ら数が多く立って魔物は魔物だからな。例え魔王が指揮していたとしても、組織的に攻めればこちらに負けは無いって旦那達は言っている。』

しかし、彼から伝わってくるのは、不安ばかりだ。


今回の戦いで、彼は生き延びる自信が無いのかもしれない。



『悪かったな、お前はそんな状態なのに不安にさせること言って。』

『いえ、そんな、わたしは・・・・。』

『良いんだよ。ごめんな。じゃあ。』

彼はそう言って、念話の繋がりを遮断した。



「随分と、気丈に振る舞っていたわね。

もしかしてあれかしら、彼には弱った自分を見せたくないみたいなそう言う感じかしら?」

私に直前まで精神干渉していたからか、サイリスさんに今の念話は丸聞こえだったようでした。



「気持ちは分かるけれどねぇ。あれ、でも今の貴女の気持ちってなんなのかしらね。だって貴女の心はバラバラにされていたんだから。」

「それは・・・。」

「それにしても、貴女とこんなところで遊んでいる場合じゃないようね。

どうせすぐに師匠に連絡が行くでしょうから、私も準備しておかないといけないわ。」

彼女はそう言って、去っていった。


しかし、例によって最後に振り向いて一言こう言った。



「貴方と違って、ね。」

と。


ああ、彼女は分かっているのか。

私はただ、彼に会うのを恐れているだけだと言う事を。



彼は私の為に悪魔に挑んだと言う。

その話は彼からも直接聞いた。


私が悪魔に敗北したのは良い。不意打ちだったのだ。

彼が私の為に傷ついたのが許せないのだ。



私は彼に顔向けできない。

彼を導くはずの私が、彼にこんな弱弱しい姿を晒して良いはずが無い。


きっと、今の私を見たら彼は失望する。

私は彼の支えに成らなければならないのだ。彼が本当に頼れる人間は、この地に私一人しかいないのだから。


私は、騎士として彼を守らなければならない立場に居たのに。



傲慢な考えなのは分かっている。

彼はそこまで弱くは無い。事実、私が手も足も出なかった悪魔を退けて見せた。



それに私は、私の戦いから逃げたい訳ではない。

魔王復活の、予兆のような物が有ると彼は言っていた。


私の使命は魔王の復活を阻止する事。

延いては、それによって失われる人命を、守る事だ。


その中には当然、彼の命も含まれている。

しかし先日、悪魔を退治して信仰心に目覚めたと言っていた彼は、もはや私の同胞なのだ。


同胞、それは兄弟のようなものだ。



私の所属していた聖堂騎士団では、仲間を見捨てる事は決してあってはならないことだった。

仲間を切り捨てるような戦術を取ることすら憚れていた。


そう、もはや彼は、一方的に守れるべき立場の人間ではない。

背中を預け、信頼し合う仲間に成るべきなのだ。



でもだからこそ、そうなったからこそ、私は彼に頼るべきだったのに、それを拒絶してしまった。

怖かったのだ。先も述べたように、彼に失望されるのが。


それでも、私は彼に報いなければならないだろう。

目を背けてはいけないのだ。



同胞が、死地に赴いて魔物の軍勢と戦い、或いはもしかしたら、極小の可能性だが同胞足り得るかもしれない魔族達と共に戦っている。

そうなれば、私は彼らも守らなければならないのだ。


私たち人とは違う成り立ちですが、我らが『カーディナル』が改宗した彼らを迎えると仰った以上、無辜な民である彼らを私は守らなければならない。

例え使命に支障をきたそうとも、自らの良心に背く行いをしてまで、それを成す意味などあるとは私には思えない。


それがどんなキレイ事だろうとも、良心と善意を否定するのならば、私は神を信じたりはしない。

神がただの偶像に過ぎないと言うのならば、良心も善意もまた偶像に過ぎないのだから。



私は進まなければならない。

例え、この心が壊れていようとも。


綺麗にバラバラにされたのなら、私の意思も綺麗に切り取られているはずだ。

傷つかず、まだ残っているはずだ。



困難を排し、使命に向かって戦い続けるこの意思が!!




「う、ああああああ!!」

全身が、軋む。

痛い。全く健康の筈の体が、ギシギシと悲鳴でも上げているかのように痛む。


幻に過ぎない痛みが、私を苛む。

生まれてこの方味わったことのないほどの激痛で、心が挫けそうになる。


だけど大丈夫だ。もうこれ以上無いほど、私の心は挫け切っていたのだから。もうこれ以上、挫けることなど無い。



「あ、あああ!!」

ごろん、とベッドから転げ落ちる所までは来た。


私の声を聞いてこないと言う事は、残念ながら私はしばらく考え込んでいたようで、サイリスさんも老師も既に出立しているようだった。



「うぐ、あああ、ああッ!!」

私は涙や鼻水を垂らしながら、歯を食いしばって押し進む。


こんな体で何が出来るのか。

こんなズタズタな心で一体どうしろと言うのか。


わからない。

どうしようもなく分からなかった。



それでも、私は直感していた。

この機会を逃せば、私は多分永遠に彼と向き合う機会を逃してしまうかもしれないだろうと。


そして、今度こそ私は、立ち直る事が出来なくなるだろう、と。



だけど、もう無理かもしれない。

幾ら私の決意が固かろうとも、私の意識がもう持たない。


まだ、私が寝ていた部屋から出てすら居ないと言うのに。



「あ、あ・・・あああああ!!」

悔しくて、涙が出る、

私はこんなに弱い人間だったのかと、悔しくて仕方が無い。


やっぱり、こんな私なんか彼の前に立つ資格も無いのでしょうか。



そう思った時だった。




「どうしたの、お姉ちゃん?」

天使が、やってきたかと思った。



「ミニーちゃん・・・どうして。」

決して世界で一番有名なネズミのキャラクターの恋人の事ではない。

ミネルヴァの愛称が、ミニーなのだ。


他にもあったのだが、彼女はこっちの方が分かりやすくて良いと言っていたので、これが採用になった。



いや、彼女はあの時昇降魔法陣で転移した後すぐに最寄りの教会に預けたのに、どうしてかわざわざこんなところに来てしまった変な娘だ。

もう子供の健脚と言うより、神出鬼没ですらあるのです。


妖精に魅入られてしまったというより、妖精の仲間になってしまったような印象を受ける少女。

もはや、妖怪変化の類だ。



最初はその才覚からどこぞの魔術師に拉致監禁されていたのやもと思っていたのだが、精神に異常をきたしていない為、私は教会の方に彼女を丸投げしてしまったのです。

その時の私は彼の事で急いでいたのもあるが、少々無責任かと気に病んでいたのです。


尤も、今の私にそこまでの余裕はありませんでしたが。




「みんなは今日、おうちでえらいヒトにおいのりするんだって。それでだれもいないから、お姉ちゃんとおはなししようとおもって。」

日中は最近出来たらしい友達と遊んでる彼女だが、心配なのかよく私の話し相手になってくれています。

まだ十歳にも満たないだろうに、人の上に立つ素質が垣間見えます。



「どこかいたいの? かなしくなるくらい、いたいの?」

「だい、じょうぶです、よ。それより、歩くの、手伝ってくれませんかね? ずっと、ベッドの上に居るのも、体に良くないので。」

「え、うん? あッ!! もしかして遊んでくれるの!!」

「そうしてあげたいのですけれど、すぐに遊んであげられますよ。」

「ホント!! じゃあ、みんなてつだって!!」

彼女が満面の笑みを浮かべてそう言いました。


何だか言いくるめたみたいで罪悪感が有るのですが、今は彼女に頼るしかない。

何だかんだ大層な事を考えて居ても、今の私にはこんな幼い少女の力を借りなければ歩く事すらできないのです。


心底、自分が嫌になる。



ふわりと、体重が無くなったかのように体が浮く。

彼女の周りに常にいる友達が、力を貸してくれているのでしょう。


妖精。私はそれを否定する立場の人間だからか、私にそれを観測することはできない。せいぜい言われて何となく居ると分かるくらいでしかない。


彼女らは非常に悪戯好きで、刹那的快楽主義故に後先考えずに行動し、その無邪気な行動は時に人を死に至らしめることもあるのです。

だが、同時に彼女らは非常に義理堅いと言い伝えられています。

そして、裏切りに対する報復の伝承は数知れません。


少なくとも、こうして自身の存在の楔になっているこの少女に対する義理は、無条件で頼みごとを聞いてあげるくらいにはあるようでした。

この時点ですでに、竜に近い存在であるあのクラウンさんより資質は上なのです。



いや、彼女は妖精に近いと言うより、或いは妖精そのものになってしまっているのかもしれません。

まるで人間の体をした、自然環境そのもの。


似てるだけ、とは次元が違うののです。



ともかく、彼女の助力で何とか歩く負担はかなり軽減されました。

節々の痛みに耐えながら、私は何とか廊下を歩き切りました。



「ほんとに、だいじょうぶ?」

どうやら私は痛みを隠しきれなかったらしいのです。

ミニーちゃんが心配そうに私を見ている。


どうかそのまま、穢れを知らないまま生きてほしいと思いました。

彼女のような者を守る為になら、剣を振るえるような気がしました。



「だ、い、じょうぶ・・・。」

ちゃんと単語にできなかった。

がっくりと、私は倒れそうになってしまいました。


いや、見栄を果ても仕方が有りません。

私は自分を支えるだけの力は残っていませんでした。



危うく倒れる所だったのを、私は助けられたのです。



「ありがとう、ございます。」

「え?」

しかし、彼女は不思議そうな声を挙げました。


「お姉ちゃん、それ・・・。」

「え?」

今度困惑したように声を挙げたのは、私だった。



私を支えていたのは、奇妙な物体だった。

そう表現するしかない、そう言う代物だったのです。


くすんだ金色の、一辺が十センチほどの正三角形が集まって私の体を支えていた。

その正三角形の中には、銀色で貨幣の意匠が全てに施されており、その数はおおよそ、いや確実に三十ぴったり。


それだけで、これが何をモチーフにされた代物か分かってしまった。



「なんですか、これは・・・?」

「え、お姉ちゃん、さいしょから、それもってたよ。それがお姉ちゃんがたおれそうになったとき、ばーって。」

彼女は必死に何かを伝えようとしてくれているのですが、生憎とあんまりよくわかりませんでした。



ですが、私はそれを説明される必要はありませんでした。

私はすぐにその正体を把握、いえ、理解したのです。


三十もの正三角形が、元の形に戻る。

じゃらじゃらと、互いに連結し一筋の、一本の細長い板のように。

横十センチ縦百五十センチの長方形、そんな風になる様に正三角形が連結した。


いえむしろ、剣の刀身のように。



「魔剣“トレーズベーゼ”。」

それは、私の半身だった。私の姿を、その形が鏡写しに示している。



いつの間に私の手に在ったのか、分からない。

柄は無いし持っている感覚が無いほど手に馴染むが、これは振るって敵を引き裂いて使用するものではない。



使い方も、銘も、既に私の頭の中に有ったのです。




「ああ、神よ・・・・。」

貴方はまだ、私に戦えと仰るのですか。


これもまた試練だと、貴方は仰るのですか。

その為に私にこの魔剣を授けたのですか。



この体で、この壊れた心で。

神は私に殉教を望んでいるのかと、そう思った時、私はある棚が目に映った。


それは偶然なのかもしれないが、私は運命を感じた。



魔族の誰もが触れるのも憚れ、しかし厳重に保管したいだろう代物。

その結果、とりあえず目に付くところに置いておくと言う結論に落ち着いたであろうものだ。


彼を、この地獄のような死地に赴かせた、元凶となったあの魔具だ。



私は、魔剣を支えに、それを手に取った。

その魔具の力は聞いている。どのようにして私を助けてくれたのか、私は申し訳ない気持ちでずっと聞いていた。



「魔具よ、私に力を貸して下さい。どんな災厄でも振り払いますから。

私に戦う力を、貸して下さい。こんなところで、私はッ!!」

しかし、魔具は応えなかった。


かの『黒の君』の作った魔具は、使用者を選ぶ。

悪用を防ぐ為でもあるし、適切な持ち主が手にしないと意味が無いからだ。


それでも解析することで色々と分かる事もあるし、魔力を原動力にしている以上、何かしらの拍子で暴走する危険もあるのです。

魔力は不安定な物質で、何かしらの感情によって変質するものだからです。

特に、純度の高い魔力を自動精製し、ため込んで永久機関としている彼の魔具は。これ以上無い爆弾でもあるのです。


我々はそれを考慮し、これらの回収の義務も帯びていた。



「なぜ、応えてくれないのですか?」

「それは僕が君を気に入らないからだよ。」

一瞬、この魔具が口にしたのかと思いました。


しかし、目の前に黒い人影が、当然のように居た事に、私は気付くのに数秒掛かりました。



「あなたは、もしかして。」

「初めまして、ウェルベルハルク・フォーバードです。」

噂に、伝承に違わぬ漆黒の古めかしい異装。


人類最強の、魔術師。

『黒の君』。


私より年下とすら思わせる容貌は、むしろ怪しげさすら持ち合わせていた。




「一応、君の人となりはそれを手にした瞬間に調べさせてもらったけれど、その魔剣を見ればより顕著に分かるって物だね。

魔剣の性質や見た目って、持ち主に反映されてるから。」

彼は私を見透かすようにそう言った。


「綺麗に切り分けられた正三角形の継ぎ接ぎだらけのバラバラの刀身、絶対性を象徴するはずの金色がくすんでいるのは君が神を信じ切れていないからだ。

柄が無いのは君自身の芯になる願望が無いってことだよ。それは君の不安定さを暗示している。

受動的で、与えられた使命しかすることがない。それが全てだと思っている。そう信じようと思っている。

銀色の貨幣の意匠がそれぞれ施された三十の刀身は言うまでも無いよね、ユダの接吻がモチーフになっているのかな。

裏切りの象徴たる三十の銀貨、それが君の心に有るのは、誰の期待も裏切りたくないと言う感情の裏返しだ。」

君にそっくりだね、と彼は哂った。


わざわざ丁寧に説明されなくても、私には一目で分かっていた。

だから、この魔剣は私の半身だ。


私と同じ魂の宿った魔剣が、私と言う精神に反映されてこのような姿になっているのでしょう。

魂が同じなら、その姿も私に似ている物なのでしょうか。




「では、私にどうしろと言うのですか。」

私は彼に問うた。


「私には、信仰しか無いのです。それ以外を理由に、生きる術を知らないのです。」

「君は人間だろ。そんなの、これから学べよ。

知らない? 甘えるなよガキじゃないんだから。バカの一つ覚えみたいにする事が無い魔族と、君は違うんだよ。」

呆れたように、『黒の君』はそう言った。



「では、私は神の意に背くしかないのでしょうか。」

「誰もそんな事言ってないじゃない。」

「黒魔術を極めた貴方に問います。貴方は神を信じるのですか?」

「信じてるよ。だって、誰よりも僕が神を喰い物にしているんだからね。」

そう返して、子供のように『黒の君』は笑みを浮かべた。

見た目にそぐわない、邪悪な笑みだ。



「僕は君みたいな勘違い女は大嫌いだけれど、事情が事情だから助けてあげる。魔物が統率されているような現象に、心当たりは有るんだよね。」

彼が、大嫌いとまで言った私にそれを伝える為にわざわざ出て来たと言うだけで、もう殆ど答えは出ているようなものだった。


それから、彼はその心当たりと言う物を語った。

私は、信じられないと言う気持ちでいっぱいになってしまった。




「世界の真理を解いた貴方に問います。

神は、我々人間を見捨てているのでしょうか?」

「流石にそれは無いと思うよ? だって救う救われるって極めて主観的な問題じゃないか。

魔術師の神に成るという観念は、想像するなら道教の神仙みたいなものなんだよ。自らが法則となり、自然と一体化するみたいな感じだね。

神の真理を解くには、神の領域に踏み入るしかない。これは当たり前の事だ。人間には、人間の限界があるからね。

しかしそうなると、安易に神は人の世界に干渉できなくなる。

僕はそれが嫌だからその段階にシフトしないでいるんだよ。

なにせ、世界そのものが個人やその集まりに贔屓する訳にはいかないからね。それに法則みたいに漠然としたものが、例え全知全能だろうと個人を認識できるわけ無いじゃないか。

どうしても大雑把になるし、才能のある人間に何かしら遣わすしかないと思うね。

そう言う意味では、『奇跡』を保有する君は選ばれた人間とも言えるかもしれない。」

ただの推察に過ぎないそれは、偉大な魔術師に言われた言葉とは言え、ちっとも嬉しいとは思えなかった。



「奇跡、ですか。」

「そう奇跡さ。でもそんな下らないことより、君はもっと面白い現象を起こしたじゃないか。」

『黒の君』は可笑しそうに笑っていた。



「まるで目的意識も無く、ただ状況に流され、死なないだけでいたあいつに、君は主体的に戦う理由を与えた。

これはね、神の奇跡を超えているとすら僕は思うよ。

流石にこの世界の法則を凌駕するとまでは言わないけれど、あの年齢でヒト一人の人格を変える事柄に、君は成れた。

君は、理由はどうあれ、彼を戦士にしてしまった。

例え魔術による補佐が無くても、殺しを躊躇わない人間にしてしまった。あはははは、可笑しいったらありゃしないよ。」

彼の言っている事がめちゃくちゃである事以外、彼の言っている事は正しかった。


もしかしたら、私に発破を掛ける為に適当な事を捲し立てているだけなのかもしれません。



「私は、その責任を取らなければならないのでしょうか。」

「お互いにそんな風に思っているんだから、なお笑えるよね。」

「え、メイさんが――」

私が言葉を口にする前に、私は『黒の君』に額を小突かれた。



「え、あれ・・・・?」

先ほどまで、全身を苛めていた痛みが、消えた。

まるで嘘のように。



「嘘じゃないか、君の感じていた全身の痛みなんて。」


私は手を何度も開閉し、腕を上げ下げして、調子を確かめる。

多少にぶってはいましたが、ほぼ万全の状態でした。




「これで最低限の義理は果たしたかな。死に損なった嘗ての英雄としてのね。

本当にどうにもならなくなったら、リュミスの馬鹿に全部押し付ければいいさ。」

じゃあね、と手を振って、彼は立ち去ろうとしたのだろう。


だが、その視線はミニーちゃんに釘付けになっていた。




「あなた、きらい。」

そして、彼女は私の後ろに隠れながらそう言った。


誰かを憎むことを知らないような、純真無垢な彼女が。

そのまま、物怖じをせず、絶対に怒らせてはいけないと言われている人物に、そう言った。




「僕も君みたいな、醜悪でおぞましい、気持ち悪いガキは大嫌いだ。ホント、どうして君なんかが生まれてきちゃったんだろうねぇ。」

最後に彼はそう言い残して、消失した。

まるで、テレビの電源を落としたかのように消え去った。




「・・・・・・・・」

ミニーちゃんは、何を言われたのか分からない様子だった。

ただ、彼のいた場所を睨むだけだった。

それも彼女の年なら当然だろう。だけど、そこに含められた悪意はちゃんと感じ取った様子だった。



「大丈夫です、私は貴女の友達ですから。」

「ほんと!? じゃあ、こんど遊んでね、いそがしいんでしょ?」

「ええ、すぐに済ませます。」

私は彼女の頭を撫でてあげながらそう言った。




「おにいちゃんからきいたんだけど、約束するときは、やぶったら針千本のませるようにするんだよね。」

やくそくだよ、とあどけない笑みを浮かべて彼女は言った。


本当に、破ったら相手に針を千本飲ませることに何の疑いを持たないだろう、無垢で、無邪気に。――――妖精のように、彼女はそう言った。



私としては破る気など無いから良いが、一瞬私は背筋が寒くなった。

私は頷いた。妖精の報復は、絶対なのだから。






「あら、もう立ち直ったの。もう駄目かと思ったけど意外ね。」

外に出ると、何やら戦準備をしているクロムさんと遭遇した。


「この間のあれ、下さい。」

「オーケー、貴方ならあれを使いこなせると思うわ。」

「その前に。」

彼女が例の物を取りに行こうとする前に、私は彼女に訊いておかなければならない事が有る。



「伝言を預かってると聞きました。受け取りましょう。」

「ああ、そう言えば言っていたわね。」

クロムさんはすぐに思い出したのか、二度三度頷いてこう言った。




「曰く、『また会える日を楽しみにしてますよ。』・・・だって。」

「ふふッ。」

それは、私も同じことだった。

前回と今回の借りは、返させて貰わなければなりません。



「こちらから伝言があるなら伝えておくけれど。」

「いいえ、ありませんよ。彼女のような悪魔崇拝者などと、話す口は有りません。」

「あらあら。だいぶ調子が戻ったようね。嬉しいわ。」

彼女はそう言って、自分の家に戻って、以前作ってくれたハルバードを私の前に持ってきた。




「さて、行きましょうか。」

「早速出陣するのね。貴女の腕が鈍って無い事を祈るわ。」

「無神論者の貴女が誰に祈るのでしょうね。」

「勿論、私自身に決まってるじゃない。」

彼女は不敵に笑ってそう答えた。



そうして、私は戦いに赴くのです。

信仰とは別の、自分を助けてくれた人たちや、自分を信じる道を見つける為に。











本当ならもう数話ほど引っ張ろうかと思ったのですが、そうなると私のことですし脇道にそれたりして長くなると思うので、きっかり立ち直ってもらうことにしました。

立ち直ってもらいましたが、別にトラウマを克服したわけではありませんしね。ふふふ。




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