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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
三章 祈願祭へ
49/122

第四十二話 魔物掃討作戦 前編





『マスターロード』は語る。


「諸君、我々は千年もの間、耐え忍んできた。

我々を陛下の遺産たるこの“箱庭”を我が物のように占拠し、押し込めた人間どもに対する私の怒りは怒髪天を衝く勢いだ。

だが、それもここまで。諸君も知っているだろうが、元陛下がこの度の祈願祭に訪問なさるのだ。

私はこの度、今回の祈願祭に当たり元陛下にあらかじめ御言葉を頂いている。それを伝えよう。心して聞け。

掻い摘んで言うと、この停滞した状況を打破する提案をしてくださるそうだ。それは必ず魔族全員に伝えなければならないと仰っていた。

この魔王陛下不在の今、我々は地下に押し込められた蟻に等しい。否、虫けら以下だ。

魔王陛下の為に働けぬ我々に、存在価値などありはしない。

今回の強制招集は、絶対だ。元陛下の御前へ馳せ参じられる名誉を蹴ると言う愚者も当然生きている価値は無い。

何が有ろうとも、今回の祈願祭には絶対の参加を“魔族代表”として総員に命じる。これを拒否する場合は、陛下に反旗を翻す反逆者として粛清を行う。

まあ、我々は元とは言え陛下の御言葉には逆らえない。そのような事に心配する必要は無いだろうがな。

私は同胞たちを信じている。そして、その為の障害を振り払うべく、者どもよ武器を取れ。

陛下が御座すべきこの大地の露払いをするのだ。元陛下は我々を試している。本当なら御方の一言で鎮まる魔物どもを、敢えて放置している。

千年もの沈滞にて我々の腕が鈍っていないか、確かめようとなさっているのだ。

ここで元陛下の失望を買うようなことはあってはならい。我々の存在は、我々の繁栄にではなく、魔王陛下の為にのみ在る。

同胞たちよ、我々の力を示し、今こそ失墜した嘗ての陛下の威光を取り戻すのだ。あの憎き人間どもに、我々の力が衰えていないと存分に教えてくれてやるのだ!!!」




          今回の魔物掃討作戦の意気込みと演説から抜粋。











「――――以上が、“代表”からの御言葉だ。」

厳かに、ゴルゴガンの旦那はそう言った。

彼の横には鏡が設置してあり、そこには『マスターロード』の姿が映り、今の今まで演説を繰り広げていた。



現在、掃討作戦が始まる直前の整列の最中だ。

村の戦力のほぼ総勢による一斉駆除を行う事が今日の仕事だ。

思っていたより魔物の跋扈は深刻らしく、この掃討作戦は他の階層でも一斉に行われるらしかった。



俺たちの隊も隊長を先頭にして列となって『マスターロード』の演説を聞いていた。

まるでおかしな社会主義の独裁者と言った風体だが、相変わらず迫力が有る人だった。


内容はアレだったが、一つだけ賞賛できることがある。演説が一分強ぐらいだったのだ。

あの手の権力者はやたら長い話を好むのだが、『マスターロード』の話は勇ましく、そして簡潔明瞭だった。



俺には彼の思想や魔族の総意みたいなものは分からないが、その命題が凄まじい物だと言うのは、周囲の魔族達の感極まっている様子を見れば分かる。

感涙を流す者、泣いて嗚咽を漏らす者も居た。



千年にも及ぶ主の不在。

仕えるべき相手のいない従僕たちの集まり。それが魔族。



民主主義の国で育った俺には多分わからないのだろう。

圧倒的な、それこそ神に等しい指導者が、嘗ては俺の国には居たはずなのに。


俺が神を信じるように、彼らも魔王を信じているのだろう。

何せ、俺たち人間にとって神、魔族にとって魔王は絶対何だから。


それらに付き従っていれば、少なくとも自分は間違いであるということがないからだろうか。

人間にとって、魔族にとって正しい事なのだからなのか。



俺には、分からなかった。

エクレシアならもっと別の回答を出せるのだろうけれど、彼女は今日この作戦には不参加だ。

あの日から一週間経っても、復帰の目処は立たない。


まあ、たった一週間で立ち直るなら医者なんていらないが。



「目算によると、魔物の数はこの階層だけでも百数十万に上るらしい。

我々は近隣の村々と共同し、これの討伐に当たる。目標設定は五万ほど、と言いたいところだが、元陛下に我らの力を示す為に捧げる命だ。目標は倍の十万と行こう。出来ないとは言わせない。」

旦那の声色は淡々としていたが、熱意はここに居る誰よりも篭っていた。


そして、ここに集う多くの魔族が応とそれに答えた。



それにして百数十万か。

道理で魔物を日常的に数百単位で殺しても減らない訳である。



「魔物の炙り出しを行う際の最大の障害は、魔獣との遭遇だ。

これは相手にしなくて良い、と言いたいところだが、遭遇すれば奴らも皆殺しだ。魔物も絶滅させる気概でやれ。

どうせそう言う意気込みを持ってしても駆逐しきれないだろうからな。」

この作戦で半数ぐらいにまで減らせれば十分だ、と旦那は言った。



「偵察部隊はかなりの消耗を強いることになるだろう。

そして魔獣と遭遇した場合、対応はこちらの主力部隊で行う。絶対に先走らず、仕事は確実にしろ。故に各員、無駄死にを禁ずる。他の詳しい指示は各隊長を通じて行う。

陛下の御為に使う命をこんな有象無象の雑魚どもに使うな。分かったな!!」

「「「「「「陛下の御為に!!」」」」」」

旦那の言葉に、俺たち偵察部隊の隊長たちが一斉にそう返した。


そして、旦那の視線は主力の部隊の方に注がれる。

俺から見ても、偵察部隊との差が凄まじくはっきりしている。


俺たちの身長が最大でも二メートル半ぐらいだが、主力部隊の連中の平均身長四メートルはあり、筋肉隆々で体積も俺たちの倍近くある。

巨人系の上級魔族に至っては、身長六メートルは当たり前だ。



確かにこの怪物軍団と比べれば、俺たちのなりは実に貧相だ。

比べるのもおこがましいくらいである。


これを見せられれば、種族の差と言うのは嫌でも感じてしまう。特に俺みたいな人間には。

以前クラウンが種族の差は絶対みたいなことを言っていたが、確かにこれを見てしまえば納得せざるを得ない。


この壁は、恐らく見た目以上に高いのだ。



「お前たちの戦果は期待している。十分に、その力を元陛下に示すのだ。」

旦那のそれに応じる声は、轟音だった。

でかいのは図体だけではなく声もであるようだ。


旦那が彼らに寄せている信頼は大きいようで、確かにこいつらが魔物や魔獣を相手にして不覚と取るとは思えない。




どうせいつもの虐殺の規模が大きくなっただけだと、俺はその時そう思っていた。



しかし、俺はこの時知らなかった。


魔王の魔手が、祈願祭を待たずしてもう既に魔族だけでなく、この世界を侵食していたなんて。

そして、準備はもう既に終わっているなんて。


知らなかったのだ。






・・・・・

・・・・・・

・・・・・・・




さて、大規模な掃討作戦と言っても、やることはただの集団行動だ。


数の暴力の構成員となり、じりじりと魔物を追い詰める。それだけだ。

まあ、この場合数が多いのは魔物の方だが。


平地の多いこの第二層だが、当然森もある。

そこに魔物が逃げ込んだら連中の嫌がる煙で炙って進軍する。


横に広がりながら、俺たちは魔物の進行方向を制御し、主力にぶつけるのだ。



現代人には想像できないかもしれないが、本当にそれくらいの魔物がこの平野に、森に、隠れていたのだ。


蜘蛛のように密集し、襲われれば蜘蛛の子のように散って逃げる。

俺の貧相な頭ではそのような説明しかできないが、普段魔物の巣のあって偵察部隊の火力では入り込めない場所には数百ぐらい普通に居るのだ。それが何十か所も平野に点在している。

本当に一体どこに隠れているだってぐらいに居るは居る。

わんさかいるのだ。


そして獰猛なはずの魔物もこちらの炙り出しと奇襲攻撃には一溜まりも無いから、戦うよりも逃げるを選ぶのだ。その先に魔族の主力軍がいると言うのに。




それを繰り返す事三時間。

もうこの辺りは丘になっていて、低い所に隠れている主力部隊が見えないはずのここからでもうず高く積み上げられた魔物の死体の天辺が確認できるまでになった。


血の臭いがこちらまで漂ってきている。

もう軽く一万匹は殺しているのかもしれない。



とは言え、この調子では旦那の十万匹殺すと言うのは流石に大言壮語になりそうだ。

幾ら魔物が多くても、こちらの処理能力にも限界がある。


こちらも数百単位で固まっているとは言え、周囲の警戒と伝令のやり取りでどうしても行動が遅くなるのだ。



だがそれでも、むせ返るような血の臭いは気分のいいものではない。

これがこの階層のそこらかしこで行われているのだ。

風が吹いて来ても、血の臭いしかしない。


まさに、虐殺だった。




「騎士ゴルゴガン殿から伝令です。」

掃討作戦なんて大仰な言い方の割に脅かして追い立てるだけという退屈な作業に飽きて来た俺に、そんな声が聞こえた。

みれば、ガルーダの彼女が隊長の前に降り立っていた。



部隊の行動を起こす為の伝令かと思ったら、違ったようだ。

隊長を含め、偵察隊全体の指揮をしているのは旦那ではないのだから。


もしかしたら、旦那からわざわざご指名で何かあるのかもしれない。



「危険区域を警戒していた偵察兵からの報告が有りました。五時の方向の山脈にあるワイバーンの群れが血の臭いを嗅ぎつけて警戒態勢に入った模様。

このままではこちらを襲ってくる可能性が高いそうです。」

「おいおい、マジかよ。かなりマズイぞそれは。」

隊長はかなり嫌そうな表情になった。



「ワイバーンっていうと、あれか。」

俺も一度見た事が有る、と言うかクラウンと一緒に乗った事が有る。


腕と翼が一体化している有名な翼竜だ。

ドラゴンと言ったらまずこいつ、ってな具合な知名度を誇る下級竜種だ。


ドラゴンとしては最弱レベルだが、魔物と言う一般的なカテゴリーでは普通に遭遇できる中では最強の部類だ。

基本的に群れで行動して圧倒的な制空権を展開し、強力な火炎ブレスの一方的な波状攻撃は並みの上級魔族とて歯が立たないと言う。

こいつらに集落を襲われて全滅したと言う話はよくあるらしい。



こいつらの行動範囲は凄まじく、この第二層の外周の壁に有る山脈に生息しているらしいが、単独で反対側の壁まで捕食を行うこともあるらしい。


単独ならば良いが、基本こいつらは集団で動く。その際に遭遇したのなら、命は無いと思えとさえ言われている。

平時でも最も警戒すべき魔物であり、最下級でも竜種の末席を飾るに相応しい捕食者たちだ。




「あそこに生息してるワイバーンって、だいたい百五十匹は居るって聞いたぞ。」

「うへぇ、そんなのが全部押し寄せて来たら、俺らはともかく旦那たちでも全滅するぞ。」

ワイバーンの群れと言う言葉を聞いて、同僚たちがざわめいた。



「落ち着けお前ら!! それで、旦那は何て?」

「我々が陽動を行い、連中の気を逸らせと。」

ガルーダの彼女から齎された言葉は、事実上死ねと命令しているに等しい。


誰もがその言葉の重さに、黙り込んだ中で、隊長は口を開いた。

俺だってその話に喉の裏が乾いて来ている。



「その役目に俺たちが選ばれた理由は?」

その一言が最初は微塵も無かった、旦那から一部隊を預かる隊長たる者の風格を感じさせた。



「これを扱えるのが人間だけだから、だそうです。」

「え?」

ガルーダの彼女が俺を急に見て言ったので、俺はこの重苦しい空気の中で目を見開いてしまった。

同僚たちの視線も俺に集まってきている。



彼女が俺に差し出してきたのは、グリフォンの意匠が施された笛だった。

湾曲した円錐形は、角笛の一種だと思わせる。


誰の作かは一目で分かった。



「これは、クロムの奴のか?」

「はい、そうらしいです。“グリフォンの笛”と言って、吹くとグリフォンの鳴き声と同じ波長が出てワイバーンを追い払えるそうです。」

「確かに、古来よりグリフォンはドラゴンの敵対関係にあると言うが。」

隊長は疑り深そうな視線をその笛に注ぐ。



「俺しか使えないと言うのは?」

「魔族の肺活量だと、音に成らないらしく。」

「なるほど。」

確かにこいつら魔族と俺たち人間とは肉体の構造からして違うからな。


加減をすれば魔族でも何とかできるかもしれないが、それは保障の出来ない賭けに成る。この笛は人間が使う事を想定しているようだから。

少なくとも確実にこれを使えるのは俺だけだ。


俺は丁寧に説明してくれたガルーダの彼女に礼を言うと、隊長に向き直った。




「やりますか?」

嫌なら俺一人でもやりますよ、みたいなニュアンスで挑発でもする様に俺はそう言った。勿論一人で行くつもりは更々ない。



「魔族を舐めんな。お前ら、まさか怖気づいたわけじゃねぇよな?」

隊長が目を細めて同僚たちを見やった。


「こんなちっこい、それも俺たちの半分も生きてない人間一人にこの作戦を左右する大事を任せるなんざ、魔族の名折れだ。

そんなんで魔王陛下に顔向けできるって奴はここに残れ。」

隊長の言葉に返ってきたのは、無言だった。


しかし、決意と闘志の籠った無言だった。

全員がもう腹を括っているようだった。



流石は、生粋の戦闘種族たちだった。

種族もバラバラな仲間の為に簡単に命を賭けることのできる彼らは、確かに戦場の華ではないが、戦いに決して欠かす事の出来ない勇敢な戦士たちだった。



「全員やる気みたいだな。昼までには帰るぞ。配給はタダ飯だからな、きっと美味いぞ。」

どうせ誰も味の期待などしていない配給の食事にそんな皮肉を言って皆の笑いを誘いながら、俺たちはワイバーンの住む山脈へと向かった。






・・・・

・・・・・

・・・・・・





「昼前に帰るのは無理そうすね。」

同僚の誰かが呟いた。


機動力が売りの内の部隊は一時間で山脈まで辿り着いた。

長時間長距離の行軍には慣れているからか、にわか仕込みの俺は付いていくのがやっとだった。



標高千メートルに満たないそれほど高くない山々だが、ワイバーンが警戒態勢でいると言うので隠密行動を行う必要がある為、必然的に行軍速度は著しく落ちる。

だからそう誰かが呟いても仕方がないだろう。



「うるさい、黙れ。気付かれたら終わりだ。」

隊長がぼそっと部下たちを諌めた。


ワイバーンの巣にグリフォンの笛が有効範囲に入るまで、決して気付かれてはならない。

こちらの正体が割れては、いくら知能の低い飛竜とは言えはったりは通用しないだろうから。


そうなったら、文字通り体を張って陽動をする羽目になるだろう。



それを思い出してか、すみません、と小さく返ってきた。


這うような速度で行軍する。

一挙一動、吐息や心音まで意識するような隠密行動だ。



すると隊長が俺に目配りしてきた。


『隊長、繋ぎました。どうぞ。』

『感度良好だ。ラサヤナはどう言ってる?』

俺は隊長に念話を繋いで、交信を行う。

わざわざお互いに確認を行うのは、魔族と人間では脳や精神の構造が違うので状況によって上手く繋がらない時が有るからだ。



ちなみにラサヤナと言うのは、うちの隊の伝令兵であるガルーダの彼女のことだ。

名前で言うのは何だか気安しすぎると思って控えていたのだ。


なぜかと言うと、彼女はその、なんと言うか、かなりナイスなバディの持ち主だから、その、俺が気恥ずかしいだけなのだが。

顔が鳥の頭でも腕が翼と一体化して居ても、体は結構人間っぽい種族なのだ、彼女は。



『てすてす、ラサヤナさん、俺です。そっちの様子はどうですか?』

『こちら伝令のラサヤナ。サイバーンの方に動き無し。依然警戒態勢のまま数匹が飛び回っているだけのようです。

ですが、あれだけの規模の作戦です。気付くのも時間の問題でしょう。』

『了解です。精霊魔術使える連中の試みは成功してるみたいですね。』

思わず敬語になってしまう俺だった。


あれだけの血の臭いが、風に乗ってこちらに届かないはずが無いので、精霊魔術を使える魔族達が風を操って血の臭いがこちらに行かないようにしているのである。

ちなみに作戦立案はクラウンらしい。


あいつも竜種だけあって、格は違えど同じ竜種の行動パターンは分かっているのだろう。

しかしそれでも、ワイバーンを始めとした竜種は目が良いのでいずれ気付かれる。

これは時間との戦いでもあるのだ。




『っと、そちらに一匹行きました。注意してください。』

『了解です。そのまま隠密行動を続けてください。』

そう応じてから、俺は片手を挙げて合図をした。


すると、同僚のバフォメットが隠遁の術を行使する。

彼は一般的に黒山羊の頭に漆黒の翼を持つ強力な呪術を扱う有名な悪魔の一族である。

その代わり非力でパワーファイト重視の魔族では下に見られがちであるが、この隊に居るのが不思議なくらい優秀な上級魔族だ。


まあ、肉弾戦が主体のあの主力軍団と一緒に行動する図が想像できないからこれで良いのかもしれないが。


知能が高い故に分類上は上級魔族なのに、魔族からの地位は低いのは、俺達人間とのギャップを感じさせるものだった。

人間にとっては、単純に強い連中より、自分達より頭の良い連中の方が脅威なのだろう。




そして、俺達の姿が透過する。

至近距離で見詰めれば薄らと輪郭が浮かび上がる程度で、パッと見るだけでは絶対に気付かれないだろう。

欠点は長時間効力が持たない事と、動くと効力が早く切れる為こうやって敵からやり過ごすぐらいにしか使えない。


とは言え、こう言った繊細な黒魔術が苦手な俺としては十分助かる訳だが。

俺には加減の必要のない魔術が扱いやすい気がするのだ。



息を潜めて停止している俺達の頭上を、ワイバーンの一匹が通過していく。

その姿が消えるのを待って、隊長が小石を拾って地面に落とした。

あらかじめ決めておいた、進め、の合図である。



そして行軍の再開である。

俺達は進むにつれ姿を現し、十歩目には完全に姿が浮かび上がっていた。




『こちらラサヤナ。聞こえますか。』

『はい、感度良好です。ラサヤナさん。』

『新たに五匹のワイバーンが飛び立ちました。もう時間が有りません。この調子では・・・。』

ラサヤナさんの声、と言うか思念は硬い。


第三者視点から見れば会話をしているように見えるかもしれないが、念話と言うのはテレパシーみたいなもので、言葉と違って一瞬で言いたい事が伝わるのだ。

念話の仕組みがそういう物なので、人間や魔族と念話が繋がりにくい時が有ったりするのだ。



そして、彼女の言うとおり、このままではワイバーンの巡回が増えて、その度に停止する、行軍が遅れる、と言う悪循環に陥る可能性が有る。

それはかなりマズイ。時間は限られているのだ。



『隊長、兵は拙速を尊ぶと言いますし。』

『何となくだが、こうなるだろうことは分かってたよ。』

多少の強行案は想定済みだと隊長は言う。

そんな隊長が頼もしく思えて、俺は意を決したように頷いた。



「お前ら、時間が無い。哨戒のワイバーンを引き付けるぞ。

敵の数は多いとは言え、今ここからなら巣から離れている故に相手はまだ少数で済む。全員、腹をくくれ。」

隊長の言葉に、同僚達は息を呑んだ。


しかし、今さらご託を並べるような奴はここに来てはいなかった。



「哨戒の数は多くても十匹が限度だ。

防戦に徹すれば或いは何とかなるだろう。」

何とかなる筈が無い。こちらの手勢は二十足らず。

相手がワイバーン十匹になるとなれば、完全に兵力差で負けている。


勝ち目どころか、撤退戦でも圧倒的な制空権を持つ連中に下手を打てば包囲されて終わりだ。



まさに作戦の成功か、全滅かの二択だった。

そんなことは言われるまでも無く、説明されるまでも無くここに居る誰もが理解して居た。


だが、同僚達の決意は変わらないようだった。

この中には先日恋人が出来たとか、子供が生まれたとか言っていた奴も居る。


逃げてはいけない戦いが、ここにはあるのだ。




「任せたぞ、メイ。」

「最悪の場合、俺を見捨てて撤退してください。」

「ふざけろ。そんな戦いなど俺がするか。―――早く行け。」

「・・・御武運を。」

「お前に陛下のご照覧があらんことを。」

俺はそんな隊長の祈りを聞きながら、走った。


すぐに、背後からワイバーンの鳴き声と思われる声が聞こえて来た。

同時に爆音もだ。


最下級の竜種のブレスでも、これだけの音がする。

その威力は想像もしたくなかった。



俺は一気に山脈の頂上まで駆けのぼる。

高山病とか心配になるが、こんな低い山ではそんな事も無いので頂上まではすぐに辿り着いた。


半ばまで登っていたのもあるし、隊長たちが哨戒のワイバーンを引きつけてくれているのもあるだろう。

だが、連中は当然哨戒である以上、それは本隊が有るだろう連中の巣に必ず報告が行く。


それが出てきた場合、相手は十では利かない。

最悪、百五十の飛竜の軍団に襲われるのだ。



これは、賭けである。


そう思っているうちに、俺の頭上をワイバーンが飛び去って言った。

当然、伝令役だろう。獲物の筈の俺に目もくれなかった。


本当に魔物かと思えるほど、連中の知能は高度のようだ。



マズイ、と思った瞬間に、ワイバーンに急降下攻撃を仕掛けるラサヤナさんの姿が映った。

一瞬だけ、俺と彼女に目が合った。


その目は、俺に早く行けと言っていた。

彼女とワイバーンは、揉みくちゃになりながら山の坂道を転がり落ちていく。



そして俺は、彼女に感謝の意を伝えて頂上から今まで登ってきた山道の反対側、山脈の裏を覗いた。

覗いて、悲鳴を挙げそうになった。



百五十? それって一体何年前の情報だ?

これは軽く二百匹は居るぞ!!



飛竜が、谷になっている山の裏に大量に住み着いている。

その殆どが、大きな翼を折りたたんで、地面に伏すようにしていつでも飛びたてるような状態だった。


これが、ワイバーンの警戒態勢。

これで哨戒のワイバーンがここに報告が行ったらどうなるか想像して、俺は背筋が寒くなった。



中には、身長だけで十メートルを超える成体のワイバーンも何体か居る。


名称はクイーンワイバーン。

ここまで行くと怪獣と言うか、分類は魔獣だ。

巣の中心にして、実質的なここの指揮官だ。


そして、クイーンの中でも一番大きな、だいたい十三メートルくらいあるあいつが、恐らくこの巣のボスだ。



俺は、腰のベルトのホルダーにしまっておいた、“グリフォンの笛”を夢中で取り出した。

それ以外の事は考えられなかった。



すぐに口を付けて、ワイバーンたちに聞こえるように思いっきり吹いた。

しかし、ぷすー、と気の抜けた音しかでない。



「なんでだよ、これ・・・!!」

何度やっても音が出ない。

背後では同僚達が戦っていると言うのに。焦りが俺の背中に圧し掛かってくる。



まさか逆から吹くのか、と思って口の大きな方を見て、俺は自分が間違っていた事に気付いた。


中の構造は、かなり複雑だったのだ。

それを見て分かった。これは人間でしか扱えないと言う理由が。


これは中の細工が複雑すぎて、非常に細かい息遣いが要求される代物だったのだ。

吹けば大きな音が鳴る、という発想では、これは扱えない。




俺は、深呼吸して息を整え、ゆっくりと笛に息を吹き入れた。

角笛という形状にしては少々間の抜けた、ひゅゅるるー、と言った感じの音が鳴った。



しかし、軽く息を吹き入れただけなのに、笛の音は驚くほど響いた。


その笛の音に、一番大きなクイーンワイバーンが反応した。





――――GURURAAAAAAA!!!!




地の底から響き渡るような、轟音が山中に広がった。


すると、警戒態勢を取っていたワイバーンたちが、一斉にその場から飛び立って、谷底の方へと隠れるように降りて行った。

そして谷の入り口を覆うように、最大の大きさを誇るクイーンワイバーンが伏した。



その瞬間に、俺はそのクイーンワイバーンと目が合った。


ゾッとした。生きた心地がしなかった。

しかし、それだけで彼女は何もしなかった。


見逃してやるから立ち去れ、そう言っているようにも思えた。




言われなくても、と俺は踵を返して逃げるように山道を降りる。


すると、約十匹のワイバーンの編隊が俺の頭上を慌てたように飛び過ぎて行った。

思わず振り返ると、その連中も谷の底に消えて行った。



効果は覿面だった。


思わず、俺は脱力してその場に膝を突いてしまった。




「おいッ!! 大丈夫か!!」

そうして何分と経ったのか、隊長が皆を引き連れてやってきた。

ボロボロにやられたようだが、誰ひとりとして欠員は居なかった。


皆、全身埃まみれに土まみれだった。

その姿に、俺は思わず笑ってしまった。



「・・・・大丈夫そうだな。連中が勘付く前に撤退するぞ!!!」

「ええ、警戒態勢が解けて守備態勢に移った以上、少なくともあと半日は決して巣から動かないでしょうけれど。」

ラサヤナさんの言葉に、皆も安心したようだった。


俺達も隊列を組んで、隊長を先頭に山を降りる。




しかし、山を降り始めてすぐ、隊長が足を止めた。


「どうしたんですか、隊長?」

今にも飛び立とうとしていたラサヤナさんが、俺より早く隊長に疑問を投げかけた。



「なあ、あれおかしくないか?」

「え? どういうことです?」

隊長が指さす方を見て、俺は彼が何を言いたいのか分からずに首を傾げた。


そこに広がっているのは、魔族による魔物の包囲作戦と、一方的な虐殺の光景だけだった。

丁度ここからなら、作戦の行われている平野の全域を見渡せるようだ。


兵法の心得のない俺に、何がおかしいのか俺にはわからなかった。



「見て分からないのか? あの展開は拙いぞ。

追い詰めてるように見えて、逆に退路を狭められているようにしか見えない。深追いを誘われている。」

「まさか、あれは一方的な虐殺でしょう?」

「その虐殺での魔物の被害が、俺があの状況で魔物を指揮していたら必要最低限の犠牲として割り切るだろうって感じの状況になってるんだよ。」

何の冗談を言ってるのか、みたいな表情で同僚達が隊長を見ている。


だが、隊長はちっとも笑ってなかった。

怖いくらい、真剣だった。




「隊長・・・まさか、魔物を指揮してる奴がいるって事ですか? しかも、知能なんて殆ど無い、魔物どもを?」

同僚のバフォメットが、疑問を呈す様にそう言った。

知能の高い彼にも、何かが引っかかっている様子だった。



「な、なあ、冗談だよな。だ、だって、魔物を操れるなんて、いや、魔物を指揮できるなんてのは、へ、陛下だけだぞ。」

誰かが、震えるような声で、自分の不安を紛らわせるようにそう言った。



「分からん、分からんが、少なくともこの状況はマズイ。

魔物は烏合の衆だが、数は数だ。あれだけの大群が、一気に反転して怒涛の勢いで進むだけでこちらの被害は計り知れないぞ。」

「・・・・・。」

俺の目には、牧畜を追う羊飼いが柵の中で巧みに羊の群れを操っているようにしか、見えなかった。


だが、隊長は言う。

羊飼いが、いつの間にか羊の群れに押しつぶされる位置に立っているようにしか見えないと。


少なくとも、そのような状況に陥る様に一手一手と詰め寄られている、と。




「ラサヤナ!! 今すぐ旦那や、各方面の指揮官に伝令しろ!!

この程度ならこちらの部隊の展開の仕方でだいぶ改善できる。俺の想像なら良いが、このままじゃ最悪こっちが大損害を被るぞ!!」

「わ、わかりました!!」

隊長の気迫に押され、ラサヤナさんは慌てて飛び立っていった。



「しかし、隊長。旦那たちはこの事に・・・?」

「気付ける訳が無い。伝令で飛んでる連中も居るだろうが、伝令ってのは速度が大事なんだよ。

それに戦術に口を出せるような奴が伝令なんかしない。その上、この作戦は各村での合同作戦って銘打ってるが、事実上ただ同時に皆が魔物を追い立ててるだけだ。

指揮系統は村と村で独立している。その荒さを突かれて、このままではマズイ位置に立たされる可能性が有る。

獲物を追っていたら先は崖で、後ろから追っていた獲物の群れがこちらに来ているみたいな感じだよ。」

「言われてみれば・・・。」

そう言われて、初めてそんな気がしてきた。


まるで、騙し絵のように、言われなければそうだと気付けない、巧妙に戦略が潜んでいると隊長は言いたいのだろうか。



「しかし、それは魔物も同じでは? 連中もある程度結束力はあるとは言え、それは種族単位での話です。」

だが、同僚のバフォメットがそう口にした。

これは隊長の言葉を否定しているのではなく、疑問を潰す為に敢えてそう口にしているのだ。



「ああ、だから俺も引っかかってるんだ。それだけが腑に落ちない。

どうにも第三者が関わっていなければ、ただの獣にあんな動きはおかしいんだよ。

杞憂で済むなら、俺が笑われるだけで済むんだが、」

隊長の声は硬かった。


リザードマンは集団戦を得意とする。

特に際立つ特徴の無い彼らは、そう言う戦いをする。

以前隊長はガキの頃からずっと同胞の演習を見て成長し、同胞と共に訓練していたという。そこで培われた戦術眼を、俺は否定する材料を持ち合わせて居なかった。




「まさか、本当に陛下が俺達を試しているのか・・・?」

そんな疑問が、同僚の誰かから呟かれる。



そして、隊長の嫌な予感はまさに的中したのである。











この間までずっと人間の話ばっかりだったので、ようやくタイトルに恥じない話になってきたように思えます。

本当は掃討作戦は一話にしたかったのですが、長くなったので前後篇になりました。

それでは、次回また。


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