第四十一話 魔族の日常で
最古の人類にして『月光』を冠する魔女は語る。
「え、彼と一緒に居る理由?
そんなの、彼が唯一私に傷を付けた人間だからよ。彼、バカなのよ。私に一太刀浴びせる為に十年以上月に向かって剣を振ってたの。
笑えるでしょう? 届くはず何てないのに。でも届いてしまった。彼は私に傷を付けてしまったの。だから、彼に付き従ってる。ただそれだけ。
彼の非道をどうこう言うつもりはないわ。だって私も同類ですもの。貴方達だってそうでしょ?
誰かが生きているってことは、別の誰からか搾取する事。それに大小があるだけ。彼の場合、ただ浪費しているだけなのかもね。それがなお笑えるの。
彼ってば、本当に頭が良いのに、誰かを殺す事にしかそれを使わないの。可笑しいったらありゃしない。
彼以上に転生を繰り返す私が、もしかしたら人生に疲れてるのかもしれない。
馬鹿で、愚かで、だからこそ愚直で、私を飽きさせない。この気持ちは、もはや愛情を超えているとさえ思わない?
彼は最悪の殺人鬼だってこと以外は良い男よ。少なくとも彼以上の男を私は知らない。
別に良いじゃない、人殺しでも。私は彼の人間性じゃなく、彼の強さに惚れたの。彼の強さは、『月光』と呼ばれたこの私を魅せたの。
強さは、一つの真理だもの。彼は見事、その真理に到達した。そして私を虜にした。ただそれだけ。一緒に居るのに、それ以外の理由は無い。
貴女だって、そうじゃないの? 彼の強さに、引かれたから一緒に居るんでしょう?」
いつかどこかの時代での王李の問いへの返答。
あれから三日過ぎた。
あの日からエクレシアと一度も顔を合わせていない。
と言うより、比較的安定してきたらしいが、誰かに会うことを極端に嫌がっているようだ。
ラミアの婆さんやクロムが色々手を尽くしているそうだが、少なくとも劇的に何とかなるなんて事は無いらしい。
悪魔によって付けられた傷はそう簡単に治るものではない。
色々と調べたらしいクロムがそう言っていた。
「で、どうなんだエクレシアの奴は。」
俺はその時そう聞き返した。
「・・はぁ・・・。」
呆れの溜息と言うよりは、彼女自身も疲れているのだろう。
彼女はあの日に大師匠に体を使われて、復帰に一日も掛かった。
ゲームに例えるなら一ターン二回行動・・・つまり、昼夜問わず何かしら行動している彼女にしては、一日の休養を必要とするほど、かなり肉体にダメージがあったようだった。
魂の規格が肉体に合わない。
たったそれだけの、現代の人間では説明できない理論によって。
それを承知で言っているのだから、俺もなかなか疲れていたのかもしれない。・・・いや、これは言い訳だ。
それでも、彼女にしてもエクレシアの状態は気になったらしく、休養を終えてすぐに彼女はラミアの婆さまやサイリスと検査をしたそうだ。
その結果が、今の溜息である。
「酷い、って言葉で想像できる限りの残虐な行為を思い浮かべて見て。」
「お、おう・・・。」
と頷いたが、いきなりそんな事を言われても困る。
「それが人間の想像力の限界。悪魔はそれの上を行っていたわ。」
「・・・なんだよ、それ・・。」
「彼女の女性としての名誉を尊重してそんなオブラートに包んだような言い方にしているのよ。あまりにも酷いから頭の中覗いてみたけど、アレは死んだ方がマシね。」
人の命すらも利害と損得で語り、場合によれば容易にそれを踏み躙る事の出来る彼女にさえ、そう言わしめる残虐な拷問。
確かに俺には、想像すらも出来なかった。
「悪い、俺にも分かるように説明してくれ。」
「イカレたスナッフフィルムを見せられた気分よ。」
俺の問い掛けに、クロムは答えなかった。
その愚痴のような言葉に乗せられた単語の意味を俺は知らなかったし、知ってたらきっと彼女を問い詰めていたかもしれない。
「おい、答えてくれよ。俺は不安で仕方が無いんだ。」
しかし無知蒙昧な俺は、知らなくても問い質していた。
馬鹿な俺は、聞いてしまった。
「・・・・魚ってさ、刺身にされても生きてるのよね。あれが人間の立場に立ったら、きっとそんな感じなのかもね。」
俺は、クロムの言葉に想像してしまった。
――――人間が、活き造りみたいに、なっているの、想像してしまった。
多分、吐いたと思う。
それから三十分は、思い出したくも無いし、記憶にも残っていなかった。
しかし、そのあとクロムは俺に追い打ちでも掛けるかのようにこう言った。
「生きたまま、全身の部品をひとつずつバラバラにされたのよ。人間の構造は確かにロボットみたいだとは思った事あるけれど、ロボットみたいに解体されるのは初めて見たわ。
あれじゃあ、どんなに精神防護を施されてたって無駄だわ。
しかも、生きたまま見せつけるようにね。殺さないように、生かしたまま。まあ、精神世界での拷問だから幾らやられても肉体的には死なないのだけれど。
それで、部品を一つ取る度に、悪魔が言うのよ。
これで貴女は二度と歩けなくなった、歩けなくなった訳だがこれからどう使命を果たすのだ。これで貴女は二度と手が動かせなくなった。剣が振れなくなった訳だがこれからどうするのだ。
それをだいたい体感時間にして二週間ぐらい掛けて全身に。これでもかと言うほど執拗にね。
だからこの間のシミュレーターを使って、彼女の精神世界にまで入り込んで全部繋げて縫合する羽目になったわ。首から下は、人間らしい部分なんて無かったわ。
私の体感時間で丸二日掛かったわよ。でも簡単だった。すごく綺麗に丁寧に解体されてたから。とは言え、ボトルシップを作るような面倒な作業だったわね。」
その長い説明の間に、十回は止めてくれ、と俺は言ったと思う。
「彼女の心は元通りにしたけれど、精神って言うのは切って繋げれば元通りになるってものじゃないものね。
いえ、理論上はもう彼女はもう元通りよ。魂が傷付けられた訳じゃないから。彼女は何一つ失ってない。だけど、有名なアニメにもあるじゃない。もう治っているはずなのに足で歩けないってやつ。
例え肉体に傷一つ無くても、その全てを意識して動かせるようになるのは一体どれくらいの時間が掛かるのかしらね。
ましてや彼女は、自分の体がバラバラになったのを精神世界とは言え、その目で見ているんだから。ほぼ再起不能に近いわね。」
残酷な、宣告だった。
俺は、この期に及んで彼女がどうにかなるなんて欠片も思えなかった。
俺だってあの悪魔の恐ろしさを体験した人間だ。たった数分で、発狂死もあり得るだろう相手に、体感時間で二週間。まさに正気の沙汰ではない。
むしろあの時、俺を認識して言葉を出せただけでも奇跡なのではないだろうか。
どんなに精神が強い人間でも、強いままバラバラにされてしまったらどうしようもないのだ。
人間の心が強いなんて幻想だったのだ。
熱血系の漫画やアニメじゃ、精神力がパワーに変わったりするものだが、そんなの非現実的な世界でのみあり得る人間の空想に過ぎないのだ。
人間には心の力みたいな不思議パワーで逆境から一発逆転なんて起こらない。俺が悪魔に勝てたのだって、運や状況によるものが九割九分。
あの悪魔を打倒したのが、たまたま俺だったと言うだけで、違う奴がいればそいつが倒したのだろう。
魔術師の業界でさえ、精神力は言ってみればただの制御装置だ。それ以上でもそれ以下でもない。
人間の心なんて脆弱で、触れただけで壊れてしまうのに。魔術はそれによって制御される。
結局、時間しか彼女を癒す事は出来ないのだろう。
幸いと言うべきか、普通なら廃人になって当然の仕打ちを受けてなお、エクレシアは不安定ながら正気を保っていると言う。
それは狂わぬようにと半ば悪魔の手による物なのだろうけれど、奴の呪縛から逃れて続いているのなら、それは彼女の根底にある強さに違いない。
俺は根性論や精神論なんて当てにならない物だと熟知しているが、精神は人間の根幹の一つであるのは確かだと確信している。
矛盾しているかもしれないが、俺はエクレシアがどんな風になっても彼女に失望しないでいようと思う。
きっと逆の立場でも、そうだと思うから。
俺はただ、今日も神に祈るだけである。
彼女が回復する、その日まで。
幸い、あいつは不思議と魔族の連中にも好かれてる。
毎日ミネルヴァと話をしているようだし、案外来週にはケロリと戦線復帰しているかもしれない。
ところで、先日からこの開拓民の村の端に、つまり俺たちの住居の近くにある施設が増えた。
施設と言うか、植物園だ。
栽培されているのは野菜ではなく、秘薬の材料になる薬草や木々だ。
何でも裏から大移動してきたらしい。
食糧不足が叫ばれている魔族社会で良い御身分だが、戦闘種族ばかりの魔族にはこういう物も大事なのだと思う。
そして、そこを管理しているのは当然、あいつだ。
「・・・・・・。」
そんなことを考えるくらいなんだから、当然俺はそいつに出くわしていた。
アルラウネの化身たる悪魔に。
「私に何か言いたいことでもあるのではないか。」
自分の同胞とも言えるマンドラゴラの手入れをしながら、悪魔は言った。
「別に、何も。」
俺はあいつに何も言う事となど、ない。
程度の差はあれ、俺だって窮地に立たされればどんな残虐な行いをするとも限らない。
大師匠だって、言っていた。人間死に無くないと思えば何でもしちゃうものだと。
この悪魔は、食物連鎖の原則、魔族の掟を示しただけだ。
強い物が、弱い物を喰う。
ただそれだけなのだ。
・・・・いや違う、俺はそうやって納得したいだけなのだ。
あの高潔で、清廉な人間だったエクレシアがあんな目に遭う理由をでっち上げたかったのだ。
だって、そうでなきゃ不公平だろ。神様だって人間は皆平等だって言ったんだから。
あいつがあんな目に遭うなら、俺だって同じような目に遭って当然なんだから。
・・・いいや、それも違う。
俺は、怖いのだ。
もう一度、あの悪魔を糾弾する為に戦いを挑むことに。
あれから三日、サイリスが普段使わずに持て余していた魔力を供給され、あの悪魔アルルーナは実体化に差し障りの無い程度には回復したようだ。
今度こそ、逆立ちしようとも勝ち目はないだろう。
「そう心配せずとも。貴殿ともう二度と事を構えることなどあるまいよ。」
ふと、悪魔はそう口にした。
「私は貴殿に完全に調伏された。この際に構築された上下関係は絶対だ。
我が主殿とそのお師匠殿の命令でもなければ、私が貴殿やそれに連なる者を害する事は、例えこの身の消滅を招いたとしてもあり得ない。」
「・・・そんな事はどうでもいい。サイリスは俺の恩人だからな。彼女を裏切るような真似さえしなければ、それでいい。」
事実としてそんな事はどうでも良かったし、この狡猾な悪魔がサイリスを害する可能性の方が実際重要だった。
種族は違えど同じ悪魔とは言え、彼女は遥かに格下なのだから。
「彼女は、私にとっても恩人だよ。」
「これは驚いた。悪魔にも恩を感じたりするのか。」
そして、俺は強がりに精いっぱいの嫌味を言い放った。
「サイリスの魔力はよほど美味いらしいな。」
「まさか。精製された魔力など、人間からすれば無味の水と同じだ。」
贅沢を言うつもりもないが、と悪魔は淡々と答えた。
「それにしてもお前は人間らしくないな。大事な人間を傷付けられたとすれば、誰しも怒り狂う物なのではないのか。
そう言った感情の発露こそを獲物する我々にとって、それは酷く不可解だ。」
そしてやはり、ちっとも変わらない口調で言う。
何だかその相変わらずな態度が、無性に腹が立った。
「・・・・・どっちにしろ、アレはもう決着が着いた事だ。二度と、少なくともエクレシアが回復すまで口にするんじゃねぇよ。」
だから思わず、刺々しくそんな言葉を吐いてしまった。
「私は人間性を問うているのだよ。」
「それが人間として当たり前の感情だってか?
おいおい、あんたそれでも悪魔かよ。人間として当たり前とか言うことができない奴らばかりになったから、あんたらが衰退したんだろうがよ。」
そして危うく、その当たり前のことを出来る奴をお前は壊したんだ、と口にするところだった。
どうせ、だからこそあいつを狙ったんだ、とでも言い返してくるに違いない。
「違いない。」
そこで初めて、悪魔は哂った。
くくくくく、とやはり機械音のように無感情に。
「どの道、貴殿は私を屈服させた。貴殿の恩人である我が主殿に手を出す事など決して無い。我々にとって、上下関係は絶対だ。」
一応その言葉に信憑性はある。
悪魔は嘘を吐かないと言う。彼らの価値観では、嘘など言う意味がないからだ。
「あんたは人間なんかの下になって何とも思わないのか?」
「思う思わない以前に、そう言う風になってしまっているのだよ。」
それが悪魔と言う存在らしかった。
「・・・・なぁ、あんたも嘗ては女神として崇められたりしたのか?」
こいつがこうして植物園の管理をしているのは、何もこいつ自身が植物に所縁が有る悪魔だからではない。
確かアルラウネの語源となった女神と同一視されてる存在は、豊穣を司っているらしい。ついでに戦いについても。
そう思うとつくづくとんでもない奴を相手にしてしまったようにも思えるが、悪魔の答えは歯切れの悪かった。
「・・・・そんな事を言われても困る。」
「もしかして、昔過ぎて覚えていないのか?」
「違うな。お前の住む国では、神は二つの側面を持つと言うではないか。
我々の起源となった存在もそのように二つの側面から認識され、時が経つに連れ二つに分離したりするのであろう。人はそういう二面性を一緒にしたくはないだろうからな。
その片割れが私かもしれないし、元々私はこう言う存在なのかもしれない。
気が付いたら存在している、それが悪魔と言う存在だ。人間のように母親の胎内から出てきたりはしない。」
「ジキルとハイドみたいに二つに分かれるっていうのか?」
そうなると神様は二重人格なのだろうか。
ちっとも分からない。
「だけど、少なくともサイリスは母親から生まれたらしいぞ。」
「それは一つの生態系として定着し、この世界を構成する一つとして認識されているからだ。だから我々のように爪弾きにされることがない。」
「あんたらだって、人間から生まれたようなものなんじゃないのか?」
「その人間が我々を否定しているのだよ。」
結局、そのような話しに戻ってくる。
何だか無益な気がしてきた。
そもそも、こいつと仲良くしたいなんて微塵も思わない。
俺は何だか疲れが増した気がして、さっさと行こうとした。
「人間は良いな。我々を敵と掲げるだけで、戦う理由になるのだから。」
「・・・・・。」
「もし仮にだが、私を殺せば彼女が元通りとしたら、どうする?」
俺は黙って行こうとしたが、悪魔はそんな事を言ってきた。
「じゃあ、お前を殺せばどうにかなるのかよ。」
「不可能だ。当たり前だろう。」
「その仮定が正しかったら、少なくともあの時にお前を助けようとしたサイリスを押しのけて殺してやったよ。
まあ、その時はあいつがあんな状態だったとは露ほども思ってなかった訳だが。」
下らない仮定の話である。どうせ期待もしていなかった。
「不思議に思っている事が有る。人間誰しも、幻想を抱く。
それが他人であれ、権力であれ、金であれ。どんなものにも自分の想定した仮初めの設定越しに物を見る。」
「おい、何が言いたいんだ。」
「お前の彼女への心酔ぶりから見て、相当なショックを受けたと思ってな。
しかし、それでもお前は揺るぎ無かった。強い騎士と言う彼女への幻想が、小揺るぎもしなかった。それは一種の崇拝の粋を超えている。」
「揺れたさ。かなりショックだったよ。」
悪魔の物言いに、俺はそう返した。
どうせ俺の内心を読めているだろう悪魔にだからか、俺はもしかしたら、エクレシア以上に腹を割って話しているのかもしれない。
そうだとしたら、かなり滑稽な話だが。
倒した敵を強敵と書いて友と呼ぶ、少年漫画じゃあるまいし。
「あいつと俺は一蓮托生なんだよ。
あいつがどういう経緯でこの村に来たか、当然お前も知ってるだろ。」
「勿論。そう言う拷問をしたからな。彼女が言われたら苦しむだろうことを全て言い尽くしたと自信がある。」
「俺はあいつの責め苦を半分背負ってやっているつもりだった。あんたのせいで、つもりになっちまった、そういう物があるんだよ。
それを半分にし直す為に、俺も何かしなきゃならないんだよ。
俺があいつを失望するって? 笑わせんなよ。重荷を背負わせてる俺が、どうして失望できるんだよ。そんな資格ねぇんだよ。」
エクレシアが死なれると困るのは、彼女の重荷が全て俺に回ってくるからだ。
今流行りの言い方をすれば、共犯者。
あいつが死んだら、俺は地獄までその重荷を持っていかなければならない。
クロムはその辺を俺があいつに惚れてるとか勘違いしているが、それ以上の理由なんて、作りたくない。
それはもっと別の重荷になるからだ。
俺とあいつの関係は、それだけで十分なんだ。そう結論付けた。
だからあいつと俺との関係に、恩や貸し借りも無い。
惚れた腫れたも関係ない。
師弟関係も、魔族の間で分かりやすくするための便宜上の物だ。
「それではむしろ、お前の方が重荷を背負わされているのではないのか? 殺した数では、彼女とお前では釣り合わない。」
「悪魔は数でしか物を考えられないのか? お前は数えきれない人間を潰しただろうが、それで何か思った事あるのか? どうせ無いだろ。
・・・・罪の重さは、数じゃないんだよ。」
「それはお前が分かっていないだけだ。罪の重さは、数なのだよ。その人間の行いが、結局は罪の数に直結するからだ。」
悪魔が言うと、何だか本当にそれっぽい。流石悪魔、口が達者だ。
むしろ、納得してやってもいい。実にその通りじゃないか。
だが、それは俺とあいつとの関係以外での話だ。
「じゃあ、お前に罪の意識なんてあるのかよ?」
「人間のその葛藤は旨みにはなるな。」
悪魔ははぐらかしたが、それが何よりもの答えだった。
こちらもこれ以上話す気はなかったし、どうせあいつは俺の内心なんて分かってて聞いている。
無益な話も、これで終わりだ。
俺と悪魔は、そうして何の脈絡も無く別れた。
・・・・
・・・・・
・・・・・・
「おーし、壁に追いこめ。今日も大量だ。」
リザードマンの隊長はご機嫌の様子だった。
「ちゃんと処理は忘れんなよ。この間はそれで他の隊に笑われたんだからな!!」
隊長の声を受けながら、へいへい、と笑いながら処理をする隊員たち。
処理とは、死んだ魔物の固定化する為だ。
魔物と言うのは嘗て魔王が創造した尖兵であり、生態系が完成している魔族と違って知能も無い失敗作みたいなものらしい。
要は存在が不安定で、殺すと暫くして魔力へと霧散するのだ。
不安定な故に頻繁に突然変異を起こして巨大化するし、異常繁殖もする。
そして、今日も今日とて俺たちは魔物の群れを狩っている。
食える奴は特殊な処理を施し、喰えない奴は打ち捨てだ。
死んでも魔力になるから死体を放置しても疫病が発生しないのが楽と言えば楽か。
とは言え、大半が食えるような物じゃないので、魔物の死体が山積みになっている。
「しかし毎日のように群れを潰しているのに、まるで減った様子が見えないな。」
「いつもの事とは言え、嫌になるよな。」
と、同僚の魔族が愚痴るのも無理は無い。
魔物の強さはだいたい地上の生物の出来そこないが少しでかくなって凶暴化したものを想像して貰えば良い。
その程度なので、俺の居る足の速さが売りの下級魔族の部隊でも十分に対処できる。
むしろすばしっこい連中を捉えるのに重装備の主力で挑んでも仕方が無いので、魔物狩りは俺達下っ端が押し付けられる掃除や雑用みたいな扱いらしい。
比較的力の弱いこの部隊の魔族は、警備やそう言う仕事ばかりだ。
流石に幻獣系の有名どころの凶悪モンスターが来られては対処できないがそう言うのは人の手の入らない奥地にしか居ない。
そう言う所に腕力のある魔族は専ら開拓作業や開墾を行っているらしい。
俺は役割分担ができていて良いとは思っているが、他の連中はそうじゃないようだ。
「やっぱり、陛下の御側に仕えたいよな。」
「ああ、でも俺たちじゃ無理だろ。種族が違うもんな。」
「だよなー。」
何度も言うが、ここに居る部隊は二十名ほど、その殆どが下級魔族。
敵は弱い奴らばかりだし、確かに出世は見込めないだろう。
「おーし、何体ぶっ殺した?」
「87匹ですね。」
上空から周囲の警戒をしていた同僚のガルーダの報告に、隊長は満足げに頷いた。
「お前も少し休んで良いぞ、少し休憩にするか。」
「はーい。」
そう言った隊長に応じて、ガルーダの彼女も壁の縁に降り立った。
普段は伝令役として空を駆けまわっている彼女も、平時にはこのような雑用である。
ちなみにガルーダと言うのはかの有名な神の鳥だが、魔族は基本的に地上に伝わってる伝承とはあんまり関係が無いようだ。
知り合いにライカンスロープという魔族と言うか、人間的な分類では亜人だがまあそれは置いておくとして、その知り合いは別に人間みたいな形態はなく、常時狼男みたいな感じである。
姿が似てるので分かりやすい名称が当てられただけだ。伝説や伝承は、飽くまで話の中の代物に過ぎない。
だから本物の悪魔が、種別悪魔の魔族から精霊のように扱われているのだ。
魔導書のお陰で最近魔族についてそこそこ詳しくなった俺である。
「この壁のお陰で大分楽になりましたね。」
「ああ、戦果も格段に上がった。気に入らない人間だが、腕は認めざるをえんらしいな。」
二人の万里の長城みたいに長い壁を見渡している。
これがクロムの急造品に過ぎないのだから、本気でやらせたらどうなるのか想像もつかない。
本来は村を魔物から守るための代物だが、今回のような狩りには魔物を追い詰める為に使っている。
この数では包囲作戦なんてできないから、追いかけて一匹ずつ狩っていたあの頃が懐かしいと言っている奴も居た。
最近はガルーダの彼女が上から策敵してから、部隊を展開し、魔物をこの壁に追い立て一網打尽にするという戦法を取っている。
お陰で行動を開始して一時間に三十匹も狩れれば御の字だった魔物狩りも、三倍近い戦果に膨れ上がっている。
それでも全然魔物は減った様子が見れないのだから、連中の繁殖力は侮れない。
近々行う魔物の掃討作戦の必要性も頷けると言う物だ。
「そういやお前、霊感が高かったよな。あの話本当なのか?」
「ああ、本当だ本当。確かにアレは陛下の御声だった。」
「なにお前もか。俺の知り合いも同じことを言ってたぞ。」
俺が昼食の干し肉を噛みしめていると、同僚たちのそんな会話が聞こえて来た。
話をしているのは、ワータイガーの剣士やバフォメットの呪術師、ケンタウロスの弓使いとバランスの良いためよく一緒に居る三人組である。この隊でも屈指の実力者たちだ。
ベテランでも、種族からして機動力重視なのは御愛嬌だ。うちの隊の中に怪力で有名な種族がいる奴はいない。
いや、一人いるか。
現在謹慎中だが。
「みんな最近そう言う話題ばかりだな、何かあったんですか隊長?」
「ん? ああ、お前は詳しく聞いてないのか。まあ、当たり前か。」
魚の干物を丸かじりしていた隊長が、歯切れの悪い態度でそう言った。
「何でも今度の祈願祭で嘗ての魔王陛下が訪れるらしいんだよ。
何でも魔族の全てを招集せよ、と夢の中で霊感ある奴に言っているらしいんだよ。お陰で村中その話で持ち切りだ。」
「なんか嘘くさいなそれ。」
「いいや、俺達には分かるんだよ。それが陛下か否か。
俺は真実だと思う、実は俺の血筋はシャーマンに選ばれた事もあるらしくてな、若干俺も素質が有るらしく、その声を直に夢の中で聞いたんだ。」
夢の中で直にと言うのも変な話だが、と隊長は可笑しそうに笑った。
「それでだ。それが声を聞こえた奴全員が同じ日に。同じ時間だったらしいんだよ。町の連中にも確認を取ったから、多分他の階層の連中もそうなんだろうぜ。」
「マジかよ・・・。」
嘗ての、と言う事は退役して隠棲している元魔王なのだろうが、別にその力が衰えている訳ではないのだろう。
むしろ大師匠の物言いでは、年を経た魔王の方が厄介みたいな言い方をしていた。
「私もその夢なら見ました。御姿はハッキリと拝謁できませんでしたが、おぼろげながら。しかし、声だけは確かに聞き届けました。」
真っ赤な翼をたたんで羽休めをしているガルーダの彼女も隊長に同意した。
種族的に霊的感覚に優れている彼女が言うのだから間違いないのだろう。
「道理で俺に言いづらいはずだよな。」
なにせ、人間は魔族の敵である。
ここの連中は三世代目に突入する開拓民の村と言う事で結構他種族にオープンだが、普通魔族と言うのは一つの種族が固まって暮らしている物なのだ。
もし俺がそう言う場所に転がり落ちたのなら、即バラバラだっただろう。
「別に俺はその魔王陛下とやらに忠誠を誓っても良いんだが。」
もう俺は、大師匠に人類じゃないと太鼓判を押されたくらいなんだから。
「そんな風に言えるうちはまだお前は人間だよ。
もしその気概が有るなら、陛下の前ですることだな。その時にお前は晴れて俺たちの一員ってことになるかもしれない。」
隊長は静かに俺を見据えてそう言った。
「それにしてもその話じゃ、魔族全員集合しろってことか?
こういう事ってよくあるんですか?」
「有るわけ無いだろ。こんなこと、ここ千年で一度たりとも無いそうだ。だから村中でその話が持ち切りになってるんだよ。」
なるほど、と俺は頷いた。確かに大事である。
となると、クラウンやサイリス達も俺に黙っていたと言うことになる。
優れた魔術師のあいつらがその夢とやらを見なかったはずが無い。
「だが俺は思うな。何かが起こるんだって。
今の俺たちに人類とやり合うには数が足りないが、陛下がやれと言われれば俺たちはやる。
流石にそこまでの事じゃ無いにしても、多分俺たち魔族は荒れるだろうな。陛下が出張ってきたんだ、争いが起こらないはずが無い。」
隊長はやや確信じみた口調でそう言った。
その言葉に、ええ、とガルーダの彼女も頷く。
俺もその話を聞いて、そこはかとなく嫌な予感がしてきた。
俺に霊感みたいなものが備わっているとは思わないが、最近魔術師として鍛えているせいか、何となく嫌な予感と言うのがよく当たるのだ。
戦闘する魔術師は直感が大事だと言う。
だが、この時ばかりはその嫌な予感が当たってほしくないと思った。
「陛下は、我々に何か伝える事でもあるのでしょうか。」
「元々陛下の声を聞こうとする為の祭りだからな。むしろ願ったり叶ったりじゃねえのか?」
二人のそんな他愛も無い会話が、俺の胸の内の不安を煽っている。
魔王。悪魔でさえ無条件で跪かせる存在。
そんな化け物と言う言葉ですら霞む存在が、現れる。
嫌な予兆でしかないだろう。
すると、
「おい、トカゲ野郎!!」
向こうから、別の隊がやって来た。
いつもうちと戦績を競っているらしい、トロールの隊長がいる。彼らも同じ魔物狩りの仕事でよくこのように遭遇したりするのだ。
「何匹狩った!!」
「87匹だ豚野郎!!」
隊長がそう怒鳴り返すと、トロールの隊長はぎゃははは、と笑った。
「俺たちは92匹だ!! 人間なんかとつるんでる隊は駄目だな!!」
トロールの隊長がそう言うと、その部下たちが揃って笑い声を挙げた。
「そんな人間なんかがいる部隊と戦績が並んでる駄目魔族が!! 主力から外された奴が隊長だとつらいなぁ!!」
ただ言われるがままなのも癪なので、俺はそう怒鳴り返した。
「なんだとぉ!!」
すると、凶悪面を歪ませ真っ赤になって怒るトロール隊長に対して、その部下たちが一層大きな笑い声を挙げた。
トロール族とか普通に打撃戦ができる下級魔族でも強い方なのに、こんなところで弱い魔物狩りをさせられている時点で程度が知れると言う物だ。
それは彼の部下たちも思ってることらしかった。
その点、うちの隊長はリザードマンが集団戦に長けた種族だからか、指示は的確で隊の運用に関しては誰からもあまり文句が出てこない。
気心も知れているし、俺は隊長の部下で良かったと思っている。
「よし、野郎ども、連中に馬鹿にされたまま終わりにする訳にゃいかないぜ。休憩は終わりだ終わり!!!」
隊長の声に、えー、とうちの隊からも野次が飛ぶ。
それでももう殆どが立ち上がって崩した身なりを整えているのを見ると、やる気の方は満々のようだった。
「よーし、戦果に倍の差付けて、今日は勝ってやろうぜ。」
「小癪な、目に物見せてくれるぞトカゲ野郎!!」
そう言ってトロール隊長とその隊は駆け足で去って言った。
何だかんだ言いつつもあの隊長と部下たちは中々に結束しているようだった。
「ぼさっとすんな、俺たちも行くぞ!!」
そしてうちの隊長も熱くなっている。
こうしてやや早めに休憩が終了し、俺たちは再び魔物を追う日常へと戻る。
ちなみにこの日のスコアは、269匹でまずまずの結果だった。
五匹差でトロール隊長たちに勝ったのを見たときには、思わず笑ってしまったが。
今回はただの現状報告と日常回でした。
忙しい合間に書いた話なのでちょっと物足りないかもしれません。
それではまた次回。