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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
三章 祈願祭へ
45/122

幕間 ある男と女の話




嫌な夢を見た。


愚かな男と愚昧な女の夢だった。




かつて地上の人間から桃源郷とも呼ばれる仙人の住む世界に住む女が居た。

彼女はこの地で道教タオの理を得んと、師である仙人の下に修業を積んでいた。


ある日彼女がふと、地上を見下ろした。


そこには少年が巨大な滝を見詰めて岩に立っている姿が見えたのだ。

秘境とも言える場所にそぐわぬ少年の姿に、女は興味を抱いた。


女が見て居ると、少年は何と滝に向かって身を投げたのだ。

彼女が驚く間も無く、少年は激流に成す術もなく呑みこまれ、滝つぼから叩き出された。



身投げかと思って、女は少年を助ける事にした。滅多なことでは桃源郷から地上に降りる事は許されないと分かってはいてが、女は少年を見捨てる事が出来なかった。


女が少年を介抱して、少年が目を覚ますと彼女はなぜあんな事をしたのかと問うた。

すると、少年はこう答えた。



「俺は龍になりたかったのだ。」


女は思わず笑ってしまった。

そんな事を本当に信じているのかと。


少年は鯉の滝登りに関する逸話を鵜呑みにしたのだろう。

女は嫌がる少年を村に送っていくと、桃源郷へと帰った。



だが、翌日も少年は滝に挑んだ。

やはり成す術もなく敗北した。


女は昨日の事をそれとなく師に釘を刺されていたので、呆れと共に見下ろすだけだった。


しかしそれでも、少年は毎日毎日滝へと挑む。


少年が青年へ、青年から立派な男になるほどの月日が経っても、彼は滝登りを止めなかった。


女も毎日のように滝に挑む少年を呆れと共に見下ろしていた。

今日はあんな馬鹿な真似を止めるだろうか、明日はあんな愚かな真似を止めるだろうか、と毎日女は彼の姿を見守っていた。



そして十年以上滝に挑み続け、男はついに滝の上にある岩に手を掛けることに成功した。

あと少しで完全に登り切るところで、不運にも岩は男の重みに耐えられずに崩れ、滝の勢いと共に男を滝つぼの底に落下した。


即死だったはずである。何十メートルもの高さを持つ滝から水面へ大きな岩と共に墜ちて、普通の人間なら耐えられるはずもなかった。


しかし、強靭な肉体を獲得していた男にはそれを許さず、滝の底で苦しみ、悶えて居た。

男の命の灯火が消えんとした時、女は見るに堪えず助けることにした。



男は、幼い頃に出会った女を覚えて居たらしく、彼女の事を天女と勘違いした。

あながち間違いでもなかったが、女はこのままではこの愚か者は命を粗末にすることだろうと思い、半ば仕方ないと思い、彼を桃源郷へ連れて行った。


彼女は師に頼んで、彼を弟子入りさせるように頼んだ。

師で有る仙人は、嘆息しながら了承した。恐らく彼女が弟子入りを迫ってきた時の事を思い出したのだろう。



それから二人は、気の遠くなるような長い時間を共に修行した。

死の概念が曖昧な桃源郷は、寿命が極端に長くなる。その間に、不老不死の基盤となる体を修行によって構築するのだ。


仙道は勿論、武芸百般、煉丹術、道術と、数々の奥義を体得せんと共に学びあった。



しかし、桃源郷と聞けば理想郷を思い浮かべるだろうが、そうではない。

凶悪な魔獣は蔓延るし、邪悪な思想に堕ちた仙人も居る。


女とその師は、そう言った連中を戒める為に戦っていた。

男は修行不足だと、両方から同行を許可されていなかった。



ある日、女は大怪我をして帰ってきた。

師である仙人も浅くない負傷をし、休養を要するほどの怪我で帰ってきた。

何でも、地上にも伝承が伝わるような怪物が現れたらしく、それの撃退に死力を尽くして戦ったのだと言う。


男は後悔した。もっと己が強ければと。

そうすれば、少なくとも二人が致命傷寸前の傷を受ける状況には陥らなかったのではないか、と。



一人での、しかも後悔に苛まれた状態での修業は身に入らず、彼はそれを自分の限界ではないかと勘違いすらし始めたのだ。

二人は何十年単位での休養を要する大怪我を負ってきたのだから気に病むなと言うのも酷な話だったがその所為か、彼は力を求めるあまり禁忌に触れてしまったのだ。


黒魔術に、手を出してしまったのである。

幸か不幸か、彼にはそれを扱う才能が有った。


その発端は、偶然にも観光と称して桃源郷に訪れていた世界観に似合わぬ魔女と言う存在が、自分たちの知識の交換を提案してきたからなのだ。

彼は愚かにも、それを承諾してしまった。



彼は、即座に師から桃源郷の追放を命じられた。

女も彼を連れて来た者としての責任をとって、彼と同じく地上に堕とされた。



それから二人は、地上の各地を放浪した。

力を求めて、名前を何度も変えて、戦い、殺し合いを続ける日々だった、

桃源郷とは法則が違う地上では、十全な力を発揮でき何も関わらず、二人は負け無しだった。


西に達人が居ると聞けば殺し合いに赴き、東に無双の剣士が居ると聞けば死闘をしに行く。

戦場に出れば屍の山を築きあげ、血で川を作った。


女は、彼が変わってしまった事に何も言えなかった。

彼がこのような狂犬のようになったのは、自分にも原因が有るからだ。



だが、二人のそんな生活はたった一度の邂逅によって粉々にされた。



「なんだ、お前ら。」

力は力を呼び寄せると言うが、この時、二人が呼び寄せてしまったのは、よりにもよって死神だった。



化け物、と言うのもおこがましかった。

自分たちの積み重ねて来た力や、秘術が、全く通用しなかった。


まるで、赤子をあしらうように、片腕で草木を払うように。

絶対的な敗北だった。


そう言った決定的な挫折を知らなかった男の表情には、絶望という二文字だけが浮いていた。



「笑えるな、お前ら。弱過ぎて笑える。」

全身黒づくめの、狂気と死をばら撒く、死神。


「ねえ、ちょっと待ってよ“―――”。」

そして、その大鎌が二人の首を落とそうとした時、その死神みたいな男の名を呼んで制止する人物が現れた。



「この二人、何だか私達に似てないかしら?」

三日月のような双眸が印象的な、絶世の美女だった。



「・・・・ああ、こいつらもう少しはマシになるって言いたいのか。それりゃあいい、次また会った時、もしそのままだった、殺すからな。」

死神のような男は、そう言って二人ではなく、その美女の首を落とした。


血飛沫が、二人に降りかかる。



「じゃあな、また会おうぜ。」

そう言って、その男も自らの手によって自身の首を落とした。

まるで、理由もなく意味もなく、死んだこの二人組が再び合間見える事があるとでも言いたげな態度で、その二人はこの世から消えた。



それからというもの、男の力への探求はより顕著になった。

それこそ、あの死神が彼の背後にずっと付きまとっているかのように、戦いに殺し合いに明け暮れる。


この世界の裏側を暗躍する魔術師を殺し、その秘術を奪うようになった頃には、彼の手には柄だけの剣が握られていた。

他者の刃にて敵を殺す、異形の魔剣だった。



そうして、十数年たったある日、あの死神はまた二人の前に現れた。

今度は戦場で出会った。


「なんだよ、それだけしか成長してねぇのかよ。」

死神は嗤った。狂気を湛えた笑みで、誰ひとり生きている事のない戦場で、敵味方区別なく、彼は皆殺しにした。


あの死神は、前とは別の姿をしていたが、その魂、精神、そして記憶までも同じだった。

人種が、年齢が、たとえ性別が違くとも、男と女はこの死神を見紛うことなどありえなかった。


そう、彼は転生していたのだ。

死を超越し、死そのもののように、生まれ変わっては人を殺し、自らが朽ちては、また生まれ変わって人を殺す。


人を殺す天才で、天災の具現だった。



「おい、“――”。もうこの時代は飽きた、次行こうぜ。」

「ええ分かったわ“―――”。次はもっと趣向を凝らしたりしましょう。」

死神と、三日月の双眸の二人は、そう言って互いに殺した。



それから十五世紀になるまで、二人はその二人組と会う事は無かった。

ある日、魔術師狩りの腕を買われて、二人はカトリックの使者を護衛する騎士団に雇われた。

何でも正教会から改宗する代わりに支援を受けたいと言う領主との交渉に向かう為だったと言う。



「よう、また会ったな。」

その領主と言うのが晩年のワラキア公。

あの死神が、今度転生と先として選らび、既に殺し尽くして今の人生に飽きる寸前であった。


その時は殺し合いには成らなかったが、もし会うのがもう少し早ければ、彼の趣向に付き合わされていたのかもしれなかった。



十七世紀も三十年が過ぎる頃、世に言う魔女狩りとは違う、魔術師が魔術師を狩る暗黒の中世魔女狩りの時代がペストの大流行と同時に到来した。

その時、二人は以前雇われた騎士団に再び雇われた。

その騎士団の首領こそ、今の『カーディナル』その人だった。


この混沌とした時代を巻き起こした主犯であると言う魔女“――検閲――”を倒すべく、二人は彼女に協力した。


その魔女との戦いは熾烈かつ、半ば泥沼化していたものの、何十年もの時間を掛けて、一歩一歩と追い詰めて、ついに魔女“――検閲――”を殺す一歩手前まで来た。

だが、お上からの緊急の通達により、完全な抹殺は急に待ったが掛かった。



「くっくくく・・・『盟主』とやらも見る目が有るみたいね。」

ボロキレのように蹲り、滅多打ちにされて辛うじて生きている魔女“――検閲――”は、可笑しそうに今にもトドメを刺さんとしていた『カーディナル』を嘲笑っていた。


「その代わり、私は貴様を許さない。

貴様の所為で散っていき、苦しみ果てた同胞達の為に、貴様の名をこの世に、一片たりとも残させない。貴様など、存在しなかったことにしてやる。

誰の記憶からも、どんな文献文章からも、この世の全てから貴様と言う存在を歴史そのものから葬ってやろう。」

「あははははははは、やれるものならやってみろよ!! あははははは!!」

魔女“――検閲――”の嗤い声が響き渡る。


そして、本当に『カーディナル』は彼女をこの世から消し去った。抹殺した。誰の記憶からも、ありとあらゆる文章からも。

――――彼女は、歴史からその名を消した。



「そんな、ふざけるな、私は・・・私は誰だ?

なあ、宿敵、私は・・・私はぁ!? 誰なんだぁ!!!」

「知らんよ。クソったれ。もう私も覚えていない。」

そして今度こそ、『カーディナル』は魔女“――検閲――”を殺した。


彼女こそ、後の魔導師『パラノイア』である。



しかし、当時の混乱や巻き起こった事態は、もはや主犯が死んだからと言ってどうにかなるものではなかった。

だから『盟主』は、切り札の一枚を切った。



二人の耳に、今後ずっとこびり付く、哄笑が全てを終わらせた。

それはまさしく天罰だった。それ以外に、何が起こったのか表現する方法を人類は持ち合わせて居なかった。



たった四日で、ヨーロッパの魔術師情勢は壊滅した。

その恐るべき弾圧と、殺戮を巻き起こした聖なる“切り札”は、あの狂信的な『カーディナル』にして二度と使わないでほしいと『盟主』に懇願したほどだった。


そして、悪夢の四日が明け、二人は『カーディナル』にあの死神のような男と三日月のような双眸の女について尋ねてみた。

すると、それまで正体すら掴めなかったあの二人組が何なのか、彼女は語った。



「女の方は、多分“月光”だろうね。“月光の魔女”だ。

魔法の時代を知る、『黒の君』よりなお古くから生きる唯一の“人間”だよ。なぜ知っているかと言うと、昔の友人から聞いたことが有ってね。

そいつが付き従っている死神みたいな男となると、多分一人だね。」

彼女が語るには、あの二人組の片割れである三日月の双眸を女は、人類最高クラスの魔術師だと言う。

三人しか認められていない“魔女”の一人であり、最古の人間だと。


そして、あの死神みたいな男は、かつて『黒の君』と同じ時代を生きた魔剣士であり、彼とその仲間と共に四番目の魔王に挑んだ事もあると言う。

英雄にして、究極の殺人鬼。



彼が化け物じみて強いのは当然だった。

もう、彼は強さを極めてしまったのだから。


極め過ぎて、飽きている。

自分に対抗できる人間が居ないから、飽きているのだ。

だから、何度も何度も転生し、強い敵を求めている。


死神と言うより、亡霊のような男だった。



そんな男になぜ最高の魔術師が手を貸しているのか、嘗て仙女であった女は今まで共に放浪してきた男を見れば十分わかった。


あの男には、魔性の魅力が有る。

死に近すぎて、危うい。その危うさは、美しさでもあった。


どこまでも純粋な殺意と悪意は、一点の曇りもない狂気そのものだった。

この世に絶対的な悪が有るならば、それはあの男に違いないのかもしれないと、女は思った。


誰の利にも成らず、相対的かつ全てにおいて害悪。

究極にしての、純粋な悪そのもの。



男は、挑む気なのだろう。

女が嘗て地上を見下ろして、男が滝に挑んだあの日々のように。


女は、そんな男に何も言えなかった。

言う資格は無いと思っていた。


あの死神に挑むには、それこそ神仙にでも成らなければ勝ち目は無いのかもしれない。




だが、唐突に、幕切れは起こった。



「飽きた。」

何度目か分からない遭遇の果てに、いつものように会う度に違う姿の死神が言った。


「お前、もうこれ以上伸びないだろ。」

そして彼は、男の全てを否定する言葉を吐きだした。



「そう言えば、お前ともそれなりにもう長い付き合いだったよな。

餞別に本気で斬ってやるから、耐えられたら見逃してやる。」

そうして、男は成す術など無く斬られた。


手加減など一切ない、化け物みたいな動きで、化け物みたいな魔剣を使って、化け物みたいな一撃を見舞われた。


男は、辛うじて生きていた。

よく生きてたと言うよりも、なぜ殺せなかったと疑問すら覚えた一撃だった。



「これが、力の差って奴だよ。雑魚。」

女は、男の心が完全に壊れてしまったような音が聞こえた。



「なぜ、殺してあげないのですか・・・。」

女は、絶望した男に哀れにも思えた。


「貴方の武人としての誇りが有るとは思えませんが、情けを掛けたというのですか?」

「は? ちげぇよ。もうそいつに殺す価値もねぇってだけだ。」

男をそのようにした死神は、当たり前のようにそう言った。



「まあ、別に俺は殺しに価値を求めてるわけじゃねぇが。」

気まぐれだよ、と死神は言った。


「だって、俺とお前らって別に縁も所縁もねーわけだろ?

それに今、ルールに沿って殺しをしてんだよ。たまたま予定外な殺しはしたくなくてな。」

死神の物言いに、女は言葉を失った。



「まさか、ここ最近の連続猟奇殺人の話は・・・・。」

「ああ、多分俺だ。あいつ、今度は娼婦に成り済ましてるんだとよ。私が他の男に抱かれたくなかったら早く殺しに来て、だってよ。これだから女ってのはめんどくせーんだ。」

そう言った今度の死神は、女だった。まだ少女と言える年頃だ。



「まあ、もう会う事もねーだろうが。次会えたら殺してやるよ。」

そして死神は、十九世紀ももうすぐ終わる霧が覆うロンドンの町の闇に消えて行った。



それ以来、男は狂ったように戦いに没頭した。

言動も支離滅裂したようにおかしくなり、理路整然とした思考も無くなったかのように、暴れ、笑い、殺し、戦う。


戦いが無い日に彼を抑えるには、女が男に劇薬でも使わないと駄目なほどであった。



女はもう確信した。彼はもう、壊れてしまったのだと。

嘗てのように高みに挑み、純粋な心で何事にも対していた彼はもう、死んだのだと。


そうして、狂った男と女は暗澹とした虚ろな日々を過ごしていた。



そんなある日、懐かしい顔と出くわした。

いや、姿かたちまでまるで違ったが、狂った男にはともかく女には分かった。


「貴方達は・・・・。」

誰かと思えば、魔女“――検閲――”との戦いにて雇われていた時に『カーディナル』に付き従っていた少女だった。


当時魔導書に魅入られ、人生を狂わせられた少女が魔術師として成長し、完成した姿だった。



名前は、イルイット・カーラ。

魔術連合『本部』の、“処刑人”だった。


彼女は、女の相談に親身になって受けてくれた。

女はこれからどうすればいいのか、分からなかった。



彼女は、『盟主』の庇護を求めて今後について保障を受けたらどうだと提案した。

そうして、男を元に戻す方法を模索するべきだと。


そのような経緯で、男と女は“処刑人”になった。


コードネームは、ジャンキーと王李ワン・リー

安定した世界の魔術師事情のはみ出し者を狩り、邪魔者を殺す仕事を請け負う代わりに、二人は巨大な後ろ盾を得ることになった。



しかし、壊れてしまった彼の心をどうにかする方法は無かった。

それこそ、時間でも戻らない限り。


彼が壊れて百年以上、不死の術を得ている女ですら、バラバラになった男の心をどうにもできなかった。


彼の肉体まで壊れてしまうのを、騙し騙し魔術で先送りにし、戦いの日々に明け暮れた。



そして、彼は壊れた。

動かなくなった人形のように、ぽっきりと。


女は泣いた。

男は笑うのを止めなかった。



時折正気の片鱗を見せていた男だったが、それ以来二度とそのような兆候は見せず、ずっと彼は狂ったままだった。


一年ほどの休養を経て、二人が“処刑人”の復帰の目処が立った。

だが、復帰の日がもうすぐと言った日に、彼はベッドから姿を消した。



数々の凶行はあったものの、一度として自ら女の傍を離れた事が無かった男の突然の消失に、女は魔術師として培ってきた感が嫌な予感を告げていた。


そして彼は、魔獣に喰われてその生涯を終えた。

女は抜け殻のようにその様を見ていた。



絶望は無かった。

ああ、漸く彼は死ねるのか、とどこか安堵すらあった。


本当なら自分でやるべきなのに、彼を狂わせてしまった自分がやるべきなのに、と頭の中ではそんな思考がぐるぐると回っていた。

半身を失った彼女は、彼を喰った魔獣の処分に立ち会う事にした。



しかし、あろうことか、魔獣は逃げ出した。

寄りにも寄って、魔族が住まう領域で。


女は『盟主』に一報を入れると、すぐに魔獣を追った。

魔獣は、魔族を喰らいながら暴れた。


だが、剣を持った魔族が魔獣に呑みこまれた直後、彼は魔獣を腹の中から斬り殺して現れた。


そして、何をどう見間違えたのか、彼はたまたまその場に居合わせた少年を、あの死神だと思いこんでしまったようだった。



全盛期の彼と比べると見るに堪えないほど、無様で、狂気に満ちた、まるで死を望むような戦い方だった。

女は思った、彼はもう死にたいのだと。


老いた獅子のように、戦って死にたいのだと。



そして、決着は着いた。

愚かな彼の最後にふさわしい死に様だった。


女は、男を処分しなければならなかった。

彼の中には『本部』の機密がたくさんあるのだから。



しかし、完全に死んだと思われていた彼は、女の脚を掴んで言った。


お前が居ないと踊れない、と。

女は理解した。彼は最後まで二人で戦いたいのだと。


だから、恥を晒して彼と共に彼女も戦った。


もはや彼の命も風前の灯火で、彼の願いを叶えてあげたかった。



だが、彼がいざ殺されそうになると、女は彼を庇った。

自暴自棄になって、狂った男がその時初めて、かつてのような理性を帯びた瞳が女を見詰めた。


それだけで、女は全てを理解した。



虎は死して皮を残し、人は死して名を残す。

彼は、自分を残したかったのだ。

龍になれず、ただの人間として終った彼は。


歴史の大波に晒されながら、理不尽な死と暴力に何度も遭遇しながらも、果て無き最果てを目指して戦った自分の雄姿を、誰にも忘れられたくなかったのだ。



彼は晩年、狂気の中で嘗て戦ってきた仇敵達と延々と戦い続けていた。

その中に、己のした行いの報いを受けた一人の魔女の最後と、そのあとに訪れた哄笑が響く悪夢の四日が根底にあった。


彼は、ずっと笑っていた。

あの死神に対抗するには、あの哄笑の悪夢でもなければ不可能だったから。


だから、彼は笑っていた。

延々と、延々と、どこまでも、終りなく。


狂ってまで、彼は力を求め続けた。



だが、彼が本当に壊れたのは、彼を追ってきた女が斃れた時だった。

名を残すなどと言う馬鹿なことや、あの死神と戦うことや、強さを求めることなど、全てがどうでも良くなった。


男は確かにその時、正気に戻った。

いや、狂ったままに、自分の最初の願いを思い出した。



―――――ただ自分は、彼女を守りたかっただけなのだと。




彼に、この世に対する未練など、無くなった。

あっさりと彼女の持ってきた短剣で自刃した。


それで、男と女の生涯は終わった。物語が終わった。

誰も全貌を知る事など無い、一人の男の英雄譚だった。



狂気と殺戮に満ちた一人の英雄は、そうして朽ちた。

歴史に名を残す事など無く、その愚かしい生涯に終止符を打った。




これは自分自身を見失った愚かな男と、それに盲目的に付き従った愚昧な女の話である。








魔剣百科事典コーナー



魔剣:「キマイラヘッド」

所有者:ジャンキー

ランク:A


特徴・能力。

複合剣。剣格にヤギとライオン、グリップエンドに蛇の彫刻が彫られた柄だけの魔剣。

この魔剣を中心とする半径一キロの所有者の無い(誰も手にしていない)“刃物”を刀身として吸収し、全体を“一振りの魔剣”として扱う。

対象となる“刃物”としての概念は曖昧であり、剣でも刃が潰されていれば不可であり、ただの紙切れでも誰かの指を切ってしまえばそれは“刃物”である。

この際、何かしらの能力を持った“刃物”を吸収した場合、この魔剣の能力の一部とする。

ただし、この魔剣の能力で吸収し、刀身とした“刃物”の重量は軽減されず、どれだけの“刃物”を吸収できるかは所有者のキャパシティに依存する。これは“刃物”としての格が低い方が負荷は軽く簡単に扱え、強力な魔剣であるならそれ相応の負荷が発生する。

ジャンキーは呪術的な処理を施した武器を大量に使い、“刃物”としての格が低いままでありながら強力な武器での物量攻撃を可能とした。

この魔剣自体にもある程度“刃物”の貯蔵が可能であり、何も無い空間から取り出す事が出来るが、これの許容量は一定である。(ただの武器なら百振り、魔剣の類なら五振りが目安。)

力を得ることに全てを費やし、使えるなら見境なく自分の魔術として取り入れたジャンキーの性質が現れた魔剣である。






※書けるうちに書かないと書けない性質なので、日付が変わったころには書き始めました。徹夜です。


構想はある程度できていたので、一気に書きました。

少々長くなったので、やっぱり番外編にしました。

こらえ性のない性格ですみません。


今週中にもう一話くらい上げたいですね。





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