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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
三章 祈願祭へ
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第三十八話 人類失格




『盟主』曰く。



「師匠を怒らせるなら三日三晩首を括る方がマシ。私は弟子入り初日にワイバーンの巣の中に放り込まれた。あの時師匠は笑ってた。

師匠を激怒させるくらいなら、私は“虚無の闇”に逃げる。あの人は生き地獄と言う言葉の意味を誰よりも熟知しているから。

師匠の逆鱗に触れるくらいなら、私は発狂して思考停止する。あの人はこの世の知りたくもない真実をいっぱい知っているから。

師匠の無表情の視線に晒されるくらいなら、私は魔王だろうが魔神だろうが単身で挑んだ方がまだ気がまぎれます。実際それで歴代の魔王と何度相対した事か。

師匠を敵に回すなら、私は本当に自分以外の全人類を敵に回しても良い。あの人の強さにはそれですら釣り合わない。

師匠のご機嫌を取る為ならどんな屈辱にも耐える覚悟はあるし、どんな悪逆非道を行ったっていい。

ですが、師匠を馬鹿にする奴がいたら、私はそいつを絶対に許しません。

私は師匠に感謝しているし、誰よりも尊敬もしています。同時に、何よりも恐れていますし、仮に私が死ぬ日が訪れるなら師匠と一緒と決めて居ます。

師匠の弟子だと言う事をなによりも誇りを感じていますが、もう二度とあの人に師事したくはありません。

とにかく、カノン、絶対に師匠を怒らせないでくださいね。あの人の性格上、その場合確実に私に飛び火しますから。その時は幾ら貴女と言えど、私は平気で見捨てますからね。

・・・・・え、師匠!? 聞いていたんですか!? そんな、結界は張っていたのにって、や、やめて!? もう生身で大気圏から落とされるのいやなんですーーー!!

や、や、やぁあああ、人間の体ってそんな風に曲がれませんってばあああ!!! な、なにそれ、なにその道具知らない何に使うのぉ!?

ぎゃああああああ、すみません!! こんな私より弟子の方が大事ですから、もう二度とそんなこと言いませんからぁああああ!!!」



        弟子カノンが恩師の為に涙した日より抜粋。









「まず君の手にした魔具、あれは“ラッキー&ヘル”って言うんだ。まあ、効果のほどは実感したよね。僕はその時に君の事を知ったんだ。

だけど、そんなのはただの隠れ蓑に過ぎないんだ。

もう分かるよね、魂の分割保存さ。君に分かりやすいたとえで言うなら、パソコンのバックアップと同じだね。

僕ってこう見えて忘れっぽいから何かに記録しておかないと、何かの拍子に忘れちゃうこともあるんだよ。念のために同じような物を世界中に幾つもばら撒いている。

リスクの分散だね。更に念には念を入れて並行世界とかにもばら撒いているし、僕にしか行けないし分からない所にも置いてある。

他にも色々と予防策を沢山講じてる。人間、死ぬのが怖くなると何でもやっちゃうもんでね。こんな風に僕は完全に近しい不死を実現しているのさ。」

恐らくクロムが語りたかったあの小箱の重要な秘密を、当人の口から聞いてしまった。


多分それは近年世界中に有名になった小説ハリー・ポッターシリーズに出てくる悪役の魔法使いが使う不死の術に近いのだろう。

魂を分けて、保存する。そうして複数の命を持つ。



俺にはまったく理解できない魔術だった。

その小説と違って魔術師たちは殺し合い騙し合い上等な連中ばかりらしいが、こと魂に関することはタブーが多いとエクレシアは言っていた。


多分だが、その魔術は禁忌に触れているに違いない。

人が踏み入れてはいけない、それこそ、神の領域なのだ。



「なんだよその顔は。君だって死ぬのは怖いだろ? 何々してまで生きるのはいやだー、何て言うのはキレイ事だよ。人間誰しも死んだ経験なんてないんだから。

痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くして、壮絶な苦しみを与えたら誰だって死にたくないって思う。生にしがみ付きたくなる。当たり前だろ?」

少年は、少年の姿をした何かは、笑みを浮かべたままそう言った。



ああ、と俺は確信した。

こいつなら、多分絶対にエクレシアを助ける事が出来るだろう、と。きっと知りたくもない方法を使って。




「僕も生涯で三度くらいはマジで死ぬって思った事があるわけよ。化け物みたいな魔術殺しの剣士だったり、魔王と戦ったりした時とかさ。

でも何とか生き延びて英雄の物語はハッピーエンドを迎えて、さて後日談。僕天才だったから魔術でずっと若々しかったけど、仲間達はみんな腐る様に死んでったわけよ。

君だって親しい誰かが死んだら、死が怖くなる。そうでなくても、一度くらい死について考えて不安になったりしたこともあるだろう?」

「同意はしかねます・・・。」

それが正しいとか間違っているとかそれ以前に、俺はこの得体のしれない何かと何かの一つでも同じかもしれないと思うのが怖かった。

俺の思考まで浸食されるようで、怖かった。


死ぬより怖かったと言うより、確信を持ってこれだけ俺は言える。

彼は俺が何をしても殺さないだろう、と。絶対に、殺しれくれないだろう、と。



「なぁに気取ってるのさ。自分じゃなくても、君は他人の死が怖くてここに来ているくせに。」

可笑しそうに、少年は嗤う。

古臭い格好と相まって、何だか彼が化粧をしていない黒装束の道化師に見えた。


笑えないし、笑わせない、しかしどこまでも愚かな、そんな道化。

俺はこの時知らなかったが、彼の蔑称に『黒塗りピエロ』ブラックジョーカーなんて言うのもあるらしい。


この時間違っても、お前ピエロみたいだな、何て言ったら、俺の想像は多分そのまま実現されていたと思う。




「あの・・その、・・・」

俺は、この命の冒涜が服を着ているような存在に、助けてくれとは言えなかった。

悪魔に魂を指し出すとは違う、それとは違う言葉では表現できない大事な何かを失ってしまうと思えたのだ。


曲がりなりにも神の教えを受けたエクレシアに師事している身である。

彼女の意思を問わずに、俺はこの魔術師の概念そのものみたいな存在に、頼みごとをするなんて出来ようもなかった。




「ねぇねぇ、僕に何か頼んだら何でもかんでもオーケー出すみたいな空気だけどさ、なに、もしかしてさ、僕が了承するとでも思ってるわけ?」

「え?」

その言葉を聞いて、俺は絶望感より先に安堵していた。

禁忌に近づかないで済むかもしれないと言う、矛盾した気分でいた。



「いやいや分かってるよ、僕って所謂賢者ポジだよね。ほらさ、物語で主人公が何か行き詰まると颯爽と助けに現れる的な?

実際に英雄とか呼べる連中に助言とか助力とかしたこともあるしさ。

だけどさ、それは物語だけの話だよ。僕は確かに何千年と生きて居るけれど、それだけ精神的に老塾してたら僕はとっくに老衰死してるから。

基本僕ってガキなの、うん自覚してる。直す気は更々ないけど。」

と、彼は割と一方的に話を展開してくる。


「仮に物語の予定調和のように、ちちんぷいぷいってな具合に助けてやるのには別に構わないのよ。やぶさかじゃない。だって僕以外のヒト一人の命なんてどうでも良いしさ。

ぶっちゃけ、僕って君が暮らしてた所みたいな人間が大嫌いなわけ。ウジ虫みたいに色んなところに沸いてさ、気持ち悪いとは思わないのかな?

テントウムシの冬越えってみたことある? 一か所にわらわらと集まってて、気持ち悪いったらありゃしない。

分かるかな? 僕にとって虫けらの命とヒトの命なんて同じなんだよ。だって博愛主義者だからね。あはははははははは!!」

一人で勝手に捲し立てて、勝手に笑いだした。

俺は、何とか辛うじて愛想笑いで応じるしかできなかった。



「嘘だよ。僕は魔術師だもん。すごく差別的だよ。嫌いな奴の顔を見るとね、無性に殺したくなったりもする。」

そして、急に冷たい声で『黒の君』が言った。






「特に、魔族なんかとつるんでる君みたいな、人類の恥知らず何かはね。」




その時、俺は少なくともそこに彼が嘗て人類の為に魔王と戦ったと言う面影を感じた。

恐怖で凍りついていた俺は、何とか口を開いた。




「・・・・やっぱり、魔王って、もしわしの味方になれば世界の半分をやろう、とか、これから第二第三の私が~とか捨て台詞を残したりしたんですか?」

もうちょっと気の利いた言葉が出なかったのだろうか、俺は。

しかも後者は魔王の言葉じゃねーじゃん。



「いや、四番目は真面目な奴だったからね。僕の住んでた国を魔物の軍勢で包囲して、七日待ってやるから自らの振る舞いを決めるがいい、とかは言われたね。だいたい二千万。」

「二千万・・・。」

「当時の世界人口はだいたい千八百万ぐらいだったから、あれはマジで全滅させに来てたね。その時は自分でもよく勝てたとは思ったけど。」

そう答えてくれる辺り、『黒の君』とやらはノリが良い奴らしかった。



「しかもあの野郎、あの後、性懲りもなくまた復活しやがったんだよ。ああ、僕らが倒した四番目は復活した奴だったんだよ、新しく誕生した奴じゃなくてね。

あいつは経験豊富な魔王でさ、普通ならまず勝てないんだろうけれど、それはほら、人類みな一つになって戦ったって感じで何とかなったわけよ。」

「・・・・はぁ。」

「だからこそ、地上のあんな醜い有様は許せないね。」

重い言葉だった。




「だけど魔族はもっと許せないね。あいつらの所為で僕は何度も酷い目に会ったし、国の同胞を何人も失った。連中はそいつらの末裔だ。

君がちゃんと自分は人類だと証明すれば、僕は君に協力してあげる。

さしあたっては、適当に誰か殺してきてよ。」

「それは・・・・・。」

俺は、言った。



「それは、できない。」

俺は言えた。



「なんでさ。君は奴隷扱いなんだろ? 人間としての尊厳を限りなく奪われているんだよ。人間はね、人間として見られなければ人間じゃ無くなるんだよ。これは客観性の問題だ。」

「じゃあ、人間じゃなくて良いです。

あんたが醜いと言った地上の人間じゃなくて良い。」

「君はそれで良いのかい? 君は助けたい人がいるんだろう?」

「そこまで理解できているわけじゃないが、あいつはそんな事望んでないと思うんです。分かってます、すごく身勝手な言葉だって。キレイ事を言う時に使う言葉だって分かってる。」

まるでエクレシアがもう死んだみたいな言い方だったかもしれないが、もうここまで来たら俺は腹を括った。




「――――だから俺はあいつと一緒に地獄に堕ちる。

同じ人間じゃないからと言って、恩人たちに仇を成すくらいなら、あんたに魔族として殺されて死んだ方がまだマシだ。」

その時は、俺の魂もあの悪魔とやらにくれてやろう。




「そうかい、じゃあもう君は人類失格だね。」

『黒の君』の声音に、感情は無かった。



「道理で、君に人間として魅力が無いとは思ったよ。だって君は人間じゃないんだから。

魔王に魂を売ったエルフ族は褐色の肌と砂漠の領地を与えられたと言う。森住む妖精種の彼らにとって死に等しい仕打ちだ。

君も死地に居たせいでそんな風になってしまったのかもね。」

「魔族はあなたを苦しめたかもしれないが、あいつらはその子孫だ。親の罪が子の代にまで受け継がれるなんて野蛮な考えは人間だけだと思います。」

「違いないね。」

そこまで言って、『黒の君』は再び笑みを浮かべた。




「お似合いだよ、とだけ言っておくよ。

君と君の助けたい彼女は、一緒に地獄に堕ちるべきだ。僕は多分行く事は無いけれど。」

そして、『黒の君』は初めて俺の目を見た。



「二つ条件が有る。それで彼女を助ける手伝いをしてやろう。」

彼は二本の指を立ててそう言った。




「ふたつ・・?」

「なに、難しい事じゃない。一つ目はそう、君について教えてほしいな。」

俺は『黒の君』の意図がまるで分からなかった。


「俺について・・・?」

「そう。あとさ、君って失礼だよ。僕はちゃんと名乗ったよ。君も名乗れよ。」

急に当たり前のことを当たり前のように言うのは、ちょっと卑怯だと思った。




「辻本、命・・です。えっと、字で書くと・・。」

「ああ、漢字はいいよ。僕って漢字は苦手でね。ほら、漢字って絵みたいなものだから、意味で認識しちゃって読みにくいから嫌なんだ。

僕はあらゆる魔術を会得したって触れ込みだけど、中華系はノータッチだから。中国の英雄なんて曹操とか有名どころしか知らないよ。」

「え、だってあんたって全知全能なんだろ?」

思わず敬語が抜けてしまった。



「調べれば分かる事を何でいちいち覚えないといけないんだよ。魔術の理論を構築する上での大まかな思想や概要だけで十分だったよ。」

アインシュタインか、あんたは。


「それに結果的に何でも出来るってだけで、別に手段は限られてる。

神様の奇跡みたいに過程を無視してパパーッてなるわけじゃない。万能ではあっても、君の想像する全能とは違うね。」

「・・・・・・。」

俺の話してないことまで知っている上に、こっちの事情をだいたい把握しているくせに。

どこまでが本当かわからないのが、喰えない奴なのは分かった。



「しかし、自信が無さそうだったね。それとも名前の芯が無いのかな?

名前は魂の定義だよ。自分の名前に誇りを持てないようじゃ、基準や主体性が有りませんって言ってるようなものだよ。」

「・・・・・・。」

「ああ、多分これは君の性質だ。君の歳まで言って性格を矯正するのはそれこそ劇的な体験が必要だろうけれど、これは変えようがない。

人間として魅力が無いのは当然だよ、君は人間と言う社会に適合出来ない。これは資質の問題だ。

僕の知り合い、いや、あいつを知り合いとか呼びたくないけれど、人殺しの資質を持った生粋と言うか純粋と言うか、天性の殺人鬼が居たんだ。それと同じ。」

凄いのが引き合いに出された。



「だけど、それはそれで魅力が有る奴だった。魔性だったけれど。

君の魅力もそう言う類の、人間の感覚じゃ分からないのかもしれない。犬笛みたいに、周波数が違ったりしてさ。」

「俺は生まれてこの方、もてた事なんて一度も無いんですが。」

「じゃあこれからも無理なんじゃない? 言っておくけれど、惚れた腫れたって見た目が関係無いとか、性格が大事とか、そう言うの嘘だから。

人間が恋できる可能性は限定されているんだよ。そこに過程なんてあんまり関係無かったりするんだね。僕って占星術得意だからわかるんだけれど。そういう仕組みなの。

別に僻みとかじゃないよ? でも僕って誰かを愛したことなんて無いから客観的に見れるしね。まあ、ただの主観けれど。」

「・・・・・・・・・・。」

また一つ知りたくもない真実を知ってしまった気がする。



「だから僕は性格で人を見ない事にしているの。嘘だけど。

君みたいな人間って、きっと親に愛されていないでしょ?」

色々と言い返したかったが、ただの雑談に急所を突いてくるから俺には何も言えなかった。

何というか、クロムががんがん口を開いている時と同じで、話を遮りがたい雰囲気と言う物があるのだ。




「君さ、父親は? 母親は?」

多分、彼は分かっていて問うている。

知っているから言わなくても良い、じゃなくて、俺に言わせることに意味が有るのだろう。



「母親は、親父に嫌気がさして俺がガキの頃に出て行った。」

「ふーん。」

やっぱりと言うか、彼はその話を聞いて何の反応もしなかった。



「なにその顔は。頭の上に感嘆符とハテナマークでも浮かべて、あ、それは悪い事をきいたね、ごめんなさい、とか使い古されたテンプレじみた反応を期待してたのかな?」

彼は真面目な話より、こんな下らない事を言う方が好きな様子だった。



「親父は・・・殺した。機会があったから。」

「機会?」

敢えて、『黒の君』は問う。



「ある日家に帰ったら、刺されてたんだよ。母親が居たころから愛人とか連れ込む奴だったし、いつかは刺されて殺されるって思ってたけど、まさか本当にそうなるとは思わなかった。

その時はまだ生きてたんだ、だけど俺が止めを刺した。」

「どうして?」

「その時あいつ、俺に助けてくれって言ったんだよ。いつも死ねとか、金食い虫だとか言っているくせに。後先考えずにやった。そんなテレビの犯人みたいな動機で。」

「へぇ、酷い親だね。」

「他にも誰かいた痕跡とか有ったけど、そう言うのはいつも通りの家の中みたいにして無かったことにしようとした。

ほら、誰だか知らないけれど、あんなクソ親父の為に犯罪者になるのって、可哀そうだったって思ったからさ。それに、ちゃんと俺が殺したかったと言うのもある。」

独白するように、透明な心で俺はそう語った。


そう、機会が有ったから、殺した。

たぶん、機会が無かったら俺はそんなことはしなかったかもしれない。

真面目を振る舞っていたけれど、非行に走って家に帰らない日々が続いたかもしれない。



だが少なくとも、今は清々しいほど後悔はしていない。

それはエクレシアに懺悔したからなのか、それとも彼女の信じる神の力なのか、ただの時間経過でしかないのか、俺には分からない。


多分、これは異常な感情なのだろう。

人間として欠陥で、人類として失格なんだろう。




「気にする事ないと思うよ。人間にはね、始めから人を殺す事に抵抗を覚えない奴が時々いる。やるメリットが無いからやらないだけで、ね。

それに僕の住んでた国ではね、無能な上官はその場で処刑して良いって制度が有ったりもしたんだよ。良いと思うよ、ぶっ殺しちゃって。よくできたね。」

まるでお遣いを済ませた子供を褒めるみたいな扱いだった。



「あんたは、何も感じないのか? 人を殺す事に。」

「僕は死ぬのが嫌で、自分を殺したんだよ。僕以外の人間もそれこそ数えるのが不可能なほどにね。

殺さないと殺される、そう言う時代に生まれたんだよ僕は。罪悪感なんてね、始めから持ち合わせて居なかった。平等なんて価値観、君に会って初めて知ったくらいだよ。」

「・・・・もう、この話はいいだろ。」

もう、この人の生死観について知りたくもなかった。


仮にも英雄と呼ばれた人間なのだ、本当に彼は俺の想像の出来ない殺し合いを経てここまで来ているのだろう。

だからこそ、それに毒されたくはなかった。


彼の赦しを得て、自分が堕落するが嫌だった。彼は神ではないのだから。




「えー、もっと教えてよ。この箱の中って暇なんだよ。出来る事も限られてるし。

ただの控えなんだよ、僕は。外の情報を知るのも限られてる。」

まあ良いけれど、と『黒の君』はあっさり引いた。




「一つ目の条件かんりょー。ぱちぱちぱち。んじゃあ、二つ目の条件。

とは言っても、これは君には大した障害にはならないだろうけれど。」

そして、彼は次の条件を口にした。





「僕の伝える魔術の為に、人間、辞めろ。そして、その為だけに死ね。」


俺は息を呑んだ。




「具体的には、君の持ってる魔導書の知識を完全に会得し、後世に伝えるんだ。ただの紙の上じゃない生きた知識として、君の息子や娘にね。」

「よくわからない・・・です。」

額面通りの言葉が分からなかったのではない。


どうしてそんなことを要求するのかが、分からなかったのだ。




「僕の師匠の意思さ。僕の師匠は魔術の始祖とも言える人だった。

それまで魔術・・・いや“魔法”は体系化されず、全て一纏めにされていた。

基本的に一子相伝であり、詠唱もぐだぐだと長いし、効力は不安定だったし、修行方法も経験則で確立されていなかった。それを体系化して分類したのが今の“魔術”。

僕の師匠は偉大な人だった。僕もそうあるべきと師匠を目指し、偉大な人間になりたかった。」

「もう偉大な魔術師じゃないんですか?」

「ふふッ・・・。」

俺がそう言うと、彼は嘲笑した。多分だけれど、自嘲だ。



「僕が偉大な人間なら、君は聖人君子だね。」

それが当てはまるならエクレシアの奴は女神になっちゃうのかもしれない。



「で、僕は師匠の意思を継いで魔術を後世に残す為に色々やってるわけ。

その為にわざわざ弟子に今ここの『本部』と言うシステムを構築させたのさ。」

この人の弟子らしい『盟主』と言う人も大変だなぁ、と思った。


「魔術師になるってことは、人間辞めるのと同義だから、君にとっては今さらな話しだろうけれど。」

「・・・・・・。」

人間を辞める。

確かに、魔術師の魔術は人間としての能力を超えている。




「それこそ、便利な魔法みたいな物だと思って中途半端な気持ちでやるって言うなら許さない。死ぬまで付き合ってもらう。人生としてね。」

「あの魔導書みたいになれっていうのか?」

俺はあの魔導書のおぞましいと言うのもおこがましい姿が頭に浮かんだ。



「あれに同情しているのかい? あははは、君はただの物に哀憫を抱くなんて変態だねぇ。

勿論、ただ伝えるだけじゃダメだよ。提示されたものをそのまま使うなんて、自分には能力が無いって言っているようなものだからね。

自分なりに改良したり、調整したり、新しく作ったりして、いつか自身の集大成とも言える“自分だけの魔導書”を作らないと。

これからは勉強してその辺りを理解していかないときついかもしれないけれど、それが二つ目の条件だ。」

「・・・・・・・。」

学力毎年平均以下の頭に、難しい事を言ってくれる。




「その為のあの『パンドラの書』じゃないか。あれは君が使いこなせてないだけで、割と高性能なサポート機能が満載なんだけれど。

それにしても、パンドラの箱の魔具に関わり、パンドラを冠する魔導書を手にする・・・。数奇で、運命的だよね。君はあの魔導書を取るべくして手にしたってことだろうね。

んでさ、そろそろ返事くれない? やるの、やらないの?」

僕って短気なんだよね、と彼はおどけるように笑って言った。



「選択肢なんてないん・・・ですよね。」

「それは君の勘違いだよ。人間の選択肢なんて利害があるからそう見えるだけで、実際には如何様にもできる。まあ、それを言ったら選択する意味なんてものも無くなるけれど。」

「やる、やるよ・・・やり、ます。」

今さら後に引くようなら、そもそもここまで話し込んだりしないか。


俺は、いつかこの選択に対して後悔する日が来るのだろうか。

或いは偉大な師匠を持っていたと言う、彼のように。自分の選択を自嘲するような、そんな未来が。




「おっけー。契約は成立だ。だけど、助けるのは飽くまで君だよ。

僕は助力しかしないし、最終的に助かるかどうかは君次第になるだろうね。その為にも、もう一晩ほど君自身が入念に準備をすると良い。」

「・・・分かりました。」

ある意味で、俺はすべて任せろと言われるより安心した。


きっと彼は裏方に徹するつもりなのだ。

数々の童話で、魔法使いや賢者たちが主人公の手助けをしてきたように、そして、最終的な結末を迎えさせるために。




「そうさ、この一件の主人公は君たちだ。

だけど忘れない事だね、この世には、英雄たちが強大な敵に破れることで終焉を迎える物語が有ると言う事を。栄光と破滅は表裏一体、常に隣り合わせなんだよ。

さて、君たちの投げるコインは、一体どういう軌跡を描いて、一体どういう結果を齎すのかな? だから、僕は今からそれが楽しみでならないよ。

僕は人間誰しも何かしらの役割を持って生まれてくると思っているんだ。たとえそれが無残なものでもね。

まあ、何があっても僕が記録として残しておいてあげるから。

君たちは自分の信じた道を進めばいいさ。それしかできないんだから。」

じゃあまた二十四時間後にね、と言って『黒の君』は軽く手を振った。



それを境に、急速に意識が浮上した。







・・・・

・・・・・

・・・・・・





水泳で水の中に潜ったときに、水面に上がるような感覚で、俺は現実の世界へと目を覚ました。

同時に、現実を思い出したように俺の体には鈍痛が残っている。



「その様子じゃ、成功したみたいだねぇ。」

ラミアの婆さんの声が聞こえた。


「大丈夫かしら? 一応治癒は施したけど。」

背中にやたら柔らかい感触が有ると思ったら、サイリスが俺の肩を抱いて起こしてくれたようだった。



「なんとか・・・・。」

どうやら俺が『黒の君』に遭遇することは事前に話し合いがなされていたのだろう。

道理で、先ほどの皆の反応が普段より鈍く、重々しかった訳である。


あんな人の枠組みを外れた魔術師に会うなんて、誰だって嫌だと思うだろう。

妙に皆が協力的だったのもこの辺に理由が有るのかもしれない。




「大師匠は何て?」

そう問うたクロムの表情に普段の軽々しさは無かった。


そう言えばすっかり忘れていたが、俺があの人に対する敬称は「大師匠」だった。次からは気を付けよう。



「協力は何とか取りつけられた。

二十四時間後にまでに俺が準備を整えろと・・・。」

サイリスの治癒魔術が聞いていたのか、滞りなくそう言えた。


「まさか生きて帰れるとはね。」

クラウンも珍しく賞賛気味である。何だか、大師匠が魔族の間でどのように伝えられているのかが気になってきた。





「悪い、今日は疲れたからもう寝て良いか?」

「ん? ああ、それが良いと思うよ。どうせ人間なんて夜にできる事なんか限られてるし。」

クラウンに断って、俺はその場を後にした。




・・・・その日は、夢を見た。










こんにちは、ベイカーベイカーです。

実は、最後にメイがみた夢についてちょっと相談があります。


この後、彼はある夢をみます。

物語の進行上、ジャンキーと王李の馴れ初めと過去についての話を入れようかと思っていますが、二人の話はきれいにまとまっているので、このまま詳しいことは不明のままって事にするのもいいかと思うのです。


ただ、別にこれは物語の補完的な内容で、本編に組み込む必要はないのです。

そういうのは番外編でやれ、とかでも良いので、だれか意見を下さると嬉しいです。

ちなみに番外にすると必然的に長くなるので、エクレシアの救出はちょっと先延ばしになるかもしれません。

次話の構想は出来上がっているのですぐにでも続きを書きたいのですが、少なくとも今日いっぱいは考えていますので、何かあったらどうぞ。


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