第三話 力の行方
「そろそろ来る頃だと思っていたよ。」
いひひひひ、とラミアの婆さんは俺らを見て笑った。
―――『検索』、196ページ。
種族:ラミア カテゴリー:混成種・蛇類
性格:比較的温厚 危険度:B 友好性:高い
特徴:
下半身が蛇と人間の上半身を持つ上級魔族。
高い魔力を持ち、上級種には強力な魔眼を持つ種族もいる。
寿命は150年から200年ほどで、ヒトと動物の混成種族としては普通である。
人間の血や子供を好み、浚っては監禁して自ら“飼育”することもある。
その事実を含めても、人間との関係は(一方的にだが)良好に近い。
その感性は人間に近いのか、時には人間に化けて愛を交わしたりもする。当然ながら、大抵悲恋で終わる。
検証の結果、人間との繁殖は可能のようで、純粋の人間として生まれる確率は二割、ラミアとして誕生する確率が六割、残りは混血の人間として生まれるようである。
蛇は世界各地に古くから伝承に残っており、自身を触媒とした強力な呪術は非常に脅威である。
蛇は竜と何かと関連性が多く、ドレイク族との友好が確認されている。
魔眼などの邪視に対抗する手段は『邪視』の項目を参照すべし。
と、基本的な情報が文字として浮かび上がってくる。
早朝クラウンと共に彼の家を出て近くに居を構えるラミアの婆さんの家に俺たちはやって来た。
どうやらこの辺はかなりの隅っこらしい。
近くに“壁”があるのだから、隅の隅もいいところだが。
昨日、クラウンは本当にやってきた役人を誤魔化した・・というより、黙らした。
と言っても、俺が出るわけにもいかず、話を聞いただけだが。
対応に出たのは、リザードマンだったらしい。
リザードマンとは、ドレイク族の奴隷と言うか、完全に支配されている連中らしく、クラウンの奴が出ただけでへこへこして引き下がったとのこと。
「流石は、全て承知ですか。」
「伊達に長生きしてるわけじゃないからねぇ。」
種族からして傲慢なクラウンの奴も敬うくらいこのラミアの婆さんは凄い人物らしい。
まったく俺には実感できないが。
「お前さんがこの場所に飛んできたのは偶然かと思ってたけど、どうやらそうじゃないみたいだねぇ・・・」
「・・・どういう事ですか・・?」
俺が問うと、ラミアの婆さんは薄暗い部屋の中で、イヒヒヒ、と笑った。
「ちょちょい、と占ったのさ。お前さんが手にした魔導書と、この小箱。実は創った人間は同じなのさ。」
「・・・・え?」
俺は脳裏に刻まれた魔導書の文字列の最初のページを『検索』する。
一晩寝たら、この文字列は完全に俺の知識として定着し、簡単に引き出せるようになった。結構不思議な感覚である。
あの頭がおかしくなるような熱も、知恵熱の一種なのだろう。あの情報を無理やり絶対忘れられないように脳みそに刻んだのだ、そりゃあ痛くもなる。
「・・・W・F・・?」
冒頭のページに添えられた一文の、そう著作者の名が有った。
「恐れ多い名さ。この世で最も恐るべき魔術師にして、人間の英雄。
現在存在するあらゆる魔術に精通し、その全てに影響を与え、この“箱庭の園”を牛耳る魔術師の師でもある。
私如きがその名を口にするのも憚れる。彼は我々魔族を憎んでいるからね。」
しかしそんなことはどうでも良さそうに、彼女はそう言った。
「人は彼を『黒の君』と呼ぶ。我らの通り名は彼の怒りを買うだろうから、お前もそのように覚えておけば良いだろうねぇ。」
「・・・はい。」
俺は、その言葉に頷いた。
「ではひとつ、お前さん確認しておきたいことがある。」
「・・・なんでしょうか?」
蛇の胴体を縄のように束ねてその上に腰掛けるラミアの婆さんは思ったより小さい。
しかし、その迫力はドレイク族のクラウンにも匹敵する。
彼が年功を魔族の中で生きるのに必要な力と言ったのも納得できるというものだ。
「お前さんは、これからはどうしたいんだい?」
「え・・?」
「その魔導書はお前さんに完璧な力を与えてくれるだろうよ。
だけどそれを使う目的がなければそれは宝の持ち腐れよ。
人間として我々魔族と戦うか? それとも魔王陛下の威光に服従し我ら魔族に属するか・・? お前は何をどうしたい?」
「俺は・・・・・」
何も考えていなかった。
俺は、クラウンから借り受けると言う形で貰った魔導書『パンドラの書』に目を落とした。
ただ死にたくないと言うことに必死で、偶然この魔導書に出会ってクラウンの気まぐれで命を拾ったようなものだ。
「偶然だと、思うかい?」
「え・・?」
まるで俺の心を読んだように、ラミアの婆さんはイヒヒヒと笑う。
「かの『黒の君』は、完璧な永久機関を作成することに成功し、己の製作した魔具の全てにそれを反映し、世界にばら撒いた。中には一つで世界のバランスを破壊しかねないほどの代物も有ると言う。
その魔導書だけでもただでさえ衰退気味の我ら魔族の勢力を一気に撃滅させるだけの力が有りかねない。いや、有るだろう。
なれば、この老骨は死力を尽くして陛下の為にお前さんが力をつける前に殺さねばなるまい。故郷にはひ孫まで居ることだしね。
しかし、その魔導書の防衛機能が内蔵された魔力を尽きるまでお前を守るだろう。あらゆる意味で、完璧なのだよ、その魔導書は。
・・・・お前さんは、選択が許されているのさ。
人間のまま死ぬまで戦うか、魔族に服して殉じるか。」
語り部のように婆さんは語る。
「その魔導書には、人間の魂が材料として使われている。装丁に人の皮が使われているなんて、それに比べればまだ可愛らしいものさ。
それが所有者として適した人間か自ら選別する。そして、どれだけ離れようとも、本当に必要とする者の手に渡るようになっている。
故に、聞くまでもないことだがねぇ。・・・・お前さんは、どうしたい?」
「・・・・・俺は・・・。」
俺は人間のためになんか戦って魔族を如何こうしたり、魔族や魔王陛下とやらの為に戦ったりなんてしたいとも思っていない。
そんな確たる意志もない俺に、そんな崇高な魔導書とやらが俺を持ち主として指名すること自体がおかしい。
俺はこの魔導書に何を求めているのか、それすらもあやふやなのだ。
「・・・・・どうやら、本気で分かっていないようだねぇ。」
俺の顔色を窺って、ラミアの婆さんはそう呟いた。
「どうせ運命がお前さんの安寧を許さんよ。遅かれ早かれ、どうするか決めることになるだろうねぇ。
・・・・クラウン、お前さんが見届けな。こいつがどういう選択をするのか、をね。」
「ええ、こんなに興味深い人間は初めてですから。非常に、楽しみです。」
「それと、“代表”に遣いを。こんな事態じゃ・・・、情勢が動くと見た。
竜神様から何かしらのお告げを受けているかもしれぬ。」
「それはそれは・・・・生け贄の儀式はまだ先ですよ。」
クラウンが生け贄の儀式と言うだけで俺は背筋が震えそうになった。
ラミア族はドレイク族と交友があるだけあって、ラミア族もドレイク族が崇拝する竜神を信仰している者も多いという情報が知識から浮かび上がる。
このラミアの婆さんも、その竜神様とやらを信仰していてもおかしくはないのだ。
「時勢が荒れているからねぇ、最後の陛下が倒されて千年余り。
陛下に頼らず決起すべしと騒ぐ馬鹿が増えていると聞く。
四代目魔王陛下の時代はこちらが人類の数を上回っていたと言うのに敗北を記したと言うことを忘れているのさ。
そう簡単に勝てる相手なら陛下も“代表”も苦労しない。今は雌伏の時なのじゃ。時が満まで待たねば、勝てる戦も勝てぬからな。」
「歯がゆいですねぇ・・・・」
「魔族と人類、お互い喰い争いながら決着は着かない。
そういう仕組みなのだから仕方が無い。だからこそ、この大事な時期に我々の決定的な敗北は許されぬのじゃよ。」
「ええ・・・・」
クラウンは目を伏せて頷いた。
そして、彼は振り返って俺の方に向き直った。
「さて、メイ。次はオーガロードの旦那に挨拶に行くよ。」
俺は誰だそれ、とは言わなかった。
ご丁寧に俺の頭に植え付けられた魔導書の知識には文字ばかりだと言うのに挿絵まである。
それによると、最初に凄んできた褐色肌の鬼のような奴だと一致した。
あの時は暗かったから良く見えなかったが、結構毛深い体をしているようだ。
それ以外は寸胴っぽい外見と歪んだような顔以外は人間に近い。
「あのでかい奴だろ? どうしてあいつに?」
でかいと言っても、いつも食事を運んできてくれるオークと大体同じくらいだ。
ドレイク族のクラウンは俺と同じくらいの身長なのに。種族によって結構ばらつきがあるようだ。
「彼は第一層にある宮殿から派遣された騎士・・つまり、この辺の領主さ。
本来なら魔王陛下がおわす宮殿なんだけど、千年もの空席から“不在宮”と揶揄されているけどね。
今は“代表”が取り仕切っているけど、統治が満足に行き届いているとは言えないね。陛下以外に黙って従う連中ばかりじゃないし。
見えないところで略奪なんか横行してるって聞くよ。」
「魔族同士でか?」
「普通、大きな町でもなければ、同種族同士じゃないと仲間だと思わない連中ばかりだよ。
ここは結構多種族が暮らしてるけど、はみ出し者が行き着いた端っこなんだよ。」
「なるほど・・・・。」
それを纏められる魔王陛下とやらはどんな存在なのかと思ってしまった。
そして、その騎士のところに行くために集落の中心を歩くことになる。
何種族もの魔族によって人通りもそれなりに多く、露天や店屋も結構あるのに活気というものはまるでなかった。
自分達が自分達の必要なことをして、それで終わり。
人類も言えた義理ではないが、魔族も協調性は皆無のようだ。
ただ淡々と生きているだけに思えるのは、俺もそんな人間だからだろうか。
魔族も一般人に相当する生産者もいる筈なのだから、そんなはずはないだろうが。
もっと皆が皆、戦闘種族みたいに闘いの準備をしているイメージを抱いていたが、今思うと失礼な話である。
『パンドラの書』には、100種類以上の魔族が記録されているが、既にその四割が絶滅していると出ている。
そして、人間と同等かそれ以上の知能を持つ”上級魔族“は全体の数から一割、”下級魔族“が残りの九割の数を占めている、と書には出ている。
魔族同士で争いが絶えないのは、恐らくそれが理由だろう。
学校などの教育機関なんて無さそうだし、基本的に知性が低かったり、そもそも会話できるほどの知能がなかったりするのだろう。
・・・・おっと、会話できないような連中は、“魔物”と区別されているようだ。
そしてクラウンが言っていたように、魔物の変異種や上級種が“魔獣”と称されるらしい。
分類の仕方はこれで十分だ。
そんな風に自分の物ではない知識を整理し、己の物にする作業を行う。
そうでもしていないと、じろじろと魔族の連中の視線が気になって仕方がない。
「あ、忘れてた。」
すると、突然ぽんと手を打ってクラウンが言った。
なにが、と俺が言う前に、ガシャン、と俺の首に何か嵌められた。
「当面は僕の召使いって感じで。嫌なら奴隷でも良いけど。」
「召使いで良い・・・・」
「とりあえずはそれで、この村で君を害そうとするやつは僕の敵とみなされる。なにせ、君は僕の所有物という扱いだからね。」
魔族はかなりガチガチの縦社会であり、上位種の機嫌一つで下は簡単に首を落とされることも良くあることらしい。
その点、ドレイクに逆らおうなんて種族は同族の上位種くらいだろう。
そして、昨日は面白いオモチャを手に入れたと吹聴しまくっていたとクラウンは言っていたし、そう言う事なのだろう、と俺は納得することにしておいた。
人間にも黒人や白人がいるように、同種族にも何種類か居るようだ。
ただ、魔族は人間と違い明確に上位関係あり、段階的に特徴や能力が違うようだ。通常種、上位種、最上位種、という感じに。
そして、これから会うのはオーガ族のロード種ということになる。“ロード”はその種族の最も希少で強大な最上位種のことである。
種族によっては呼び方も違うので、結構面倒である。
それで、そのオーガロードは村の中心に近いそれなりに立派な屋敷を構えていた。
この集落は村と言っても日本のように木造ではなく、魔族の家はむき出しの石をレンガのように切り出して積み上げたローマ建築に似ている。
それにしてもここだけは大きな塀も付いているし、周囲の民家より数段上である。
「いざとなったら民間人を避難させる場所だからね。騎士様も大変だろうね。最近大変だから、色々と気を揉むだろうし。」
それについてクラウンに問うとそんな答えが返ってきた。
「最近物騒だとか言ってたけど、そんなにか?」
「オーガ族の種族性に合わないからねぇ、色々と考えるのは。」
ふふふ、とクラウンは笑う。実際にはぎゃーぎゃーと怪獣のような声だが。
中に入ると、オーガス(オーガの女性形)の夫人が出迎えてくれた。
人間の俺から見ても結構美人である。日本では鬼と訳され伝えられるオーガ族は容姿が比較的に人間に近いからだろうか。
日本では鬼は禍々しく描かれているが、旦那と違って女性は違うらしい。俺が知らないだけかもしれないが。
「待たせたな。」
そして、領主のオーガロードが入ってきた。
―――『検索』、189ページ。
種族:オーガ(ロード:最上位種) カテゴリー:人型・怪異
性格:極めて凶暴 危険度:A 友好性:皆無
特徴:
基本的なことは通常種のオーガ族と変更はない。詳しくは『オーガ』の項目を参照。
ただ、知性が下位種族より高く、人間には及ばないもののそれなりに複雑なことを考えるくらいの知能を持っている。
このロード種に限っては上級魔族に分類できる。
戦闘能力は極めて高く、数もそれなりに多いので魔王の軍勢ではトロール族に並んで主力である。
鎧などで完全武装した人間を素手で軽く殴り殺せるくらいの怪力を持ち、厚さ十五センチの鉄板を片手で曲げるほどである。
彼らは人間を倒すことを己の武勇の証明だと思っており、人間を見かけたのならまず間違いなく襲ってくる。
己の戦いに誇りを持っているのか、特に一対一を好み、向かってくる相手は正々堂々と戦い、逃げる相手には捕まえてから残虐に殺す。
知性は高くなっていても、単純なのは変わりない。
複雑な思考を避ける傾向にあり、力押しが目立つ。
しかし、その力押しが単純で強力であり厄介極まりない。
正面からの戦闘は出来る限り避けた方が良いだろう。失敗して怒らせると手が付けられなくなるので、引き際を弁えることを留意すべし。
という知識を再確認し、俺はオーガロードの騎士を見据えた。
こうしてみるとかなり迫力がある。
オーガロードの騎士は明らかに不機嫌そうに俺を睨んだ後、クラウンにその視線を滑らせた。
「そっちから来るとはいい心がけだ。役人から聞いたぞ、この変人め。」
「やっぱり聞いてたかい?」
「当然だろう、横暴をそう簡単に許すようでは政府などいらん。」
「政府なんて呼べるほど上等じゃないでしょ、結局は暴力なんだから。」
「だが、我々魔族にも道理はある。お前のやったことはそこらの盗賊と変わらんよ。」
「おいおい、誇り高きドレイクの僕を言うに事欠いて盗賊だって?」
飄々と受け答えていたクラウンも、その一言で眉を顰めた。
「当然だ。宮殿へ引き渡すはずの人間を横から掠め取ったのだからな。」
「人間の一匹二匹、どうってことないでしょ。」
「ああ、だからお前の顔を立てて金で解決することにした。」
わお、とそれにはクラウンにも驚いたようだった。
「我々の住む十階層以下の人間の数は厳格に管理されているのは知っているな?
だから取引が合ったと言う事実を打ちたて、それを認識させることにした。」
「随分と強引な裏技だねぇ・・。」
「道理を立てただけだ。実質賄賂にも近いが、これで向こうの帳簿にはこの階層に居る人間の数にプラス1されるわけだ。
過程が変わるだけで結果は同じ。お前が人間の買い付けに行ってそれがお前の手に渡るなら、その手間を省いたと言うことになる。合理的だ。」
感謝して欲しいな、とふんぞり返って不機嫌そうにオーガロードの騎士は言う。
「・・・・・いったいどれくらい掛かった?」
「人間の相場に、横紙破りの追加分、俺への手間賃を含めて、これだけになるな。」
あらかじめ用意していたのか、彼は領収書らしき物をクラウンに突きつけた。
「一年は遊べるね・・・まあ、僕が稼ぐわけじゃないから良いけど。」
「え!?」
「誰がただで助けてやるなんて言ったかい?
僕は君の主人だし餌代くらいは面倒見るけど、それ以外は知らないよ。そもそもそんな大金持っているわけじゃないし。」
「あんたに少しでも恩を感じた俺が馬鹿だったよ・・・・。」
俺は落胆と同時に頭痛がぶり返す気分だった。
しかもこいつら、さっきから俺のことをそれだとか、餌代だとか、完全にモノ扱いである。
「しかし、これで君も完全に魔族として認識されたわけだ。もう君は人類じゃない、人間という種族の魔族さ。」
「・・・・・・・そんなんで良いのかよ・・。」
「今は絶滅したエルフ族も、魔王陛下に服従し、砂漠に領地を与えられ長い年月と共に褐色の肌を得てダークエルフと称されるようになった。
つまり、陛下の懐は広いのさ。人間の一匹ぐらい引き入れても問題は無いさ。」
魔族も案外いい加減であるようだ。
これでは『パンドラの書』を編纂するために魔族の生態を調べた『黒の君』が可哀想である。
「まあ、それも良いけど。」
俺は溜息を吐きながら呟いた。
「おやおや、君は人類の一員としての誇りはないのかい?」
「今の人類に誇りを持てるほど俺は隣人を愛していないさ。」
興味深そうに訊いて来るクラウンに適当に返しておくと、オーガロードの騎士が咳払いをした。
「お前は色々と村の為に働いてくれているから俺が立て替えておいたが、ちゃんと返してもらうぞ。良いな?」
「それはもちろん、返すのはこっちの人間だけど。」
「ちょっと待てよ、俺にお金を返す当てなんてないぞ。」
当然の事ながら俺は魔族の金は勿論、働き口すらない。
それでどうやって金を返せと言うのか。
「君には力があるだろう? いや、まだ予定だけど。」
「人間など出来ることなど高が知れている。全く無駄な買い物をしたな。
・・・・・ああ、それといつものをこの場所の頼むぞ。」
そう言って地図らしきものをクラウンに渡すと、オーガロードの騎士は、用事は終わったと踵を返して部屋から出て行った。
俺のことなんてまるで意に介していないようだった。
『パンドラの書』の知識を見る限り、魔族の人間に対する対応なんてそんなもんだろうとは思うけど。
「うーん、それじゃあ、僕の用事を済ませたら今日は帰ろう。」
「・・・次はどこだ?」
「今騎士殿に頼まれた用事を済ませないとね。
どうせ君も暇だろうから付き合ってもらおうと思ってね。」
「好きで暇なんじゃねーよ。」
「それは悪かった。だけど僕ら魔族の力を知っておくいい機会だと思うよ?」
「・・・・・・はいはい。」
どうせ自分には拒否権なんてないのだから、適当に頷いておいた。
・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・
「恐れ入ったかい?」
「・・・・ああ、恐れ入った。」
俺は思わず頷くしかなかった。
あの後向かったのは村の外れである。
畑が広がっていることから、農地であるのはすぐに分かった。
目的地にはいつも食事を届けてくれるオークが居た。
どうやら彼は農夫らしく、カボチャくらいの大きさのジャガイモみたいな作物を収穫していた。
と言っても、収穫はもう殆ど終わっているようで、うず高く詰まれた作物が荷台に積まれていた。
残っているのは蔓だらけ畑である。
それをクラウンは、
「ふん。」
と、蹴り上げただけで土が盛り上がり津波のように畑の向こうまで一気に掘り返してしまったのである。
しかも、結構太かった蔓も一つも見当たらない。後は向こうに積みあがった土を元に戻せば次の作物を植えることができるだろう。
まあ、連作するかどうかは知らないが。
「こんな感じで旦那の依頼を受けて僕は食いつないでいるのさ。
だけど、こんなのは準備運動だよ。この間なんて川の治水作業を一人でやったんだからね。」
「普通に平和利用でそっちの方が俺は驚いたけどな。」
どうしても先行するイメージというものがあるので、そんな感想を思わず俺は述べてしまった。
「僕らは年中人間を襲ってるわけじゃないさ、そもそも住み分けているんだからそうそう争いごとなんて起きないよ。」
「そりゃあ、そうだけどさ・・・。」
「まあ、毎日のように無意味に殺しあってる人間の考えそうなことだよね。」
クラウンの嫌味に、俺は反論する気も起きなかった。
すると、その時、カンカン、と金だらいを打ち鳴らすような音が聞こえた。
「盗賊だああぁぁぁぁ!!!」
そして、そんな叫び声が農地に響いたのである。