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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
二章 悪魔騒乱
37/122

第三十二話 復活の『悪魔』






「協力感謝する、悪名高き“死神”ロイド。

黒魔術の使い手とは言え、この行いは確かに神に届くことだろう。」

「それは皮肉で言ってるのかい、管区長マスターさん。」

顰めた表情を隠そうとしないまま、“処刑人”ロイドはジュリアスと遭遇した。


「地上では同胞が何人も世話になったと聞く。

状況が状況でなければそっ首叩き落としてやりたいところだが、今この部隊の全権を預かるこの私が身勝手な振る舞いをするわけにはいかないからな。」

「魔術での戦闘は、その相性が勝因の大半を占めるが、実戦はそれだけではないことを学んでくれたようで結構だ。」

言わずもがな、両者の空気は凄まじく険悪だった。



「初めて知りました。ロイドさん、そのように呼ばれていたのですか。」

「フウセンの奴が聞いたら笑うだろうからお前らには言わないようにしてたんだよ。」

意外そうなフウリンの態度にも、ロイドは苦々しそうな表情になるだけだった。



「知らなかったのか、フウリン。

彼はパッと出の一代成り上がりであるにも関わらず、呪殺や呪詛などの呪術に突出した才能を持ちながら十代前半でこの“本部”から離反し、対人戦闘では未だ無敗を貫いている天才だ。」

ジュリアスの言葉には賞賛の中に隠そうともしない刺々しさがありありとあった。


「お前ら、知り合いか?」

「ええ、まあ。自分は生まれてすぐ教会に預けられたので、名前は親ではなく担当になった神父様から貰ったものなのです。」

お陰で本名は日本人らしくありませんが、と悪魔憑きであるフウリンは躊躇い無く事実を口にした。


当然ながら、フウリンは偽名というか、魔術師としての名である。

そこに日本語を持ってくる辺り、彼のコンプレックスが窺い知れるというものだった。



「ああ、一応教会所属なのかお前。」

「はい。私のような人間が教会の庇護を受けないで生きるなんて、虐待してくださいと言っているようなものですから。

それでも堂々と教会の身内であるとは公言できませんから、『盟主』の下に。」

「なるほどなぁ。」

十近く離れているのに彼は壮絶な人生を送っているようだ。

フウリンの悪魔は心臓と一体化してるのだから無理にも祓えないだろうし、茹で釜に入れられなかっただけ良心的だなとロイドは思っていた。




「午後には総長が最精鋭のパラディンをを連れてこちらに到着なさるだろう。

そうすればこちらが一気に攻勢を掛けられる。

唯一の懸念は『カーディナル』だが、あの方に限って万が一のことは無いだろうが、それでも相手が相手だ。最悪は想定するか。」

「つーか、こんな事態になってるのにあんたらの総長は何してんだよ。

多分地上に行ってるんだろうとは思うが、主力引きつれて何するつもりだったんだ?」

騎士団の扱う神聖魔術の体系は、長所がはっきりしている分、弱点もかなりはっきりしている。


まず、探査能力が壊滅的。それは中世の暗黒時代に蔓延った魔女狩りの歴史が物語っている。

彼らの捜索と言えば、人海戦術や聞き込みと言った、そう言うレベルなのだ。

故に主力をつぎ込んで叩くとなれば、もう既に敵を発見していると言う事に成る。


次に機動力が無い。これは重装備だからではなく、集団で行動しているのだから、どうしても個人で動くことの多い黒魔術師にフットワークで劣る。


他には個人の火力が低いこともあるが、それは集団戦でカバーできる。

あとは使える魔術は間接攻撃が無くは無いが、効率が悪いし重装甲に任せた打撃戦の方が手っ取り早いし、安上がりなのだ。

組織を運用するのに金が掛かるとか、欠点を挙げたら切りがない。



つまり何が言いたいかと言うと、防衛戦力が最低限の数しかいなくなるまで主力に戦力を割く何かがあったのか、とロイドは問うているのだ。

それだけ騎士団に戦略的重要な局面があったのだろ、と彼は考えている。



「極秘任務だ。詳しいことは知らないが、何でも総長曰く、伝統だとか。」

「伝統?」

「ここ六十年もの間、動きを見せない“連中”の強行偵察だとか。」

十分知ってるじゃないか、とロイドは思わず突っ込みそうになった。


「連中・・・ああ、“連中”か。」

聖堂騎士団が敵対できる・・・・・存在など、限られている。

その中でも伝統と言えるだけ特に因縁深い連中と有名なのは、一つしかない。




「まさか、あの吸血鬼集団“ノーブルブラッド”ですか?」

フウリンが回答を口にした。


彼らは、恐るべき吸血鬼殺しの魔剣を携えた真祖の吸血鬼こと通称“伯爵”が率いる五十余りの吸血鬼の軍団である。

その全てが首領の直系で、誰もが強力な力を受け継いでいると言う。


具体的に言えば、ドレイクのような上級魔族が五十人近くいるようなものである。

そんな事態はそれこそ魔王が復活でもして最終決戦でも起きない限りは起こらないのであるが、彼らは千年近く、それこそ騎士団創設の時より昔から存在し、お互いに殺し合いを続けている。

聖堂騎士団が主力の全てを注ぎ込むのも分からなくはない話だった。



「総長の話によれば、それまでは十年に一度は剣を交えてそうだが、この所ヨーロッパ各支部での小競り合いの一つも起こっていないらしい。

それどころか、普段はヨーロッパ各地に分散している連中が、ここ十数年間もずっとひと塊りになって行動しているらしいのだ。」

「それは・・・怪しいな。」

自分にそんな時間があるんだったら大規模儀式魔術でも準備するな、とロイドは言った。


吸血鬼の集団、と聞けば禍々しい印象を受けるだろう。

しかし、“ノーブルブラッド”は少々毛色が違う。


彼らは、その首領リリスは元人間であるらしく、その事に誇りを持って生きており、魔性に満ちた行いを否定している。

自然発生した低級の吸血鬼を狩り、邪悪な魔術師が居れば殴り込み、通りがかった村が窮地に陥ろうものならその脅威を排除する。

自分たちの吸血行為すら厳格に管理し、果てには善行を旨としているらしい。


“吸血鬼”の概念を覆す、何ともチグハグで矛盾した連中なのだ。



しかし、そこはアンデッドを赦さぬ聖堂騎士団。

吸血鬼が善行とか笑わせんな、といった具合に両者の仲は先ほど語った通り。



「まさか、・・・幹部クラスの誰かが、己の衝動に負けたとか、か?」

「そのような報告は無いが、それを想定しての行動だ。」

「なるほどな。」

ロイドは漸く合点がいったようだった。


例えば首領のリリス、通称“伯爵”だが、文字通り伯爵級悪魔ほどの実力を持っているらしい。

リネンが召喚した無階級の名無し上級悪魔でさえ、人間からすれば笑えない強さなのに、それが爵位持ちの悪魔となれば伝説に成るレベルである。


そんなのが己の本能のままに暴れたら、国単位で地図を書き変えなくなければならないだろう。



なるほど、昔から彼女と戦い続けている騎士総長が出向くのが最適ではある。

あわよくば、それを口実に殲滅をしようと思っているのだろう。


だが、今回はその隙を突かれた形となる。

この一件は聖堂騎士団にとって非常に苦い教訓となるだろう。




「(とは言え、劣勢とは言えこう着状態が続くなんて他の魔術体系じゃありえないけれどな。この結束力が宗教系の魔術体系の恐ろしさだよな。)」

合理的判断をするなら、一か所に立て篭もって籠城するのが最も賢いだろう。

援軍は期待できるこの状況なら、自分たちの神殿に引きこもって防戦をすればここまで完敗はしなかっただろう。

むしろ、相性差で巻き返せたかもしれない。


だが、その際に巻き起こる被害は今のものとは比較に成らなかっただろう。

犠牲者など、きっと目も当てられない数に成っただろう。



魔術師そして指揮官として間違っていたと断ずるか、宗教家そして人間として正しかったかと称えられるか。

ロイドの興味はそこに有った。






「それにしても、フウセンは大丈夫でしょうか。」

「立派に足止めを果たしてるだろ。勝ち目はないだろうけれどな。」

もう既に向こうに戻ったジュリアスが騎士団を指揮しているおかげでロイドはサイネリアを悪魔の呪詛から守る役割を任せされている。

手が空いた彼は何もしていないかと思われるが、実際その通りだった。

だからわざわざジュリアスが嫌味を言いに来たのである。


それでも学生ゆえに“処刑人”の中では経験の少ないフウリンには精神的に支えになっているようだった。



「本来ならサイネリアの方が適任だったけどな。

悪魔を単体で安全に蹴散らせるフウセンは殲滅に回したかったが、今となっては詮無いことだな。」

「やはり、無理でしょうか・・・。」

「くどいぜフウリン。釈迦の掌で踊る孫悟空と同じだよ、ありゃあ。

世の中、才能だけで上手くいけるなんことなんざ、限界が有るんだよ。

古代竜の相手なんて、まさにそれだ。あれは“人間”と言う格の才能がカンストしても無理な相手だ。前提から間違ってる。フウリン、お前なら奴をどうやって倒す?」

「さぁ、皆目見当が付きません。」

神代から生きている古代竜なんて遭遇するシチュエーションが先ず無い。

想定できないリスクに、人間はあまりにも無力だ。



「そうか、じゃあ分かりやすく表現しよう。

お前、チェスの世界的プロに勝つにはどうすればいいと思う?」

「え? 私のチェスの腕なんて駒の動かし方を知っているくらいですよ。」

「はぁ、お前はバカだな。こんなの簡単だろ。」

ロイドは呆れたように溜息を吐いた。



「そうだな、ベースボール・・・いや、あれは人数が居るからフットボール、いや、これも人数が必要か。まあ、とにかく、相手の得意な種目で戦わなけりゃ良いんだよ。」

「それって、卑怯じゃないですか?」

問題にすらなっていない、とフウリンは不満げに言った。


「お前、戦争はスポーツと同じだと思うか?」

「いいえ。」

「そう言う事だよ、相手の敷いているルールに従うようじゃ、愚の骨頂だ。そいつは魔術師なんて言わねーんだよ。

自分の有利な法則ルールで、可能な限り一方的に戦い、出来る事なら即死させる魔術を持って一撃で仕留める。黒魔術師の骨子となる戦い方だ。

だから俺は敵の魔術師の工房に踏み込んだことなんて一度もない。

その為にターゲットを呪い殺す時は、一か月以上入念に準備するくらいの心構えだ。

敵の前に姿を出す時は、必ず殺し合いのチェックメイトを宣言した後だけだ。」

だからすぐに殴りに行くサイネリアとは全然合わない、と愚痴るロイド。



物理魔術を得意とするサイネリアと、呪術が得意なロイド。

二人の相性は良いようで、実は全く噛み合っていない。


弱点を補っている、と聞こえはいいが、実際二人が『盟主』に組まされた理由は、サイネリアがその二つ名にふさわしい破壊を撒き散らすから、可能な限り被害を抑えるため一撃必殺で相手を仕留めるロイドに白羽の矢が立ったと言うのが真相だ。


その結果、石橋を叩いて安全かどうか専門書を買って熟読した後に渡るような慎重すぎるロイドに痺れを切らし、サイネリアが独断専行するパターンがよくあるという状況だ。

それで毎回ロイドは彼女のフォローの回るはめになるのである。


所詮魔術師なんて集団になっても個人主義でしかないのである。




「つまり、こちらの土俵で勝負しろ、と?」

「相手に全力を出させないことを前提にするなら、これで大抵の相手には勝てる。

奴の常識で戦う必要なんてねーのさ、こっちの“常識”で戦わせてもらう。」

ロイドはフウリンに頷き返しながら答えた。



「つーか、お前はフウセンの運搬係で満足してんのかよ。」

「彼女は荒事が得意ですから。」

「魔術の世界は才能が殆ど全てと言っても過言じゃないが、才能のごり押しが通用するのは上級の魔術師ぐらいまでだぜ。魔術師の戦いってのは知的なんだよ。」

“処刑人”の仕事は無茶な裏仕事が専門であるが、仕事の振り分けは適材適所である。


『盟主』は為政者としての政治力は皆無だが、逆に軍師や参謀としてのセンスが凄まじく、裏から物事を操る知将タイプの魔術師なのだ。

だから大事な手駒である“処刑人”たちが絶対に無理と判断される任務には就かされないし、相性の悪いだろうと思われる敵に鉢会う事はまずない。


つまり、フウセンもフウリンも未だ勝てる戦いしかしたことが無いのだ。




そしてロイドも思春期の少年少女が、人よりちょっと特別な力が有るとそれを過信しすぎてしまうのはよく知っている。


彼もその口で“本部”から離反したのだから。

その結果、大いに痛い目を見たわけである。


魔術師なら自分の実力と相手の力量に天秤を掛けて、どう挑むのか決めるのは当たり前なのだ。

サイネリアだってその辺りは弁えて、相性が悪い相手にはロイドのやり方に口一つ挟まない。


電波に見えてかなり合理主義で現実主義者なのだ、彼女は。



そのような事を語っていると、ロイドはジュリアスの指揮の下、後方支援している騎士たちの合間から当の本人が出て来たのが見えた。

中世の騎士に混じるとバカみたいに浮いているから一目で見わけが付いた。



「あのバカは一度痛い目見ればいいさ。・・・ん、サイネリア、掃討は終わったのか?」

「ううん、でももう騎士団の連中で大丈夫そうだからいったん戻る事にしたの★」

「そりゃあ懸命だ。」

どうやら、余計な危険が自分に降りかかる前に退散してきたようだ。



「ところでサイネリアさん、鏡の国から現れたあのジャバウォックに挑む気はないかい?」

「それにはヴォーパルソードが必要ね♪」

「(なぜルイス・キャロル?)」

なぜか妙にノリノリなロイドといつも通りのサイネリアに、フウリンは首を傾げた。



「やれるか?」

「ちょっと妖精の国に取りに行ってくる。」

「オーケー。フウリン、出番だ。」

「はい、座標は?」

その妖精の国とやらの場所を尋ねたフウリンは、その答えを聞いて思わず、へっ、と驚いた。


その場所が、丁度この真下。

位置的に第二十六層だったのだ。



「妖精の国よ、よ、う、せ、い。」

彼女にデフォルメされた星のステッキを突きつけられて、フウリンはこくこくと頷いた。







―――――――――――――――――――――――――――――





魔剣。


剣は古来より権威や王位を象徴し、直接剣を抜いて斬り合う時代が過ぎ去った今も儀礼用としてこの世に存在している。

アーサー王伝説のエクスカリバー、日本では皇位を示す神器として天叢雲剣など、中には歴史を変えうる超高次元の一振りがそれに当たるだろう。


では魔剣とは、一般的に持ち主に不幸を齎し、中には邪悪な力を持つ物もある。



ところで、想像したことは無いだろうか?


伝説に登場する数々の魔剣妖刀聖剣、それらの出自が発揮している物があまりにも少ない、と。

大抵が、ドワーフなど妖精が鍛えた、天使が授けた等など、そう言った現実的に曖昧な表現をされているものである。

それどころか、調べれば英雄たちがそれらの剣を、何の説明もなく所持していた、と片付けられることも多くない。



ここで、かの『黒の君』はこう唱えた。


「物には魂が宿る。もしかしたら、我々が観測できないだけでそこに精神が介在しているかもしれない。昔から考えられてきた命題だ。

ではそれを是として、こういう考え方もありなのではないだろうか。

魔剣と呼ばれたり、曰くが付いたりして、魂が宿るに至った物品と“並列するどこかの世界”に存在する人間の魂の一つが同一である可能性。

私は人間にも地獄や冥府が有る様に、意思や魂を持った物品にもそれに相当する場所が存在するのを知っている。

意思が有り、魂が有るのなら、そこに物理的な距離は関係ない。

つまり、窮地に陥った別の世界の“自分”の下へと駆け付けてくる、そう言いたいのだ。

流石に“世界”と“世界”の境界は別の枝と枝だから不可能だが、この世、或いは別世界でのこの世から消えさり、その“物の墓場”と呼べるどこの次元とも属さない場所に送られ魂と意思だけに成った物品なら、それは可能だと断言する。

危機的状況下で、極限状態の精神の上で、なお且つそれらの物品が所有者として相応しいと認めた時、その魂にふさわしい形を得て新たな持ち主の下へ顕現する。

それは考えようによっては、妖精や天使に授かったと勘違いするのではなかろうか。

異世界の同一の魂が所有者として認めたのなら、彼らは歴史を変えうるチャンスを持っているとも考えられる。

――――――故に、僕はこれを王位や権威とは違う、新たな歴史を刻む力の象徴として“魔剣”と定義することにした。」




それを受け、魔術師はそれに更なる定義を付け加えた。


それは神代の、或いは異世界のオーパーツとしての側面である。

そう言った過去や既存の文明では説明できない存在が、滅びた世界から流れてくることが往々にして稀にあるからだ。


故に、魔剣は“剣”と称されても、その形が『剣』である必要はない。

それらには、太古より失われた魔術は数知れず、現在では再現できない性質、能力を兼ね備えている者も多い。(大抵が実用的ではないらしいが。)


“本部”はその強弱と性質を、最低Eから、最高SSSランクまで表記し、管理しようとした。

現在、この世界で確認されているだけで三百本余り。

それが多いか、少ないかは、意見が分かれるところである。



だが、こう言う見方もある。

“魔剣”を手にする事が出来る人間は、ある種の“資質”を持っている、と。


それは即ち、英雄の資格であり、世界を変えうる資質である、と。

六十何億の人間から、選ばれた存在であると。




「彼女はどっちになるのかなぁ。」

遠目から、古代竜に挑むフウセンを見ていた彼はそう呟いた。




『小娘が、興醒めだぜ。』

古代竜はまるで欠伸をするかのように口に鋭い爪の備わる手を口に当てた。


『なんだ、その安っぽい殺意は。』

「何が安っぽいんやぁ!!!」

『それはなぁ、お前が手にしている魔剣が全てを語ってやがるぜぇ!!!』

両者は激闘を繰り広げているように見える。

だが、少しは戦闘の経験が有る者なら分かるだろう、一方的であると。



「勝ち目はゼロかと。」

彼の背後に控える女が言った。


「だよねぇ。」

こくこく、と彼は頷いた。

彼は、黒髪に真っ黒なローブ。顔立ちは日系より西洋よりだ。

年齢の程は十代前半。小学生くらいで、身長は百四十に達するかどうか辺りだった。


しかしその双眸は紅く、見た目に似合わない貫禄や鋭さが有った。



その背後に影のように控えるのは、同じく黒ずくめのローブ姿の女である。

ただ、こちらはまるで物乞いのように擦り切れており、つぎはぎだらけでボロ布のようにしか見えない。

芳紀と言えるほどの年頃の女性であるのに、ロングの赤毛の髪がボサボサで台無しである。

夜の道端で遭遇すれば、まるで幽鬼のように思えるだろう。



それでも黒ずくめの目立たない格好は周囲には呆れるほど多く、赤毛で目立つだろう女もローブに備え付けられているフードを深く被って怪しげに顔を隠している。

その二人組が居るのは、昇降魔法陣であり、悪魔から解放されて魔法陣の術式を作動させようと四苦八苦している魔術師が何人か居るのが見て取れる。



「見なよ、オリビア。こいつらざっと千人は居るのに、積極的に動こうとしてるのは十人くらいだ。」

可笑しいね、と少年は笑った。


「術式を起動させる呪文が分からない為かと。」

オリビアと呼ばれた赤毛の女が答えた。

そうでなければ、古代竜が出現したと言うバカげた状況でこんなところに立ち往生する理由が無いのである。



「それでも足掻いてみるのが人間じゃない?

諦めが良いことと何もしないのはまるで意味が違うよ。」

「現実に絶望してパニックに陥るよりは良いかと。」

と言うより、ここにいる千人近い魔術師の多くは古代竜の出現でパニックを通り越してどうしたらいいか分からなくなっている様子だった。


古代竜と言う絶対的な化け物は、恐怖映画のように大衆に逃げることすら許しはしないようだった。



「君って可愛げなくなったよね。つまんない。」

「我が主よ、我が悲願を成就するには必要だったのです。」

「まずその喋り方戻してよ、何か君がどこぞの騎士みたいに話すと背筋がかゆくなるんだけれど。」

「・・・努力いたします。昔のことはあまり覚えておりませんので。」

「はぁ、つまんない。つまんない。つまんない。つまんないよぉ!!」

終いには少年はオリビアに駄々をこね始めた。


「僕もあんな風にどかーんと目立ちたいなぁ。

リネンのやつばーっかり目立っちゃて、自分が悪の権化みたいな口ぶりでさ。

面白くない。面白くないね。余りにも面白くないから、世界征服でもしてやろうかな。」

「今は雌伏の時です、我が主。どうかご自重下さい。」

見た目相応に不平不満を垂れる少年を嗜めるオリビア。

傍から見たら仲の良い姉と弟にしか見えない。



「あ、でも良くないかな、世界征服。僕も久しぶりの現世シャバだし。この世界を満喫するには丁度良いかもしれないね。それよりエリーシュには連絡取った? まだあいつ生きてるんでしょ?」

「はい、我が主の復活に大変喜んだご様子でした。

今頃大至急こちらに向かっています、あと二十七分もすれば合流できるかと。」

「はぁ・・・・」

「どうかいたしましたか?」

なぜか疲れように溜息を吐く少年に、彼を主と仰ぐオリビアは怪訝そうに尋ねた。



「君はダメダメでどうしようもなくグズでバカっぽいところが良かったのに。

そんな出来る子になっちゃって・・・。面白くない、面白くない。」

「理解しかねます。」

「分からないかなぁ、観賞用に熱帯魚買ったら人喰いサメになった感じ?

君は君のままでいてほしかったと言うか何というか・・・。」

「ところで、我が主。」

「なにさ。」

不毛な論争などするつもりもないと言わんばかりのオリビアの態度に、不機嫌そうな少年が眉を顰めて先を促す。



「なぜ、こんなところに居る必要があるのでしょうか。

戦いの余波に巻き込まれる危険性が有ります。それに時間の無駄です。空間を割いてさっさとこの場を離れることを提案しますが。」

「はぁ、君さ。僕の何を見て来たわけ。

ほんっとに昔の事全然覚えてないよねぇ。その忠誠心は評価に値するけどさぁ、ぶっちゃけ幾ら優秀でも今の君なら要らない。口答えするならポイって捨てちゃうよ。」

「すみません。出過ぎた真似をしました。」

それまで表情一つ動かなかったオリビアが、急にしゅんと大人しくなった。



「ま、その辺りはおいおい調整ちょうきょうすれば良いとして。

それでさ、なんで僕が敵の戦場のど真ん中、しかも教会勢力の本拠地の目の前でぼやーっと突っ立ってるか聞きたい訳だよね?」

「・・・・はい。」

彼女の諫言に対する嫌味の篭った少年の言葉に、オリビアは恥居るように頷いた。



「真面目な理由としては敵情視察。この時代の連中がどれくらいか見定めたかったから。

まあ、それはだいたい完了したってところだね。リネンなんかの手玉に取られるようじゃまだまだだね。」

「ですが、彼らは最低限の防衛戦力に過ぎません。彼女はそれを突いて事を起こしたにすぎません。」

「リネンの奴、この一件の全部の責任を僕らに押し付ける気だよ。

僕の召喚をさせるだけだったら、僕の提示した条件を呑ませるだけでよかった。でもそれだけなら、適当に生け贄を攫うだけで良かったんだ。

だって言うのに、この大騒ぎさ。君はその辺りの爪が甘い。」

「すみません。」

「いいや、いいさ。逆に僕の存在が強調される。

リネンの奴はそれを口実に好き勝手暴れる、僕の力は当然増す。相変わらずいい性格してるよね、あいつ。」

少年は、楽しそうにけらけら笑う。



「でも、公表はされないでしょう。

せいぜい、召喚魔術の暴走か、その辺りとして片付けられるでしょう。」

「わーお。そいつは良かったね、それなら教会連中の面子は保たれるし、悪魔の魔手から皆を守った連中はヒーローだ!!」

それがあまりにも滑稽だったと思ったのか、少年は腹を抱えて笑いだした。



「では、真面目で無い理由はなんでしょうか?」

「うーん、せっかく部下を揃えてくれたって言うエリーシュの目を疑うわけじゃないんだけど、やっぱさー、従者は自分で選びたいよね。

なんかこう、いい感じに心が歪んでる奴とか良いよね。」

「はぁ・・・。」

そう言えば我が主はこういう人だったなぁ、とオリビアは思った。


その直後、少年は自分のローブについているフードを深く被った。

向こうから全身に鎧を纏った騎士が現れたからだ。



「まだ皆さんこんな所に、どうしたのですか!?」

「術式が起動できないんだよッ!!」

解析を試みていた魔術師の一人が、怒鳴る様に騎士に言った。

騎士は声からして女性、言わずもがなエクレシアだった。



「ああ、この手の公共の大型魔法陣の起動にはパスワードが必要でしたね。」

「それを知ってる役人は悪魔に攫われちまったんだよ!!」

一般人に分かりやすく言えば、この昇降魔法陣は電車で、その役人が運転手なのである。

定刻になったら術式を起動させ、上層や下層へと転移を発動させるようになっている。




「リネンの奴が使役する悪魔は下品で嫌だ。

僕みたいにさ、もっと優雅に、スマートじゃないとね。まあ、魔界の環境考えれば形振り構わないって姿勢も分かる気がするけれど。」

「まさか魔界に居らっしゃるとは思いませんでした。

次元の狭間に落ちたのですから、どこぞの異空間を彷徨っていると思っていましたので。随分と手間が掛かりました。」

「・・・・まあね、悪魔なんだから、魔界に居るのは当たり前だよ。」

灯台下暗しって奴さ、と少年は淡々と言った。



「それよりさ、オリビア。頼みが有るんだけど。」

「はい、如何様にも。」

「暇だからここは一発芸でもやってみてよ。」

「・・・・・・・・・・」

オリビアは黙り込んだ。


「如何様にもするんでしょ? 暇だから一発芸してよ。」

にやにやと笑う少年。

周囲にざっと千人の魔術師の衆人環視の中でやれと言う。



「・・・・・・・・・・そう言えば、貴方はそういう人でしたね。」

具体的に言えば、人を困らすのが大好きなのだ。




「みなさーん、今からこの人が一発芸しますよー!!」

そして少年は両手でメガホンを形作って周囲に大声で言い放った。

そうして退路を断って行く。


当然、周囲は何事かと二人を見てくる。



「・・・・・・ジャグリングします。」

そう言って苦肉の策として、オリビアは懐から取り出したナイフを何本も上に投げ始めた。


「もっともっと!!」

少年は無遠慮にオリビアのローブの中に手を突っ込んで残りのナイフを全部引っ張り出すと、次々と彼女に向かって投げつけた。


ざっと二十本はあるナイフが宙に舞う。




「うーん、じゃあ次は目隠しで。あ、君にはあんまり意味無いね。

じゃあ逆立ちとかしてやってみてよ。」

「無理です。」

あまりにも呆気なくやり遂げてしまった為か、少年は不満そうだった。


ギャラリーの反応もいまいちである。

反射神経辺りを強化してるんだろ、という視線がありありと見て取れる。

実際その通りだから反論なぞ出来もしない。



結局、こんな状況で何やってんだこいつら、みたいな白けた視線だけが残った。


「・・・・・・・・・・・・・」

「悪魔仲間から聞いたんだけど、これがいわゆる羞恥プレイって奴?」

ガクッとオリビアは膝と手を突いた。文字にするとorzだった。




「やぁやぁ、リトルボーイ。」

すると、少年に話しかける人物がいた。


「あ、これはこれは・・・ご機嫌麗しゅう。」

「今はアバンって名乗っているんだ。君がこっちに来たって言うから、顔を見せに来ようと思ってね。本当ならゆっくり話をしたかったんだけれど。」

現れたのは、カンバスを携えた絵の具だらけのだぼだぼの作業着を着た女である。

むしろ魔術師の集団から浮いているその姿は、更に別の意味で浮いていた。


その完璧すぎる美しさを持つ美女は、どこの誰だと周りがざわめき出すほどだった。



「オーリービーアー。頭は高くないけど、誰の御前だと思ってるの。」

「・・・・はい、我が主。」

オリビアは手にしたナイフを軽く薙いだ。


たったそれだけで、一点に注がれていた周囲が一斉にバラバラになった。

三人はそこに居る誰からも認識できなくなったのだ。



「こいつらうっとおしいな。こんな窮屈な場所では何ですから、そちらに行きましょう。」

「排除しましょうか?」

「敵意を向けられたわけでもないのに、なんで殺す必要があるのさ。」

オリビアの提案をさらりと流し、少年はアバンと名乗った美女をエスコートするように片手で促した。



「下層に居る魔族も君みたいに優雅で気品が有ったら良いのにね。

連中は何と言うか、独創性が無いと言うか、センスが無いと言うか。」

そんなアバンの愚痴っぽい言葉を聞きながら、魔術師の合間を潜りぬけて、昇降魔法陣の入口である階段を下りる。


すぐそこでエクレシアや魔術師がパスワードを解析しようと四苦八苦しているが、誰にもこの三人が目に入らない。





「では改めて、我が敬愛する『魔王』“アバンギャルド”陛下に会えて、光栄でございます。」

少年が、彼女の前に傅いた。

オリビアも彼に続いて膝を折って、それに追従する。


更には、向こうでフウセンと戦っているはずのファニーすらも、片手を地面に付けて姿勢を低くし彼女に向かって頭を下げた。



「敬愛か、良い言葉だよね。でも忠誠じゃないんだ。」

その姿からただの芸術家にしか見えない彼女こそ、たった一言で人類と魔族の全面戦争を起こせる強大にして、絶対なる『魔王』。


嘗て十三柱も存在していた『魔王』の中でも、その余りにも強大な力ゆえに殺せないし殺しても意味が無いから文化財として“保護”されている、『盟主』が全人類に秘匿している“無害”な魔王。



二番目にして“美学”と称される『魔王』、その名は“アバンギャルド”。

芸術を愛し、普段は人間に扮して地上で活動している隠者ハーミット




「陛下の御力を前にすれば、我が忠誠など塵に等しきかと。

そんなもの、捧げるに値しないと存じます。」

「あはははははは、本当に君は面白い奴だよ。」

ぱちぱちと可笑しそうに手を叩く、美女の皮を被った魔王。


少年は、そんな魔王から一目置かれていた。



「良い絵は描けたでしょうか?」

「うん、描けたよ。ここしばらく、どこに行っても微妙だったからね。

彼女、リネンって言ったっけ? 実に素敵だね。前の世界でも唾付けとけばよかったよ。彼女お陰でボクの次の作品の構想が出来上がった所さ。」

子供のように笑いながら魔王は言った。

魔族の頂点で有りながら、どこまでも人間らしい笑みだった。




「失礼ながら、精神防護で心を守る騎士どもなんて、陛下のお気に召すとは思いませんが。」

「そうでもないよ。貝のように身を鎧で固めていると言う事は、その中には暴かれたくない本音が混じっていることもある。

君もまだまだだねリトルボーイ。芸術は感性さ。イマジネーションだよ。」

「精進いたします。」

先ほど、オリビアにあれほどまで傍若無人だった少年ですら、魔王の威光を前にしては借りて来た猫のようだった。



「久々に筆が踊るようだったよ。

最近の戦争はシステマチックで機械的だ。それじゃあ、駄目なんだよなぁ。もっと魂を燃やして命を掛けて戦ってくれないと、良い絵が描けない。

子供が戦火に巻き込まれて死ぬ? 飢餓が生じて罪もない人々が飢え死ぬ? そんな“当たり前”の悲劇に魂は宿らない。」

芸術を愛し、それ故にかの魔王は自ら筆を執る。

彼女が特に得意としている作風は、戦争画。



「もっと、ドラマチックに、ファンタスティックに、スペクタクル。

命と命、魂と魂が衝突し、燃え尽きる美しさ・・・それを絵にしたい。」

彼女の描く作品は、魂を奪う(飽くまで比喩的表現である)と評判である。

作品の中には、一枚で国を傾けさせたことすらあると言う。

魔性の芸術家なのだ。



「その為には『マスターロード』には頑張ってほしい所なんだけれど。

やっぱり誰かを立てないとダメみたいだね。」

「失礼ですが、やはり陛下が玉座に座るつもりは無いのですね。」

「そんなことしたら、リュミスに追いかけまわされるじゃないか。ボクは当事者になっちゃいけない。それじゃあ絵が描けないし、集中もできない。」

そんなこと言うまでもない、と魔王は言外に示していた。



“魔王”は人類の根源的な敵対者ではあるが、人に近い感性を持つ彼らは時に人類との衝突を避ける事が有る。

その時に応じて、“有害”か“無害”かが決定され、人類は不干渉を決め込む。


魔王の実力は、本気を出せば人類の九割を犠牲に漸く滅ぼせると言われている。

だから無理に倒そうなんて、誰も思わないのだ。



ちなみに、“魔王”は魔族の誰かが頂点になって名乗る物ではない。

種族が、“魔王”なのだ。


根本的に魔王は魔族と違う。

魔術師の嘗ての世界では、ある日ポロっと球体状で出現し、半年に及ぶ待機期間を地上で過ごし、ある日突然“誕生”する。


その周期はおよそ五百年から六百年に一度。

人類はその周期に合わせ、なるべく早くその魔王の卵と言える物体を誕生するまでに発見しなければいけない。



“魔王”の必勝法は、誕生したばかりの無知で無力な状態を狙う事だ。

それが適わない場合、魔王はどこか転移し周囲から知識を吸収し、人格を確立する。


そして、人間の成長スピードをフカヒレ料理だとすると、魔王はカップめんのような早さで成長し、人類の脅威となる。



ちなみに少年の目の前に彼女は、魔王の中でも最古参の一人だ。

もはや滅び魔術師たちが捨てた世界の歴史そのものと言っても良い。


あの『黒の君』ですら、相手にしたくない、と言わしめるほどの強大な力を誇る。

彼曰く、バカみたいに強いし殺し難いし殺しても徒労に終わる、との事だ。




「いや、別に僕としても人類が滅ぶと困るのでそれで結構なんですけれど。」

「うんうん、長い間祈ってもらってるのに悪いとは思ってるけれどねぇ。」

と言いながらも、魔王にはちっとも悪びれた様子は無い。


「まあ、今度第一層でお祭りがあるみたいだから、偶には顔を出そうと思うんだ。君たちも暇だったら来ると良いよ。ついでにお城借りて展覧会するつもりだし。」

明らかについでの方が目的で有ろうことが見え透いていたが、空気を読んで少年は何も言わなかった。


「行かせてもらいます。陛下の精魂篭った絵なら、是非とも拝見したいですから。」

「待ってるよ。」

魔王はそう言うと、指を鳴らした。


「な、何が起こった!? 急に術式が作動して・・」

すると、術式を解析していた魔術師の一人が声を挙げた。



じゃあね、と言って魔王は手を振った。

魔王の体が風化し、カラカラに水分の抜けた木の葉の塊になった。

転移魔術の一種だ。



「さて、僕らも魔法陣の上に戻ろうか。

いやぁ、僕も陛下みたいにビッグな男になりたいね。」

貫禄が違うよね、などと少年が言っていると、その横をエクレシアが駆け抜けて行った。

ただし、昇降魔法陣とは逆方向である。


振り返ると、なぜか小さな女の子が離れたとこに歩いていて、暢気に古代竜を見て歓声を挙げている。

ほんの一瞬まで、彼女はそこに存在しなかった。どこからともなく現れたのである。


エクレシアはその少女の身を案じて、助けに行ったのだろう。

このままではこんな所に一人取り残される羽目になる。



「馬鹿だね、術式はもう作動し掛けてるじゃないか。

どのみち二人とも間に合わない。無駄な事をするよね。」

少年はそんな彼女を嘲笑いながら、オリビア、と従者の名を呼んだ。



彼女は、ナイフを一閃した。

すると、空間が不自然に捻じれて、少女を抱えて戻ってきたエクレシアと昇降魔法陣との距離が異様に縮まった。


ぎりぎり、二人は転移発動に間に合った。



「へぇ、そう言う選択をするんだ。」

悪魔の下僕なのに親切だね、と少年は笑った。


「私の行動は全て我が主の意に沿うものだけです。」

「なるほど、彼女とは近いうちまた会う事になるのね。君の未来視は当てになるからねぇ。じゃあとりあえず、その眼を使って資金稼ぎしようか。ギャンブルくらいこの世界にもあるでしょ?」

「・・・・・・・」

オリビアは何とも言えない面持ちになった。


場所は第二十七層へ転移された。

周囲では生還できた喜びから、歓声が上がった。



「ところでオリビア。君って昔の事はもう殆ど忘れちゃったんだろ?

じゃあ、僕の名前は覚えてるかい? 君にのみ言う事を許した僕の名だ。」

「残念ながら、隔てた世界は数知れず、狂った次元にこの身を晒し、流れた時間は万年を超えるでしょう。」

「そんだけ探して僕を見つけられないなんて、君も探し物が下手糞だよね。」

「――――それだけの時を経ても、貴方の名を忘れることはできませんでした。」

少年は、沈黙した。



やがて、周囲の魔術師たちが次の転移の時間まで時間を潰そうとバラバラに解散して行った。

そのうち昇降魔法陣の上には、二人だけになった。



「まったく、君もつくづくダメな奴だね。」

「はい、私は貴方に付いていくと決めましたので。ユピテルさん。」

「やっぱり君なんか僕の小間使いで十分だよ。」

少年は、そう言って階段の下を見下ろした。



「久しぶり、随分と待たせたけど・・・イメチェン?」

「過去とは決別したので。」

そう返ってきたのは、階段の下に彼と同じフード付きのローブを纏った人物が居たからだ。



「そう、あれくらい歪んでた方が面白かったんだけれど。」

「それは残念ね、マイマスター。

そちらこそ、詰らなかった石ころにするから覚悟してほしいわ。」

「それは怖いね。」

彼はけらけらと笑った。


階段の下で二人を待っていたのは、褐色肌に銀色の髪を持つ女。

そして、何より特徴的なのは、人間ではありえない異様に尖がった耳。


この世に、ただ一人しか現存しない、ダークエルフの生き残り。

人呼んで“砂漠の魔女”。


数少ない、“魔女”の称号を持った札付きに邪悪な魔術師だった。




「さて、漸く悪魔と魔女が揃い踏みと言ったところかな。

んじゃぁ、さっそく地上に降りてみて、悪行三昧を始めようか。」

「御意のままに。」

「イエス、マイマスター。」




二人の従者を従えて、嘗て五百年もの間地上で恐れられた伝説の『悪魔』が。



―――――今、復活した。












今回はどちらかというと別の物語の話を補完する回です。

初見の人には分からない事も多いでしょうが、要点さえ押さえていれば大丈夫です。

彼らは悪魔とその従者。魔族です。今後、主人公たちの前で現れるでしょうから。



今年の更新は最後かもしれません、遅ればせながら私の拙作を読んでくださっている皆さんに、メリークリスマス。

皆さんよいお年を。来年も宜しくお願いします。

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