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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
二章 悪魔騒乱
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第二十九話 悪魔召喚士







「ねぇ、パパ、助けて、怖いよ。どうしてそんな顔をするの?」

剣を振り上げた騎士は容赦なく少女に振り下ろす。



「痛い、痛いよ!! どうしてそんなことするの!!

こんなの、パパじゃない、優しいパパが、こんなことするはず無いもの!!」

袈裟掛けにバッサリ腹まで裂かれた少女は、泣きながらそう言った。


返り血が全身をプレートアーマーで身を包んだ騎士に飛び散る。

当然、フルフェイスのヘルムにも。彼の表情など、確認しようにも無かった。



騎士は少女を蹴り倒す。その裂かれた幼い少女の腹を踏みつけ、剣で滅多刺しにする。

剣の切っ先で穿たれた数が二十を超えても、少女の声は止まない。



「やめて、痛いよ、やだぁ!! 助けて、ママ、ママぁあ!!」

少女は助けを求める声を止めない。それが誰よりも、何よりも正義や慈愛に満ちた人間の心を抉ると知っているからだ。




「悪魔が・・・。」

何度斬り捨てても、何度刺し貫いても、少女は泣き喚き、助けを求めるだけ。


「俺がこの程度で手を緩めると思うたか?

我々は神に仕える代行者。その為ならば、親も子も手に掛けよう。今さら何に化けようが我々は躊躇いをしないのだ。」

「そうだよね、だからパパは私が痛いって、助けてって、言っても来てくれなかったんだよね。」

少女は笑った。騎士が、父親が見たことも無いような邪悪に満ちた笑顔で。



「そんなんだからママはおかしくなっちゃったんだよ。

ママ、私が病気になってからずっと付いていてくれたのよ。私がパパはどこって聞いても、正義の為に戦っているって言って。あはは、可笑しいよね。パパはどう言い繕っても人殺しなのに。

ママは最後までパパが来るって信じてたのよ? でも裏切られて、可哀そう。」

「悪魔風情が、何が分かる。」

「分かるよ。記憶は鎖みたいに繋がってるもの。パパの後悔も、悲しみも、全部知ってるもの。」

少女は、悪魔は嗤う。



「それなのに、酷いわ、パパ。私は死んじゃった貴女の娘を代弁してるだけなのに。

こんなひどい仕打ちをするなんて、きゃはははは。天国とやらにいる私も悲しんでるわ!!」

「黙れ。」

騎士の剣が一閃する。


ぼとり、と少女の首が落ちても少女は口を開くのを止めない。



「私には分かっているわ、本当に黙らせたいなら、なんで私の顔を潰さないの?

骸に成った私の表情を忘れられないからよね!! なんて、哀れで、可哀そうなパパ!! あはははは!!」

少女の首は、それだけ言い残して消え失せた。






「隊長ッ!!」

「―――――ッはぁ!?」

部下の声に、騎士はがっくりと膝を突いた。



「・・・はぁ・・ぁ・・ここは、現実か?」

周囲に満ちる瘴気、空も見えない地獄のような現世に、返答を確認するまでも無く騎士は立ち上がった。



「はい、元凶となる悪魔は、退治されました・・・。」

「なに?」

部下の妙な物言いに、彼は顔を顰めた。




「戻ったか。悪魔の誘惑に、よくぞ耐えた。」

だが、その疑念はすぐに晴れた。



「・・・マスター・ジュリアス!?」

体に染みついた敬礼の姿勢で傅く騎士。

見れば、彼の後ろには自分の部下である十二名が同じように傅いている。



「今は急場だ。それに騎士としての経歴は貴方の方が長い。

面倒な形式は全て後回しだ。今は可及的速やかに、一匹でも多くの悪魔を屠る事を考えるのだ。もうすぐ総長も戻られる。苦しいのは今だけだ。」

彼は鎧も着けず、儀礼用の騎士服まま剣を一本持っただけの格好だった。


他の小隊と遭遇した時に情報交換で聞いた話では、彼はこの三日間一睡もせず悪魔を狩り続けているという。



「はい。」

「よく、頑張ってくれた。」

マスター・ジュリアスは膝を突いて騎士の首に腕を回して方で抱くと、静かにそう言った。



「全ては、神の御心のままにございます。」

「ああ、『カーディナル』ももうすぐ手を打ってくださる。」

マスター・ジュリアスは立ち上がってそう言うと、行け、と短く命じた。


騎士と部下の十数名は、それだけで一斉に立ち上がって敬礼をすると、隊列を組んで走り出した。




「いい加減、出てくるがいい。」

そして、彼は身を翻すと、一人の男が立っていた。

何の前触れも無く、立っていた。



「久しぶりだな、友よ。」

マスター・ジュリアスは一言も発せずに斬り捨てた。



「これは独り言だが、私は悪魔と利く口は無い。」

「なんだ、気が狂って自ら首を吊った男は、もはや友に値しないと?」

「これも独り言だが、我が友ならこう言うだろう。私が悪魔に操られるようなことがあれば、私ごと斬れと。」

そう言って、マスター・ジュリアスは嘗ての友の姿をした悪魔の頭蓋を踏みつぶした。



「はははは、相変わらず容赦が無いなぁ・・・。」

しかし、悪魔は霧のように掻き消えて、再び姿を現した。



「当然これも独り言だが、随分と懐かしい気分だ。まるであいつが生きている頃に会っているようだ。これはきっと上級悪魔だな。」

彼は思う、化けて出て来たのが死人でなければ本人と間違えるだろう精度の化け方だった。

正体は掴めないが、きっと有名どころで姿を化けると言う伝承を持った怪異型の悪魔だろう、とジュリアスは思った。



「ではこちらも勝手に答えよう。然りである、と。そして、我が主が御呼びだよ。」

「独り言だが、上級悪魔をお使いか、随分と贅沢な輩だ。」

「おいおい、友よ。今のは口に出しては駄目だろう。言葉と行動に矛盾が生じている。」

「ふん。」

悪魔は本当に知己のように気安く振る舞う。

もはやジュリアスの記憶の中にしかない姿だった。



「場所は、この階層の昇降魔法陣前だ。避難民約千名が人質になっている。早く行け。」

それと、と悪魔は続けた。


「最後に、私を斬って行け。悪魔の体に、俺の心が有るこの状態・・・耐えられないんだ。」

「・・・・・・・。」

「この悪魔は狡猾だ。心や姿を、完璧に映し出す。

分かるか? 何が恐ろしいかと言うと、自我というものを人間を喰らう寸前まで自ら捨てるのだ、この悪魔は。今の私は間違いなくお前の知っている私だ。

相手を苦しめ喰らう為には、自らの犠牲を惜しまないのだ。なあ、我が友ジュリアス。お前の言うとおりだ、速く、私を、斬れ。」

悪魔は両手を広げて言った。


ジュリアスは、斬った。眉ひとつ動かさず、斬り捨てた。



「相変わらず、お前は完璧な騎士だなぁ。」

私はお前を誇りに思うよ、と言って、彼はこの世から消え失せた。




「時に、悪魔は人間に理解できず常識では考えられない行動をすると聞いたことをすると聞いたことが有るが・・・・。」

本当に無抵抗で斬り捨てられ、どす黒く燃える邪悪な魂が出現した。


ジュリアスは聖句を唱え、悪魔の魂が浄化されて消失する。



「それにしても、相変わらず心の弱い奴だったな、お前は。

時に純粋さこそが、人の心を傷つけるものなのだよ。」

ジュリアスはそれだけ呟くと、さっさとその場を後にした。







―――――――――――――――――――――――――――――――






「貴女、は・・・?」

「私の下にたどり着けたのは、貴女が初めてですよ。」

ぱちぱち、と怪鳥のような姿をした悪魔の背に跨っている女は手を叩きながら言った。



「初めましてお嬢さん。私はリネン・サンセットと言います。まあ、この騒動の犯人ですよ。」

何を馬鹿な、とはエクレシアは言えなかった。


こんなにあっさりと犯人が自分だと名乗り出て来たのはハッキリ言って馬鹿馬鹿しい話だ。

魔術師と言うのは狡猾な人種だ。普通姿を現さない時は最後まで姿を現さない。


それなのに舞台の役者のように現れて、自分が犯人だと名乗り出る。わざわざ悪魔を大勢送り込んできた人間だとは思えなかった。



だが、そんなエクレシアの理性的な部分を全否定するほど、彼女の直感はあの女が犯人だと理解してしまった。


遠目から見ても、目が違った。

魔女の釜で悪意をぐつぐつと煮詰めたような、どす黒く、粘りつくような、邪悪に満ちた視線だった。



エクレシアは、この目を知っている。

三年に及ぶ実戦経験で、何度も目にしてきた、冥府魔道に堕ちた人間の目だった。

そんな連中の中でも、取り分け頭のネジが外れている魔術師の目だ。



そう、丁度、先ほど出会った“処刑人”ジェリーのような・・・・。




「知りませんかね、私のこと。これでも昔は結構名前が売れた召喚士だったんですけれど。」

空高くを羽ばたく怪鳥がゆっくりと地面に降りてくる。

その背から下りてくるのは、漆黒のローブを纏った栗色のセミロングの女だった。


格好だけならありふれている。

顔に特徴が有るわけでもない。整ってはいるが美人と言うほどでもない、地味さがある若い大人の女性だった。




「リネン・サンセット・・・ここ百年の本部からの離反魔術師のどこにも名前が載っていません。貴女は、何者ですか。」

開いたノートパソコンに向きあっているアビゲイルが、そんな彼女を睨みながら言った。



「その情報は新し過ぎますよ。まあ、私のことなんてどうでもいいじゃぁないですか。

今目の前で起こっていることが全て、そうでしょう?」

そう言うと、リネンは指を鳴らした。



すると、今まで濃かった瘴気が波を引くように晴れて行く。

見えなかった瘴気の奥が、見えるほどには瘴気が薄くなった。




「ぁッ―――」

エクレシアは、辛うじて悲鳴を呑み込んだ。


そこには、逆さにされた大きな十字架に、同じく逆さに張り付けられた人間が、合計十三組も存在していた。

そして磔にされているのは、教会所属の騎士や修道女、神父ばかりだった。


そこにいる誰もが憔悴しきって、生気がまるでない。

生かしてるのはただ苦しめるだけだと言わんばかりの残虐さが、そこにはあった。




「貴女たちもやってみますか? まず最初にありったけの精神防護の術を自分で掛けさせるんですよ。

そこから一枚一枚、それを剥ぎ取りながら、自分の心を犯される恐怖に震える姿を楽しむわけです。

そこに十体くらいの悪魔をけしかけて色々させるのです。・・・最終的には己の信ずる神に恨み辛みを吐くようになる・・・・あははは、最高の玩具ですよ。」

「ふ、ふざけるな!!」

リネンの嘲笑が、エクレシアの怒声に掻き消された。



「ああ、やっぱり貴女たち聖職者にとってそれは許せませんよね。

最短で一時間しか持たなかった人も居ますねぇ。くふふ、それが誰かは彼らの名誉のために言わないでおきましょうか?」

「貴女は、人を何だと思っているんですか!!」

「生憎と私は哲学で言葉を弄したりしない分かりやすい性質なので。質問ならもっとストレートにどうぞ?」

「・・・・なぜ、こんなことをしたッ」

エクレシアは、声を押し殺して問うた。

仲間をこんな目に遭わせた相手でも、真面目な彼女は職務としての自分を優先させた。


つまり、罪人の更生の余地を問うことである。

こういう場合は基本的に相手の生死問わずでとっ捕まえてからなのだが、人質が居る手前そんなことはできなかった。


それに、エクレシアの本能が告げている。

――――彼女はあまりにも危険すぎる相手だ、と。




「なぜこんなことをしたか、そう問いましたね?

理由は目的が有ったからです。流石に私も理由も無くこんなことするほど頭おかしくありませんしねぇ。でも、もうそれも終りました。

後はもう、いつでも撤収に移っても大丈夫って感じですかね。」

「だったら、今すぐにでも悪魔たちを魔界に還しなさい!!」

「え、なんで?」

彼女は実に不思議そうに首を傾げた。



「まあ、やらざるを得ないきっかけはありましたが、私は貴女たちの苦しむ姿を見るのが極上の楽しみでしてね。こんな楽しいこと、止めろと言われて誰が止めますか。

ほら、今日はこれを聞きながらお風呂に入って寝るんですよ。」

リネンがエクレシアを見下しながらそう言うと、リネンの隣に飛んで下りて来た悪魔が手に持った蓄音器みたいな物体を操作した。



そこに記録されていたのは、阿鼻叫喚の悲鳴だった。

泣き叫ぶ女の声、絶望に満ちた叫び声をあげる男の声、苦悶に満ちた老人の声、母親を求める少女の声、必死に聖句を呟く聖職者の声。


そこには、あらゆる人間の絶望が記録されていた。



エクレシアは、怒りを通り越して何が何だか分からなくなってしまっていた。



「これぜーんぶ、貴女の御仲間か同類ばかりです。

ああそうだ、そこに磔られてる彼らの声も当然記録してますよ、聞きますか?」

嗜虐に満ちたリネンの声とは裏腹に、表情は優美な音楽を聴いているような笑顔だった。



「ホント、悪趣味ね。」

クロムの呆れたような呟きに、エクレシアは我に返った。


「要はただの変態ってことでしょう。」

アビゲイルの言葉を背に、エクレシアもハルバードを構えた。



「貴女の所業はやはり赦しがたい。叩き斬る。」

「さっさとそうしてくれた方が可愛げが有ると思うんですけれどねぇ。」

リネンは、嗤って答えるだけだった。

彼女は脇に控えていた怪鳥が飛び乗って、上空に飛び上がる。



「ちゃっちゃらっちゃらーっと、貴女に丁度いい遊び相手を紹介しましょう。」

地面に、魔法陣が出現する。

それには魔法円に秘文字、大きな六芒星と小さな五芒星が幾つも―――悪魔召喚術!!




「させるかッ!!」

エクレシアが踏み込む。

しかし、彼女に立ちはだかる様にリネンの脇に居た悪魔が突っ込んできた。


あまりにも愚直な突進に、エクレシアは一撃で悪魔を真っ二つに斬り捨てた。



「召喚ッ」

だが、時はすでに遅かった。


リネンの宣言と共に、魔法陣から漆黒の人影が陽炎のように揺らめき、顕現した。

凄まじく濃い瘴気が烈風のように吹き荒れる。



「馬鹿な、実戦レベルの召喚魔術ですって・・・!?」

今まで出て来た悪魔とは違う、圧倒的な瘴気を纏うそれは、上級悪魔だ。




魔界から現れたのは、異形だった。

右手が蠢くツタのような触手であり、それ以外は形だけなら人間にそっくりではある。

しかし、全身が真っ黒でなだらかな起伏しかなく、途中途中根っこのようなものが無数に枝分れしており、人間らしさなど欠片もない。

頭には巨大な葉っぱが放射状に四枚ほど生えている。


そして、左手には、カンテラにも見えるが、アルミの網で刀身を作ったような剣があった。



「彼はアルラウネが長い年月を経て悪魔化した存在です。

その性質から、魔界では拷問官をしているそうです。」

上空から余裕の表情で解説をする、リネン。


「私は固有伝承のある有名どころの悪魔をあまり使わない主義なんですよ、吹っ掛けられますし。

それに、伝承が無くても掘り出し物の悪魔はいっぱい居ますからね。あ、そうそう。」

ふと、彼女は何かを思い出したかのように、指を鳴らした。


すると、ある場所の瘴気が再び晴れたのだ。



「ギャラリーと言うか、人質ですかね?」

リネンは肩を竦めて笑った。

霧が晴れたそこには、正四角形の巨大な石畳の上に、千人ばかりの人間が押し込まれていていたのである。


彼らの足場には、巨大な魔法陣が描かれている。

そう、これこそ昇降魔法陣なのだ。


一度に何千人もの人間を上層や下層へと転移させる、大型の儀式場だった。

しかしその上空には、優に百体は超えるだろう悪魔が飛び交っていたのである。




「まさか、自分から敵の手中に足を踏み入れる、バ、カ、が居るとは思いませんでしたよ。」

リネンの嘲笑が木霊する。



「うわー、まさかこんなことになってるなんてねぇ・・・。」

「貴女の所為ではありませんよ。」

「あ、うん、まあ、そうなんだけれど・・・。」

そんなフォローをエクレシアからされて、これはリネンの奴マジだわ、と思ってたクロムは若干後ろめたかった。



「彼に勝てたら、人質を全員解放してあげても良いですよ。

それが出来なかったら・・・そうですね、ざっと千人は居ますから、今度こそ伝承に出てくるような爵位級の悪魔とか呼んじゃいましょうか?」

「それがどういうことか、理解しているのですか?」

この極限すぎる状況下、エクレシアは嫌になるほど冷静だった。



「言ったでしょう、目的はもう果たしていると。

だから、ここら先は全部遊びなんですよ。ほらだから、別に利益だとか、道理だとか、そう言う面倒臭いのはいらない訳です。

出来る限り悶えて苦しみながら、私を楽しませて死んでいって下さいってお願いしているんですよ!!」

リネンの声と共に、じっと待機していた上級悪魔が、触手の腕を薙ぎ払った。


びゅん、と鞭のように振るわれたそれは、数倍に伸びて三人が立っている場所にまで到達した。




「このッ!!」

不意打ちを警戒していたエクレシアが、目にも止らぬ速さで振るわれる触手を迎撃する。

見事に叩き斬った手応えと共に、触手がハルバードに引き千切られる。



「んなッ!?」

だが、ハルバードを振り切った態勢の状態で、エクレシアの足元から地面を突き破って無数のツタが現れて、彼女の全身を絡め捕られてしまった。



「口ほどにもありませんねぇ!! あはははは!!」

「あ、ああ、あ、あぁ・・。」

そのまま空中に持ち上げられながら、エクレシアはツタに全身を締め上げられる。


神の加護は衝撃や呪詛から身を守ってくれるだろうが、こう言う全身を締め上げられる状態になってはまるで無意味なのである。

リネンは、そう言った攻撃を熟知していた。



「私が本体を、貴女はフォローとバックアップを。」

「まあ、妥当ね。」

アビゲイルとクロムが頷き合うと、二手に分かれた。

丁度その直後、二人の足元から無数のツタが地面を突き破って現れた。



「術式“サンライトレーザー”を展開。」

地面から出て来た無数のツタは、二人を追って迫りくる。


「照射!!」

極限に凝縮された太陽光線がアビゲイルの指先から発せられ、焼き切られる。



「えーと、有った有った、焼夷手榴弾っと。」

クロムは黒衣の裾から取り出した焼夷手榴弾を取り出してピンを抜くと、追ってくるツタの中に投げ入れた。

その直後には、無数のツタが爆発的に燃え上がった。



「ハロー、元気そう・・・じゃないわね。」

アビゲイルが囮になっている間に、クロムはエクレシアの下に戻ってきた。


「えーと、これが良いかしら、ひとつふたつみっつ、と。」

ぽんぽんと両手を叩くと、どういう原理かクロムの手から一本の剣が出て来たのだ。



「じゃーん、これこの間作ったの、中に渦電流を発生させる強力なコイルが入っててね、超高温のジュール熱でスバシャーって焼き斬るの。」

「う、ぐあ・・・あ」

「・・・あ、ごめんごめん、いま何とかするから。あッ、そう言えばこの剣って高熱になるまで二十秒かかるんだった。えーと・・・。」

結局、クロムは一瞬悩んだ末に、抱えていた軽機関銃を乱射した。


無数のツタが束に成ってエクレシアを拘束していたものの、彼女の銃撃で木端微塵に吹き飛んだ。



「大丈夫かなッっと。」

漸く温まってきた超高熱剣で邪魔なツタを斬り払う。



「・・・・・・・。」

「あれぇ・・・?」

まるっきり無反応のエクレシアに、クロムは脈を確認したり瞳孔を確認したり鎧の中に手を入れて胸ををまさぐったり余計なことをしていると。


「ヤバい、意識が無い。」

そう結論付けられた。

相当強く締め上げられたのだろう、生きてはいるが生身の人間なら潰れてもおかしくない力でやられたのだろう。



「えーと、気付け薬・・気付け薬・・・ああ、そう言えばキッツイの有ったわね。

ちょっと材料足りなくてアルコール濃度ヤバいけれど・・・。」

クロムは黒衣の中から空っぽの試験管を取り出すと。


「ひとつ、ふたつ、みっつ、と」

呪文と言うにはあまりにも簡単な呟きだけで、ごぽごぽと試験管の中身が満たされた。



その中身をクロムはエクレシアの口の中をこじ開けて無理やり注ぎ込んだ。


「ぎゃあ!?」

その直後、ブハッとエクレシアが飛び上がる様に息を吹き返した。

ただ、彼女の吐きだした液体を真正面からクロムは顔面に受けてしまったが。



「げほッ、げほ、ごほごほ・・・何飲ませたんですか・・・。」

「うえ、汚い・・・。呑ませたのは霊薬としてのネクタールだから。次作る時はちゃんとした材料でやるから、勘弁してほしいわ。」

手品のようにハンカチを取り出して顔を拭くクロムは言った。



「うぅ・・・なんだか体が熱いです・・。」

「お酒なんだから、ちょっとした副作用よ、副作用。」

速攻性重視の為に体内吸収が早く成る様に調合しているからそりゃあ酒気が回るのは早いわよ、何て本音をクロムは言わなかった。



「早く立ちなさい、この隙を突いてこないほど舐められてるのよ。」

「わかって、います・・・。」

若干ふら付きながらも、エクレシアは立ち上がった。


「彼女は、私を嬲って楽しんでいる・・・そこに、隙は有ります。」

「あん、うん、まあ、そうね・・・。」

クロムはどこか遠い目になった。





「うーん、せっかく呼び出したのですから、少しは本気を出したらどうです?」

「・・・・・・。」

上空から見下ろしながら言葉を投げかけるリネンに、上級悪魔は無言を通した。



「ああ、もしかして、私みたいな小娘に顎で使われるのが嫌だったりします?」

「・・・・気に入らない。」

「おや? やっぱりですか?」

「違う。」

アビゲイルの投じたカセットボンベを触手の腕で弾き返しながら、上級悪魔は言う。



「ただの苦痛で生じる感情と精神エネルギー、そんなものは低級の悪魔どもが群がる質の悪い餌に過ぎない。

純然たる恐怖こそ、我が求めるもの。苦痛から生じる恐怖など、不純物が多く混じった水と同じだ。喉を潤す気にもなれない。」

「ああ、つまり自分のポリシーがあるってことですか。

好きにしたらいいんじゃないですか? 私は後ろで見てるだけで満足なので。」

「・・・・話の分かる召喚主だ。」

上級悪魔が、にたりと笑った。



すると、ずっと佇んでいるだけだった上級悪魔が初めて一歩踏み出した。

そして爆発的に加速する。



狙われたのは、一番近くにいたアビゲイルだった。

鞭のように撓る触手の腕が彼女を襲う。



「術式“対衝撃物理障壁”を展開。」

だが寸前で、防御が間に合った。


彼女の発生させた魔力の壁が、全ての衝撃を相殺させて無力化させたのだ。



「閉ざせ、牢獄剣“ソウルレスケージ”よ。」

上級悪魔が初めて左腕の手にした奇妙な剣の切っ先を、逆十字に張り付けられた騎士に向けられた。


その直後、まだ身じろいでいた騎士の動きが完全に停止した。

ぐったりと、死んでしまったように。


代わりに、上級悪魔の持つカンテラにも見える網目の刀身の魔剣の中に、火が灯った。



次の瞬間、アビゲイルを襲ったのは正体不明の発疹だった。

顔から、手の甲まで、露出している全ての部分に真っ赤な皮疹が生じたのである。


「これ、は・・」

それらはまるで、染み出る血のように彼女の衣服や持っていた手にしていたノートパソコンにも広がる。



そして、がたん、とアビゲイルは崩れ落ちるように地面に倒れた。



「末梢神経系に異常を確認・・・激痛のため痛覚遮断。

・・・運動機能障害を確認・・・。ハンセン病の症状と酷似。状況の悪化を阻止するため、機能を、遮断。」

それっきり、彼女は人形のように動かなくなった。



「精神を機械に制御されるか、詰まらないな。」

アビゲイルをほぼ一瞬で完封した上級悪魔は、本当につまらなそうにそう呟いた。



「うわ、エグイ・・・。あれって聖書に記述されるらい病よね。」

その頃、漸くエクレシアを助け終えたクロムが引きつったような表情になった。


今でこそらい病、つまりハンセン病のことであるが、それは感染症と判明されている。

しかし、聖書にはらい病は汚れであるとされ、家や衣服、持ち物にも感染されるとされている。


つまり、その伝承に基づいた呪詛だ。




「なぜ、悪魔がうちの魔術を・・・。」

エクレシアは、その現象に瞠目している。


「うちの魔術って、それ言っちゃだめじゃない?」

聖書には奇跡として多くのらい病の治療が挙げられる。

普通のらい病がただの感染症でしかないのだから、どうして家や衣服に感染するのかと言うと・・・・まあ、そう言うわけである。



「と、とにかく、解呪は簡単です。」

「そうよね、毒薬と解毒剤は基本的にセットだもの。呪詛返しされたら危険だものね。」

「何を言っているのか分かりませんね。」

エクレシアは白々しく流して、改めて上級悪魔と対峙する。



「ねえ、なんで悪魔があんたらの魔術を使えたか心当たりが有るんだけれど。」

「何の事だか分かりませんね。

悪魔め、人間に汚れを移すとはなんと度し難いことなのでしょうか。」

「ああそう。でも残酷な事実。あの魔剣に中にあるの、貴女のお仲間魂じゃない?」

「え・・・まさか!?」

そこまでクロムに言われて、思い当たらないほどエクレシアも愚かではない。



魔術の才能は、基本的に全てが魂に依存する。

言ってしまえば、保有する自らの魂に適さない魔術はどんなに頑張っても使えないと言うことである。


だからこそ、使用したい魔術に適性のある魂を奪い取って、触媒として使用すれば、その問題は解決するのである。

だがそれは魂の乱獲を招くと、魔術師でも禁忌とされる所業である。



「次はお前の魂を捕え、お前の身が居た魔術をお前の仲間に向けてやろう。」

上級悪魔はそう言ってエクレシアに魔剣の切っ先を向けた。


それだけで、エクレシアは冷や水を頭からぶっかけられた気分になった。

背中に冷たい氷の棒を差し込まれたような、恐怖だ。



「さすが悪魔・・・・やる事なす事が容赦ないわねぇ・・・。」

流石にやり過ぎだろ、と言う割と非難の目をリネンに向けるクロムだが、そっぽ向かれた。


クロムはムカついたので、軽機関銃を空飛ぶ怪鳥に跨るリネンに向けて銃撃を開始した。




「ぎゃー」

怪鳥ごと蜂の巣にされたリネンは、おかしそうに笑っていた。

笑いながら彼女は地面に降り立つと、後ろを指差した。


そこには、ぐちゃぐちゃの肉片がこびり付いて血塗れになった逆十字架があった。



「術者を狙うのは、頭の良い選択だと思いますよ。どうせ今吹き人も飛んだのも再起不能の廃人同然でしたし。」

あははははは、とリネンは可笑しそうに笑いながら言った。


「殺してあげるのが、人情ってものじゃないんですかね?」

「この悪魔が、貴女に人の情を語る資格は無いッ!!」

「おやおや、正義やら何やらの為に血を流してきた連中に言われる筋合いは有りませんね。」

リネンは薄く笑って、早くやりなさい、と呟いた。



次の瞬間。



「――――きぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。」

突如、上級悪魔が奇声を発し始めた。




「これって、マンドレイクの悲鳴!?」

それはクロムがよく知る、人を発狂させると知られる魔の植物の叫び声だった。


対処法を心得ているクロムの行動は一瞬である。

とにかく、直接その声を聞かないことである。


とっさに耳栓代わり成る物を練成して、彼女は両耳に突っ込んだ。




「うえぇ、最悪。リネンの奴、覚えてなさいよ・・・・。」

耳栓代わりにしたのは、水分を多分に含んだ粘土だった。

とっさの出来事だから背に腹は代えられないが、ねちょねちょした感触が不快感を催し最悪の気分に苛まれるクロムだった。



「う、あ、ああぁ!!」

だが、その悲鳴を直接聞いてしまった者の末路を見てしまえば、そんなことは言えないだろう。



エクレシアは両手で両耳を押さえながら、ふらふらと平衡感覚を失って地面に膝を突いてしまった。

悪酔いした時のように気分が悪く、思考がぐるぐると廻って何も考えられない。




「え・・・?」

いつしか、エクレシアは知らない部屋の椅子に座っていた。


無機質で冷たい鉄でできた部屋だった。

しかも、エクレシアの両手両足、それどころか首や腰にまで椅子と一体となったベルトで拘束されていた。

よく見れば、周りには血のついたとても日常生活では使わないだろう道具が幾つも並んでいた。


つまりそこは、拷問部屋だった。



「くくくくくくくくくくくくくく。」

ふと、出入り口の無いこの部屋にいつの間にかあの上級悪魔の姿があった。



「ここはお前の心の中、精神に作った拷問部屋だ。

ここでは体感時間が二十四倍に引き延ばされている。一体どれだけ持つか見物だ。」

「んー、ん!!」

いつの間にかエクレシアの自由だったはずの口には、革紐に玉状の物体で構成された猿轡が施されていた。


「くくく、わかるぞ。虚勢を張っているな。

これから何をされるのか、不安で不安でたまらないのだろう。ここはお前の精神世界。お前のことで分からないことは無いに一つない。」

エクレシアは図星を突かれて一瞬たじろいだが、それでもガチャガチャと拘束具を鳴らして抵抗の意思を示した。



「先に言っておこうか。」

のっぺりとした、上級悪魔の顔がずいっとエクレシアの眼前にまで迫って、悪魔は言う。


「お前が痛いと感じることは一切行わない。

女だからということを利用して辱めるようなことも一切しない。

これは男を拷問する場合も同様に、男としてのプライドを折るようなことは一切せずに、私は拷問をする。羞恥や屈辱を好む同胞も居るが、私はそんな不純物は好まない。

召喚主はポリシーと言ったが、人間に例えるなら食べ物の好き嫌いと同じだよ。」

「・・・・・・・・・・・・・。」

「良い目だ、素直で正義感に満ち溢れた慈愛に満ちた心を持っている。

だからこそ、極上の餌なのだよ。くくくくく。」

悪魔などには負けないと向けるエクレシアの視線は、悪魔だけを見ていた。



「では、初級編と行こう。これが何だか分かるか?」

そう言って、悪魔が取りだしたのは、金属の長い棒だった。


悪魔はわざわざエクレシアの両手の拘束具を外して、彼女の両手にその長い金属の棒を持たせた。



「(く、腕が動けばこの棒でぶん殴ってやるのですが・・・。)」

冷たい金属の感触が、エクレシアの手に伝わってくる。その上から手を拘束される。

当然ながら、腕にもベルトで拘束されているのだから、棒なんて持っても手を上下に動かすぐらいしかできない。



そんなエクレシアの心の内を分かっているのだろう悪魔は、くくく、と笑いながらその辺りに有る拷問具に座る上級悪魔は。

それ以降、彼は一言どころか、一切のアプローチを行わなかった。




「(一体何を考えているんですか・・・。)」

五分が経過して、悪魔が何も行動を示さないことにエクレシアは不信感と若干の不安を覚えた。



十分が経過した。

悪魔は石像のように微動だにしない。



十五分が経過した。

そこで、エクレシアは初めて異変に気付いた。


悪魔の動向に気を向けて集中していた所為で全く気付かなかったが、エクレシアの持たされた金属の棒が、いまだに冷たいままだったのだ。

十五分も握り続けていれば、体温で温まりそうなものなのに。


まるで、彼女から体温を吸い取っているかのように、もう指先が冷たくなって僅かしか動かない。



「気付いたか。」

悪魔が嗤う。


「お前が味わう恐怖は、自分の体が冷たくなる恐怖だ。

たとえ意識が有ろうとも、いや意識が有るからこそ、自らの肉体が冷たくなるのは己の死を連想する純粋な恐怖の一つ。

人間の体温は30℃以下に成れば幻覚みたり、20℃以下に成ればもはや手遅れだが・・・この拷問ではお前の体が凍りつくまで行われる。」

ゆっくりと丁寧に説明をすると、悪魔は彼女の見える位置に体温計を置いた。



「くくくく、どうした?

寒さを感じて筋肉や血管が収縮し、身震いするにはまだ早いぞ。」

悪魔が嗜虐的な笑みを浮かべてそう言った。



「(わ、わたしは、負けない。)」

エクレシアの体は、今も迫りくる寒さとは別に震えていた。








「安心するがいい。私は召喚主のように、心を壊したりなどはしない。

そんな無駄なことは、しないさ。くくくくくくくくく。」


拷問は、まだ始まったばかりだ。














エクレシアはいつも酷い目にあったりしますが、私はサディストではありません。

だって英雄譚とかじゃ、敵につかまって拷問とかセオリーじゃないですか?

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