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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
二章 悪魔騒乱
33/122

幕間 “議会”招集






「苦言を呈するようですが教皇、貴女は私の頼みにオーケーと言うのに一体どれだけ時間がかかったのですか?

いいえ、分かっていますとも。これほどの決定ですものね。百何十人も居る他の枢機卿と話をまとめる必要もあったでしょう。

ええ、分かります。普通に考えれば多忙な貴方にしては異例の早さでしょう。

ですがことは一大事ですよ? 分かりますか? 悪魔です、悪魔。奴らが徒党を組んで襲って来たのです。こんな事態、聖書以来ですよ。

貴方はただ一言、最初に連絡した時に、オーケー、と言えば良かったのです。事後承諾でも十分な話でしょう。

貴方の判断の遅れが、勇敢な神の僕達や敬虔な信者たちが、悪魔に辱められて命を落としてしまうのです。そう、ただ一言、オーケー、です。

その一言だけで、教皇。貴方は人類の先頭に立って悪魔と戦ったとして歴史に残ることができるのですよ?

ええ・・・・ええ、全て私に任せてもらって結構です。では教皇、貴方に神の加護があらんことを。」

長々と呪符を当てて話をしていた『カーディナル』は、慈愛の笑みを浮かべたまま通信用の呪符を地面に叩きつけた。



「全く、一体誰のお陰で選挙に勝てたと思っているんでしょうか。」

「我らが『カーディナル』、御指示を。」

彼女は傍らに控えていた従士が言った。


「ええ、我々の影響下にある教会全てに実行を伝達してください。」

彼女の言葉を受け取ると、従士はすぐに走り去った。



「まあ、こちらも三日と言う時間が必要だったわけですが。」

でも少し言いすぎましたかね、と少々『カーディナル』は反省していると。




「さて、いつまで待たせる気だ?」

「ああ・・・失礼しました。」

不機嫌そうに彼女に声を掛けたのは、『魔導老』だった。





ここは第二十九層にある、“議会”の会場。


白亜で出来た壁と床や天井がある殺風景な広い場所で、中央に同じく白亜で出来た円卓が置かれている。

下の階層でエクレシアは昇降魔法陣のところまで行くのに四苦八苦しているが、“魔導師”なんて肩書きを持っている連中からすれば、空間転移やら瞬間移動やらはお手の物なのだ。




“議会”とは、『盟主』と十一人の“魔導師”によって行われる会議であり、“魔術連合本部”最高の政策決定機関である。


各“魔導師”は、既に『盟主』により各々の能力に適した事を依頼されているので、部下や下請けをするギルドに依頼を提示し実行させ、それの報告や新たな依頼の追加などがある。(命令ではなく、依頼なのがミソである。)


更には新たに生じた問題やそれの対策や解決について会議したり、下級魔術師で構成される治安維持を始めとする様々な任務を請け負う“執行部隊”を派遣したり、と招集に応じて色々と内容は変わったりする。

一言で言えば、強い権力と力を持った魔術師が色々と決める場所という感じである。




あらかじめ議題を提示して招集を掛けるのは基本、参加を許された人間なら誰でもできるが、参加を強制できるのは『盟主』だけである。

それ以外にも、年に一度は定期的に全員参加の招集が義務付けられている。



「今回は、『盟主』は不参加ですか。」

「事態を重く見ておられないのではないか?」

“魔導師”ギリアと、『魔導老』が言った。


集まったのは、招集した本人が驚くほど多かった。




まず、招集を掛けた教会系魔術の権威であり、その名の通りカトリック系の枢機卿として叙されている、唯一戦力の保持を『盟主』から認められている存在。

――――魔導師『カーディナル』。


精霊魔術を極め、魔導師の中でも特に強大な権力を持ち、政治下手の無能と罵られる『盟主』に代わって“本部”を実質取り仕切っていると呼ばれている男。

――――魔導師『魔導老』。


地上に住む原住民の技術の監視と調整を担当し、核技術の脅威を訴えながらも自身もそれに魅せられ科学を探究する野心高き物理魔術の第一人者。

――――魔導師『プロメテウス』。


死霊魔術と魔女術を極め、肉体を無くした今も魔術を伝道することに執着を見せる、不滅と謳われるほどの不死性を持つ中世魔女狩り時代の亡霊。

――――魔導師『パラノイア』。


数多の民族学から魔術を捻出し、北アジアの部族の呪術師を取り纏める稀代のシャーマンであり、転生し子孫の代まで何百年と生きながらえる女帝。

――――魔導師『エンプレス』。


“本部”の全てがある大図書館の管理者であり、『黒の君』を最も知りつくしていると言わしめる魔導書と魔具の解析を任せれば右を出る者は居ない、悪名高き人喰い女司書。

――――魔導師『ピブリオマニア』。


近年、ルーン魔術の大家である名門ハーベンルング家が輩出した、北欧系魔術を礎にして数多の魔術を駆使する武闘派の強大な貴族型魔術師。

――――魔導師ギリア。


下層に住む亜人や魔族を自らの実力で取り纏め、実質的に支配し、管理する魔族の代表にして魔族文明の魔術を極めたと言う最強のドレイクロード。

――――魔導師『マスターロード』。




そうそうたる面子である。

『盟主』が招集しなければ、普段はこんなに集まらないだろう連中まで来ていることに、『カーディナル』は驚きを隠せなかったものだ。







「“本部”の一大事と聞いたらねぇ・・・。と言うか、無様な『カーディナル』を拝めて清々したわ。」

『カーディナル』が教皇と話している間の、『パラノイア』の発言である。

彼女に負けて肉体と名前を奪われたと言う『パラノイア』の言い草は、負け犬の遠吠えにしか聞こえず周囲からは失笑を買っただけだったが。


亡霊の彼女は代理の若い女の肉体を用意して現れた。



「これだけ集まったのに、後の三人はどうした?」

魔族を監視する為だけに“魔導師”に祭り上げられて地上での実質的な権力は皆無が『マスターロード』が、暇を持て余して発現した。


「ううむ、同志『奇術師マジシャン』は多忙だから仕方ないとして、他はお家騒動が片付かず、あと一人は普段から行方知らず、会おうとしても会える輩ではないからな。」

「と言うか、自由参加だからどうこう言えやしないがね。」

顔を顰める『魔導老』に、いかにもシャーマンらしい派手でゴテゴテな民族衣装を纏った十代半ばに見える褐色肌の少女『エンプレス』が言葉を重ねた。


『エンプレス』の専門は祖霊信仰を始めとするアニミズムや世界の民俗学と言ったもの。

それらは『魔導老』と同じ精霊魔術の系統な為か、提携して色々お互いに融通しあったりしているので仲が良い。



「ところで、私はいつも発言もせずに様々な問題も知らんぷり、『盟主』に意見を求められてやっと口を開くあの同志『ピブリオマニア』が出張ってきたことに驚いているのだが。」

『プロメテウス』が嫌みったらしい口調で、大きな本を広げている人形のようなに可愛らしいふわふわした長い金髪のゴズロリ幼女に言い放った。

傍から見れば全くもって大人げないが、ぶっちゃけこの幼女の方が『プロメテウス』より年上である。


「確かに、俗世の事など知ったことではない、己の世界は本と知識だけと言わんばかりのお前が、どうしてここに来たのであるか?」

「・・・・・・・・・。」

腹黒くて様子見してる連中や人間性社交性皆無な他の奴らとは別に、普通に社交的な『エンプレス』が問うたが、当の『ピブリオマニア』は無言で本に目を落としている。



「つまらん・・・・。」

こんな機会でもなければこの面子と一同に会して雑談も出来ないと言うのに、『エンプレス』はがっくりとした様子だった。

彼女は今の事態をあんまり重く見ていないようだった。



「しかし、同志『ピブリオマニア』はこの中でも随一の知識人。その知識を借りられればこれ以上頼もしいことは無いでしょう。」

と、ギリアはにこにこと笑いながら言った。あからさまなおべっかである。


新参の彼はそれらしい功績も無い故に、らしい二つ名も無い。

ほぼ同時期に『プロメテウス』と魔導師に成った彼なのだが、あっちは自己アピールが上手く行ってすぐに『盟主』から仕事を請け負い、その実力を知らしめている。

彼が権力を集めるのに腐心しない方がおかしいというものだった。



一応、“魔導師”に序列は明確になされてはいない。

だからみんな同志と呼び合っている。


しかし、魔術師の世界は年功序列の実力主義であり、年上や先任が精神的に上になる。

そう言う意味では実質的な権利が皆無な『マスターロード』より、目立った功績の無いギリアは格下の扱いである。


『プロメテウス』がやたら発言し騒がしいのも、そう言う理由から来ていたりもする。




「しかし同志ギリアよ、彼女は貝のように口を閉ざし、いや本のように何も言わない。

そんな本を読もうにも彼女は逆にこちらが“読まれて”しまうほどのリーディングの達人だ。いかんとして彼女の知恵を借りようというのかね?」

「ははは、なるほど、確かに。」

これほどまでに、ほぼ同僚の『プロメテウス』に馬鹿にされて皺の一つも増えないギリアは、相当に面の皮が厚かった。


「では、先見の明を持つ者の名を持つ貴方に伺いたい、今起こっている騒動に対してどう思うでしょうか?」

そしてそう言い返すくらいなのだから、ギリアも食えない男である。



「それは同志『カーディナル』のお手並み拝見と言ったところだ。

なにやら準備をしているのに、横やりを入れるのは無粋と言うものだろう。」

「おやおや、魔術の他に無粋まで極めた貴殿がそう言うのであれば、相当な無粋なのだろうな。」

そして、横から『魔導老』が口を挟んできた。

言うまでも無く、あからさまに喧嘩を売っていた。


この二人の不仲は有名である。



「・・・・・・・・・ふん。」

しかし、やたら普段から口数が多く喧しい『プロメテウス』は、鼻で笑うだけで相手にしなかった。


「お、今までにない反応だぞ、普段なら言い返して険悪になるのにな。」

『エンプレス』がぼそっと呟いたからではないだろうが、喧嘩を吹っ掛けた『魔導老』も無言だった。



「なんだ、醜い人間の争いが見れると思っていたのだが。」

果てには『マスターロード』にそう言われる始末である。



「悪魔と言ったら魔女だが、同志『パラノイア』。

黒魔術に詳しい貴女には何か言えることが有るのではないか?」

そこで新たに話題を切り換えて『エンプレス』は、何となく『パラノイア』に話題を振った。



「降霊はむしろそっちが専門でしょうが。

だいたい、私たちが魔女なんて言われるようになったのはそこの女の所為なんだから。」

「おい、貴様。それを含めた上での黒魔術の体系を扱っているくせに、よくそんな口を聞けたものだな・・・ああ、こっちの話です。」

あまりにも『パラノイア』の発言がムカついたのか、わざわざ呪符での会話を中断してまで『カーディナル』はそう言った。



「今は歴史的事実の口論は後にすべきだ、今現在、問題は第二十八層を襲っている悪魔の脅威をどうするか、だ。」

語句を強めて、『魔導老』はそう言った。



「ねぇ、同志『エンプレス』。貴女が悪魔の声を聞いたらどうかしら?

魂ならその辺に転がってるし、そこから意識を読み取れば良いし。」

「悪魔と交信しろと? 我まで同志『カーディナル』に睨まれるのは勘弁願いたい。」

もう既に現在進行形で睨まれているので、『エンプレス』は肩を竦めるしかできなかった。



「こういう場合、占星術師辺りに捜索を依頼するのですが、どうでしょう?」

「残念ながら相手が一枚上手のようだ。一切手掛かりも掴めない。」

ギリアの言葉に、『魔導老』は首を横に振る。



「有名どころの悪魔は占星術とかが得意だって伝承が多いからねぇ、格下の悪魔を扱うだけでも裏を掻くのも隠れ潜むのも簡単でしょう。」

「どこかの誰かも隠れ潜むのが得意で探すのに苦労したがね。

・・・ああ、いえ、何でも有りませんよ。失礼しました。」

「うふふふふ・・・・いつまでも高みに居られると思うなよ。」

「ふん、『盟主』の温情が無ければ、その辺の低級霊と同じ有象無象になっていた分際で。・・・ああ、すみません教皇。あっちもこっちも忙しいので。」

じりじり、と『パラノイア』と『カーディナル』の視線がぶつかっている。




「“本部”の一大事だと言うのに、この二人はなに私情を持ちこんでいるのかね?」

馬鹿馬鹿しい、と言いたげな『プロメテウス』。

周囲から、お前が言うな、と言う視線が多数寄せられた。



「それより、悪魔と言ったら魔族。

同志『マスターロード』の方が詳しいじゃないの?」

話題を逸らすように、『パラノイア』が発言する。



「またその質問に答えねばならんのか?」

「なぜ私を見る。」

「ああ、そうだったな。」

『魔導老』の反応で、『マスターロード』は納得したように頷いた。

二人の同盟は秘密裏なのである。

と言うか普通に暗黙の了解だったので、誰もそのことには空気を読んで突っ込まなかった。


仕方なく『マスターロード』は彼に一度説明したことをもう一度繰り返した。



「まあ、現世と魔界は環境が違うから、全く同一種族でも能力やその性質が違うのは理解できるな。」

そう、『プロメテウス』は頷いて言った。


「その辺りの差異について興味深くはあるが・・・・。」

「私は同胞を貴様になど売ったりはせんぞ。念のために言っておくが。」

『マスターロード』が睨みながら言うと、彼はおどけるように肩を竦めた。



「それにしても、こんなことができる魔術師がまったく誰にも浮かばないと言うのはどういうことだ? 多少なりとも名が知れたりするものではないのかね?」

『プロメテウス』の発言はうっとおしく自己主張が強いが、的を射てはいた。

正論だけに、誰も文句を言えないのである。


「誰もが思っていることをわざわざ口にするのか、貴様は。」

「現状を把握し確認する為に口に出してまとめることは有効な手段だ。それが無駄だと言うのかね、老よ。」

「いいや。ただ、このままでは何の解決策も浮かばぬと思ってな。」

『プロメテウス』の正論を華麗にかわして嫌味を言う『魔導老』は、なかなかいい性格をしていた。



だが、ここに居る“魔導師”の中でも最も発言力のある彼の言葉で、皆が黙りこくってしまった。

彼の言うとおり、何の解決策も出なくなってしまったのである。




そんな時、ふと、金髪ゴスロリ幼女もとい『ピブリオマニア』が満を持して口を開いたのである。



「私は、『盟主』に言われて、ここに来た。」

彼女はコトンと広げていた本を円卓の上に預けると、僅かに顔を上げて実に小さな声で言ったのだ。



「どういうことだね? 『盟主』の名代として来たということか?」

いち早く発言した『プロメテウス』の言葉がここに居る面々の代表となった。


彼女が『盟主』の言うことしか聞かないのはここに居る誰もがよく知っている。



「こんなこと、できる人間、私は、知ってる。」

「なんだとッ!?」

こう着状態を軽くひっくり返す『ピブリオマニア』の言葉に、ざわめきが広がった。



「人は、迷ったら、答えは、過去に、問うべき。」

「同志よ、もったいぶらないで貰おうか。」

『プロメテウス』の言葉に、苛立ちが僅かに混じった。



「答えはいずれ、今へ追いつく。今は、迷うしか、ない。」

そう、意味深な言葉を残して、彼女は本に目を落とした。

もう自分の世界に入った、と言うポーズだった。


こうなっては、誰も彼女の口を開かせることはできない。




「・・・・・『盟主』は、この一件について何かを知っておられるのかもしれぬな。」

そして、『魔導老』がそう呟いた。



「なにせ、過去を一番よく知っておられる御方ですからね。

若輩者の私めにはどうすればいいのやら・・・・。」

とりあえず、話の流れに置いて行かれないように発言したのはギリアだった。


「我らが『盟主』の言動が理解に苦しむのは今に始まったことではないが・・・。」

首を傾げ、苦々しい表情で『エンプレス』は呟く。



「せめて名代がカノン殿だったのなら良かったのだが・・・。」

「何を血迷ったのか、『盟主』は先日己の手駒を世界中に分散させてしまったからな。

あの『盟主』を暗殺できる輩が居るとは思えんが、懐刀のカノン殿を少しでも遠くに行かせるのは避けたいのだろう。

空間転移の名手である彼女を、何とも宝の持ち腐れなことだが。今では邸宅に引きこもり、何をやっているのか分からない有様だ。」

「憶測で物を言うな、なんなら直接訪ねてくればいい。丁度すぐ近くだからな。」

『魔導老』は『プロメテウス』を睨みながらそう言った。


そう、第二十九層は『盟主』の自宅があるのだ。

それ以外にも、『ピブリオマニア』が管理する“魔術連合”の叡智が詰まった大図書館や、この“本部”最強の牢獄もこの第二十九層に存在する。

“議会”の会場と言い、ここには一番重要な施設が集まっている。



「面倒な。いっそ、訪ねてくればいいではないか。」

人間の機微など全く理解していない『マスターロード』がそう言った。



「そんな空気の読めない不敬をできるのは、あんた・・・同志『マスターロード』くらいでしょうねぇ。」

欠伸をしながら『パラノイア』は言った。もう完全に他人事である。



「はん、私が直接『盟主』に会えるものか。首を取りに来たと言われかねん。」

『マスターロード』は自嘲するかのように笑ってそう言った。

彼は自分がちっとも信用されていないことくらい理解しているのだ。


「それができたら、ここに居る我らも苦労はせんがな。」

そう言う冗談が言えるのは、『魔導老』だけだった。


周りからは同意とも取れない微妙な苦笑いが聞こえてくる。




「聞けば。」

ガタッ、と『魔導老』は自らに注目を集めるように立ち上がった。


「最近、『盟主』の邸宅に怪しげで見るからに胡散臭そうな女が出入りしていると聞いている。」

「なんだ老よ、お主は『盟主』を信用しておらぬのか?」

「飽くまで、聞いた話だ。」

横から『エンプレス』口を挟まれて、『魔導老』は少々不機嫌そうになってそう強調した。


なぜ彼女が口を挟んだかと言うと、『盟主』の邸宅の有るこの第二十九層は基本的に関係者以外立ち入り禁止なのだ。

だから、なぜそんなことを知っているのか、と疑問が生まれ、まさかお前『盟主』の屋敷を四六時中監視しているのか、と言う疑念に変わる。


しかし『盟主』に次ぐ権力を持つ彼にそんな事を言えるのは、空気を読まない『プロメテウス』か、彼と気さくに話せる『エンプレス』ぐらいだった。

この場に於いては、『マスターロード』は除外されるが。



「だがまあ、あり得ぬ話ではあるが、政治下手な『盟主』が馬鹿な人間の言葉によって惑わされ、良くない提案をこの場で出されても困る。

しかし、万が一のことを考え、私は第二十九層の出入りを調べたのだ。

そこで同志『プロメテウス』よ、貴殿は何か心当たりは無いかね?」

急に『魔導老』が天敵にそう振った。



「なぜそこで私に尋ねるかね、同志『魔導老』よ。『盟主』がどこの誰といつ会おうが、我々が知ったことではあるまい。」

「出入りを監視した所、私の部下がその怪しくて胡散臭そうな女を発見し、追跡したところ貴様の部下と会っていたのを目撃したらしいからだよ。」

「全く、私の部下だという証拠は?」

「白衣を着ていたらしいな。」

「なら私の部下で間違いない。」

即答だった。何か白衣に『プロメテウス』は並々ならぬこだわりが有るらしい。



「ちょっと待て・・・・・・ああ、彼女か。

腕のある錬金術師らしいな。私の部下のアメリア君が彼女に現在開発中の新型魔導デバイスの部品を発注したという記録が有る。詳しいことは私にも分からない。」

彼は額に手を当てると、すぐにそう答えた。


「名は?」

「知らんな。」

「これは驚いた。名前も知らぬ魔術師と取引をするとは。少々不用心ではないのかね?」

「私が聞いていないだけで、アメリア君なら知っているだろう。私は部下を信用し、仕事を任せているのだからね。」

「そうかそうか。それは素晴らしいことだな。

ところで、私の知らぬうちに言葉の意味が変わったらしいな。部下を使い捨て同然にすることを、巷では信用すると称するらしい。

そうそう、全く関係の無い話なのだが、第二十八層の混乱に乗じて我が“精霊宮”に侵入してくる賊が居たのだ。一匹ほど取り逃がしてしまったが、そちらに逃げたので気を付けることをお勧めする。」

「ほうほう、御忠告痛み入る。そんな下種は見つけ次第、そちらに首を塩漬けにしてお届けしよう。」

二人の間にぎすぎすとした空気が立ち込めている。



「これが今日のメインイベントかのぅ、相変わらず仲の悪いことで。」

「くっかかか、もっとやれやれ!! ぎゃははは、乱闘しろ、乱闘!!」

呆れ顔の『エンプレス』と、何が可笑しいのか大笑いしている『マスターロード』。


「毎度のことだけど、よくお互いに“戦争”とかしないわねぇ。」

どこまでも他人事といった様子の『パラノイア』が、物騒なことを言った。


お互い、一つの文化を極めるに至った魔術師が争えば、たとえ一対一の戦いであろうとそれは最早“戦争”なのだ。



「そんな愚はどちらも犯すまい。老は言うに及ばず、同志『プロメテウス』は十年もバカスカと戦っていた前任の阿呆どもを粛清して今の地位にいるのだからな。」

「お陰で、私の、知識が、いっぱい・・・ふふふふ・・・。」

いきなり『ピブリオマニア』が喋ったので、『エンプレス』もギョッとした。



「あー、あれは酷かったなぁ。思い出したくもないわ。」

「おやおや、出来れば後学のために教えて頂けないでしょうか?」

『パラノイア』まで渋い表情をしているので、気になってギリアが問うた。



「うむうむ、実はギリア殿が“魔導師”に着任する数年前ほど、突如『盟主』に“議会”の招集が掛けられてな。

集まってみれば二人の空席と、あの男が居たわけだ。・・・・動かなくなった二人を連れてな。」

「まぁ、いい加減被害を撒き散らすだけだから止めろって『盟主』にも言われてたのに、無視して戦い続けている方が悪いのよね。

戦争って刺激にはなるけど、生き過ぎて泥沼化すると文字通り毒沼でしかないから。」

「であるなぁ。で、その場で改めて、あの男こと同志『プロメテウス』の着任が発表された訳だ。そこで『盟主』は死体となった二人を我々の前で辱めた。・・・彼女に“喰わせた”のだよ。」

「それは・・・・何とも・・・。」

二人の話に、本当に何とも言え無さそうになったギリアだった。


その視線は、じっと本に目を落として笑みを浮かべている女児に向いていた。



彼女がどうして『読愛蔵書狂ピブリオマニア』なんて呼ばれているか、知っているかは、この場に居る誰もが知っている。

人間を本に見立て、その知識を読みつくして略奪する、魔術師にとって悪魔のような存在なのだ、彼女は。


魔術師にとって、それ以上最悪な死に方は無い。




「今思えば、見せしめだったのだろうなぁ。

我々に代わりが幾らでも居るとは言わないが、『盟主』に時間は幾らでもある。手痛いが、許容できぬ損失では無かったのだろうよ。」

「知識はちゃんと、“蔵書”出来たわけだしね。」

苦々しい表情をしている『エンプレス』に、笑えない冗談を重ねる『パラノイア』。


「始めから信じてはいませんでしたが、『盟主』を含め我々全員は対等だと言うのは幻想だったのですねぇ・・・。」

そんな言葉がギリアから出るくらい、彼にとっても衝撃的は話のようだった。



基本的に“議会”で何かを決める時、多数決を用いる。

ただ、十二席では偶数なので、『盟主』は二票、他の“魔導師”達は一票となっている。


その事実と、“魔導師”の過半数以上が『盟主』に与している面々なので、『盟主』が何か議題を持ちだした時は半ば茶番となるのだ。



「それはこの“魔術連合”がまだ“魔術同盟”だった頃の、更には貴殿のご先祖がこの世界に入植する以前の話だ。

如何ないたいけな乙女も、酸いも甘いも噛みしめ、千も齢を重ねれば、悪鬼羅刹の魑魅魍魎に成り果てると言うものだ。」

「おいおい人間・・ごほん、同志『エンプレス』よ、そんなこと言ってしまっていいのか?」

あまりにも口が過ぎるので思わず『マスターロード』が口を挟んだ。



「我らが『盟主』は昔の話で怒るほど器は小さくは無かろう。

ただ『黒の君』の弟子、と言う肩書きだけで盟主と言うお飾りに甘んじていたのはあの御方の命令だと言うのも大きい。

素晴らしい師弟愛だとは思わぬか? ただ一言、己の師に言われただけだと言われているのに、今もこんな大きな組織の首領の座に収まっているのだ。」

そう語る『エンプレス』の表情は、皮肉げだった。


あの『盟主』がひとえに恐れているのは、己の師たる『黒の君』の怒りだけだと分かっているからだ。



「うむうむ、私も是非ともそのようにしたいものですな。

苦難苦節を乗り越え、いずれこの私さえも超越してほしいと、我が娘には期待したいものです。」

しかし、ギリアは真面目に何度も頷いてそう言った。

そして、


「『盟主』の性格分析に役に立ちそうです。」

と、続けて彼が言ったことで『エンプレス』は、ああ失敗した、と言う表情になった。



「しかし、『盟主』も分からんな。あの『黒の君』が恐ろしいのはよくよく知っている、私も語り部のじい様から何度もガキの頃に聞かされた。

だが我ら魔族なら、幾ら恐ろしくても反抗を止めることは無い。虎視眈眈と牙と爪を研ぎ、憎き奴をくびり殺さんと狙うだろう。今も我が首を狙わんとする反逆者の芽を潰すことに苦心しているよ。」

「魔族の視点からどのようにあの御方が語られているか、ものすごく興味深いが今は置いておこう。

人間社会はそうなかなか行きやしないのだよ、同志『マスターロード』。

我もいろいろな部族を取りまとめているが、そのひとつひとつがやれ風習だのやれ伝統だのと、折り合わせるだけで一苦労だ。」

「しかし、部族の呪術師を取り込むのは上手い方法だな。それは私もやっている。

シャーマンや祈祷師、それに呪術を扱う特別な人間の一言は大勢のヒトを動かす。昔から変わらぬし、これからも変わらない良い方法だ。」

「たしかに。お互い多くの部族をまとめているだけあって話が合うな、同志よ。これは意外だった、後で酒でも飲みながら語り合おう。」

「それは良いなぁ、甘いものが有るとなお良いな。お前は分かる人間のようだ、同志『エンプレス』。」

何やら二人は意気投合していた。



「それは後日打ち合わせるとして、魔術師同士の師弟関係と言うのは何かと一筋縄では行かんのだよ。昔は基本一子相伝だったが今は違うだろう?

老も、同志『カーディナル』も効率重視、この“本部”や地上の人間から資質を持つ人間を集めては教育していたりもする。

そうなると、人間とは恩を感じる生物でな、己の師を尊敬し、悪くすれば師を超えるなんてことを考えなくなる。

それは駄目なのだ、駄目なのだよ。貴殿の言うように、くびり殺してでも上を目指し越えねば、魔術の究極には到達できない。その考えを我は部下に押し付けるつもりはないが、我自身は違う。

まだまだ上を目指したい、その為ならあと何代も使い潰しても構わない所存だ。」

「それは素晴らしいな。私も魔術の究極たる“創世”に至りたいな。

ちなみに、私は師を辺境に追い出し、老衰死させようと目論んでいるがね。」

「うむ。しかし何だろうなぁ。話はしっかり噛み合っているはずなのにどこか微妙にズレているような・・・・これは種族の違いなのか?」

「おおッ、それはよく老・・・ごほん、知り合いの人間によく言われる。

やはり言葉の壁は魔術で取り払われても、如何ともしがたい問題はあるのだな。」

「あ、ああ・・・。」

やっぱり何かズレてる、そう思わずには居られない『エンプレス』だった。




「弟子探しは苦労するわよねぇ、私は身の程を知っているから上は諦めたけど。

でも、世界中に目を広げても、なかなか自分の秘術を伝えられる逸材は居なくてねぇ。」

「貴殿の弟子探しは有名だからなぁ、同志『パラノイア』。」

有名どころか悪名高いほどだ、と『カーディナル』は横から聞いていて突っ込みたかったが、現在話し合いがようやくまとまってきた所なので我慢した。



「死んで見えてくるものもあるってことよ。ああ、もう何度も死を経験している同志『エンプレス』には釈迦に説法かしら。」

「いいや、そうでもない。精神を消耗する為、“死んだ”状態で居ることは無いからなぁ。肉体が有ると無いとでは違和感は凄まじいのでな。」

「そうそう、肉体が無いと、自分がだんだん消えていく感じがするのよねぇ。

ホントはただの喪失感でしかないし、精神が消えるわけじゃないんだけれど生きてた頃との齟齬が半端じゃない。

そこに矛盾が生じて、自己がすり減ると私は解釈しているわ。この“世界”の存在を認めていないからね。」

「では認められていない存在である霊は、なぜ現世に居る?」

『エンプレス』がニヤリと笑いながらそう問うた。



「はぁ、シャーマンのあんたにはそれも釈迦に説法でしょう?

伝説の英雄の亡霊ならまだしも、ただの幽霊じゃ影響力が少ないから、“見逃されてる”だけでしょ? でも自然法則として気が狂うほどの違和感があるのは逃れられない。

こんなの基本だわ、馬鹿にするのも大概にして欲しいわね。」

「いやいや、それも解釈が多数あってな。貴重な魔女殿の意見を聞けて嬉しいよ。」

「多数の解釈を知っていながら魔術師で有るんだから、真実にたどり着けていないなんて言ったらあんたの精神ぐちゃぐちゃにするわよ。」

「おお、怖い怖い。お主も魔女術を修めているのだから分かるだろうが、民俗学は奥が深くてな・・・。」

と、何やら語り始めた『エンプレス』に、早くも『パラノイア』は辟易し始めているようだった。



「普段は北アジアに居られるのでなかなか雑談する機会はないのですが、『エンプレス』のような御方は魔術師の世界には貴重ですな。」

「探りを入れているだけで、本質は様子見している我らと変わらんよ。」

と、ギリアの言葉にようやく『プロメテウス』との舌戦に決着が付いたらしい『魔導老』がそう言った。




「さて、いつまで待たせる気だ?」

そして、不機嫌さを引き継いだままの『魔導老』が、呪符での会話を終えた『カーディナル』にそう言った。


「ああ・・・失礼しました。」

で、彼女が軽く非礼を詫びて、話は冒頭に戻る訳である。




「準備は終わったのかね?」

こちらも不機嫌そうにしているがどこまで本当かは不明な『プロメテウス』が問う。



「あと二時間もすれば一掃できるでしょう。

その時には犯人に目に物を見せてやろうと・・・・。」

ふと、不自然な所で『カーディナル』の言葉が切れた。


その視線の先に、全員の目も集中する。






「あ、初めまして“魔導師”方。私、リネン・サンセットと申します。」

一人の女が、“議会”の会議場の入り口である両開きの扉を開いてやってきた。

隣に、見るからに禍々しい雰囲気の悪魔を引き連れ、




「犯人です、出頭しに来ました。」


波紋を投げかけるように、やってきた。





話は、時間はエクレシアが彼女に遭遇した時にまで遡る。














本編までワンクッション。会話が中心なので少し見づらかったらごめんなさい。


私が作る話の欠点は、同じ技はなるべく使わないようにしたいがために、キャラの数が多くなってしまうことです。

さらには設定が多く、キャラ付けも苦手ということです。

主人公の視点に戻ると当分出てこないというのに・・・。


というわけで、要望があれば軽い人物紹介ぐらい追加するので、遠慮なく言ってください。



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