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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
二章 悪魔騒乱
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第二十八話 エクスキューショナー





「やっとここまで来れましたね。」

エクレシアとアビゲイルは、中央の昇降魔法陣に直線で最短距離の地点までたどり着くことに成功した。


エクレールが引き受けてくれているからか、予想以上に悪魔に遭遇せずに済んだ。

途中先回りしてくる悪魔に遭遇しても、『魔導老』配下の精霊魔術師が瞬く間に駆けつけて対応してくれたことも大きい。

恐らく、彼が話を付けてくれたのだろう。



「後は彼女を待つだけですね。」

「はい。」

エクレシアは頷いた。


しかし、待ってるだけでは間が持たない。

アビゲイルは必要が無ければ何も言わないだろうが、それではエクレシアは居心地が悪かった。


適当に話題を探し、そう言えばクロムさんと知り合いなんですか、と声を掛けようとした。



「うーーーーん。」

すると、向こうから歩いてくる人影があった。


「あの、ここは危険ですよ。どうかしましたか?」

悪魔が化けているという風でもないし、なにやら困った風に唸っているので、エクレシアは声を掛けることにした。



「あ、ああ~、騎士さんじゃないか。いやぁー、助かったよ。

実はこの辺りに人が居なくなって困っていたところなんだよ、どこか人が居る所はわかるかな?」

「これから昇降魔法陣へ向かって下層へ行く所なのですが、そこに避難してください。どうやら最後の転移が行われるそうですから。」

エクレシアがそう言うと、彼女はにっこりと笑ってそう言った。


「あ、ありがとうございます。」

思わず照れるエクレシア、彼女が照れるくらい、その女性は美人だった。


しかしながら、その美人さが台無しになるくらいの絵の具だらけダボダボの作業着姿で、これはこれで良いと言う人もいるかもしれない、とぼんやり考えるエクレシアだった。

だが、彼女は終始気付かなかった。


彼女のどこがどう美人で、何が美しいのか。全く分からなかったのだ。

それに気付いたのは、後ろから見ていたアビゲイルだけだった。




「私たちも行くので、よろしければ一緒に行きましょうか?」

「いやいや、それには及ばないよ。

あはははは、君たちの戦いを邪魔するわけにはいかないからね。」

そう言って頭上のベレー帽を抑えて一礼し、彼女は持っていたカンバスを抱え直して、瘴気の中に歩いて行った。



「あ・・・え?」

危ない、とエクレシアが追いかけようとしたが、後ろからアビゲイルが彼女の手を掴んだ。


「彼女は、大丈夫でしょう・・・。」

「え? は・・はぁ・・・。」

アビゲイルはなぜか視線をそらして躊躇いがちにそう言った。

エクレシアは彼女の意図が分からなくて戸惑ったが、クロムとの待ち合わせもあるし、ここまで中央までそう遠くないので大丈夫か、と納得することにした。




「いやーーー、待たせてごめーん。

ホント、途中で精霊魔術師の連中が来なかったら手古摺ったわー。」

そして、ほどなくしてクロムが軽機関銃を抱えたまま走ってきた。



「無事で何よりです。」

「じゃあ、いきましょうか。私のことなら気を遣わなくて良いわ。下級悪魔なんて欠伸が出るほどぬるい連中だったわ。」

言うだけあって、クロムは汗の一粒も掻いて居なかった。



「分かりました。行きましょう。」

「はい。」

アビゲイルに促されるまでも無く、エクレシアが歩みだそうとした。



「うあーーう、あーーーー。」

しかし、その時、近くの木の陰の向こうから呻き声のようなものが聞こえてきた。

茂みがあるので姿は見えないが。


「怪我人ですか!?」

治癒魔術が得意なエクレシアは戦闘後には救護係に混じって負傷者の治療を手伝っていた。

性分なのか職業病なのか、思わず彼女はそう言って振り向いた。



「あ、お構いなく。疲れて愚図ってるだけなんで。」

「そうですか、分かりました。」

「早く生きましょう。」

茂みの向こうからそんな明るい声が聞こえて来たので、クロムに急かされたこともありエクレシアはあっさりと頷いて待たせていたアビゲイルと共に瘴気の中に踏み行った。





一方、茂みの向こう側では・・・。



「あーー、あーー、うあーーー。」

「はしたないですよフウセン。ちょっと静かにしてください。」

そこには、寝転がっている“処刑人“フウセンと、下敷きで彼女に風を送っているフウリンが居た。

どちらも近くに学生カバンが置いてあり、いかにも学校帰りの学生である。


「だってフウリン!! あいつらのせいで、ウチ、補修サボってきたんやで?

中間試験で赤点取ったら魔界に行ってあいつら皆殺しに行くで。つーか、それよか、担任に補修サボった言い訳考えるんの手伝ってくれへん?」

「普段から居眠りしているのが悪いんですよ。

何のために『盟主』がわざわざ学校に通っても良いと言ってくれたと思っているんですか。フウセンは彼女の恩を仇で返すつもりですか?」

「せやかてぇ、勉強って将来就職する為にするもんやろ?

せやったら、ウチらはもう就職先決まってるようなもんやろ、勝ち組や、勝ち組。」

「いや、そうではなくてですね。魔術を学ぶためには基礎的な学力を、と『盟主』はわざわざ・・・。」

「あーもう、わかっとるがな!!」

あまりにもうっとおしいと感じたのか、フウセンは大声でフウリンを怒鳴りつけた。


「ウチかて、ぎょーさんやることあるんよ。ウチの魔力、制御するのにどんだけ苦労しとると思うてんねん。

ウチだって友達と遊び回りたいし、買い物もしたいんや。狭苦しい所でじっとしてるなんて、耐えれるかアホ。」

「友達・・・居るんですか?」

「黙っときぃ!! しかたないやろ、こっちの仕事も忙しいんやから。」

「・・・・・・」

フウリンは、複雑そうな表情で彼女を見つめた。



「あーもう、この世の全部木端微塵にぶっ壊してしてやりたいわ。」

「洒落になりませんよ・・・。」

フウリンは苦笑いで返すことしかできなかった。


すると、その時、フウリンの学ランの内ポケットから軽快な音楽が鳴り響いた。

携帯電話の着信音だった。最近、ある錬金術師がこの“本部”に基地局を作ったとかで、普通に通話もメールもできる。テレビも普通に見られるらしい。

魔術的なジャミングの効力がある瘴気の影響を受けずに連絡する最上の手段だった。


フウリンはすぐに携帯電話を取り出して、画面を見た。



「おや、ロイドさんからだ。・・・はい、もしもし。」

『助けてくれ!! 殺される!?』

「ロイドさん!? 大丈夫ですか? 今すぐ助けに行きますから、状況と場所を教えてください!!」

何やら切迫した空気に、フウリンは動揺して声を荒げた。


『サイネリアの奴、ムチャクチャだ!!

あのアマ、呪詛の盾代わりに俺を使うんだ!! 死ぬ、死ぬううぅぅ!!!」

電話から、ぶんぶん、と風を切るような音が絶え間なく聞こえてくる。

彼の声に重なるようにフウリンも聞いたことが有るアニメの主題歌が聞こえてくる。熱唱しているのはサイネリアだった。



「流石、人呼んで“暴虐の使徒”・・。

余所から拝見するのは初めてですが、これは凄まじい・・・・。」

すでにフウリンは二人の場所を、携帯電話を通して捉えており、その場所を遠見することに成功していた。



「大丈夫そうですけれど・・・・助けに行きますか、フウセン?」

「どんな感じなん?」

「ええと、そうですね。」

フウリンはその辺の道端を選んで、カバンの中からペットボトルに入ったミネラルウォーターをぶちまけた。


それで出来た水たまりの円周をなぞる様に、醜悪なイモムシの姿をした悪魔の化身が喰らい進む。

そして、一周するように虫食いが出来上がると、そこに有った水たまりが別の場所を映し出したのだ。




「あー、これはたしかにキッツイわぁ・・・。」

のっそりと起き上がってフウセンはその虫食い穴を見下ろした。


文字通り、ロイドが盾にされていた。

ひらひらフリフリの魔法少女のコスプレをしたサイネリアが彼を左手に掴んで、縦横無尽に飛んだり跳ねたり、獅子奮迅の圧倒的な戦闘力で何体もの悪魔を物ともしていない。

ただ、ロイドからしたら急加速と急停止が何度も行われてシェイクされているような状態だったが。



「そか、サイネリアちゃんって物理魔術が専門やったな。

ほなら、呪詛に対する抵抗力はペラッペラの障子紙やもんなー。」

「だからロイドさんと組まれているんですよ、彼女は。

彼女もフウリンのように持ち前の魔力で弾き返せるなら苦労はしないのでしょうが。」

「ウチは魔力よりサイネリアちゃんの頭がええわ。

あの娘、物理演算めっちゃヤバいんよ。未来予知並みやで。こないだ数学の宿題手伝ってもろたら、見ただけでぜーんぶ・・・・。」

ふと、長い付き合いのフウリンは、フウセンの頭の上にピカーンと電球が光ったような幻視をした。

相棒が余計な浅知恵を絞り出したのが目に見えたのだ。




「あー、ロイドくーん? サイネリアちゃんに代わってーな。」

フウセンは今だに何かロイドの声が聞こえてくる携帯電話をフウリンからひったくると、耳に当てた。



『・・・・はーい☆ フウリンちゃん元気ー?

私の魔法で貴女のハートに (σ´□`)σ(σ゜∀゜)σ・・・…━━━━ズッキューン!!

今日は悪魔なんかと戦っています、魔法少女サイネリアちゃんですよー♪」

やたらきゃぴきゃぴした声色のサイネリアの声が電話越しに聞こえて来た。

普段は暗くてぼそぼそとしか話さない彼女から想像もつかない。



「相変わらずスゴイキャラしてんなぁ・・・。

それよか、ウチにええ考えがあるんやけど。乗るかいな?」

『いいよー!! フウセンちゃんには素質が有ると思うな♪

今度、私のお古・・ごほん、この間妖精さんから貰った変身アイテムがあるから、一緒に変身してこの世の悪と戦いましょう☆」

「いやぁ、それは堪忍してほしいわぁ・・・。」

フウセンがそう呟くと、向こうで肉が潰れるような音が聞こえて思わず携帯電話から耳を離した。


虫食い穴にはしっかりとサイネリアが悪魔を片手で捻り潰した姿が映っていた。

水風船が破裂したように悪魔の返り血が彼女に降りかかるが、彼女は一切汚れていなかった。


『うげぇ!!』

ただ、首根っこを掴まれているロイドは彼女の力の恩恵を全く受けておらず、頭から返り血を浴びてむせたようだった。



「なんや・・・これ以上はロイド君が可哀そうになってくるわ。

・・・おい、フウリン、なんやその人のこと棚に挙げてなに言うてんのやって顔は。」

「それより妙案があるのでしょう? 早く教えてください。」

「あからさまに話題逸らすなや、・・・うーん、まあええか。」

涼しい顔で顔まで逸らすフウリンにフウセンはジト目を向けるが、言葉で敵わないのは分かってるのですぐに本題に入ることにした。


フウセンは電話の向こうのサイネリア達とフウリンに作戦を伝えた。



『つまり、合体魔法ね、フウセンちゃん!! 流石私が見込んだ娘ね♪』

「いや、そういうんやなくて・・・はぁ、もうそれでええわ。

・・・・そんじゃ、いっくでー。フウリン、方角の方をよろしくなぁ。」

「分かりました。」

フウリンが頷くのを見届けると、フウセンは虚空から魔剣を顕現させた。


すぐに、瑠璃色の魔剣“ヴァイデューリャ”が変形する。

それは筒状の物体だった。具体的には、60mmバズーカ砲だった。



「レトロですね・・・。」

「あんなフウリン、バズーカから出るんわ弾やない、ロマンや。」

「はぁ・・・。」

それは創作と混同しているのでは、とまで言うほどフウリンは空気を読めなくはなかった。



「魔力チャージ、最ッ大ッ、火力ぅうう!!

――――いっくでー、大艦巨砲主義やぁあああ!!!」

フウセンは普通にバズーカ砲を構えないで抱えて持って、トリガーを水平にして魔力を注ぎ始めた。


桁外れに圧倒的な魔力が、たった一本の魔剣に注ぎ込まれる。

普通ならキャパシティがオーバーして壊れて砕け散るのが落ちだが、彼女と共鳴して呼応するように相乗的に魔力の力が増幅されているその姿は、傍から見れば寒気がするような光景だった。



『全力全壊ですね、わかります。』

「(意味は分かってないんだろうなぁ・・・。)」

と、思いつつも魔剣が収束している魔力の密度と量に内心ひやひやしているフウリンだった。



どごーん、と一条の瑠璃色のレーザー砲がバズーカから放たれた。

それは真っ直ぐ直進し、あらかじめ開けてあった虫食い穴の中を通って、サイネリアの目の前にまでやってきた。



「ちょ!?」

あらかじめ作戦を聞いていたロイドだったが、こんなイカレた量の魔力を撃ってくるなんて思ってもみなかった。



「ちょいやぁあああ!!!」

そして、あろうことかサイネリアは、そんな魔力のレーザーを右手拳で迎撃したのである。


「(あ、俺死んだわ。)」

その時、ロイドはそう確信したらしい。



彼女の周囲一帯が瑠璃色の光で満ちた。

無秩序だった魔力の奔流が、凄まじい速度で規則性を帯びて行く。


サイネリアがくるくると踊る様に回る。

彼女の周囲に滞留した魔力の粒子が共に踊る様にくるくる回る。


そのままではただの爆発として大惨事を引き起こすだけだった魔力の光が統制され、理性ある暴虐へと変わったのである。

妖精のような彼女の舞いが、周囲を薙ぎ払う力へ無駄なく変換されたのだ。



それはまさしく魔法のように、地上の瘴気を押しのけて、悪魔を消し飛ばしていく。

この時、彼女達は今回の一件で最大の戦果と・・・・最大の被害を齎した。



彼女の魔術で民家百棟以上、木端微塵のクレーターの中に一部になってしまったからだ。

爆心地だった。グラウンドゼロだった。





「・・・・悪は滅びた(キリッ)」

ドヤ顔のサイネリアに、突っ込みをいれる人間は居なかった。

彼に首根っこ掴まれていたロイドは完全に気絶していた。


フウセンとフウリンの二人も、あまりの魔力の暴虐に退避していたのもある。

二人と連絡を取ろうにも、生憎携帯電話は今のショックで電源が落ちて再起動する羽目になった。



サイネリアが再起動を待っていると・・・。




「やぁ、元気でやっているようだね。安心したよサイネリア!!」

まるでそこに居るのが当たり前のように、一人の男が現れた。



「・・・父上。」

驚いて、彼女はロイドを地面に落してしまった。

同時に別人のようだったテンションの声色が、すっかり冷えて元に戻ってしまった。


彼の名は、ギリア・シェロ・ハーベンルング。

“魔導師”ギリア。



「何年振りだっけなぁ、“処刑人”として働いているとは聞いては居たけど、いやぁ、随分と大きくなって、見違えたじゃないか!!」

本当に嬉しそうな表情で、彼はサイネリアを抱きしめた。

地面に落ちているロイドなんて目にも入っていないようだった。


「父上こそ、お元気そうで・・。」

「ああ、何も言わなくて良いんだ、お前は昔から無口な子だったからね。

さて、私もこれから“議会”が開かれると言うことで時間が無いし、お前も忙しいだろう。たまには家に帰ってきて妹を安心させてやるんだよ。」

ぽんぽん、と優しく彼女の背中を叩いてそう言うと、“魔導師”ギリアは振り返ると同時に消え失せた。



「・・・・あの妹が、心配なんてするものか・・。そもそも父上だって・・」

すると、ぼそぼそと呟くサイネリアの携帯電話に、最近お気に入りのアニメの主題歌が鳴った。



『サイネリアちゃーん、ロイド君生きとるかー?』

「生きてるよー♪ これっくらいで気絶するなんて、なっさけないよねー☆」

フウセンの声が聞こえた瞬間、サイネリアは“変わって”いた。


『いやー、さすがにあれはビビるって。

ロイド君もダウンしてるようやし、いっぺんこっち戻ってきーや。」

「うん☆ そうするよ♪」

サイネリアは頷いて携帯電話を切ると、目の前に虫食い穴が現れた。


彼女はロイドを引きずりながらその中に入っていくと、すぐに虫食い穴は何も無かったかのように消失した。







―――――――――――――――――――――――――――――――






「うわッ!?」

地面が揺れて、思わずしゃがみこんで伏せるエクレシア。


「何が起こったのですか?」

直後に凄まじい突風が吹き、瘴気が一気に薄くなった。

ただ、彼女は起こるはずの無いこの場所で地震が起こったことに混乱していた。



「どうやら、戦略級の魔術が発動したみたいね。

私は派手な魔術は得意じゃないから、羨ましいわ。」

「・・・・一応街中ですよ、非常識極まりないです。」

クロムとエクレシアは体勢を立て直して、走り続ける。


だが、その時、エクレシアの前に民家の壁を背にしてうずくまって泣いている修道女の姿があった。



「そこの貴女ッ、大丈夫ですかッ!?」

エクレシアは同胞を助けることに躊躇いは無かった。

しかしながら、無情にもその修道女の頭上から悪魔が飛来してきたのである。


その数は、五体である。



マズイ、とエクレシアは思った。

教会の関係者と言えども、普通に悪魔と戦える人間など全体からみれば少数でしかない。

彼女がその少数だと期待できるほど、エクレシアは楽観的な性格はしていなかった。



だが、結果的に彼女の心配は徒労どころか、最悪の形で裏切られてしまった。





「  ふんぐるい むぐるうなふ  」



それは、カメレオンの捕食に似ていた。

地面から水たまりが出現し、そこから凄まじい速度で上空を飛んでいた悪魔を“何か”が出てきて、悪魔を蠅のように水たまりに引きずり込んだ。




「・・・・・・・」

「うわ、始めて見た。あれって邪神崇拝者ってやつ?」

呆然としていたエクレシアだが、クロムが気味悪そうに呟いてそう言ったことでハッとした。



「っく、くくくく、仲間だと思って声かけちゃった? 残念、天敵でしたー。」

彼女は嗤う、きゃははははははははは、と高い声で、子供のように。

幼い声色だったが、立ち上がった彼女は二十代半ばだった。


まるでショーのように見せつけるように修道服を脱ぎ去ると、中には背中を大きく開いたゴシックロリータを着ていた。

黒髪の日系の顔立ちだが、そこに居る彼女の顔に浮いているのは狂気じみた笑みだった。


だが、彼女はそんな身体的特徴など印象に残らないほど強烈な特徴が有った。



彼女は、浮いていた。


背中から、ドレスの下から、半透明で淡く光る半透明の無数の触手が伸びて、彼女を支えていたからである。

同時に、海鮮物を腐らせたらこうなるだろうと言う吐き気を催す腐臭まで漂ってきた。



「ねぇねぇ、どんな気持ち? 手を差し伸べるべき弱者だと思ったら、相手は唾棄すべき敵だったってさ、あはははははははは!!!」

ぺちゃ、ぺちゃ、と触手を動かして歩み寄ってくる女。



「近づくな!!」

エクレシアは怒りと悔しさで歯を食いしばりながら、ハルバードの切っ先を向けてそう言い放った。



「あれ、なにそれ、私を斬ろうって言うの? あははは、良いよ、やって良いけど、後悔しちゃうよ、しちゃうよ~? きゃはははははははははは。」

言っていることはただの言葉だが、彼女の言葉は心を抉り削ってくる。

彼女の得ている邪悪な異界の神の加護は、この世のありとあらゆる精神防護を無視する特性を備え、相手の心を汚染する。



クトゥルフ系邪神崇拝者、それがこの女の正体だった。

この系統の魔術を使う連中には、地上の宗教だのなんだのは全てご託に成り下がる。


自身に対しても相手に対しても、最も危険で最も邪悪で、凶悪な魔術体系なのだ。

性質の悪さならその辺の悪魔崇拝者なんか足元にも及ばないほどである。




「手を出してはいけません、彼女は“処刑人”ジェリー。

手を出せば、『盟主』に反逆したとの口実で逆襲に遭います。

彼女はその手のトラブルを何度も起こしていますが、その実力は折り紙つきなので誰も文句を言えないのが現状です。」

「か、彼女が、“処刑人”ッ!? 『盟主』はこんな外道を飼っているのですか!?」

エクレシアは、アビゲイルの言葉に信じられないと言ったようにそんな言葉を漏らした。



「あっはははははははははははははははは!!!

ねぇねぇ、どんな気持ち? こーんな悪い魔術師が、実は正義の味方だなんて、きゃははははは!! きゃははははは!! おっかしぃ、おっかしい!!

あんたみたいな真面目ちゃんが悔しがる表情が大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きできゃはははははははははははは!!!!!

だから、私は“処刑人”になったの。」

「く・・・ぅ・・・・」

狂気の声音が、エクレシアの心を削っていく。


「うわー、悪趣味ー。マジでこう言うの無理だわ私・・・。」

後ろのクロムが嫌そうに呟いた。



「くあはははは、権力ってこれだから最高よねー。

でもこんな可愛らしい娘に手を出せないって残酷よねー。私、触手とかでぐちゃぐちゃのめちゃめちゃにして女の子を泣き喚かせてよがらせて孕ませて狂わせるのとかあ、とっても興奮するのよぉ!!

・・・ねぇねぇ、どうしてあなた味方なのー? 早く斬りかかってよー?」

神経を逆なでる言葉を投げかけながら、おぞましい触手を操ってエクレシアをつついてくる“処刑人”ジェリー。


エクレシアは自分がかたかたと歯を噛み鳴らしているのを自覚していた。

だが彼女の理性的な部分は、彼女に手を出せば『カーディナル』に迷惑がかかることと、彼女のバックにある『盟主』の力の強さを訴えている。


だが、それでもエクレシアはハルバードの柄を振り上げずには居られなかった。

分かっている、それが彼女の策略なのだとしても。



「およ? どうしたのー? なにがしたいのー?」

「先に、・・・進み、ましょう・・・。」

かろうじて、理性が己を守ることに成功した。

エクレシアはハルバードを振り下ろすことなく、その切っ先を地面に下ろした。



「なーんだ、つまんなーい。まぁいいや、今は味方だし見逃してあげるー。

うーん、かわいい女の子の悪魔とかいないかなー?」

ジェリーは急につまらなさそうに呟くと、懐から何やら本を取りだした。

そして、彼女はスカートの下から伸びている触手を操って、民家の屋根に上って触手で海中を泳ぐように飛び去って行った。




「っはあああぁぁぁぁ。」

ガクッ、とエクレシアは崩れ落ちるように両膝が地面に付いた。

かちゃかちゃ、と鎧の音が何とか自分の精神を安定させてくれるものであると彼女は初めて気づいた。



「いやー、今のはよく頑張ったと思うわ・・・。

多分だけど、誘惑系の催眠使ってたわねあの女。精神防護が意味無いって話だけれど、ホントなのねー。私だったらあの顔に銃弾を喰らわすわ、ホントに。」

クロムも脂汗を掻いていた。

彼女はそれを隠すように饒舌に口を開く。



「世の中には敵より恐ろしい味方が居ると言いますが、彼女はその中でも最上の部類でしょう。」

流石のアビゲイルも、そんな無駄口を叩くくらいには疲れたようだ。


「そう言うレベルじゃないと思うけれど・・・。

案外居るものねぇ、ああいう悪魔より悪魔じみてる女って・・・。それにあいつの持ってた本、魔導書よ。

ちらっと見たけど、大師匠の著書よ。手を出してたら悲惨なことに成ってたわね。」

私はノーマルだからああいう性癖には付いていけないわー、と溜息を吐くクロム。



「でもまあ、あれに耐えられるならリネンも大丈夫かも。」

「え? 何か言いました?」

「い、いいえ、何でもないわ。」

思わずぼそっと呟いたクロムの言葉に、ようやく息を整えたエクレシアが反応した。



「先に進みましょう、こんなことをしている場合ではないですから。」

「貴女ってタフねぇ・・・。少し位は休んでもいいけれど?」

「我々の取り柄はタフさですから。」

そう言って、エクレシアは立ち上がった。



「それに、瘴気が有る場所で休むなんて言語道断ですよ。」

「まあ、確かにね。引き返せる距離だけれど、こんなに瘴気が薄い状態がいつまで続くか分からないものね。先に進みましょう、目的地はすぐそこだわ。」

「はい。」

エクレシアは頷いた。


三人は、すぐに行動を開始し、走り出した。









そして、




「―――――待ち侘びましたよ。」



目的の建物が見えたその時、希望を摘み取る悪魔の声が放たれた。

最悪の女が、現れたのだ。










最近、某所で投稿してるこの『魔族の掟』のスピンオフ元である“三人の魔女”シリーズの第一作、“夢の射影”編の改定版をこっちで投稿することにしました。

ここの目次のタイトルの上にシリーズモノとして表示されているので、よかったら見てください。合わせてみると詳しい設定がよく分かります。


あと、詳しい更新情報は我がブログで。

『873デスの作業室』と検索すると出てきますので。


それでは、以上です。


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