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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
二章 悪魔騒乱
31/122

第二十七話 最悪の女




ズバシュ、とエクレシアのハルバードの一撃が悪魔の体を捉え、真っ二つに引き裂かれる。



「これで、三体目・・・・。」

「マズイですね。」

圧倒的に悪魔と遭遇する頻度が激増した。

精霊区画に入ってから、殆ど移動出来ていない。



「明らかに悪魔に目を付けられたようです。

地上で“ 悪魔の刻印デーモンサイン”が確認されたようです。

解析班によると、影の裏側に獲物が居る、といった内容で。」

ちらほら悪魔の姿が見えてきた。

今までは瘴気が無かったから悪魔を倒せてきたが、見晴らしのいいこの場所では孤立無援である故に地上より状況は不味かった。



「まさか、我々を狙ってきているのですか? どうして・・・」

そんな問答をしている暇は無かった。


エクレシアの疑念をよそに、遠方から悪魔が二体飛来してきた!!



「まだ来ます!!!」

臨戦態勢を取るエクレシアの前に、更に三体のデーモンが立ちはだかった。



「瘴気が無ければ倒せなくもありません、先手必勝です!!」

瘴気が濃ければ濃いほど、悪魔の力は増す。

正確には発揮できないと言うのが正しい。“世界”が悪魔と言う異物を認めないからだ。


瘴気の有無で、最大十倍は発揮できる力が違う。

瘴気は悪魔と言う“世界”の異物を誤認させる力があると考えられているのだ。



とはいえ、相手は五体である。

問題は前列と後列、壁役と後方支援役が居ることだ。


如何なエクレシアとて、悪魔の魔術の集中砲火を受ければ一溜まりもないだろう。

それどころか、後衛は二人が前衛を倒している間に一網打尽に出来るだろう“大技”を使う余裕があるはずだ。


状況は、最悪だった。

アビゲイルは、この場から逃走を図るため、この世界からの離脱を試みようとした。




その時である。


からん、と悪魔三体とエクレシアの間に、というより明らかに悪魔に向かって投じられた物体があった。


それは、カセットボンベだった。中身はプロパンガスなどが入っている市販の物だ。

それが手榴弾のように爆発した。



「く、わッ!?」

至近距離で爆発を受けたのに、エクレシアにはなぜか衝撃はやってこなかった。


不意打ちを受けた悪魔三体が吹き飛ばされ、トドメとばかりにカセットボンベが無数に降り注ぎ爆撃が襲う。



「主任助手長、任務中ですが、援護します!!」

ふと、アビゲイルにそう呼びかけられた。


「シンシア!!」

援護をしたのは近くの民家の影に隠れていた女性だった。

真っ黒な首から足首まで覆う際どいボディスーツに白衣と言う格好だった。


「私だけではありません。」

彼女がそう言うと、同様の格好をした女性四名が周囲の民家から現れたのだ。



「術式“プロメテウスの火”を展開!!」

「魔力装填オーケー、術式の制御安定ッ!!」

「座標確定、終息領域を確定。」

「術式“プロメテウスの火”を発動ッ!! 消し飛ばします!!」

突然後衛の悪魔に奇襲を仕掛ける。

四方から一つの大型の魔法陣を展開して、巨大な光が収束する。


そして、目も眩むような大爆発が起こり、二体の悪魔は木端微塵に吹き飛ばし、瞬く間に撃破してしまった。



「す・・ご・・・」

完全に制御し尽くされた大爆発は、余計な余波など出さずに綺麗な球体を描くだけで消滅した。

エクレシアは絶句するしかなかった。



「超小規模な疑似的な核融合を発生させる魔術。

古来より神として崇められてきた太陽を極小で再現し、顕現させるこの大魔術に燃やし尽くせぬものはありません。」

シンシアは誇らしげにそう語った。


どんなに火に対する対策をしていようが、そんなものはこの圧倒的な超火力の前には無意味であると言わんばかりである。

概念的にも最強クラス、単純ゆえに対策が出来ない火力だけなら地上最強レベルの大魔術であった。



ちなみにカセットボンベを投じたのは、プロメテウスはウイキョウに火を隠したという伝承ともう一つ、作業場の炉の中にウイキョウ(この場合、トウシンソウと描写されている場合が多い)を入れて火を点火して地上に持って行ったという伝承がある。


この魔術は炉=焜炉=カセットボンベ=火種のカセットコンロと言う、連想ゲームみたいなこじ付けである。

だが、案外魔術なんてこんなもんである。




「太陽崇拝主体の術式ですか・・・。」

「ギリシア系も少々入っていますが、概ねその通りです。」

「なるほど・・・ん?」

すると、エクレシアは地面や周囲の民家がふにゃふにゃと“たるんで”いるのだ。


ここは影の世界なので、影だけの世界なのに疑似的とはいえ太陽の光があることに矛盾が生じ、“世界”を構築する要素が不安定になっているのだ。

それも太陽の光が完全に消え失せると、元の形に何事も無かったかのように戻った。



「(というか、あの格好・・・あの人の趣味でしょうか・・・。)」

エクレシアはアビゲイルの下に集まってきた五人の格好を思った。



「ご無沙汰です、主任助手長。」

そう言ってアビゲイルに傅くシンシア以下四人。

感情が希薄なアビゲイルより、彼女らの方が人らしく見える。


「はい。それは特殊任務用ステルススーツですね。極秘任務でしょうか?」

「ええ、作戦番号22564356、秘匿コード88956523です。」

「なるほど。しかし、その作戦は博士が決行しないと『カーディナル』の目の前で仰っていましたが?」

「それは主任助手長が補佐している博士とは別の博士です。」

「なるほど、博士らしいですね。」

アビゲイルが頷くと、彼女を含めた六名が一斉にエクレシアの方を向いた。



「ひッ!?」

そんな機械じみた動きに、彼女は一瞬たじろいだ。


「ここで彼女たちに出会わなかった。貴女は何も聞かなかったし、何も見なかった。オーケー?」

「「「「「オーケー?」」」」」

「・・・・・」

どうやら、聞いてはいけない類の話だった。

一斉に彼女たちの指先がエクレシアに向けられている。


断ったらレーザーで蜂の巣にすると言わんばかりだった。




「・・・・神は真摯な私の祈りに耳を貸しておられたので、御方はきっと余所見をしていだでしょう。」

遠まわしに、私は何も見て居なかったし聞いても居なかったし神もそうだろう、と自己完結する為の定型文だった。

今のような小事より大事を優先する場合、協力者の悪事とかを例外的に見逃す場合に使う。


魔術師の業界、こんな利害一致での共闘は、案外多かったりするのでエクレシアは割り切ることにした。



「では、この世界にこれ以上留まるのは得策ではないので、地上から進路を取りましょう。

精霊区なら悪魔の駆逐は終えているので、中央の昇降魔法陣まで最短距離で行ける場所まで移動しましょう。」

「・・・・わかりました。」

危険なのは貴女でしょう、とまで言うほどエクレシアは豪胆な性格ではなかった。







・・・・

・・・・・・

・・・・・・・




ぐわん、と漆黒の世界から見慣れた地上の風景へと戻る。

歪んだ平衡感覚が戻ると、教会区画に比べて植物などの緑が多いことが目につく。


間違いなく、精霊区画のようだった。

教会区画の方には、区画すべてを覆うように瘴気が渦巻いている。


瘴気の内部から脱出するのは成功したようだった。



「もたもたしていられません。行きましょう。」

「はい。」

アビゲイルはこくりと頷いた。


だが、次の瞬間、だっだっだ、と瘴気の中から無数の悪魔が出現した。

十体、二十体、まだまだ増える・・!!!



「マズイ、逃げましょう。」

緊急事態にも関わらず、アビゲイルは淡々とそう言った。


「くッ、タイミングが悪い!!」

愚痴を言う暇もない。

エクレシアはそう思いながら駆け出した。


しかし、悪魔の軍勢が放つ魔弾が豪雨のような密度で降り注ぐ!!

その弾幕は、もはや壁としか言いようが無いだろう。



「術式、“電磁障壁”を展開、効力規模最大。領域計算・・・完了。」

全速力で走っているにも関わらず、カタカタとノートパソコンのキーボードを弄っていたアビゲイルが指を鳴らすと、無数の魔弾が一斉に火花を散らして爆発した。


強烈な電磁気が空間を振動させ壁を作り、そこを通った魔力は電磁気の影響を受けて変質し、不安定になり自壊するのである。



しかし続く第二射の魔弾が無数に放たれる。

今度は牽制の弾丸だけでなく、砲撃クラスの魔術攻撃が次々と飛来する。


魔術砲撃が電磁障壁を突破して突き進むが、電磁波の影響で照準が逸れて二人の周囲に着弾する。

まるでハリウッド映画の爆破シーンさながらの中を、二人は駆け抜ける。



「うッ!?」

だが、不意にアビゲイルが足を止めて地面に両手を突いた。


「どうしました、・・・かッ!?」

エクレシアが振り向くと、彼女は目を見張った。


アビゲイルは黒い靄みたいなモノに纏わり付かれ、今までピクリともしなかった顔に苦悶の表情を浮かべていた。



「呪詛ッ!?」

エクレシアは自分の甘さに歯噛みした。

相手は悪魔なのだから当然のように遠隔間接攻撃をしてくるのだ。


エクレシアは神の僕なのでその加護を受け、邪悪な呪いや呪術に対して強い抵抗力を持っている。

彼女の運命は神が握っているからだ。


だが、アビゲイルはどこかの神を信じているようには見えない。

神の力を基にしていない系統の魔術師は、そう言った抵抗力を得るのは難しい。

だからあっさり呪詛攻撃を受けたのだ。最悪、ただの一般人並みの防護しかない場合もある。


ただの一般人並みの防護力なら悪魔の呪詛を受けた直後に即死するだろうが、流石に彼女ほどの魔術師は自身の魔力で外部からの魔力干渉に抵抗に集中しているので、瞬く間に生命力を奪われて即死には至らなかった。

しかし、多数の悪魔が迫ってきているこの事態では、何が違うというのか。


エクレシアなら時間を掛ければ解呪ディスペルできるが、そんな暇など無いことは誰よりも知っている。



「行ってください・・・。」

「いいえ、呪詛を行っている悪魔を倒します。」

もはや彼女を助ける方法はそれしかない。



「行けええぇッ!! 私に、任務失敗の汚名を着せる気か!!」

「で、ですが・・・」

呪われて今にも激しく消耗していると言うのに、アビゲイルは凄まじい形相でエクレシアを怒鳴りつけてきた。



「博士の指示を守れないくらいなら、壊れた方がマシです。」

「・・・・・・」

エクレシアはどうすれば良いか、何を言えば良いか分からず、口をぱくぱくとすることしかできなかった。

そうしている間にも、悪魔が迫ってくる。



「くッ・・・・」

エクレシアが、苦渋の決断をしようと意を決した。





その時である。


「いえーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!」

馬鹿みたいに大きな声が鳴り響いた。




「おいおいヤンキーども、お嬢さん二人相手に大勢ってのは無いんじゃないのかーい?」

マイクスタンドとスピーカーを両手にわざわざ持って、そんなことを言う馬鹿が居た。

きぃぃぃぃぃん、とマイクのハウリングが喧しい。


現れたのは、戦場を舐めてるのかと言いたくなるような格好の男だった。




「これより先はー、このエクレール様がエスコートするからー、でめーらみたいな不細工ヅラの野郎は帰ってくねーかな?」

きっと本人は格好いいと思ってるだろうポーズを決めて、エクレールと名乗った男は言った。

ドヤ顔だった。エクレシアが一番嫌いな軽薄な手合いだったので、段々半眼になっている。



「やぁやぁ、騎士のお嬢さんと知的なお姉さん、俺と一緒に“精霊宮”の庭でお茶しないかーい?」

「御断りです!!」

エクレシアは声を張り上げてそう言った。


馬鹿の登場に悪魔たちも呆気にとられているようだった。

しかし、それも束の間で、悪魔たちはエクレールに先ほどの返答を無数の魔術で返した。



「邪魔すんじゃねーよ。」

エクレールはスピーカーを置いて、背負っていたギターケースを開けた。

その中に入っていたのは、意外にも普通にエレキギターだった。

この業界、ギターケースに入れるのは剣を始めとした得物や表に持ち歩けない物ばかりだからだ。


手慣れた様子で稲妻を模したエレキギターのアンプをスピーカーに接続すると、じゃーん、弦を鳴らした。


その直後、色とりどりの光源が無数に現れたのである。



「可視化された、精霊!?」

精霊と言うのは本来目に見えないほど希薄な存在である。

それを見るには特別な才能が必要であり、エクレシアはそれには恵まれなかった。


だが、そんな彼女にでも普通に見えるほど活性化した精霊が周囲に夥しいほど出現したのだ。



「俺の歌を聴けーー!!」

エクレールが激しくエレキギターをかき鳴らす。

それに呼応するように、周囲の精霊が一斉に明滅し、



半径数十メートルが、雷撃で埋め尽くされた。





「―――――!!」

轟音で、耳がおかしくなりそうだった。

かろうじて強烈な光から右腕で目を守ったが、あまりにも凄まじい光に視力がまだ戻らない。


数秒ほど目をぱちぱちさせると、ようやくエクレシアの視界が戻った。


精霊魔術の利点は、精霊を介して自分の限界より大きな力を発揮できる点である。

今のように多数の精霊と契約できる自分の陣地においての防衛戦闘では、特筆するべき戦闘力を発揮することができるのである。


ただでさえ、自分の人知で周到に準備すれば魔術師は実力の三倍までの相手と戦えると言われているのに、彼ら精霊魔術師は更に防衛戦が得意なのである。

悪魔を教会区画から一匹も撃ち漏らしていないのは、この防衛力の賜物だろう。



「大丈夫かい、お嬢さん方?」

エクレールがアビゲイルに手を差し伸べてそう言った。


「大丈夫、です・・・。」

「オーケーオーケー、お嬢さん方が無事で何よりだ。」

自力で立ち上がったアビゲイルを見て、エクレールは軽薄そうな態度とは別に子供のように笑った。


とても、この辺り一帯をぐちゃぐちゃにした男には見えなかった。



「俺は『魔導老』が配下、エクレール。

まあ、そのうちあの爺には隠居してもらうんで、覚えて置いて損はない名前だぜ?」

そんな冗談を言ってエクレールは場を和めようとしたのかもしれない。


しかし、なごんでいる暇はなかった。

ばっばっば、と更に悪魔が瘴気から飛び出してきたのである。



「ったく、これだからヤンキーどもは。

マジで空気が読めねぇんだから。―――おい、皆。」

きゅいーん、とエクレールはエレキギターを鳴らした。


すると、精霊が活性化して可視化され、すぐに消失した。



「精霊の加護を付与したぜ、これでしばらく呪詛を弾ける。

・・・・急いでいるんだろう、お嬢さん?」

「私を手助けする義理も筋合いも無いでしょうが?」

助けられた上に餞別までくれたと言うのに、アビゲイルの態度は冷たかった。


二人の上司というか、『魔導老』と『プロメテウス』の不仲は末端のエクレシアも知るところである。



「俺も魔術を研究する身でね、それで一つ真理を見つけたのさ。

―――――困っている女性に手を差し伸べない理由なんて存在しないってね。」

気障ったらしい台詞回しで、彼はそう言った。



「さぁ、行きな。俺をヒーローにさせてくれ。

お姫様を追う無粋な悪者は、俺が焼き殺してやるよ。」

「礼を言います。」

エクレシアはそれだけ言うと、アビゲイルと共に走り出した。




エクレールはというと、



「俺様、かっくぃー。」

自分に酔っていた。



「んじゃ、まぁ、仕事を続けますかねぇ。」

轟音が止む気配は、まだまだない。






・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・・・・




対魔術戦闘に置いて、基礎の基礎の戦略として土地を使わせない、というものがある。

分かりやすく言えば、地脈霊脈の類の地下エネルギー資源を使用した大魔術を相手に使わせてはいけない、と言うことである。


悪い魔術師が堂々と悪い面をふんぞり返らせて居られるのも、これに先ほど説明した三倍の法則が適用されるからなのだ。

だから騎士団の工房攻めは、陣地取りゲームみたいなものである。

場合によっては、何年も掛けて、最悪そこに町があっても土地を枯らしてから攻める。


当然、町は滅びる。

地脈の中心は土地が肥えており、人はその上に町を作る傾向が多いからだ。

いずれ魔力が枯渇し、廃れるのだ。



何が言いたいかというと、戦術的戦略的にも悪魔がこうやって瘴気を使い、地上を無理やり奪い取るという方法を使うのは、当然なのである。




「うッ!?」

二人の前に、熱い瘴気が発生して、爆発的に周囲に拡散した。


足を止めた二人の前に、ゆっくりと三体の悪魔がケケケと笑いながら下りてくる。

エクレシアはとっさにアビゲイルの前に出て彼女を庇った。


悪魔の一体が人間の反応速度よりずっと早く弾幕を形成して射出してきたのだ。

だがそれは飽くまで牽制に過ぎず、本命は残り二体が僅かに遅れて使用してきた束縛弾だった。


両手の握りこぶしを合わせたくらいの大きさの悪魔の言語がびっしり刻まれた魔術弾が二人の足元に着弾すると、効果範囲に居た二人は呪詛が刻まれたロープみたいな魔力の縄で一瞬にしてぐるぐる巻きにされていた。

鮮やかな手口だった。



嫌らしいほど堅実で、確実性の高い方法である。

世に言う悪魔のイメージとは違うかもしれないが、悪魔とはこういう連中なのだ。




「ククク、我ラ、悪行成就セリ・・・」

「速ク契約主ニ届ケネバ・・・。」

淡々と、悪魔は言う。

きっとそこには人間には計り知れない感情があるのだろう。

口も防がれて地面に転がされているエクレシアに、それを斟酌するつもりはなかったが。



「クククク、オ前ハ我々ヲ悪魔ト蔑ムガ、ワタシハ哀レデナラナイ。

覚悟スルガイイ。アノ女ハ、オマエヲ所望ダ。奴ハ貴様ラガ言ウ悪魔ヨリズット残虐ダ。我々ノ悪行ハ生キル為ダガ、アノ女ハソウデハナイカラナ。」

ぐぐぐ、っと悪魔はエクレシアの顔に近付いてきて、耳元でそう言う。


それは恐怖や悲しみと言った負の感情を煽り、食らう為の言葉である。

エクレシアは屈しなかった。



「イイ目ダ。希望ガコノ世ニ存在シテイルト、本気デ思ッテイル目ダ。

オマエノソノ美シイ心ヲ挫キ、無残ニ砕クノガ私デナイノガ、残念デナラナイ。」

「無駄口ヲ叩クナ。」

「アア、コンナ強制労働ナド早ク終ラセルニ限ル。アンナ、人間ガ言ウ悪魔ミタイナ女ノ元デ働クノハ割リニ合ワナイ。」

「ダガ、楽シイデハナイカ。」

「アア、マッタクダ。」

クケケケケ、と、悪魔たちは表情を変えずに笑い声を挙げる。

恐怖を煽るためだと分かっていても、エクレシアは戦慄するほかなかった。


悪魔の一点において、極大の信用が置けることがある。

そう、悪魔は決して嘘を吐かないのだ。


と言うより、嘘を吐く、という概念が無い。

存在そのものが人間より高位な彼らは、人間に対して何かを偽るということを理解できない。

知識で知っていても、それを実行する理由が無いし、長期的に見て不利益にしかならないからだ。


この世の伝承のありとあらゆるものがすべて正しく伝えられていないように、それは揺るぎ無い事実なのだ。



しかし、今は事実よりこの状況の打破だった。

必死に束縛術式の解呪をしているが、スパコンで作った暗号文に古いPCで挑むようなものだった。

スペックそのものから違いがあり、何よりこの状況が不味かった。

捕らわれの身でなければ、対策はいくらでもあるのだが・・・。




「はーい。」

絶対絶命の危機的状況で、妙に軽い声が聞こえた。

エクレシアには、聞き覚えのある声だった。


「第二十八層がヤバいって聞いて、助けにきたわよー。」

全く探したわー、とその人物は悠々と姿を現した。



人生全てを楽しんでいそうな笑みを浮かべた女だった。

左手にバタフライナイフと、左腕に軽機関銃を抱え、古めかしい仕立ての黒衣を纏っている。


彼女は、


「(クロムさん!?)」

なんでここに、とエクレシアは目を見開いた。

彼女のあまりの神出鬼没ぶりに驚いたのだ。



「ちなみに、ここではアイマ・イミーマインと名乗ってるわ。

千の偽名を持つ女・・・・ミステリアスで素敵でしょ?」

まるでエクレシアの心を読んだようなタイミングでクロムは言った。

しかし、絶対何も考えてないだろうなぁ、とエクレシアは思った。


「んー!! んー!!」

そんなことより、エクレシアは悪魔が目の前に居るので必死に彼女に危機感を訴えようとした。

この後に及んで助けを求めようとしないあたり、彼女は実に真面目な人間だった。



「あっはっは!! なにそれ、海老の真似!? おかしー!!」

動画取っちゃおう、とか言ってバタフライナイフを持っている手で器用に携帯電話を取り出してエクレシアに向けるクロム。

緊張感なんて彼女には無かった。



「(なんで逃げないんですか!!)」

錬金術師の彼女に、悪魔の相手は荷が重い。

というより、相性が悪い。錬金術師なんて自分は神様より三倍すごいとか頭悪いこと平気で言っちゃう選民主義に凝り固まった連中である、と言うのがエクレシアの認識だ。失礼である。

実際クロムもそんな人間だし、神様の加護が無ければ悪魔の呪詛を防ぎようがないのだ。


とにかく必死で、エクレシアは悪魔たちを盗み見る。

すると、なぜか彼らは不思議そうな、どこか困ったように小首を傾げて、小声で何かを話し合っていた。



「どうしたの? やらないのかしら、悪魔さん?」

「許可ガ下リタ、殺ス。」

「そうでなくちゃね!!」

クロムは楽しそうに笑って、バタフライナイフを投擲した。


しかし、そんな見え見えの動作、悪魔は腕をふるって弾くだけで終わった。



「―――――ギヤァァァァァァァ!!!」

すると、なぜか悪魔が悶え苦しんだ。

投擲されたのは、バタフライナイフではなかったのだ。


地面にガラス片が転がっている。形からしてフラスコだった。

中身は、聖水だったのだろう。そうでなければ悪魔はあそこまで苦しまない。



「あはははは!! 騙された騙された、悪魔のくせに騙されてやんの!!!」

悪魔をおちょくるように、クロムは可笑しそうに笑った。


クロムの左腕には、展開された仕込みクロスボウが存在していた。

袖の中に折りたたまれて隠されていたそれは、聖水の入ったフラスコが装填されていたのだろう。



仲間がやられたことで、残り二体の悪魔も当然、魔法陣を展開する。

が、その内の一体はクロムの持つ軽機関銃の掃射によって瞬く間に撃ち殺された。


頭から、木端微塵だった。

市販の銃器では考えられない連射速度と威力で、たった一丁で殆ど弾幕を張れていた。

だから木端微塵、胴体が原型を留めず、悪魔の体が地面に撒き散らされた。


銃自体だけでなく、弾丸一発一発にも明らかに呪術が施されていた。

丁寧にも、今ので撃った軽く百発近いだろう弾丸全てに。それだけで札束を相手に投げているようなものだった。



「ごめんねー、ここじゃ上から使う銃器の制限をされてないの。

手加減もできる相手じゃないし、私も痛いの嫌だから。一方的にやられて死んで欲しいの。」

「粋ガルナ!!」

クロムの態度に悪魔も相当ご立腹の様子だった。


一瞬で牽制の魔弾が無数に放たれる。

クロムは惜しみなく軽機関銃で弾丸をばら撒いて、次々と魔弾を撃ち落としていく。


コストの面でまともな神経をしているならこの時点で発狂している。

しかも、位置取りを調節してちゃんと弾丸が悪魔に向かうようしているのだから、彼女はまともな神経はしていないようだった。



それで、悪魔は防戦一方だった。

魔弾で牽制しているが、クロムの軽機関銃の威力が馬鹿げているため障壁を張って守りに徹している。

多分本気で張っているだろう悪魔の障壁が、がりがりと削られているのが目に見える。

無理に防いでいるので、悪魔本人に多大な負荷が掛かっているのが丸分かりだった。


悪魔はオペラ『魔弾の射手』でもあるように、人間の銃器を知っているはずなので、彼は弾切れを狙っているはずである。


しかし、それはいくら待ってもこない。

もう軽く二千発は撃っているだろうに、一向に弾切れは来ない。

彼女の足元には、うず高く空薬莢が積まれていく。その質量はすでに銃の本体を上回っていた。



クロムは暇になった左腕でクロスボウを装填した。

具体的には、わざわざ左足の足首の上にベルトでフラスコが何本かセットされており、左足だけで左腕のクロスボウの装填を出来るようになっていた。

そう、軽機関銃で銃撃しながら、左足を上げて左腕のクロスボウを装填したのである。

随分と器用なマネである。



クロスボウに装填されているフラスコが、射出される。

対象は、今銃撃している悪魔ではなく、最初に聖水を浴びた悪魔である。


分身体ならまだしも、聖水を浴びたくらいで本物の悪魔が怯み苦しみはしても倒すことなんて簡単ではない。

一時的に無力化したにすぎないのだ。


とは言っても、いかな聖水と言えども、正しい聖職者が正しい使い方をしなければ、その効力はガタ落ちする。

悪魔の復帰は早かった。今度はあっさりと聖水入りフラスコは魔弾で撃墜された。


そこからその悪魔は驚異の身体能力を発揮して跳躍、殆どクロムの真上から強襲を仕掛けたのだ。



「あ・・・。」

難なく回避してみせたクロムだったが、悪魔の一撃が地面をたたき割り、その衝撃で地面が揺れ、バランスが崩れて、彼女は尻もちを突いてしまったのだ。


必殺のタイミングだった。

尻もちを突いたことでクロムの持つ軽機関銃の銃口が明後日の方を向いていた。

それを悪魔に向けるまでの取り回しは、どんなに銃器を改造しようと覆らない“間合い”の問題であった。


悪魔の剛腕が、クロムの首をへし折らんと振るわれる。

そんな状況でも、彼女は、




「実はこれ、魔剣なのよね。」

悪魔より悪魔らしい笑みを浮かべていたのだ。



悪魔が殴りつけたのは、クロムの頭ではなかった。

彼女を守るように出現した、十本束になって剣山のようになったバタフライナイフだった。



「これ、一本に見えるでしょ? 実はね、これ、“百万本”なの。」

次の瞬間、悪魔は銀の洪水に押しつぶされた。


その全てが、彼女の左手にあったバタフライナイフ。

全身串刺しとは、これのことだった。しかし、その圧倒的な質量の前に、その惨状を目にすることはできなかった。


ただ、夥しいナイフの山の下から流れ出る悪魔の血が、彼の状況を物語っていた。




「あっははははは、これ分かる? ヘルメスの靴のレプリカ。これ履いているのに、転ぶ訳ないじゃない、悪魔の癖にどういう目をしてるのよ!! あははははは!!!」

くるん、と体に力を入れた様子のも無いのに、立ち上がって腹を抱えて悪魔をあざ笑う女がそこに居た。


エクレシアはその惨状を見て理解した。

妙にプライドが高い彼女が、下層であの彼と自分によく手を貸すのか。


それは簡単な話だ、彼女は本気を出したら強い。かなり強い。

手加減していたとはいえ、負けたのが許せないし、ましてやその相手の片割れが殆ど素人だったのだ。彼女のプライドは、痛く傷付いたことだろう。

超が付くほどの完璧主義者、珠に瑕が許せない彼女は、自分が雑魚の雑魚に負けたことを許せないのだ。自分が誰かに劣ることが、文字通り死んでも許せなかったのだ。


だから、彼女はあの『マスターロード』から許可を取ってまで、あの地獄の底までやってきたのだ。



「これだから下級悪魔は、くっふふふふふ・・。」

クロムは、軽機関銃の銃口を残った最後の悪魔へ向けた。


悪魔は状況不利と悟ったのか、翼をはためかせて飛び去って行った。



「ざーんねーんでしたー。

このコスト度外視の我が最高傑作、『魔弾の射手(Der Freischütz)』の精密射撃モードの最大射程は、二キロでーす。」

かちゃり、と銃身にある小さなレバーを回して、悪魔が消え去った瘴気の向こうへ銃口を向ける。


一秒足らずのマズルフラッシュ、それだけでクロムは銃口を下した。

結果は、聞くまでもなかった。




「だいじょうぶー?」

クロムがバタフライナイフ型の魔剣で束縛魔術の縄を引き裂いていく。


「あ、ありがとうございます。」

口が自由になったので、とりあえずエクレシアは礼を言った。

気に食わない相手ではあるが、助けられたのは事実だったのだから。


「いいのよー、貴女には期待しているんだから。借りは体で支払ってもらうわ。」

クロムはちっとも変わらない笑みで言う。

・・・・・エクレシアは心の底から後悔しかけた。



「不覚を取りました、すみません。」

「いえ、こちらこそ・・・・危なかったです。」

クロムが縄を引き裂き、エクレシアがアビゲイルを助け起こした。


その時、エクレシアは二人が一瞬目配りしたのを、見逃さなかった。

だが彼女は純粋な人間だったので、知り合いだったのかな、と思うだけだった。



「それより、行きましょう。」

「ちょっと待って、実は昇降魔法陣なんだけど、悪魔が拡散しないように封鎖されちゃったらしいのよ。」

「なんですって・・・・。」

「大丈夫大丈夫、実は今日、あと五時間後に避難民の最後の転移が行われるらしいのよ。現在防衛線の真っ最中だけど、当然行くわよね?」

「勿論。」

エクレシアは即答した。

クロムも満足そうにうなずいた。


だがしかし、それを許さない存在が居た。



ばっばっば、と悪魔が再び現れたのである。

もう何度目か、エクレシアも忘れてしまった。


「私が殿を務めるわ、先に行って。こいつら、撃ち殺してから合流しましょう。」

「では、この地点で。」

アビゲイルがパソコンを開いて、表示された地図のある地点を指さして見せた。



「オッケー、さっきこの辺に悪魔がいっぱい居るって精霊魔術師の連中が騒いでたから、結構楽に行けると思うわ。」

「分かりました、御武運を。」

エクレシアがそう言うと、彼女はアビゲイルと共に瘴気の向こうへ走り去って行った。





「ふぅ・・・・・」

クロムは二人が見えなくなると、深く溜息を吐いた。



「ちょっとぉ・・・聞いているんでしょ? 話が違うじゃない。」

そして、両手を無防備に垂れ下げて、先ほどからの笑みが嘘のように曇った。


すると、悪魔の一体が彼女の目の前に下りてきて、こう言ったのだ。



『え、だって、叩きのめしてやってって言ったの、メリスじゃない。』

どちらかと言うと男性的な顔立ちのデーモン種の悪魔から、若い女の声が発せられた。



「ちーがーうーわーよー!!」

クロム・・・・否、メリスは眉を顰めて否定した。


「私はね、何だか元気無さそうだったから、喝を入れるために悪魔をバサーっと倒さしてね、自信を付けさせてあげようと思っただけよ。

それがどうしたらこんなバイオハザードみたいになってるのよ!!」

『あれ? そうでしたっけ?』

悪魔の口からどこかとぼけたような声が聞こえた。


きっと素で言っているのだろう、とメリスは思った。

悪魔を介して話をしている相手は、長年の付き合いがあるのだった。



『私に聖職者をどうこうしろって言われたら、最終的には廃人にするに決まってるじゃないですか。あははは、だって私、悪魔崇拝者ですよー?』

何を当たり前のことを言っているのだ、という態度だった。



「完全に人選ミスだわ。もうちょっとドラマチックな演出できる相手にすればよかった。」

メリスは額に手を当てて首を横に振った。


「でも、だからと言ってここまですること無いじゃない。

私、師匠に殴られたわよ。どんだけ損失だしたと思ってるのよ。誰が貴女の身分を保障してあげてるか、理解してるの? 恩を仇で返された気分だわ。」

『あー、『盟主』に・・・それは気の毒な事をしましたね。

ごめんなさい、メリス。貴女には言うべきでしたね。でも、これは個人的なことで、貴女を巻き込むと迷惑を被ると思ったので黙ってたのです。

だから、貴女の頼みとは全く関係ないですから、貴女が責められる言われが無いので安心してください。』

実に理知的で、まともな対応である。

理知的に、まともでありながら、彼女は狂っているのである。



「あら、そうなの。だったらさぁー。」

メリスはふと、どこか怒ったようにそう言うと、



「――――なんで、私も誘ってくれなかったのよ。」

ゾッとするような狂気を湛えた笑みを浮かべていた。




「ねぇ、私と貴女が居て、出来なかったことは今まで何か一つでもあったかしら?

ねぇ、リネン。私と貴女は、親友じゃない。そんな私が、貴女の相談を乗らないはずが無いわ。なんで一言も言ってくれないのよ、悲しいじゃない。」

『貴女のそういう情が厚くて義理堅い所は大好きですよ。』

「私も、今の私が居るのは貴女のお陰だもの。

貴女の力は本当に助かってるわ、下層の魔族の領域に堂々と歩けるように『マスターロード』に話を付けてくれたの、貴女だもの。

この銃だって、貴女が紹介してくれた上級悪魔の技師の力を借りなかったら出来なかったわ。」

『悪魔の技術を再現してしまう貴女の方がどうかしてますよ。』

それより、と悪魔の向こう側の彼女は言った。



『さっきの女の子、やっぱり私に任せてくれませんか?』

「駄目よ、貴女絶対に壊しちゃうもの。

私が居れば肉体が駄目になろうと大丈夫だけれど、貴女が壊すの心だもの。悪いけど、それに関しては貴女の趣味の悪さには付いていけないわ。」

『あはははは、理解してもらわなくて結構ですから。

大丈夫ですよ大丈夫、ちゃんと手加減しますって。だいたいこんな場所くらい、本気になればすぐに制圧させるのは簡単なんですよ?』

ただ、本気にさせたくない相手がいっぱい居るので無理ですが、と彼女は付け加えた。



「じゃあ、いざとなれば私が横やり入れるけれど、良いわね?」

『貴女の邪魔をしてまで、私は自分の楽しみを優先したいとは思いませんよ。』

「なら、良いわ。」

メリスは頷いた。向こう側に居るのは、この世で最も信頼してはいけない人種たる、悪魔崇拝者。


しかしながら、彼女が絶対に嘘を吐かないのは、メリスは知っている。

なぜなら彼女は、嘘を吐くと言うことを、悪魔に差し出してしまったのだから。



「ちゃんと、喝を入れて、自信を付けさせてよね。リネン。」

と、厳命するメリス。


『分かってますよ、メリス。』

だけど、悪魔を介して彼女に話しかける女は、言わなかった。




『メリス、貴女ってば空気読めないから、誰かの気を使うといつも失敗するんですよね。』

と。


彼女は、悪魔崇拝者。

嘘なんて吐けなくても、人間は幾らでも人を欺けるのである。



その名は、リネン・サンセット。

趣味、聖職者を生かさず殺さず嬲って楽しむこと。

最高最悪の錬金術師の親友らしく、人類に牙を向いたこともある最悪の魔術師である。


人間の苦しめる方法なんて、誰よりも熟知しているのだ。




「それじゃ、どうしてこんなことをしたの?」

そして、メリスは今回の一件の核心を問いただす質問をした。



『実はですねぇ・・・。』

子供が悪だくみを伝えるように、どこか楽しそうに小声になって、リネンは親友に今回の一件の原因を伝えた。















ちなみに、私の書く作品は主人公が空気になるのはよくあることです。

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