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第二話 箱庭の園






「オークの彼に聞いたよ。

ダメじゃないか、食べ物を粗末にしちゃ。最近食糧不足なんだから。」

翌日になって俺が目を覚ますと、テーブルの横の椅子に座って本を読みながら黒いパンのようなものを齧っているドレイクがいた。


昨日は暗くてよく見えなかったが、ここは書斎らしかった。

それほど大きな部屋ではないが、壁の代わりに本棚があると思うくらい所狭しと本が敷き詰められている。



「・・・・・・これはッ」

そして、その中に日本語の本があった。


夏目漱石著、『心』の初版だ。

本の価値は分からないが、これは中々手に入らない代物ではないのか?




「本当に、ここは地球だったのか・・・。」

「へぇ、文字は読めるんだ。中々のコレクションだろう?

僕の父親の集めた奴を少しばかり拝借したものばかりだけどね。」

いまだ異世界かどこかに連れて来られたと思っていた俺は、どこか泣きたくなるほどの安心感が去来したのだ。

だからドレイクの言葉なんて耳に入らなかった。



「ここは・・・どこなんだ?」

改めて、俺はドレイクに問うた。



「だから、ここは“箱庭の園”さ。僕ら魔族はそう呼んでいる。」

「魔族・・・。」

その言葉が彼ら化け物全体を称している言葉だと容易に想像でき、それを裏付けるような意味が脳裏に伝わってくる。




「場所は世界地図で太平洋の経度180度、緯度45度くらいに位置する、三十層からなる巨大な建造物さ。

日本語が読めるってことは、君は外の人間なんだろう?

ならば君から見ればこの場所は異世界から約千年もの昔、この世界に移住しにきた人間の魔術師が支配する場所、だね。」

「人間の・・魔術師? ここには人間が居るのか!?」

「居るには居るよ。十五層より上にだけど、そこから下は我々魔族の領域だ。ちなみにここは第二層。」

「そんな・・・・。」

そんな話を聞かされて、改めてここは化け物しか居ないと言うことが理解できた。理解させられてしまう。



「・・・だけど、そんな建造物なんて俺は今まで聞いたこと無いぞ。」

「当然だよ。魔術師たちは自分達の存在を秘匿しているんだから。」

「どうしたって・・・そんな自分達を隠すんだ・・。」

「魔術師どもの使う魔術は神秘性が重要だからさ。

君は飢えている時にパンを恵まれれば感謝するだろうが、それが毎日続けばいずれその感謝を忘れてしまう。魔術師の魔術も同じ理屈さ。

大勢に知られ広まれば、その神秘性が失われてしまうだろう?

だから彼らは歴史の裏側に隠れて潜んでいる。

まあ、外の世界の歴史を見れば、裏で魔術師どもがどれだけえげつないことをしてきたのか想像に難くないけどね。」

ぱん、とドレイクは本を閉じて俺に向き合った。



「僕は外の世界に興味があってね。君に色々と話を聞きたいと思っていたんだ。」

「何でだよ、自分達で行けば良いじゃないか・・・。」

そう言ってから、俺はこいつらの存在も昨日初めて知ったことを思い出した。



「残念ながら、この“箱庭の園”の主権を持っているのは人間の魔術師なんだよ。僕らは現在争っていないだけで、敵対しているんだ。外に出してもらえるはずがないだろう?」

「・・・・・・・」

「“代表”はいずれ外に進出するって嘯いているけど、どう考えてもこの調子じゃあ僕が死んでも達成するのは無理だ。」

陛下が現れない限りね、と呟くようにドレイクは付け足した。



「だから君に外はどんな風になっているのか教えてほしいんだ。大陸が七つ有り、巨大な海と呼ばれる塩っぽい水溜りが有るんだろう?」

「その前に、俺はどうなるんだ・・・?」

今聞いた話では、彼らは人間と敵対しているようだ。

それを聞くまでどうしても不安が拭えない。




「さぁ? それは“代表”次第じゃないかな。」

「代表って・・・お前らのか?」

「そう、僕ら魔族の代表交渉役。

この“箱庭の園”を支配している魔術師のトップはその前身の組織から『盟主』と呼ばれているんだけどね、代表はその『盟主』の配下である十一人の最高峰の魔術師が居るんだけど、その十一人の一人に数えられるくらいの強大な魔術師さ。

お陰で僕ら魔族からの人気はすこぶる悪い。人間に媚売って力を手に入れたって揶揄されているくらいさ。」

「でも、交渉役なんだろ・・? ひどいことはされないよな・・?」

「君は“代表”のことを大使かなんかと勘違いしてるんじゃないかな?」

ドレイクはテーブルに肘を立てて頬杖を突きながら笑う。





「“代表”の主な役割は、人間の供給だよ。」

「・・・・・え?」

俺にはこいつが何を言っているのか分からなかった。



「要は上から人間を攫ったり、買ってきたりするのさ。

儀式に使ったり食料にしたりと、用途は色々だけど。」

あまりにも当然のように言う彼に、俺は体の震えを抑えることはできなかった。



「僕らからしたら人間なんか脆くて労働力なんかにしないし、色々な技能を持ってる人間を趣味で飼ったりしている有力者もいるけどね。

ああ、そうそう。一昔前に人間を薬で壊して慰み者にして弄ぶ遊びが流行ったなぁ。君は技能なんて無さそうだから多分それかさっきの奴かのどっちかだと思うよ。」

「じょ・・冗談じゃないッ!!」

改めて、こいつらは人間とはかけ離れた価値観を持っていることを俺は確信した。


このままだと確実に殺される、と思った。




「魔族の中で生きていくには、四つの要素が必要さ。

“代表”のような公的な機関で力を保障された“権力”。

長く生き、力や知恵を溜め込んで年功序列の中で力を得る“年齢”。

生まれながらにして強さを約束された“種族”。

そして、何よりも必要なのは、何事にも変えがたき絶対なる“力”そのものさ。」

ドレイクは言う。



「君は、この中でどれを持っているんだい?

その中のどれも持っていない君には、生きている価値なんて無いのさ。

ただ餌になり、喰われ、強者の糧となりその存在の意義を見出すしかないってことだよ。」

残酷な現実を突きつけて、言うのだ。


俺は昨日の夜、魔物に囲まれた時の恐怖を思い出した。

あの時、俺は何も出来なかった。



恐怖に脅え、震えて叫びながら助けを請うことしか出来なかった。





「俺は・・・死んだ方がいいのかな・・?」

気付いた時には、俺はそんなことを泣きながら問うていた。



その時初めて、そのドレイクはニヤついた笑み以外の表情を見せた。


――――――汚物を見るような、侮蔑の表情だった。




「自ら生きようとしない生物が、どうして生きる必要が有ろうか。

君達人間は下手な知恵を得た故に、とても愚かしい。

簡単な話じゃないか、死にたくないなら、どんな手を使ってでも生きるのが“動物”だろう?

なぜ人間は難しく考えて、それで賢しくなったつもりになるのか理解できないよ。己は全ての肯定者だろう? 自分を自分で裏切ってどうするのさ。」

「そんなの・・・力を持った奴の意見じゃないか。」

「当然だろ? 力の無い奴の話なんて誰が聞くんだい?

力の無い奴の意見なんてこの世には無いのさ。ただ握りつぶされ、消えていくだけなんだから。」

この場所に、人間の倫理や正論なんて通用しない。


己を貫き通すだけの力が無ければ、ただの栄養源として朽ちるだけなのだ。

この生まれながらの強者は、それを良く知っている。




「今日の昼には、君を“代表”に引き渡すための役人が来る。

役人っていうのは建前で、“代表”の私兵だけどね。『盟主』は個人的な戦力の保有を禁止しているからね。まぁ、人間の理屈だけど。

だけど“代表”は一応体面でそういう形を取っている。そして夜には“代表”と会うことができるだろう。自分の運命はその時に占うと良い。」

そして侮蔑の表情のまま、ドレイクは立ち上がって去っていった。



「・・・・・・・・・」

それと入れ替わるように、昨日の緑肌の大男が入ってきた。

ドレイクの奴が言うにはオークらしい。


俺も知っている、RPGでもお馴染みの敵役の種族だ。

全身は毛だらけだが深くは無く、顔は鼻が豚のように上がっておりかなりの強面である。



そいつは今日も両手でお盆を持っており、その上にはドレイクの奴も食べていた黒いパンのような物体が皿の上に乗せられていた。



「ラミアノオババ様カラ、コレナラ、ニンゲン、喰エル、聞イタ・・」

オークはそう言って皿を俺の目の前に置いた。



「ダカラ、食イ物、粗末ニ、スルナ・・・。イラナイナラ、ソコニ置イテオケ。」

知能が高い種族ではないのか、伝わってくる言葉のニュアンスやイメージは片言である。

そして、そのままオークは踵を返した。


「お、おい・・・・。」

俺は思わず、そいつを引き止めるような言葉を投げ掛けてしまった。



「・・・・・・」

そいつは、何も言わずに首だけをこちらに向けてきた。




「・・・・・昨日は、悪かった・・・。」

そして、自然とそんな言葉が俺から出た。



オークはその言葉を理解したのかしていないのか、そのまま部屋からのっそりとした足取りで出て行ってしまった。



「・・・・・・・・・」

俺の腹もそろそろ限界だった。

しばらく何も喰っていない気がして、黒いパンみたいなものを掴んで口に運んだ。


まず、硬かった。

保存を前提にしているのか、水分が殆ど無くぱさぱさしてすぐに口の中の唾液がなくなってしまった。

ドレイクの奴は軽々と噛み切っていたが、そもそもの基礎的な筋力が彼我とはまるで違う。


だが、美味かった。

空腹は最高のスパイスとよく言ったもので、世界中のパン職人に失礼かもしれないが、今まで食べたどのパンよりも美味しかった。


泣きたくなるほど美味かった。

こんな境遇に陥って、初めて心が休まった瞬間だった。



そう思うと、自然とまた涙が出た。

俺はそんなに涙もろい人間では無かった筈だ。


だけど、悔しさとか、憎しみ以外で、人間らしい感情で本当に久しぶりの涙だった。






・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・・・・





あまりの慣れない硬さに一時間は悪戦苦闘しながら黒パンのようなものを食いきった。

顎が痛くなったのは言うまでもない。


向こう一年分くらいの回数は噛んだと思うくらい噛んだ。



そして、俺はこれからどうすれば良いか考えた。

昼には役人が来て引き取りにくるとドレイクは言っていた。


恐れ入るほどの情報伝達のスピードだ。

相手の対応も早く、彼らの言う“代表”はかなり優秀なのだと窺える。



なぜ俺はこんな目に遭っているのか。

彼らにとって、それは俺が人間だから、という理由で十分なのだろう。


RPGのお約束の如く、連中は人間を眼の敵にしていた。

実際に価値観が相容れていないのだから、幾度となく衝突し戦ったのだと容易に想像もつく。




「どうしようか・・・・」

考えるときに周囲を窺ってしまうのが俺の癖である。



「ん・・・?」

ふと、その時一瞬だけ、ある本のタイトルが目に入った。


本当に一瞬だったので、どこにそれがあるのかは完全に見失ってしまった。

どんな本なのかは分からない、だが、確かにそれは俺にも読める文字だった。


この書斎には日本語で書かれている書物なんてさっきの『心』くらいなもので、圧倒的に外国の書物が多い。

当然、俺は日本語以外に文字は読めない。中学高校の英語の成績もさっぱりだった。

その中で、ひときわ印象に残り目を引いた本が有ったのだ。



だが、もう一度じっくりと見渡せば、その本はあっさりと見つかった。





――――――『パンドラの書』。




俺には読めないはずの言語で、そう書かれていた。


その得体の知れない本を、俺は自然と手に取って開いていた。

お札のようなもので封がされていたが、俺が手にした時にはジュッと燃え尽きてしまった。



見開きの白紙のページには、一文だけこう添えられていた。




―――我が知識、真に欲する者のみに託すものなり。W・F著。



次のページ。



―――あのおぞましき魔族に対抗すべく、彼らに対する知識を我が知る限りの全てをここに記す。願わくは、一人間として人類の敵対者たる魔族の根絶を真摯に祈るものである。我が先見はこの書を執る者を困難に満ちた宿命があると予見する。この書に選ばれた我が友よ、この出会いは偶然ではない。絶望に満ちた道を歩む者よ、どうか我が知識が、貴殿の絶望の片隅に残った希望であらんことを願う。



そう締めくくられたあまりにも短い序文から先は、まったくと言って良いほどの白紙だった。


最後まで無心でページをめくると、そのままパン、と本を閉じた。




「ふーぅ・・・・・」

それだけで、本当に本を一冊読んだような充足感に満ちた。



「あれ・・?」

だが、そこで俺は我に返ったように手元に残ったその本を見下ろした。



「え?」

そして、その異常に気づいた。



言葉では理解できないだろうが、ありのままその現象を語ると、次の通りだ。


ずるずる、と文字が這い出しているのである。

閉じた本のページとページの合間から、ずるずると無数に溢れ出るように這い出してきたのだ!!



「ああああ、ああああぁぁぁぁぁ!!!!」

ホラー映画のような現象に直面し、俺は叫ぶしかなかった。


その這いずる文字は、俺の肌に触れると皮膚の下に潜り込んでだんだんと頭に向かってどんどんと向かってくるのだ。

手から本を放そうにも、まるで接着剤や半田ごてなどで溶接されたようにぴったりとくっついて離れない。



「あが、ががごがああが、あががががががががががが!!!!」

そして、その文字は俺の脳みそに侵入するように入ってくる。


その異様な感触を、言葉や文字にすることは不可能だ。

だが、自分の記憶に無理矢理無数の文字を差し込まれ、文章として組み立てられるようなその現象を、熱のようだと俺は表現する。


熱した鉄で脳みそに文字を刻まれるような、気が狂いそうな熱である。




「いぎぎぎあああがが、やめ、も、やめてくれ!!」

俺は、床に転がってのた打ち回ることしか出来なかった。


どれだけ乱暴に転がって暴れても、その本は決して俺の手から離れない。




どれだけ時間が経っただろうか、悪夢は終わった頃には、俺は力尽きて何も考えられない廃人寸前になっていた。


だが、狂うことは許されなかった。

頭の一角に、あの不可思議な文字が何千もの列を成して占拠している。


その知識を活用するまで、決して死ぬことは許さないと主張するようにジグジグと頭痛をこんな状況に関わらず鮮明に感じられた。




「面白いなぁ・・・・。」

ふと、あのドレイクが俺を見下ろして笑っているのが見えた。

あれだけの叫び声を挙げて、むしろ駆けつけて来ない方がおかしいだろう。


俺が悶え苦しんでいるさまをずっと見下ろしていたのだろう。




「君は死ぬことすら許されないらしい。

人間の神様の言葉を借りれば、“運命”ってやつだろうね。」

ドレイクは、いつの間にか俺の手から離れていたあの本を手に取ろうとした。


しかし、一瞬のスパークが走ると、その本はドレイクを拒絶するように地面に落ちていた。



「もはや手に取ることすら受け付けないか。この魔導書は君を完全に主人と認めたようだ。」

「・・・ま、・・どう・・しょ?」

「魔術の知識を記した書物さ。誰にも読めなかった理由が分かったよ。それは人間専用だったんだね。」

地面に落ちた魔導書は最初の序文が書かれたページが開かれていた。


まるで、ドレイクに己の意思を示すかのように。




「決めたよ。僕は君を飼うことにした。

喜んでいいよー。普通なら僕らは君の皮を剥いで中身をくり出して、臓物を引き抜き、僕らの神に捧げるところだったんだから。」

ドレイクはケラケラと笑う。




―――『検索』、242ページ。


俺の脳裏に列挙する文字列から、一部が浮かび上がる。




種族:ドレイク   カテゴリー:獣人・竜種

性格:極めて凶暴  危険度:S   友好性:皆無


特徴:

非常に強大な上級魔族。魔族最強の種族の一角である。

その恐ろしさは竜が人の形にまで縮小したと理解すればよい。

性格は極めて残虐で、冷徹、そして冷酷である。

人類に対する姿勢は古来より敵対を貫いており、彼らが人間に敗北することはドレイクの社会で死を意味するほど嫌悪を示している。

全身を覆う鱗は鉄より硬く、刃物はまったく効果を成さない。

その身体能力は、小さな分だけ凝縮されており、下級の竜種などより遥かに恐ろしい。

生命力は並外れており、頭と心臓を潰すまで安心できない。

寿命は三百年から四百年。竜種の中では短い方だが、その分他の竜種より繁殖力に優れている。あくまで比較的にではあるが。


そして、真に恐ろしいのは、彼らの扱う強力な精霊魔術である。

竜は古来より、自然災害・・即ち天災を象徴しており、自然を操る精霊魔術との親和性は抜群である。


彼らの己の進化を自分達の信仰する竜神のお陰であると信じており、その竜神はドレイクを人間に模して作ったと伝えられている。

その際、竜神は人間の中身を全て取り除き、自分の子孫の竜を詰めたとされ、それによって彼らは高い知性を身に付けたといわれている。


その伝承から、人間を信奉する竜神に捧げることで力を得られるとしている。

当然、生け贄にされる人間は肉や骨は勿論、臓物を全て生きたまま抜き取られて殺されてしまう。

基本的に己の領地からは離れることは少ないが、出会えばまず間違いなく殺しにくるだろう。


つまり、なにが言いたいかと言うと、さっさと逃げろ。





そんな文章が脳裏に浮かび上がる。


どうやら、俺が想像していた以上の化け物だったらしい。




「役人は適当に僕が誤魔化しておくよ。殺したって言えばそれで済むしね。

僕はね、魔術師になりたいのさ。いずれ人間の住む階層に行ったりしたいのさ、だから僕は君に、人間用の名前を名乗っておこうか。」

そんなことを笑顔で言うのだ。この化け物は。




「僕はクラウンと名乗ろう。本名は人間には発音できないからね。

ドレイクの癖に魔術師に憧れる道化にして、いずれ族長の冠を頂く男さ。」

このドレイク・・・改め、クラウンは野心に満ちた瞳をしていた。


それについての情報も脳裏に浮かぶ。

ドレイクの社会は集落を作って一塊に住まう。


彼のように単独で辺境に住んでいるドレイクはまず居ない。

このドレイクが俺を殺さなかったのは、単にこいつが変人だからなのだろう。




「期待させてもらうよ、人間。君の可能性を。」

「俺にも・・・名前はある・・・」

「興味ないよ。人間はここに君一人しか居ないんだから。人間で十分だ。」

「じゃあ、ドレイクもここに一人しか居ないんだ、お前もドレイクで十分だよな?」

大分頭を占拠する知識が馴染んできたのか、もう軽口を言えるほど余裕が出てきた。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

しかし、その軽口は酷く彼のプライドを刺激したらしく、一気に不機嫌そうな表情になった。



「本当に、面白いね。君って言う人間は。

これから退屈しそうにないよ、いいよ、名乗れよ人間。」

「辻本、命だ。」

「メイ? 犬みたいな名前だね。まあ、これから犬みたいに飼われるんだから、丁度良いかもしれないけど。」

「ふざけるな・・・俺は人間だ。」

「そうだね、でもあまり粋がると痛い目みるのは自分だってことを覚えておくといい。僕は寛大だけど、他はそうじゃないからね。」

それは自分の物が他人に壊されるのが嫌ってだけなのだろう、こいつにとっては。



「・・・・・・分かった。」

非常に不服だが、こいつは命の恩人である。

形式はどうあれ助けてくれると言ったのだから、とりあえずは言うことを聞いておくことにした。それこそ天地が引っくり返っても勝てないほどの化け物のようだし。逆らって寿命を縮めることもない。



「素直でよろしい。

じゃあ、メイ。早速だけど、外の世界について教えてもらおうか。」

「今日は勘弁してくれ、頭痛いんだ・・・・」

「ふむふむ、まあ話なんていつでも出来る。魔導書の知識なんて、それみたいに特別製じゃなきゃ気が狂ってもおかしくない。今日はここに居てもらうけど、明日からは外を自由に出歩いて構わないよ。君はもう、魔族の一員なんだからね。」

「人間のプライドを捨てた覚えはないけどな。」

「じゃあ、魔物に食われるかい?」

「・・・・もういいよ、何でも。」

まだ頭が痛むせいか、なんだか話すのが面倒になった。



「まあ、明日、ラミアの婆さまにご挨拶に伺うことになるからね。

あの御方は宮殿で“代表”の魔術のご指導をしていたほどの方だ。

この僕もご指導を賜っている。隠居の身では有るが、魔術師にそんなものは関係ないからね。覚悟しておいたほうがいいよ。」

そして最後に不穏な言葉を投げ掛けて、クラウンは立ち去っていった。












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