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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
二章 悪魔騒乱
29/122

幕間 ある男の受難


魔術連合本部、魔族が“箱庭の園”と呼ぶそこの第二十八層。


その隅っこに、専用の転送魔方陣を備えた施設があった。

祭壇のような四角い石が一枚あり、その中央に巨大な魔方陣が存在するだけのシンプルな場所だった。


そこに、陽炎のように一人の人影が現れた。




「任務、ご苦労様です!!」

その施設の守衛が声を張り上げてその人影にそう言った。



「ご苦労さん。」

そこに現れた人影の名は、ロイド。

“処刑人”ロイドだった。


そう、ここは“処刑人”専用の長距離転送魔方陣だった。



「サイネリアの奴はいつもどおり遅れてくる。例の趣味だ。」

「はあ、了解です。」

いつもどおりのやりとりなのか、守衛は何の疑問も挟まず頷いた。



ここの魔術師は地上との行き来を神経質なまでに管理されているが、彼らのような特別な魔術師はそれも曖昧であった。

当然だ、彼らの主な任務は、暗殺や反逆者の始末。


本来なら事細かに地上に行く理由を聞かれるものだが、“処刑人”の仕事は聞けば寿命が無くなるようなものばかりなので、守衛もそのあたりは心得ている。

だからわざわざ辺境にこんな専用の特別な施設を建てているのだ。


当然、ここにこんな施設があるなんて公開されてすらいない。




そのまま彼は“処刑人”専用の宿舎に入り込んで、儀礼用のローブを纏って外に出た。


そこから“カーディナル”の領地である教会区を黒魔術師である彼は、その格好から白い目で見られながら横切る。

がらりと、静謐とした町並みが変わる。


“魔導老”の支配する精霊区の隅っこに、彼は用事があった。



空き地に見えるそこの中央にある鉄の板に取っ手の付いただけの扉を開けると、地下へ続く階段があった。


そこを降りると、ひんやりとした冷たいと、得体の知れない暗闇が広がっていた。

申し訳程度の灯りが見えてくると、そこには数人の先客がいた。



どいつもこいつも黒一色の服装は、ある種のサバトの様相すら呈してきた。

それも、その中心に二体分の死体があるのだから、これからカニバリズムでも始まるのか、といったような誤解を受けても仕方が無いだろう。



「ロイドか、遅かったな。もう終わったぞ。」

そう彼に声を掛けてきたのは、同僚のヴィクセンだった。

いつもはぴったりとくっついて離れない彼の娘も、ここには来ていなかった。


「ジャンキーと王李ワン・リーの反逆容疑が晴れてよかったな。

慎ましいが、葬儀を上げることが出来て幸いだ。」

「ああ、そうだな。」

ロイドは淡白に頷いたが、そもそも彼は二人が反逆したという事実がでっち上げであることを知っていたので、喜びは無かった。


そう、これは葬儀だ。

そして、ここはモルグ。死体置き場から二人はそのまま灰となる。


神父なら上に腐るほど居るが、その誰もがこの二人の死を悲しんだりはしない。

ここは、そういう場所だ。そういう業界だ。




「気にするな、お前が二人を救ったんだ。」

恐らく、大半の事情を察しているだろうヴィクセンはそう言って去っていった。


集まっていた他の同僚たちも、次々と帰って行った。



ロイドは、二人の死体のある台座に近づいた。

二人は礼服を着ており、下半身が焼失していた王李の体も嘘のように復元されていた。




「きれいな体でしょ? 復元するのは苦労したよー。」

そう言って暗がりから彼に声を掛けてきたのは、この地下モルグの主。


東洋系をしている顔が不気味なほど青白いその男だった。


彼は死人を一週間なら生きているようにすら見せることが可能だという、腕利きの死霊魔術師ネクロマンサーである。

既存の医療とは違う独自の医術を体得しており、それを買われて“隔離”されている。


そうして、この地下に住んでいることから、彼の所業と合わせて、畏怖と侮蔑をこめて“ドクトル・グール”と呼ばれている。

当然、本名は誰も知らない。知ろうとも思わない。



好ましい人間ではないので、ロイドは彼が苦手だった。

それでも何かと彼には世話になっているので、頭が上がらない一人だった。


正直、仲良くしたいとは誰も思わない類の人物だが。




「本当なら、無傷で手に入れてほしかったなぁ。

特に王李の肉体って整ってて美しかったし。ジャンキーは薬物で穢れてなければなぁ。」

などと言うこの男は、死体に偏愛を注いでいる。


死んだ人間を人形のように愛し、喰っていたという噂すらある。


故に、ドクトル・食屍鬼グールなのだ。



「・・・・・・相変わらず、悪趣味だな、ドクトル・・・」

本来なら、ロイドたち“処刑人”が始末するべき人間だ。


彼が切り開いた人間は、百や二百では利かない。

神秘の秘匿を旨とする“本部”が、その脅威が地上の人間に知られてはいけないからからだ。



しかし、『盟主』は彼の存在を許した。

その技術の全てをこの“本部”のために使うことを条件に、彼の欲望は肯定された。


その結果、この薄暗いモルグに監視付きで閉じ込められてはいるが、ロイドはこの悪魔の如き医師が不満そうにしている姿を一度も見たことも無かった。


魔術師は気の長い人種だ。

自分ではできないことでも、次の世代にでも出来れば良いと考えたりする。

何百年と生きているらしいこの男は、何十年地下にこもるくらいなんとも無いのだろう。



ロイドの彼の何が嫌かというと、これで何気に面倒見が良いから始末が悪いのだ。

今日も二人の葬儀のために格安で肉体の復元までしてくれたのである。



「そうかい? 高貴な趣味だとまでは言わないが、なかなかに崇高だとは思っているよ。人間の肉体ほど芸術的なものはない。実際、人間の肉体は芸術として現在に無数に伝わっているのだからね。」

「ああそうかい、これならまだサイネリアの趣味のほうがまだマシだ。」

ロイドが憎まれ口を叩くも、ドクトルはにやにやと笑みを浮かべるだけだった。


「それはどうかな。彼女と私の趣味は根本的に違うと思うよ。」

「そりゃあ、あいつの人形遊びと、お前の死体好きは違うだろ。」

毎回毎回サイネリアの魔法少女趣味に付き合って、フィギュアを買いに無理やり付き合わされるロイドは、肩の力を落としてそういった。



「いやいや、そういう意味じゃない。

彼女のあの性格は一種の仮面ペルソナだと思うよ。戦闘用と生活用の性格を切り替えてメリハリを付けているんだ。

彼女の奇行はそれに付随する行為に説得力を持たせるためのポーズであり、・・・・・まあ、その辺は君の専門か。」

「あれが呪術の一種だとでも?」

ロイドは黒魔術師であり、その中でも特に呪術、所謂呪詛を得意としている。



「理想の自分になろうとしているのかもね。自己暗示って奴さ。

それはそれで効果はあるよ。集中力が増すからね。その分魔術の精度も上昇する。実際に戦闘中の彼女に迷いは無いだろう?」

「多少迷いがあってくれたらこっちもやりやすいんだけどな。」

サイネリアのじゃじゃ馬ぶりに毎回振り回されているロイドとしては、もう少し思慮深く行動してほしいと思っている。


今日もその仕事帰りで、見事に振り回されて帰ってきたのだ。



「それはともかく、彼女の体は実に魅力的だ。いったい幾つの世代を重ねればあんなに鮮麗された魔力運用が出来るようなるんだろうね。

きっと名門の魔術師の家の出身なんだろうねぇ。ぜひともコレクションに加えたいよ。」

「おい・・・・・」

「ああ、ああ。分かっているさ。

詮索はしないよ。君ら“処刑人”はみんな訳有りだからねぇ。」

にやにや笑いながらドクトルは言った。


そう、訳有りだ。

倫理の薄い黒魔術師だって、訳も無かったら人殺しを生業にしたりなどしない。


人を殺すということは、とてもリスクの高い行為だ。

“処刑人”になる前から殺し屋まがいの仕事をしていたロイドにはそれを良く分かっていた。


相方のサイネリアだって、何の理由も無くコスプレをしてアニメソングを熱唱したりしながら“本部”の反逆者の粛清をしたりはしない。



少なくとも、共通しているのは『盟主』の恩にて働いているということだ。

“処刑人”になるような、魔術師の中でも更に社会不適合な人間は、『盟主』のような偉大な御方によって保護されなければ爆弾のように爆発するだけである。



「そういえば、彼女はどこにいるんだい?」

「知るか、あんなアホ。今頃太平洋あたりでも走ってるんじゃないか?」

「それはうらやましい。彼女のように地力が優れていれば多少の無茶はものともしないだろうからねぇ。」

「はん、どうせ俺は市井の出の元一般人だよ。」

「でも“フウセン”のような例もある。必ずしも魔術的に高性能な肉体に高い素養の魂が宿るってわけじゃないからね。」

「結局は運任せってことじゃねぇか。」

ロイドはどうでも良さそうに悪態づいた。


魔術師には、代を重ねて優秀な血を残し、魔術的に強い肉体を求める。

そんな肉体には高い魔術の才能を備えた魂が宿り生まれてくると信じられている。


・・・・たとえ、それがいずれうち捨ててしまう“器”に過ぎないとしてもだ。



人間を構成する三要素は、魂と精神と肉体があるとされる。

その順番で魔術的に重要とされており、高位の魔術師になると肉体を捨てることを厭わないという連中もいるくらいだ。


そのレベルの魔術師になると、肉体はあると便利だが足枷にしかならないからだ。

魔術師の世界とは、そういう狂った領域なのだ。




「でも実際、統計的に見て、強い魔術師の家系には強力な魔術師が生まれやすい。」

間違っているわけじゃないさ、とドクトルは言った。



「生まれつき魔力との親和性の高い素体は、魔術を扱い始めるのに適した年齢である十六歳ぐらいという常識を覆してしまう。

たった三歳で難しい哲学書を理解したりするほどの知能を魔術で与えられていても、その年齢から魔術を運用できると言う訳だ。それは凄まじいアドバンテージだよ。」

「狂ってるな。」

「魔術師にとって全ては真理の探求だよ。君のようなぽっと出の魔術師には分からないだろうけれど、それが存在意義なんだよ。そういう風に、この世に生まれるからね。」

「俺はせめて人間として正気で居たいだけだよ。」

「正気かどうか、それを決めるのが自分だと思っている時点で君にそれを知る術は無いと思うけれどねぇ。」

そう言ってドクトルは暗がりに戻るように踵を返した。



「ああ、そうそう、まだ残留思念が残ってるから、君も話すと良いよ。残念ながらジャンキーの方は無理だったけれど。」

そのための葬儀だからね、とドクトルは言う。


「意識を呼べたのか?」

「ああ、昼間からだから、もう時間的余裕は幾ばくもないよ。」

死者の魂の招来、消滅しただろう精神の修復。会話可能なまでにそれを行えるネクロマンサーを、ロイドは他に知らない。


肉体を欠いた“死んでいる”、という状態は思いの他、人間の精神に多大な負担を齎すという。

幽霊や亡霊の言葉を聞こうと耳を傾ければ、支離滅裂で知性や理性を感じられない。

そのまま時間が経てば死者の魂は、他人の生を憎み、肉体を欲し、他者を害するだけの悪霊と化する。


高位のネクロマンサーはその状態ですら魔術を行使するという。

強力な精神防護の魔術で自らを保護し、肉体の束縛から逃れ限界を超える魔術すら扱える。ロイドには信じがたい話であるが、彼は昔、実例を一度目の当たりにしたことがあった。



ロイドたちの早急な処置により、二人は悪霊になる気配はなかったが、ちゃんとした葬儀は本来そう言った悪霊化を防ぐ目的もある。

ネクロマンサーでなくとも、魔術師の悪霊は性質が悪いからだ。


そういう意味では、ロイドは連中が嫌いだった。

魔術師が神域、神を目指す究極の理由が、悪霊になった魔術師が厄介なのと同じ理由だからだ。



神に成る、と聞こえは大仰だが、詰まるところ肉体の限界に達してそれ以上の魔術の術式を組めても行使できない。

ならより高位の存在へと移り変わり、さらなる真理を探求する。


極論を言えば、死んで魂と精神だけの状態、つまり“霊体”ならば条件は大して変わらないのだ。

ただ、魂の器は所詮人間レベル、だが暴走するとヤバい。文字通り、際限が無いからだ。


神に成る、とは際限の無い力を、無条件でいつでもどこでも自由に使える状態であると魔術師は定義している。

魔術師にとって、“神”とは所詮無限の力の源泉でしかないのである。


ただ誰もその先に行ったことがないだけで、通過点でしかないのである。

だが、あらゆる魔術師が神域に達するという通過点の到達を悲願とする。



――――自分の想像できるすべての力を、際限なく、無条件で、いつでもどこでも、自分の意のままに。

それが“神”である。人間が定義した神秘の最上位の概念であり、最強の幻想だ。




「よう、王李ワン・リー。」

ロイドは綺麗に修復された体を黒いドレスで着飾った彼女に話しかけた。

中国人らしい、陳腐な偽名である。王も李も、中国人の最も多い名字の一番と二番だ。十人の中国人に石を投げれば数人は王さんか李さんだ。


無駄に偉大な歴史を誇っているのだ、どうせなら古代中国の英雄たちの異名を拝借すれば良いものを、ロイドは思っていた。

だが偽名にしては良い名だろう。


万が一、呪詛を掛けられた時に他の王さんや李さんに上手く逸れるような名前である。

自分ならそんな失態は演じないが、と内心ほくそ笑む。

他にも、女ならアンジュ、アリス、アリア等々、そう言ったどこにでも居そうな名前を魔術師は好んで名乗る。ロイドの知り合いの女魔術師の半分は頭に“あ”が付く。



ロイドが言葉を発してから、遅れること数秒。


「その声・・・・ロイド・・・か・・・」

死んだはずの王李が、死体の体を借りて口を開いたのである。

ロイドにぎょろりとした見開き、その視線を向ける。



「おまえ・・・と、サイネリアが・・・我らを・・・回収したと、・・聞いた・・・。」

感謝する、と彼女は言った。


「精神の修復は完璧のようだな。」

にんまりと、気味の悪い笑みを浮かべてロイドは呟いた。

彼もまた、魔術の“魔”に魅せられた一人なのだ。降霊魔術の完成度に興奮していた。


先も言った通り、死者の精神は劣化し、摩耗する。

ロイドは仏なり冥府なりを信じてはいないが、魂がそれら所に行って、魂が輪廻転生して初期化される前の記憶を走査し、精神を呼び起こしたのだという。

詳しい方法は知らないが、すさまじい魔術である。


しかし、当然それをされる方は堪ったものではない。

魂や精神を覗かれるのは、魔術師業界では最大の屈辱であり、タブーである。

なぜなら、一族が探究した知識の全てを奪われるということだからだ。


それはつまり、自分の全てを奪われることである。

自分の祖先たちが築き上げてきた物すべてを否定されるのと同義である。


そんな仕打ちは、どんな偉大な魔術師も泣いて嫌だと懇願するだろう。

ロイドだって嫌だ。でも自分じゃないから笑っていられる。



「あのおぞましき魔導師、人呼んで『読愛蔵書狂ピブリオマニア』がお前の全てを記録なさるそうだ。

腐っても仙人上がり、お前は本部の大図書館で永遠になるんだよ。」

まるで素晴らしいことのように、十人が十人激昂するだろう言葉をロイドは告げた。


しかし彼女は、そうか、としか言わなかった。

まるで本当に俗世との全てを隔絶された所にいる仙人のように、死した彼女は超然としていた。


傍から見れば呆けているようにしか見えないが、ロイドには分かった。

これは真理を悟ったと、あの世のこの世の狭間に、生者には見えぬモノを見てきたと、直感で悟った。



「地獄を見てきた・・・。」

そして、ふと、彼女はそう言った。


「無間地獄には・・・落ちるまで・・二千年掛かる・・と言うが、そこには時間の・・概念すらなかった。」

ロイドは、ごくりと唾を呑んだ。



「“虚無の闇”・・・。」

ああ、と彼女は頷いた。

魔術師に信じられている最も罪深い罪人が堕とされる空間だと言われている。


現世の下に地獄があるのなら、その“虚無の闇”があるのが地獄の下だ。

もはや地獄ですらない。そこでは閻魔に罪科を問われることもないし、永遠にも似た責め苦を味わわされることもない。


ただ、何も無い。

たったそれだけの、そうとしか表現できない場所だと言う。場所とすら言えないとも。



いうなれば、そこは産業廃棄物を地面に埋めて処理する場所、と言った所と言うのが最も適切である。

転生の余地なし、贖罪の余地なし、更生の余地すらなし、外道の中のクソ外道、人間のゴミクズのような奴が追放される魂の処理地。


教会の信ずる神にすら見捨てられた人間の最後に追いやれる場所だ。



「実在していたのか・・・・。」

半信半疑だが、ロイドは戦慄していた。


いずれ自分も、そこに行くのだろうから。

自分の末路を見せつけられて、誰が笑っていられようか。



「お前、そこまで邪悪な人間だったのか?」

そして思わず問うてしまった。

数秒遅れて返ってきたのは、くっくっく、と死体故にぎこちない笑みだった。


それから、王李はぽつぽつと自分のことを話し始めた。



仙人の末席にいた彼女は、仙人が住んでいるという位相世界からなぜ地上へ追放され“処刑人”なぞに身をやつしたか、詰るところはそういう話だった。

ジャンキーとの馴れ初め、仙人としての修行、なぜジャンキーの奴がああなったのか、なぜ二人は地上へ追放されたのか、どういう経緯で『盟主』に拾われ処刑人になったのか。

ロイドは一時間余り、彼女の話に聞き入っていた。


総括すると。



「ただののろけ話じゃねぇか。」

けっ、とロイドは思わず悪態づいた。


「周りに言いふらしてやっても良いが、これでも俺はハードボイルドな男でね、その話は俺の胸にだけしまっておいてやるよ。」

と彼は大真面目に言うと、ははははは、と棒読み気味に彼女は笑った。

死体では感情を表現できないようだった。



「お前は思いのほか・・・良い男だったようだ。まあ、こいつには・・・敵わないが。」

「言ってろ、ボケが。」

あまりにも癪に障ったので、ロイドは思わず二人の寝ている台座を蹴った。



「だが・・・・これで、よかった・・・・。」

少しずつしか動かない手で、彼女は横に横たわっているジャンキーの死体の手に自らの指をからめた。


「私は・・・最後まで、・・・こいつを・・理解できて、居なかった・・。」

「理解できるか、こんな狂人。」

ロイドは王李からジャンキーがああなった一部始終を聞いていたにもかかわらずそう言った。



「だが・・・もう、一緒だ。ずっと、一緒だ・・・ずっと何て概念が無い場所で、一緒だ・・・。」

「一緒だなんて概念も無いんじゃないのか?」

意地悪くロイドはそう言った。



「考えようによっては・・・我らの愛は、神にも邪魔できなかった・・・そういうことだろう?

我らは、来世も無く・・・来世で異なる人物を愛することもない・・・。永遠だよ。仙道の究極だ。」

「あきれ果てたよ・・・・永遠にやってろ。」

ロイドは思った。果たして、永遠の概念すらないその場所に、矛盾は存在しているのだろうか。




「―――。」

最後に、一言何かを呟いて、王李は永遠に目を閉じた。

それは恐らく、ジャンキーの本当の名前だろう、とロイドは思った。

無粋なので、ロイドはそれ以上死者について考えるのは止めることにした。


その辺の机に座って、懐から取り出した煙草の箱から一本取り出して口にくわえた。



「タバコは勘弁してくれよ、ここにはタバコの煙で変質するほど繊細な代物もいっぱいあるんだから。」

奥からドクトルの苦情が来た。


「俺はタバコ吸えねぇよ。形だけだ。」

「ああ、真似ごとか。類感呪術の原理だものね。」

「うっせぇ!!」

カッコつけのために持ち歩いているとも言えない、大して酒に強くもないくせにバーボンを愛酒している張りぼて男であった。



「それにしてもこれで一度に二人も“処刑人”が失われたわけか。手痛いな。」

「その上あの“虚飾”も潰えたらしいじゃないか。『盟主』の権威もこれまででなければいいのだけれど。」

「あ? なんだって?」

ロイドは信じられないことを聞いたような顔をして、思わずタバコを口から落としてしまった。



「おい、ドクトル、もう一度言ってみろ。」

「ん~? だから、“虚飾”が死んだって話だよ。」

「んな!?」

だん、と立ちあがって、ロイドはドクトルに詰め寄った。



「ふざけんな、あの“虚飾”が・・・イルイットさんが死ぬわけあるか!!!」

ロイドの怒声にびっくりしたように、ドクトルは振り向いた。


「だって事実なんだからしょうがないじゃないか。『盟主』御本人がそう仰ってたんだから。」

「な・・に・・?」

「『盟主』は偉大な御方だけど、私は『盟主』を疑った。なにせ、彼女の体は前々から私が狙っていたからね。度重なる変身魔術メタモルフォーゼで変異し尽くしたあの体・・・じゅるり。」

うっとりと呟くドクトルに、ロイドは更に声を張り上げて言った。



「誰だ!! どこの誰がイルイットさんを殺ったんだ!?」

「さぁ? 『盟主』の話によると、吸血鬼とやりあったらしいよ。過去視を担当した奴によると、アジアの日本って国で任務中に連中三体と遭遇、運悪く戦死って訳。

流石に吸血鬼相手じゃ、魂は残って無いだろうねぇ。死体も処理されたっぽいし。残念むねーんって感じだよ。」

腕利きのネクロマンサーも、呼ぶ霊魂が無ければお手上げのようだった。


だが、ロイドはそんな彼の軽い態度に激怒した。



「ふざけんな!! 俺は昔、あの人とやりあったんだ。俺はあの日を戦場で付け入る隙を一分たりとも見つけられなかった。

あの人は教会から名誉聖堂騎士の位を貰ってるんだぞ!! 傲慢ちきな教会連中が身内じゃないのにあそこまで評価しているのはあの人だけだ!!

俺が“処刑人”になった時も、殺されるんじゃないかって怖くてあの人を調べ挙げた!! 六十年前、“魔導師”の候補にも挙がったあの人が、まさか、まさか!!!」

「少し落ち着きなよ。」

「これが落ち着いていられるか!! あんなまともな人が!! あんな珍しくまともな人が!! なんで死んじまうんだよ!!!」

ロイドは、泣いていた。

ジャンキーと王李の死体を運んできた時も割り切っていた彼が泣いていた。



「だから私も残念だと思っているって言ったじゃないか。気持ちは分かるよ。“処刑人”の古参の中で、君たち若い連中に慕われているのはあの人だけだったもんねぇ。」

うんうん、と同情するようにドクトルは頷いた。


「おい、サイネリア!! 今すぐ戻ってこい!! ああ!? んな場合じゃねぇよ!! 今すぐ地上の吸血鬼どもを根絶やしに行くぞ!!」

「とりあえず、ハーブティでも持ってこようか。」

興奮して携帯電話の向こうの相方に怒鳴りこんでいるロイドに、ドクトルは肩を竦めた。






・・・・

・・・・・・

・・・・・・・・




「落ち着いたかい?」

「ああ、自分でもとり乱したと思ってる。みっともない・・・・。」

「自覚があるようで結構、君なんて下級の吸血鬼にも相手にならないよ、連中はよく訓練されていると聞いているからねぇ。」

「分かってる。」

ぶすっとした表情で、ロイドは湯気がたっぷり立っているハーブティを飲み干した。



「そんな馬鹿な真似はしねぇよ。身の程は誰よりも弁えている。」

「結構。サイネリアは何て?」

「とりあえず、すぐに帰ってくるそうだ。あいつも流石に今の状況で“本部”を長く空けるのはまずいと思ったんだろ。」

「彼女はあれでも君をよく見ているよ。奇人変人だと思って甘く見ると痛い目を見るよ。」

その言葉が気に入らなかったのか、ロイドはふんと鼻を鳴らすだけだった。



「セージを中心に心身が落ち着く効能のハーブでブレンドしてみたけれどどうかな?」

「俺にお茶の味が分かると思うか? というか、あんたに茶とか似あわんな。」

怪しげな奴の出したお茶だというのに、ロイドは躊躇い無く口に運ぶ。

こいつが趣味を他人に強要しないのは知っている。魔術師は普通、自分の研究などは独占をしたがるものだ。


「ハーブや漢方を操るのも立派な黒魔術さ。」

「ふん。」

黒魔術、と一口に形容されたりするが、黒魔術は複数の体系全般の魔術系統である。

そこから死霊魔術なり、魔女術なり、悪魔崇拝なりと専門的な体系に枝分かれしている。


かの有名な“黒の君”も、専門が黒魔術全般で更に他の殆どの魔術を極めているとかで有名で大いに恐れられている。どこまで本当かは知らないが。




ふと、密室のはずのモルグの中に微風が撫で回った。


「ありゃりゃ、こりゃあ出遅れましたね、フウセン。」

ロイドが振り向くと、そこには穴が開いていた。

三次元で構築されているこの世界に、二次元的な虫食いがそこにはあった。


丁度、人が一人潜り抜けられるくらいのその穴を潜って、一人の青年が入ってきた。



「仕方ないやん、フウリン。うち、あんたほど頭ぁよぅないもん。」

青年がまるで騎士のように恭しく穴の向こうにいた少女をエスコートするように迎え入れた。



「なんだ、お前らか。」

ロイドは内心さっさと帰ればよかったと後悔した。


フウリンと呼ばれた青年とフウセンと呼ばれた少女、どちらも日本人だった。

どっちも学ランにブレザーという出で立ちで、奇妙な方法でこのモルグに立ち入った魔術師には見えなかった。


それもそのはずである。厳密に言えば、この二人は魔術師ですらない。



ロイドは、この二人が嫌いとまでは言わないが、苦手だった。



「俺ら“処刑人”期待のエースタッグがのんきに学生ごっことは、お気楽だねぇ。」

「なんやロイド君、ただでさえシケた面ぁしてんやから、そうぐちぐち言うてんよりもっと景気の良い話でもしぃやぁ。」

にゃははは、と猫のように笑ってびしばしとロイドの背中を叩きながらフウセンは言った。


「や、やめ・・・。」

無意識のうちに魔力で肉体強化しているのか、じゃれ合いで叩かれているのに大人の本気の蹴りみたいな威力である。



「フウセン!! ちょっと!! ロイドさんが!!」

「あ、しもうた。あははは、堪忍してやー。」

ごほごほ、と咳き込むロイドの背中をさすって、ごめんなーと謝るフウセン。



「ったく・・・てめーはどこの怪力バカ女だよ。」

「あー、ロイド君、またサイネリアちゃんのこと悪く言ゆてー。男ならもっとでっかい器を持たんかい、男やろ!!」

「ごふぅ!?」

フウセンが喝を入れるようにバシンと、ロイドの背中を叩いた。一瞬意識が向こう側へ行った。



「わ、悪かった・・・・」

「ったく、こんなヘタレがサイネリアちゃんの相方やと思うと不憫でしゃあないわー。」

「だ、大丈夫ですか? ロイドさん・・?」

心配そうにフウリンがロイドを労わるような声を掛けた。


ロイドは二人が苦手だった。正確には、このフウセンと言う関西女が大の苦手だった。






・・・・

・・・・・・

・・・・・・・・




「なぁ、ロイド君。あんたが二人を看取ったんやろ? 誰が殺ったんや?」

数分前まで底抜けに明るかった少女は、歴戦の魔術師にさえ寒気を思させるような冷たい声で言った。


二人は当然ジャンキーと王李の葬儀に来ていた。

二人に黙祷を捧げて、カバンの中に入れていた花をかたく結ばれた二人の手の上に置いた。



「まさか、やと思てけどぉ、この二人を殺った野郎をみすみす取り逃がしたー、とか言わんよね?」

「この件について、『盟主』から口止めを受けている。おめーらに話すか、ボケ。」

「あん?」

五本の指だけで地元のヤクザを壊滅させた武勇伝を持つらしい(当人が自慢していた)フウセンは、そんな連中より遥かに凄味が利いていた。



「うちがけじめ付けたる。」

そう言ったのは、フウセンではなく、フウリンだった。


「きっとフウセンはそう言いますが、俺が運びませんから安心してくださいよロイドさん。」

「んな!? フウリン、そりゃあ酷いわー。」

相方の協力が得られなさそうなので、フウセンは詰まらなそうにロイドに食ってかかるのを止めた。



「少し考えればわかることだろう。王李さんはともかく、ジャンキーの奴が『盟主』に反旗を翻す思慮があると思うかい?

その二人が反逆なんて。どこで死んだのかも知らされないなんて、おかしいと思わないかい?」

線の細い優男のフウリンが、仰々しく言うとなかなか様になった。


「それに反逆者なら、僕らの仲間であるロイドさん達が仕留めなかったのがおかしい。

勝手に死んだにしては、死因に随分と疑問が残る。これは『盟主』が表沙汰にしたくないことなんだよ。僕らもそろそろこの業界が長いんだ、察しようよ。」

「っハ、へどが出るわ。くそ食らえやね。」

フウセンは諭すようなフウリンの言葉を、真っ二つに切って捨てた。



「止めろ、この二人を殺した奴をこの二人は勝者と認めた。もう決着はついてんだよ。」

「なんや、やっぱり知っとるんやないか。」

「こいつらの決着に泥を塗んじゃねーって言ってんだよ、俺は!!」

「せやかて」

「じゃあ聞くが。」

言い返そうとしたフウセンを精いっぱい睨んで、ロイドは言った。



「俺もさっき聞いた話だが、イルイットさんが死んだ。」

その瞬間、息巻いていたフウセンが、ひっ、とショックを受けたように後退った。

フウセンは顔面蒼白だった。



「そんな・・・・信じられません・・。」

フウリンは冷静だったが、唇が震えていた。



「こっちもかなりきな臭せーが、犯人はハッキリしている。地上の吸血鬼どもだ。」

「まさか・・・“ノーブルブラッド”?」

地上で吸血鬼と言ったらそいつらしかいない。

ロイドはフウリンに、多分な、と言って頷いて見せた。



「おいフウセン、やってみろよ。あの吸血鬼どもに、けじめ付けさせられんのか? ああ?」

ロイドは、小悪党みたいなこれ以上なく意地悪い笑みを浮かべた。


「・・・・・・・・・。」

だが、フウセンは知り合いの訃報にショックを受けて、ロイドの言葉なんてほとんど聞いていなかった。



「・・・嘘、やろ?」

そして、彼女はそう言った。


この魔術師業界、死は真横にある。

軽いロイドの一言でも、そんな冗談を口にする奴はいない。

そういう意味では、ロイドは彼女に信頼されているのかもしれなかった。



「俺だって信じたくねーよ。冗談でしたー、って言って、てめぇに殴られるならどれほど良かったか。」

「あの“蓮華”の奴も彼女の訃報が信じられなくて、探しに行くほどだよ。いやー、彼女は幸せだねー。まあ、彼女には死後すらないけれど。」

ドクトルが余計なひと言を言って、フウセンが本格的に泣き始めてしまった。



「うそや、嘘や、嘘やぁぁあああ!!!」

フウセンが蹲って、泣き叫ぶ。

その悲痛な叫び声に、流石のロイドも気分が悪くなった。

まるで自分が泣かせた見たいだったからだ、と彼は自分のせいだと全く認めていなかった。



「ロイド君も大人げないねぇ・・・。」

と、挙句ドクトルにそう言われる始末である。


果てはフウリンにも睨まれて、なんで俺が悪モノなんだよ、と内心逆切れ状態だった。




フウセンが泣き止むまで、十五分の時間を要した。



「あの人は、うちにとっておかんみたいな人やったのに・・・くそったれ!!」

何に向かって吐き捨てているのか、フウセンにも分からない。

だがそうせずには居られなかった。



「ロイドさん、今のは本当に軽率でした。洒落になりませんよ。」

先ほどとは別の意味で、フウリンがロイドを睨んだ。



「下手したら、この第二十八層が木端微塵になるところでした。」

「あ、あ・・ああ・・・。」

その時、ロイドは彼女の力を思い出して盛大に冷や汗を掻いた。


「す、すまない、本当にすまなかった。」

今頃になって、ロイドは大人げなかったかなーと反省していた。

なにせ、ロイドは十歳近くも年上なのだ。



「もうええわ。うちがアホやった。バカな真似は止めるわ。」

フウセンは両手を広げて肩を竦めた。


「その代わり、どないな最期だったか、教えてくれん?」

「それは分からない。ただ、俺は生命反応が消えた所を回収しただけだからな。ただ・・・。」

ロイドは先ほどの負い目からか、口止めの機密違反に接触しないようにこう言った。



「こいつらを殺しただろう奴は、妙な所に居たんだよなぁ・・・。」

「妙? 妙ってどこや?」

「いや、それは言えないって。」

「・・・・・ううぅ・・・」

「ああ、分かった、言う、言う。」

「ホンマか!?」

「泣き真似かよ!!」

気を使って損した、というあからさまな態度のロイド。


しかし、フウセンは右手にすさまじい波動すら感じる魔力を集束させていた。



「おい、・・・・なんだよそれ。」

「なにって、呪詛やで。」

「俺の知ってる呪詛と違う。」

「そりゃあ、うちは術式知らんもん。ただ、言う言うたロイド君の約束を履行させよと思てな。

うち、今考えたんやけど、嘘付くと針千本やなくて体が分子レベルまで木端微塵になる呪詛。勿論、ロイド君が約束破らなぁこんな不本意なことをはせぇへんでもええわけやけどー。」

にやにや、と笑いながらフウセンはバカみたいな密度の魔力球を振りかぶる。



「ロイド君、君の負けだよ。言葉は呪い・・・有名な魔術師の格言じゃないか。

というか、ここでそんなものぶっ放されたらここが半壊どころじゃ済まないんだけれど。」

「ふざけんなよぉ!! 俺がどうして“処刑人”なんてやってるか知ってるだろぉ!!」

涙目だった、ロイド君涙目だった。



「そんなん、調子こいて金に目ぇ眩んで『盟主』呪い殺そうしたんやからやろ?

にゃははははは!! ヴィクセンの旦那が教えてくれたわ!! にゃははは!! やーい、へたれ、へたれー!!」

「なあフウセン、それくらいにしとこうよ? なぁ?」

フウリンどうにか止めさせようと頑張っているが、全くフウセンには効果が無いようだ。



「ち、畜生。な、なら、お、俺は『盟主』の忠義を守って死んでやら!!

ぜ、絶対『盟主』は殺してくんないもん、俺にこれ以上ないってくらい責め苦を味わわせるに違いない!!」

「ほほー、ちったぁマシになったなぁ、ロイド君。ほな、塵になれや。」

まるで砂の城を崩すようにフウセンは言った。事実こいつは砂の城を蹴り壊すように無邪気に人を殺してきた。


「わ、わ、わーー!! 分かった言うからぁ、もう言うからぁ!! 許して、許して!!」

ついにロイドは恐怖に負けてしまった。


「うわ、だっさぁ・・・・。」

「いや・・・流石に酷いと思うぜ、フウセン・・・。」

「せやかて、ロイド君、絶対最後の最後は自分の命を優先するん分かってたもん。こういうしょーもない男は。」

冷めた表情で凝縮された魔力の塊を解いていくフウセン。

言われ放題だった。



「(くそ、くっそ・・・・いつかこのアマ絶対に呪い殺してやる。)」

呪術師ロイド。陰湿さには定評がある。

自爆覚悟で『盟主』にちくってやると、小さな事を考えていた。




「おやぁ?」

その時、ドクトルが指を鳴らした。


すると、闇夜に紛れて置かれていた薄型テレビに光が灯った。

そこには外の様子が映し出されていた。



「わぁ、どないして水晶じゃなくてテレビなん?」

「別の場所を映し出す、という用途は同じではないですか、呪術としては何の問題もありませんよ。」

なるほどなー、と納得したように頷いたフウセンだったが、すぐにその表情は引き締まった。



「悪魔ですか・・・・。」

フウリンが顔を顰めて、右手で胸を抑えた。

あろうことか、テレビには外に悪魔が跋扈している様子が映し出されていた。



悪魔の軍勢は一度、教会の領域に突撃すると、まるで蜘蛛の子を散らすように散り散りに飛び去ってしまった。

それからは、まるで軍勢とすら呼べない有様。


悪魔たちのやりたい放題。

拷問、誘拐、脅迫などの想像を可能な限り残虐にしたような光景が地上で広がり、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。




「人様の縄張りで、なに調子こいてんのや、こいつら。」

「なんというか、下級悪魔と言うのは下品ですね。

我ら“処刑人”は“本部”の秩序の為に居る。これは『盟主』の命令を待つまでもなく、自主的に駆除しないといけませんね。」

「当然や。フウリンはうちを送ってから、他の面子を集めなぁ。こいつらの好きにさせんのはめっちゃ胸糞悪いわぁ。」

「はい。」

フウリンはすべて承知しているように頷いた。



「ほら、出番だよ。」

フウリンが胸を叩くと右手を突きだした。


すると、ごぼごぼ、とフウリンの心臓辺りが蠢いた。

“何か”が、そこには居た。


それは、ごぼごぼ、と皮膚の下を這いずり回り、右腕を這いずって右手の掌を食い破って、顔を出した。


顔を出した“それ”は、この世の物とは思えない醜悪なイモムシだった。

紫色を主体としたグロテスクな文様を帯びたその生物は、正しこの世の物ではなかった。



「へぇ・・上級悪魔か。」

ドクトルが物珍しそうにそう言った。


フウリンに寄生し、心臓としてその血肉を食らいながら共生する邪悪な悪魔の化身だった。


彼は生まれながらこの悪魔に魅せられ、“悪魔憑き”の忌み子として無数のイモムシと共に母親の胎内から産まれ堕ちたと言う。

悪魔に祝福された、生まれながらにして邪悪な忌み子である。



悪魔の化身はフウリンから飛び出ると、テレビの端を食み始め、瞬く間に縁を食い破った。

すると、テレビの中に写っていただけのはずが、虫に食われた枠内の立体感が格段に向上したのである。


それもそのはず、テレビに映っているはずの場所と、この場が繋がってしまったのだから。

錆色の塵が突風のごとく室内に入り込んでくる。



これが、“蟲食い”と称される“処刑人”フウリンの能力であり、彼に寄生する上級悪魔ローゼンブリッジの力だった。

本来ならただの一般人に過ぎなかった人間を冥府魔導に突き落とした力だ。




「じゃあ。空いている連中に声を掛けてくるね。」

そう言って、フウリンは無数に這い出てきた悪魔の化身に己の周囲を肩抜きのように食わせると、くるりと体を回した時には彼はもうこの場に存在していなかった。



「ほな、始めよか。」

つかつか、テレビに歩み寄りながらフウセンはそう言った。

そして、彼女はブレザーの内ポケットから手のひらサイズのケースを取り出すと、それを開けた。

中には普通の眼鏡が入っていた。


彼女は、慣れた手つきでそれを掛ける。度は入っていないようだった。



「おい。あんたぁ。」

テレビの上に左腕の肘を置いて、まるでヤクザのようにテレビの中に顔を突っ込んでそう言った。


すると、テレビの向こうで女性の首をじわじわと締め上げて楽しそうに笑っていた悪魔がこちらに振り向いた。




「死ねや。」

ばーん、とそんな陳腐な表現で済むような些細な出来事のように、悪魔の体が木端微塵に砕け散った。

なぜか残った両手と両足だけが、ぼとり、と地面に転がった。


悪魔の体が砕け散ると、そこにはどす黒い炎のような物体が浮かんでいた。

それが、悪魔の魂だ。悪魔の本体と言うべき物で、これを潰さなければ(時間を掛けて)連中は何度も復活する。



フウセンは、それをいつの間にか手にしていた瑠璃色の剣で悪魔の魂を縦に切り裂いた。

切り裂かれた悪魔の魂は、完全に消滅した。



ロイドは見ていた。その瑠璃色の剣が、一瞬にしてバトルハンマーに変化して、悪魔を頭蓋から股まで一気に砕き潰したのを。


それは魔力の性質そのものの能力を持った、魔力の色と名を持った魔剣“ヴァイデューリャ”。

ラピスラズリの原石を削って作ったようなその魔剣は、持ち主の最適な形に変化し、最適な運用できる形に変化する魔力の魔剣である。



彼女は胎児の頃、相当な難産でそれを持って母親の胎内を突き破って産まれたと言う。


生まれながらに魔剣を手にしていた少女。

そんな桁外れの、化け物じみた才能を持ちながら、あまりにも平凡すぎる貧弱な肉体のせいで己の力を完全に制御しきれていない。

否、人間にはまず制御しきれるはずもない力を与えられて、産まれたのがフウセンだった。


神の悪戯によって誕生したような彼女を、人呼んで“瑠璃色の寵児”と称す。

そして、全く同時期にフウセンと言う悪魔の子が何かの間違いのように同じ国に産まれた。


二人は『盟主』に拾われた後、ペアを組んで学生生活をしながら世界中の“本部”邪魔者を断罪しまくっている。



そんな二人と一度サイネリアと共に模擬試合をしたことがあるロイドは、その日のことをハルマゲドンだったと語る。

その日のことを思い出して、ロイドは気分が悪くなった。


模擬試合の後、君死んでたよ、と戦いの最中に倒れ運び込まれたドクトルの下で彼に笑いながら言われたからだ。

彼の下に運び込まれたのはフウリンも同じだったが。



「どないしたん? おんどれも早よぉ、行けっちゅうねん。」

「ちょ、待てよ。相手は悪魔だぞ。例外なく使える魔術のレベルは俺らより上だ。

そんな中、対人専門の俺が乱戦に参加できるわけねーだろ!!」

「つべこべ言わんとさっさとはよせい!!」

「くそ!! 分かったよ!! てめぇみたいな天才に俺の非凡さがわかんねぇんだろうな、こんちくしょう!!」

やけくそ気味のロイドの叫びを、フウセンは鼻で笑うとテレビを潜ってどこかへ行ってしまった。



「君も十分天才だろうけれどね、まあ、得意不得意・相互相克のこの世で強弱を論じるのは愚かだがね。」

ドクトルの慰めはあまり効果を及ぼさなかったのか、ロイドは不機嫌そうな態度でその辺にあった椅子に座りこんだ。


「おや、行かないのかい?」

「誰が死ぬと分かってる所に行くか。バカバカしい。『盟主』だって出来ない仕事は割り振らねぇよ。」

「おやおや、まあなんとも君らしい。」

ドクトルは苦笑したが、彼を咎めるつもりはないらしい。

なんとも魔術師らしい態度だと、賞賛してやっても良いくらいだとも思っていた。



だが、ドクトルは思う。彼はかわいそうな奴だなぁ、と。

なぜなら・・・。



「ほげ!!」

突如として、ロイドはモルグの床の冷たい床に突っ伏した。


背後に、何の脈略も無くサイネリアが立っていたからだ。



「外が大変・・・『盟主』の為に・・・」

サイネリアは億劫そうな態度でそう告げた。

こんな態度でもやる気はあるらしかった。



「お・・・お前、転移系の魔術なんて使えたか・・?」

思いっきり顔を打ったらしく、顔を抑えているロイドがぷるぷると震えながら立ちあがった。



「フウリンが、来て・・・」

「あー、そう言えばあいつ、悪魔の力で人探し得意だったな!!」

伝承などに登場したことの無い全く無名の悪魔だが、悪魔は悪魔。その力は人智を超えているのである。


悪魔の力をほぼ無条件で借りられるなんて反則である。世の悪魔崇拝者たちが涎垂らすだろう。



「着替え・・・用意して・・・。」

「てめッ・・・・戦うにしてもあの格好は止めろよ、止めろよ!!」

ロイドもいい加減腹をくくったらしかった。彼が彼女に勝てた試しが無いからである。


だが、例の魔法少女のコスプレである。

サイネリアはあの恰好じゃないとやる気が出ないと言う。

でもあれだけはどうしても止めてくれとロイドは懇願していた。



「別に良いけど・・・」

「だったらいつもそうしろよ。」

「でもやる気で無い。・・・もしかしたら、お前が襲われた時、・・・やる気でないかもしれない。」

「・・・・・・・・・・。」

理不尽な沈黙が流れた。



「あーー!! くそ、分かったよ、分かりました、分かりましたよ、ちっくしょー!!」

もうロイドは殆ど半狂乱状態だった。




「バーボン、用意しておこうか?」

ドクトルは笑いを堪えながら言った。


「今日はいつもの店で飲むからいらん・・・・。」

半狂乱状態もつかの間、どっちがグールか分からないような意気消沈ぶりで、ロイドはサイネリアに引きずられてモルグを後にした。













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