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魔族の掟  作者: ベイカーベイカー
二章 悪魔騒乱
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第二十三話 奇妙な報告






「構いません、入りなさい。」

返事はすぐに返ってきました。


はい、と私は答えて『カーディナル』の執務室のドアを開けた。



そこには、緋色より濃い血のように紅い枢機卿装束を纏った女性が居ました。

彼女こそまさしく『カーディナル』。

この騎士団の創設者です。



行事でしか見たことのない彼女の姿に、私の緊張は最高潮に達していた。



彼女は温かい笑顔で私を向かい入れてくれましたが、すぐにその表情は険しくなって横に逸れた。

そこには、二人一組の白衣の男女が居た。


緊張してて一瞬気づかなかった。



「ここは遠慮して立ち去る場面ではないのかい?」

「おや、これからが本番ではないのかね。」

『カーディナル』の発した刺々しい言葉を、ソファーにどっぷりと座り込んでいる男が打てば響くような速さで返答した。




「貴様があの蛮族どもに探りを入れているという話は聞いている。

あのトカゲの大将がケダモノを人間に化けさせ地上や『本部』の人間の領域にも踏み入っているのは暗黙にして周知の事実だが、当然こちらも受身の姿勢を取るだけのはずもない。

こちらも忠実な部下を潜入させている。私の配下には、ちゃんとした魔術師の部下も居るのでね。」

「なるほど、連中の情報を横から掠め取りに来たのが本来の目的か。私も貴様ほど図々しくいられたら幸せだっただろうねぇ。」

そう言って『カーディナル』はため息を吐いた。



「いいだろう、報告を聞かせてもらおうか、騎士エクレシア。」

「エクレシア?・・・ギリシャ語とは、珍しい洗礼名だな。」

「あの、この方は・・・?」

私は気になって思わずこの白衣の男について伺うことにしました。



「おや、申し遅れた。私はレオナルド。人は私を『プロメテウス』と呼ぶ。

とりあえず私は博士という呼称を気に入っているので、貴様もそうするように。」

「・・・え!?」

確認するまでもなく、当人から名乗ってくれた。


そして、『プロメテウス』と言えば、十一人しか居ない“魔導師”の一角である。

こうして彼と『カーディナル』が話し合っているのは別に不思議ではない。


ただ、意外な組み合わせだと思いました。



「博士の助手を勤めさせていただく、アビゲイルと申します。」

「あ、はい。どうも。」

そして彼の背後に控えていた白衣の女性も慇懃に完璧な一礼をした。




「しかし、『カーディナル』。いったい何を報告すれば・・・・その、私は・・。」

私はなんと言っていいのか分からず、口ごもってしまった。


普通は報告書にまとめて任務の内容や結果を報告するのはどこの組織でも同じでしょう。

ですが、私はいきなり『カーディナル』に会って口頭で報告しろと言われたのです。


かなり戸惑ったのは言うまでもありません。今もまさに戸惑っています。




「ではひとまず、魔族の領域への潜入任務はご苦労と言っておこうかねぇ。

それじゃあ、近状を話してももらおうか。派手にやったようだからねぇ・・・ある程度は聞いているが、やはり貴殿の口で聞かせてもらいたい。

ありのままに答えてほしい。連中・・・魔族に対してどう感じたかい?」

「はい、し、しかし、潜入任務だというのに独断で・・その、目立った行動をしてしまい・・・・その・・・。」

「貴殿は聞かれたことを答えれば良い。具体的な行動や方針は貴殿の規範によって決められる。貴殿は百余名の人間の名誉を守った。それは騎士として誇るべきことではないのかい?」

そう言った『カーディナル』の目は、綺麗なまでに冷めていた。



私はこの目を知っている。

命を数えることに慣れてしまった目だ。

それも個々の命を尊ぶことに疲れ、割り切ってしまった目だ。


結果的に良かった。その過程に目を向けることに涙し、枯れ果ててしまった目だ。




「・・・・『カーディナル』・・貴方は・・。」

「いいから早く答えないかい。時間は有限なのさ。分かっているだろう?」

「・・・・はい。」

彼女の催促に、私は意を決して頷いた。



「もう一度訊こうか。貴殿は魔族に対してどう感じたかい?

連中に対して具体的な印象について答えてくれれば良い。」

「はい・・・。」

いきなりそう言われても、私は半ば混乱状態にあるため、どう答えれば良いのか分かりませんでした。


彼女の一言で、明日にでも教会は魔族との全面戦争、なんてことにもなりうるからです。

歴代の法王の信任を得、こと魔術関連について限定するならば、『カーディナル』はローマの教皇以上の強権を発揮できるのです。



そういう意味では、今まで人類と魔族との血みどろの殺し合いが起こっていないのは、彼女のお陰とも言えます。




「低俗にして野蛮、愚劣にして蒙昧、悪辣にして邪悪。

あらゆる意味で人類の敵であり、滅ぼすべき害悪。」

すると、『プロメテウス』ことレオナルド博士がそう言いました。



「私の認識としてはこんなものだな。

君の意見に付け足すことはあるかね?」

まるで自分の言っていることが正しいというような物言いでしたが、私は返す言葉がありませんでした。



「・・・・その性質は、悪逆にして非道なものだと私は感じました。」

「だろう?」

レオナルド博士は『カーディナル』に睨まれているのにも構わずにニヤついた笑みを貼り付けてそう言った。



「貴様には聞いていない。・・・それで、それがお前の認識かい?」

「はい、ですが、その、私にはそのようなことを口にする資格は無いと・・・。」

「何度も言わせるな。そのようなことは聞いていない。質問にだけ答えろ。」

ピッと彼女は手に持っている万年筆の先を向けてそう仰りました。



「はい、それでその、思ったのです。彼らの意識は、かつて我々人類も通った道と思うのです。彼らの文明の進展は実に緩やかで、我々が彼らを見下す理由にはならないかと・・・。」

「ほう?」

私が彼を一瞥すると、彼は興味深そうに目を細めた。



「ある魔族は、自分たちを人間に模されて作られたのかもしれない、と言ったのです。

彼らを人類に近しいとまでは言いませんが、その知性を馬鹿に出来るものではありません。それに、彼らには心がありました。その、同族を思いやる気持ちがありました。

私は、それを否定することが出来ません。」

「ふふっ。」

何が可笑しいのか、レオナルド博士は一瞬蔑むように嗤った。




「聞いたかアビゲイル君。弾圧と異端審問がお家芸のこいつらが、心だとか思いやりだとか、くくく・・・・。」

「はい、博士。公平公正がモットーのスポーツの世界でさえ差別問題が蔓延っています。聖書の解釈の違いで戦争を起こしたり、博士は首元に刃を突きつけて正義を説くあなた方に嘲笑しています。」

そして、すさまじい酷評を受けました。


しかし、私はその言葉に対して怒りを覚えるどころか、不気味さすら感じたのです。

彼らの言葉は、人間的なようでどこか機械が喋っているような、少なくとも、レオナルド博士が本気で嘲笑っているようには見えなかったのです。


その実際との行動のギャップに、私は違和感を覚えました。



「ふん、心の無い人間がよく言う。私には分かる。貴様の言葉には悪意すらない。それともそこまで至るまでに本当に心を捨てたのかい?」

「捨てたさ。人間らしい感情もな。

私は過去の自分の感情表現を出力し反射的に言動をしているだけに過ぎない。ここまで自己を削ぎ落とすことに意味があるからな。」

その彼の言葉に、“魔導師”の恐ろしさの一端を垣間見た気がしました。


レオナルド博士の仕草はどう見ても人間そのものです。

私が違和感を覚えたのはそこでしょうか。




「・・・・ふん。心を捨てて何が人間か。

騎士エクレシア、合理性で出来た頭でっかちなぞ気にする必要はないよ。」

「・・・はい。」

私は『カーディナル』に頷きました。


そして、私は彼女の揶揄するような言葉を受けても、ニヤニヤと仮面のような笑みを浮かべているレオナルド博士に背筋に冷たいものを感じました。

感情が無いのなら、その笑みはむしろ不気味ささえ湛える。



「では、次の質問だ。彼らに我らの主の言葉を伝えることは可能だったい?

・・・・そして、或いは伝えることは可能だと思うかい?」

「おい、『カーディナル』、貴様は頭がイカレたのか?」

私が何かを言うよりも早く、彼は『カーディナル』にそう言った。




「何が、だい?」

大方何を言われるのか予想はしているのか、『カーディナル』は怪しげな笑みを浮かべてレオナルド博士を見やった。



「馬の耳に念仏を唱え、石ころに説法をするようなものではないか。これでもかなり控えめな表現であることは理解しているだろうな。」

「分かったから仏教で例えるな。それと石ころにも意思はあるだろうさ。精霊信仰を肯定するわけではないがねぇ。」

魔族に対して非常に否定的らしいレオナルド博士の言葉に、『カーディナル』は面倒そうにそう答えた。


時々二人は私を置いてきぼりにして話をしますが、どうせならずっとこのままにして欲しいのが本音です。



それは私なんかが『カーディナル』に相対するのはどれほど恐れ多いのか思い知ったような気がしたからです。

この途方も無く遥か彼方に居る二人は、私の言葉など届かないように思うのです。




「レオナルド博士の思っておられる通り、私が語るよりご自身がずっと承知の上ではないのですか、『カーディナル』?」

私は少し強い口調でそう言った。


戦地に向かう戦闘員に対して現地の情報を制限するなど、あってはならないことだ。

そこに明確な理由が存在するなら納得も出来ますが、その説明は一切されていない。


情報の大切さは、『カーディナル』が誰よりも良く知っていると言うのに。



「ああ、承知だとも。だが、私は連中の中まで入っていって何かをしたりしたわけではない。故にそんな人間が偉そうに語れるかい?

経験に勝る説得力は無い。そういう意味では、私なんかより貴殿の方が魔族に対して詳しいとすら言える。

少々悩んだが、貴殿には出来る限り偏見を持たずに連中に接してもらうべく、敢えて多くの情報を渡すことはしなかった。」

実に『カーディナル』らしい答えでした。

しかし、私は納得していない。



「それが、任務に達成に致命的な障害となるだろう事実を隠す理由ですか?」

「はははは、かわいい顔をして辛辣だねぇ。

私はね、自分で言うのもなんだが慈悲深い人間だ。

それがたとえ小さなアリだろうとも、目にしたなら足を下ろすことに躊躇いはするが、それが家を食いつぶすシロアリなら話は別だ。」

『カーディナル』は執務机の引き出しを開けて、中から古めかしいキセルを取り出してそう言った。



「別に私は連中に対してどうこう思っているわけではない。

ただの、慈悲だよ。ただそれだけだよ。我々は殺すべき相手を選ぶ理性ある種族だ。」

どこか哀愁の漂う雰囲気でキセルの煙を吹かしながら、彼女はそう仰った。



「命奪うことを理性あると仰るのですか?」

「ああ、少なくとも、我々はそうじゃないかい?

我々の正気は神が保障してくださる。言い訳は一切通用しない。

地獄に墜ちるその日まで、主のために戦い続ける。これが私たちの信仰だろう?」

その通りです。

そこに疑問を挟む余地はあっては・・・・いけない。信仰とはそういうものです。



「やはり狂っているではないか。」

ぼそり、とレオナルド博士が呟いた。

それに対して『カーディナル』は何も言いませんでした。


しかし、すぐに彼女は頭を掻き毟るようにガシガシと掻いた。




「悪いが、勘弁してくれないかい。

・・・・・私にも言いたくないことはあるのさ。」

「ッ!?」

私は今初めて、私は目の前に居る女性を、騎士団の創設者ではなく、ただ一人の人間として見れた気がした。

それほどまでに、今の彼女は隙だらけで辛そうな表情をしていたのだ。



「おいおい、まさか私情で一人の部下の命を死地へ追いやったのか? これはこれはひどい上司だ。」

若干の間を持ってレオナルド博士がそう言った。

嫌みったらしい口調でしたが、どこか私は物悲しく思ってしまう。



「・・・『カーディナル』。本当に私情なのですか?

別に私は私情で任務に就かせられることに疑問を持ってはいません。しかし、『カーディナル』。このままでは私は貴女を信じられなくなる。」

それは、とても悲しいことだ。


なにより、私は彼女が私情で動くということが信じられなかった。

彼女は常に教会のために尽くしていた。


私情で任務を課せられること自体に思うことない。そもそも人間はそういう物ですし。私情の絡まない意思決定など存在しない。

今回はその割合が多かっただけです。


私はただ、彼女の本当の事実を知りたかったのです。

彼女の口から、魔族に対する一連の行動の理由を。



私が無言で真摯に訴えると、彼女はやがてため息を吐いておもむろに口を開いた。




「私がまだただの人間だった頃の話だよ。

私は貧しさが酷い国に生まれてね、戦禍で貧困が日増しする時代だったさ。

まだただの修道女だった私はある日、パンを子供たちに配っていた。

私は昔から達観してたのか、パンが足りずに食事にありつけない小さな子供がどうにかできないかと縋って来たりしたら、必ずこう言っていた。

可能な限り苦しんで飢えて祈りながら死になさい、そうすれば神が助けてくださる。そうでなければ祈るに値しない神であったと魂を突き返せば良い、とね。」

「しかし、『カーディナル』。そんな時代にそんなことを言えば・・・。」

「当然、異端審問間が来ていろいろ拷問された上にギロチンだったよ。

私は決して自分の言葉を曲げなかったし、最後まで主を信じていた。そしていざ処刑台に乗せられたとき、私はある人物・・・というのには語弊があるかねぇ。

まあ、とにかく、私はある人物に助けられた。」

それは、信じられない話である。


それは即ち当時の教会権力に楯突く行為である。

『カーディナル』が生まれただろう十一世紀から十二世紀の教会圏の国々での教会の権力は絶大だ。


それは自ら首を絞めるのと同義である。

ですが、私は次にもっと信じられない言葉を聞くことになった。




「その人物は、今では“伯爵”と呼ばれている。」

「え・・・」

一瞬何を言われたか分からなくなるほど、想像だにできない人物だった。



「ああ、“ノーブルブラッド”・・・・吸血鬼集団の首領か。」

レオナルド博士がそう呟いた。

そう、我々が長年敵対し、殺し合いをしてきた宿敵そのものである。



「ああ、当時はまだ集団とは言えない程だったがねぇ。

それからというもの、私は彼女と行動を共にした。しばらくして袂を分かったがね。理由は、言うまでもないだろう。

その後、私は祈りをささげるだけの自分に疑問を抱いてね。彼女から聞いたこの『本部』へとやって来た訳だ。

私は学んだのだよ、人を救うにはもっと実質的で分かりやすい力が必要だと、ね。」

「だから、魔術を?」

「そうとも、それから私は一通り魔術を会得し、地上に降りて再びしばらく個人で各地を回った。

苦難の連続だったよ。それまでは何度も酷い目に会ったし、敵に捕まって口には出来ないようなこともされた。

そして十四世紀初頭にはついに私は逃げ延びたテンプル騎士団のメンバーを掻き集め、今の騎士団の雛形となる組織を完成させた。

しかし、それからも大して変わらなかった。

殺し殺され、時の権力者に取り入って汚れ仕事を請けたりもしたし、袂を分かった彼女とも何度も何度も殺しあった。

だが、それが私と彼女の友情なのさ。」

そこまで語った『カーディナル』には、いつもの不敵な笑みが戻っていた。



「吸血鬼との、友情・・・ですか?」

「ああ、友情だとも。今でも彼女は私の友であり、宿敵であり、神敵だ。

お互いに搾取し、抑制し、殺しあって成長してきた。

だから私は考えたわけさね、もしかしたら他の魔族とも睨み合いの現状以上の関係に至れると、ね。その方が生産的だと思わないかい?」

「・・・・・・」

私は、なんと答えればいいか分からなかった。



「・・・・貴女と、“伯爵”の友情はこれからも続くのですか?」

「続くさ、永遠にね。それが私と彼女の私情だよ。

当然、散っていった同胞たちに顔向けできるように、彼女に手心を加えたり主義主張を曲げたことは一度たりとも無いと主に誓って宣言しよう。」

「それさえ聞ければ、私は十分です。我らが偉大なる『カーディナル』。」

彼女は私たちの旗印。

それが揺らぐような話でなければ、私や同胞の騎士たちも文句はない筈だ。


たとえそれが吸血鬼との歪んだ友情があろうとも。

我らの行いは最終的に神のために帰結すれさえすれば、まったく問題ないのです。



「これは他言無用で頼むよ。ジュリアスの奴にも話してないんだからね。」

「私は聞いてしまって良いのかね?」

「つまらん私の身の上話なんぞ言いふらすガラでもないだろう? この程度の話で貴様の反応を伺えればいい程度だと思っているよ。」

「そうだな。まったく私にとってはどうでもいい話だったよ。

もうすでに終わってしまったことに興味はないからな。・・・・というのは言いすぎかな。面白かったとだけ言っておこうか。」

どこまで本当か分からない口調で、レオナルド博士は言った。




「だが、貴殿を魔族の領域に強行偵察に赴かせた理由はそれが全てではない。

そう、・・・・・神託があったのさ。これはそこの頭でっかちにも聞いてもらわねばならないことだ。そうでなければとっくにでも追い出している。」

「神託か。神は否定しては居ないつもりだよ。それに類する概念、またはそれ以上の存在の意思がなければ地球に生命が誕生することに奇跡などという言葉ですら説明が出来ないからな。」

「ふん、説教ならいつでもしてやるさ。それはともかく、これは重大なことだ。」

重々しい口調で『カーディナル』はそう言って、引き出しからスクロールを取り出した。



「内容はここにまとめてある。」

彼女は巻物状のそれをレオナルド博士に無造作に投げ渡した。




「・・・・・これは!?」

そのスクロールを広げてその内容を見たレオナルド博士は、顔を顰めた。



「魔王復活の予言だとッ・・・。馬鹿な、物理法則が基盤のこの世界で、あのような馬鹿げた存在が自然発生するなどありえない。」

「ああ、そうだろうねぇ。

誕生ではなく、復活だからね。自然発生なわけないじゃないか。」

彼の言葉に『カーディナル』も頷いた。



「魔王の、復活・・・!!」

それは想像するのも恐ろしい事実だった。



「そこに書かれているのは近い将来に魔王の復活を示唆する内容だ。

問題はその過程だよ。誰が、いつ、どこで、なぜ、どのように、魔王が復活するかが不明瞭なのさ。現段階で、我々騎士団は混乱を避けるため極秘にその内容を伏せて捜索している。

貴殿の任務もその一環でさ。」

私は、彼女の言葉を聞きながら寒気を覚えて震えているのが分かった。


これは、明らかに聞いてはいけないことである。



「一番怪しいのが、あの『マスターロード』率いる魔族連中、或いはそれに与しない魔族集団。時点で邪悪な悪魔崇拝者に寄るもの。

貴殿を送り込んだのも、奴の反応を見るためでもあるが、これは結果的な話でそうなれば良いとは思っては居なかったよ?

連中が混乱すると神託に出た以上、切り崩しを行うにもこれ以上の好機はない。

我々人間と戦うことをしないと誓う魔族を同族から守ってやる意味でも、私は彼らの受け入れを決意した。当然、それは貴殿が布教に成功した場合の話ではあるが。」

「は、はい・・・。」

自分でも、どんどんと引き返せない泥沼にはまり込んでいるのが分かるほど、彼女の話は所謂ヤバイものであったのです。



「だが、これは当然として魔王復活の阻止を前提としている。

どんなに彼らを改心させたとしても、魔王が復活すれば全てが水泡に帰すだろう。」

「魔王が魔族をまとめ、大進行を開始するからですか?」

「いいや、連中にとって魔王とは神に等しい。所詮魔王という呼称は便宜上のものに過ぎず、あの存在を正確に言葉にして表現するのは不可能だ。

もし仮に我々の神が地上に降臨するとどうなる?

そこに主義主張、信仰の有無や強弱に関係なく、我々人類はその面前に無条件で平伏し、己の罪深さに悔い改めることだろう。

連中にとっての魔王も同じだ。無条件で眷属を支配し、一種の洗脳状態になる。そうなったら、もはや和解の余地はない。」

「記録にもあるな。魔王に率いられた軍勢は不気味なほど統率が取れて、一個の軍団のように襲い掛かってくると。

あのトカゲの大将ほどのカリスマ的魔族のトップが居ながら、統率が取れていない現状を見ると、その異常性が垣間見られるな。」

レオナルド博士も相槌を打ってそう答えた。

そこに先ほどまでのようなふざけた雰囲気は皆無でした。



「さて、騎士エクレシア、それ踏まえて、だ。

貴殿は我らの主の言葉を連中に伝えられると思うかい?」

「た、例えどのような困難が待ち受けていようとも、私の任務は何も変わらないと存じますがッ。」

多少どもりながらも、私は何とかそう答えました。


正直なところ、私には重過ぎる任務だと思わなくもありません。

・・・・だめだ、まだ頭がこんがらがってます・・。



「ですが、私見を言わせてもらうならば、真摯に奉仕の心で訴えていけば、いずれ彼らにも主の言葉が届くかとッ。」

「ああ、だが貴殿のような小娘が伝える言葉なぞ所詮誰も聞きはしないだろう。

しかし我々は、頑なに耳を閉ざす異民族に無理やり言葉を伝える方法を知っている。

・・・・それでは、改めて貴殿に任務を伝えよう。」

そして、『カーディナル』は改まったように立ち上がり、真剣な眼差しで私を見ました。




「復活が予言される魔王に対抗すべく、その復活を目論む人類の敵を捜索することである。これは最優先事項であり、何よりも優先される事柄だ。

そして、人類との衝突の放棄を確約した魔族の可能な限りの保護。これは本当に貴殿の出来る限りで構わない。こちらとしても危険な行為なのは承知だからね。

『マスターロード』に知れて粛清なんて巻き起こったら目も当てられない。」

「内部からの切り崩し工作を行っている時点でもうすでにこちらに攻撃する理由になっているだろうに。」

「私が二番目に恐れているのは、戦いになったときの泥沼化なんだよ。

魔族の連中は下手に強い分、民衆まで徴収され凄惨な状況になる。それは避けたいんだよ。こちらは戦争の終わらせ方を計画的に決めるが、連中はそうじゃないからね。」

「ずいぶんと効率の悪いやり方だ。」

「良心は効率だけで行うものじゃないってことさね。

まあ、それ以外の方法もないのも事実なわけだけれど。」

「ふむ、ではこちらでも対策を考えておくとするか。魔王なぞに復活されたらこちらの進めている計画も台無しだ。」

「貴様の下らん計画など、さっさと頓挫すればいいさ。」

そこまで言って、『カーディナル』は区切りを付けた。



「では騎士エクレシア。汝に主に代わり、神命を授ける。」

「はい、神の御名の下に、謹んで拝命いたします。」

私は跪いて厳かにそう答えた。


特務ゆえに略式どころか、二人あわせてたった二言での任命。

私も戦地で急な命令の変更の際に一度経験しているから戸惑いはない。



「ふむ、騎士デイムエクレシア。私にはそこまで連中にしてやる理由は見当たらないな。いやいや、別に何も答えなくて構わない。私は連中を理解してやる義理も積もりもありはしないのだからね。」

「博士は理解不能だと仰っています。」

わざとらしく婉曲な表現で言ったレオナルド博士だったが、背後に控えていたアビゲイルさんが非常に簡潔にそう言った。



「そんなこと、私にも分かりませんよ。」

ふと思い浮かんだのは、一人の青年の姿だった。


「きっと、運命なのでしょう。主の導きなのでしょう。」

「運命、か。下らないな。それはつまり、限界があるということだ。そんな人生に何の意味があるというのだ。これだから宗教家どもは嫌いなのだよ。」

「神の試練を乗り越えることは、自らの限界を超えることだと思いますが。」

「お前も魔術師の端くれなら分かるだろう。それは他人に勝手に限界に決められているということだろう?」

これは一般論だがね、とレオナルド博士は最後にそう付け足した。


運命、それは大多数の人間には受け入れがたい事実でもあるのです。

特に魔術の才能は魂に依存するため、当然どうしても超えられない限界がある。


だから、魔術師は運命という言葉が大嫌いだ。自分たちには限界がないと信じているから、それすらも利用しようともがくのだ。

私とて、それを言い訳にするつもりはない。




「私は―――」

「―――――――――会談中、失礼します!!」

私が口を開こうとしたとき、ドアがバタンと開いて、一人の従士が駆け込んできた。


見るからにただならぬ様子だった。




「西の空に、多数の・・・悪魔が・・!!」

「えっ。」

ちょうどこの執務室の窓には西の空が見える。


思わず窓の方を見ると、かなた遠くに真っ黒な何かが蠢いていた。



「そんな、いったい何が・・・・。」

それは、無数の悪魔の大集団だった。


この時代、普通に悪魔を見ることなんて滅多にない。

それが徒党を組んで、それがよりにもよって騎士団の総本部に攻め込んでくるなど、前代未聞である。魔術師の業界でも超常現象レベルだ。


だからそれを意味することは、たった一つの事柄である。




「ほう・・・・今の時代に我々に喧嘩を売る輩が居るとは。驚きだな。」

ゆえにそれを示す事実は、人為的な悪魔の召還である。



「全騎士に通達しろ、即座戦闘準備を開始し、部隊単位で命令を待てと。

各従士は教導の指示に従い、非戦闘員の非難を最優先させろ。

あと、私が最前線に出よう。今の騎士達は戦争のやり方を知らないからねぇ。」

「ハッ!!」

息を乱していた従士も、それを聞いて敬礼した。



「あの、『カーディナル』。まさか・・・」

「どこの誰かは知らないが、まあ魔族の筋ではないだろうねぇ。

もし仕掛けてくるならもっと狡猾に大胆にやってくるだろう。それがあの『マスターロード』のやり口さ。

相手は悪魔、地獄に還す必要もない。完璧に殺してその魂を神へ御返しするのだ。」

そう言った『カーディナル』は、いつになく壮絶な笑みを浮かべていた。





「まあ、とりあえず、―――――皆殺しだ。」



そう、狩る側なのはこちらなのだ。















ちょっと本気出してがんばった。

来週は忙しいので一話上げられるかわかんない。

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