幕間 相容れない二人の会談
時間はエクレシアがマスター・ジュリアスを訪ねる十五分前である。
大聖堂にある礼拝堂の横には、ここの顔に当たる大聖堂の次に大きな建物がある。
経理などを初めとする事務仕事の殆どが行われるこの大聖堂の中枢たる、事務所だ。
真横のここで一番大きな礼拝施設である。荘厳な大聖堂とは違い、こざっぱりとした何もないビルディングである。
ところどころにとって付けたような十字架や祭具などで魔術的な要素を取り入れてはいるが、なんと言うか不恰好な施設であった。
ここに何百人もの事務員が勤め、この大聖堂にある複数の礼拝堂や騎士団、付属施設などに指示を飛ばす。
この近くに騎士団の本部もあり、事実上この三つの施設を統べる『カーディナル』の本拠地として“大聖堂”と一般的に呼ばれている。
その周辺には一万人以上がここに住んでおり、他の階層から人の出入りはその何倍もある。
もはやこの大聖堂周辺の一帯は一つの宗教都市として機能しているといっても過言ではなく、この事務所の役割は役所にも等しい。
流石に大聖堂などの主要施設は本拠地というだけ有って周囲からは簡単に入れなくなっているが、その周辺の礼拝施設は基本的に出入り自由だ。
「失礼、『カーディナル』。こちらにいましたか。」
なぜそんな説明をしたかというと、騎士団本部と事務所の二つに『カーディナル』は執務室を構えているからだ。
基本的に事務所にいる彼女はよく本部の方に移動しているので、留守も多い。
出入り自由と刻まれたプレートのあるドアを開け、事務員は『カーディナル』の姿を認めた。
「ええと、お届け物なのですが・・・。早急にとのことなので・・・。」
困ったような表情の事務員は、両手で抱えるほど大きな段ボール箱を持っていた。
「ああ、そこに置いておいてくれ。」
「差出人は不明なのですが、よろしいでしょうか?」
「いんや、誰からかは分かっている。良いからお前は仕事に戻りな。」
「は、はい。」
一瞬邪教徒のテロとも考えていた事務員は、彼女からそう言われてドアの横にその段ボール箱を置き、失礼します、と退室した。
「・・・・・はぁ。」
そして、『カーディナル』はあからさまに溜息を吐いた。
彼女は机の引き出しから羊皮紙を取り出すと、さらさらと文章を書き殴った。
そこにはこう書かれていた。
『ジュリアス、急で無粋な来客が来た。恐らく彼女はお前さんを尋ねてくるだろうから、適当に予定を遅らせておいておくれ。』
と。
「火をおくれよ。」
すると、彼女はそう言った。
その時、事務員が持ってきた段ボール箱の蓋が盛り上がってガムテープを破って中身が出てきた。
それは白衣の女だった。
二十台半ば程度の栗毛の女が、外れていた体の関節を曲げて段ボール箱の中に入っていたのだ。
「偉大なる『プロメテウス』が最高傑作、アビゲイルと申します。」
「ふん、あいつらしい悪趣味な命名だ。しかもそれを私に差し向けてくるとはねぇ。」
アビゲイルと名乗った女はそんな辛辣な言葉と視線を投げ掛けてくる『カーディナル』になどちっとも気にした風もなく、段ボール箱からノートパソコンを取り出して、電源を入れた。
「博士、目標を確認しました。座標を送信します。」
「ごくろう、アビゲイル君。」
彼女の言葉とほぼ同時に、一人の男が室内に現れた。
その現れ方は幽霊のようにというよりは、テレビの電源を付けたかのような感じであると言えば分かりやすいだろうか。
アビゲイルと同様に白衣を纏う茶髪の若い男であった。
当然ながら、そう見えるだけである。
「いきなり何の用だい、『プロメテウス』。
私はこの後にも色々と用事が詰まっていてねぇ、せめてアポぐらいはとってもらいたいものだよ。」
「別に構わぬではないか。」
「人間としての最低限のマナーは守れって言ってるんだよ。」
不遜な態度を隠そうともしない『プロメテウス』と呼ばれた男に、『カーディナル』は強い口調でそう言い放った。
「お互い、“魔導師”に数えられた同士だろう。なぜ会うのに遠慮する必要がある。」
「そうだったな、お前はそういう奴だよ。」
これ以上の論議は無駄だと、『カーディナル』はさっさとその話を切り上げた。
「それで、いったい何の用なんだい? 何もないと言ったら流石に怒るからね。」
「用ならある。ちょっとした世間話だ。」
そう言って、『プロメテウス』は執務机に腰掛け、彼女の指を突きつけた。
「ほれ。」
その指先には、ライターのような火が灯っている。
「ふん。」
彼の言葉にどういう意図があるのか図るように、『カーディナル』はその火にさっき文章をかいた羊皮紙を晒した。
瞬く間に燃え広がり、焼切れる羊皮紙。
「文字を別の場所に移す魔術か。火を使うからには狼煙の一種だろうが、随分と文化的だな。ああ、それに、あの鐘を経由しているのだな。」
その時丁度、外にある鐘が鳴った。
「時報用ではない小さく高い音の鐘、あれと連動し情報を飛ばすといったところか。時報の鐘と混同しないように音も違う。手も込んでいるな。
なるほど、中世の頃で既にお前たちの情報網は現代と変わらぬほどだと言われているが、そういった方法を使っていたのだな。」
「逆を言えば、昔からちっとも進歩していないって事だけどね。」
自嘲するように、『カーディナル』は笑った。
「しかし、一目で見破るとはお前の目は一応節穴ではないようだねぇ。」
「火を使った魔術は専門分野だからな。
貴様こそ念話で済ませれば良いものをわざわざこんな手順を踏まえるんだ、噂に違わず腹の探り合いが好きなようだな。」
皮肉をたっぷりと乗せた口調で『プロメテウス』は挑発的に言ってのけた。
「魔術師は地上の人間の科学に耽溺することはないだろうけれどね。」
「私は自分を魔術師だとは思ってはいない。科学など所詮魔術から派生した学問の一つに過ぎないからな。
当然私は学会に発表して地位やら名声やらなどには興味もない。だから最近は化学者と呼ばれることにも疑問を抱いている。
あと私はどちらかと言うと化け学、つまり化学と自然科学について研究しているわけだ。技術の方はほぼ委託だ。そこは間違えるな。」
「興味は無いね。というか、さっさと机から降りろ、行儀が悪い。」
そう言って『カーディナル』は『プロメテウス』を机から押し出した。
彼はやれやれ、といった様子で、来客用のソファーにどっぷりと座り込んだ。
「さて、我々がこうして直接二人で話し合うのは初めてとなるわけだが。」
「お前さん、一体誰と話しているのか分かっているのかい?」
「おやおや。」
急激に高圧的な態度が増した『カーディナル』に、『プロメテウス』は両手を挙げてオーバーに驚いてみせた。
「是非ともご高説願おうか。説法は得意だろう?」
「説法は仏教用語だ。いやそんなことはどうでもいい。
私はこれでも中世暗黒時代のカトリックで異端審問を努めていたこともある。当時の連中のやり方に迎合していたわけではないが、こちらとしても目的があったからねぇ。
当然、異教徒は当たり前として邪教徒を許すわけにはいかないのだよ。」
「ほうほう、貴様は科学を異教と呼ぶのか。」
「そうだろうよ、これほどまでに地上に蔓延した邪悪な思考は見たことも無い。
今なら昔の連中の気持ちが分かるさ。あんなおぞましい文化に染まった人間を見るくらいなら、手当たり次第弾圧なりすればよかったと思っているよ。
科学万能と謳われるこの時代、人々の生活には光は刺したが心の闇は濃くなる一方だ。
人は愚かにも賢しくなりすぎた。無知は神から与えられた唯一の慈悲だというのに。」
今の人間には神の威光が必要だと、彼女は呟いた。
「さすが、本物の確信犯は言うことが違う。
まあ、確かに。技術は独占されるべきだからな。魔術と同じく。
そうすればそこに“神秘”が生じる。“概念”が生まれる。法則の力も増す。ついでに原住民はバカでいてくれた方が我々としても助かる。」
「お前は地上出身だろうが。」
「そういう貴様こそ、地上の出ではないか。」
第三者がいれば胃が痛くなるような陰険なやり取りだった。
一応当事者に含まれるアビゲイルは、機械のように無表情で『プロメテウス』の背後に控えてはいるが。
「本当の意味で、地上の人間を“原住民”と蔑めるのはもはやこの世に数人だけになってしまった。悲しいことだ。」
「『盟主』その弟子、あの『魔道老』くらいか。」
「ああ、千年もの昔。この地上に滅び行く異世界から逃げ延びてきた生き残りの“人間”はそのくらいしか居なくなってしまった。」
嫌に含みのある言い方で、彼女はそう言った。
「まあ、そんなことなど今は関係のない話だ。
私が言いたいのは科学の話ではなく、貴様が組んでいるアイツのことだ。」
「アイツ、とは? 明確に誰かを指してくれないと分からないではないか。」
「とぼけるな。分かっているのだろう確信犯が。」
「それは正しい意味ではないぞ。私は特定の思想などは持っていない。」
「そうかい。だが言いたいことは同じだよ。」
『カーディナル』はどこかイラついたようにそう言った。
「あの『偏執狂』のことさ。」
こつこつ、と手に持っていた万年筆を机に叩きながら彼女は答えを提示した。
「ああ、彼女か。」
それで『プロメテウス』の方も納得したように頷いた。
どうやら本当に分かっていなかったと取れる態度に、『カーディナル』は心底イラついていた。
「およそ四百年もの昔、魔女狩りの最盛期まで生き延びた最悪の魔女の一人さ。
奴は人海戦術で異端を狩る私たちに対抗して、当時流行っていたペストに症状が酷似した毒を撒き散らして対抗してきた。
それを隠れ蓑に奴はヨーロッパ各地を転々と逃げ延び、最終的に我々は勝利を収めたが、奴がいなければ無辜の民の死者はもっと少なかった。
『盟主』の意向により肉体を滅ぼし、名前を奪うだけで済ませてやったが、未だに私たちは相容れない。奴は私を憎んでいるし、私は何人もの愛すべき部下達をあいつに殺された。」
「なるほどな。所謂“魔女”の称号を得るに相応しい魔術師だったのだな。」
「他に相当する言葉がないとは言え、女性魔術師に送る最高位の称号に“魔女”はないだろう、“魔女”は。いくら『盟主』に抗議しても聞きやしない。」
そんな愚痴を零す『カーディナル』のイライラは先ほどより三割り増しである。
「彼女の魔術は凄まじいものだったよ。
彼女の協力により私は魔術師を量産する計画を実用化できた。
おかげでそれなりの数の魔術師を量産することができたこのアビゲイル君もその一人だよ。なかなかいい出来だろう?」
「ふん、相変わらず腐っているな。奴も、貴様も。
そんなあいつと組んでいる貴様と、どう仲良くしろと。参考までに聞いてやるよ。」
「別に私は貴様と仲良くしたいなどとは欠片も思ってはいないが?」
ぴきり、と両者の間に有った“何か”が決定的なまでに崩壊した。
「では、一体何の用で来たのかい?」
三度、『カーディナル』は低い声で問うた。
これ以上の冗談やごまかしを言うものなら、即座に叩き出すとでも言いたげである。
「実はな、ふふふふふ。
面白い情報を入手したのでギブアンドテイクを持ちかけようと思っていたのだよ。」
「今さっき仲良くする気は無いとほざいたのはどの口だ?」
「それとこれとは話は別だろう。
それに私は貴様を有益な取引を相手が気に入らないからという個人的な理由で断るような人間ではないと分析している。」
「なるほど、正解だ。胸糞悪くなるほど正解だよ、『プロメテウス』。」
「聖職者がそんな汚い言葉を使っていいのかね?」
「天罰が怖くて魔術師をやっていられると思うかい?」
その返答に『プロメテウス』は肩を竦めるだけで応じた。
「で、いったいどんな話を持ってきたんだ。」
「貴様は先ほどこういったよな、本当の意味で地上の人間を“原住民”と罵れるのは数人であると、私はその中に『魔道老』を挙げ、それに貴様は同意した。」
「もったいぶるな。」
「では言おう。実は、『魔道老』が己の並列性同一人物を確保したと情報が入った。」
「なんだと・・・?」
それは、『カーディナル』にとって聞き捨てなら無い話だった。
「それは、『黒の君』の提唱した理論だったな。
並列に連なる鏡あわせの世界には、同じ系列である無しに自分と全く同一の魂の保有者がいる、と。そんな理論だったな。」
「そうだ。つまり異世界から来た『魔道老』には、この世界に彼と全く同じ魂を持つ人間が居るわけだ。
魂の重要性は語るまでも無い。魂は魔力の源であり、才能の根源だ。
『世界』は矛盾を拒む、たとえば全く同じ魂が二つある、という現象に手を加えて意図的に同時消滅するように誘発すれば・・・・ふふふ。」
その結果は、『プロメテウス』の不気味な笑みを見れば明らかだった。
「いくら不死身の『魔道老』とて、魂を破壊されてはどうにもならない。これは『黒の君』とて同じだろう。
だから奴の邸宅を襲撃してその並列性同一人物を奪取しようと考えている。」
「・・・・流石は“魔導師”二人殺してその地位に納まった男だ。不死の裏技や抜け道をよく知っている。」
自分の半分も生きていないような男に、流石の『カーディナル』も戦慄を禁じえない様子だった。
単純な戦闘力なら、このいかにも理系の学者といった風体の『プロメテウス』は、“魔導師”の中でも三番以内に入るほどだ。
彼が科学という魔術と相反する技術に入り浸っていて潰されないのは、その英雄的とまで言われる実力のおかげでもある。
「それで、だ。流石に『魔道老』相手に喧嘩を売るとなると、一人では心許無い。『パラノイア』は今や戦闘力はほぼ皆無に近いのは貴様が一番知るところだろう。
それで今は賛同者を募っているところなのだ。貴様は一応『魔道老』とは敵対しているのだろう?」
「ああ、だが『魔道老』の相手はかなり厳しいぞ。恐らくあの『女帝』も黙っていないだろうし、魔族と繋がっていると言う話も聞く。」
「その通りなのだよ。実は今まで誰も賛同してくれなかった。
・・・・・貴様がダメなら後はギリアぐらいしかいない。」
「ああ、あの新参者か、奴は止めておけ。あれの野心と魔術はお前の天敵だ。」
「それは理解しているのだよ。だからどうにか貴様の協力を取り付けたいところなのだ。つまり、私には後がない。」
「それでその態度なのだから恐れ入るよ。」
『カーディナル』はそう言って腕を組み、椅子の背もたれに体を預けた。
「悪いが断らせてもらう。
魂とは神が人に与えた生きる権利だと私は解釈している。それをむやみやたらに奪うことは私には出来んよ。」
「なるほど、やはりな。」
『プロメテウス』は、全く当然のようにその答えを受け入れた。
「想定どおりの回答だ。驚きも悔しさも無い。
ただこの計画は頓挫したというだけだ。事実はそれだけだろう?」
あるいは、彼にとってそれはどうでもいい計画だったのかもしれない。
いくら駆け引きに海千山千の『カーディナル』でも、情報の少ない現状で彼の意図を読むことは出来なかった。
「物は試しだろう、一人でもやってみようとは思わないのかい?」
「私は物事を憶測で語るのは大嫌いでね、実際に確かめるまでは空想は勿論思考実験など持っての外だ。」
「その言葉、六十年前の貴様に教えてやりたいよ。お前はあの時なんと言ったか覚えているか、人間は核の力で自らを滅ぼすと言ったのだ。」
それどころか、科学の根本を否定する言葉である。
「人間のいいところはな、矛盾した言葉をいくらでも言うことができることだ。そう思わないかね、『カーディナル』。」
「はん、確かに。」
同意が得られる事を確信していたのか、彼の問いは疑問系にすらなっていなかった。
「だが事実だと、私が開発した未来演算プログラムがはじき出した。確率にして百年以内に91.8%という結果が出た。
欠点はバグだらけでまともに機能してはいないことだがね。」
「つまらん冗談だな。」
「仕方が無いだろう。人間の精神まで予測は出来ない。それを加味すると日夜バグが増えるのだよ。」
「ふん、貴様が言うと実に白々しい。白々しいよ。
そもそも、産業革命に火を付けたのは貴様だと聞いている。おかげで千年は必要だった文明の進歩がたった百年に短縮されてしまった。
『魔道老』もたいそうご立腹だったよ、あの人は嘗て星が滅びる光景を目の当たりにしたと言っていた。今の地上の現状を見れば然もありなんと言ったところか。」
そう、それこそが彼が『プロメテウス』と称される所以なのだ。
神々から火を盗み人に与えたプロメテウスのように、文明という“火”を地上の人間に与えた彼はそう呼ばれた。
火は全ての文明の根源である。
それゆえに、火は文明の象徴なのだ。
火に関する魔術を一通り羅列するだけで、軽く一つの文明に出来るほどである。
そういう意味では、彼が科学に入り浸るのはある意味不自然なことではない。
「ちょっと待て。」
すると、心外だと言わんばかりに『プロメテウス』は立ち上がった。
「おいおい、私を悪者みたいに言わないで貰いたい。
確かに後押しはしたが、僅かな時間で地上の人間がここまで進展するとは私にも予想外だったのだ。このままではまずいと私はちゃんと考えていると六十年も前に私が“魔導師”就任の際に『盟主』の前で明言したではないか。」
「ああ、それも覚えているとも。忌々しい年だったからな。」
「そう言えば日本敗戦直後だったな。アメリカを利用して日本を教化する予定だったそうだが、『盟主』にインターセプトされて頓挫したとか。」
「ああ、後一歩だった。その結果が神を信じぬ若者で溢れた不信者どもの巣窟だ。いくら文明を守るためとは言え、クソが・・・・。」
彼女の口汚さから相当裏で手回しをしたに違いない、と彼は思った。
「日本国に多大な恩を着せただけマシと考えればいいだろう。
おかげであの国は事実上こちらの言いなりではないか。」
「納得はいかないがね。
『盟主』も所詮は魔術師さね、戦争のやり方をわかっていない。」
「お前たちは戦っていないではないか。」
「そりゃあ、いまどき宗教戦争なんて流行らないからね。とりあえず人権やら平等やら叫んでいれば外面は良いだろう?」
胸元のロザリオを弄びながら、『カーディナル』は言った。
それは嘘だと『プロメテウス』は確信している。
なぜなら、彼女が騎士団を結成して一度も人間相手に継続的に軍事作戦をしたことは無いと言う情報を手に入れていたのだから。
「聖職者とは思えん言葉だな。」
平気で嘘を言う彼女に対して暗喩をこめて彼はそう言った。
「聖職者だから言うのさ。戦争の悲劇や物悲しさを演出するのは中東に丁度いい連中が居るからね、そういうのはそいつらにやってもらえば良い。
二千年の戦いの歴史で、我々も戦う相手とやり方を覚えたってことさ。
だから、大嫌いなお前や遂には魔族とでも取引もするし話し合いもする。」
「流石だ、金勘定の速さはスパコンを凌駕しているかもな。
では、私のやりたいことをまとめてある、アビゲイル君。」
彼の呼びかけに、はい、とアビゲイルは頷いてどこからともなくホチキスで留められた数枚の資料を取り出した。
「これは・・・・。」
アビゲイルから受け取った資料の内容に、少なからず『カーディナル』も驚いたようにそう呟いた。
「貧困に悩む国々へ教育的支援を行う、・・・最終的には識字率の向上、教育水準の底上げを目標とする。」
驚異の速読で『カーディナル』は資料の一枚目を捲る。
「体の不自由な者への義肢の提供。最新の義肢のモニターを兼ねて低コストで志願者に配布を計画中・・・これをお前が? 信じられないね。」
「慈善活動なわけがないだろう。私は自分で見返りを想定している。
徳を積む、という概念を私は魔術的証明をしている。それつまり魔術的な概念の蓄積に他ならない。魔術の才能は魂の価値により決定される。
それを証明することは出来ないが、魔術的限界に到達した魔術師の実力を底上げする効果を確認している。
聖人君子といった連中でもそれは全体から見れば5%程度だが、その5%は全体よりむしろ価値がある場合もある。」
「なるほどね。」
『カーディナル』はそれを聞いて安心したと言わんばかりの聖職者にあるまじき態度で頷いた。
「それに義肢のモニターは当然こちらの研究にフィードバックさせてもらう。
こう見えてアビゲイル君は昔、下半身麻痺で足の指一つ動かせない体だったのだよ。
魔術師を量産する計画において、その被験者は何の魔術も関わりのない原住民を対象にしていた。連中、数だけは一丁前だからな。
当然、魔力の動かし方も分からぬ連中に魔術を使えば反動でお陀仏になるのは常識だ。
そこで私は全身を魔力の運用に適した物質を利用した機械化を施し、肉体的な強化を思いついた。サイバネティック・オーガニズムと言う奴だな。
結果は見ての通り、平均以上の水準の魔術師を作成することに成功した。その際に『パラノイア』は精神面を担当し、私は肉体面を担当したわけだ。」
「狂っているな。」
おぞましい計画の一端を聞かされ、吐き捨てるように彼女はそう言った。
「これでも私は人類のためを思って行動しているのだよ。
貴様に協力を依頼したのは当然効率的に運用を図るためだ。貴様のコネは地上では絶大だからな。」
「ふん、気に食わないが、こちらにとっても悪い話ではない。いい返事を出せるだろう。後で詳細を煮詰める必要が有るな。」
「交渉成立だな。しかし、貴様は地上の文明の否定的ではなかったかね?」
「人間なのだ、機会はできる限り平等であるべきだろう。」
「ほう、貴様は地上の人間を信じているのか。」
それはとても意外そうに、『プロメテウス』は言った。
「でなければ宗教家なんて商ば・・仕事なんて出来やしないからね。」
「そうか、勿論私は信じていない。道具以上の価値を見出していない。」
両者はどこか対称的で、それゆえにどこか似ていた。
「道具、か。そこまでハッキリしているとむしろ清々しいよ。
この業界に居ると、もっと酷い言い方をする奴はごまんといる。」
くだらない、とでも『カーディナル』は言いたげだった。
「先ほど私は百年以内に91.8%の確率といったが、実はほぼ100%で人類は核の力で滅びると私自身は思っている。どうしてか分かるか?」
彼は、『プロメテウス』は、ニヤニヤと貼り付けたような笑みでこう言った。
「―――――私が滅ぼすからだ。増えすぎた地上の人間を、な。」
「調子に乗るなよ、若造が。」
『カーディナル』は、壁に立て掛けられていた槍を手にとって彼に突きつけた。
彼女は胡乱げに彼を見やる。彼は全く動じていない。
「思想がないだと、戯言も体外にしろよ。」
「これでも責任を感じているのだよ、私はな。だからいずれ、管理しやすい人数にまで減らそうと思っている。
だが、今日ここに来て考えが変わった。私は決めたよ。
私は貴様が地上人類に失望した日に、この世を核の炎と灰で埋め尽くことにする。」
まるでそうなることが当然のように彼はそう言った。
「これは、私と貴様の賭けだよ。幸いお互いに、時間は永遠に等しい。ゆっくりと、地上の末路を見ようではないか。」
「残念ながら、その日は永遠に来ないさ。ああ来ないとも。この悪魔が。」
「それは笑えない話だな。」
彼は槍の切っ先から逃げるようにソファーに座り込んだ。
「ルシファーは確かに人間に火や文明を与えたとされている。
核の冬が訪れるのならばコキュートスに叩き落されたルシファーとも符合するな。
しかし、私がルシファーと言うならば、この世界が地獄だと言っているようなものではないか。それでいいのか、聖職者よ。ええ?」
「つまらない言葉を弄するな。」
「そうだな、結果はおのずと出ることだろう。一体どれだけ先になるだろうな。
人類の種族的寿命が尽きて自然衰退するのが先か、貴様が絶望して地上が焼き払われるのが先か。どっちにしろ、興味深いことになりそうだ。」
「或いは、私の理想が実現するのが先か、だな。」
その時初めて、不敵に『カーディナル』は笑った。
ほう、と興味深そうに『プロメテウス』が反応を示したその時。
「失礼します、『カーディナル』。
任務の途中経過を報告に参りました、元アジア担当第三隊所属のエクレシアです。」