第二十話 マイスター
「いやー、助かってるわ。お陰で本当に一週間で完成しそうよ。」
クロムの奴は上機嫌そうにそう言った。
図々しく今日の夕食にまで割り込んでやがる。
「夕飯まーだー?」
「もうすぐ出来ますよ。村の人たちの危険が減るのは喜ばしいことですね。」
エクレシアはそう言って中華鍋に調味料を振りかけている。
クラウンの奴はいつも通りである。
「城壁が完成したら今度は農地の作成の為に農具を鉄で補強をして、その次は肥料かしらね。個人的には要塞を建築して対空砲火でも充実させたいと思っているんだけれど。」
「おい待てこら。何でそんなもんが必要なんだよ。」
戦闘機でも飛んでくるっていうのかよ。
「えー、だって、こう重厚とした要塞ってなんか格好良くない? こう、なんか、圧倒的な弾幕でさ、こう、敵の攻撃を寄せ付けない分厚い防壁って、なんかロマンじゃなーい?」
少なくとも女の魔術師の発想ではない。
「ガトリング砲とか何門も設置してさ。あのくるくる回る砲身っていいわよねー。派手にじゃらららー、って排莢するのも最高よねー。周囲の文化レベルに合わせろとか言われてるけど、ぜーったい申請で通して見せるわ。ひゃっほー!!」
時々こいつのテンションの高さについていけない。
だがガトリング砲は素晴らしいな。うん。
「あー、そうそう。今日は頼まれてたこれを持ってきたんだけど。」
「後でいいよ。後で。」
布でくるまれた棒状の物体を取り出したクロムだが、クラウンの奴の優先順位は晩飯の遥か下であるようである。
「触媒は魔術の生命線じゃない。・・・・それを後でだ何て信じられないわね。あとで個人的に魔力パターンに合わせて調整しないと、杖に魔力の通りが遅いとか話にならないわよ。」
「一流の魔術師は触媒にこだわらないらしいけど?」
「一流を超えるにはそれに相応しい触媒が必要なのよ。当然じゃない。」
多分自分の数倍は生きてるだろうクラウンをまるで素人扱いであるこの女。
「錬金術は触媒が命だと聞きますからね。」
「悲しいことに触媒がなければ何も出来ないジャンルの魔術だからね。そりゃあ、こだわるわよ。品質から産地は勿論、製造方法まで詳しく知らないとまったく信用できないわ。
もう面倒だから自分で使う物はだいたい自分で作ってるのよ。」
もうそこまでいくとそのこだわりも異常な領域だと気づいているんだろうか。
「なあ、魔術師ってみんなこんな奴ばかりなのか?」
「なにかしら偏執的になる傾向は多いらしいですが、詳しいことはなんとも。」
エクレシアはそう言った。確かに偏執的と言えばそうなのかもしれない。
「私なんてまだまだよ、名前からして『偏執狂』なんて呼ばれてる魔導師なんて居るんだから。一度会って話してみたけど、アレは酷かったわ。会話なんて成立しなかったもの。
あんなのと交渉できたあの人の気が知れないわね、あはははは。」
何が可笑しいのクロムはかケラケラと笑った。
「・・・・あのおぞましい魔女と会ったのですか?」
「ええ、他人の体を乗っ取ってどうやったら拒絶反応が出ないようにするとか色々聞こうとしたけど、まあ、結果は今言ったとおり。あれほどのネクロマンシーの使い手は他に・・・なんて言ったかしら、闇のなんちゃらって奴くらいだけなんじゃない?」
何だかすごい会話である。
「他人の体を乗っ取るって・・・・やべーなそいつ。」
「どちらも聞くだけで穢れるような悪名高き邪悪な魔術師ですよ。」
エクレシアが邪悪とまでいうくらいだから、それはもう邪悪なんだろうな。
俺には全く想像ができないが。
「僕もおや・・“代表”から聞いたことがあるね。
事実上の不滅を体現した恐るべき魔術師だって。生きることに対して文字通り偏執的だって聞いたよ。その為に肉体を捨てて他人に乗り移って永遠に行き続けているとか。」
「事実上の不滅ねぇ・・・不死だとか不老不死だとか、こっちきてから何度聞いたか分からんね。そんなことまでして生きたいのかね。」
と言うかそれはもう生きてるって言えるんだろうか。
俺はクラウンの語った魔術師に何だか疑問を覚えなくも無い。
「死なない“だけ”なら魔術には色々と方法はあるのよ、一般的な才能でも到達できるものも多いわ。手段を選ばなければ、という前提があるけど。」
「聞くだけで反吐がでそうな方法なんだろうな、それ。」
不老不死は人類の夢だろうが、聞きたくも無かった。
「死に瀕すると人間なんでもするものよ。だから私たち魔術師が誤解されやすい。それも何だか悲しいわねー。」
進んで誤解されてもおかしくないようなことをしておいて、クロムの奴はどの口で言うのだろうかこの野郎。
「食事の前にするような話じゃありませんよ。」
エクレシアは料理を盛り付けられた大皿をテーブルの上に置いてそう言った。
「何を今更、死体を前にして平気で食事が出来る面子じゃないか、僕らは。」
クラウンが最後にそう言って、彼は何が可笑しいのかそのまま笑い声を上げた。
・・・そう、クラウンは最後にそう言ったのだ。
誰も彼の言葉を否定しなかったのである。
エクレシアも、俺もである。
多分彼なりの冗談なのだろう。
経験上、場を和ませようとそう言ったに違いない。俺も大体こいつのことが分かってきたのである。
ただ残念なことに、人間と魔族とのセンスの差は大きく、そして決定的にかけ離れていたわけであるが。
・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・
「ぷくく、なにそれ。」
さて、食後の運動とばかりにエクレシアとの稽古が待っているわけだが、彼女の持つハルバードもどきを見てクロムは可笑しそうに笑った。
「一応、ハルバードのつもりですが。」
「重心も重さもバラバラじゃない。そんなの武器以前のただのオモチャよ。」
クロムはそう言うと、その辺に積まれていた運び出す予定の石材を幾つか手に取ると、指を鳴らした。
瑠璃色の淡い光が石材を包むと、ぐにゃぐにゃと形を変えて、それどころか材質すらも変化させて長大なポールウエポンへと変形したのである。
「それ、あげる。」
「どういうつもりですか?」
「あら、聖職者が人の親切心を疑うの?」
投げ渡された鉄のハルバードに、訝しげな視線をクロムに向けたエクレシアは、軽くそうあしらわれてしまった。
エクレシアはともかく、俺は当然疑っている。
こいつは親切心なんて欠片も無さそうな女であるからして。
「人間は人間らしい武器を使うべきでしょう?
即席で作ったお粗末なものだけど、まあ、武器として最低限の要点は踏まえてあるはずだから・・・・・うーん、やっぱり納得いかないわね。」
何が琴線に触れたのか知らないが、やっぱりエクレシアからたった今作ったハルバードを取り上げた。
「やっぱり聖職者が使うんだし聖なる加護ぐらいは付けたいわよねー。
強度も不十分だし、装飾も付けてアミュレットにしたいし、重さも調節して、・・・・最低限切れ味は三倍にしたいわねぇ。」
屈みこんでなにやら地面に数式っぽいものを書き連ねてぶつぶつ何かを呟いているクロム。
正直怖い。
「あの、別に私はそのままで結構ですので・・・」
「あまーい、私の作る武器は完璧じゃないとだめなーの。こんな凡人なんて千人切ったって平気なくらいにね!!」
凡人で悪かったなこの野郎。
と言うか、何だかクロムの目の色がさっきまでとまるで違う。
「私の趣味は武器作りなのよ。作るからにはとことんこだわるわよ。それはもう、ナイフだろうと銃器だろうと、なんだって大好きなの。
あ、趣味だし当然御代とか別にいらないわよ。ただ使ってくれて、可能なら使い心地とか感想とか教えてくれるだけでいいの。私はそれで幸せだから。」
クロムは思わず俺やエクレシアも後退りするくらいうっとりと陶酔したような不気味な笑みを浮かべていた。
なんと言うか、心の底から楽しそうなのはわかった。うん。
他人の趣味をとやかく言うつもりはないが、なんというか、うーん、怖い。
そう、怖いよこいつ。十分に偏執狂である。
「要望はある!? 延びたり縮んだり、爆発したり、ドリルみたいに回転したり、ビィイイイムが出たり、なんだって良いわよ!!」
「い、いえ、普通であればそれで・・・。」
「なるほど、強度が欲しいわけね!! 武器は何より信頼性が重要だものね!!
オッケー、明日までには作っておくからね!! ひゃっほーい!!」
「・・・・・・・・・・・」
クロムの奴はそのまま自分の家に入っていってしまった。
・・・・・あいつが楽しそうで何によりである、とでも言えば良いのか、これは。
その日、クロムの奴は城壁の建築現場に現れなかった。
作業はゴーレムが行っているし、石材を量産する機械も向こうに移してあるから、今日俺と隊長はその残りを向こうに持っていく予定であった。
一夜でだいぶ建築作業は進んでおり、もう数百メートルは出来上がっていた。
城壁の高さは三メートル、厚さは五十センチくらい。
レンガ状のブロックである石材を並べる複数のゴーレムと、それを堅くする薬品を掛ける作業をするゴーレムが役割分担をちゃんとなされて建築を行われている。
石材の継ぎ目は薬品が掛けられるのと同時に接合され、一つの塊になるようだ。
確かにこの調子なら一週間で完成するかもしれない。
とりあえずその日は隊長と石材を全部郊外に運んで、クロムの様子を確認してすることになった。決してやることがなくて暇だからではない。
命令されたことしか出来ないお役所仕事の性である。
仕事の結果を報告、通常業務へ戻ることを命じられない限り、俺たちはクロムの監視という任務は解けないのだ。
まあ、俺は楽だから良いのだが。
「おーい、クロムー。」
ドアベルみたいなのは付いてなかったので、ドアをノックして俺は声を掛けてみる。
「うおぉ・・!?」
なんだか、ふにゃん、としたのである。ドアが。
つついて見ると、なんだかぶよぶよとゴムみたいにぐにぐにしていた。
よく見ると、家に継ぎ目なんて一つもなかった、全部一つの物体のようだ。きっとゴムかなんかで、空気で膨らまして出来ているのだろう。
「・・・・・・・・」
ディティールが凝っていたので気づかなかったが、一晩でこんな一軒家が出現したトリックはこれだったようだ。
ぶよぶよしているがそれなりに堅いので、一応壁として機能はしているようだ。
そんなことは、まあ、どうでも良いが、呼んでもちっとも出てこないぞアイツ。
「うっひひひひひひひ、こんなもの付けたら最高よねー、あははは!!」
「今日は諦めようぜ。」
耳をドアに付けたらそんな奇声が聞こえた。もう嫌だあの女。
なんかガリガリガリガリって音も聞こえるし。こえーよ。
「そうもいかんだろ。仕事は最後まで全うせねば、誰からも信用されなくなるぞ。」
隊長は相も変わらず律儀な仕事の男である。
かといって、あんな状態のクロムがこっちに気づくかどうかも微妙だし、なにより関わりたくない。
「ん? 誰かと居るのかと思ったら、あんたたちなのね。」
俺が途方に暮れていると、ドアが開いた。
そこからなぜかサイリスが出てきた。
「あんたは、ラミアの婆さまのところの弟子じゃないか。」
「何やってんだお前?」
隊長も俺も目を丸くして意外な人物が出てきたことに驚いていた。
「師匠がね、この辺りじゃ手に入らない素材の使い方を覚えてきなって、マイスターの手伝いをさせられているのよ。」
サイリスの表情には真に遺憾であると確りと刻まれていた。
多分マイスターというのはクロムのことだろう。
「実際やらされてるのは鉱石を粒子状になるまで砕いて研磨剤を作る作業ばかり。まったく嫌になっちゃうわよ。」
マイスターなら奥に居るわ、と言ってサイリスは戻っていった。
すぐにガリガリガリガリと耳障りな音が聞こえてくる。
・・・・アレは研磨剤を作ってる音だったのか。
「おいクロム、資材の運び出しが終わったから、一応任務の続きでお前の監視に戻るわけだが―――」
「うるさい!! 気が散るでしょう!!」
「・・・・・・・」
どうしろっちゅうねん。
「俺だって好きでやってるんじゃねえんだよ!!」
「うるさいって、言ってるでしょうがぁあ!!」
二度目の怒鳴り声の後は、クロムがドアを蹴り破ってそう言ってきた。
なんか手には軽機関銃を持っている。有名なM60だろうが、見る影もないほど改造が施され、重くて取り回せるのかと素人にも思うほどだ。
「わー!! わー!! 分かった、分かった、俺が悪かったから撃つな!?」
血走った目で銃口を突きつけてくるもんだから、俺は両手を挙げることしかできなったのである。
「私の開発部が作成した最新兵器よ。地上のあらゆる銃火器の性能を凌駕している理論上最強の汎用機関銃だけど、試してみる?」
「わーお。」
突き付けられた銃身の側面に『Der Freischütz』と刻まれていた。
「ドラゴンだって削り殺せる火力に耐え切れる自信が無いのなら、私の楽しみの邪魔はしないことね!!」
バタン、とドアを閉めてクロムはそう言い捨てた。
多分次はドア越しに撃ってくる。絶対に。
「・・・・帰ろうぜ?」
「いやしかし・・・。」
「責任は俺が取るからって旦那に伝えてくれ・・・。」
「お、おう・・・。」
俺の切実な頼みに流石の隊長も頷いてくれた。
あいつがいう理論上最強の機関銃がどれほどの性能かは知らんが、リボルバー二丁分の銃撃ぐらいしか耐えられない俺の防護の魔術じゃ機関銃になんて太刀打ちできないだろう。
それこそ、武器に対する耐性でもなければ。
どちらにせよ、魔術師とか言う連中は理不尽な奴らである。
俺はもう、とにかく今日は帰って寝たい気分である。
・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・・
「ねえ、見て見て!! ちゃーんと作っておいたわよ!!」
さて翌日の早朝、いつもの食後の稽古の時間である。
「いやー、早く渡したくてうずうずしてたんだけどね、色々と構想が浮かんじゃって結局徹夜しちゃったのよー。」
「はぁ・・・」
いつもニヤニヤ笑ってる顔にクロムは満面の笑みを浮かべるもんだから、エクレシアも若干引き気味である。
「細かいチューニングして癖とかを調整をしたいから、とりあえず持ってみて。魔力流して調子を見せてよ。場合によっては作り直す必要あるし。」
「そこまでするのかよ・・・。」
「触媒としての機能も持たせているからね。スムーズに魔力が通せるように調整用の魔具を取り付ける場所によっては重心の位置とか変わっちゃうから、オーダーメイドって結構面倒なのよ。」
面倒とか言っている割にはとても楽しそうな表情はまったく消えていない。
「どんな感じ? 変な圧迫感とか、抵抗感とか、そんなのなーい?」
「特には・・・。」
エクレシアがクロムから渡されたハルバードは昨日より一回りくらい大きくなっていた。
なんか真っ赤な布地に黒い糸で十字架の刺繍がされた飾り布も斧頭の下の辺りに追加されているし、反対側の突起にも短剣のように鋭い刃が付いている。
「シンプルなもので十分だったのですが、これはまた難易度が高い・・・。」
剣だって使用には熟練が必要だが、ハルバードだって状況に合わせて的確に使用方法を切り替えるためにそれなりの熟練を要する。
それに更に飾り布や突起には短剣まで付いている。
これを完璧に運用するには、まさしく達人と呼ばれるような技量が必要だろう。
エクレシアは手に取っただけで身の丈に合わない武器だと判断したようだ。
「こう、くるくるーって、バトンみたいに振り回すように使うことを想定しているから、軽さと取り回しの良さを重視したのよ。
強度と両立するためにキャパシティを全部使っちゃったから、ギミックを仕込んだりして遊べなかったけど。まあ、概ね満足な出来かしら。」
「遊べなかったってなんだよおい。」
確かに業物と言えるだろう完成度だろうが、所有者に要求される難易度がそれに比例して高い。
少なくとも十九歳の小娘には少々荷が思い武器だろう。
「とりあえず聖水とかに浸ししたり、古いアンクから聖なる成分を抽出して移植してみたりしたんだけど。強度はデュランダルと同じ術式を採用して組み込んでいるから、何を斬ったって刃こぼれしないはずよ。
一応あなたの実力に合わせて作ったから、そっちの分不相応な剣よりは使いやすいと思うけれど、どうかしら?」
「・・・・・・・ええ、悔しいながら。」
二メートル以上の長柄のハルバードを軽々と振り回しながら、エクレシアは頷いた。
「自分の実力に合わない武器を使うなんて三流よ。
シンプルな構造だから良いものの、緻密な魔術品なら術式が暴走して酷い目にあったりするんだから。」
どうやらクロムの奴が見ているのは魔術師としての技量だけで、武器の使い手としての技量はそっちのけのようである。
「もしかして俺も実力にあってなかったりしてるのか?」
俺は思わず手に持っていた魔剣に目を落とした。
暴走して酷い目に遭うとまで言われると、なんだか急に不安になってきた。
「してるわね。でも調整がかなり的確に施されているみたいだから暴走したりしないわよ。でも、本来のスペックの九割くらい殺されてるわよ、それ。」
「きゅ、九割も・・・?」
「あんたの実力不足ってことよ。」
「・・・・・・・・」
この場で、ことマジックアイテムに関してこいつの右に出るものは居ないのだろうから、俺はショックを受けてしまった。
「魔術の触媒って本来、魔力に指向性を持たせるろ過装置にして、概念を補強する増幅器なの。逆に持ち主に負荷を掛けてるようじゃ、水の中を歩いて重しを持って戦うようなものよ。」
「重し・・・・。」
「あの『黒の君』が電撃を出すだけの魔剣を作るわけがないじゃない。
まあ、身の程を弁えろって事よね。うーん、なかなかうまく調整できないわね。吸い付くみたいな感じで手に馴染むようにぴったりフィットしない?」
ショックを受けている俺を尻目に、クロムはエクレシアの手にあるハルバードに色々と何かを取り付けている。
「軽くて十分扱いやすいと思いますが。」
「ああ、こういうオーダーメイドの武器って作ったこと無い感じ?
持ち主の魔力の波長パターンと適合すると、自分の体の一部みたいに思えたりするのよ。そうなるとスペック以上の実力が発揮できたりするんだけど・・・・。」
どうやらクロムはエクレシアに合わせて調整するのに四苦八苦しているようだ。
「・・・・・ねえ、ちょっとこれを持ってみなさい。」
「え・・・?」
「ちょっとした計測器よ。バイタルサインとかを調べる装置を、生命エネルギーたる魔力を計れるように転用して小型化したものよ。」
そう言ってクロムは懐から取り出した小さなモニターから延びたコードをエクレシアに押し付けた。
「うーん・・・・・これはダメね、魔力が不安定な状態じゃない。
何かトラウマにでもなるような精神的なショックでも受けたりしたのかしら?」
「それは・・・・ッ」
エクレシアの表情が傍目からでも引きつったのが分かった。
「はい図星ね。神って言う絶対的な概念的主柱が存在する魔術の使い手には珍しい症状ね。それも精神攻撃とか呪術に耐性のある魔術体系のあなたが、皮肉なものね。普通なら魔術なんて使える状態じゃないわよ。
・・・・・ん、まさか、あなた・・・。」
「おい、いい加減にしろよ。」
俺は思わずそう言って、クロムを睨んだ。
なぜだか、この女にそれ以上を言わせてはいけない気がした。
しかし、クロムは子供のように純粋だった笑みから一転、悪意ある嫌みったらしそうなムカつく笑みを浮かべた。
「―――――あなた、神が信じられなくなってるんじゃなくて?」
「ッ・・・・」
自覚は、あったのだろう。
エクレシアは、息を詰まらせたように何も言い返さなかった。
「道理で。あなたから感じる才気に対して変に実力が伴っていないとは思ってはいたけれど、そんな状態じゃあねぇ。」
「おい、止めろよ。」
「あら、ここは彼女を庇うところじゃなくて、不信者として吊るし上げるところじゃないの? こいつらはそんな些細な理由で何の罪のない人間を殺してきたんだから。」
それはもう、心底可笑しそうに笑いながらクロムはそう言った。
「誰だって、あんなこと経験すればああなる!!」
「だーかーらー、そんな精神状態になるって事自体がダメなんだってばー。
言っておくけれど、彼女こんな状態じゃあなたより役に立たないわよ。」
それは、どこかで聞いたことがある台詞だった。
そう、確かエクレシアをクラウンが連れ去ったとき、あいつは俺よりも役に立たないとそう言った。
「(あの野郎、初めから気づいていやがったのか!!)」
エクレシアがそんな状態だってことを分かっていて言わなかったことに憤りを感じるが、どうせあいつは人間と物事の価値観が違う。
いや、今はそんなことは後回しだ。
「人を役に立つか立たないかでしか見れねえのか、お前は!!」
「それが人間の社会ってものでしょう? 魔族だってそうみたいだし、あなたがそれをどうこう言う権利はないと思うけれど?
それとも何かしら、私が間違っていることでも言っているとでも?」
「この野郎!!」
ムカつく話だが、こいつの言っていることは多分正しい。
世の中にはそういう風に物事を見ないといけない人間が必要な場合もある。
多分こいつが指摘しなかったら、俺なんかがエクレシアの精神状態に気づかずにずっと泥沼に陥っていた可能性すらあっただろう。
だけど、どこかの国のことわざにこうあったはずだ。
正論ほど人をイラつかせるものはない、と。
まさに今の俺はそれだった。
彼女は確かに正しいことを言っているのだろう。
だがこんな状況で、そんな言い方で言う必要性は全くない。
こいつは、楽しんでそんな風に言っているのだ。
「存外に甘い男なのね、あなた。実はそういうの、嫌いじゃないわよ。
あなたみたいな格下が、私に対してそんな風に付け上がったりしないと言う前提はあるけれど。」
こいつは多分、天才だ。
他人をイラつかせる天才に違いない。しかも自覚があると来てる。
「ほら、来なさいよ。男には勝てないと分かっていても挑まないといけないときってあるじゃない? 多分あなたが人間の男ならここで一発殴りにきても当然だと思うのだけれど?」
ここ数日間で分かったこいつの人となりから、こいつが大好きそうなシチュエーションである。
享楽的で、理論じみた完璧主義者のくせにロマン思考、それがクロムに対する俺の印象だ。
「誰がそんなお前の喜びそうなことをするか。」
「あら、残念。肝っ玉は意外に小さいのね。」
言わせておけばいい。個人的には殴ってやりたいが、どうせ大人しく殴られるような女ではない。
それに、今こいつと争って徳なんて何一つない。別に勝てないからじゃない。
「気にすんなよ、エクレシア・・・。」
「・・・・・・」
彼女は、何も答えなかった。
ただ何かに堪えるように、震えているだけだった。
「はぁ・・・・つまんないわね。」
まるで見かねたとでも言うように、クロムの奴が溜息をはいた。
「これ、貸してあげるから一度騎士団の本拠地に帰って自分を見つめなおしたほうが良いと思うわよ。」
クロムが取り出したのは、こいつが魔族の領地を歩いても言いとされる『マスターロード』直々の許可証である。
「これがあれば、上層から人間でも昇降魔方陣で第十層以下までいくことが出来るようになるわ。逆に下層から十層からそれ以上の階層に行くこともね。」
「・・・・どういうつもりですか?」
「私はそいつが言ったとおり、他人を役に立つか立たないかでしか見れないの。
私に協力してくれそうで、なおかつ魔族の領域を歩ける人間は限られている。そんなあなたがそんな状態でいられても困るのよ。」
本当に自分勝手な理由だった。
「それに何よりね、せっかくあなたに合わせて作ったのに万全の力を発揮されないなんて、この子が可哀想じゃない。ねぇ?」
そしてクロムは自分が作ったハルバードの柄に手を艶かしく這わせてそう言った。
「それが本音かよ。」
更にどうでもいい理由だった。
「それが一番重要なことじゃない!?」
武器に対して何がこいつを駆り立てるのかは知らないが、逆に俺を睨みつけてそう言ってきた。
なんと言うか、こいつのキャラの濃さには生涯勝てる気がしない。
「・・・・・わかりました、一度、大聖堂へ帰ろうと思います。」
「おい、良いのか? エクレシア。あいつらはは・・・」
俺は彼女の選択がどうしても正しいとは思えなかった。
なにせ、連中は彼女を見捨てるも同然の任務でこんな地獄みたいなところに派遣したんだから。
「それも含めて、聞いてこようと思います。
恐らく、『カーディナル』は全てを知っているはずです。『黒の君』を除けば、魔術で全知全能に限りなく近い領域へ辿り着いたのは彼女だけですから。」
「・・・・・・・・・・」
「それに今行かないと、多分私は帰る場所を無くしてしまいます。」
帰る場所、か・・・。
「・・・・分かった。クラウンの奴には俺から言っておく。どうせアイツもお前のことは察しているだろうから気にすんな。」
「私が逃げたりするとは思わないのですか?」
「お前が俺を見捨てて逃げるような奴なら、そもそもそんな状態になるわけがないだろうが。」
バカ正直なくせに、エクレシアはバカではいられない。
現代の社会やこんな場所では、それほど辛いことなんてないのかもしれない。
「それとも、逃げても良いって言ってほしいのか?」
「まさか。」
それは嘘だろう。
こいつが背負った十字架は、あまりにも重い。
重くて、重すぎて、歩くことすら出来ないはずだ。
だから聖職者として、絶対にありえないようなことを考えてしまうようになった。
そういう時こそ、神に縋るべきだろうに。
こいつは、バカみたいに真面目で、正直だから・・・。
「・・・・・・・逃げても、良いんだぜ?」
「まさか。」
俺は神様のことなんてよく分からないが、少なくとも、エクレシアがこんなところに居るべきだと思えない。
こいつは、もっと違うところでちゃんとした方法で人を助けることが出来るはずだろうから。
そうすれば、いつか、きっとありえないだろうけれど、十字架が軽くなる日が来るかもしれない。
「良い事教えてあげましょうか?」
にやにや、とクロムが笑いながら言った。
「“賢者の石”が完成すれば、どんな悪いことをしたって天国へ行けるわ。」
「はぁ?」
「不老不死だとか、黄金だとか、そんなの俗物なものは所詮錬金術の表面的なことでしかないってことよ。
私は“賢者の石”を究極のろ過装置にして、投影機だと考えているの。
どんな穢れた魂だって浄化してしまえるでしょうね、魂の再構成や本来存在していなかった才能の付与だって可能になる。
――――――それこそ、神にだって、成れる。」
神様になる。
それは、クラウンがいつか言っていた、ほぼ全ての魔術師の最終目的。
魔術の究極であると。
「それって、たとえば悪魔に魂を食われていたとしても大丈夫なのか?」
「無から有すら生み出す奇跡くらい、簡単よ。多分ね。
いいえ、人の考える大よその奇跡は可能となるでしょう。
まあ、更にその上のとなる物を作りたいなんて先人を冒涜するようなものだけど、向上心の無い人間なんて、生きる価値はないもの。」
クロムが言っていることが、どこまで本当かは分からない。
こいつこそ悪魔にだって匹敵するような奴なのだから。
「あら、疑っている目ね。でも優秀な魔術師は基本的に嘘はつかないわ。
だって魂の価値とかが下がっちゃうもの。嘘なんてつかなくても騙すのが一流の魔術師って物よ。そうでしょう?」
どうだか。
「別に、お前がエクレシアに肩入れするようなことを言うなんて思えなくてな。」
「しょうがないじゃない。ユニコーンの角とかエリクシールを作るときにどうしても欠かせないんだから。それが無いと“賢者の石”が作れないもの。
私みたいな女がユニコーンに触れられると思う?」
ごもっともである。
しかし、自覚しているようだからなお性質が悪いのだ、こいつの場合。
「だから、俺のところに必ず帰って来いとか言えないそこのうだつの上がらない男に代わって私が言うわけ。
そんな見返りがあるわけだから、私を裏切ったら、殺すわよ。必ずね。」
「おいてめーふざけんなよ。」
誰がうだつの上がらない男だって、この野郎。
「話は聞かせてもらったよ。」
すると、家の中からクラウンの奴まで出てきた。
こいつ耳はいいからな。普通に聞こえてたんだろうなぁ。
「じゃあ、こうしよう。君が帰ってこないようなら、メイの待遇を百倍くらい悪くしよう。毎日酷い目に遭わせよう。」
「え、ちょ、お前ふざけんなよ!?」
何でそうなるんだよこの野郎!!
「だってペナルティがなきゃつまらないじゃないか。
期限は一週間くらいでいいかな。僕は気が短いから、それを過ぎたら僕は君を逃げたとみなして変わりにメイに罰を受けてもらうことにするよ。
人間が想像できるような甘っちょろいことはしないからね?」
ぞくっと、背筋に冷たいものが走った気がした。
「そうですか、では逃げることは出来ませんね。」
そう言ったエクレシアは、何だかどこか安心したようにすら見えた。
「必ず帰ってきますよ。あなたを見捨てるようなことがあったら、私はそれこそ生きている価値なんてないでしょうから。その時は、己の信仰を証明して見せますよ。」
「そんなのは別にいいから、ちゃんと戻って来いよな、な?」
俺はこのとき必死にエクレシアにそう頼んだが、その時は知らなかったのである。
己の信仰を証明するとは、彼女の所属する騎士団の連中の隠語なのだ。
「ええ、必ず。」
ここは、地獄。この地上のある、悪魔に属するものが住まう本物の地獄。
そこに帰ってくることが、自分の罰だとでも言うように、エクレシアは頷いた。




