第十九話 救いようのない話
「なんだこれ・・・・」
クロムがやってきた翌朝、とりあえずエクレシアが朝食を作る間に腹を空かせようと素振りでもしようかと思って外に出たら、何かいっぱい家の前に積まれていた。
多分、家か何かに使う石材だろう。
「・・・・・・」
そして、横に目を向ければ、がしゃんごしょん、となんか漏斗みたいな皿が上にくっ付いたヘンテコな四角い機械が駆動していた。
その石材はこの機械が量産しているようだ。
皿の上には山盛りにされた土があり、その土を機械の内側で通して作成された石材が、機械の下側に設置されたベルトコンベアで外に運び出されている。
脇には得体の知れない紫色の液体みたいなのが入ったガラスのケースから延びたチューブが機械に繋がっている。
「なんだこの、一昔前のアニメに出てきそうな機械は。」
誰だこんなところにこんなものを置いたのは。
邪魔で邪魔で仕方が無い。文句の一言でも言ってやりたいところだ。
「私が開発した全自動錬金装置よ。この間派手にやった反省に、魔物避けの防壁を作ることになっているの。」
すると、石材の向こうからクロムが現れた。
「・・・・なるほどねぇ・・・あれッ。」
何となくその石材の一つを手にとって見ると、まるで中身が入っていないんじゃないかと思うくらい軽かった。
「これ軽いけど、強度は大丈夫なのか?」
俺がそういうと、クロムは無言で近づいてきて、懐から取り出した試験管に入っていた液体を俺が手にしていた石材にぶっ掛けた。
「うおッ、急に重く・・・」
一気にありえないほど重くなったので、俺は思わずバランスを崩しかけた何とか持ち直せた。
「軽石みたいに多孔質になってて、こっちの薬品をかけると全体に染み込んで結合すると別の物質に変化するように作ってあるの。」
「そんなことできるのか?」
「勿論普通の物質なわけないじゃない。ちょっと分子構造を弄くって重さを変えているのよ。まあ、錬金術では質量の比重を調整するのは基本だけどね。」
「・・・・お前、ホントに錬金術師なんだな。」
「何を当たり前の事言っているの?」
いきなり拳銃をぶっぱなすほど過激な奴だったから、知的なイメージがある錬金術師だとはイマイチ実感できなかったが。
「いや、本当に錬金術師なんだなって思ってな・・・。」
「物質で私が自由に出来ないものは無いわ。黄金だって練成できるわよ。」
「え、マジかよ!?」
正直こいつにあんまり関わりたくないが、流石にそうまで言われて食いつかない人間は居ないだろう。いや俺が俗物なだけなのかもしれんが。
「あんまり意味の無い行為だけどね。面倒だし、疲れるし、危険だし。」
「え、金を作れるって凄いことじゃないのかよ。」
「まあ、技術的にはね。技量を測るための試金石には丁度いいかもしれないけれど。あれ、今私うまいこと言った?」
自分の言ったことでにやにやと笑えるクロムは楽しそうで何よりである。
「はっきり言って、黄金の練成なんて労力と金銭の無駄でしかないのよ。
理論的には、科学で金を作ることが可能なのは知ってる? でもそれには莫大な時間とお金が掛かるわけよ。
錬金術もそれと同じ。魔力でその過程を短縮できるけど、科学で金を作るのと同等の労力を魔力に換算する必要が出てくるわけで、仮に100グラムの金の延べ棒一つ作ろうと仮定すると、失敗したらその矛盾が反動となって町ひとつ消し飛ぶわよ。」
「え・・・・・」
金100グラムと町ひとつ、割りに合わねぇ・・・・。
「勿論私は失敗なんかしないけど。それにそれは何の準備もしないで個人の技量だけで行った場合の話ね。万物融解液とか、媒介になる鉱物とか、ちゃんと準備すれば安全に出来るけどそうなるとお金が大変なことになっちゃうのよ。」
「・・・・魔術って、そんなのばっかりなのな。」
「人間じゃ出来ないことをする代償ってそんなものよ。
そこに意味を見出すのが私たち魔術師。つまり、戦闘しかできないあなたみたいな魔術師って存在自体無意味ってことよ。」
「・・・・この野郎・・・」
さらりと毒を吐きやがってこの女。
「それに、黄金の総量を増やすことは好ましいことじゃないしね。」
「なんでだよ、金なら多いほうがいいだろうが。」
「あなた、それでも世界のブランド品の七割を消費している日本人なの?
付加価値と希少価値って分かる? それは物質そのものよりずっと高価なものなのよ。」
「はぁ・・・・」
なんか変な方向にスイッチが入ってしまったらしい。聞いても居ないことを話し出したよこの女。めんどくせぇ・・・。
「たとえば有名どころの革のバック、その原価は一割から二割にも関わらず何十万もするか知ってる?」
「さあね。」
「信用があるからよ。それだけのお金を出してまで買う価値があるか、メーカーも自分の商品はこれだけの価値があると言うためにそんな値段にしているのよ。安ければ良いっていうのは庶民の発想よ。
人間は信用に価値を見出しているって訳なの。」
そういや、今ではスーパーで野菜も製作者が分かるようになっていたりと、信用は本当に大事なのだと分かる。
誰だって得体の知れないものを口に入れたりしたくは無い。
「魔術だってそう。たとえばこのナイフ、実はこのナイフは過去に古代竜を殺した超一級の業物だと言ったら信じるかしら?」
「まさか。」
クロムが懐から取り出した折り畳みナイフを見て、俺は肩を竦めてそう言った。
そんなナイフでお世辞にも竜を殺せるなんて思えない。鱗に刃を付きたてたところで逆に折れてしまいそうだ。
「だけどね、そういう話が伝承となって何十年、何百年と経って後世に伝わると、実際にこのナイフは竜に対する攻撃力を得るのよ。」
「はぁ? なんでだよ。」
「幻想の種族たる竜を傷つけるのは、同じく幻想だってことよ。そう言った蓄積されたイメージを魔術師は“概念”って呼ぶのよね。
まあ、そんな天然の魔術品は非常に稀で希少だけど、私たち魔術師はそう言った幻想の存在から力を借りるために形を真似たり、行動を真似たりする。
そこに法則性を見出して、現実に持ってくる。
それが魔術。少なくとも私はそう定義している。」
分かるかしら、とクロムは挑発的な視線を投げ掛けてくる。
何となくは分かるが、現代の人間に飲み込めと言うには少々突飛な内容である。
「神に祈るなんてその尤もたる例じゃない。
神という名のブランドに縋って、十字架なんて金属の塊が所有者を守ったりする加護を付与してモノとしての価値を高める。それこそ魔術よ。」
「あー、なるほど。」
すっごく納得のいく説明であった。
クラウンとかエクレシアの説明ってどこか感覚的な内容が多かったから、ちゃんと理論的な説明なんてされたのは始めてである。
なんと言うか、錬金術師ってそういうイメージだ。
「ただの鉄と黄金じゃ同じ金属でもまるっきりそれが持つ価値が違うでしょ?
鉄はいっぱい有るから安くて、黄金は少ないから高い。その価値の差が魔術の難易度や強さに関わってきたりするわけ。
人間の持つ主観の総合体こそ私たち魔術師の力の根源なのよ。魔力は魔力のままじゃただの空気と同じ。そのイメージによって色を付けて、初めて力を得るのよ。」
「ちょっと俺、お前のこと見直したかも。」
口ばかりの天才だとばかり思ってた。
どうも現代人には魔術ってよく分からない代物でしかないわけだったのだから。
「貴方がにわかなだけよ。こんなの感覚で理解するものよ。他人に教わっているようじゃ三流以下よ。」
前言撤回、こいついつか絶対泣かす。
「あれ? もしかして本当に素人だったり? 師匠の名前は?」
「師匠って・・・剣の師匠ならエクレシアだが・・。」
急に真剣な表情になってクロムが問うてくるもんだから、俺は思わず正直に答えてしまった。
「うっそ、冗談でしょ。
油断してたとは言えこんなずぶのド素人に私が負けたって言うの!?」
「悪かったな、ずぶのド素人で。」
「許せない、許せないわね。こんなふざけた話って無いわ。こんな屈辱生まれて初めてかもしれないわね。」
「悪かったな!!」
いい加減俺の良心も限界である。
もういっそぶん殴ってやろうかこの女。
「だって私は完璧な人間なのよ!?
それがあんたみたいな人間の底辺みたいな奴に負けるなんてあってはならないのよ!? そんなことを報告したら私は・・・・!?」
その時のクロムは、ぶん殴ってやろうと思ってことを思わず忘れるくらい挙動不審だった。
「でもほらあれだ、俺が魔術を扱えるのなんて『黒の君』とかいうすんごい魔術師の遺した魔導書のお陰って部分も大きいし。」
なぜそんな風に弁明するように言ってしまったのかは分からない。多分俺の気が小さいからだろう。
と言うかこれはあんまり口外しない方がいいとエクレシアに言われていたことを完璧に忘れていた俺である。
クロムはそれを聞くと途端に落ち着いて、なるほどねと言った。
「大師匠の魔導書があるなら仕方がない。
あの人の力は人知を超えているもの。」
「大師匠って・・・・会ったことがあるのか? 生きてるって聞いたけど。」
「直接会ったことはないわ。大師匠って言うのは敬称よ。あの方の知識の恩恵を受けている人間はみんなそう呼ぶようにしているの。」
「そうなのか。」
この傲慢ちきなクロムが敬意を払うくらいなんだから、相当すごい人物なんだろうなぁ。
「私の友人は死んだとか言っていたけど、まあ、あの方が死ぬなんてこの世の法則が捻じ曲がるようなことでもなければないと思うわ。噂によると何百通りかある弱点を一度に突かないと死なないとかなんとか。」
眉唾でしょうけれど、とクロムは苦笑しながらそう言った。
「・・・・・ああ、忘れるところだった、お前なんでこんなところにこんなもの置くんだ、邪魔じゃねぇか。」
今更であるがすっかり忘れていたので、一応文句を言っておくことにした。
「ああ、ごめんなさいね。私あそこに工房を構えることにしたから、近くに物を置ける場所はここしかなくて。」
そう言ってクロムが指差したところには、昨日までは空き地であった場所に見事な一軒屋が建っていた。
言うまでもなく、ご近所である。
「良いのかよ、勝手に家なんか建てちまって。」
「ここは開拓民の村だって聞いたわよ。迷惑にならない場所ならどこにだって家を建てて良いって言われてるの。
そこで、昨日は眠かったし近くにあった迷惑にならなそうなあそこにしたわけ。」
「こっちが迷惑だよ!!」
それに微妙に本音が入り混じっていたぞこの野郎。
「なんでよ、協力者は近くに居た方が良いじゃない。
それに私に協力するんだから色々な恩恵を受けられるのよ? こんな素晴らしいことってなかなか無いじゃない。」
「俺は納得してねーし!!」
「私だって好きであなたのような凡人の力を借りるなんて真似はしたくなんかないわよ。でも魔族の領域って都合上、こっちに回せる人員が私一人だけなんだから仕方ないじゃない。」
「てめーはナニサマだこの野郎!!」
「これでも私は元貴族なのよ、あなたみたいな凡人とは血筋からして違うのよ。分かったなら跪いてみたりする?」
「ふざけんな!!」
俺は昔から少しばかり気が短くて手が早く、喧嘩っ早いと小学生の通信簿にも書かれていたが、流石にここまで人間としてバカにされたら殴りたくもなってくる。
「あの、口喧嘩はいいのですが、朝食が出来ましたよ・・・?」
するとその時、エクレシアがドアから顔を出してそう言ってきた。
「一つ訂正するなら、口喧嘩ってのは同レベルの人間同士で起こるものよ。
私とこいつが同レベルな人間のわけないじゃない。」
「あー、はい、そうですね。」
なんだか面倒くさそうなエクレシアの返答だった。
こんな奴の言葉になんて相手にしない、実に懸命で合理的な判断である。
「・・・・・・」
そう思うと、なんだか俺も冷静に成れた。
こんな下らないことでいちいち腹を立てるのもバカらしく思えたのだ。
「ねえ、私もご相伴にあずかって良いかしら?」
そしてこのずうずうしい女である。
「大量に作っているので別に構いませんが・・・・。」
「そう? ありがとう。お礼にこれあげるわ。」
そう言ってクロムが懐から取り出したのは、粉末状の物質が入った小瓶が幾つか。
「この辺じゃ貴重でしょ? 塩に胡椒に砂糖。インドや中国でも一般的な各種スパイスに、他にも幾つか調味料。必要なら、醤油や味噌だって作れるわよ?
当然、錬金術に使う目的で持ち込んだハーブもたくさん。」
「・・・・・・・・」
傍目にもエクレシアが唾を飲んだのは一目瞭然だった。
そして俺も日本人である、醤油や味噌の味が無性に恋しくなるときがある。
「資本主義って、いい言葉よねー。」
俺たちの表情を見て、心底楽しそうにクロムは笑っていた。
なんと言うか・・・・・完敗だった。
・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・・
さて、俺は今日も借金を返すための労働を行う。
ということで村の警備の為に巡回を行う訳だったのだが、今回は違った。
「なあ、俺たちなんでこんなことをしているんだ?」
「俺に聞かないでくださいよ・・・。」
俺はリザードマンのゲトリスクこと隊長と共に、クロムの量産した石材を荷台に大量に積んで、郊外へ運び出していた。
俺とこの隊長はゴルゴガンの旦那からクロムが約束を守るように監視を命じられたわけだが、どう言う訳か石材運びの手伝いをさせられていた。
俺がクロムの監視役に選ばれた理由は簡単である。
一度彼女に勝利しているからだ。
基本的に一度使った戦法は二度と同じ魔術師に通用しないと言うことを前提にすべし、というエクレシアの言葉を信じるなら全くの無意味であるが。
隊長が居るのは自分でクロムの監視を志願したからである。
旦那も二人一組の方が良いと判断したのかそれを了承した。
なんだか隊長に俺は気に入られている様子だった。
「いやー、手伝ってもらって悪いわねー。この調子なら一週間で終わるかも。」
クロムが指をパチンと鳴らして突然出現した竜巻に石材が巻き上げられて荷台の上に次々と落下していく。なんと言うか、大雑把である。
布と縄で石材が落ちないように固定すると、彼女も荷台を引いて郊外へ歩き出した。
これで往復三度目である。
石材は軽いし、こうしていた方が普通に警邏するより圧倒的に楽な仕事ではあるが、なんだか釈然としない。
「ところで、これはいつ積み上げるんだ?」
じゃらじゃらと荷台を斜めにして石材を郊外の一箇所に置くと、ふと俺はそのことに気づいてしまった。
「まさか建築作業まで俺たちに手伝わせるつもりじゃないよな?」
「まさか。城壁建築は私が言い出したことよ? 出来ないことを出来ると言うのは愚か者だけよ。最初から作業開始から終了までの算段はついているわ。」
「それは心強いな・・・。」
当てになるんだかならないんだか・・・・。
縦に長いこの村の魔物避けの城壁となるので、かなり重労働になるだろう。
流石にそんなのはごめんである。
「ちなみにどれくらいの規模を想定しているのだ?」
「とりあえず村の最北の“壁”から最南端の“壁”までの村の東側を覆う形で建設するから、直線距離で五キロかしらね。
普通にやったら年単位は掛かると思うわ。」
「うえー。」
隊長とクロムの会話を聞いて何だかそれだけで疲れそうになった。
そんな距離を三人で、しかもクロムは一週間で終わるとか言いやがった。
一体どれだけこき使われるのかと想像すれば、そんな気分に陥ってしまっても仕方が無いだろう。
「これが完成すれば魔物の脅威は減るから、城壁の内側の開拓が一気に進むことになるわね。フロンティアの開拓、わくわくするわね!!」
「そういや、西側の奥にある森にも魔物は居るだろ、そっちはどうなんだ?」
ふと疑問に思ったので聞いてみた。
言ってみてから面倒が増えるだけだと思って後悔した。
西側は俺たちが住んでるところだし、魔物の住んでいる森は目と鼻の先だ。
気になるのは当然なのではあるが。
「基本的に森に住んでる魔物って縄張りを滅多に出ない。
逆に荒野とか草原に住んでる魔物って放浪して獲物を探すタイプが多い。だから優先順位はそっちの方が高いな。」
「あ、そうなんだ。」
隊長が解説してくれて俺も納得できた。
「だが流石に一週間で出来ると言うのは法螺吹きだと言われても仕方が無いぞ魔術師。規定時間は監視の一環として手伝ってはやるが、それ以外は一切手伝わんぞ。それとも寝ずに作業をするのか?」
意外に隊長は厳しいことを言う。
「では疲れもせず、寝もせず、文句も言わない忠実な奴にやってもらいましょう。」
懐からクロムは三本の試験管を取り出してそう言った。
中にはそれぞれ粉末状の黄色い物体、白い物体、後はドロドロの銀色の奴は水銀か。
「《愚鈍な土くれに仮初の命を与えましょう。私の下僕となりなさい。全てが尽きるまで私の為に働きなさい。言われるがままに。》」
ひでー、呪文だった。
ぶっちゃけ呪文なんて魔術師にとって集中できるなら何でも良いと知ったときは何だか複雑な気分だったのを覚えている。
クロムが逆さまにした三本の試験管の中身は溶け込むように地面に消え去ってしまった。
すると、地面が盛り上がって、人の形となって出現したのである。
「これって、ゴーレムか・・?」
「ええ、そうよ。」
さらさらと高級だろう羊皮紙に何かを書き込んで、ゴーレムの頭部にピンで留めた。
すると、オークほどの体格もある巨体が滑らかに動き出し、テキパキと石材を並べて建築し始めたのである。
「なんつーか、人間ってすげーのな。」
「あいつが特殊なだけだと信じたいな。」
「何をしているの、私はこれを増やすからさっさと石材を運んでちょうだい。」
あ、ああ、と俺と隊長は頷くことしかできなかった。
石材運びもゴーレムにやらせれば良いと思うが、きっとそう言ったら建築するのとどっちが良いかと言われるんだろうなぁ・・・・。
「うんしょ・・・っと。」
そして、俺たちは一度戻ると、石材を荷台に運び始めていた。
全自動錬金装置とやらは今もがしゃんごしょん言いながら石材を量産していた。いつの間にか台数も増えていた。
「隊長はあいつにでかい顔されて文句一つないんですか?」
軽い状態でもそれなりに耐久力があるみたいなので荷台に石材を放り投げながら俺は隊長にそんなことを言った。
「文句を言う前に手を動かせ。」
すると、そんな風に言われて睨まれてしまった。
「いやだって悔しくないんすか? あいつのせいで俺たち酷い目にあったんですけど。」
「終わった戦いの確執をグチグチ持ち出すなど恥ずかしくないのか?
別に誰も死ななかったのだ、誰を恨む必要も憎む必要もない、ましてや誰からも恨まれなかった。戦場に身を置く者としてこれ以上素晴らしいことはあるか?」
「いや・・・その・・・。」
思わぬ正論に俺はなんかたじろいでしまった。
「俺たち兵士は上司である旦那に従う、それに疑問を抱くようじゃお前もまだまだ戦士として半人前だよ、人間の兄さん。」
「いや、だってさ・・・。」
「人間だって、何百何千年と支配され続ければ分かるさ。
俺はまだ幸せだよ。好きな相手を主人として仰げるんだからな。故郷の仲間たちは、それすら叶わずただ生かさず殺さず真綿の首輪で飼われ続けている。」
「・・・ッ」
俺は息を呑んだ。
リザードマンは俺がクラウンの奴に拾われるずっと前から、ドレイクの支配下に置かれていたらしい。
どれくらいそれが長いかは知らないが、少なくともドレイクの手下だと有名になるくらい長い間ずっとそうなのだろう。
「お前さんには妙な仲間意識を感じまうのはそういう理由があるのかもしれんな。
別にお偉いさん方の為に戦うことに敵と疑問はねぇが、あの方々は時々無意味に血を見たがる。それで同胞同士で何度剣を取ったかわからねぇ。
いつ俺が仲間と戦えと命じられるかビクビクしていたさ。
こっちに出稼ぎにくるって名目で逃げ出してこなきゃ、俺は今日生きているかどうかすらわからねぇ。そうでなかったら仲間を裏切ってでも逃げ出したかもしれん。
同族殺しは魔族最大の禁忌だからな。少なくとも俺は死んでも嫌だった。」
「・・・・・同族殺しをした魔族はどうなるんだ?」
「同族同士は戦場で敵として出会っても、殺さずに見逃してお上に許される理由にすらなるんだぜ。同族を殺した魔族は、少なくとも仲間と同じ所には居れられねぇよ。良くて追放、最悪処刑だ。
運よく追放で済んでも、そいつはどの種族からも一生信用されねぇ。
昔から争い続けてきた俺たち魔族だが、同族の間で殺し合ったりはしなかった。」
それはどこか誇らしそうに、隊長はそう言った。
「・・・・・人間は同族同士で何千年と戦い続けてきたんだろ? 俺にはそんな恥知らずな真似をしてのうのうと生きていられる理由がわからんね。」
「ああ、本当にそうだよな。」
魔族の価値観は時々俺には分からないときがある。
人間の魔術師の価値観ですら理解できないんだから、俺如きが人間の何かを理解できる日なんて遠くずっと先なんだろう。
だが、一つだけ分かったことがある。
人間の犠牲を上に成り立っているとか、人は支えあって生きているとか、とんでもないきれいごとであると言うことだけだ。
自分たちの愚かな行いを、正当化するためだけの言葉なのだ。
人は同族と争って発展してきた。
肌の違い、言語の違い、習慣や宗教の違いを理由にしてきて。
それは魔族から見たら、どれだけ愚かなことなのだろうか。
彼らから見たら、人間は人間でしかない。
俺を含めた人間は、そうやって愚かしく種を存続させてきたのだ。
「(何を考えてるんだ俺は・・・・。)」
人間がどうちゃらこうちゃら言ったとしても、自分の罪は消えやしないと言うのに。
俺はもしかしたら、自分を正当化したかったのかもしれない。
・・・・エクレシアも、同じ気持ちなのだろうか。
俺の住んでいた国では、神様なんて鼻で笑われるような存在に成り果てていた。
今の科学の基盤だって百年先の人間にきっと同じように鼻で笑われているのだろうに。それを理解していない人間はとても多い。
それでもエクレシアの信じる神様は廃れなかった。
人間結局、神様無しでは生きられないのかもしれない。
・・・・俺も随分と信心深くなったものである。あいつのお祈りに毎日つき合わされているうちに、感化されたのだろうか。
「隊長、あんたはそんな人間は馬鹿馬鹿しく思えるのか?」
「ああ。馬鹿馬鹿しいね。下らん連中だとは思うよ。だが・・・。」
隊長は一度言葉を切って、俺を見やった。
「どんなに救いようのない種族だろうと、生き続けようとする事に理由はないだろう。崇高な目的やら理念やら理想やらを掲げるのは結構だが、結局はそれに尽きると俺は思うね。」
「ああ、そうだな。」
今も昔も、それだけはどんな種族も絶対に変わらないのだろう。
魔族からしたら救いようのない恥知らずの俺だって、その辺で野垂れ死にたいとは思わない。
まあ、それこそが、救いようがないって事なんだろうけど。
あ、それは魔族も同じか。最終的にイコールにならない方程式みたいで、何だか笑える話であった。